カムイの儚1️⃣
カムイの儚 1️⃣
-巴都ハツ-
北の国の南端の、県境の流麗な里山と穏やかな大河に囲まれた小さな村。
一九五三年の初夏である。草也と典子、巴都は中学三年だ。
その日は学校行事の里山の下草刈りだった。蒸し暑い昼下りだ。作業から抜け出た巴都が小さな祠の裏で小水を済ませて表にまわると、草也が煙草を吸っていた。巴都の息が止まった。 二人の目が合った。見られたと確信し巴都は凍り付いた。同時に、その血が一瞬で沸騰して顔が真っ赤になる。混乱する思考を遮断した少女の激情が、「見たでしょ」と、真裸の言葉で詰問を投げた。 戸惑う草也は否定する。しかし、巴都は草也の答えも自分の問いも、二人で置かれたこの状況すら納得できない。みんな幻であって欲しいと願った。嘘だ、嘘だと全てを拒否しながら、巴都はなおも混乱の渦に翻弄され泣き出した。草也は茫然と何もできない。
巴都は草也が好きだった。でも、叶わない初恋だと思い込んでいた。煩悶しながら秘めていた情念がこんな形で露になるとは思いもしなかった。恥ずかしかった。悔しくて情けなかった。この恥辱を消し去るにはどうしたら良いのか。巴都は泣きながら反問し続けた。
暫くして巴都がしゃくりあげながら、「あなたのも見せて」と言った。
草也は巴都を見つめた。巴都もまなじりを上げて見返す。抗議と懇願が交錯した精一杯の眼差しだ。
草也は言う通りにした。股間を見せたのだ。 一陣の湿った風が木立を揺らして吹き抜けた。巴都が草也に抱きつき、「ごめんなさい」と、再び泣きながら繰り返す。二人はキスをした。遠くでホイッスルが鳴った。
三日後の日曜に、二間の小さな巴都の家を草也は約束通りに訪ねた。巴都は閉めきった家に青いワンピースで一人でいた。 巴都の母親は農協の事務員だ。父は戦死している。兄二人はヤクザ者で、上は服役中である。
巴都は話し終えると、「嫌いにならないで」と哀願するのであった。
草也は巴都を抱いた。閉めきった小さな家は暑かった。二人は裸になり性交しようとした。すると、少女にに陰毛がない。 二人とも初めてなのだ。兄のだと言いながら巴都が避妊具を数個出した。
「大好きなの」「あの時に助けてくれたでしょ?」「みんなに虐められていた、あの時よ」草也が思い出した。ある時に、巴都の体臭をからかっていた級友達を一喝して止めさせたのだった。
巴都がすすり泣き始めた。「あんなに優しい言葉は初めてだったのよ」「とっても嬉しかった」「思い出しては何編も泣いたの」「いくらでも涙が溢れて」「病院で診てもらったの」「病気なの」「腋臭なの」「私。本当に臭くないのかしら?」
「風呂に入ろうよ。そして、確かめてほしいの」草也が、「石鹸の臭いがする」と、言うと、「さっき、風呂に入ったばかりなの。丹念に洗ったわ」「今、確かめてやる」「今でいいの?」「そうだ」「いいわ。嗅いでみて?」少女が腕をあげた。脇毛がない。「いい臭いがする」「本当に?」「嘘じゃない。舐めたい」「舐めるの?いいわ」
女が太股を広げた。「ここも確かめて欲しい」「驚いた?」「剃ってるの」「病院で言われたから」
-丸子タマコ-
数日後の連休の異様に蒸し暑い昼下がり。
何度か来たことがある薬局で声をかけると、奥から白衣の女が現れた。久しぶりに見る店主は相変わらず妖艶な大人の女だ。草也がうつ向いたまま黙って棚のコンドームを指差して金を差し出すと、女が声をあげて笑った。
「美味しいコーヒーがあるのよ」と、返事も確かめずに、入り口の引き戸に鍵をかけて白いカーテンを引くと、「すっかり暇なんだもの」戸惑う草也の手を湿ったふくよかな肉が引いた。
店の奥は、狭い一間で桃の香りがした。小さな台所と二階に上る階段がついていた。
丸いちゃぶ台に一輪の芥子が咲いている。
草也を座らせて、「私の名前知ってる?」と、濡れた目で見つめた。草也が答えると、「そうよ」「丸子。タマコよ」「可笑しな名前でしょ?」
女は草也が生まれた頃、草也の父達とサークル活動をしていたと言い、「あなたの事は何もかもすっかり知ってるわ」「おしめだって替えたんだもの」と、胸を揺らして笑った。
「これだけは贅沢なのよ」と、サイフォンでコーヒーを入れ始めた女が、ふとした調子に、ちゃぶ台の下の雑誌に目がいった。ついさっきまで見ていた写真が数十枚挟んである。その一枚の半分ほどがはみ出ていた。余程慌ていたのだ。男に未だ気付いた風はないが女は少し悔いた。
はみ出ているのは、牡丹の大輪の派手な布団の上で、三人が性交しているカラーの写真だ。男と二人の女。真裸だ。足を大開きにして股がった豊満な女に男が挿入して、別な女と口を吸いあい舌を絡めている。破れたパンティの膣には数珠が嵌まっている。
丸子は今しがたまで写真や雑誌を眺めながら自慰に耽っていたのだ。白衣の下には何も着けていない。男は女王蜂の淫靡な巣窟に迷い込んでしまったのである。
-コーヒー-
「トップクラスの成績だって聞いたわ」「小さい頃から利発だったもの」「きっと、立派な人になるわ」と、丸子は余程嬉しいのか、口調が滑らかだ。
出来上がったコーヒーを差し出した女の手が草也の眼前でいかにも不自然に揺れた。「あらぁ」「ごめんね」草也のジーパンの股間に、中身を吐き出したカップが転がった。「大変だわ」「いっぱいかかったでしょう?」「早く立って」「脱いで」矢継ぎ早に指示をして、女は忽ちのうちに草也のズボンを脱がせてしまう。
「熱かったでしょ?」「ごめんなさいね」「下穿きもグショグショだわ。下まで染み通ってるわ」矢継ぎ早に女の言葉が飛ぶ。「それも脱いで」女はちゃぶ台にあったタオルで、草也の股間を拭き始めた。
「ほんとにご免ね」「しっかり拭かないと」「ここって一番大切なとこだもの」「熱かったでしょ?」「敏感なところだもの」
「火傷しなかったかしら?」さも思い付いた様に、「ちゃんと見せてちょうだい?」と、いくらか命令の調子で促し、拒む間もなく手を伸ばした。草也の身体が躊躇するが、「何にも恥ずかしくないわよ」「私は薬剤師なのよ」「仕事なんだもの」少年の躊躇いを押し退けて女が恥部を凝視する。草也は驚愕と恥辱で萎えている。
「やっぱり赤くなってるわ」と、いきなり、女が草也の陰茎を舐め始めた。腰を引いた草也に、「緊急の治療よ」「唾は一番の特効薬なのよ」と一喝して、今度はくわえでしまった。丹念に柔らかくしゃぶる。原始的な動物と接している生暖かい感覚が草也を未知の世界に誘う。それは鈍く、そして鋭敏に草也の極めて健康な若い神経を刺激して翻弄する。その衝撃にも慣れて、細胞が革命的な進化を遂げるかと思われた、その時、「あら」「素っ裸なんだものね?」「私ったら慌てちゃって。ごめんなさい」「ちょっと待ってて」と、女が豊かな尻を揺らして二階に駆けあがった。
独り言を道連れに浴衣を捜す女が、「確か。ここに入れてた筈だけど」「あった」「あら。この写真?こんなとこにあったのね」「皇族の中年の女と若い軍人なのね。二人とも立って。正面を見て。片足を持ち上げた女に入れてる」「これを見ながらあの人としたんだわ」「懐かしい、旅の男」「そういえばあの人もあの児と同じ名前だったわ。何ていう偶然かしら」「あら。こんなに濡れて」「厭だわ。パンティ穿かなきゃ」女は浮き立っているのだ。
女が戻ってきて、「あなた。これを着て」「私の浴衣よ」「ズボンも下穿きも、上着も洗って干すわ。この天気だものすぐに乾くわよ」
「詳しく診察しないと」と言いながら、座布団を並べて、「ここに横になって」と、決まり事の様に促す。草也が仰臥すると、女が男の浴衣の裾を巻くって、再び股間を露にした。
「やっぱり火傷したんだわ」フグリの裏まで調べて、「ここは大丈夫みたいね」と、舌で触診する。男の反応を確かめながら下腹部を丹念に舐めるのである。「ここも温湿布してあげるわ」と、亀頭をくわえて舌で転がした。「今度はゆっくりね」「いっぱいしてあげるわ」
草也は口でされるのは初めてだったのだ。身体の反応で判るのか、「初めてなの?」と丸子が囁く。「避妊具を使う人はしてくれないの?」草也は無言だ。「いい気持ちでしょ?」「いっぱいして欲しい?」答える代わりに、草也が女の乳房に手を伸ばした。女が白衣のボタンを外して、草也の指に豊かな乳房を遊ばせる。
「ちゃぶ台の下の写真を見て」と、女が言った。草也は最前から気付いていた。手を伸ばして雑誌を手繰り寄せた。数十枚の写真が挟んである。
「口でしてるのあるでしょ?」女が指示する。「ある」「どんなの?教えて」草也が描写を始めた。「女がくわえて。隣にもう一人」「二人としてるの?」「そう」
「他のは?」「射精してる」「どこに?」「口。顔にも」「女は気持ち良さそうでしょ?」「他には?」「逆さになって、互いのを舐めあってるのも」「同じ事をやりたい?」草也は答えない。
「他のは?」「男一人に二人の女」「どんな風にしてるの?」「男のを二人で舐めてる」「そんな事をやってみたい?」草也は答えない
「どう?舐めたくなった?」「舐めたい」「私のを舐めたいの?」
丸子が逆さになって草也の顔を跨いだ。下着をつけていない。桃の香りが草也をくるんだ。「舐めたいんでしょ?」「舐めてもいいのよ。初めてなの?」
-謎の男-
草也はあの場面を思い起こしていた。敗戦の前年だ。小学六年の、やはり夏休みの異常に蒸し暑い昼下がりだった。祖母の言いつけで頭痛薬を買いに薬局に来た。
店に人はいなかったが、草也は奥から嬌声が漏れるのを聞いた。そっと戸を引くと隙間からあえぎ声がする。
真裸の豊満な女が仰向けになり、両の膝を立てて大胆に両足を開いていた。白い裸体が汗にまみれて光っている。下にやはり裸の男がいるのだ。大柄な男だが股間と足しか見えない。仰向けの男に仰向けの女が乗っているのだ。黒々と茂る陰毛の秘穴に下から隆起が差し込まれているのだ。それを女の手が妖しく撫でている。女の臍まで延びた漆黒の繁茂のの脇に大きな黒子が三つあった。間もなくして結合が解かれた。
「父は死んだの。一三の時だわ。父の弟が婿に入って。一五の時に犯されたの」「二人とも殺してくれたら……」
少年はその会話の半分も聞き取れていなかった。だから、この二人が実に陰惨な事件に関わっていた事など知る由もないのだった。いったい、この巨漢は誰だったのか。
(続く)
カムイの儚1️⃣