絵のなかのきみへ

 絵のなかで、きみだけが色濃く、存在を主張している。生きているのだと、訴えるように。
 あの、いつかの、アイスクリームやさんでみた、幽霊の話を、すこしだけしたとき、きみはあんまり、興味がなさそうだった。幽霊、というものをそもそも、しんじていないというのだから、しかたないのかもしれない。あと、高校生のときのクラスメートに、踏切マニアがいて、電車が通過する踏切を、じっと見ているのが好きなひとがいたことを話したときは、でも、幽霊よりも、気になっているみたいだったけれど、わたしも噂程度しか知らなかったので、その子のことを、きみが満足するような内容の膨らみはなかった。踏切マニアで、同性愛者で、いつも一緒にいたチャラ男の友人のことが好きらしくて、自殺志願者で、などというのが、どこまでがほんとうで、うそかは、わからなかったし、たぶん、噂を知っているひとのほとんどが、真実を知らなかったと思う。印象としては、オタクって感じかな、と言ったとき、きみは、いいねぇと呟いたけれど、なにがよかったのか、きみ的に、一体、なにがきみの、琴線に触れたのか、もう、それもいまは、確かめようのないことだ。絵に塗りこめられた、きみは、大学の、卒業生が描いた作品群が展示(というと響きはいいが、実際には小さな部屋に押し込まれただけの、つまりは、倉庫にしまわれているようなもの)されていて、そこで、ひっそりと息をしている。誰が描いたのか、朝焼けに染まる海の、砂浜にたたずんでいる青年、それが、きみだった。
 ねえ、もうすぐ、夏がおわるよ。
 わたしは、絵のなかで海を見ているきみに、語りかける。幽霊も、踏切マニアも、絵のなかのきみも、絵のなかのきみに恋をしているわたしも、みんな、すこしだけかわいそうで、ちゃんとしあわせにさせてくれって祈ってる。かみさまに。

絵のなかのきみへ

絵のなかのきみへ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-29

CC BY-NC-ND
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