カムイの儚総集編

草也

カムイの儚 総集編


-巴都ハツ-

 北の国の南端の、県境の流麗な里山と穏やかな大河に囲まれた小さな村。
 一九五三年の初夏である。草也と典子、巴都は中学三年だ。
 その日は学校行事の里山の下草刈りだった。蒸し暑い昼下りだ。作業から抜け出た巴都が小さな祠の裏で小水を済ませて表にまわると、草也が煙草を吸っていた。巴都の息が止まった。 二人の目が合った。見られたと確信し巴都は凍り付いた。同時に、その血が一瞬で沸騰して顔が真っ赤になる。混乱する思考を遮断した少女の激情が、「見たでしょ」と、真裸の言葉で詰問を投げた。 戸惑う草也は否定する。しかし、巴都は草也の答えも自分の問いも、二人で置かれたこの状況すら納得できない。みんな幻であって欲しいと願った。嘘だ、嘘だと全てを拒否しながら、巴都はなおも混乱の渦に翻弄され泣き出した。草也は茫然と何もできない。
 巴都は草也が好きだった。でも、叶わない初恋だと思い込んでいた。煩悶しながら秘めていた情念がこんな形で露になるとは思いもしなかった。恥ずかしかった。悔しくて情けなかった。この恥辱を消し去るにはどうしたら良いのか。巴都は泣きながら反問し続けた。
 暫くして巴都がしゃくりあげながら、「あなたのも見せて」と言った。
 草也は巴都を見つめた。巴都もまなじりを上げて見返す。抗議と懇願が交錯した精一杯の眼差しだ。
 草也は言う通りにした。股間を見せたのだ。 一陣の湿った風が木立を揺らして吹き抜けた。巴都が草也に抱きつき、「ごめんなさい」と、再び泣きながら繰り返す。二人はキスをした。遠くでホイッスルが鳴った。

 三日後の日曜に、二間の小さな巴都の家を草也は約束通りに訪ねた。巴都は閉めきった家に青いワンピースで一人でいた。 巴都の母親は農協の事務員だ。父は戦死している。兄二人はヤクザ者で、上は服役中である。
 巴都は話し終えると、「嫌いにならないで」と哀願するのであった。
 草也は巴都を抱いた。閉めきった小さな家は暑かった。二人は裸になり性交しようとした。すると、少女にに陰毛がない。 二人とも初めてなのだ。兄のだと言いながら巴都が避妊具を数個出した。

 「大好きなの」「あの時に助けてくれたでしょ?」「みんなに虐められていた、あの時よ」草也が思い出した。ある時に、巴都の体臭をからかっていた級友達を一喝して止めさせたのだった。
 巴都がすすり泣き始めた。「あんなに優しい言葉は初めてだったのよ」「とっても嬉しかった」「思い出しては何編も泣いたの」「いくらでも涙が溢れて」「病院で診てもらったの」「病気なの」「腋臭なの」「私。本当に臭くないのかしら?」
 「風呂に入ろうよ。そして、確かめてほしいの」草也が、「石鹸の臭いがする」と、言うと、「さっき、風呂に入ったばかりなの。丹念に洗ったわ」「今、確かめてやる」「今でいいの?」「そうだ」「いいわ。嗅いでみて?」少女が腕をあげた。脇毛がない。「いい臭いがする」「本当に?」「嘘じゃない。舐めたい」「舐めるの?いいわ」
 女が太股を広げた。「ここも確かめて欲しい」「驚いた?」「剃ってるの」「病院で言われたから」


-丸子タマコ-

 数日後の連休の異様に蒸し暑い昼下がり。
 何度か来たことがある薬局で声をかけると、奥から白衣の女が現れた。久しぶりに見る店主は相変わらず妖艶な大人の女だ。草也がうつ向いたまま黙って棚のコンドームを指差して金を差し出すと、女が声をあげて笑った。
 「美味しいコーヒーがあるのよ」と、返事も確かめずに、入り口の引き戸に鍵をかけて白いカーテンを引くと、「すっかり暇なんだもの」戸惑う草也の手を湿ったふくよかな肉が引いた。
 店の奥は、狭い一間で桃の香りがした。小さな台所と二階に上る階段がついていた。
 丸いちゃぶ台に一輪の芥子が咲いている。
 草也を座らせて、「私の名前知ってる?」と、濡れた目で見つめた。草也が答えると、「そうよ」「丸子。タマコよ」「可笑しな名前でしょ?」
 女は草也が生まれた頃、草也の父達とサークル活動をしていたと言い、「あなたの事は何もかもすっかり知ってるわ」「おしめだって替えたんだもの」と、胸を揺らして笑った。
 「これだけは贅沢なのよ」と、サイフォンでコーヒーを入れ始めた女が、ふとした調子に、ちゃぶ台の下の雑誌に目がいった。ついさっきまで見ていた写真が数十枚挟んである。その一枚の半分ほどがはみ出ていた。余程慌ていたのだ。男に未だ気付いた風はないが女は少し悔いた。
 はみ出ているのは、牡丹の大輪の派手な布団の上で、三人が性交しているカラーの写真だ。男と二人の女。真裸だ。足を大開きにして股がった豊満な女に男が挿入して、別な女と口を吸いあい舌を絡めている。破れたパンティの膣には数珠が嵌まっている。
 丸子は今しがたまで写真や雑誌を眺めながら自慰に耽っていたのだ。白衣の下には何も着けていない。男は女王蜂の淫靡な巣窟に迷い込んでしまったのである。


-コーヒー-

 「トップクラスの成績だって聞いたわ」「小さい頃から利発だったもの」「きっと、立派な人になるわ」と、丸子は余程嬉しいのか、口調が滑らかだ。
 出来上がったコーヒーを差し出した女の手が草也の眼前でいかにも不自然に揺れた。「あらぁ」「ごめんね」草也のジーパンの股間に、中身を吐き出したカップが転がった。「大変だわ」「いっぱいかかったでしょう?」「早く立って」「脱いで」矢継ぎ早に指示をして、女は忽ちのうちに草也のズボンを脱がせてしまう。
 「熱かったでしょ?」「ごめんなさいね」「下穿きもグショグショだわ。下まで染み通ってるわ」矢継ぎ早に女の言葉が飛ぶ。「それも脱いで」女はちゃぶ台にあったタオルで、草也の股間を拭き始めた。
 「ほんとにご免ね」「しっかり拭かないと」「ここって一番大切なとこだもの」「熱かったでしょ?」「敏感なところだもの」
 「火傷しなかったかしら?」さも思い付いた様に、「ちゃんと見せてちょうだい?」と、いくらか命令の調子で促し、拒む間もなく手を伸ばした。草也の身体が躊躇するが、「何にも恥ずかしくないわよ」「私は薬剤師なのよ」「仕事なんだもの」少年の躊躇いを押し退けて女が恥部を凝視する。草也は驚愕と恥辱で萎えている。
 「やっぱり赤くなってるわ」と、いきなり、女が草也の陰茎を舐め始めた。腰を引いた草也に、「緊急の治療よ」「唾は一番の特効薬なのよ」と一喝して、今度はくわえでしまった。丹念に柔らかくしゃぶる。原始的な動物と接している生暖かい感覚が草也を未知の世界に誘う。それは鈍く、そして鋭敏に草也の極めて健康な若い神経を刺激して翻弄する。その衝撃にも慣れて、細胞が革命的な進化を遂げるかと思われた、その時、「あら」「素っ裸なんだものね?」「私ったら慌てちゃって。ごめんなさい」「ちょっと待ってて」と、女が豊かな尻を揺らして二階に駆けあがった。

 独り言を道連れに浴衣を捜す女が、「確か。ここに入れてた筈だけど」「あった」「あら。この写真?こんなとこにあったのね」「皇族の中年の女と若い軍人なのね。二人とも立って。正面を見て。片足を持ち上げた女に入れてる」「これを見ながらあの人としたんだわ」「懐かしい、旅の男」「そういえばあの人もあの児と同じ名前だったわ。何ていう偶然かしら」「あら。こんなに濡れて」「厭だわ。パンティ穿かなきゃ」女は浮き立っているのだ。

 女が戻ってきて、「あなた。これを着て」「私の浴衣よ」「ズボンも下穿きも、上着も洗って干すわ。この天気だものすぐに乾くわよ」
 「詳しく診察しないと」と言いながら、座布団を並べて、「ここに横になって」と、決まり事の様に促す。草也が仰臥すると、女が男の浴衣の裾を巻くって、再び股間を露にした。
 「やっぱり火傷したんだわ」フグリの裏まで調べて、「ここは大丈夫みたいね」と、舌で触診する。男の反応を確かめながら下腹部を丹念に舐めるのである。「ここも温湿布してあげるわ」と、亀頭をくわえて舌で転がした。「今度はゆっくりね」「いっぱいしてあげるわ」
 草也は口でされるのは初めてだったのだ。身体の反応で判るのか、「初めてなの?」と丸子が囁く。「避妊具を使う人はしてくれないの?」草也は無言だ。「いい気持ちでしょ?」「いっぱいして欲しい?」答える代わりに、草也が女の乳房に手を伸ばした。女が白衣のボタンを外して、草也の指に豊かな乳房を遊ばせる。

 「ちゃぶ台の下の写真を見て」と、女が言った。草也は最前から気付いていた。手を伸ばして雑誌を手繰り寄せた。数十枚の写真が挟んである。
 「口でしてるのあるでしょ?」女が指示する。「ある」「どんなの?教えて」草也が描写を始めた。「女がくわえて。隣にもう一人」「二人としてるの?」「そう」
 「他のは?」「射精してる」「どこに?」「口。顔にも」「女は気持ち良さそうでしょ?」「他には?」「逆さになって、互いのを舐めあってるのも」「同じ事をやりたい?」草也は答えない。
 「他のは?」「男一人に二人の女」「どんな風にしてるの?」「男のを二人で舐めてる」「そんな事をやってみたい?」草也は答えない
 「どう?舐めたくなった?」「舐めたい」「私のを舐めたいの?」
 丸子が逆さになって草也の顔を跨いだ。下着をつけていない。桃の香りが草也をくるんだ。「舐めたいんでしょ?」「舐めてもいいのよ。初めてなの?」


-謎の男-

 草也はあの場面を思い起こしていた。敗戦の前年だ。小学六年の、やはり夏休みの異常に蒸し暑い昼下がりだった。祖母の言いつけで頭痛薬を買いに薬局に来た。
 店に人はいなかったが、草也は奥から嬌声が漏れるのを聞いた。そっと戸を引くと隙間からあえぎ声がする。
 真裸の豊満な女が仰向けになり、両の膝を立てて大胆に両足を開いていた。白い裸体が汗にまみれて光っている。下にやはり裸の男がいるのだ。大柄な男だが股間と足しか見えない。仰向けの男に仰向けの女が乗っているのだ。黒々と茂る陰毛の秘穴に下から隆起が差し込まれているのだ。それを女の手が妖しく撫でている。女の臍まで延びた漆黒の繁茂のの脇に大きな黒子が三つあった。間もなくして結合が解かれた。
 「父は死んだの。一三の時だわ。父の弟が婿に入って。一五の時に犯されたの」「二人とも殺してくれたら……」
 少年はその会話の半分も聞き取れていなかった。だから、この二人が実に陰惨な事件に関わっていた事など知る由もないのだった。いったい、この巨漢は誰だったのか。


ー交尾ー

 一九四四年の盛夏。北国のある街の暮色。
 由緒ある神社に繋がる広い公園の一隅の死角で、二人は犬のおぞましくて長い交尾に、釘打ちされている。
 休みなく激しく腰を振るオス。飼い主に注視されながらの淫行に戸惑う視線を四方に泳がせるメス。獣達は性器と性器の連結を隠そうともしない。
 二匹とも露悪に擬人化された風情で、自然の画布に描かれた生々しい春画だ。射精を急くのかメスに悦楽を与え様としているのか、オスの動きはいかにも人間的に過ぎるのである。犯されているメスにしても恥辱と法悦の表情を混在させる。ヒトの女そのものだ。
 そもそもこれは生殖のための原理的な営みなのか。あるいは、未だ暑さが退かない夕間暮れの、その瞬間だけの獣の劣情が赴くままの交接なのか。

 青いワンピースの女が、両手で股を押さえ眸をこらしてしゃがみ込んでいる。いかにも上気した女は熱い吐息を飲み込み、自身の膣の滑りを感触しながら忘我を漂う。
 背後に佇む、迫り来る薄墨の様な男も貪婪に隆起しているのである。
 貪婪な沈黙が二人のたぎってしまった情念を陰湿に包む。獣達の淫行は息が詰まるほどに長いのだ。

 つい先程、朽ち始めたベンチに座る男の前を、二十歳初めの尻が果実の香りを残して闊歩して行った。気弱な視線などは狼狽する程の犯罪的な肉感だ。
 すると、大型の黒い犬が駆け走ってきて、女が引く小柄な白い犬に追いすがって、白犬の尻を嗅ぎ始めた。白犬は後ろ足で立ち前足でもがく。女が、引き離そうと強く綱を引く。引きずられながら白犬が拒否する。
 女はあまりの抵抗に辟易したのか、やがて、男の眼前からやや離れて立ち止まった。莫大にずっしりとした肉の塊が薄いワンピースを突き破り、男の視線を撫で回し始める。犬の動きと自らの感情に合わせて、女が屈んだりしゃがんだりするのだ。犬に何かを説得しているらしい。
 女の尻が独自の生き物の様に振幅し躍動し鼓動していた。完璧に熟している。尻自身が確かな意思で淫靡を表現しているとしか、男には思えない。割れ目の稜線すら明らかなのだ。その奥に秘匿するものをあられもなく誇らしげに語っている。端正に丸くてむっちりと肉が締まっている。色は桃色に違いない。
 そして、女陰の肉は締まり膣が収縮しているに相違ない。男は幻影に狼狽し目眩を覚える。
男はもはや性交の妄想の渦中だ。
 眼前の女は、昔に公園で出会ったあの女に瓜二つなのだ。
 黒犬が白犬に飛び掛かった。しゃがんでいた女が驚いて尻をつき綱を離した。二匹は猛烈な勢いで駆け去った。
 女が犬の後を追う。咄嗟に男も続いた。
 そして、バラ園の裏の茂みの死角の陰で、交尾を目撃したのである。

 
-依頼-

結合を眺めながら、女の脳裡は幻覚を見ていたのだ。
 万華鏡の煌めきに包まれて、満開の蓮華の花畑で男と激しく性交している。それを自身の肉体から抜け出た瞳だけの自分が見ているのだ。
 犬の様に四つん這いになり、深々と男根を飲み込んだ下半身だけの女だ。
 何処からか自分の囁きが木霊してくる。「あの男を殺して?」「誰だ?」「男よ。戦場から生きて帰った忌々しい男」「解った。つまらないほど簡単な事だ。それにお前の膣の構造は充分にその価値がある。類い希な名器だ」。
 万華鏡の光の中で、女の両の太股が、やはり下半身だけの男の腰を挟んで絡む。二人の性器の結合が大写しになる。陰茎が射精する。すると、女は精液の海で泳いでいるただ一個の卵子なのだ。泳ぎ回る無数の精子の群れの中から、巨大な一匹が飛びつきたちどころに卵子を被った。女は余りの歓喜で悶絶した。
 そして、情景が変わる。今度は全く別な、やはり若い男と自分が逆さになって互いの股間を吸い合い、女が尻を向けて男に股がる。女が猛る陰茎をつまみ濡れた陰道に導く。尻がずっしりと陰茎を撫で回す。重量で丸く締まって桃色だ。「想像していた通りだ」と男の声がする。「あの男を殺して?」尻が淫らに振幅する。「あの男を殺して?」膣が収縮する。繋がってる。
 足首を掴んで身体を倒す。「あの男を殺して?」それに応える声が次第に近づいてくる。

 大木に身を任せた女が犬の交尾を眺めながら、忘我の有様なのである。背後から近づいた男が女を抱き締めた。振り向いた女が男の容貌を確かめた。先程のベンチに座っていた、驚くほどに大柄な三〇半ばの、異人の風貌をした男だ。女は抵抗しない。

 やがて、二匹がついに忽然と離れて黒犬が走り去った。
 白犬は飼い主の女には近寄らずに、大木の根方に佇んでいる。女はしゃがみこんだきり忘我して動かない。男が女の犬を繋いだ。
 男が女を抱き抱えて、欅の大木の裏に女を引いた。一陣の湿った風が吹いた。女は抗わない。男が抱き寄せると、応える女が腕の中に崩れた。
 厚い唇を離して重たい乳房を揉むと、女は繁殖期の鳥の様に艶かしく囀ずった。耳元で囁く術も知っている。ワンピースをまくりあげて、下着に手をかけ指を滑り込ませた。秘密の肉は濡れていた。女が、頼みがあると囁いた。
 太股を擦り付けて男の髪を両の指で梳きながら、交換条件がある、ある男を殺してくれと、女が言うのだった。
 男は咄嗟に承諾した。何れにしてもこの瞬間を貪る限りに貪って、獰猛に滾ってしまった情欲を放出しよう、いざとなればあの時と同じくすれば良いだけの事なのだ。
 詳しい話は交接しながらしよう、と男が言うと女が同意した。
 二人は全く異なる近未来を思い描きながら性交した。女が両手で大木を支えに腰を折り、背を湾曲させ尻を突きだす。剥き出した秘密に男が猛る秘密を挿入する。まといつく肉壁で男の感覚を充分に堪能すると、抜き出した自分の蜜汁で濡れた隆起を丹念にしゃぶった。そして、這い回った舌を収めると、「犬になりたい」と、濡れた唇を舐めてせがんだ。
 四つん這いになった女は、頭を地に付け足を大きく開き、腰をうねらせ尻を突き上げる。そこで秘密の獣が再び待っていた。

 女の家は村で一軒だけの商店だ。女の父親が事故死して、母親が退役した父の弟と再婚した。女が一三の時だ。一五の時にその義父に凌辱されたのだ。母親は見て見ぬふりをしていたと言う。

 二日後の盆休みに帰省した女の手引きで、真夜中に忍び込んだ男は、泥酔して寝込んでいる両親をいとも容易く窒息死させてしまった。  裏庭にドラム缶を運び込み遺体を煮た。溶けて骨から離れた肉を犬や鶏に喰わせた。骨は微細に砕き山脈の深奥に撒いた。
 失踪として駐在に届けた。ありきたりの取り調べは受けたが、失踪として処理された。女は、何事もなく店を継いだのである。


-多恵子-

 二日後の土曜は祝日だった。一〇時頃に草也は薬局に行った。丸子が言った通りに多恵子がいた。久しぶりに見る少女は青いワンピースを着て驚くほどに大人びている。中背でグラマーだ。乳房や尻の圧力に男は時おり視線を落とした。
 多恵子は電力会社の駐在員の娘で高校二年だ。父親の転勤で、三年前に少し離れた町に移っていた。転勤前には時おり見かけてはいたが、話すのは幼いあの時以来だ。だから、初めて話すのに等しいのだった。

 草也が小学四年の夏休みの時だったから、少女は中学一年だ。ある事情で少女の官舎に泊まった。少女の弟を真ん中にして寝ていた。大人達は離れた部屋でサークル活動をしていた。そこには丸子もいた筈だった。
 異様に蒸す夜だった。深夜に男が目覚めると脇に女がいた。女が話し始めた。「小学六年の秋に、近所の子供達とキノコ取りに行った山の中で、ある中学生に抱かれたのよ。とっても持ち良かった。同じ事をしてあげようか?」そして、二人は裸になり交合したのだ。幼い日の男のたった一度の交接の記憶である。

 二人は近年の来し方の概略を報告しあうと、丸子の前では特段に話す事もない。「時間はふんだんにあるんだからね。でも、昼には降りてきて。美味しいのを用意しておくわ」と、丸子に送り出された。明日は日曜だから二人は泊まる事になっている。
 丸子は多恵子が便所に行った隙に、草也に艶かしいキスをしながら股間を撫でて、「教えた通りにゆっくりとするのよ」「あの娘は写真が大好きなの」「私の事は絶対に言っちゃ駄目よ」と、念を押した。

 二階に上がると派手な布団が目に入った。
 異様に暑い午後だったが南と北の窓が開け放たれていて、柔らかな風がカーテンを揺らしている。敷かれた布団を前にして、とりわけ男は余りにもぎこちない風情だ。枕元に男物と女物の浴衣がある。「私が用意したの」と、バックから取り出した本や写真の束をその脇に置いた女が、「窓はこのままでいいわね」と、言う。男は煙草を吸いながら所在なげに外を確認する態だ。
 吸い終わるのを確かめると、女が背後から抱きついた。豊満な肉の柔らかい感触と体温が伝わってくる。女の手が股間に廻って留まった。
 「キスをして」と、せがむと、男が振り向いた。女が身体を崩すと重い乳房を抱き止める。 顔をあげた女が赤い唇を濡らして目を閉じた。男の唇がその厚い唇を捉えた。歯がぶつかった。
 折り合いをつける様に、女が男の唇を優しく濡らす。女の舌が男の舌を探る。唇で捕獲して逃がさない。股間を愛撫する。長い遊戯が互いの存在を納得するまで続いた。
 「あの夜を覚えている?」と聞くと、女が頷いた。「忘れるわけがないわ」と、女が男の指を股間に導いた。
 「あの夜、ここにあなたのが入ったのよ」「とっても気持ちが良かったわ」男が滑らかな尻を撫でる。「あの頃より大きくなったでしょ?」「丸くて柔らかい。むっちりしてる」
 二人は布団に横になった。仰臥した男に寄り添って横臥した女が、男根に手を添えた。

 男が「あの時に射精はしたの?」と、とりとめもなく聞く。「覚えてないの?」と、握りしめて、「したわよ」「はっきり覚えてるもの」「熱かったわ」
 「どうしてあんな事をしたんだろう?」「わたしがキノコ採りでした話をしながら、こうしてあなたのこれを撫でてたら、固くなって」「本当に山でされれたのか?」「あれは嘘だったんだわ」「抱きつかれて。下着の上からちょっと触られただけなの」「怖くなって。追いかけられたけど逃げたの」「キスはされたのか?」「してないわ」「男のは見たのか?」「見てない」「なぜされたと言ったんだ?」「あなたとしたかったからよ」「なぜ?」「わからないわ。でも、あなたに抱かれたかったの」
 「あの夜にしたんだから私はもう処女じゃないんだわ」「でも、したのは今までにあの時の一回だけなのよ」「他には誰ともしてないの」陶酔の激情が二人を包んだ。

 二人は裸になって浴衣を着た。「弟のを借りたの」「似合うわ」と、見つめる。男の視線を察して、「丸子さんから本を借りて読んだの。写真も見たわ」「あなたも?」男が頷く。「凄かったでしょ?」
 向き合って横臥する。女が手を伸ばして裾から取り出した陰茎を握って優しくしごき始める。「あの写真。みんな凄かったでしょ?」「厭らしいんだけど」男の指を膣に導いた。「濡れてるでしょ?」「見てるだけで気持ち良くなるんだもの」「濡れてくるのよ」「いじりたくなっちゃうの」「そんな風に。指を入れたわ」「あなたは?」と、男の股間を確かめて、「これ?未だおとなしいのね」男は丸子の助言を噛み締めている。

 長いキスをした。女の唇に馴れた男が女の胸元をはだけさせて、柔らかな肉が充満した乳房を取り出し丹念に舐める。「キスマーク。つけてもいいわよ」と、女が呻いた。
 陰茎は未だ雰囲気に馴染めないのか、隆起の兆しがない。
 「私がお姉さんだもの」「リードしてあげるわ」と、女が下半身に覆い被さった。「さっきの写真みたいにするのよ」多恵子が男根を舐め始めた。舌で弄ぶ。
 暫くすると男に合図した。「見て?写ってるわ」立て掛けられた大きな鏡の中に、勃起した男根にまとわりつく生々しい少女がいた。少女が太股を大きく開くと繁茂する恥部が飛び込んできた。「みんな見えてる」「凄いわ」
 女の言葉遣いと声音がすっかり変わった。「あの雑誌の性愛小説を真似るのよ」と、女が唇を舐めた。唾で濡れた舌が鬼頭を這う。厚い唇が包み込んで、吸う。
 「今日は大丈夫なんだけど念のためにね」と、唾で濡らした隆起に口で避妊具を被せた。「丸子さんに教えてもらったのよ」
 女が仰臥して両足を広げた。男が股がった。
 「重くないか?」「大丈夫」躊躇していると、女がつまんで濡れた陰道に導くのであった。

 「丸子さんとしたんでしょ?」「してない」丸子に固く口止めされていた。「嘘だわ。後で丸子さんも来るのよ?」男が真実、驚いた。「知らなかったの?」「聞いてない」「三人でしてる写真。見たでしょ?」「見た」「何か言われなかった?」「ない」「私は承諾したのよ」「でも、あなたが嫌ならしないわ」


-典子-

 典子は草也の初恋の人だ。小学六年の時には草也が児童会長で彼女が副会長。教室で映画鑑賞の時に暗闇の中で座った足の指先が偶然に触れ合ったが、彼女は避けなかった。その感覚が未だに鮮明に残っているのだ。一二歳であった。
 中学一年の初夏に、少女への思いを友達に洩らすと、告白しろと言う。ある日の放課後、少女は友達と二人で自宅に続く田んぼ道を歩いて行く。草也達三人は随分と間をあけて追った。最後までその距離はつまらなかった。満開の蓮華草の中を歩く草也の躊躇いは何だったのだろう。
 運動会の合同練習だったのか、フォークダンスでクラスの違う典子とあわや手をつなぐ状況になった。草也は踊りの列からあたふたと離脱した。中学二年だった。

 中学三年に、少女と初めて同じクラスになった。
 初夏の朝、典子からの短い手紙が机に入っていた。「競って勉強しよう」「先生とも話した」先生とは担任の草也の義母のことだ。模擬テストは彼女が二位、草也が三位の成績で、父母が勧める学区外の進学校合格には草也は少し点数が足りなかった。
 草也は受験勉強はせずに本を読み漁っていた。学区内でいいとも考え、それよりも、陰湿な家や狭い村をいかに抜け出すかばかりを考えていた。
 恥ずかしさの反動だったのかもしれない。あるいは、義母に話したことへの動揺だったのか、意味のない怒りだったのか。草也は即座に手紙を突き返した。典子の悲しい表情が草也を突き刺した。若いという短慮はこんなにつまらないものなのか、草也は一日中悔いた。
 放課後にいつもの場所で煙草を吸っていると、典子がやって来た。典子は手紙の不用意さを謝り、好きだ、初恋だと告白した。そして、「草さんにはいつも私より上にいて欲しい」と、囁いた。模試の成績が自分より下なのは耐えられない、とも言う。「立派な人になって欲しい」と、懇願もする。煙草を咎める事はなかった。
 「頑張ってくれるならみんなあげる」典子は頬を紅潮させて唇を噛んだ。草也が衝動で抱き寄せると少女が身体を預けて、思わずキスをしてしまった。余りに展開が早すぎて驚くばかりだった。唇を離して草也が言った。「解った。やってみよう」

 巴都と丸子には受験勉強で暫く会えないと、告げた。
 そして、草也は三ヶ月間、猛勉強をした。教師の両親は驚きながらも満足している。
 夏休み最後の全国模試で草也は満点をとった。典子は歓喜した。


-泉-

 二日後の日曜の早くから、二人は穏やかな里山を抜けて、なだらかな稜線を辿り山頂を目指した。晩夏の空は晴れ渡っている。昼食は典子が用意している。
 中腹の清水の流れに人の気配は全くない。典子が誘い、二人は上半身を脱いで汗を拭いた。キスをした。草也は反応した。女に言うと同意する。
 清水の流れを上ると、山道から脇道を少し入った所に小さな湧き水のある格好の空間があった。
 女はビニールのシートも持って来ていた。二人は初めての体験に臨んだ。

 「私。初めてなの。草さんは?」「初めてだ」草也は少女についた初めての嘘を悔やんだ。「本を持ってきたの」典子がバックから本を取り出すと『北の国の男女の特別な知恵』とある。「どうしたんだ?」「この前、本屋で…」いかにも典子らしいと草也は思う。図解や写真入りだ。
 「中学三年は早いわよね?」「そうだな」「みんなはどうしてるのかしら?」「人は人だよ」「いいのかしら?」「嫌なら止めとこうか?」「そんな事じゃないの」「こんなのも用意したんだもの」典子は避妊具を差し出した。草也が笑った。「そんなに可笑しい?大事な事でしょ?」草也はこんなものがきっかけになった丸子の事など言える筈もない。「今度から俺が買うから」とだけ言った。典子も笑った。草也が煙草を吸う。典子は咎めない。
 日が昇りきって残忍なほどの猛暑になった。二人は裸になって小さな泉の水を浴びた。   交接するのが勿体ないくらいに、二人は互いを大切に思っているのだった。「これからの人生がどうなるかは全くわからない」「だから軽軽に約束はしない」「でも、たぶん、俺は」草也が言葉を折りながら、繋げながら絞り出す。「お前と結婚するか、誰とも結婚しないか、どちらかだ」「結婚しても子供は要らない」「こんな世の中に命を産み出すのは罪だ」
 典子は不器用なこの男が大好きだった。二人は典子が用意した本の助けも借りずに、ごく自然に交わった。典子はすべてを委ねた。草也は丸子との性戯で、すっかり一人前の男だったのである。


-進学-

 その後も草也は満点をとり続けた。勉強の合間に三人の女と何度か交合した。
 初冬に大伯母のトキが主府からやって来た。草也の出生の秘密を知るトキは小さい時から草也を溺愛していたが、成績の話を聞いて主府の高校への進学を勧めに来たのだった。
 トキの亡夫はシラオイアイヌの実業家で、ビルなどの多額の資産を遺していた。トキはこの国一の進学校を目指して設立したばかりの私学の高校の地主でもあり、懇意にしている理事長から要請されたと言うのだった。
 そして、草也を養子にしたいと言った。トキに子供はいない。草也に迷いはなかった。父も義母も至極簡単に承諾した。
 草也の名をつけた実母は、四歳の草也と二歳の妹を残して自裁していた。父は連れ子のある義母と再婚し子供ももうけている。妹は草也に全く似ていない。草也も父に全く似ていない。父も義母も草也をもて余していたのだ。
 五四年の一月。草也は推薦入学が決まり、トキの養子になった。


-女教師-

 「誰にも言わないならさせてあげるわよ」「したいんでしょ?」
 敗戦の一〇日前の酷暑の放課後。里山の裾の廃寺で、熟れた女教師が八歳の草也の股間に手を伸ばした。   薄暗い本堂の二人の目の前の板壁には、教室からくすねたチョークで様々な落書きが描かれている。
 「親しくしている先生の息子だから聞くのよ。本当の事を教えるなら、みんな消して誰にも言わないから。誰がなぜ書いたの?」
 「御門は神じゃない。毎晩、女先生みたいにべっちょやってる、なんて。これは誰が書いたの?」
 視線を逸らさない端正な教え子を息が詰まるほどに見続けながら、女はこの男こそが、今この時の支配者なのではないかと、錯覚に陥る。頷いて、「確かに陛下も親がべっちょして、そのべっちょから生まれたのよ」「神様ではないわ」「でも、御門を神だと信じなければ戦争なんかやってられないのよ」「もう一億総玉砕なのよ」「あなたも私も戦うのよ」「必ず勝つんだから」「わかった?」
 「べっちょに金玉が嵌まってて。私の名前が書いてあるわね」「少佐先生の金玉大好きって。これは何なの?」女が青ざめて立ちつくしている。「やっぱりあなたが書いたの?」「私と少佐先生はこんなことしてないわよ」「見た」少年が初めて言葉を発した。たじろいだ女教師が、「何を見たの?」「嵌めてるのを」「どこで?」「音楽室」「嘘よ」「いつ見たの?」「何回も見た」「誰と見たの?」「他に誰かいなかった?」「一人」「本当に一人だったの?」「そうなの?」「だったら、何を見たのか、詳しく教えて?」
 廃寺は男の陣地だった。男こそがこの秘密の領地の絶対的な支配者であり、横暴な君主だったのだ。御門などは存在しない。異人の陳腐な侵入者は女教師であり、悔悟しなければ厳しく懲罰されるべき定めなのだ。女はその事を知らない。
 「他の人は川遊びに行ってて誰も来ないのね?」「べっちょしたことあるの?」「私とやりたくない?」「誰にも言わないならやらせてあげるわよ」八歳の草也は二三歳の女教師との停戦の性交に合意したのだった。
 女が尻を揺すって粗末な黒いズボンを脱ぐと、甘い香りがして紫のパンティが現れた。女はそれも脱ぎ、赤黒い女陰に大量の唾をつけて揉む。少年にも唾をつけていじれと言う。言われるまま指を入れると、熱く崩れた赤黒い肉が濡れている。女が呻いた。
 男の下半身を剥き、「もう大人と変わらないわ。毛も生えてるもの」と、女教師が幼い陰茎を含んだ。
 股を開いた女に被さると、女の指が汁の溢れる膣に導くのだった。

 この世の出来事はすべて夢の様なものかもしれないと、草也は思った。しかし、恥辱は深奥に鋭く刻まれていた。ある時に、この忌まわしい出来事を丸子に話していた。

 丸子が画策した。一週間後に、写真の束が届いた。
 「面白いものを見せてあげるわ」ばらまいた写真から一枚を取りだして示した。
 「何が写ってる?」男が見いる。布団の上で三人が絡み合っている。真裸だ。足を大開きにして股がった豊満な女に父が挿入して、義母と口を吸いあい舌を絡めている。義母の破れたパンティの股間には数珠が嵌まっている。
 草也は何の事かわからない。「その女をよく見て?」股がった女は髪が乱れて顔は判然としない。豊かな乳房で二段腹だ。陰毛が短い女陰には、男根が半分だけ挿入して、女の指が男根の根元を掴んでいる。
 「何?」と草也が丸子に聞くと、「その女の顔よ。見覚えない?」草也はまじまじと見た。撮影だからそうしたのか、髪が乱れたのか、女の顔は判然としない。しかし、よくよく見ると髪の乱れから覗く特徴のある鼻に草也は思い至った。そうして改めて見ると、その淫乱な女は確かにあの女教師なのだ。「そうなのか?」「そうよ」
 女教師は草也の父とも関係があったのだ。丸子はどうだったのか?丸子にも草也には決して言えない秘密があった。

 合格が決まって、草也は女教師に電話した。
 三日後の土曜の夕方。丸子の薬局に女教師は現れた。
 「責任をとってもらうわよ」「何でもします。どうすればいいの?」「裸になって。写真を撮らせてもらうわ」「どんな?」「自慰?するでしょ?そんな写真よ。嫌なの?嫌ならいいのよ。無理強いはしないわ。犯罪は嫌いなの。よく考えて」丸子がウィスキーを作り始めた。「やります」と、女教師が長い息を吐いた。


 
-進路-

 この年の春。典子は学区外の屈指の女子高に希望通りに合格した。
 巴都は東京の伯母の店で働きながら夜間の美容学校に通うのだ。
 丸子は別れの抱擁の後に、「もう十分に立派な男よ」「こんな女を愛してくれて有り難う」と頭を下げた。


-岩田-

 草也は卒業式を終えて上京して入寮した。全国から推薦入学した者が一〇名いたが入寮が原則であり、草也もトキも同意した。
 草也達は第一期生だから全てを自分達で作った。草也は新聞部の部長だ。寮監の教師が山男で、寮生を中心に登山クラブも作り、毎朝走る。
 岩田は草也と三年間同室だった。最初はよそよそしかったが、休日に街に出た時に数人の他校生に絡まれたのを草也が助けた。以来、岩田は心を開いた。主府の東の納豆製造会社の次男である。
 岩田は一年の途中から株式研究に没頭し始めた。夏休みは岩田の親の別荘がある海で過ごした。


-北子-

 トキは会社を持っていた。不動産全般を扱いトキの個人資産の管理もする。従業員は一〇名。
 北子はそこで働いていた。二五歳。トキのお気に入りで、自宅に住み込んでいた。
 シラオイアイヌの出でトキの亡夫の遠縁である。高校を卒業すると同時に就職した。事務職や営業もしながら夜間大学を卒業した。不動産鑑定士、公認会計士、司法書士などの資格を持つ。
 草也は普段は寮暮らしだが、土曜の午後にトキの家、即ち実家に帰る。寮から実家までは歩いて一〇分程の距離だ。月曜には実家から登校する。
 トキと北子は一階、草也の部屋は二階である。


-蜂-

 草也が一年の夏休みにトキは台湾に旅行中だった。一週間、留守だ。
 広い家に北子と二人きりになった。初めての経験だ。
 日曜の朝。二人は朝早くから庭の整理をしていた。トキから頼まれていたのだ。昨日に続いて異常な暑さになる予報だったから、北子が煎れたコーヒーもそこそこに、朝食前に庭に出た。
 少し離れて剪定をしていた北子が怪しい叫声をあげた。駆け寄った草也が声をかけると、「蜂に刺されたみたい」「二の腕。他も痛い」と言う。
 山茶花の大木の小枝に足長蜂が群れていて、巣があった。「毒はない蜂だから」と、言う女を遮って、「山でも何度か刺された」「手当てをしてやる」と、家に連れ帰る。
 女は薄地の青い長袖のシャツを来ていた。腕と胸の辺りに痛みがあると言う。居間の椅子に座らせて、コップの水を飲ませ、薬箱を探しながら、「シャツを脱いで」と、声をかける。
 男が虫刺されの消毒薬を持って戻ると、女は青いブラジャーに変幻していた。
 真っ白い肌と豊満な乳房が男の点検に晒される。右の二の腕に赤い刺された痕がある。腕をあげると、薄く這った脇毛が濡れている。脇の下にも刺し痕がある。乳房の上部もあった。男は消毒しながら、「いくら足長蜂でも三ヶ所は危ない」と、タキの主治医に電話した。休日だけど診てやるから連れて来いと言う。
 北子の診察を待っていると、診察室に呼ばれた。二人を前に初老の髭の医師が、「君の処理が適切だった」「ここに来たのも良かった」「これ程の美女を救ったんだからお手柄だ」「なかなか見込みがある」「こうやって大事な人を守るんだぞ」と言う。北子が頬を染めた。医師は、「三時間毎に消毒して薬を塗る様に」「傷に触るからブラジャーは邪魔だな」「二日後にまた診察しよう」「脇の後ろは自分では手が回らないんだから」「いっその事、この若い名医に任せなさい」と、笑った。
 病院を出ると北子が、「お腹空いたでしょ」頷く草也に、「私もなの」「お礼にご馳走させて」
 ある店に入った。草也が「ウィスキーを飲みたい」と、言うと、眼を見開いて、「本当は不良なの?」と笑う。「煙草も吸う」草也が言うと、北子が、「身長は?」「一七八センチ」「もう少し延びるわね」草也は煙草を吸いながらウィスキーを飲んだ。「あなたのそんな仕草が誰かに似ているの」「思い出せない」と、呟いた。

 戻って暫くすると消毒の時間だ。草也が居間に降りると北子がいた。「消毒しようか?」北子がコーヒーを煎れた。
 白の半袖のシャツを脱いだ女はブラジャーをしていない。草也の困惑した様子に、「あの先生が言ってたでしょ?」「傷に触るからよ」と、こともなげに言う。
 北子に向かい合って草也が二の腕を消毒して薬を塗った。豊かな乳房が痙攣する。上気した女の肌がみるみる薄い桃色に染まっていく。男の股間が膨らんでいるのを女が見逃さない。男の手が胸の消毒をし始める。熱い吐息が女にまで届く。女が唇を舐めて息が乱れた。
 男が背後に回った。腕を上げさせて脇の下を消毒して薬を塗った。
 やや間があった。蝉の鳴き声が耳に入った。女が怪訝を感じ始めたその時に、男の両腕が豊かな乳房に回って捕らえた。ずっしりと重い。 北子は抗わない。緻密に揉み始める。女は微動もしない。乳首を摘まんだ。男の手に女の手が柔らかく重なった。
 女が振り向いた。キスをした。

 一緒に風呂に入った。交合した。
 北子の尻は豊潤だ。無毛だ。
 「ロシアの血が混じっているの」北子が言う。
 草也が初めての男だ。草也に惚れて北子が誘惑したのである。

 ある日の夜。国防法制定に反対するデモに参加してきた北子が言う。
 「宰相は私達の事を暴れる蜂の危険な群れだって、放言したけど。私達は平和な蜜蜂なのよ。毒なんか持ってないわ。それだったら、機動隊ってスズメバチみたいで、嫌いだわ」男の視線を柔らかく包み込んでいる女は、しかし、この国の危うい情況とは決然と対峙している様に、男には思えた。鋭利な言葉を溌剌と駆使する自衛した女が煌めいて見えた。二人は止めどなく話して飽きる事を知らない。現況の息苦しさ、あの戦争の鮮やかな記憶、古代から今日に至る歴史の認識、簒奪され差別され続けた北の国の祖先の物語、御門と称する禁忌への痛烈な批判、そして、あれこれ。二人はことごとく、つまびらかにも同意できた。 二人が十代の初めに、世の中は一変したのだった。独裁者と同盟したこの国は、地球の東半分を征服しようとし、無謀と残虐の限りを尽くして、果てに破れた。しかし、大人達は何一つ総括をせずに、昨日の敵国にひれ伏して礼賛している。一夜明けたら軍国主義が民主主義になった。「私も不思議だったし今でも違和感があるの」
 女は豊満で容姿も男の好みだったが、もはやそうした属性は無意味だと、男は痛烈に実感した。性愛はもちろん、男女の愛そのものすら無価値なのではないか、この女の思惟こそが珠玉なのだと、確信できる気がしたのである。初めての清冽な体験だった。書きためた文章をいつか読んでもらおう、それが男の希望になった。
 「こら。土人の女。犯してやろうかって。機動隊員が耳元で怒鳴るのよ。私、叫んだわ。どこの国から来たのって。機動隊員は、西からだって。見たこともない太い性器をぶちこんでやるぞって」「あんな風に、遠い昔から、あの国の男達は私の国の女達を犯し続けてきたんだわ」。「あなたは私達の国の女を守れる?」「カムイになれる?」
 男の脳裏は北子の凛とした言葉をいつまでも反芻していた。


-華津-

 高校二年の初夏。草也は登山で全治ニヶ月の怪我を負った。部活である稜線を踏破している時に岩田が滑落したのである。助けるために草也も滑り降りて、すんでのところで岩田の腕を掴んだのであった。
 二人とも骨折して入院した。草也は肋骨と足を折った。腕も随分と捻挫した。病院のベットで並んだ岩田は、「お前に助けられたのはこれで二度目だ。今度はすんでのところで死んでいた。どんな事をしてもこの借りは返す」と、頭を下げた。

 退院して完治するまで、岩田と共に家から通学していた。
 ある日の放課後に、学校の門前で待っていた豊満な女子生徒が、松葉杖の草也に手紙を渡しかと思うと足早に立ち去って行く。豊かな尻が印象の少女は華津という。系列の女子部の同学年の生徒だ。
 四日後の日曜に、草也は手紙で指定された近所の公園で華津と会った。少女の気持ちは長い手紙に書かれていたから、草也は生い立ちを短く話した。街に出て映画を見て食事をした。そして、帰路に再び公園に戻り、傷の癒えぬ身体でぎこちなくキスをした。

 一ヶ月後の日曜。暑い昼下がりだ。華津の家は母親の日咲惠が仕事で留守だった。
 居間でキスをした後に、「不自由でしょ?」「風呂で洗ってあげるわ」と、華津が思いついた様に言った。
 自然な仕草で裸になった女は、当たり前の様に草也の服を脱がせて、乳房を揺らせながら松葉杖の手を引く。
 男を湯船に浸からせて少女が身体を洗っている。豊満な眺めだ。石鹸を泡立てるのが上手い女だと思った。
 草也は初めて会った時から、この少女に今までに味わった事のない、言え知れぬ安堵を感じていた。確たる理由は皆目わからない。華津の裸を眺めながらその思いがますます募った。この親和感は男の我儘をどこまで許すのだろうか。
 ふと思い付いて、「小水をかけたい」と、草也が言うと、華津は全身を泡立てながら、股間を洗っている手を止めて振り向き、「かけて?」と、さほど驚きもせずに言うのである。むしろ、初めての痴呆の様な遊戯を出迎ようと、津津とした笑顔で、「いっぱい出るの?」と応じた。「石鹸をみんな洗い流してやる」と、言うと、破顔して、「いっぱいかけて?」と、淫靡とは程遠い声をたてて笑った。
 泡だらけの身体で甲斐甲斐しく草也をパイプ椅子に座らせて、「出したくなったら言ってね」と、草也の身体を丹念に洗い始めた。
 忽ちに隆起した草也の眼を見ながら、「舐めていい?」と、瞳を煌めかせる。
 「乳房にかける」と、指示すると、少女は男に対座した。乳房をめがけて放出すると、一瞬、嬌声を発しながら両手で受け止めて乳房や下腹に塗りたくる。目は放尿から逸らさない。
 「私もしたくなったわ」と、男の正面で太股を開く。女陰を曝して小水をしたのだった。


-日咲恵-

 華津の母の日咲恵は小さな書店の経営者だ。五一歳である。
 高校三年の夏休みの蒸し暑い夜。約束通りに草也が訪ねると、華津は留守だった。「友人が交通事故にあって病院に駆けつけたのよ」と、母親の日咲恵が言う。風呂上がりの香りがした。薄いワンピースに乳首が突起している。帰ろうとする草也を、「すぐに戻るからって出掛けたのよ」「だから待っててみて」と、コーヒーを奨めて引き留めた。しゃがむと胸元に豊満な乳房が覗いた。
 ソファで向き合いコーヒーを飲んだ。日咲恵は豊満な女だ。華津からは五〇だと聞いていたが、草也には四〇位にしか思えない。丸子の爛熟した身体に馴染んでいた草也は懐かしさすら感じた。
 大輪の花柄のワンピースの足を組み換える度に、太股の奥に紫の下着が覗くのである。日咲恵は幾度もその姿態を繰り返した。
 暫くして電話が鳴った。草也が電話を変わると、華津が、「友達が危篤だから病院に泊まる」と言って、謝った。
 帰ろうとする草也の手をとって、「大切な話があるの」と、女が再び引き留める。
 「喉が乾いたわ」と、女がウィスキーを作り始めた。「飲めるんでしょ?」と、赤い唇を濡らした。草也が頷くと、「昔ならすっかり元服だものね」「もう大人よ」「娘も帰らないし」と、怪しげに言うのである。最初の一口を喉に通して、「今夜の事はみんな二人きりの秘密ね」ウィスキーを飲み干しながら、「昼間に凄く厭な事があったの」「今夜は思いっきり酔いたいわ」と、女の太股が開く。「付き合ってくれる?」「うるさい娘も帰らないし」女の瞳が潤んでいた。「今夜は泊まっていけばいいんだわ」
 「話があるって?」草也が切り出すと、「あら。そうだったわね」と、続けて、「あなた達、避妊はしてるんでしょうね?」男を凝視した。「いいのよ」「それを咎めるんじゃないの」「もう立派な身体だもの」「若いんだもの。欲情が湧くのは当たり前だわ」「私がそうだったから良く解るの」「でも、子供だけは未だ駄目よ」草也が頷くと、「しっかり避妊してね」「いくら女が求めたって、結局は男の責任になるんだもの」女が男のウィスキーを作った。喉を通して、何でそう思ったのか、と聞くと、「娘の部屋を掃除してたら違う陰毛があったの」「何本もよ」と、乳房を揺らして笑った。「とってあるわよ」と、また笑う。「だって、若い人のって陰毛まで元気なんだもの」「羨ましいわ」「私のなんか白髪混じりなのよ」
 草也にただならぬ情欲が湧いた。熟れた女が明らかに挑んでいるのではないか。丸子のあの時と同じだ。前戯のゲームが始まったのだ。そして、このゲームに敗けはないと、男は確信した。
 女の話が展開した。「夕方にとっても厭な事があったの」「だから、さっき風呂に入って、すっかり洗い流したのよ」「痛くなるほどゴシゴシ擦ったわ」「恥ずかしいけど聞いてくれる?」
 「痴漢にあったのよ」「驚いたわ」「あんな事ってあるんだわ」「つい、さっきのことよ」
 「帰りの電車で。小学校の生徒たちが大勢乗り込んできて」「身動きが取れなくなってしまったの」「そしたら、私のお尻に男のが当たって。ぴったり。いつの間にかスカートが捲れていたのね」「薄いコートだけを着た若い男なの」「コートの下は裸なのよ」「男のがお尻の割れ目に食い込んで」「形がはっきり判るの」「その内にそれが熱くなったのよ」「電車の中であんな事になるなんて」「私。たしなめるつもりでそれを握ったのよ」「そしたら、おっきいんだもの」「思わず強く握りしめてしまったの」「形を確かめてしまったんだわ」「とっても熱いんだもの」「だから、もっと握りしめて。撫でて。確かめてしまったんだわ」「あなた。男って電車の中でもどうしてあんなにおっきくなれるのかしら?」「自分でも何が起きたかわからなかったの」「自然に尻を揺らしてたのね」「男のに押し付けて」「あんな事。初めて」
 草也が日咲恵の隙を見てわざとウィスキーをこぼして、「あっ」と、叫んだ。聞き付けた日咲恵が、「どうしたの」と、振り向き、「あら。大変」
 日咲恵がタオルを取ってきて、立たせた草也の足元にしゃがんで股間を拭き始めた。隆起している。
 「あら。本当に大変だわ」「これじゃ、拭いたくらいじゃ間に合わないわね」「染みになるから洗わなきゃ」女の声が掠れる。草也はわざと何もしない。「脱がなきゃ」と、ズボンを脱がせた。勃起が邪魔をする。ウィスキーはパンツにも染みていた。「これも脱がなきゃね?」女がパンツを引き下ろした。
 若い巨根が女の眼前に現れた。完璧に勃起している。女がその猛りに指を添えて拭き始めた。丹念に拭く。ゲームは佳境だ。「あら、大変だわ」「先が濡れてるのよ」「火傷したのかしら?」「どうしましょう」と、顔をあげて男と視線を絡める。 草也が、「病院に行かなきゃいけませんか?」と、言うと、「応急措置をしてあげようかしら?」「どうするんですか?」「口で治療するのよ」「舐めるんですか?」「唾が一番の特効薬なのよ」「そんな事をしてもいいんですか?」「娘を気にしてるの?」「事故なんだもの仕方ないんだわ。でも、二人きりの秘密よ」と、すぐさま亀頭を口に含んだのである。
、そして、ある既視感が女を襲った。それを確かめる様に丹念に舐め回すのであった。
 「ウィスキーで消毒してあげようかしら?」どう?」
 草也が、「横になりたい」と、言い、ソファに横たわると、股間にうずくまった女が改めて隆起に指を添えて、ウィスキーを口に含んだ。 「凄い勃起ね?」「元に戻るんですか?」「こんなになったら射精しないと戻らないわよ。このままじゃ困るでしょ?射精したい?」「言う通りにする?」

 さて、日咲恵は謎で彩られた女であった。その名前からして、日咲恵は通称で本名は満なのであった。
 そう。読者諸氏よ。驚くなかれ。この女は、誰あろう。あの満だったのである。
 満は一八歳で結婚して、初代草也の義姉のあの魔性の絹枝を産み、夫が逝去すると地主と再婚した。三五歳の盛夏に旅の色事師と出奔したが直に捨てられた。
 その頃に、二〇歳の初代草也と、ある公園で一度だけ交わり、懐妊して華津を産んだ。この公園の凄まじい情交は執筆済みだが、いずれ掲載の機会があるかも知れない。 敗戦時は三八。二三のあの紀夫と知り合って妾になったのである。文具店は紀夫が出資して支援したものであった。当然にあの教団とも深く関わっていたのである。
 初代草也の子華津を産んだ満が、初代草也の実子かも知れない、かつ、娘華津の恋人の二代目草也とも、たった今、交接してしまったのである。
 読者諸氏よ。何という綺談であろうか。華津と二代目草也は異母兄妹の疑念すらあるのだ。
 御門制と性の禁忌に挑んで駄筆を研いできた者としては実に本懐の極みである。


-草也の秘密-

 草也は典子や丸子、巴都とも連絡を絶やさない。時折、交合もした。多恵子は高校を卒業すると音信不通になった。

 一九五六年。
草也が高校三年の冬にトキが病を得て急逝した。弁護士から財産の目録と遺書を渡された。
 草也は実家の父の実子ではなかった。若い日の母はある大学近くの食堂で働いていて、ある学生と交際していた。その男が事件を起こして服役する直前に妊娠がわかった。母は実家に連れ戻されて、事情を承知した上の親戚の父と結婚させられたのであった。そして、草也を出産したのである。 草也という名は母がつけた。作家を目指していたその学生、即ち初代草也ののペンネームなのである。
 二年後に母が妹を産むと、そのあまりに違う容貌からただならぬ異変に気づいた父は、さすがに激怒した。姦淫を問い詰められ苛められた母は、秘密を守ったまま自裁したのだった。だが、心を許したトキにだけはある程度の事情を打ち明けて、子供達を託していたのだ。しかし、トキは草也の実父の名や、妹の懐妊の真相までは聞かされてはいなかった。
 草也はその出自は闇に包まれながら、トキの莫大な遺産を全て相続したのである。


-トキと初代草也-

 トキの葬儀の次の夜に草也と北子は二人きりになった。ウィスキーを飲みながら、「母はどんな生き方をしてきたんだろう?」「どんなことでもいい。教えて欲しい」と、呟いた。
 北子が話し始める。
 「亡くなった会長の法事の時よ」

 一九五一年の盛夏。トキは亡夫の一回忌の法要を密やかに行った。倫宗の実質的な指導者の初代草也がただ一人、臨席している。
 初代草也が教祖の夏と共に教団を設立して間もなく、教団に主府の土地を売却したのはトキだったのである。
 トキは夏の説教にいたく感銘して宗派の教義こそが求めていたものだと、強く共鳴した。トキはある小さい新興宗教を脱会したばかりだったのである。
 倫宗の施設に熱心に通い、その度に入会希望者を同行した。その中には優れた者も多く、トキは教団の草創に多いに寄与したのであった。
 この時、トキは四〇歳の豊満な女だった。

 初代草也が読経を始めた。低く力のある声が朗々と流れる。静かだ。男の声だけが響く。しばらくすると、トキを不思議な感覚が襲った。全身の神経が優しく痺れる感覚だ。意識が朦朧としてくる。そして下半身が妖しく疼き始めた。ほてっている。まるで、亡夫と交わした情交の有り様だと、トキは思っている。
 静寂が蘇った。蝉時雨がかまびすしい。長い読経が終わったのだ。しかし、トキの身体にはあの感覚が未だ渦巻いている。
 トキが口を開いた。「寂しくて堪らないのです」「煩悩ばかりが駆け巡って。救われるのかしら?」「…楽になれるのかしら?」女の瞳が草也にすがる。
 草也が、「金蛇法というものがあります」と、言う。「施行しましょうか?」「お願い致します」「その前に喉を湿したい」トキが手を打った。
 「だから、私。戸を開けたの」北子が話を続ける。
 引き戸が開いて北子がウィスキーを運んできた。
 北子が作った二杯目のオンザロックを草也がこぼした。僧衣の股関が少しばかり濡れた。
 狼狽える北子にトキが下がる様に命じた。

 「でも、何だか気になって引き戸の隙間から覗いていたの」

 立ち上がった男の股間を女が拭いている。男はウィスキーを飲んでいる。女は手を離さない。暫くして、女の手の中で陰茎が固くなり始めた。
 「そろそろ始めますか?」女が頷いた。男が立ったままで再び読経を始めた。女は男根を撫で続ける。やがて、読経を続けながら裾をまくって褌の脇から男根を出した。巨根を数回しごくと、たちまち硬直して男の手を離れてそそり立った。男は経を唱え続けている。
 座って見上げる女の視線が見た事もない勃起に釘ずけになっている。程なくして、促されて女が男の足元に座した。巨根に手を添えた男が大きく開けた女の口に触れる事なく、その口の中に射精した。女が大量の精液をすべて飲み込んだ。女の裾は乱れて太股の肉があらわだった。
 短い説法を済ませると、股間に手を落とし呆然と座るトキをを残して、初代草也はうやうやしく辞したのだった。

 北子が、「あなたのこれに瓜二つだったの」と、言った。


-アメリカ-

 実父は誰なのか。今、どこにいるのか。草也は父の事を何一つも知らないのだった。
 そして、幼い頃から抱いていた数々の疑念の背景が次第に明らかになっていく。
 誰とも会いたくなかった。何もかも嫌になった。
 信頼していた、幅広く事業を展開する高校の理事長に相談した。アメリカ留学を勧められて草也は決心した。そして、訳もなく、生涯、結婚はしないと決めた。
 華津は日咲惠と父、初代草也の子なのだった。即ち、華津と草也は異母兄妹なのだったのである。
 二人は既に情交のただ中にいる。忌むべき関係なのだ。しかし、日咲惠と父草也の事件が明らかになる事は永遠にない。果たして、日咲惠自身が華津の子種を初代草也と認識していたのか、それすら不明なのだ。
 華津と草也はこの不条理な関係を何も知らないままに続けるだろう。父草也と母日咲惠の業の果ての荒野を生きるのだ。


-草也の夢-

 次の年の初春。草也はアメリカの大学に留学が決まった。
 岩田は主府大に合格した。
 典子も華津も主府の大学に進んだ。
 巴都は美容師の資格をとっている。
 丸子は相変わらず小さな薬局の店主だ。
 北子はトキが死んでも住み続けていて、帰るまでは家を守ると言っている。

 一九五九年に岩田からアメリカの草也に連絡があった。岩田が仕手戦に勝ち、草也が預けていた投資資金が五〇億になったと言うのである。草也は岩田を信頼している。そのまま預け続ける事にした。
 数日考えた草也は岩田に連絡し、巴都と丸子が希望するなら店を持たせたい、その一切を託したいと言った。そして、実父の探索を依頼した。

 一九六三年に草也は帰国した。二五歳だ。  この国は高度成長の真っ只中だ。こんな状況がいつまで続くのかと草也の疑念が深まった。草也はあの青柳を訪ねた。

 岩田は今や投資会社の辣腕社長である。岩田が運用する草也の投資資金は五〇〇億になっていた。
 北子は草也が会長の不動産会社を守って奮闘している。
 典子は出版会社に勤務してフランス文学の翻訳もしている。 華津は同時通訳だ。仲間を集めて会社組織にしたばかりだ。 巴都は美容院を二店舗経営している。
 主府に出た丸子も薬局を五店舗に拡大していた。
 多恵子はある新興宗教に入っている事が判明した。専従役員だという。
 多恵子は高校を出ると地元の協同組合に就職した。仕事に慣れた頃、上司と恋に落ちた。男には妻子があった。
 二人は出奔して主府に出た。暫くして男と別れた多恵子はホステスになった。そして、あの紀夫と巡りあったのである。多恵子が二三、紀夫が三五の時であった。

 草也はアメリカで温めていた構想を進め始めた。あるシンクタンクの研究員に名を連ねた。そして、留学中に親交を深めた大陸人の友人と貿易会社を設立した。草也の夢はまだ始まったばかりだ。


-継子-

 「こんな事、ほんとに初めてなんだもの」余りの快楽に意識を忘失したのだと、女の声が粘りつく。遮る声に、「厭。嘘じゃないわ」と、亀頭を再び強く吸い上げた。喜悦の最中に啜り泣き、未だ濡れた瞳で上目を作りながら、「真髄の法悦よ」と野放図に口遊む。桃色の淫奔な肉が熟した二五だという女は、「まだ膣の肉が痺れてる」などとも呟く。
 ふしだらな痙攣も引き始め、汗で淫らに光る割れた尻を、男に示して劣情露に揺する。時おり赤紫の陰茎を、「ああ、まだ出てくる。私に入ったあなたの精液よ」と、喘ぎながら、まるでトマトを切り裂いた陰唇の姉妹の様な紅い唇から外す。
 一九八五年の盛夏。この時、あの典子の一人娘の継子は二五歳だ。相手は四七歳のあの二代目草也だ。

-終章の始まり-

 参議院議員の類が死んで、典子がその議席とカムイ党を継承した。継子は母の議員秘書だ。

 梅島が死去した。宮子も既に逝去している。
 翔子の仲立ちで、紀夫の「東日本本願寺派」と典子の「カムイ党」が共闘を確認し、「田山派」と連携している。

 一九八五年の年末。田山派が激動した。田山は総理を退陣後も、十年に渡って派閥を実質に支配したばかりか、与党に強い影響力を与え続けていた。派閥の長を禅譲された竹山は総理の座を目指したが、田山は自らの実権を保つためにそれを許さなかった。業を煮やした竹山は強引に派閥を割り、田山の宿敵だった福元派などと連携して、終に総理の座を手に入れたばかりだ。
 田山は激怒した。そして、竹山派内は竹山子飼いのグループと、少数派だが田山に近いグループが暗闘を続けている。その領袖は田山二世と言われる、若いが豪腕な実力者の山沢だ。田山の権力の踏襲を争う熾烈な暗闘だ。腹芸に抜きん出た副総理の金木が仲裁するがままならない。
 田山の意を受けた、あの青柳が配下に命じて、国会周辺の街宣で褒め殺しを展開した。震え上がった竹山は、青柳の提示を受け入れて謝罪のために田山邸を訪れたが、閉ざされた門扉が開く事はなかった。竹山は天下衆知の大恥に晒された。田山は一時の溜飲を下げたが、もはや体制からは離れたのである。
 孤立し憤怒した田山は翔子や典子、紀夫などと結託して、僅かに残った子飼いの議員とカムイ党の議員で「独立党」を結成した。そして北東州構想を打ち上げた。今また、北東独立の政治的機運が高まったのである。


-異人会-

 一九八五年、田山派の内紛が表面化して大分裂した。怨念化した激烈な抗争の果てに田山は孤立した。そして、煩悶苦と悩から酒に溺れた田山が急性肝硬変で、遂に急逝したのである。だが、もはや政界に激震も起きず波紋も広がらなかった。
 後継は娘の万季子だ。そして、ただ一人、彼女を支えるのは、特攻隊の生き残りで野心の塊の代議士、松河だけであった。

 この情況を受けて、宗派と党派の夢が孕んで産み落とした異民達が、新しい夢を策謀していた。

 首都の高級住宅街の奥まった一角に、小さな森に隠れた邸宅がある。革命の夢にはついに辿り着けなかったあの青柳が、九十歳近くで病床にいた。しかし、この老人の精神は毫も老いてはいない。青春の頃に壊滅を誓った御門制が続く限り、彼は未だにあの戦争のただ中にいるのであった。
 そして、自らの寿命が尽きるのを知りながら、復讐の最後の妄執に取り付かれていた。
 枕元に翔子と二代目草也が侍している。蝉時雨の中で、青柳が二人の手を取ってある指示を与えた。

 数日後、翔子の計らいである会合が持たれた。メンバーは二代目草也と片倉と伊達だ。
 相互の意思を確認すると、彼らは結託して青柳の壮大な陰謀を詳細な計画に企んで書き上げた。
 彼らはそれを『泡幻作戦』と名付けて、彼ら自身を『異人会』と呼んだ。

 その頃、アメリカの通貨政策に端を発した急激な円高が、この国の経済を呻吟させていた。異人会の計画はそれを逆手に取った、経済そのものの詐取だった。いわば国家的詐欺であり経済クーデターなのである。
 青柳に直接に支持を受けた山沢が、ある汚職を材料に竹山総理を恫喝した。震撼した竹山が宮下大蔵大臣に強力に指示して、空前の超低金利政策を打ち出させた。
 マスコミが一斉にはやし立てた。有り余った金が市中に一気に流れ、異人会が随所で巧妙に先導する。
 その金が資産物に湯水の如く注がれた。土地、株、絵画、骨董などが瞬く間に高騰した。やがて、国中がバブル景気に向かって一気に走り出した。

 片倉は、既に北東の雄の某銀行の中堅株主だったが、一気に株を買い占めて頭取の座を手にした。そして、持ち株会社の企業グループ化を強力に進めた。
 この時、伊達は六五歳。彼のバブルの利益は一〇〇兆にのぼった。

 一九九三年。ついに山沢が竹山派を離脱して派閥を立ち上げると、政権与党が大分裂した。細井議員なども、「日本国民新党」を結成する。新党ブームが政局を作り、与党の一部の背反で内閣不信任案が可決され、解散して行われた総選挙で、戦後初めて与野党が逆転したのである。
 山沢が連立の主体となり、細井を首班にして、長期独裁政権に変わる政権交代を実現した。
 しかし、それは堕落の果てに凋落した革新に変わる、保守の入れ替わりに過ぎないのだった。


-原発爆発-


 二〇一一年三月一一日。午後。空前の大地震と大津波が北東を襲った。翌日、地獄絵図の様に原発が爆発した。
 賢い保守と自ら名付けて政権を奪取したばかりの民政党政権は茫然と立ちつくして詭弁を弄するばかりである。

 名もない詩人の女がある詩を発表した。世論が沸騰した。ペンネームは「草也」。あの継子のメッセージだ。


-カムイ革命-

縄文の断層が絶叫し
海が裂き砕け
風が泣き狂い

溶解し炎上した原子炉の修羅がのたうつ

二〇秒の炸裂が世界を激転させる
天地神明が被爆する
終末の覚醒が遺伝子に染色されれ、記憶に痛ましく植樹される

風雨が凶弾に豹変する
3月の大気のおぞましい裂傷から
放射線が降り落ちる

太郎の屋根に
次郎の夜に
花子の夢に
放射線がさわさわと降り注ぐ

いわき平に
吾妻山に
安達太良に
阿武隈に
猪苗代湖に
安積野に
福島の全てを越えて

又三郎の学校に、
富士のふもとに到り、
放射能が降り積もる

恥辱の裸体を放射線が貫く
細胞の連結が切り刻まれる
最終兵器が自然を仮装する

カムイの地が核に占領された一瞬
人民に対する国家テロがいままた発動した瞬間
世界史に烙印されたFUKUSHIMA

この地こそが、いまこの時、分解の最終過程に佇む

神経が呪縛する
言葉が凍結する
自尊が暴虐される

ああ、無常という剛直な無情よ
冷徹な科学は屹立しないのか

侵略され処刑され拘束され晒され詐取され強奪され差別され嘲笑され収奪され犯され簒奪され蹂躙され殺戮され占領され同化され支配され赤裸々に搾取され続けた私達の歴程
私達のひとりひとり
ひとりひとりの慟哭
ひとつの赤涙

歌は止み
花は散り
屈辱の杯に毒が注がれ
絶望の馭者が疾駆する
死の共鳴が刹那を奏でる


それでもなお獣達の科学は羞恥を隔絶し、類との和解を拒否する
隠蔽の美学を掲示する

県境を恐怖の境界線とした政治の陰謀
官房長官の虚空の重層から混迷が巣だつ
CMに絶ち切られる記者会見
絶叫する情念のさまざま
継ぎはぎの幻想を矢継ぎ早に出産する情報

真裸の構造の頂上で天皇がおぼろに祈祷する
異形の神仏が一斉にたち現れる
カルトが経済の整合に憑依し闊歩する

五月雨が、新潟港、東京湾を汚染し
アスファルトにへばりついた核が舞い上がり青い風になったが、無視と忘却で新しい季節を迎えようとした。

弛緩仕切った傲慢が豪奢な非日常に目が眩んでいる
無様な当為者たちの怠惰な弁明が施錠される
権力の枢密が暴露される

この幻想体の核心は蜃気楼の神話だ
真実の探偵は反逆の徒なのだ
情緒が波頭を漂流し論理は帰港しない
模糊こそがこの神族の同一なのだ

そして矛盾の均衡が再び始動しようとする
嘆息と絶望がまたたく間に現実に氷解し満開の春を彩ろうとする


さあもはや、アテルイよ出でよ
清原藤原義経甦れ
将門よ起て

政宗よ目覚めよ
榎本よ土方よ共和の夢を語れ独立の唄を指し示せ
奥羽越列藩同盟よ翻れ
名もなき反逆の人々よ、葬送の祭司となれ

辺境の民よ
エミシの民よ
縄文の民よ
漂泊の民よ

北方の樹々の息吹よ
南方の潮の流転よ
まつろわぬ人々よ
異民の君よ

歴史に潜み悠久の森に息つく戦士達よ
遼原の朝日にたち現れよ
縄文と弥生の抗争をつぶさに演出せよ
君達こそがこの日のために生きたのだ

今こそ私達の誇りに呼応せよ
公憤を支柱とせよ
状況を憤怒で刺し貫け
草の魂に火を放て
桓武と田村麻呂に繋がる謀略と系譜をなぎ絶て

ピリカよ、弱き者を率いて山脈の奥深き楽土に密め
豊潤な骨盤に奇跡を孕め
白き乳房で希求を繋げ

青き狼達よ
革命の山河に季節と共に雌伏せよ
叡知を集結せよ
情念を論理に変換し歴史を貫く矢を放て
倫理の草種を蒔け

強者達よ
真夏の昼
自らの大地に自ら存れ

ヤマトを措定せよ
世界と靭帯する共和国を設計せよ

さあ、もう五月、青龍が翔びたつ
いまこの時カムイ革命が始まったのだ

  
 日本が国家として崩壊したと判断した異人会は、復興に総額五〇〇兆円を投資する一大プロジェクトを発表した。永年の悲願だったカムイ共和国国を、事実上、実現する歩みが、ついに始まったのだ。


―終―

カムイの儚総集編

カムイの儚総集編

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更新日
登録日 2020-08-30

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