カムイの儚4️⃣
カムイの儚 4️⃣
-典子-
典子は草也の初恋の人だ。小学六年の時には草也が児童会長で彼女が副会長。教室で映画鑑賞の時に暗闇の中で座った足の指先が偶然に触れ合ったが、彼女は避けなかった。その感覚が未だに鮮明に残っているのだ。一二歳であった。
中学一年の初夏に、少女への思いを友達に洩らすと、告白しろと言う。ある日の放課後、少女は友達と二人で自宅に続く田んぼ道を歩いて行く。草也達三人は随分と間をあけて追った。最後までその距離はつまらなかった。満開の蓮華草の中を歩く草也の躊躇いは何だったのだろう。
運動会の合同練習だったのか、フォークダンスでクラスの違う典子とあわや手をつなぐ状況になった。草也は踊りの列からあたふたと離脱した。中学二年だった。
中学三年に、少女と初めて同じクラスになった。
初夏の朝、典子からの短い手紙が机に入っていた。「競って勉強しよう」「先生とも話した」先生とは担任の草也の義母のことだ。模擬テストは彼女が二位、草也が三位の成績で、父母が勧める学区外の進学校合格には草也は少し点数が足りなかった。
草也は受験勉強はせずに本を読み漁っていた。学区内でいいとも考え、それよりも、陰湿な家や狭い村をいかに抜け出すかばかりを考えていた。
恥ずかしさの反動だったのかもしれない。あるいは、義母に話したことへの動揺だったのか、意味のない怒りだったのか。草也は即座に手紙を突き返した。典子の悲しい表情が草也を突き刺した。若いという短慮はこんなにつまらないものなのか、草也は一日中悔いた。
放課後にいつもの場所で煙草を吸っていると、典子がやって来た。典子は手紙の不用意さを謝り、好きだ、初恋だと告白した。そして、「草さんにはいつも私より上にいて欲しい」と、囁いた。模試の成績が自分より下なのは耐えられない、とも言う。「立派な人になって欲しい」と、懇願もする。煙草を咎める事はなかった。
「頑張ってくれるならみんなあげる」典子は頬を紅潮させて唇を噛んだ。草也が衝動で抱き寄せると少女が身体を預けて、思わずキスをしてしまった。余りに展開が早すぎて驚くばかりだった。唇を離して草也が言った。「解った。やってみよう」
巴都と丸子には受験勉強で暫く会えないと、告げた。
そして、草也は三ヶ月間、猛勉強をした。教師の両親は驚きながらも満足している。
夏休み最後の全国模試で草也は満点をとった。典子は歓喜した。
-泉-
二日後の日曜の早くから、二人は穏やかな里山を抜けて、なだらかな稜線を辿り山頂を目指した。晩夏の空は晴れ渡っている。昼食は典子が用意している。
中腹の清水の流れに人の気配は全くない。典子が誘い、二人は上半身を脱いで汗を拭いた。キスをした。草也は反応した。女に言うと同意する。
清水の流れを上ると、山道から脇道を少し入った所に小さな湧き水のある格好の空間があった。
女はビニールのシートも持って来ていた。二人は初めての体験に臨んだ。
「私。初めてなの。草さんは?」「初めてだ」草也は少女についた初めての嘘を悔やんだ。「本を持ってきたの」典子がバックから本を取り出すと『北の国の男女の特別な知恵』とある。「どうしたんだ?」「この前、本屋で…」いかにも典子らしいと草也は思う。図解や写真入りだ。
「中学三年は早いわよね?」「そうだな」「みんなはどうしてるのかしら?」「人は人だよ」「いいのかしら?」「嫌なら止めとこうか?」「そんな事じゃないの」「こんなのも用意したんだもの」典子は避妊具を差し出した。草也が笑った。「そんなに可笑しい?大事な事でしょ?」草也はこんなものがきっかけになった丸子の事など言える筈もない。「今度から俺が買うから」とだけ言った。典子も笑った。草也が煙草を吸う。典子は咎めない。
日が昇りきって残忍なほどの猛暑になった。二人は裸になって小さな泉の水を浴びた。 交接するのが勿体ないくらいに、二人は互いを大切に思っているのだった。「これからの人生がどうなるかは全くわからない」「だから軽軽に約束はしない」「でも、たぶん、俺は」草也が言葉を折りながら、繋げながら絞り出す。「お前と結婚するか、誰とも結婚しないか、どちらかだ」「結婚しても子供は要らない」「こんな世の中に命を産み出すのは罪だ」
典子は不器用なこの男が大好きだった。二人は典子が用意した本の助けも借りずに、ごく自然に交わった。典子はすべてを委ねた。草也は丸子との性戯で、すっかり一人前の男だったのである。
-進学-
その後も草也は満点をとり続けた。勉強の合間に三人の女と何度か交合した。
初冬に大伯母のトキが主府からやって来た。草也の出生の秘密を知るトキは小さい時から草也を溺愛していたが、成績の話を聞いて主府の高校への進学を勧めに来たのだった。
トキの亡夫はシラオイアイヌの実業家で、ビルなどの多額の資産を遺していた。トキはこの国一の進学校を目指して設立したばかりの私学の高校の地主でもあり、懇意にしている理事長から要請されたと言うのだった。
そして、草也を養子にしたいと言った。トキに子供はいない。草也に迷いはなかった。父も義母も至極簡単に承諾した。
草也の名をつけた実母は、四歳の草也と二歳の妹を残して自裁していた。父は連れ子のある義母と再婚し子供ももうけている。妹は草也に全く似ていない。草也も父に全く似ていない。父も義母も草也をもて余していたのだ。
五四年の一月。草也は推薦入学が決まり、トキの養子になった。
-女教師-
「誰にも言わないならさせてあげるわよ」「したいんでしょ?」
敗戦の一〇日前の酷暑の放課後。里山の裾の廃寺で、熟れた女教師が八歳の草也の股間に手を伸ばした。 薄暗い本堂の二人の目の前の板壁には、教室からくすねたチョークで様々な落書きが描かれている。
「親しくしている先生の息子だから聞くのよ。本当の事を教えるなら、みんな消して誰にも言わないから。誰がなぜ書いたの?」
「御門は神じゃない。毎晩、女先生みたいにべっちょやってる、なんて。これは誰が書いたの?」
視線を逸らさない端正な教え子を息が詰まるほどに見続けながら、女はこの男こそが、今この時の支配者なのではないかと、錯覚に陥る。頷いて、「確かに陛下も親がべっちょして、そのべっちょから生まれたのよ」「神様ではないわ」「でも、御門を神だと信じなければ戦争なんかやってられないのよ」「もう一億総玉砕なのよ」「あなたも私も戦うのよ」「必ず勝つんだから」「わかった?」
「べっちょに金玉が嵌まってて。私の名前が書いてあるわね」「少佐先生の金玉大好きって。これは何なの?」女が青ざめて立ちつくしている。「やっぱりあなたが書いたの?」「私と少佐先生はこんなことしてないわよ」「見た」少年が初めて言葉を発した。たじろいだ女教師が、「何を見たの?」「嵌めてるのを」「どこで?」「音楽室」「嘘よ」「いつ見たの?」「何回も見た」「誰と見たの?」「他に誰かいなかった?」「一人」「本当に一人だったの?」「そうなの?」「だったら、何を見たのか、詳しく教えて?」
廃寺は男の陣地だった。男こそがこの秘密の領地の絶対的な支配者であり、横暴な君主だったのだ。御門などは存在しない。異人の陳腐な侵入者は女教師であり、悔悟しなければ厳しく懲罰されるべき定めなのだ。女はその事を知らない。
「他の人は川遊びに行ってて誰も来ないのね?」「べっちょしたことあるの?」「私とやりたくない?」「誰にも言わないならやらせてあげるわよ」八歳の草也は二三歳の女教師との停戦の性交に合意したのだった。
女が尻を揺すって粗末な黒いズボンを脱ぐと、甘い香りがして紫のパンティが現れた。女はそれも脱ぎ、赤黒い女陰に大量の唾をつけて揉む。少年にも唾をつけていじれと言う。言われるまま指を入れると、熱く崩れた赤黒い肉が濡れている。女が呻いた。
男の下半身を剥き、「もう大人と変わらないわ。毛も生えてるもの」と、女教師が幼い陰茎を含んだ。
股を開いた女に被さると、女の指が汁の溢れる膣に導くのだった。
この世の出来事はすべて夢の様なものかもしれないと、草也は思った。しかし、恥辱は深奥に鋭く刻まれていた。ある時に、この忌まわしい出来事を丸子に話していた。
丸子が画策した。一週間後に、写真の束が届いた。
「面白いものを見せてあげるわ」ばらまいた写真から一枚を取りだして示した。
「何が写ってる?」男が見いる。布団の上で三人が絡み合っている。真裸だ。足を大開きにして股がった豊満な女に父が挿入して、義母と口を吸いあい舌を絡めている。義母の破れたパンティの股間には数珠が嵌まっている。
草也は何の事かわからない。「その女をよく見て?」股がった女は髪が乱れて顔は判然としない。豊かな乳房で二段腹だ。陰毛が短い女陰には、男根が半分だけ挿入して、女の指が男根の根元を掴んでいる。
「何?」と草也が丸子に聞くと、「その女の顔よ。見覚えない?」草也はまじまじと見た。撮影だからそうしたのか、髪が乱れたのか、女の顔は判然としない。しかし、よくよく見ると髪の乱れから覗く特徴のある鼻に草也は思い至った。そうして改めて見ると、その淫乱な女は確かにあの女教師なのだ。「そうなのか?」「そうよ」
女教師は草也の父とも関係があったのだ。丸子はどうだったのか?丸子にも草也には決して言えない秘密があった。
合格が決まって、草也は女教師に電話した。
三日後の土曜の夕方。丸子の薬局に女教師は現れた。
「責任をとってもらうわよ」「何でもします。どうすればいいの?」「裸になって。写真を撮らせてもらうわ」「どんな?」「自慰?するでしょ?そんな写真よ。嫌なの?嫌ならいいのよ。無理強いはしないわ。犯罪は嫌いなの。よく考えて」丸子がウィスキーを作り始めた。「やります」と、女教師が長い息を吐いた。
(続く)
カムイの儚4️⃣