カムイの儚8️⃣
カムイの儚 8️⃣
-異人会-
一九八五年、田山派の内紛が表面化して大分裂した。怨念化した激烈な抗争の果てに田山は孤立した。そして、煩悶苦と悩から酒に溺れた田山が急性肝硬変で、遂に急逝したのである。だが、もはや政界に激震も起きず波紋も広がらなかった。
後継は娘の万季子だ。そして、ただ一人、彼女を支えるのは、特攻隊の生き残りで野心の塊の代議士、松河だけであった。
この情況を受けて、宗派と党派の夢が孕んで産み落とした異民達が、新しい夢を策謀していた。
首都の高級住宅街の奥まった一角に、小さな森に隠れた邸宅がある。革命の夢にはついに辿り着けなかったあの青柳が、九十歳近くで病床にいた。しかし、この老人の精神は毫も老いてはいない。青春の頃に壊滅を誓った御門制が続く限り、彼は未だにあの戦争のただ中にいるのであった。
そして、自らの寿命が尽きるのを知りながら、復讐の最後の妄執に取り付かれていた。
枕元に翔子と二代目草也が侍している。蝉時雨の中で、青柳が二人の手を取ってある指示を与えた。
数日後、翔子の計らいである会合が持たれた。メンバーは二代目草也と片倉と伊達だ。
相互の意思を確認すると、彼らは結託して青柳の壮大な陰謀を詳細な計画に企んで書き上げた。
彼らはそれを『泡幻作戦』と名付けて、彼ら自身を『異人会』と呼んだ。
その頃、アメリカの通貨政策に端を発した急激な円高が、この国の経済を呻吟させていた。異人会の計画はそれを逆手に取った、経済そのものの詐取だった。いわば国家的詐欺であり経済クーデターなのである。
青柳に直接に支持を受けた山沢が、ある汚職を材料に竹山総理を恫喝した。震撼した竹山が宮下大蔵大臣に強力に指示して、空前の超低金利政策を打ち出させた。
マスコミが一斉にはやし立てた。有り余った金が市中に一気に流れ、異人会が随所で巧妙に先導する。
その金が資産物に湯水の如く注がれた。土地、株、絵画、骨董などが瞬く間に高騰した。やがて、国中がバブル景気に向かって一気に走り出した。
片倉は、既に北東の雄の某銀行の中堅株主だったが、一気に株を買い占めて頭取の座を手にした。そして、持ち株会社の企業グループ化を強力に進めた。
この時、伊達は六五歳。彼のバブルの利益は一〇〇兆にのぼった。
一九九三年。ついに山沢が竹山派を離脱して派閥を立ち上げると、政権与党が大分裂した。細井議員なども、「日本国民新党」を結成する。新党ブームが政局を作り、与党の一部の背反で内閣不信任案が可決され、解散して行われた総選挙で、戦後初めて与野党が逆転したのである。
山沢が連立の主体となり、細井を首班にして、長期独裁政権に変わる政権交代を実現した。
しかし、それは堕落の果てに凋落した革新に変わる、保守の入れ替わりに過ぎないのだった。
-原発爆発-
二〇一一年三月一一日。午後。空前の大地震と大津波が北東を襲った。翌日、地獄絵図の様に原発が爆発した。
賢い保守と自ら名付けて政権を奪取したばかりの民政党政権は茫然と立ちつくして詭弁を弄するばかりである。
名もない詩人の女がある詩を発表した。世論が沸騰した。ペンネームは「草也」。あの継子のメッセージだ。
-カムイ革命-
縄文の断層が絶叫し
海が裂き砕け
風が泣き狂い
溶解し炎上した原子炉の修羅がのたうつ
二〇秒の炸裂が世界を激転させる
天地神明が被爆する
終末の覚醒が遺伝子に染色されれ、記憶に痛ましく植樹される
風雨が凶弾に豹変する
3月の大気のおぞましい裂傷から
放射線が降り落ちる
太郎の屋根に
次郎の夜に
花子の夢に
放射線がさわさわと降り注ぐ
いわき平に
吾妻山に
安達太良に
阿武隈に
猪苗代湖に
安積野に
福島の全てを越えて
又三郎の学校に、
富士のふもとに到り、
放射能が降り積もる
恥辱の裸体を放射線が貫く
細胞の連結が切り刻まれる
最終兵器が自然を仮装する
カムイの地が核に占領された一瞬
人民に対する国家テロがいままた発動した瞬間
世界史に烙印されたFUKUSHIMA
この地こそが、いまこの時、分解の最終過程に佇む
神経が呪縛する
言葉が凍結する
自尊が暴虐される
ああ、無常という剛直な無情よ
冷徹な科学は屹立しないのか
侵略され処刑され拘束され晒され詐取され強奪され差別され嘲笑され収奪され犯され簒奪され蹂躙され殺戮され占領され同化され支配され赤裸々に搾取され続けた私達の歴程
私達のひとりひとり
ひとりひとりの慟哭
ひとつの赤涙
歌は止み
花は散り
屈辱の杯に毒が注がれ
絶望の馭者が疾駆する
死の共鳴が刹那を奏でる
それでもなお獣達の科学は羞恥を隔絶し、類との和解を拒否する
隠蔽の美学を掲示する
県境を恐怖の境界線とした政治の陰謀
官房長官の虚空の重層から混迷が巣だつ
CMに絶ち切られる記者会見
絶叫する情念のさまざま
継ぎはぎの幻想を矢継ぎ早に出産する情報
真裸の構造の頂上で天皇がおぼろに祈祷する
異形の神仏が一斉にたち現れる
カルトが経済の整合に憑依し闊歩する
五月雨が、新潟港、東京湾を汚染し
アスファルトにへばりついた核が舞い上がり青い風になったが、無視と忘却で新しい季節を迎えようとした。
弛緩仕切った傲慢が豪奢な非日常に目が眩んでいる
無様な当為者たちの怠惰な弁明が施錠される
権力の枢密が暴露される
この幻想体の核心は蜃気楼の神話だ
真実の探偵は反逆の徒なのだ
情緒が波頭を漂流し論理は帰港しない
模糊こそがこの神族の同一なのだ
そして矛盾の均衡が再び始動しようとする
嘆息と絶望がまたたく間に現実に氷解し満開の春を彩ろうとする
さあもはや、アテルイよ出でよ
清原藤原義経甦れ
将門よ起て
政宗よ目覚めよ
榎本よ土方よ共和の夢を語れ独立の唄を指し示せ
奥羽越列藩同盟よ翻れ
名もなき反逆の人々よ、葬送の祭司となれ
辺境の民よ
エミシの民よ
縄文の民よ
漂泊の民よ
北方の樹々の息吹よ
南方の潮の流転よ
まつろわぬ人々よ
異民の君よ
歴史に潜み悠久の森に息つく戦士達よ
遼原の朝日にたち現れよ
縄文と弥生の抗争をつぶさに演出せよ
君達こそがこの日のために生きたのだ
今こそ私達の誇りに呼応せよ
公憤を支柱とせよ
状況を憤怒で刺し貫け
草の魂に火を放て
桓武と田村麻呂に繋がる謀略と系譜をなぎ絶て
ピリカよ、弱き者を率いて山脈の奥深き楽土に密め
豊潤な骨盤に奇跡を孕め
白き乳房で希求を繋げ
青き狼達よ
革命の山河に季節と共に雌伏せよ
叡知を集結せよ
情念を論理に変換し歴史を貫く矢を放て
倫理の草種を蒔け
強者達よ
真夏の昼
自らの大地に自ら存れ
ヤマトを措定せよ
世界と靭帯する共和国を設計せよ
さあ、もう五月、青龍が翔びたつ
いまこの時カムイ革命が始まったのだ
日本が国家として崩壊したと判断した異人会は、復興に総額五〇〇兆円を投資する一大プロジェクトを発表した。永年の悲願だったカムイ共和国国を、事実上、実現する歩みが、ついに始まったのだ。
―終―
カムイの儚8️⃣