800ss day1
先生の髪は呪いでできている。噂が絶えない男はいつでも新品の口承を宛てがわれた。
癖が強くうねりがひどい黒髪だったが、晴れの日も雨の日も広がることはなく、濡れたような艶を帯びていた。
光に当たれば青や緑の偏光も帯びる。シャンプーの人工的な香料では出し得ない不可思議で魅力的な微香すら纏うので、呪いと言えば言い得て妙かもしれない。
ずっと美しい髪で居続ける呪い。呪いは奇しくも三十代の男性にかかってしまったが。髪に似合わないくすんだ肌と、呪いの権化のようにくすりともしない顔の――しかし顔立ちはいやに整った人が受けてしまったまじない。
「何だそれは」
男は教師だった。美術を受け持つ男で、技術もあれば教え方も的確なのだが、いかんせん人嫌いが過ぎる。お陰で美術部は自分と先生のみで構成される。
園貞春という人。愛される呪いを一身に受ける肉の人。
「これはですねぇ、なんと髪の毛です」
「……何かのアニメに触発でもされたか?」
「アニメは嫌いじゃないんですけど、どーも興味関心を引くものがなくて」
スケッチブックに広がる水彩絵の具は黒い塊を写し出すだけだった。青と緑をベースにひたすら細い線をくしゃくしゃと描いて描いて描いて、そうしたら一面がどんよりとした絵が完成した。
「また私を書いたか」
「だって目の前にモデルがいるから、使わない手はないでしょ」
「私をお前の私物化するな」
「ヌードモデルをする人に言われたかないですー」
とは言え、先生は珍しく絵を凝視していた。アーモンド型の見目好い瞳が線の行く末を追う。出口のない迷路を辿るように、彼の目がくるくると動く。
石になった瞳も合わせて動いて、光を弾く。
「ねえ、先生の髪ってさ」
反応はない。無視は日常茶飯事なので胸が痛むほどやわではなかったが、むしろ聞かないでほしい。それでも聞きたかった。好奇心旺盛な子どもだからと許すとは思えないが。
「呪いでできてるって本当?」
先生は絵に釘付けだった。何も答えないので、乾いた紙を入れ替えようとした途端、細い指が制した。
「本当だ」
冗談だがな。唇が珍しく持ち上がっていた。
800ss day1