カムイの儚2️⃣

カムイの儚2️⃣


ー交尾ー

 一九四四年の盛夏。北国のある街の暮色。
 由緒ある神社に繋がる広い公園の一隅の死角で、二人は犬のおぞましくて長い交尾に、釘打ちされている。
 休みなく激しく腰を振るオス。飼い主に注視されながらの淫行に、戸惑う視線を四方に泳がせるメス。獣達は性器と性器の連結を隠そうともしない。
 二匹とも露悪に擬人化された風情で、自然の画布に描かれた生々しい春画だ。射精を急くのかメスに悦楽を与え様としているのか、オスの動きはいかにも人間的に過ぎる。犯されているメスにしても恥辱と法悦の表情を混在させる。ヒトの女そのものだ。
 そもそもこれは生殖のための原理的な営みなのか、あるいは未だ暑さが退かない夕間暮れの、その瞬間だけの獣の劣情が赴くままの交接なのか。

 青いワンピースの女が、両手で股を押さえ眸をこらしてしゃがみ込んでいる。いかにも上気した女は熱い吐息を飲み込み、自身の膣の滑りを感触しながら忘我を漂う。
 背後に佇む、迫り来る薄墨の様な男は貪婪に隆起しているのである。
 貪婪な沈黙が二人のたぎってしまった情念を陰湿に包む。獣達の淫行は息が詰まるほどに長いのだ。

 つい先程、朽ち始めたベンチに座る男の前を、二十歳初めの尻が果実の香りを残して闊歩して行った。気弱な視線などは狼狽する程の犯罪的な肉感だ。
 すると、大型の黒い犬が駆け走ってきて、女が引く小柄な白い犬に追いすがって、白犬の尻を嗅ぎ始めた。白犬は後ろ足で立ち前足でもがく。女が、引き離そうと強く綱を引く。引きずられながら白犬が拒否する。
 女はあまりの抵抗に辟易したのか、やがて、男の眼前からやや離れて立ち止まった。莫大にずっしりとした肉の塊が薄いワンピースを突き破り、男の視線を撫で回し始める。犬の動きと自らの感情に合わせて、女が屈んだりしゃがんだりするのだ。犬に何かを説得しているらしい。
 女の尻が独自の生き物の様に振幅し躍動し鼓動していた。完璧に熟している。尻自身が確かな意思で淫靡を表現しているとしか、男には思えない。割れ目の稜線すら明らかなのだ。その奥に秘匿するものをあられもなく誇らしげに語っている。端正に丸くてむっちりと肉が締まっている。色は桃色に違いない。
 そして、女陰の肉は締まり膣が収縮しているに相違ない。男は幻影に狼狽し目眩を覚える。
男はもはや性交の妄想の渦中だ。
 眼前の女は、昔に公園で出会ったあの女に瓜二つなのだ。
 黒犬が白犬に飛び掛かった。しゃがんでいた女が驚いて尻をつき綱を離した。二匹は猛烈な勢いで駆け去った。
 女が犬の後を追う。咄嗟に男も続いた。
 そして、バラ園の裏の茂みの死角の陰で、交尾を目撃したのである。

 
-依頼-

結合を眺めながら、女の脳裡は幻覚を見ていたのだ。
 万華鏡の煌めきに包まれて、満開の蓮華の花畑で男と激しく性交している。それを自身の肉体から抜け出た瞳だけの自分が見ているのだ。
 犬の様に四つん這いになり、深々と男根を飲み込んだ下半身だけの女だ。
 何処からか自分の囁きが木霊してくる。「あの男を殺して?」「誰だ?」「男よ。戦場から生きて帰った忌々しい男」「解った。つまらないほど簡単な事だ。それにお前の膣の構造は充分にその価値がある。類い希な名器だ」。
 万華鏡の光の中で、女の両の太股が、やはり下半身だけの男の腰を挟んで絡む。二人の性器の結合が大写しになる。陰茎が射精する。すると、女は精液の海で泳いでいるただ一個の卵子なのだ。泳ぎ回る無数の精子の群れの中から、巨大な一匹が飛びつきたちどころに卵子を被った。女は余りの歓喜で悶絶した。
 そして、情景が変わる。今度は全く別な、やはり若い男と自分が逆さになって互いの股間を吸い合い、女が尻を向けて男に股がる。女が猛る陰茎をつまみ濡れた陰道に導く。尻がずっしりと陰茎を撫で回す。重量で丸く締まって桃色だ。「想像していた通りだ」と男の声がする。「あの男を殺して?」尻が淫らに振幅する。「あの男を殺して?」膣が収縮する。繋がってる。
 足首を掴んで身体を倒す。「あの男を殺して?」それに応える声が次第に近づいてくる。

 大木に身を任せた女が犬の交尾を眺めながら、忘我の有様なのである。背後から近づいた男が女を抱き締めた。振り向いた女が男の容貌を確かめた。先程のベンチに座っていた、驚くほどに大柄な三〇半ばの、異人の風貌をした男だ。女は抵抗しない。

 やがて、二匹がついに忽然と離れて黒犬が走り去った。
 白犬は飼い主の女には近寄らずに、大木の根方に佇んでいる。女はしゃがみこんだきり忘我して動かない。男が女の犬を繋いだ。
 男が女を抱き抱えて、欅の大木の裏に女を引いた。一陣の湿った風が吹いた。女は抗わない。男が抱き寄せると、応える女が腕の中に崩れた。
 厚い唇を離して重たい乳房を揉むと、女は繁殖期の鳥の様に艶かしく囀ずった。耳元で囁く術も知っている。ワンピースをまくりあげて、下着に手をかけ指を滑り込ませた。秘密の肉は濡れていた。女が、頼みがあると囁いた。
 太股を擦り付けて男の髪を両の指で梳きながら、交換条件がある、ある男を殺してくれと、女が言うのだった。
 男は咄嗟に承諾した。何れにしてもこの瞬間を貪る限りに貪って、獰猛に滾ってしまった情欲を放出しよう、いざとなればあの時と同じくすれば良いだけの事なのだ。
 詳しい話は交接しながらしよう、と男が言うと女が同意した。
 二人は全く異なる近未来を思い描きながら性交した。女が両手で大木を支えに腰を折り、背を湾曲させ尻を突きだす。剥き出した秘密に男が猛る秘密を挿入する。まといつく肉壁で男の感覚を充分に堪能すると、抜き出した自分の蜜汁で濡れた隆起を丹念にしゃぶった。そして、這い回った舌を収めると、「犬になりたい」と、濡れた唇を舐めてせがんだ。
 四つん這いになった女は、頭を地に付け足を大きく開き、腰をうねらせ尻を突き上げる。そこで秘密の獣が再び待っていた。

 女の家は村で一軒だけの商店だ。女の父親が事故死して、母親が退役した父の弟と再婚した。女が一三の時だ。一五の時にその義父に凌辱されたのだ。母親は見て見ぬふりをしていたと言う。

 二日後の盆休みに帰省した女の手引きで、真夜中に忍び込んだ男は、泥酔して寝込んでいる両親をいとも容易く窒息死させてしまった。  裏庭にドラム缶を運び込み遺体を煮た。溶けて骨から離れた肉を犬や鶏に喰わせた。骨は微細に砕き山脈の深奥に撒いた。
 失踪として駐在に届けた。ありきたりの取り調べは受けたが、失踪として処理された。女は、何事もなく店を継いだのである。

(続く)

カムイの儚2️⃣

カムイの儚2️⃣

  • 小説
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  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-28

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