天空海闊

天空海闊

2020~ 年作品

序 天正十八年四月

風が鳴った。

東西天下分け目になった、関ケ原。

その関ケ原の近くを通る、東海道養老近くの街道の山道を、金髪碧眼の青年がひとり歩いていた。もう時刻は夕暮れの頃、春先とはいえまだ肌寒く山には氷霧も出ていた。青年は日が沈むまでに宿場町にたどり着くよう、道を急いでいた。青年の名前は伊達征士、しかし伊達家の直系の一族ではない。上様から下賜賜った名前である。
彼は母親は日本人だが、父親は外国籍の男であった。事情は征士にはよくわからなかったが、父が海外から渡ってきて、自分はその末に生まれた子供だということはわかっていた。そして物心ついた時には父はすでにいなかった。母は幼い頃に亡くなっていた。生家は武士としては中庸の出で、格式ある武家ではなかったが、祖父らから幼い頃から厳しく剣道の道をしつけられてきた。その甲斐あって、上様の面前の試合で、見事十人抜きに討ち果たし、伊達の名前を名乗るがよいぞと言われたのである。この伊達の殿様の伊達政宗公は、あちらの事物が大好きであった。その一環で、征士も付き人にとりたてられたのである。
その数年前に九州の大友宗麟が天正慶欧少年使節団を派遣していたから、伊達家でも遠く羅馬(ローマ)の法王庁に使節団を送り込む計画があるのだと聞いていたから、その根回しで自分もとりたてられたのだろうと思った。しかし征士はただの一言も、あちらの言葉が話せるわけではなかった。殿の周りの者の薦めであちらの宣教師について少し勉強してみたが、お手上げであった。それでも征士の容貌は、あちら風の顔だちなのであった。
さて、征士が先を急いでいる途中、峠を越して下り坂が続いている道の先に、誰かが倒れているのが見えた。菅笠越しに見たところ、少年のようであった。征士は助け起こそうとした。ふもとの宿場町まで送っていってやろうと思った。こんな山道に放り出されていたら、山犬の群れに襲われても仕方がない。
「おい。」
と声をかけて、気付けの拳を少年の胸板に鋭く当てた。少年は軽く呻いて、気を取り直したようだが、まだぐったりしている。と、その時目の前に火の球がゆらゆらと揺れながら流れてきた。
「妖邪のたぐいか?」
と、征士は腰の刀に手をかけた。夜の山にはこのようなものが出没するという話は、征士もよく巷の噂で聞いている。と、見ている間に火の球は幾重にも征士たちを取り囲み、その下から黒煙のようなものが湧いて、見るからに恐ろし気な兵士たちが次々と地の底から現れた。兵士は征士たちに刀を抜いて斬りかかってきた。征士は一太刀受け、少年を背に担ぎ上げると走り出した。幸い少年の身は軽く、なんとか走ることができた。走りながらも、剣で火の球を薙ぎ払った。と、その時前方に何か黒衣のマントを翻した男が立っているのに気づいた。すんでのところで征士はその男の第一撃をかわした。しかし男は高笑いをしながら征士に追いすがってくる。
と、その時男と征士の間に、光の矢が一矢放たれた。それはすさまじい光を放ちながら地に落ちて、男の行く手を阻んだ。
「伊達征士、こっちだ。」
と、見ている間に征士は空中に吊り上げられた。誰か紺色の鎧のようなものを着ている者に、征士は手を摑まえられてつりさげられているのだった。明らかに相手は空中に浮いているので、征士は驚いた。とても普通の素性の者ではない。征士はその者が安全なところに着地すると、言った。
「なんだ貴様は?その身なり、ふつうの鎧ではないし。」
征士がそう言うと、相手は明るく笑って答えた。
「あはは、確かにそうだな。この時代の鎧に模したつもりだったが、やはりいろいろと進み過ぎていたようだ。しかし機能を入れるにはこれぐらいでないと。」
と、相手は言うと、征士の背中から少年を下して、気付け薬のようなものを飲ませた。
「遼、もう大丈夫だぞ。人買いはいなくなった。」
と、その鎧の青年は言った。征士は尋ねた。
「人買いに売られていたのか?」
「そうだ。秀吉公は今月に人買い禁止令を敷いたのだがな。また真田の里に送り届ける。」
「真田?甲斐の国か。」
「おっと、詮索は無用だ。そうだ、おまえにこれをやろう。ここで会ったのも何かの縁だ。少し時代考証的には無理があるがな。」
と、相手は征士に水晶玉のようなものを放った。征士はあわてて受け止めた。その珠には『礼』の文字が浮かんでいた。征士は珠を見て、尋ねた。
「おまえはいったい何だ?」
「俺の名は羽柴当麻・・・・・、では、またどこかで会おう。おさらば!」
と言うなり、当麻は鎧で宙に浮いて、それから制動をつけて空の彼方に飛び去った。遼と呼んだ少年も一緒だった。
「なんだあいつは・・・。」
征士はうなると、玉を懐に入れて走り出した。さっきの男が背後から迫ってきている。何のことはない、征士は危機の中当麻に置き去りに放り出されたのである。征士の後ろから男が大剣を振りかざして何か叫んでいる。征士はあわやというところで斬られそうになっていた。
剣で防戦しているが、とてもかなうものではない。相手の大剣は何か雷撃のようなものを見舞ってくる。征士の体に幾度も電流の衝撃が走った。
「このままではらちがあかん!何か方法が・・・。」
と征士が言った時、背後から大きな雷撃が襲った。
「ッ・・・・・!」
と思って前につんのめった征士は、無意識のうちにそれを唱えていた。
「武装・光輪――――!」
たちまちのうちに征士の体に、緑色に光る鎧のパーツが飛来して蒸着した。それは一瞬の出来事で、征士が気がついた時は、謎の緑の鎧に包まれて宙に浮いていた。そして征士は無意識のまま、「それ」を口にしていた。
「雷光斬――――!」
征士は巨大な光の剣を、相手の黒マントに向かって振り下ろしていた。

気が付くと、征士は夜の山道に倒れていた。幸い、人家の灯がすぐそこに見えていた。征士はもうあの緑の鎧をまとってはいなかった。
「私はいったい・・・・?」
征士は不審に思いながら起き上がり、背中にくくりつけた旅の風呂敷包みを確かめた。中には上様に申しつけられた書状が入っているのだ。それは、秀吉に反抗する所領の一揆衆への呼びかけの書状だった。この年の十月、伊達政宗たちが扇動した大崎・葛西一揆が起こるのだ。秀吉との関係はまだ一進一退の時期であった。秀吉が諸国を完全に統一するのはまだ少し先のことである。
征士は人家に向かって歩き出した。先ほど当麻に渡された謎の玉は、まだ懐にしっかりとあった。

四百年後、新宿

ナスティ柳生はアメリカ人とのハーフの両親を持つ、日系二世だ。父方の祖父は東京の文京区にある千石大学で日本史専攻の大学教授である。千石教授はもともと文献を読み解く事を得意としていたが、最近は考古学的なフィールドワークも学生たちとしている。ナスティはその研究室に助手としてアルバイトをしており、その日もカフェレストランのタイムシフトの後、夕刻に研究室のドアを開けた。最近は研究室には正体不明の遺跡物のダンボールが積み上げられており、千石博士はその新たな研究を続けている。しかし学会ではまったく相手にされておらず、博士の孤独感は増している様子だった。それで孫娘のナスティにも少しその研究を話した事があった。その日もナスティは尋ねた。
「古い和歌が考古学と関係がある?」
「そうじゃ。古い歌がな。それに従って遺跡物が発見された・・・・。何者かがそこに置いた可能性がある。」
「それは古代で?」
「そうじゃな。」
「奈良県明日香村の不思議な遺構みたいなもの?あれって村のあちこちに謎の石があるのよね。猿石とか・・・・・。」
「そんな距離ではない。もっと遠くにばらばらにある。一番遠いもので、ざっと一千キロぐらいか。」
「それは関連づけられるの?」
「放射線測定機では同一時代の同一物質によるものと推定された。」
「ありえないわ。古代でしょう?移動できる距離ではないわ。」
「そうじゃな・・・・。」
博士はそう言うと、目を少し疲れからか押さえてから、ナスティに言った。
「ナスティ。今から言う言葉をそのパソコンに打ち込みなさい。烈火。光輪。水滸。金剛。天空。」
ナスティがパソコンに言われるままに入力すると、何かのソフトが起動した様子だった。
「これは、おじいさま・・・・?」
「わしが発見した、古代の鎧の名前じゃな。たぶん識別コードだと思う・・・・・。」
「古代の?」
「そうだ。わしが発見したことで、呼び水になるかもしれん。」
「何の呼び水なの?」
「世界を破滅から救うためのな。」
「世界の破滅・・・・。」
と、その時研究室でつけっぱなしになっているミニテレビのニュース画面に、おかしな映像が映りこんだ。女性アナウンサーが、白い虎を連れた少年の録画映像にコメントをつけている。
『新宿マイシティ前です。今日午後三時ごろ、このマイシティ前に白い虎を連れた少年が現れました。虎の出現にあたりは一時騒然となりました。少年は新宿警察に身柄を確保されましたが、今各地の動物園で、白い虎のライガーが脱走したかどうか関連を調べています。以上、新宿前からでした。』
千石博士はニュースを聞くなり低く呻いた。
「白い虎・・・白炎・・・・。烈火の近侍の動物・・・。ナスティ、今から新宿に向かえるか?」
「え・・・?行けないことはないけど・・・・。」
「今日はその日時なのかもしれん。行って確かめてきてくれないか。ただの少年ならばよいが・・・・。前兆なのかもしれん。」
「前兆、ですか?」
「そうじゃ。急げ!」
ナスティは言われて、コートを着こんで足早に大学を後にした。祖父の信じているものを疑う気持ちがあった。しかし、新宿で何かが起こるというのをこの目で確かめてみたかった。祖父は今孤独なのだ。もし違っていれば祖父を安心させられる。
「おじいさまに、そんなものはないとはっきり言うことができれば・・・。」
愛車のパジェロを運転してナスティは新宿まで来た。駐車スペースに停めると、新宿警察に行ってみた。警察署の前には人だかりがしていた。見ると、少年が虎と外に出ようとしていた。警官たちが取り囲んで警棒で威嚇している。どうやって警察署の拘留の檻から外に出たのだろう?しかし見たところ、彼らは警官たちを脅す風でもなく、毅然としてそこに立っていた。
「俺の話を聞いてくれ!」
と、少年は周囲に声を張り上げた。白い虎はその横にいて、おとなしい様子だった。
「あれは普通の虎ではなさそう・・・・。まるで犬みたいな虎ね。」
と、ナスティは言った。
その時警察署などのビル街の上空に、冬空なのに夏のような黒い入道雲がむくむくと湧き始めた。と、見る間にそこからいきなり雷鳴がとどろいた。季節はずれの夕立とともに、すさまじい稲妻が幾筋も光った。そして、その黒雲の上には――――およそ、ありえない大きさの建造物が出現したのだった。黄金色に光るそれは、巨大な戦国時代の城塞のようであったが、ナステイの目には中国やイスラム風の建物のようにも見えた。
「あれはいったい・・・・。上空に浮いているの?UFO?ありえない。」
突風が吹きすさぶ中、その時「ふははははは・・・。」と言う悪魔のような哄笑が地の底から響いてきた。そして黒雲に乗って、戦国時代の鎧武者たちが次々と地上に降り立ち、人々を狩り始めた。逃げ惑う人々、しかし兵士たちは容赦なく戦船(いくさぶね)のようなものに人々を追い立てていった。
「ママー、ママーッ!」
「純ちゃん!」
ナスティの目の前で、ある親子連れが兵士に引き離されようとしていた。
「危ない!こっちに来て!」
ナスティは危うくその純と呼ばれた子供の手を引いて、兵隊たちからビルの影の路地に逃れた。
「ママが、パパが、あそこに!」
「だめ、今あそこに行ったらあなたも連れて行かれるのよ。ここで隠れてなさい。」
ナスティはそう言うと、さっきの少年の姿を探した。いた。大通りの道路の向こうに、彼は一人立っていたが、さっきと着ている服が違う。何か柔道の胴着のようなものの上に、プロテクターの鎧みたいなものをつけている。プロテクターの色は真っ赤だった。
「あのお兄ちゃん、どうしたのかな・・・・。何かのポーズを取ってる。」
純が言うように、少年は舞のような所作をその場でした。その時、虚空から桜吹雪が舞い、お囃子のような妙音が響いたのに、ナスティは気づいた。幻覚だろうか?その幻覚に一瞬気を呑まれて目を見張ったあと、ナスティは再度驚愕した。少年は異様な鎧を、その胴着の上に装着していたのだった。その色はやはり、炎のように真っ赤な色だった。
「あれは・・・・おじいさまの言っていた古代の鎧?それにしては材質は金属かプラスチックみたいな感じね。」
ナスティが言うのに純もうなずいた。
「ロボットみたいだね。すごいや、あれで戦うのかな。」
「そうみたい。あ、虎だわ。横にいるのね。近侍とかいう動物なのかしら?」
と、ナスティが様子を見ていると、少年の後ろに四人の別の少年たちの影が現れた。少年たちは赤い少年に次々に声をかけた。

「遼、先に来ていたのか。水臭いぞ。そういう事は、夢学習の場で打ち明けるべきだった。」
「そうだそうだ。俺たちもテレビを見て駆け付けたんだぜ。」
「秀はまだいいよ。僕のいる萩ではこっちの地方ニュースは映らないからね。迦雄須の導きがなければここまで飛んでこれなかった。」
「伸、おまえだけではないぞ。私のいる仙台でもだ。道場を出たとたん迦雄須の霊に呼び止められた。」

ナスティは目を丸くした。全員遼と呼ばれた少年と同じようなカラフルな胴着を着こんでいる。それぞれ青に橙色に緑に水色だった。
「あれも・・・彼の仲間なの?」
「そうみたいだね。やったぞ、五色そろって戦隊ものだ!行け行けー!」
純は拳を振って応援をはじめた。彼らは見たところ、祖父の言っていた「古代の鎧」を持つ救い人に見えた。ナスティは不安げに上空を見上げた。雷鳴はあいかわらずとどろいている。そして、人々を乗せた戦船は次々と上空の黄金の城へと吸い込まれていく。しかし、少年たちも次々と鎧を「装着」していた。ナスティの耳には彼らの「武装!」という叫び声が聞こえた。彼らの姿が全員変わったのを見計らって、ナスティは言った。
「鎧を全員つけたみたいね。これで世界は救われるの?」
ナスティに純は答えた。
「そうだと思うよ。だってさ、僕の知っている特撮ものだと、必ず勝利するんだよ。」
「でも・・・・・大丈夫かしら。見たところ普通の少年たちみたいだったし・・・。」
「え、でもそういうのがすごいヒーローに変身するんだよ?」
「そうだといいけど・・・・。」
ナスティの不安な予感は的中した。黒雲に乗って、少年たちに相当するような四人の戦士が現れたのだ。彼らは少年たちよりも大人風だった。そして見るからに強そうな鎧を身につけていた。ナスティはお約束どおりの展開にくらくらした。
「ええ?もう敵が・・・・!」
示し合わせたように現れた強敵。敵の男たちは、手にした武器を構えて口をそろえて言った。

「阿羅醐様、小童(こわっぱ)どもが現れましてにございます。」
「左様、四百年前と同じように・・・・。」
「いかほどになさるおつもりか?」
「我ら四魔将、この場で小童どもを血祭りにあげて御覧に入れましょう!」

四人の武将然とした男たちが口々に言うのを聞いたのか、上空の虚空に恐ろし気な白髪の甲武者の巨大な鬼首の幻影が現れた。鬼首は牙の生えた口で笑って言った。
「ふふふふふ・・・・四魔将、はやるでない・・・・まずは五人をばらばらにして、一人ずつその首を集めるのだ・・・・。鎧を確実に奪うために、やつらを散らせ・・・・。」
「承知!」
答えるなり、四魔将と呼ばれた男たちは地上の少年らに向かって飛び降りた。それはまさに激突だった。
四魔将は朱天童子・悪奴弥守・螺呪羅・那唖挫と呼ばれる四人の武将の男たちによって成り立つ妖邪のグループだ。彼らは先ほど現れた鬼首の首領である阿羅醐に仕えている、忠実な部下である。しかし何時から彼らが阿羅醐に仕えているのか、またどうして阿羅醐を主君として頂いているのかについては、彼らの記憶には定かではない。その事について考える事はないのであり、阿羅醐に取り立ててもらえる事のみが彼らの生きがいであった。そして各々四人の中でなんとかして抜きん出て、阿羅醐から褒美をもらう事ばかりを考えていた。それは戦国時代の武将たちの在りようにそっくりであった。
まず鬼魔将・朱天童子は烈火の遼に邪鬼鎌でとびかかった。長い鎖の鎌は、遼の持つ双炎剣の二振りの剣に勢いよくからみついた。
「危ない!」
見ていたナスティは肝を冷やした。遼の剣は今にもからみついた鎖で折れそうだった。それをからくも遼は跳ね飛ばした。しかし闇雲に朱天に向かって両手に持つ二本の剣を振りまわしており、とてもうまく立ち回っているようには見えなかった。
他の者たちもそれぞれ魔将と対峙していた。一番うまく剣をさばいているのは、緑の鎧を着ている少年だった。それは伊達征士という少年で、彼は故郷の仙台で剣道部に所属しているのである。だから遼よりは剣の使い方が巧みであった。しかしそれでも、対峙している闇魔将・悪奴弥守の黒狼剣の前には、歯が立たない様子だった。
「おにいちゃんたち、がんばってー!」
「負けないで、そんなやつらに!みんなを助けて!」
ナスティと純は必死に声援を送っている。と、その時ナスティたちの周囲に妖邪の兵隊たちが忍び寄ってきた。遼の目にそれが入った。彼は朱天を攻撃しながら、そちらに向かおうとした。
「危ない、逃げろーっ!」
遼は叫んだ。ナスティたちに駆け寄って、妖邪兵を遼は次々と斬り伏せた。その遼に向かって朱天は邪鬼鎌を斬と振り下ろした。
「くぅぅうっ!」
ナスティと純をかばって、遼は呻いた。烈火の鎧に大きく傷が入った。
その時仲間たちの鎧が激しく明滅しだした。何かが呼応した様子だった。と、見る間に五人の鎧は宙に浮いた。
「あれは・・・・?!」
ナスティは五人の上空に浮いた鎧の中心に、一人の雲水が錫杖を手に立っているのを認めた。長い白髪をなびかせた青年だった。いや、もっと年をとっているのかもしれない。年齢不詳の男だった。その雲水の男は錫杖を持ち上げると、天を指差し、一振りした。
その瞬間鎧たちは色鮮やかな光の玉と化し、それぞれ四方八方へと飛び退(すさ)った。それは目にもとまらぬ速さだった。雲水の男は言った。
「今、それぞれの地に放たれた・・・・・。その地から更なる力を得、次なる試練を乗り越えるのだ・・・。行け、サムライ・トルーパーたちよ・・・・・。」
ナスティは思わず聞き返した。
「サムライ・トルーパー?」
すると上空の雲水がナスティの方を見た。雲水は手で印字を切るとナスティに言った。
「お頼み申す・・・・。そこの御婦人。彼らを探してくださるか・・・。」
そして軽く頭を下げると、見ているうちに姿をゆっくりとかき消した。それにつれて、ナスティの周囲にいた妖邪兵たちも次々と姿を消した。ナスティは当惑した。
「え?お頼み申すって・・・・?彼らはどこに消えてしまったの?」
純は不満げに言った。
「あのお兄ちゃんたち、僕らを助けてくれないんだ。」
「そうね。今助けてくれようとしたのだけど・・・。あのお坊さんはどうして彼らを消してしまったのかしら?何か理由があるのかしら。」
「あの人、たぶん味方だよ。そして、お姉ちゃんに何かを頼んだみたいだ。」
「そうね、頼まれてしまったわね・・・・。」
ナスティはいったん千石大学に戻ることを考えた。阿羅醐城の異様な城はまだ上空にあった。ナスティは空を見上げながら言った。
「怪獣映画みたいに自衛隊が来て、なんとかしてくれるかしら。とにかく、大学に戻っておじいさまに会いましょう。何か知っていると思うから。」
「お姉ちゃん、僕どうすればいいのかな・・・・。僕、名前、山野純。」
「私はナスティ柳生って言うの。そうね、私と一緒に行きましょう。純くんの御両親とまた会う方法を考えましょう。ここにいてもらちはあかないわ。」
「う、うん・・・・・。」
純はナスティにうなずいた。その時、純の顔を何かがぺろりとなめた。
「ひゃっ、何なに?あ、さっきの虎だ。」
純の横に遼が連れていた虎の白炎が来ていた。ナスティはうれしそうに言った。
「この虎、人を襲わないのね。賢い虎ね。一緒に連れて行った方がよさそうね。」
「うん、そうしよう。あのお兄ちゃんの居場所をこいつがわかるかもしれない。虎も野生動物だから、鼻が利くと思うんだ。」
「そうね。」
ナスティと純は人通りが絶えた大通りを歩いて、駐車していたパジェロに乗り込んだ。それが長い旅の始まりだった。
その頃阿羅醐城の中では阿羅醐の前で地霊衆と芭陀悶が平伏していた。阿羅醐は鬼首の鎧武者で、大広間の金屏風の前に陣取っていた。芭陀悶と呼ばれる年老いた僧侶は言った。
「阿羅醐様、鎧がそれぞれ飛び立ちましてにござります。」
「よい。それぞれの座標に迦雄須自らが配置しおったわ。儂が考えることと同じ事を、やつが自分からした。それでよい・・・・。ふふ。ふはははは!」
阿羅醐はそう言うと、まさに鬼のような顔で笑った。

ナスティが千石大学に戻ると、祖父はパソコンの前に座り、何か操作していた。
「おじいさま、新宿が!」
とナスティが言い、今までの経緯を説明すると、祖父は言った。
「新宿の事は残念だった。やつらを阻止できなかったのは無念と言うよりほかない。見なさい、自衛隊もお手上げだ。」
祖父が示すテレビ画面に、自衛隊の哨戒機が阿羅醐城の黒雲に次々と飲み込まれて墜落していくのが映った。ナスティは驚いて祖父に言った。
「あれは一体何なのです?」
「あれは妖邪界と呼ばれるものだ。次元の断層から生み出された、人の負の怨念が凝り固まってできたもの・・・・・。そこに鎮座しているのが阿羅醐城だ。中には阿羅醐と呼ばれる物体が巣くっている。」
「阿羅醐・・・・・。」
「阿羅醐というと仏教用語で、仏僧の食餌(しょくじ)と言った意味だ。仏僧とは阿羅漢(あらはん)のことで、そしておいしい食べ物を醍醐味と言うじゃろう、その字を書く。しかしそれはおそらく当て字だ。インド天文学の羅喉星(らごうせい)の羅喉から来ていると見た方がいい。『羅喉、九曜星の一番目。本尊、大日如来。方位、南東。胎蔵界曼荼羅では南。この年に当たるときは大凶。他行すれば災難あり。また損失あるいは病気、口説事あり。慎むべし』とある。計都星と対になって災厄をもたらすとされている星だ。これはインド神話ではラーフのことであり、ラーフ(羅睺)は転じて『障害をなすもの』の意味で、ラーフラ(Rāhula)(羅睺羅、らごら)として釈迦が息子に名づけたといわれる。ラーフはインド天文学では月の昇交点のことだ。」
「おじいさま、それじゃ・・・。」
「おまえも嘘だと思いたいじゃろう。わしもそのような古代神話がそのまま新宿に現出しているとは思っておらん。誰かその神話学を利用した者がいるのだ。それが阿羅醐なのだよ。」
そこで祖父はパソコンのエンターキーを押し、画面に和歌の文字を呼び出した。
「この和歌だが・・・・。彼ら古代の鎧とどうやら関係があるようなのじゃ。彼らの鎧の居場所を隠したものとみて間違いない。どうしてわしがこの和歌を入手したかは聞かないでくれ。さる人物からメールで送られてきた。」
「それは、阿羅醐ではないのですか?」
「ではないと思いたい。その人物からわしもいろいろな情報を今まで得て来たのだ。彼は阿羅醐の出現を預言し、人々の無関心さを嘆いていた。彼は阿羅醐側の人間ではないだろうと思う。」
祖父が呼びだした和歌は次のようなものだった。

巻き水 なる遠く 遥か君がため
菜摘む 我をぞ   不死忍ぶ
光咲く秋   宝塔 手にせし
おお 雪山 埋もれし ふゆ う
空の流れに 身をひたしつつ

祖父は言った。
「あの赤い鎧の虎を連れた少年はおそらく、『烈火』の鎧だろう。烈火は陰陽五行説では火の属性だから朱色で、四季では夏を表す。この『菜摘む』は『夏』、『不死忍ぶ』の不死は『富士山』のことではなかろうか。というのも、昨日から富士山の火口からかすかに噴煙が上がっているという情報が出ているのだ。富士山は休火山で今は活動はほとんどしていないのだが、阿羅醐の出現で何かが起きたのかもしれん。」
「では、おじいさま。富士山を見に行った方がいいという事ですね?」
「そうだ。そこに烈火の鎧の少年は飛ばされたのかもしれん。行ってみる価値はあるじゃろう。彼らは阿羅醐を滅ぼすために遣わされた者たちなのだ。」
ナスティは立ち上がった。
「今は少しでも可能性のある事をしてみる事が大事です。おじいさま、私これから純くんと一緒に富士山に行ってきます。」
「そうしてくれ。」
ナスティは純とパジェロに食料と水を積み込み、乗り込んだ。
東京から富士山の麓までは一日がかりだった。途中、車に積んだミニテレビでナスティたちはニュースを聞いていたが、あの阿羅醐城に対して日本政府はできうる事は何ひとつないようであった。また、消えてしまった人々もどこに行ったのか皆目見当はつかなかった。
目指す富士山には御殿場口から駐車場に停めて、歩いて登ることになった。この騒ぎで観光地には人はいなくて閑散としていた。冬山のこともあったのだろう、人はほとんどいなかった。ナスティたちはそれなので、白炎をふつうに車から降ろして歩かせることができた。白炎は不思議なことに、腹をすかせることがなかった。ナスティはドッグフードをたくさん購入して車に積んでいたのだが、白炎はそっぽを向きそれを食べようとはしなかった。
「この虎、ふつうの虎じゃないみたいね。」
と、ナスティが言った時、白炎の体が急にむくむくと大きくなった。そして、その背をナスティと純に向けて座った。
「これ、もしかして僕たちに背中に乗れって言ってるのかな・・・?」
純がおそるおそるその背に乗ってみた。白炎はなおも動かず、ナスティも乗るのを待っている。ナスティはこわごわ純の後ろに、その背中に乗ってみた。そのとたん、白炎は一声高く吠えると、猛スピードで山道を駆け登り始めた。ナスティは驚いた。まるで車なみのスピードだ。道なき道を、白炎はサバンナのように走っている。
「もしかして火口まで行ってくれるの・・・・?あそこに、あの消えた少年がいるのかしら?」
ナスティは背中にしがみつきながら思った。
「きっとそうだよ。この虎は、おにいちゃんたちの居場所をわかっているんだ。」
純が答えた。と、風景が後ろに流れるように消え去り、ナスティが気がつくと彼らは富士山の火口付近にまで来ていた。まるで手品を見ているみたいだった。
「あの鎧に関連しているから、こういう事が起きるのかしら・・・・・?」
と、ナスティが言った時、噴煙が上がっている火口の向こう側に、煙に紛れてよく見えないが、大きな人馬の人影が動いた。誰かがそこにいるようだ。
「あれは、烈火・・・?」
とナスティが思った時、純が叫んだ。
「危ないっ!伏せて!」
人馬から鋭い鎖の一撃が、ナステイたち目がけて襲ってきた。二人は石ころだらけの地面に転がって難を逃れた。相手は腕を出して叫んだ。
「女!やつらの手先か。その白炎を連れているところを見ると、やつらの仲間だな!我は鬼魔将・朱天童子!」
煙が晴れて、鬼魔将の姿が見えた。鬼のような兜をかぶった戦国武将みたいな男だった。兜の下からは総髪が見えている。手には大きな鎖鎌のような武器を持っていた。その顔は兜のフェースガードに覆われてよくわからないが、青年であるらしい事はわかった。朱天は叫んだ。
「貴様らを囮にして、烈火をおびき出す!」
言うが早いか、ナスティたちの足元の地面から鎖の束が幾筋も現れた。
「ああっ!」
ナスティと純は地中から伸びた鎖に捕らわれて、動けなくなってしまった。朱天は二人に近づいて来た。不敵な笑みが口元に浮かんでいる。朱天はナスティたちをがんじがらめにさらに鎖で縛ると、こう言った。
「ふふふふふふ・・・・飛んで火に入る夏の虫とはこのことだな・・・・。貴様らをこれからあの火口につりさげてやる。やつはあの火口の中にいるに違いないのだ。」
「火口の中にいるって、どうしてわかるの?」
「烈火とは火の属性の鎧。だから、やつには火がエネルギー源になるのだ。ふつうの人間なら耐えられぬところを、やつはそうではない。しかしおまえたちはふつうの人間だな?」
「何をしようと言うの?」
「鬼だ、おまえは!」
二人が口々に叫ぶのに、朱天は兜の中の目を細めた。
「そう、我は鬼・・・・、人としての心はとうに捨てた。そんなもの、何の足しにもならぬ。今から烈火に、それを証明して見せてしんぜよう。」
朱天はそう言うと、二人の体をひきずって火口の舳先にまで来た。
「さあ、人柱だ。せいぜい私の役に立つがいい。」
と、二人を火口から突き落とそうとしたその時だった。誰かが叫んだ。
「朱天!そうはさせないぞ!」
火口からものすごい勢いで天高く火柱が立ち上った。その先に、烈火の赤い鎧をつけた少年、真田遼が立っていた。そのまま一回転ジャンプして、遼は地上に降り立った。
その時ナスティたちの体にも、火柱から落ちた火の粉がふりかかった。ナスティたちは悲鳴をあげたが、遼は二人と白炎の体に巻き付いた鎖を、その両手の双炎剣で断ち切った。
「大丈夫か?」
ナスティはまばたきして、遼を見た。鎧のフェースガードに守られてよく見えないが、純粋な瞳をした少年に映った。ナスティは言った。
「あ、ありがとう。あなたは・・・。」
「俺の名は真田遼。白炎、二人を守るんだ。」
白い虎の白炎が一声吠えた。
朱天はその様子に苛立ったようだった。
「小僧、ちょこざいなまねを!阿羅醐様の前に鎧ともども引っ立ててくれるわ。もとはと言えばその鎧も我らのもの。」
朱天の言葉に遼は眉をひそめた。
「俺の鎧が入用なのか?確かにこの鎧は、迦雄須から譲り受けたもの、もともとこの地上にはないものと聞いている。」
「そうだ。貴様の鎧と俺のこの鬼魔将の鎧は、もとはと言えば同じひとつのもの。それがばらばらに分かれたものなのだ。」
「なに?」
遼が動揺したと見て、朱天はうれしそうに言った。
「ほう、知らないのか。そんなことも知らずに戦っていたのか?もともとは同じ鎧だからな、その鎧もマグマエネルギーなどという、暴虐な力を動力源にしている。見ろ。女どもがおまえを避けているぞ。」
確かに遼の烈火の鎧は今ものすごい熱を放ちだしていて、ナスティたちはその近くからじりじりと遠ざかろうとしていた。
「遼、なんだかその鎧、危険に見えるわ・・・・。」
とナスティも熱さに呻いて言った。
「熱い。おにいちゃん、熱いよ。」
純も泣きそうな声で言った。遼は打ち消して言った。
「そんなはずはない。俺たちの鎧は正義の鎧だ!」
朱天は高笑いして言った。
「ならばその力、妖邪力に陥らずに使ってみろ。できまい?もともとは悪の鎧だからな。」
「そんな事は嘘だ!朱天、貴様を許さんぞ。」
「やってみろ、烈火!」
朱天は邪鬼鎌を大きく振り回して、烈火目がけて一撃を放った。遼は双炎剣で鎌を受けて高く飛び上がった。朱天に打撃を上空から加えるべく、烈火の鎧の足の力で滑空した。それは遼の思い通りに操ることができるのだった。そういう不思議な『鎧ギア』であった。
「あれだけの熱を放っているのに、中の遼は平気なのね。どういう事なの?」
と、ナスティは見ていて言った。
「ふつうなら生きておれないはずだわ。」
純がナスティに答えた。
「あの富士山の火口に入っていたんだもん、ふつうの鎧じゃないよあれは。きっとメカだよね。」
「そうだけど、どうして戦国時代みたいな鎧なのかしら・・・・。」
「作った人が戦国時代の人だったんだよ。」
「そんなこと、ありえないわ。」
「だって昔の鎧だっておねえちゃん言ってたよね?」
「ええそうだけど・・・・。」
朱天と遼は激しく戦っている。と、遼の烈火の鎧がきしみながら、激しく明滅しだした。何かおかしい。遼は戦いを早く終わらせるべく、「必殺技」の双炎斬を見舞うべく双炎剣の両方の剣を蒸着した。ふたつの剣が合わさり、一本の大きな両刀の剣となった。
遼は叫んだ。
「双炎斬―――!」
印を切り、遼は朱天に向かって、かねてから迦雄須に伝授されていた必殺技を繰りだした。しかし対する朱天も必殺技を仕掛けてきた。
「紅雷閃―――!」
ふたつの必殺技が合わさって激突し、富士山の頂上は大きく鳴動した。
「いけない!噴火してしまうかも!」
ナスティは叫んだ。富士山の大噴火だけは起こしてはならない。地上にどれだけの被害が及ぶかわからない。
「遼!その鎧を暴走させてはだめ――っ!」
ナスティは地上から声の限りに、上空で朱天と対峙している遼に向かって叫んだ。遼はからくもナスティの叫びを聞き届けた。
「はっ、ナスティ・・・・。そうか、俺の心が!」
迦雄須は鎧を生かすも殺すも、己れの心次第と遼に言った。遼は目を堅くつむり叫んだ。
「烈火の鎧よ、我が怒りを鎮めたまえ!」
そして、双炎剣を遼は空中で手放した。剣は遼の目の前で空中静止している。朱天はその様を見て、手を打って喜んだ。
「なんだ?戦いを放棄するのか?面白い。ただの鉄の塊になったか。」
そして必殺技の紅雷閃を見舞おうとした。しかしその時、烈火の鎧からすさまじい冷気が放たれた。さっきと真逆だった。
「なにっ?なんだこれは?火の鎧のはずがっ。」
朱天は吹雪に押し流され、そして双炎剣がものすごい速さで空中を流れて来たのを避けられなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁ――!」
朱天は双炎剣の一撃で吹っ飛び、その体は薄れて雪の中でかき消えた。おそらく妖邪界に強制送還されたものと見て間違いなかった。
純は天を指さし、叫んだ。
「おねえちゃん、雪が。」
ナスティはほっとして答えた。
「そうね。富士山がまた休火山に戻っていくわ。烈火の力ね。」
二人の目の前では粉雪が降り積もっていた。と、上空から烈火の鎧の遼が静かに降りて来た。地上に降りたとたん、遼の姿は元のトレーナーにジャンパーのラフなスタイルに変わった。おそらく鎧ギアの装着状態がオフになったのだった。朱天を敗退できたので、鎧が消えたらしかった。遼は代わりに手に輝く「仁」の水晶玉を持っていた。
「その玉であの鎧を・・・・?」
と、ナスティが言うのに、遼は苦笑して言った。
「そうなんだ。昔話の南総里見・・・。」
ナスティは手をたたいて目を輝かせた。
「南総里見八犬伝ね!それと同じような玉!」
「そ、それだ。よく知ってるな。」
「伊達に大学生じゃないもの。君はまだ中学生かな?」
「そ、そうだけど・・・。」
「これからよろしくね。君の仲間たち、集めないといけないんでしょう?あの江戸時代のお話みたいに?」
ナスティがいたずらっぽく言うのに、遼は照れたように言った。
「う、うん。一人では無理・・・・かな。」
「うん、一緒に探しましょう。私はナスティ柳生。」
「おねえちゃん、それがいいね!僕、山野純!」
三人と白炎は富士山を後にした。東京へ帰るパジェロからの帰路、顧みた富士山は、元の薄く雪化粧をした冬山の姿に戻っていた。

光咲く秋

遼はナスティたちと一緒に千石大学に行った。柳生博士は遼を暖かく迎え、迦雄須についても知っていると言い、例の和歌をパソコンで見せて「他のトルーパーたちの居場所も、この歌の中に隠されているのではないか」と言った。遼は博士に尋ねた。
「迦雄須が俺たちをばらばらにした意図は何でしょうか?」
博士は答えた。
「君の烈火の鎧は、富士山火口に入ったことで、パワーが増したのではないかね?」
「そうですが・・・・。」
「だったら、彼らの鎧も同様に、地球からのエネルギーを鎧の中に入れるために、迦雄須がそれぞれの場所に送ったと見てよいと思う。」
「地球からのエネルギー・・・。」
「私は和歌からそれぞれの居場所を算出してみた。これなのだが。」
と、博士は日本列島に×印をつけた地図をパソコン画面に呼び出した。
「巻き水 なる遠く 遥か君がため
菜摘む 我をぞ   不死忍ぶ
光咲く秋   宝塔 手にせし
おお 雪山 埋もれし ふゆ う
空の流れに 身をひたしつつ

まず、『なる遠く』は『鳴門』海峡、これはおそらく水滸だろう。水の属性の鎧だ。そして『秋 宝塔』は秋吉台の『秋芳洞』だ。これはおそらく光輪の鎧だろう。光の属性だからな。そして『おお 雪山』は北海道の『大雪山』だ。『埋もれし』というのが金剛だと思う。金は鉱物で埋もれているものだからな。それは金(かね)の属性だ。」
「その、属性というのは何ですか?」
ナスティが横から言った。
「知らないのね。『火木土金水(かもくどごんすい)』と言って、中国の五行説のエレメント、つまり昔の元素の呼び名なのよ。昔の人は元素記号とかわからなかったから、そういう風に世の中の事物の性質をおおざっぱに分けたってわけなの。」
「あ、それのことなのか・・・。」
「そう。君の鎧は烈火だから、火の属性なの。」
「ひとつ、余るみたいだけど。天空の鎧が土の属性・・・になるのか?天空なのに?」
「そう、五行説を四季に当てはめると、烈火は夏、水滸は春、光輪は秋、金剛は冬ね。この和歌もそうなっているわ。でも、第五の四季があるの、それが土用節よ。物事の終わりね。それは『死』を意味するの。」
「死・・・・・。」
「あまりいい話じゃないけど・・・・。それでこの和歌も最後は、『空の流れ』とか言っているのかもしれないわね。『空(くう)』とは無のことだから。それは死に通ずるわ。」
そこで柳生博士は地図上に斜めの線を呼び出した。
「今言ったそれぞれの日本列島のポイントを結んだ線を、おおまかに出してみた。この線、何か君にはわかるかな?」
博士は北海道の大雪山、富士山、鳴門海峡、秋吉台の上におおざっぱに黒の実線を引いたものを出してきた。遼は首をふった。
「いえ・・・・俺にはさっぱり。」
「そうじゃろう。わしもすぐにはわからなかった。これは太陽の日食が動く時の地球上の影の動きの線上にあるのじゃ。つまり、日本列島で太陽の昇る方角と見てよい。」
「太陽の昇る方角・・・。」
「その一番端に光輪の鎧があるのも、何か理由があるのじゃろうのう。」
ナスティは眉を曇らせた。
「一体どんな理由かしら・・・。」
博士は言った。
「一番最後に日の光の届く場所、すなわち闇の中にある光という意味じゃろう。そこに光輪の鎧を置いたのだ。このような考え方は風水の世界ではごく一般的なものじゃ。風水ではその場所に足りない要素のものを加えて、邪気を払う。それらは相克と言ってお互いに相殺し合う性質のものになっている。例えば五行説では火は水に弱く、水は土に弱く、土は木に弱く、木は金(かね)に弱く、金(かね)は火に弱い。光輪は光であるが、樹木は光がなければ育たないから、木という事になるじゃろう。このようなお互いを相克し、お互いに補い合う性質が円環になっているのが、東洋の五行説に代表される物事の考え方なのじゃ。万物が円環の循環の中で、転生し消滅を繰り返す。これを物質界と四季に代表される時間の流れの中に当てはめた。確かに西洋の科学的なものではないが、それは自然を無心に感じた場合、そのように時間の流れの中で万物が理解されるという事なのじゃ。」
遼は博士の言葉の外面的な事しかわからなかったが、なんとなく意味はわかったので、「そうですか・・・。」と答えた。
ナスティが後を引き取った。
「つまり秋吉台の地下の秋芳洞が怪しいということね。あそこは観光客が行かないところはおそらく真っ暗な洞窟でしょう。そこに光輪はいるということなのよ。その深い闇の中に置かれた光が光輪ね。」
「そういう事じゃな。」
「行ってみるだけの価値はあるでしょうね。新宿があのままだと・・・。」
ナスティはそう言ってテレビ中継の画面を見た。まだ以前として新宿上空には、黄金の阿羅醐城の幻影がそびえていた。ナスティたちが見たニュースでは、幾度か自衛隊機が阿羅醐城周辺に突入を試みたが、妖邪兵たちに阻まれて爆発したり乗り上げたりして、侵入することすらままならなかった。新宿は封鎖され、今では立ち入り禁止区域になってしまっていた。無論行方不明者たちの消息もわからなかった。
ナスティ達は山口県までの旅路の準備をし、明日は出発の時であった。夕刻には柳生博士はいたのであるが、次の朝博士の書斎には人影はなかった。ナスティは驚き、博士の行方を捜したが、まったく周囲には見つけることができなかった。遼は「さらわれたんだ」と言った。ナスティは東京を後にすることに躊躇したが、今は一刻を争う時だった。結局マンションを固く施錠して、ナステイたちは旅路に出た。資料のノートパソコンなどは車に積みこんだ。まだその頃はドスVの初期型のパソコンだった。デスクトップではない機種があるだけでも、珍しかったのである。
博士の解読した和歌の資料をナスティは分析していた。
「これによると、光輪は秋ね。光咲く秋・・・・・そこがこの歌で一番時制らしい感じね。秋におおゆきやま・・・・つまり北海道の大雪山に行ったという風に読めるわ。」
遼はメモ書の和歌を見ながら言った。
「いったい誰がだろう?それはいつのことなんだろう?」
「さあ、それはわからないわ。とにかく今は秋吉台で光輪の鎧を見つけることが先決よ。」
と、車が山口県にまで差し掛かった時、遼は座っていて、何か高く響く音を脳裏に感じた。
「今、何か鳴らなかったか?」
「え?」
「鈴みたいな高い音がシャーン、シャーン、って。」
ナスティは一呼吸置いてから遼に言った。
「シャーマンの世界では、共鳴りという現象があると言われているわ。魂の共鳴音が聞こえるんだって。それじゃないかしら。鎧が仲間を呼んでいるんじゃないかしら。」
「じゃあやっぱり光輪は秋吉台にいるんだ。」
「ええ、そう信じましょう。」

ナスティたちは秋吉台の入り口まで来た。車から降りると、ハイキングコースを歩き、洞窟の入り口にまでたどり着いた。
「ナスティたちはここで待っていてくれ。俺一人で光輪の居場所を見つけてくる。」
と言って遼は鎧珠を手にして、洞窟から中に入って行った。遼は彼らに頼っている事を、今は己れの力不足には感じていない。そこはやはり中学生の遼なのである。しかしナスティらを危険な目に会わせたくないという気持ちはさすがにあったのである。
洞窟の中は観光地になるだけあって、見事な鍾乳石がたくさんあった。千枚棚などの不気味とも思える景勝地の先を通り越した時、立ち入り禁止の札の場所の前で、遼は再びその「音」を感じた。
「やはり、聞こえてくる・・・・。ここからか?」
遼はあたりを見回すと、側道から降りて、ざぶざぶと暗い地下水の中を歩き出した。すでにアンダーギア姿――あの胴着だ――に姿を変えていた。東京での封鎖騒ぎで、地方といえども観光客は激減しており、周囲には誰もいなかった。
歩きながら遼は考えた。自分たちを新宿からこのような場所に、散会させた迦雄須の意図はいったい何なのだろう?鎧を操れるようになれ、そのためにというのはわかる事はわかる。しかしあまりにも距離が遠すぎる。柳生博士は日食の時の太陽の影の移動の進路というような事を言った。それがあの阿羅醐と関係があるのだろうか。あの阿羅醐はただの戦国時代を模した宇宙人か何かにしか俺には思えない。それも知性的な者ではないような気がする。遼はそう思い、ため息をついた。しかしそれでも、戦わねばならないのだ。あれらを排除できるのは、迦雄須の話では俺たちだけという話なのだ。
遼がそう思った時、背後から忍び寄る影があった。
「はっ、妖邪かっ!」
遼はあわてて振り返った。鎧に武装していなかった事を、遼はとっさに後悔した。あわてて武装の印を結んだが、遅かったようだ。
「暗がりではわからなかったようだな!烈火!」
と、その黒い影の主の那唖挫が高笑いしながら叫んだ。その手から蛇牙剣の一撃が見舞った。蛇牙剣は、毒牙の滴りが剣戟とともに激しく滴るのである。まさに、八犬伝に出てくる妖刀村雨のような剣であった。毒の滴は遼の顔にぱっ、とその瞬間飛び散った。
「ああっ!」
遼は目がくらむような痛みを両目に覚えた。そのまま後ろの鍾乳石にどっ、と鎧ごと倒れた。武装はからくも果たしていた。しかし目が急に見えなくなったのだった。
「くそ、目が・・・・!」
「かかか、目が見えぬだろう?無様だな。女どももあの通りだ。」
「はっ、ナスティ?」
遼が那唖挫の言葉に驚愕すると、かすかに遠くからナスティと純が妖邪兵に引きたてられているらしい声音が聞えた。遼は叫んだ。
「き、貴様らぁっ!」
「飛んで一人で火に入る夏の虫とはこのことだ。まったく油断しきっておる。で、光輪の居場所を探しているのだな?烈火よ?」
「なぜそれを?」
「『巻き水鳴る遠く君がため・・・・』、この歌は阿羅醐様も先刻御承知だ。光輪はおそらくこの洞窟のどこかに眠っている。貴様が富士山でそうだったようにな。妖邪兵どもよ、手当たり次第、洞窟の柱を壊すのだ。中の光輪ともども粉々にしてしまえ!」
「や、やめろっ。」
遼が焦って叫ぶのに、那唖挫はほくそ笑んでこう言った。
「もちろん我はただ闇雲に洞窟の柱を壊すというのではないぞ?それでは我らも生き埋めになってしまう。見ておれ、烈火よ。」
と言うが早いか、那唖挫は遼の持っている水晶の珠と同じような珠をぱっ、と掌に現出させた。遼は見えない目で「それ」を感じ、戦慄した。那唖挫は俺たちと同じ珠を持っている。それで「共鳴り」を起こさせようとしている。那唖挫の珠に征士の珠が反応してしまうのだ。
「それ・・・そのあたりが何か感じるぞ。光っているのではないか?」
と、那唖挫は言うと、周囲の妖邪兵に目配せした。妖邪兵たちが駆け寄り、刀で柱を叩きはじめた。遼は己が目が見えない事を、この時ほど呪ったことはなかった。やつらがどの柱を叩いているのかわからない。
遼はばしゃばしゃと水音を立てて鍾乳洞を駆けると、手近な柱に拳で衝撃を与えた。
「光輪の征士よ!聞こえているのなら、俺に返事をしてくれ!」
遼は叫んで柱を叩いていたが、反応は何もない。何も感じられない。
「ばかめばかめ!そんなところにいるものか。さあ、そのあたりだ。」
と、那唖挫は言うと、
「その烈火を取り押さえておけ。邪魔だからな。」
と言った。遼の周囲に妖邪兵が次々と襲い掛かってきた。遼はそれらをめくらめっぽうに剣で払いのけていた。
「征士!」
遼は必死で叫んだが、ついに妖邪兵たちの集団の下敷きになってしまった。
――征士・・・・征士・・・・!
遼ががっちり固められて動けない中、那唖挫は鎧珠を持って、その共振する方向へと進んで行く。珠は激しく明滅している。
「このあたりだな。」
と、那唖挫は言って、にやりと笑い蛇牙剣を振り上げた。柱の中心に、かすかな光の脈動がある。一声叫んだ。
「光輪よ!鎧のみの姿となって、我が主阿羅醐様の元に下るがよい!」
遼は瞬間その姿を「脳裏」でとらえていた。なぜそれが「視える」のか、遼にはわからなかった。しかし、視界の暗闇の中で、那唖挫の鎧の形と、その剣と、そして、光輪の眠る姿がはっきりと「視えた」。遼は声の限りに叫んだ。
「征士ーーーーーッ!」
その瞬間轟音とともに、柱が真っ二つに砕けた。爆発したのだ。
「これは・・・・鎧同士の共振?!きゃつが目覚めたのか?!」
那唖挫は土煙に顔を手で覆った。遼を痛めつけたせいで、遼の意識が鎧に伝わり、光輪の鎧の中の征士に働きかけてしまったのだ。那唖挫の思わぬ失策だった。
「なんと・・・・、以心伝心をさせてしまったか・・・。ぬかったわ・・・・。」
天井から石つぶてが落ちてくる中、光輪の征士は姿を現した。それは神々しい光に包まれた鎧の戦士だった。征士は言った。
「遼、おまえの心、しかと我が心に届いたぞ。光輪の征士、いざ参る!」
石が降り注ぐ中、征士はためらわず光輪剣を振りかざし、那唖挫に向かって突き進んだ。二人は激しく斬り結んだ。
「むっ、貴様なかなかにやる・・・。だがこれでどうだ?」
那唖挫は言うが早いか、蛇牙剣を振って毒滴を出そうとした。しかし征士の剣の方が早かった。蛇牙剣を光輪剣は素早く切っ先ではじいた。蛇牙剣は、那唖挫の手から飛んで遠くの地に落ちた。
「むむっ。」
征士は続けて光輪剣を構えて叫んだ。
「遼をよくも害したな!貴様は許さん!雷光斬―――!」
「うおおおおおっ!」
那唖挫の上に幾重もの雷鳴が轟いた。雷鳴はあたりの妖邪兵たちの上にも落ち、彼らを瞬時に掃討した。その後には、何もいなくなった。遼が倒れているだけになった。
「遼!しっかりしろ!」
征士は遼を助け起こすと、光輪剣を構えて、遼の目を剣先から出る剣の光で照らした。
「う・・・あ・・・・?」
遼は呻いたが、やがて目を開いた。
「見える・・・・・、征士、おまえの顔が見えるぞ・・・。」
遼が言うのを聞き、征士は安堵した顔つきになって言った。
「それはよかった。なぜかこうしたらいいと思った。迦雄須が導いたのかもしれん。俺は鍾乳洞に眠っていた時から、おまえの来たことに気づいていた。しかしその時はまったく動けなかった。おまえが近づき、呼びかけて目覚めることができた。」
遼は征士にうなずいた。
「きっとそうだ。鎧同士、共鳴したのか。」
「たぶんな。それで俺も目覚めることができた。おそらく、それを迦雄須は起こしたかったのだろう。俺たちの鎧の能力だ。」
「あの敵の毒を解く力もあったんだな。」
「そうだな。」
と、その時向こうからナスティと純が駆け寄って来た。
「君たち、無事だったのね?よかった。」
「ああ。この通りだ。遼が助けてくれた。」
「俺は何も・・・・。みんな征士が一人でやってくれた事だ。」
「いや、遼の呼びかけがなければ目覚める事はできなかった。」
謙遜し合う二人を見て、ナスティは笑っておどけて言った。
「二人は仲がいい事ね?」
遼があわてて返す。
「えっ、いやっ?」
征士も言った。
「そんなに仲がいいわけではない。まだ最近知り合ったばかりだ。」
征士はこういう事にははっきりしたい性質なのだ。ナスティは言った。
「とにかくここを出ましょ。残りの三人も探さないとね?」
「そうだな。」
遼はそう言うと、鍾乳洞を振り返った。なぜあの時目が見えないのに、征士たちの姿がはっきりと「視えた」のだろう?きっと烈火の鎧を着ていたからだろう、その時は遼はそう思った。

巻き水鳴る遠く

遼たちはその後、あの歌にある通りに香川県の瀬戸大橋の上にまで来ていた。この橋はまだ最近できたばかりだった。後に本四架橋が本格的につけられる事になるのだが、この当時はまだ瀬戸大橋しかない。
車から降りた征士はナスティとパソコン上の地図を見ている。その上で本のマピオンの地図も広げている。まだこの当時はパソコン画面は簡略的な図しか表示できなかった。そのため、ふたつの地図を見比べているのである。ナスティは言った。
「善は急げよ。ここは二手に分かれた方がよさそうね。北海道はとても遠いわ。そこに金剛が眠っているのだとしたら・・・・。」
ナスティはそうためすがめす言った。征士は言った。
「それは必ずしも得策ではないかもしれん。軍勢を二手に分けるというのはな。分散させて敗北を喫した例は、歴史上の対戦では数多くの事例がある。」
征士らしい発言であった。ナスティは顔を曇らせた。
「でも、早く仲間を見つけ出さないことには・・・・。」
純も横から言った。
「おにいちゃんたちには、鎧があるんだろう?今まで二回も敵をやっつけられたじゃないか?一人でもできるはずだよ。今までだってそうだったし。」
「そうね、私もそう思うわ。」
遼がまとめるように征士に言った。
「征士は慎重派だからな。しかし今はナスティの言う通りにした方がいいと思う。大丈夫だ、俺も征士も鎧で敵を撃退できた。今度もそうするさ。」
「しかし・・・。」
「俺は純と白炎とで、水滸の伸を見つけ出す。征士はナスティと北に行ってくれ。」
征士は浮かない顔つきだったが、やがてこう言った。
「俺は穴埋め問題は確実につぶしていく方が好きだが、おまえはそうではないようだな。わかった、先を急ぐとしよう。伸の事はまかせるぞ。」
「ああ、まかされてくれ。」
「足がなくなる事についてはどうなのだ?」
「電車でなんとか移動する。」
ナスティは遼に言った。
「心配しないで、私たちはまた戻ってくるわ。伸をうまく助け出したら、君たちはここで待っていて。また拾いに来るから。」
「ああ。」
征士はぼそりと言った。
「足労をかける。」
「え?今なんて?」
ナスティが目をぱちくりさせて征士の言葉の意味がわからずにいると、遼が言った。
「征士は昔の侍が好きなんだ。それで昔の言葉で話すんだよ。俺たちの中では一番サムライトルーパーらしい。」
「サムライトルーパー?君たちはそう言うの?」
「うん、俺もよく知らないんだけど、そういう呼び名なんだよ。俺たちのチーム名みたいなものだ。」
「へえ、そうなんだ・・・。なんで英語名なのかしらね・・・。」
征士は答えた。
「俺はあまりその呼び名は好きではない。」
そう言うと、征士は車の助手席に乗り込んだ。
「え、どうして?」
とナスティが言うのに、征士は無視するように言った。
「早く出してくれ。」
「はいはい。じゃあね、遼。行ってくるわねー。」
と、ナスティは車を発進させた。純は手を振って車を見送った。
「さて、俺たちはこれから水滸を探し出すぞ。」
「うん、がんばろう、おにいちゃん。」
遼と純が言うのに、横から白炎がばう、と吠えた。純は言った。
「水滸はたぶんあの海中にいるんじゃないかな。確か水の属性だよね?」
「そうだな。あの鳴門の大渦あたりかもしれない。何かの自然エネルギーを吸収しているのだとしたら・・・・。」
遼は瀬戸大橋の沖合にできている渦を指さした。海流は季節により変化するが、春先のこの時期は大きさはやや大きい。純は少したじろいだ。
「え、あんな中にいるの?秋吉台より大変かも・・・・。」
「大丈夫だ、鎧ギアになれば、水中でも動くことができる。」
「え、そうなの?便利なんだなあ。」
「アンダーギアでもできるが、その場合はあまり長く潜っていられない。」
「敵が来る前に水滸を起こした方がいいね。」
「そういう事だ。じゃあ早速潜ってみるか。」
遼はそう言うと、アンダーギア姿になって海中に飛び込んだ。
この中に水滸がいるとしたら・・・・、遼はさまざまな魚の群れが泳ぐ中を、抜き手を切って進んで行った。と、その遼の鼻先をかすめるようにして、一頭の黒い大きな魚影が通り過ぎた。
「わっ、シャチだ!」
遼は驚いたが、シャチはそのまま遼から悠々と遠ざかっていく。と、その遥か先に何か銀色の柱のようなものが見えた。よく見ると魚の群れが渦を巻いて柱のように海中にそそり立っている。
「あれか?!」
遼はとっさに勘を働かせた。思いのほか水滸の探索は早く終わりそうだと、この時は遼は思った。

その頃阿羅醐城では大広間のヴィジョンに遼たちの様子が映し出されていた。
「阿羅醐様、敵は二手に別れましてにござります。」
と、悪奴弥守は言った。那唖挫は平伏して言った。
「先刻はしくじりましたが、今回は我が方には得策がございます。是非それがしに続けて命をお申しつけくださりませ。」
首だけの阿羅醐の目が怪しく光った。
「ほほう・・・・、是非もない。申してみよ。」
「毒の種類を変えまする。小童どもが絶対に動けなくなるような毒を用います。」
「なるほど、そちにはその知識があるからな。」
「はっ。」
すると横から朱天が言った。
「阿羅醐様、烈火の処遇はぜひこの鬼魔将にお申し付けください。やつと戦ったのはこの私だけです。」
朱天の横やりに、那唖挫は不服そうに言った。
「む、朱天。私の邪魔立てをするのか。」
「邪魔ではない。貴様は毒で攻撃したから、やつと剣を交えたわけではないだろう?私は剣で戦ったのだ。正々堂々と。」
朱天の言葉に、那唖挫は笑い出して言った。
「正々堂々だと?これは笑止。なぜそのような物言いをする。我らは阿羅醐様に仕える四魔将、卑怯なことこそ武士の風上だ。」
那唖挫の言葉に、悪奴弥守も笑って言った。
「おうともよ。朱天、正々堂々など、一体どこから思いついたのだ?烈火と戦って以来、おぬし少し変だぞ。」
「いや・・・・、私は・・・・。」
躊躇している朱天に阿羅醐の大音声が鳴り響いた。
「朱天ー、貴様は下がっておれ。ここは那唖挫の出番じゃ。ゆけ、那唖挫よ。」
「はっ。」
那唖挫は胸で手礼を返すと、姿を消した。暗がりに灯が揺れる阿羅醐城の大広間は、また不気味に静まりかえった。

遼は伸の居場所が魚群のあたりだと見当をつけて泳いでいたが、やはり近づくと妖邪兵たちが現れて攻撃してきた。思った通りだった。槍や刀で攻撃してくるのを払いのけ、突き進んだが、厄介に思って途中で武装した。その方が伸の鎧珠に反応ができるかと思ったのである。征士の時がそうだったみたいに、武装した方が鎧珠を通じての自分の呼びかけに応じるのではないかと思った。今、自分の額には赤い「仁」の鎧の文字が浮かんでいるはずだ。はじめてそれを実家の自室で鏡で見た時は奇異に思ったが、それも鎧戦士ならではのことと説明されれば、テレビの戦隊ものみたいに思えてきて誇らしかった記憶がある。しかしまさか自分がそのような者に選ばれるとは思わなかった。伸にとってはどうなのだろうか。伸をはじめとする仲間たちにそれをまだ確かめたことはなかった。征士の話にあったように、遼たちは知り合ってまだそんな時間はたっていないのだった。
その時、彼方から何か赤い霧のような噴流が押し寄せてきた。見る見るうちに、周囲の魚たちが銀の腹を見せて遼の周囲に浮かびだした。何かの毒だ!遼は魔将が現れたと思った。おそらく征士の時にいた、「毒魔将」だ。案の定、遼の行く手に見覚えのある、緑色と赤色の鎧を来た敵が現れた。
「また、貴様か!」
遼は叫んで烈火剣を突き付けた。那唖挫は笑って剣を振りかざした。まるで南京玉すだれのような所作で、那唖挫は幾重にも剣を束ねながら遼に対して必殺技を見舞った。那唖挫が剣を降ると同時に、毒が海中に散布されていくのがわかった。
「蛇牙剣ーっ!」
「うっ、なんだこれは?」
遼は体中にしびれを感じた。気が付くと、鎧の表面が侵食されはじめている。ただの毒ではない。何か腐食性のものだ。那唖挫は勝ち誇って言った。
「かかか、鎧をも食い破る猛毒だ。もう動けまい?貴様と水滸の鎧はもらいうけるぞ。」
「なっ、なんだと・・・・・。」
「海中では我が毒が、まんべんなくその体にしみわたる。丘の上だとまだましだったかな?まったく貴様は馬鹿そのものだ。」
「貴様・・・・っ。」
遼の鎧はパチパチとスパークして、内部の破壊が進んでいるようだった。そのままがくりと遼は膝を折り、海中に倒れた。その遼を那唖挫はやすやすと海上に引き上げ、瀬戸大橋の欄干の上に乱暴に放り投げた。
「土佐衛門の一丁上がりだ。まったくもって無様だわい。さて、水滸の方だ・・・。」
那唖挫はつぶやくと、沖に向かってざんぶと潜った。と、水中でけたたましい声をあげてシャチが那唖挫に飛びかかってきた。
「むっ、やつの使い魔か?烈火も白い虎を連れていたそうだからな。」
と、那唖挫は蛇牙剣でシャチを一刀のもとに傷つけた。
「ぴーっ!」
とシャチは悲鳴をあげて泣き叫んだ。その時、彼方に立つ鳴門の渦潮の渦巻きの柱が、心なしか大きく揺れたようだった。しかし那唖挫は気が付いていない。蛇牙剣を手に、水滸の眠っている水柱のあたりへと近づいた。那唖挫は言った。
「ここで一気に毒を流し込めば・・・・・。やつはまだ眠っている。光輪の時のように、烈火はやつに合図を送ることはできない。烈火は毒で死に体だからな・・・くくくくく。」
と、那唖挫が剣をかざした時、渦が一気に膨張をはじめた。
「むむっ、なんだこれは?」
那唖挫の目の前で、ものすごい水流が渦を巻き始めた。魚の死骸がびしびしと那唖挫の鎧に激しくぶち当たった。何かの怒りが沸き起こっている。と、渦の中心から厳かな光が差した。水色の光だ。それは「信」と読めた。
「むっ、まさか目覚めたというのか?」
水柱の中から、伸の声が答えた。
「貴様のしていた事は全部御見通しだ。よくも遼を傷つけたな!貴様は許さないぞ!」
水柱の中に伸の両目が浮かんだ。那唖挫を憎しみをこめてじっと見ている。那唖挫はほぞを噛んだ。
「ちっ、目覚めていたとは、小癪な小僧だ。我のしていた事を最初から見ていたのか?」
「そうだ。僕はこの海中で魚たちに守られて、迦雄須の言うとおりに瞑想して力をつけていた。それは僕の鎧が水滸だからだ。そのシャチも僕の仲間だった。大切な仲間を傷つけることは、僕は絶対に許さない!」
「横になって寝ていただけだったとは、小癪なー!」
その瞬間、渦の中心から激しい水流が巻き起こった。
「超流破ーっ!」
伸が必殺技を繰りだしたのだった。那唖挫は技に吹っ飛んだ。いや、鳴門の渦が膨張し、その勢いで瀬戸大橋まで破壊してしまったのである。上を走行中のトレーラーが事故に巻き込まれ、道路の上で転倒して炎上した。
「あっ、お兄ちゃんが危ない!」
純は叫んで、倒れている遼に走って近づいた。白炎も走ってきた。純はそれまで見ていただけだったが、烈火の敗北にもどうする事もできないでいた。しかしトレーラーの火災事故で、思わず本能的に走って行ったのである。と、純が叫んだ。
「あ、そうか。烈火は火の鎧だから、炎が近くにあるといいかも?!富士山の時もそうだったね。」
純と白炎が遼を道路上で引きずろうとするのを、横から止めた者がいた。水色の鎧を着こんだ者で、槍で純を阻止した。
「純とか言ったな。それは僕がやろう。君たちでは危ない。」
「あ、お兄ちゃん・・・・誰?」
「僕は水滸の伸。毛利伸だ。」
と言って、遼の体に手をかけた。
「水滸の力で・・・浄化してくれ。」
と、目を閉じて伸は念じた。すると妙音とともに、遼の鎧の表面が元通りに戻っていくではないか。純は目を丸くした。
「すごいや。鎧の力だね。」
「なぜかできる気がしたんだ。遼、気が付いてくれ。」
と、伸が遼を炎の方に向けると、ようやく遼は目を覚ました。
「あ・・・・、伸か。俺は・・・・、海の中で倒れて・・・・。」
「見ていたよ、遼。危ないところだったね。」
遼は黒煙をあげて燃えるトレーラーを見て顔を曇らせた。
「このトレーラーは・・・・・。俺がやったのか?」
伸は遼の言葉にかぶりを振った。
「違うよ遼。僕がしてしまったらしい。どうも鎧を暴走させてしまったようだ。」
遼は答えた。
「その鎧の使い方については、迦雄須から俺も少し話を聞いていた。それで、富士山では逆の事を念じてみた。それで敵はもういなくなったのか?」
「いや、まだだ。まだあそこにいる。」
と、伸が指さした先に、海の渦の上に那唖挫が立っていた。
「にっくき鎧戦士、我を見くびるでないぞ!貴様ら束にして、我が毒で葬ってくれるわ!」
と、那唖挫はまた蛇牙剣を大きく振り始めていた。那唖挫は心なしか巨大化しており、以前よりもそのパワーは大きい。那唖挫の怒りに準じているらしかった。遼はにらんで言った。
「やつはパワーが増している。二人がかりで倒そう。」
「そうだね、遼。二人で同時にやってみよう。この海が鎮まることを心に念じて。」
「そうだな。」
遼と伸は橋から身を躍らせると、手礼の印を切り、必殺技を同時に繰りだした。
「双炎斬ーっ!」
「超流破ーっ!」
水と炎の噴流が那唖挫に向かって突進した。那唖挫は一瞬笑ったが、次の瞬間噴流に吹き飛ばされた。
「ぅおおおおおおおっ!」
那唖挫は叫び声を残して、その場からかき消えた。伸は二条槍を収めると遼に言った。
「倒したと思うかい・・・・?」
「さあな。やつは秋吉台でも倒したと思ったが、また出て来た。あれで消えてくれればいいが・・・・。」
伸は遼の言葉にうなずいた。
「そうだね。僕は遠隔感知で見ていたよ。遠くからでもね。」
純が不思議そうな顔になった。
「え、伸兄ちゃん、ここから秋吉台までは、数百キロはあるんだよ?」
「そうだね、不思議なことだ。巻き水鳴る遠く、とはその事だったのかもしれない。」
伸はそう言うと、水滸の武装を解いて言った。
「僕たちの鎧は、きっとつながっているんだよ。」

おお雪やま 埋もれしふゆう

伸と遼は瀬戸大橋でトレーラーの消火活動を鎧で行い、ナスティたちの帰路を待つことにした。しかしこの頃はスマホなどがなかったので、連絡は珠だけが頼りだった。それぞれの珠の中をじっと覗くと、少しだけ遠隔地の様子が見える。ちょうど占いに使う水晶玉のようなものだった。
「この映像によると、征士たちはもう北海道にまで渡っているようだな。」
「そんなに時間がたっているとは思えないんだが・・・・。時間がずれているってことか?僕たちのいる場所ではまだ一昼夜しかたっていない。いくらナスティの車が早くても、北海道まで行くには二日はかかると思う。」
「伸の言うとおりだな。とりあえず、俺たちは野宿でもする準備をしよう。」
「遼、それはないよ。道の駅にでも行って宿泊施設を探すとしよう。持ち合わせはあるよ。」
「すまないな、伸。」
遼は伸に頭を下げた。純が横からけげんそうな顔をした。
「時間がずれてるってどういう事?」
伸が答えた。
「あの阿羅醐城が出現した新宿とか、時間がどうも遅く進んでいるように僕は感じたんだ。腕時計で確かめただけだけどね。何か妖邪たちの力と関係があるのかもしれない。」
と、伸は言った。

その頃征士たちは車で北海道の大雪山の近くまで来ていた。伸の言ったとおり、彼らは青森港から青函連絡船に乗っていたりしたから、数日はかかっている。この頃はまだ青函トンネルは開通していないし、青函トンネルは鉄道トンネルだからナスティの車では通ることができないのだ。
大雪山系は北海道の中部地方だから、そこまでたどり着くのに、ナスティと征士はだいぶ車中で疲れていた。最初は話をしていたナスティも、征士があまり答えてくれないので、自然会話はとぎれてしまった。と、道案内の標識を行く手の森の入り口に見つけて、征士は言った。
「止めてくれ。ここからは歩きだ。」
ナスティは驚いた。運転席から地図を取り出すと、征士に言った。
「えっ、もっと頂上まで一緒に行きましょうよ。この地図の、この地点にある神蔵の岩が怪しいと思う。えっと確か、『埋もれしふゆう』でしょ、何か金剛は地中に埋まっていると思うのよね。」
「そうかもしれないが、ナスティと一緒だと何かと不自由だ。ここで別れた方がいいだろう。」
「ちょっと待って。私も行くわ。」
「ナスティには鎧がない。ここで待っていろ。」
征士はそう言うと、車を降りてアンダーギア姿になり、岩場の上へと飛び上がった。宙返りをしながら、見事な跳躍力だ。当然ナスティは追いつくことができなかった。
「もう。一人でどこに行こうっていうの?いいわよ、私は神蔵の座まで歩いて行くから。」
ナスティはそう言うと、リュックを背負い、車から降りて歩き出した。
征士は征士なりに、ナスティを危険な目に合わせたくないためそう言ったのであるが、言葉足らずなため、ナスティにはそう伝わっていない。
「えっと、こっちかしらね。」
地図を見ながら歩くナスティの背後から、忍び寄る影があった。闇魔将悪奴弥守の操る山犬たちであった。

それより数刻前。阿羅醐城では敗退した那唖挫と、他の魔将たちとの会話があった。
「しくじったな那唖挫。小童ども、思いのほか知恵が回るようだ。」
とは幻魔将螺呪羅である。ぼろぼろになった那唖挫はくやしげに呻いた。
「阿羅醐様、やつらは地の利で以前よりもパワーが増しています。みすみす油断されてはいけません。」
「ふふふ、油断はおのれよの。」
「なんだと。」
阿羅醐の首が言った。
「まあまあ捨ておけ、螺呪羅よ。今度は光輪を留めねばならぬのう。」
すかさず悪奴弥守は膝を進めて、阿羅醐に言った。
「光には闇。阿羅醐様、この悪奴弥守めに是非お任せください。」
「ふふふ、山犬の血がうずくか・・・。よかろう。悪奴弥守、お前に任せる。」
「御意。」

阿羅醐に誓った通り、悪奴弥守は今配下の山犬を、ナスティに向かって差し向けていた。これも光輪をおびき出すためである。
「ゆけ、山犬ども。行ってあの女をしとめるのだ!」
悪奴弥守が手を振ると、ナスティに向かって数十匹の犬たちが、激しく吠えながら飛びかかって行った。ナスティはすんでのところで山犬たちから身をひるがえした。
「征士!来てくれたのね!」
征士が武装して駆けつけてくれたのだった。征士はナスティを抱きかかえて、岩場の上に飛び移った。征士はいまいましげに言った。
「まったく無茶をする。車で待てと言ったはずだ。」
「でも、神蔵の座に行かなければ、金剛の秀には会えないって。」
「なぜそう思う?確証はあるのか?」
「女の勘よ。」
「まったく・・・・・。女はこれだからな。」
しかしその時、征士のつけている鎧が光を発して点滅しはじめた。征士はナスティをおろして言った。
「むっ、これは鎧同士の共鳴?秋吉台でも感じた・・・・。」
ナスティは手を合わせてうれしげに叫んだ。
「征士、あの岩も光っているみたいよ。あれこそ、神蔵の座だわ!やっぱりそうだった。」
その時、急にあたりが暗くなり、暴風が吹き荒れ始めた。雪が舞っている。
「ははははは、鎧ギアが反応したか。秋吉台での顛末、しかと阿羅醐城内で見ておったわ。仲間同士呼び合うのだったな?」
悪奴弥守であった。吹雪の中、悪奴弥守はマントをはためかせながら、彼方からましらのように岩に近づいた。征士ははっとして、光輪剣を持って悪奴弥守に追いすがった。
「むぅっ、奴が狙っている!させるか!」
「遅い!」
と、悪奴弥守はあざけりながら、その黒狼剣を振りかざした。
「仲間に居場所を知らせるとは、心底馬鹿なやつ!この黒狼剣で突き刺してくれるわ!」
ぐさり、と悪奴弥守は岩の上の結界のしめ縄を切り、岩に黒狼剣をめりこませた。めりめり音を立てて剣が岩の中に沈んでいった。悪奴弥守は岩を叩いて言った。
「見よ、我が剣は生きている・・・・このまま金剛の鎧にまで達して貫通するのだ。」
「なにっ。」
征士は慄然とした。あわてて光輪剣で黒狼剣の柄の部分を叩いたが、魔のパワーでばんっと後ろに跳ね返された。
「うわぁっ。」
「おっと。貴様には我が爪で十分だ。おお、黒狼剣がすでに金剛のパワーを吸い取って、我が鎧に送り続けておる・・・・。金剛の鎧が我が剣で瓦解すれば、我は更なる力を得よう!これはいい!」
「貴様・・・・っ。」
「ははは光輪、貴様の鎧など、物の数ではないわ!」
征士は悪奴弥守に圧倒された。言うとおり、悪奴弥守の体は金剛の力を得て、いまや巨大化しつつあった。悪奴弥守の巨大化した爪は容赦なく二人を襲った。暗黒の雷鳴がその爪を立てるとあたりに激しく轟いた。
「悔しいが、今は引くしかない!ナスティ、私にしっかりつかまれ!」
征士はナスティを抱きかかえると、遠くの岩場に向かって飛んだ。そしてナスティを降ろすと、近くの滝のある崖下へと行って腰を下ろした。ナスティが見ている前で、征士は印を結んで瞑想を始めた。
「ちょっと、それはどういう事?」
ナスティが言うのに、征士は目をつむって答えた。
「静かにしろ。迦雄須が私に、鎧を使う方法を伝授しようとしている。」
「秀が危ないというのに、そんな事・・・。」
「瞑想により、光輪剣の必殺技の雷光斬の真の力を得とくせよとの事だ。」
「今しなければならないの?」
「そうだ。そうしなければ、私はあの敵に勝つ事ができない。」
征士はそう叱咤するように言うと、黙想をはじめた。ナスティは征士が動かないのを見て、滝つぼから外に走り出した。外には黒い雷鳴がとどろいていた。
征士はどうやら迦雄須とやらと連絡を取ったらしい、しかしこのままではだめだ、そう思ったナスティは虚空に向かって大声で叫んだ。
「闇魔将悪奴弥守!私たちは負けない!今に鎧戦士たちは復活して、あなたたち阿羅醐の野望を打ち砕くのよ!見ていなさい!今に・・・。」
と、叫んでからナスティははっとなった。
「今私、闇魔将悪奴弥守って・・・・どうして知ってるの?敵の名前を・・・。」
思わず手を口にした時、彼方から迫りくる影があった。
「女!大口をたたいたな!貴様ひとりで何ができる!」
「ああっ!」
ナスティは悪奴弥守の鉤爪でひっかけられ、つり下げられた。
「光輪の奴め、しっぽを巻いて逃げたか?おびき出すための餌になってもらうぞ。」
悪奴弥守はそう言うと、笑いながらナスティを縄でしばり、滝つぼの上から蹴落とした。
「あっ、ああっ。」
ナスティのジャンプスーツの体に、滝の冷え切った水流が激しくぶち当たった。ナスティは頭から水をかぶり、水を飲んで苦しんだ。
「せ、征士っ。」
「見よ、我が闇の力!暗黒の冬に凍り付くがいい!」
悪奴弥守が叫ぶと、あたりには猛吹雪が吹き荒れ、滝はナスティを飲み込んだまま、びしりと凍り付いた。それは秀が眠っている岩蔵も同じだった。それは滝の裏で瞑想していた征士にも忍び寄る冷気で伝わってきた。
「これはすさまじい冷気・・・・悪奴弥守め、すべてを氷つかせたのか?」
征士は迷った。この鎧を成長させなければ、悪奴弥守には勝てず、秀もナスティも救うことはできない。しかしこうしている間にも秀もナスティも弱っていってしまう。それをみすみす見過ごすことは自分にはできない。征士はついに決断した。
「迦雄須よ、私はここまでです!お許しを!」
征士は立ち上がると、気を吐き光輪剣を大きく振りかざした。
「見殺しにできるか!雷光斬ーっ!」
技は完成していないかもしれない、しかし今自分にできる精一杯の事をしようと征士は心に念じた。仲間たちをなんとしても救いたかった。その思いの力を腕にこめた。
「ははは光輪、その程度か・・・・・、なにっ?!」
悪奴弥守は目を見張った。光輪剣から放たれる光の筋が、秋吉台で見たものよりも大きくなっている。その威力は光の束で、巨大化した悪奴弥守の体をようようと貫いた。
「おのれ光輪、力をつけたな・・・っ、今回は見逃してやる・・・・っ。」
悪奴弥守は断末魔のように叫ぶと、嵐とともに消え去った。それとともに黒狼剣も岩から引き抜かれ彼方へと飛び去り、岩蔵は大きく爆発し砕け散った。ナスティの氷柱に飲まれた体も、破片とともに下へと落下した。征士はそれをからくも受け止めた。
「ありがとう、征士。」
ナスティは安堵して征士に言った。
「おいおい、お姫さんは助けるのにおいらはなしか?水臭いぜ。」
地上に降りた征士とナスティに声をかけたのは、金剛の秀その人だった。鎧を着て、岩の間からのっそりと現れた。征士はどなった。
「さっさと起きてこい、秀麗黄。手間をかける。」
「そう言うなよ。奴の黒狼剣に力を吸い取られちまったから、起きにくくなっちまった。でももう大丈夫だぜ。今の光輪剣のパワーをもらったからな。」
「貴様が動かないから死んだものと思い、私が力を出し切ったからだ。」
「そんなら俺が寝ていた方がよかったのかもな?光輪の鎧がパワーアップできた。」
「冗談を言うな。皆死ぬかもしれなかったのだぞ。」
「結果オーライでいいじゃん。そういう事。」
と、秀はニヒっと笑ってみせた。
「まあいいじゃない?金剛も復活できた事だし、敵もいなくなったし。」
とナスティは言った。
そして言った。
「その迦雄須とか言う人・・・・君たちを試していたのかも?私なんだかそんな気がする。」
秀は答えた。
「まあ俺たちの先生だからな。」
征士は言った。
「しかし何を考えているのかわからんところがある。今回もいきなりだった。」
「そうなの?」
とナスティは言ったが、皆を車に乗せると運転席でこう言った。
「さあ、あとは一人だけね。残った天空の当麻を見つけるわよ。」
そう言うと、三人の一行は大雪山を後にした。

空の流れ

征士、秀、ナスティたちは、比叡山延暦寺で伸、遼、純と合流することにした。場所を決めたのはナスティだった。そのあたりなら伸たちのいる鳴門海峡からそう遠くはなかったし、よく知られた名跡だと迷うことがないという意見なのだった。何よりも、鎧が何かの加護を受けていると思えて、それは神仏ではないのかとナスティは考え出していた。それは大雪山での一件で、明確になったのである。そうした神仏の史跡が、何かのパワーを秘めているというのは、ナスティも半信半疑では信じていたが、実際に秀がそうした史跡に守られて眠っていたのを見て、にわかにナスティもその力にたよりたい気持ちが出て来たのである。しかし、町中では妖邪たちの害が及ぶことも考えて、集合場所は少し町から離れたそこに設定したのだった。
ナスティが鎧珠を通じてそう連絡してきたので、遼と伸は寺の境内で手持無沙汰で待っていた。伸が石段に座り込んで、頬杖をついて言った。
「迦雄須からの連絡はないね。」
遼が答えた。
「今はナスティに頼るしかないな。もっと迦雄須が俺たちを導いてくれたらいいんだが。」
「彼は本当に僕たちの導師なんだろうか。何か無責任すぎるよ。」
「伸はそう思うのか。」
そこで伸は少しためらった風だったが言葉をつないだ。
「残った当麻の居場所だけど、皆目今は検討がつかない。あの古い歌の最後の一節では『空の流れに身をひたしつつ』だったけど、遼はどこだと思う?空の流れって。」
「普通に考えて青空かな。」
「それじゃ日本国中どこにでもあるじゃないか。あの歌を迦雄須が作ったんだとしたら、もう少し教えてくれたっていいと思う。」
「伸は迦雄須のことが信じられないのか?」
「だってほとんど姿を見せないからね。最初に鎧珠を渡したっきり、影からしか僕たちを導いてくれない。彼は一体、どういうつもりなんだろう。」
「何か複雑な事情があるんだ。」
「遼はそう言うけどね。ナスティがまとめ役をしてくれているのが、僕は気の毒に思うよ。」
「うん・・・・。」
遼はばつが悪い顔をした。伸が言うのももっともな話だった。ナスティは彼らサムライトルーパーとは、もともとは部外者なのだ。伸は言った。
「僕だって最初迦雄須に珠を見せられた時は、それですぐに信じたわけじゃない。でも、迦雄須が僕の父さんが海難事故で死んだ時どうだったか見せてくれて、それを鎧珠で救えたかもしれないという幻影を見せられて、僕も鎧の力を信じることにしたんだ。それで実際に迦雄須が言っていた通り、新宿がああなってしまったからね。信じるしかなかった。」
「俺もそうだ。俺の場合は母さんが死んだ時だったが・・・。」
「迦雄須はそれだけの力があるのに、どうして僕たちを呼んだんだろう。彼は、自分では何もできないのだろうか。」
「そうなんじゃないのかな。俺は、迦雄須には実体がないのかもしれないと思ったことがある。」
「実体がない?」
「ああ。いつだったか、昼間に現れた時に足元に影がなかった。見間違いかと思ったが・・・・。」
「実在していないってことか。」
「ああ。そう考えたらますますわからなくなってしまった。」
「僕もだよ、遼。」
その時、寺の上空に不吉な黒雲が沸き上がってきた。見るからに普通の雲の湧き方ではない。噴火の時の噴煙のようだ。伸が叫んだ。
「遼、あれはひょっとして阿羅醐かも。」
「え、ここにまで来たのか?」
「僕たちが連絡を取り合っていることも、筒抜けの可能性があるよ。武装しよう。」
「わかった。」
遼と伸は武装した。すぐに二人は戦闘態勢に入った。案の定、黒雲からは妖邪兵たちが降りて来た。それらと戦っているうちに、次第に遼は自分が今いるところとは別の場所にいるような気がしてきた。
「ここは元の延暦寺か?伸、おまえはそこにいるのか?」
遼は尋ねたが、背後で戦っているはずの伸の返事はなかった。遼は刀で切り結んでいくうちに、妖邪兵たちの中にあの魔将と呼ばれる男が立っているような気がした。
「あいつは・・・魔将だ!間違いない!あいつを倒せば!」
魔将は幻魔将螺呪羅の姿をしていたが、あいにく遼はその者を知らない。ただ、紫色の蜘蛛のバケモノのような鎧を着た男が立って含み笑いをしているのが見えたのである。遼はその者に向かって意を決して突撃した。魔将を排除しなければ、東京も封鎖されたままなのだ。
「双炎斬ーっ!」
遼が技を放つと、相手も同時に技を放ってきた。しかし。
「あ・・・っ。おまえは遼か・・・・っ。」
「伸・・・・・っ。」
二人は同時にがくりと膝をついた。相打ちだった。魔将にはかられたのだった。しかも二人がいる場所は、すでに延暦寺の境内ではなった。二人はどこかの海岸線に来ていた。場所を魔将に妖邪の力で移されたらしかった。
「くそっ。無念だ・・・。」
遼はばたりとその場に倒れた。伸の水滸の超流破をまともに食らってしまい、身動きできなかった。仲間の技を食らうのは始めてだったが、やはり思った以上のパワーであった。そうでなければこれまで魔将を撃退などできなかったのだ。それは遼の双炎斬を浴びせられた伸も同じことだった。
地面に倒れた二人を見下ろし、姿を現した螺呪羅は高笑いをした。
「ふはははは、口ほどにもない奴らだ。我が幻の前にはひとたまりもない。残りの奴らも同じ手でしとめてやろう。どれ、阿羅醐城にまでこやつらを運ぶとするか。」
と、手を伸ばそうとした時、二人の鎧が怪しく光った。螺呪羅の手をその光は弾いて、ひときわ大きく輝いた。螺呪羅は顔をしかめた。
「なにっ、なんだっ?手で触れられんとは・・・・。これは厄介だな。まあいい。こいつらはここに転がしておこう。」
螺呪羅はそう言うと、含み笑いをし、海岸の岩場に姿を隠した。幻影の術を操る螺呪羅は、カメレオンのように周囲の色と同化できるのである。

征士と秀、ナスティらはその後しばらくして、延暦寺で途方にくれている純と白炎に遭遇した。遼たちの姿は周囲には見えない。純が泣き顔で「おにいちゃーん」と呼んでいるところに出くわしたのだった。征士はすぐに珠を取り出した。中を覗くと、遼たちが倒れている後ろで、どこかの海岸線のような場所が見える。と、長い松林が少し写った。
「こんなに長い松林が海沿いにあって、しかも細長い・・・・。もしかしてこれは、天橋立?」
ナスティは叫んだ。
「『空の流れ』とは、天の河を差しているのかしら?それで天橋立?確か天橋立には、股覗きで空をまたぐことができるとか言う説話があって・・・。」
征士は言った。
「それがヒントなのかもな。遼たちはその謎を解いてそこにいるのか?」
「わからないけど、天橋立まで行ってみましょう。これからすぐに出発よ。」
ナスティたちは天橋立まで、それから車で半日かけて到着した。海岸線を探っていくと、沿岸の岩場に倒れている遼と伸の姿を発見した。岩場は危険なので、征士と秀の二人だけで降りて行った。幸い遼たちは生きていて気絶しているだけだった。すぐに助け起こそうとした征士と秀は、たちまち周囲に濃い紫の霧が立ち込めてきたのを感じた。征士は叫んだ。
「妖邪か?」
「武装だ、征士!」
二人は武装して鎧を装着した。と、見る間に相手のいたあたりに、幻魔将螺呪羅が立っているのが二人には見えた。螺呪羅の見せる幻覚である。征士は光輪剣で突き刺そうとしたが、相手の技に阻まれて押されていた。ものすごいパワーだ。しかし・・・。
「この技、秀の岩鉄砕と似ている?!」
秀の岩鉄砕は、征士も鎧の「ためし」で迦雄須に言われて技を試した時に、目にしていた。まだ新宿に妖邪が出現する前だった。彼らは何度か顔合わせはしていたのである。それも迦雄須が「夢学習」の中で集めた時もあったし、実際に顔を合わせていたこともあった。それで征士には、大雪山で秀が岩鉄砕を発揮していなくてもわかったのである。
征士は意を決して、地に光輪剣を勢いよく突き刺した。遼と伸の様子をさっき一瞥した時、遼の鎧は水に飲まれたように水浸しであり、対して伸の鎧は焼け焦げていた。もしかしてお互いの技をかけあって、だまし討ちで同士討ちにさせられたのではないか?征士はそう思った。光輪剣は光を放ち、相手の真実を映し出す。迦雄須から聞いていたことだった。この剣は魔を払う光を持っていると迦雄須に言われた。征士は半信半疑だったが、今こそそれを試す時だった。
と、向かってくる相手の顔が剣に写った。それは紛れもなく金剛の秀だった。
「やはり、おまえは秀・・・・、守れよ、鎧の力!」
征士は大きく手を広げた。秀の技を押さえるべく力をこめた。そして己れの鎧の手幅と剣とで、三角形の結界を意識を凝らして張力で張った。それで秀の岩鉄砕の正面からの威力に対抗するつもりだった。三角形は一番強い抗力のある図形なのだ。簡単な図学の時間に聞いた話から、征士がとっさに思いついたことだが、それに賭けた。秀を同士討ちで倒したくない一心だった。もし自分が倒れて本来の姿が見えたなら、残った秀がなんとかしてくれると思った。仲間を信じるんだ、と思った。
秀は相手が倒れたとたん、光輪の征士の姿に変わって地面に転がったのを見て、大声で叫んだ。
「あっ。お前は征士か?じゃあ俺が今まで戦っていたのは、征士だったのか?征士、しっかりしろっ・・・・。」
「ふはははは、馬鹿なやつらだ。この程度の幻覚に踊らされるとは。阿羅醐城になど、まだまだ来れたものではない。」
秀は声のした方を見上げて、螺呪羅が松の木から逆さに釣り下がっているのを確認した。あれが本体だ。蜘蛛の化け物のような鎧だった。秀は叫んだ。
「てんめぇー、もう許さねぇぞ!遼も伸も征士も、お前がやったんだな?なんて卑怯なんだ!汚ねぇぞ!」
螺呪羅は秀の言葉に含み笑いで答えた。
「そうとも。戦いとはもともと薄汚く卑怯なものよ!それとも貴様らの口から出れば、戦うことが美しくなるとでも思っているのか?」
「なんだと?!」
秀は岩鉄砕の構えを取った。すかさず螺呪羅が飛びあがり、投地網を繰りだした。秀の腕に螺呪羅の放った鎌と網がからみついた。螺呪羅が叫んだ。
「貴様一人を葬れば、あの厄介な天空も目覚めることはないのだ!あと一人!」
「そうはさせねぇぞ!」
秀は全身の力を金剛杖に込めた。そして金剛杖の三節昆を三角の形に折り曲げた。それを秀は勢いよく回した。輪滑車の力の働きで、金剛杖に働く力が倍増した。秀が振り上げると、やすやすと螺呪羅の投地網は杖の輪にからめとられた。先ほどの征士の三角形の結界の防御態勢を見た秀が、とっさに同じようにまねて取った行動だった。
「なにっ?!」
螺呪羅は網ごと引きずられて目を見張った。こんな手をこんな鈍重そうな小僧が使うとは思わなかったのだ。仲間の行動を鏡のように映すとは?螺呪羅が幻覚で仲間の姿をまねた事への、それは手ひどいしっぺ返しだった。
「ばかなっ!」
螺呪羅が目を見張った隙に、秀は杖に手をつき、岩鉄砕を構えて勢いよく放った。螺呪羅は武器がなくなっていたので、岩鉄砕の威力に彼方まで吹っ飛んだ。
「うおおおおおっ!」
「やったぜ・・・・。」
秀はひとまず敵を退けたことに満足した。そしてすぐさま仲間たちに駆け寄った。
「征士、みんな、しっかりしろ!」
秀は皆に鎧珠を充てた。すると、彼らは次々と気を取り戻した。
「秀か・・・。敵はどうなった・・・・。」
「大丈夫だ遼、やつは俺が追い払った。もう大丈夫だぞ。」
「そうか・・・・。」
「ひとまずみんなここで野宿だな、今日は。」
遼は鎧を解き力なくうなずいた。
そこへナスティたちが駆け寄って来た。
「みんなー。」

その夜は海岸線から降りた場所で、彼らは野宿する事になった。この天の橋立に当麻の居場所がわかる何かがあるかと思ったのだが、それは彼らには見つけることはできなかった。ただ街の灯りが少ないここ丹後半島の海岸では、降るような星空を眺めることができた。
しかしそれも、遼にとっては故郷の山梨とそれほど違うわけではなかった。山梨も田舎なのだ。
「空の流れか・・・。」
寝転がった遼は空の銀河の流れを見つめた。それは細かく空中に震えるようにゆらめき、瞬いていた。あのひとつひとつが太陽と同じ恒星であり、星系を持っている星だという事は遼にもわかっている。
(あいつ、当麻もそう言っていた・・・。)
遼はこの前の春休みの事を回想していた。今から半年前、彼らが珠を迦雄須から渡された時期に、当麻はいち早く遼に連絡を取ってきた。
「会いたいんだが、出てこれないか?」
と、彼は電話口で遼に話した。
「え、大阪で?」
当麻の家は大阪にあった。当麻はしかし否定して言った。
「いや。神戸に出て来れるか?旅費なら渡す。」
「え、それって・・・。」
「親父の研究している蔵に、鎧に関する資料があった。おまえも見ておいた方がいい。」
電話はそれだけ告げるとすぐに切れた。半信半疑の遼の元に、旅券と現金書留が届いたのはその数日後だった。
「当麻は俺に、どうしても出て来てほしいんだ。伸に相談しようか。」
と、遼は旅券を前に思案した。迦雄須を念じてみたが、迦雄須は彼にまったく答えてくれなかった。それで伸に電話してみたところ、彼は不機嫌になり、「どうして遼だけに話があるんだ?」と言って電話を切った。
「俺だって知らないよ・・・・。でも見ておいた方がいいんだろうなあ・・・・。」
鎧仲間は皆遠方にいるし、まだ知り合って間もないので、そっけないのは仕方がない事だった。いわばペンフレンドのようなものに近かった。今でこそ彼らは団結しつつあるのだが、知り合った頃は皆そうだったのだ。
遼は当麻の指定した待ち合わせ場所に出向いた。当麻はラフな服装でリュックを背負い三ノ宮の駅前に立っていた。しかしそこからまだ電車で倉屋敷のある岡山方面に行かなければならなかった。
「この前秀と中華街に行ったんだ。」
と、電車の中で当麻は言った。
「神戸にも中華街があるからな。秀の住む横浜と比べてどうだという話になった。」
それも秀を呼び寄せたのかなと遼は思った。旅費はやはり当麻持ちだったのだろうか。この当麻には得体のしれないところがあると思った。遼は尋ねた。
「で、秀はなんて言ったんだ?」
「横浜とは比べもんになんねぇと言ってたな。しかし食べたぞあいつは。俺はあいつに言ったんだ。おまえは沖縄に行った方がいいと。」
「えっ沖縄?」
「そうだ。沖縄は本州よりもだいぶ緯度が南だからな。重力の値が低くなるんだ。体重計の値が低く表示されるんだ。」
「えっ、ほんとなのか?」
「ああ。ただしコンマ何ミリグラム単位だがな。」
と、当麻は声に出して笑った。当麻は窓の外を見て言った。
「もうすぐ経線を超えるぞ。そら明石の天文台だ。しばらくしたら支線に乗り換えだからな。」
と、当麻は言うと今度は黙り込んでしまった。遼も黙ったまま電車で移動を続けた。目指す屋敷は支線の駅からしばらく歩いた山のふもとにあった。一見寺のような建物だった。
もとは庄屋屋敷だったようなその建物には本堂と土蔵があった。当麻は迷うことなく玄関の引き戸を開けて上がり込んで、ごめんくださいと言った。
しばらくして奥から白手拭をかぶった老婦人がやってきた。老女はしずしずと進んで来てか細い声がよく通る声で話した。手拭に隠れて、その顔は遼からはよく見えなかった。彼女は言った。
「まあまあ羽柴さまのご子息さま。ようお越しでございます。電話で聞いておりますよ。今晩は泊まっていかれるんでしょう?」
当麻はリュックサックを下ろすと気さくな風に答えた。
「おばさん、お世話になります。こちらは友人の真田遼くんです。」
遼はあわてて頭を下げた。
「あの、はじめまして。お世話になります。」
鎧のことで、と言おうとして当麻がさえぎるように続けた。
「蔵に問題の絵巻物はありますか?」
当麻の言葉に老女はうなずいて答えた。
「はい。蔵に喜久治さんの収集物はございます。ただ戦国時代となりますと、あるかどうか定かではございません。何分もう整理がつかず長いこと放置しております。戦時中に焼けなかったのは幸いでしたが。」
「そうですか。」
老婦人は当麻が言うと、こちらへと二人を案内して廊下を進んだ。いくつかがらんとした日本間が続いたのち、泊まる部屋に案内された。二人はそれぞれ別の部屋をあてがわれた。旅館ほどの部屋だったので遼は驚いた。お金はいいのかな、とぼんやりと思った。
その後当麻とふたりで出された夕食を食べた。配膳されて放置されているのも旅館でのようだった。遼は一口食べてみて、かなりの薄味に思い閉口した。関西だからかと思ったが、それにしてもひどい。
「このニンジン、湯がいただけだ・・・・。」
と遼が言うと 当麻はこれみよがしに口に放り込んで
「野武士の味だな。」
と言った。
「まあ慣れればなんということもない。ここのおばさんは料理が下手なんだ。」
「でもちょっとまずいよ。」
「そう言うな。俺は母親が別居中だから、親父の作る料理はいつもこんなもんだった。腹にしまってしまえば同じさ。」
「俺んちも父親だけだけどな。もう少しましだぞ。」
「おまえは乳母(おんば)日和なんだよ。」
「なに?おんば?」
「知らなきゃ別にいい。」
遼はもくもくと食べている当麻をよそに、ここに連れてこられた理由がまだよくわからないことを不審に思った。
(さっき絵巻物って言ったな。戦国時代の絵巻物、か。鎧に関することなんだろうか・・・・。)
夕食後当麻は遼を促して、土蔵に入った。裸電球をつけると蔵の中には古文書が積みあがっていた。埃っぽい中を当麻は懐中電灯をつけて進んだ。当麻は言った。
「この蔵の収蔵物は親父の親類の黒田喜久治さんという人が集めたものだ。というか、伝えられたものだ。ただ戦国武将の黒田官兵衛との係累については定かではない。あったな。」
当麻が懐中電灯で照らすと、土蔵の壁に立てかけてある木箱が目に留まった。遼にはわからない筆文字が達筆で箱に書かれていた。
「絵巻物?これが?」
「おそらく。中を開いてみよう。」
「え、いいのか?勝手に開けて。」
「いいのさ。」
当麻はそういうと箱をずらして床に安置し、紐かけをほどき蓋を開けた。中には畳紙に包まれた巻物が入っていた。
当麻は巻物をほどいて床に滑らせて広げた。当麻は何か感慨深げだった。そして一言つぶやいた。
「輝煌帝・・・・。あの時の。」
「え、きこう?なんだって。」
遼はこの時輝煌帝の鎧の存在を知らなかったから当麻の言葉の意味がまったくわからなかった。それどころか、当麻の態度についていけなくなった。
当麻は言った。
「おまえはこれを見て何か感じることはないか?」
「え?古い絵巻物だなって。戦国時代の作なんだ。鎧みたいなものと炎が描かれているけど、美術の教科書の不動明王の図でこういうの見たことあるな。これもひょっとして鎧なのか?俺たちが迦雄須に伝えられたみたいな?」
遼が推理してそう言うと、当麻は一瞬遼の顔をにらんだが、そのあと力なく肩を落とし
「おまえはそう言うと思ったよ。ただ、これをこの場所で見たことは覚えておいてくれ。おまえにこれを見せたかったんだ。」
「?」
「おまえにとってはどうでもいいことだろうがな。何も思い出さないんなら仕方がない。」
「おい待てよ。それはどういう意味だ?」
当麻はため息をついて言った。
「だいたいおまえにわかるはずがないんだ。一縷の望みを抱いた俺がバカだった。おまえはあれと同一人物じゃない。」
「あれってなんだ?」
当麻は遼の疑問に冷たい一瞥で答えた。
「おまえだよ。もしくはおまえだったものだ。」
「意味がわからないな。俺は俺だ。生まれてからこの方、俺以外だったことはない。」
遼がそう言うと、当麻は巻物を乱暴に丸めながら叫んだ。
「もういい。俺をこれ以上怒らせるな。」
「あっそんなしまい方をしたら絵が。」
「いいんだ。こんな駄作。」
「駄作って・・・ひどいな。」
当麻は絵巻物を箱にしまい、遼を促して蔵から出た。当麻は懐中電灯を消して言った。
「ここでのことは、おまえのことだから仲間にしゃべると思うけどな、それも俺には想定内だ。そうでなければな。」
「それどういう意味だ。」
「俺は迦雄須の計画には疑問を抱いている。このままでは前回同様に破綻する。そういうことだ。」
「前回?」
「四百年前に阿羅醐が出現した時だ。その時俺もおまえもやつと戦ったんだ。しかしおまえにはその記憶が残っていない。理由はおまえが偽物だからだ。」
「ひどいこと言うな!なんだその偽物って。まさかおまえだけが本物って言うんじゃないだろうな?」
当麻は遼の言葉に一瞬黙り込んだが、つらそうに顔を背けて答えた。
「・・・そうだ。」
その夜遼はなかなか寝付けなかった。
(当麻だけが本物ってどういう意味だ?四百年前の記憶があるって?そんな人間いるのか?雑誌のムーとかに出ている転生の記憶ってやつか?)
そして考えた。
(そもそも俺たちが迦雄須に呼ばれたのも、迦雄須の言うところの先祖の縁とかそういうのじゃなくて、四百年前の事件と関係があるのか・・・・?)
ふすまを隔てた隣の部屋には当麻が寝ているはずだった。と、隣室から声がした。
「さっきはすまん・・・・。謝るよ遼。おまえはなんにも知らないんだな。まだ起きていたら。」
「あ、うん。当麻」
遼は目をぱちくりして答えた。思わぬ当麻の声だった。当麻の声は言った。
「これからきっとつらいことがある。あると思う。その時こんなことがあったなと、もし思い出してくれたらうれしい・・・・。」
当麻の声はかすれていて、わずかに涙を含んでいるようだった。遼は当麻を励ますように答えた。
「うん。俺きっと覚えているよ。今度は。」
「そうか。」
当麻が寝がえりを打つ気配がして、そのあと声は途絶えた。戸外でさかんに虫しだく音がした。
次の朝二人は宿をあとにしたが、当麻は私鉄の駅まで来るとそこで別れると言った。行くところがあるんだ、とぽつりと言い、
「別々になってもいいよな。おまえにはおまえの世界、いや宇宙がある。俺には俺の宇宙があるんだ。それだけの話だ。」
一晩あけると当麻はいつもの辛辣な調子に戻っていた。遼は答えた。
「宇宙?おおげさだな。」
「おおげさじゃない。銀河には地球と同じような環境の惑星がいくつか存在するんだ。そこにも同じような太陽系があったとしてもおかしくはない。じゃあな、遼。」
なんだそんな当たり前のこと、と遼が思った時、当麻は向い側のホームに来ていた電車に飛び乗った。遼の目の前でドアが閉まった。当麻のドア越しの後ろ姿はゆっくりと遼の前から遠ざかっていった。なぜその時後ろ髪が引かれる思いをしたのかはわからない。しかし当麻にはもっと尋ねたいことがあった。遼はだがその時それを問いただすことができなかった。当麻にはそういう壁のようなものが存在していた。
今遼は天橋立近くの海岸で、その時のことを回想している。残っている仲間はあの当麻だけだった。当麻の言葉で気がかりなのは、迦雄須について語っていたことだ。なぜ迦雄須の計画に当麻は疑いを抱いているのか。また俺たちのメンバーが偽物というのはどういうことか。しかしこれまで遼はそのことを仲間たちに打ち明けはしなかった。今は強大な敵・阿羅醐と対峙している。仲間の間に亀裂が走るようなことは、打ち明けない方がいいと判断した。それで黙っていたのだった。遼は思った。
自分はあの当麻を救いたいだろうか。他のやつのように仲間だと思えるだろうか。しかし彼がいないと、鎧パワーはおそらく迦雄須の考えているような完全なものにはならない。五人の力が必要だと迦雄須は言っていた。やはり、今目覚めさせなければならない。
遼はむくりと起き上がった。鎧玉を確かめると小走りに海岸を行こうとして、片足を誰かに腕でつかまれて前にひっくり返った。
「へへへ、抜け駆けはなしだぜ、遼。」
腕の主は秀だった。声を潜めて遼にぴたりと寄り添って言った。
「当麻を助けるんじゃないのか?あてはあるのか?」
「ああ。なんとなく・・・・当麻は宇宙にいるんじゃないかって。空の流れって銀河じゃないかな。俺にはそんな気がするんだ。」
遼はそう言って降るような銀河を見上げた。遼の答えに秀は素頓狂な声をあげた。
「宇宙?こりゃまたすげぇ・・・・。で、なんで一人で行くんだよ?みんなと一緒に行かねぇのはなんで?」
「ナスティたちがいるだろ。もう何度も妖邪たちに狙われて顔を覚えられている。征士たちにはナスティと純を頼んだ方がいい。」
「なるほどね。で、行くあてはあんのか?」
「とりあえず迦雄須を探すつもりだ。迦雄須は以前は東京に現れた。そこまで戻るつもりだ。迦雄須は俺たちを日本列島各地に飛ばした。その力を使って当麻のいる宇宙まで飛ばせてもらえないかと思ってな。」
「苦しい時の迦雄須頼みね。あの師匠は聞いてくれるかなあ。今だって放任状態だしな。」
「俺たちの鎧を鍛えるためなんだろう。だが今回ばかりは、迦雄須になんとかしてもらわないといけない。」
「そうだよなっ!じゃ、俺も一緒にひとっぱしり行ってくるぜ!」
と言うと、秀はもう駆け出していた。あわてて遼もあとを追った。
遼が迦雄須に会うと言い出したのは、むろん当麻の不審な態度からであった。両者の言い分を聞きたいと思ったのである。迦雄須も謎の多い人物であった。遼は秀に声を張り上げた。
「秀!武装して行け!」
「おう!合点承知の介!」
二人は武装すると空に舞い上がった。秀は歓声をあげた。
「お?これ飛べるんじゃねえか?」
「鎧のレベルが上がったんだろう。そんな気持ちがしたんだ俺も。」
「だなっ!」
二人がいなくなったあと 砂浜に寝ていた征士はぱちりと目を開けた。
「勝手なことを・・・。」
と征士はつぶやいて起き上がった。そして横で寝ている伸におい、と声をかけた。伸も起き上がってすぐに答えた。
「僕たちも行かなきゃいけないようだね。」
「やはり東京か。振り出しに戻る、だな。」
伸は言った。
「あの和歌からすれば、どうやら当麻は特別みたいだね。あいつだけ季節の歌がなかった。」
「ああそういうことだな。」
二人は互いにうなずくと、ナスティと純たちを起こしに行った。

遼たちは信じられない話だが、その後東京まで戻ってきていた。それだけの距離を飛べたことについては、遼たちには不信感はなかった。これも迦雄須のお導きということにされてしまっているのである。だが新宿に戻ってみて、遼たちは驚いた。高層ビル群の屋上に、見たこともない巨大な玉がいくつも浮いている。それらは奇妙な色彩をしていて、炎熱を発しているらしかった。遼は言った。
「あれはいったいなんだろう?」
「もしかして大砲の一種じゃねぇのか?遼、行ってみようぜ。当麻を狙っているのかも。」
「たぶんそうだろう。」
遼たちの考えた通り、それらは阿羅醐が妖邪の一種である地霊衆たちに作らせたものである。もちろん狙いは天空の当麻だった。それについては、地霊衆の長である芭陀悶が、阿羅醐城で阿羅醐に進言したのである。
「阿羅醐様、天空についてはわたくしどもにお任せください。阿羅醐様自らの手を煩わせるまでもございません。しかし、そこにおる四魔将では心元ないと思いますゆえ。」
と奏上すると、阿羅醐は眼光を鋭く光らせ喜んだようだった。
「ほほう、あやつめがあそこにいると知っておるのだな?」
「左様。こわっぱどもはまだ気づいておりませんゆえ、先に始末してご覧に入れます。きゃつが目覚めなければやつらは赤子も同然。阿羅醐様の良いお力になるでありましょう。」
「よいぞ芭陀悶、やってみせよ。」
と阿羅醐が言うのに、四魔将たちは不服そうに顔を見合わせた。
「阿羅醐様、天空についてはこの朱天めにお任せください。そのような輩にやらせるには及びません。」
と、その時朱天が膝を進めて阿羅醐に言った。阿羅醐は答えた。
「なんとな?朱天よ。天空は空の彼方にいるのだぞ。昔にそうであったように、やつがやつらを統率しているのだ。貴様では手が届くものではない。」
「しかし阿羅醐様、鎧同士の戦いは、正々堂々と戦い、打ち勝つことこそ、私ども魔将たちの誉れにございます。そのような輩に頼むなど、阿羅醐様の名折れになってしまいます。どうかこの朱天めに討伐をお任せくださりませ。」
朱天は頭を擦り付けるようにして床に下げている。その様子に横にいた那唖挫がつぶやいた。
「馬鹿めが。」
那唖挫は朱天が褒章目当てにそう言ったと思ったのだった。しかし阿羅醐は別のことを考えたようだ。
「朱天よ。その物言い、貴様の心は目覚めかけているのか?・・・・それは許さん・・・・許さんぞ朱天・・・・。」
「?」
朱天が阿羅醐の様子に気づいた時には遅かった。朱天の身に激しい電撃が見舞った。朱天は電撃にがんじがらめになり呻いた。
「あ、阿羅醐さまっ、何をなさるのですか?」
「うるさい。貴様はしばらくそうしておれ。芭陀悶よ行け、行って天空を見事しとめるのだぞっ!」
「承知。」
そのようなやり取りがあり、地霊衆たちは祈りの力で妖邪弾と呼ばれる物体を作り上げ、今まさに天に向けて発射しようとしている最中だった。なぜ祈りの力でそういったものが作れるのか、遼たちにもわかっていなかった。ただ不気味な念仏の声があたりに響き、それとともに妖邪弾が膨れ上がっていくのが見ていてわかった。
遼と秀は高層ビルの壁づたいに鎧で駆け上がった。途中何度も妖邪兵たちが伏兵で現れた。秀はその兵士の一人に苦戦した。
「遼っ、先に行け!こいつらきりがねぇっ!」
「秀、すまない!」
遼は秀に一言そう言うと、妖邪兵を倒しながら屋上へと駆け上がった。と、遼の目の前で妖邪弾の一発目が発射された。それは巨大な弾丸で、炎の塊りとなって空に飛んでいった。
「あんなものが当たったらひとたまりもないぞ。しかし、そういうことなら!」
と遼は叫ぶと、妖邪弾に飛びつきしがみついた。地霊衆たちがその遼に向かってわらわらと集まってきた。ビル街の中心の祭壇に座している芭陀悶からの指示である。芭陀悶が目を赤く光らせて両手を揚げると、地霊衆は遼の上で回遊魚のように群れ集った。
「のけ。のけぃ。のけ。」
と地霊衆は地の底から響くような声で遼にぶち当たった。遼は玉に必死でしがみついていたが、そのうち玉の内側に体ごと沈んでいった。芭陀悶からのパワーに間違いなかった。
「ああっ。」
遼を呑み込んだまま妖邪弾は発射された。その様子は下で戦っていた秀にも観察された。
「遼、おまえまで。死んじまうぞ!」
その時秀の背後で動く影があった。秀を襲っていた妖邪の一群が倒された。
「遅かったようだね。遼はあの中か。」
伸と征士だった。征士は言った。
「あの玉、自動操縦のものか。このままだと宇宙にいる当麻にぶつかるかもしれん。」
「そんな。」
秀は言った。
「当麻はきっと気づくさ。俺だって征士に気づいたんだ。」
「そうだといいが。そう祈るしかない。」

遼を呑み込んだ弾丸は高速で回転しながら、成層圏まで上がって行った。中にいる遼はかろうじて意識を保っていた。気圧が低くなるにつれ、意識が薄れそうになる。
(このままでは当麻にぶつかってしまう。たぶんそうなる。どうすれば・・・・。)
遼は富士山で、武装を解くように念じた時に放った氷雪を思い出した。
(もしかしたら、あれならなんとかなるんじゃないのか?少なくともこの炎とスピードは防げるかもしれん。しかし武装を今解けば俺も死んでしまうかもしれない・・・・ここは宇宙空間に近い。)
遼はしかしためらわなかった。
「烈火の鎧よ、炎を鎮めたまえ!」
遼がそう叫んで唱えると、鎧は大きく収縮した。遼の体に鎧の反動が強く走った。冷たい痛みが全身に広がった。しかし弾丸は急激に冷やされたようだった。遼の周囲から炎がみるみるうちに消えていった。そして弾丸は宇宙空間の空中で静止した。と、遼の意識に何かが近づいてくるのを感じた。
(あれは・・・・当麻の天空の矢だ・・・。)
当麻が矢を射ている、と思った。気づいてくれたんだな、と思った。
(よかった・・・・。)
そう思った時遼の意識は闇に呑まれた。当麻の放った矢は遼の周囲を覆っていた弾丸の岩盤をゆっくりと打ち砕いた。宇宙空間に弾丸の瓦礫の輪が広がった。その中を、当麻の天空の鎧が宇宙遊泳しながら遼の鎧を回収した。そして遼の鎧を捕らえると、当麻はえい、と一声あげて宇宙から地球に向かってものすごいスピードでともに降りだした。
ものすごい速さだった。その間当麻は一言も口を聞かなかった。当麻の天空の鎧は固くフェースガードを閉じられており、その表情はうかがい知れなかった。もっとも遼は意識がなくて、当麻がどのように思っていたか知る由もなかった。
地球に降りた二人は、新宿ではなく東京の奥多摩山地あたりに落ちたようである。当麻はやっとそこでフェースガードを開き、遼を助け起こした。
「すまん遼、迦雄須がああでなければ、こんなことにはならなかったのだが。」
と当麻はつぶやいて、遼の背中に拳を当て、気を取り戻した。
「あ・・・・当麻か。俺は助かったんだな・・・。」
安心して笑いかける遼に、当麻はいらだったように答えた。
「それはこっちのセリフだ。なぜおまえがこんな事をする。他の連中はどうした。もう全員そろっているのだろう?」
「知っているのか。」
「だいたいはな。空の上から見ていた。いや、見物させられていた。今まで空に張り付けられていたからな。」
「え、どういうことだ?」
「説明している暇はない。やつがもうすぐそこに来ている。鬼魔将朱天童子だ。」
当麻の言った通り、朱天が阿羅醐に許されて、その場に現れていた。阿羅醐の電撃による洗脳により、朱天はまた富士山で倒された時のことで烈火への憎悪をたぎらせていた。
阿羅醐が調整したのは、朱天の以前の記憶だった。その過去の記憶の残滓で、朱天は武士道じみたセリフを吐いたのである。それは阿羅醐にとっては余計な感情であった。阿羅醐は四魔将の以前の記憶を消し去って、奴隷としてこき使っていた。それは戦国時代の記憶であった。彼らは実は、その時代から時を超えて、阿羅醐に連れ去られた人物たちなのである。
だが今戦っている遼はそんなことは知るはずもない。朱天は倒すべき敵であった。遼は彼が地霊衆たちのような化け物と同じだと考えている。遼は激しく朱天と斬り結んだ。しかし今さっき鎧の武装を解くことを念じたりした反動で、うまく双炎斬を出すことができない。次第に遼は追い詰められたが、その時朱天の攻撃を阻止したのが天空であった。
「朱天――――!」
遼がまさに斬られようとした時、朱天の眉間を狙って当麻の天空の矢が突き刺さった。当麻の真空波だった。遼はとっさに驚いた。矢による戦法については遼もある程度知っていたが、迷わず朱天の急所を射抜いた当麻の技に驚いたのだった。当麻には躊躇がないとその時思った。後に遼は自分ならあんな判断はとっさにできないと思い、当麻の冷徹さを感じたのだった。当麻には殺意のようなものが明確にある、と。
しかしそれよりも、その時遼が驚いたのは、朱天の顔を覆っていたフェースガードが真っ二つに割れて、その下から人間の顔が出てきたことだった。遼は呻いて叫んだ。
「人間・・・?人間なのか?朱天おまえ、人間なのか?なぜ俺たちを襲う?なぜだ!」
朱天は遼の激しい問いかけにわたしは、と言いかけたその時、阿羅醐の電撃が上空から襲ってきた。
「朱天よ、戻れ。機は熟した。鎧は成長した。それでよい。」
遼が見ている前で、朱天の体は虚空に呑まれ上空へと消え去った。
「そんな・・・・同じ人間なのに、どうして。」
茫然とした遼は脱力してよろめいたが、その体を当麻は腕を回ししっかりと支えた。
「大丈夫か遼。」
遼は当麻の顔をまじまじと見返した。遼は言った。
「当麻、おまえ、知っていたのか・・・・・。」
当麻は遼の顔を見つめた。当麻は
「よくある話さ。こんなことは。」
とだけ言った。そして
「新宿に行かなければな。みながそこで俺たちを待ってる。阿羅醐城を攻略するんだ。」
と続けた。遼は離してくれ、と当麻に言い、当麻から数歩離れて落ちていく夕日を見つめた。もうすぐ夜が近づいていた。

雲外蒼天

遼と当麻は新宿にまで戻り、仲間たちと合流したが、妖邪たちの横行は依然としてそのままであった。人気の途絶えた繁華街には突風が吹きすさび、空には黒いカラスの群れが舞っていた。まさにゴーストタウンそのものであり、その上空には阿羅醐城が威圧的にそびえていた。
「奴らはもう妖邪弾は作っていないようだな。」
征士がビルの上から見渡してそう言うと、当麻はうなずいた。
「やつらも馬鹿じゃない。無駄な作戦は取らないのだろう。その代わりにあれが出現したようだな――妖邪門。」
当麻が指さした先に、巨大な門がビルの間に立っているのが見えた。ちょうど新宿の大通りにまたがる形でそれはそびえたっている。しかし周囲のビル群とはまるで意匠が違っていた。東洋風の朱塗りのその高い門は固く閉じられていた。
遼が尋ねた。
「あの門はいったい何のためなんだ?」
当麻は答えた。
「阿羅醐が設けた妖邪界の一里塚だ。あの門を境に、おそらく中と外の次元が食い違っている。あの門の立つ四方は見たところ5キロメートルぐらいの長さだが、中はおそらくそうじゃない。言わばディラックの海のような空間だ。」
征士が言った。
「ディラックの海・・・・。名前だけは聞いたことがある。」
当麻は続けた。
「真空状態が保たれているという理論だが、マイナスの電子負荷が無限に広がるという特性を持つ。あの門はそれを閉じ込めているんだ。つまり、あの中には虚数空間が無限に広がっている。」
秀が目を白黒させた。
「えっ、つまり異次元空間だっつぅことか?」
当麻は答えた。
「簡単に言えばそうだ。おそらく中は時間の進み方も違う。あの上空にある城全体が異次元空間から出現したものだが、その空間が新宿全体に広がりだしている。その前哨戦としてあの門が出現した。」
秀が言った。
「えっ、つまりやつらの領土が広がってきているのか?」
「簡単に言えばそういうことだ。あの中に入るには門から入らないと中には入れないだろう。上にある城への道も、そこを通らないと行けないはずだ。」
「門の横からじゃだめなのか?」
「おそらくはな。メビウスの輪の話は知っているだろう。その表面上からだと何回たどっても輪の内側に入ることができない。それと同じ理屈さ。」
遼が言った。
「あの一回ひねってつなげた紙テープの輪のことか?」
当麻は答えた。
「そうだ。二次元では入れないが三次元の世界なら輪の内側に入ることができる。そういう論理だ。」
当麻がなかなか朱天のことを言いださないので、ついに遼は仲間たちに言った。
「ところで俺たちが戦ってきた魔将という敵だがな、どうも中身は人間みたいなんだ。そうだったろう、当麻?」
当麻は遼の言葉に一瞬眉をそびやかしたが、すぐに答えた。
「ああ。確かに遼の言う通りだった。やつらは人間だ。」
二人の言葉に仲間たちは一様に驚いたが、すぐに征士が言った。
「それは俺も感じていたのだ。俺たちと同じような鎧をつけて、同じような剣で戦っている。ひょっとして阿羅醐に捕らえられた人間ではないかと俺も考えていた。新宿でやつらは人さらいをしていたからな。」
伸も征士にうなずいて言った。
「奴らが人間だとしたら、元通りにする方法はないんだろうか?僕たちが戦わなくてもいい方法があるといいんだが。」
秀が手を広げて言った。
「そんなのはねぇよ!ああやって新宿を封鎖しているんだぜ。今まで戦ってきたけど、俺たちの言うことを聞くような連中じゃなかった。」
当麻があとを引き取った。
「秀の言う通りだ。伸の気持ちはわかるが、今はあの阿羅醐城を除去することが先決だ。そのためには、魔将を排除する必要がある。」
伸が答えた。
「だけど、同じ人間なら話せばわかってくれるんじゃないかな。僕はそう思うよ。遼もそう思うんだろう?だからそう今そう切り出した。」
「あ、ああ。そうだな。俺もそんな気持ちで今。」
征士は言った。
「しかしそれは面倒なことになったな。敵だがこれからは手心を加えねばならんということか。ああいう連中なのだがな。」
征士は腕組みをして黙り込んだ。
遼はそこで当麻をちらりと見た。あの当麻との兵庫での出来事も切り出したほうがいいかと思った。しかしその場で遼には言えなかった。今朱天の話を持ち出しただけで、仲間割れに近い状態になってしまった。まだ若い遼はその時それ以上の話をする勇気がなかった。
遼は言った。
「俺は余計な話をしてしまったのかもしれない。しかし見たんだ、朱天の鎧の下から人間の顔が出てきたのを・・・・、皆にもそれを知っておいてほしかったんだ。あいつらも何か事情があって、今人間の敵になっていると・・・。」
伸が遼の肩をたたいて言った。
「わかっているよ遼。遼には仁の心があるからね。敵にもつい思いやりの心をかけてしまうんだ。」
当麻が言った。
「とにかく、魔将が人間であっても、敵であることには変わりはないんだ。こちらが倒されては元も子もない。気を引き締めてくれ。」
遼は当麻の言葉にあわてて言った。
「ああ。」
当麻は武装して弓をつがえた。
「あの門は夜になれば開くと思う。今からざっと二時間後ぐらいだろう。」
征士も武装して言った。
「当麻貴様、よくわかるな。」
当麻はビルから鎧で下りながら
「迦雄須から任されているからな。俺を最後尾に配置して飛ばした迦雄須は、だから作戦が下手なんだ。」
と言った。仲間らも当麻に続きビルから飛び降りて、彼らは妖邪門の周囲で夜の来るのを待った。ナスティと純はもう五人がそろったので、別行動になっている。彼らは千石博士の研究室で今は休息しているはずだった。
やがて新宿上空が燃えるような夕焼けから真っ暗に変わった。夜になった。当麻の言った通り、妖邪門は不気味な音を立ててゆっくりと左右の外側に開いた。門の奥から突風が巻き起こってきた。中は見たところ暗黒で、それはどこまでも続いているようだった。秀は言った。
「まさか入ったら帰れねぇんじゃねえだろうなあ・・・。」
「怖気づくな秀。行くしかないのだ。」
と、征士が言い、光輪剣をすらりと肩から引き抜いた。光が剣から差して、少しだけ周囲が明るくなった。
「これでいいだろう。よし、みんな、行くぞ。」
と剣を掲げた征士は言い、顔を見合わせてうなずいた皆はあとに続いた。
しかし五人が入ると、門はまた不気味な音を立てて閉まってしまった。確かに罠とも見える妖邪門であった。だが今はその道しか彼らには示されていないのだった。

その頃阿羅醐城では四魔将たちが芭陀悶の祈りの間に連れてこられて、鎧を着たまま祈祷を受けていた。芭陀悶の言うには、これから遼たちサムライトルーパーがやってくるので、それを迎え討つための鎧の厄払いということであったが、その実阿羅醐の精神波による洗脳であった。今、彼らはそれぞれの時空の過去にさまよっており、それらは阿羅醐に捕らえられた時のトラウマであった。多くは戦乱の中での悲惨な心の傷であり、思い出したくもない過去であった。彼らは歴史の被害者であるが故にそれを怨み、抗い戦うことのみがその恨みからの開放であった。そうして彼らは四魔将に変化(へんげ)したのである。そしてそうなることで人間であった時の痛みの記憶は薄れていった。つまり四魔将として機械的に戦っていることで、彼らは人としての恨みや悲しみの感情を捨てていられたのである。
今阿羅醐はその記憶に揺さぶりをかけている。これまで平衡を保っていた彼らの心に、過去の記憶の再生によって恨みが増幅されるように阿羅醐の精神波が感応しているのだった。彼ら四人が座る座敷の天上から、どろどろとした粘液が幾筋も流れ落ちてきた。それを操っているのは芭陀悶であったが、芭陀悶自身もそれが何の物質なのかはわかっていなかった。すべては阿羅醐が用意した空間であった。四魔将はそれらが体を伝うと、苦悶の表情になり、もだえ苦しむ声をあげた。
芭陀悶が言った。
「阿羅醐様、このような方法で、彼らは前よりも意のままに操ることができるのでしょうか・・・・。」
阿羅醐は目を光らせて言った。
「今まで以上の働きをするようになるのだ。怒りと憎しみが四魔将のその心に燃え広がっていく・・・。よい、それでよい・・・。」
阿羅醐がこのことを思いついたのは、無論遼たちが五人そろって姿を現したことと、先の朱天の武士道を言い出した件によるものである。なるほど朱天は、昔のさむらいであった時の記憶が遼たちと戦うことで呼び覚まされている。ならば、その記憶の中からもっとも原初の感情である恨みの感情を呼び起こしてやろう、と阿羅醐は考えたのであった。
今朱天の目の前には真っ赤に燃えている山城があった。朱天は年若く頭に獅子頭の被り物のついた鎧をつけている。
「若、城は落ちましてござりまする・・・。」
と、朱天の前に老兵の武士が膝をついて涙を呑んでいる。
朱天は若い武将であり、かつてはその小さな領地を治める心やさしい君主であった。彼は領民の言うこともよく聞いたし、年若いなりに干拓事業なども起こしていた。また政略結婚であったが、人質として迎えた姫の奥方がいた。しかしその束の間の楽園の国も、他国の侵略で今滅びたのだった。そしてその姫も燃え盛る城の中で自害しているらしかった。老兵が言った。
「菊姫様も、若の消息があやういと知り、敵方に辱めを受けるのならいっそと、自害なされました。」
「なにっ。姫も死んだのか?」
「左様でございます。しかし人質であった姫ですから、内通していたことがばれると、ご実家の前にも・・・・。」
「言うな!皆私のために死んだのだ!この私のために・・・、おのれ菅領め、決して許さんぞ・・・・・!我が領地をよくも踏みにじり・・・・!」
朱天の涙を含んだまなじりが吊り上がった。手にした刀をはっしと握りなおすと、老兵が止めるのも聞かずに、彼は馬に乗ったまま駆け出した。その口は苦悶に耐えるようにきつく食いしばられ、鎧の口の端からは血が滲みだしていた。
「許さんぞ!決して許さん・・・・!」
朱天の駆ける馬は城の城門にどっと近づくと、敵兵を次々と手当たり次第に斬り殺していった。その馬のたてがみに火の粉がつき、やがてそれらは青白い人魂の炎になって朱天とその馬を呑み込んだ。しかし朱天はそのまま斬り進んでいく。死体を蹴立てて進む馬のひずめから、青白い炎がぱっと散って跡を引いた。朱天は呻きながら言った。
「許さん・・・・・!許さん・・・・・!許さん・・・・・!」
まさに蒼白い鬼さながらの形相の朱天がそこにいた。
遼が見たのは、まさにこの心の朱天であった。暗闇の彼方から、いつもより巨大化した朱天は、青白い炎をまとわりつかせながら馬に乗って現れた。先ほど妖邪門を五人皆で通過したはずなのだが、その後気が付くと、遼はただ一人になっていた。皆とまたはぐれてしまったらしかった。そこへ朱天は現れたのだ。
「これが阿羅醐城か!」
朱天の剣による打撃をかろうじてかわして遼は叫んだ。しかしその声は暗闇に消えていった。
「皆どこにいるんだ!伸!秀!征士!当麻!皆生きているのか!」
仲間の消息はわからなかった。ただ遼の前には獰猛になった朱天のみが存在していた。
と、その時彼方から遼目がけて矢が飛んできた。しかしそれは天空の翔破弓によるものではなく、城の何重もの隠し窓から射かけた攻撃の、妖邪兵によるものだった。遼の目の前に幻想の巨大な城の空間が出現していた。遼はそれらが以前写真で見た姫路城のものとよく似ていると思ったが、規模はそれよりももっと大きかった。いわば誰かが戦国の城を模倣し、拡大化したようなものであった。しかもそれらは細部がちぐはぐな形で、遼の前に出現していた。まるでおとぎの城だと遼は思った。
遼をつけ狙った鉄砲穴は狭間(さな)と言って、戦国期に建てられた城の城壁によくある仕掛けである。遼はしかしそれらの矢や鉄砲の攻撃を烈火剣で防ぎながら前へと進んだ。やがてコの字型に前方の道は曲がっているところに出た。遼は進もうとしたが、とっさに立ち止まった。向こうには兵がひしめいているのではないかと思い、遼は大きく上に飛び上がった。鎧の機能で飛行も少しはできる。
「やはりか。」
遼の思ったとおり、曲がり角の向こうには妖邪兵の集団が槍を持って待ち構えていた。そのまま進めば槍に串刺しにされていただろう。烈火の鎧が守ってくれているとはいえ、過信は禁物であった。遼は暗闇の中を飛びながらつぶやいた。
「皆はどうしたんだろう。城への入り口は、もっと他にもあるはずだ。あの新宿にあった門は一番外側の外堀の門だろう。城内への内門があるはずだ。どこだ。」
遼は飛び続けてやがて暗がりの先に、小さな門があるのを見つけた。朱天がそういえばまた姿を消していた。やつがどこかに潜んでいるはずだ。遼はそう思い、小さな(しきみ)戸から中に入った。

天空海闊

天空海闊

90年に発行したサムライトルーパー同人誌の未完小説のリライト作品です。はじめからリライトします。元の同人誌は紛失したので、私の記憶で書きだすことになります。元はBL要素のある当麻遼でしたが、今回その要素は減らした作品になると思います。テレビシリーズのあらすじに、プラスアルファで戦国時代の過去世が入ったものとなる予定です。小説版の公式のものでは、過去世は古代と平安時代でしたので、それとは違う作品になります。

  • 小説
  • 中編
  • 青春
  • アクション
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-28

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 序 天正十八年四月
  2. 四百年後、新宿
  3. 光咲く秋
  4. 巻き水鳴る遠く
  5. おお雪やま 埋もれしふゆう
  6. 空の流れ
  7. 雲外蒼天