女の姿態 総集編
女の姿態 総集編
-性愛-
これは寓話である。私小説でもある。いったい、錯綜した幻覚の趣もある。留まるべきではない醜悪な記憶かも知れない。または、眠りの深淵の主人公達の夢なのか。あるいは作為に満ちた戯れ言の可能性もある。欺瞞を拡散した錯誤とも言える。性愛などは所詮そうしたものなのである。
ある国で、幻想そのものの金銭の欲望が極限にまで膨張した泡沫が、瞬時に消失した。かっての七〇年に渡る半島、大陸侵略や超大国との無謀な戦争と同じく、さしたる検証や総括もなしに、その後の停滞する状況を、「失われた一〇年」と言って恥じない。あの国特有の主語をもたない混沌とした修辞だが、それを意識的に行うところが狡猾を極めている。
その時期にこの短編の主人公、すなわち当時はあの国の反逆者だった男と、今でもその国の国民だろう女は偶然の契機で邂逅した。
そして二人は、まさしく妖しく際どい関係を創造しようと試み、寓話の獣の如くに彷徨し、やがて漂泊の果てに自らその関係を崩壊させた。
それはあの国の今に至る低迷と重なる、沈降する性愛の季節だった。二人はその時期に生涯分以上ほどに身体を重ねた。陰茎の機能や膣の構造が変化するほどにだ。
しかし、その性行為そのものは殆ど記憶にすらない。朧な残像は一%に満たない。この逸聞は、未だに男の脳裡に沈澱する刺激的な映像の特徴的なものだ。
男は性愛に何を求めたのか。女はどうか。そもそも性愛とは何か。
何れの心象を性愛や情愛と区別して呼ぶのか。
エロスとアガペーは渾然と息づくものではないのか。何れにしても、性愛に留まる性愛など無意味で無価値に違いないと、砂漠の放浪者に似た風貌で、男は、今では国境の彼方のあの国の、風の渡る茫茫たる貧相に向けて、微かに預言するのである。
―風呂―
あの時、二人の関係も深秋の寂寞のあの頃、「あの優しい人はもう来ないの」と、女が聞いた。
八年前に再会した当初に、男は女の媚態を幾度か丹念に洗った。それを言うのだ。「あの男はとうに行き方知れずだ」と、男は無造作に答えた。咄嗟に瞳をひきつらせた女はどう受け止めたのだろうか。あるいはこの時、女は別離の決意を深く刻んだのかも知れない。
初めて女を抱いた時も男は入浴を口実にした。一〇年を経て再会した時も繰り返した。何れも男が唖然とするほど安直に女は応じた。何故だったのか、未だに男にはわからない。
二人が情愛を確信して結束したとは到底思えない。確かに、男には女に対する性愛が克明に存在した。だから、男のいわゆる一目惚れだったのか、女はなぜ応えたのか、未だに整合的な答えもない。二人の出来事は糸遊の嘘を纏って霞むばかりだ。
家庭も仕事も非業な悶着で煩悶していた男は、決して美顔ではないが、時おり菩薩と錯誤する様な女の笑顔に救われた思いが、確かにした。
男がドライブに誘うと破顔して同意した。夜の湖では、とりとめのない話しに終始した。帰りの車で、恋歌の様な湖で何もしなかった男を皮肉を込めた声色で誠実だと言う。
本当は抱きたいと応える男に、そんな事は裏を返してから言うのだと、男が耳では初めて聞く野卑な言葉を吐いた。驚いたが、女の品性を判断するには未だ二人の会話はあまりにも短すぎたし、その刹那に男に劣情が湧いた。その夜はそのまま別れた。
何度目かの交合の時、女は陰惨な現状を白状した。
短い結婚が破綻し幼子と実家に戻り、働き始めて間もなく、慰安旅行で飲めない酒の果てに、経営者に強姦同然に犯されたと言うのである。金銭の供与を提示され暫く堪えたが、履行もされず心底を見限り、短い爛れた関係を拒絶して退職した。だが、社長は同意せずに、陰惨な別れ話の渦中にいたのだ。
男が、女を自由に自律させ、すなわち二人の関係を持続させ、同時に自身の存在を刻印する邪悪な目的で、陰毛を剃りたいと言うと、女はいとも容易く同意し、浴室のタイルの床に横たわり太股を開き、石鹸を自ら泡立てた。
決意を固めたかったのか、暴走する性行なのか、その時は男は解らなった。ただ初めて知る性愛の淫靡に震えた。
数日を経て恥骨を密接すると、生えたての陰毛で痛いと言う。二度としなかった。
二人は様々な姿態の情交で新しい状況を探り確定しようとした。
そして、一〇日程して、すぐ戻ると確言を残して、しかし、血の気の失せた男を喫茶店に待たせ、蒼ざめた女は未払い賃金を受領しに会社に向かった。そして、三時間待っても、男の予感通り女は戻ってこなかった。
一週間後に電話があり、復職したと震える声で、もはや濃霧の彼方の女が言う。男と女の出会いと良く似た、一度目の猥雑な破綻だった。
一〇年後に、この国が泡沫の様に瓦解している最中に、情況に規定され翻弄されて、がむしゃらに生きてきた二人は、離婚した男の意思で再会した。
、そうしてニ度目の、そして永別を迎えるまでの一五年、熟成した暦年齢のはずの二人は、ただならぬ性愛の海を幼い魂の様に無惨に漂流したのだ。
-交錯の錯誤-
あの時、再会した女は男の性癖を呑み込んだのか、フィラチオが大好きだと言う。
しかし、出会って間もなく男の股間にうずくまり陰茎を含みながら、視線を合わせて、あまりした事がないと、稚拙な技巧でまんざら嘘でもない風情で言った。男が、女自身の性癖を劇的に変幻させた特別な存在だとでも言いたかったのか。いったいこの女の言葉はことごとく一貫しない。殆ど分裂の症状を呈している、と言うより女というのは押し並べてそうした品性なのか。
この女が無意識で行為している言葉の上塗り、ワープロで上書きをする様な特質は、すなわち、同時にあの国の文化とも言える風潮は、あの国の際立った特性だろう。それは渡来人が次々と襲来して創られたあの国の成り立ちに由来しているのではないか。
弁証法で考える男はこうしたその国の風潮や女の対極にいた。対極同士が性愛で交錯しているのだ。
女は記念日が好きだ。男は苦痛を覚えるほど苦手だ。バレンタインデーをする女はホワイトデーをしない男を許せなかったに違いない。
男の誕生日に、フィラチオと答えた男に、チューブに入ったチョコレートですると言い、実際にした。特別な快感はない。女の姿態からも、むしろ陳腐な可笑しみしか覚えない。
女はクリニングスが好きだとも言う。陰核への長い口淫をせがむ。男は苦手だ。流れ出てくる粘液が苦痛だ。そもそも異物が訳もなく口に入る事は許せない。自身で嗜好し求めながら、フィラチオをする女の口の感覚を理解できない。
女上位を逆にして互いの性器を口で求めあう。合理的な姿態だが数えるほどしか試さなかった。
女が射精を口に許した事があり、試みたがついに出来ない。その瞬間の風景を男はやはり嫌悪した。精液の臭いも好きではない。ある場所の開花した栗林はその臭いで満ちている。男は息をつめてアクセルを踏む。精液の実体で精子が蠢いている不気味が嫌だ。
あの時、たまたま見た深夜番組の露骨なセックスシーンに女の劣情が異様に同調し、そもそも男が原理的に好きな、女の半ば崩れた豊潤な身体が激しく感応した。淫液を尻まで繰り広げて洋物は大きすぎると言う。
男はモザイクのないビデオを通販で入手した。歓喜した女は暫く虜だった。
あの時、男が荒筋を脚色した卑猥な話を性交をしながら二人でした。女は共同執筆者として有能だった。
-尻-
あの時、ある神社の祠で白い蛇を見た。縁起がいいと女が、異様に昂った面持ちで言う。帰りの車で運転席の男根に手を伸ばし息を弾ませる。男の言うがままにフィラチオをする。
途中の森で上気した女が情交を求めた。膣に続いて、慣熟した尻を割って初めて見る肛門に挿入した。痛みはない、異質な妙趣だと女は言う。求めに応じ容赦なく深奥に射精した。
身仕舞いをする女は、した事があるのかというさりげなさを装った男の問いを曖昧にはぐらかした。していると男は確信した。そしてそれはどんな情景だったのだろうと茫然と思った。
迷信や占いを信じて嘘をつく、そんな性向が女にはあり、しばしば露に発散させた。
再会したばかりの頃、占いもするある著名な祈祷の老女を折に触れ訪ねるのだと言い、男との因縁もその老女の予言だと言う。暫くして、以前に別れたあの経営者との金銭のもつれで弁護士を介し骨肉の争いをし、その弁護士とも噂があった事を知った。
随分後になり堕胎を二度している事も偶然に知った。
満面の笑みで桜に同化した事もあった女は、地獄の現世を修羅の様に生きてもいたのだろうか。
この女だけの過去なのか、多かれ少なかれあの国の女というものはその様にして佇んでいるものなのか、男には解らない。
-足の指-
あの時、二人で歴年の性交の数の計算をした。俗に言う生涯分を越えている。女の瞳が回顧する。
とりわけ印象的なものを挙げさせると、足の指だと言う。
今では津波で崩壊したであろうある港町のホテルで、二人は三陸の短い旅の一夜を過ごした。
シャワーから出て短い髪を乾かしながら、外に出てする食事の話をし始めた全裸を男が襲った。誘いのキスの延長で、男の劣情にすぐさま感染した四六歳の女の発情が、バスタオルを敷いてホテルの床に無作為に転がる。
男が女の足の指を初めて口に含んだ。指の各々を独立させてしゃぶる。もはや秘匿の意思を放棄した女の裸が、情欲のほとばしる嬌声にまみれて、電気で弾かれた様にのた打つ。
二本の横線を刻む脂肪を孕み怠惰に膨らんだ腹も、痙攣して乱れる乳房も、開いた豊かな太股の付け根の女陰の森も、あからさまに男の眼前に放置している。こうして裸体を曝し男の視線を得る事を、情欲の源泉にしている様にすら見える。
男の呼称を連呼し、絶頂に至る喜悦の過程を、短く切れ切れに描写して、絶え絶えに喘ぐ。情火が化身し炎上した膣に融合の成就を確信して男が射精した。
-小説-
あの時、女は聞こえよがしな熱い息を吐き、完熟した桃の香華をあられもなく放散させて、豊艶な身体をよじった。
男がパソコンに書いた性愛小説を読み進めるうちに紊乱に破調したのだ。
隣で反応を観察していた男は、何が起きたか理解できなかった。尿意かと思い尋ねると、興奮して口が乾くと言う。
男が確かめてやると促すと、女は躊躇の片鱗も見せずに、饒舌な真裸になり、前戯は既に終わったという風情でベットに横たわる。
文字に弄ばれて膨張した乳房に乳首を立て、猥褻に数本の筋を刻む脂肪の腹で息をする。この肉体そのものが読後の証拠品だ。
晩夏の遠距離恋愛の地から到着したばかりで、脱ぎ捨てられた衣服に混じった紫のパンティにも、証明の染みが生々しく刻印されている。
微塵も精神性を具備していない筈の肉の構造に指を入れると、あたかも女の意思の様な粘液が溢れ尻に垂れる。自白に違いなく、しとどに濡らしている。
初めて体験する光景だ。こうした性行はこの女に特異なものなのか、女一般の性そのものなのか、男には認識できない。
いずれにしても、男は筆力に望外の自信を得て、あの国の不埒な情況も相俟ったからこそ発症したであろう、極めて私小説的な女に対する爛れた肉欲を、立ち所に抹殺するほどの倫理的で清冽な納得を体感した。ただ、堕落の対象である女からこうした確信を与えられるのは絶対の皮肉と言う他はないと、虚しく舌打ちもした。そして、この女は自分が初めて書いた性愛小説の主人公に似ていると茫洋と思った。
―花火―
あの時、ベランダで性交を、隣町の打ち上げ花火を見ながらしようと、男が言う。
盛夏の闇の情欲を思い浮かべ女はあからさまに頷く。劣情の淫行を外気に漏洩させる刺激の想像が、女の中枢神経を沸騰させる。
入浴しながらやがて襲来するであろう淫行を妄想する女は、鬱蒼と繁茂した陰部を泡立てながら、性器に化身させた指で外陰唇をなぞり、軽い陶酔を覚えた。膣にも入れるなどして一抹の愉悦に溺れた途端に色情が発火したから、ためらわずにタイルの床にひんやりと仰向き、無自覚に漏れる息を圧し殺し本格的に自慰に耽溺した。女の性感を繊細に知っているのは自身の指だ、鈍感な男根などさしたる価値はない、男の意に任せた情交などは煩わしい時すらしばしばあると、女は波動の悦楽の切れ切れに自答する。それは誰も知らない女の信憑だ。
湯上がりで湿った、爛熟して羞恥からはとうに解き放たれ四十半ばの奔放な裸体を、淫靡な趣向の為に、着古した、いかにも不似合いな派手な花柄の浴衣で女は包んだ。
-落書き-
あの時、馴染んだ正常位の惰性で安逸に交わりながら、ふと思い付いて隆起を抜いた。怪訝気に笑む女に股がり、女の淫液で濡れ膨脹したままの肉塊を、熟れた桃の香りの狭隘な谷間に鎮座させた。阿吽で女が受容し、新たな欲情で血流の増した乳房を両の手で押し寄せて、気焔な亀頭から目を逸らさずに挟み込む。そうして熱い乳房で揉みあげる。初めての肉の触診が陰茎に快感を走らせる。乳房もそうなのか、まっ白い歯を溢していっそう女が喘ぐ。
やがてフィラチオをせがみ、遂には男根を顔の付属の風情で頬擦りをした。
訳もなくある事を聞くと女は見たと言う。男が紙とペンを枕元に用意した。腹這いになり強欲な臀部で息をする女に覆い被さり、挿入しながら耳元で指図する。
女が口でなぞる、男が思いもしなかった女性用トイレの醜悪な落書きの記憶を、そのまま絵に描かせるのだ。女の恥辱は微かにためらいながらも、大胆に女陰を描き男根を挿入させ、陰毛を加える。描きながら、男の囁きや男根の動きに反応して、女はしばしば嬌声やため息を漏らして悶え、暫くペンを休め愉悦に囚われて尻を陰翳に揺らす。
さらに、男に督促され、おぞましい赤裸裸な言葉を描き写す。やがて余白一杯に猥雑で汚濁にまみれた言葉が立ち現れた。二人の性愛が孕んだ一枚の戯れ描きが、猥褻にうごめく。
-放置-
あの時、連れだった出先で、女の我執の言動との些細な葛藤で陰鬱な男は、あることを思いついた。帰りの車で平静を装い女と性交を約した。
家に戻って男が黙ってウィスキーを飲んでいる間に、歯磨きを済ませた女は疲れたと言い置き二階の寝室に上がる。
暫くして男が後を追うと寝室は厚手のカーテンが引かれ、夜だ。既に真裸でうつ伏せの女は痛ましい程寂寞とした佇まいだが、やはり潤沢なのだ。男はその矛盾に軽い目眩を感じながら女を抱き寄せた。男の平生ではない容態を感じながらも、自我に執着するあまり原因にさえ思い至らない女は、見知らぬ旅人に名前を告げる様でおずおず身体を開く。
前戯もなしに猛猛しく挿入すると、意外にも膣は熱く潤っている。二人は鬱鬱とした情念を性器に仮託して、暫く互いの肉を執拗に摩擦する。男の意固地が氷解したと思うのか、或いは意思のない肉欲が反射するのか、女は微かに嬌声を漏らし、いつもの艶めく性戯の航路に回帰しようとし始める。
すると、男がかねて企図したある提案を囁いた。疑念の詮索を忘れて蜜にまみれた女はたわいなく同意する。
二人の極が写る角度をテレビの画像で確かめ、ビデオカメラの録画スイッチを男が押した。二人は横臥の姿態で性交しながら、進行のありのままを写し出すテレビを見つめる。女が変化し大きく喘ぎ、みるみるうちに淫蜜が氾濫し尻までを湿らす。
その最中に女は縛られる遊戯を提案した。ふしだらな痴態で両の手足を縛り上げると、女は歓喜の嬌声を憚らない。
二人きりの共同謀議でパンティを破りバイブを突き入れ、目隠しをする。
階下に降りウィスキーを飲み一五分ほど放置した。
再生して二人で見ると女はテレビの中で悶絶していた。
男の煩悶はいつもの様に、いつの間にか性愛の闇に沈殿した。女も連続して享受した法悦で自らに不可解な過去などすっかり棄却してしまった。
―防風林―
あの時、無様に割れたガラスの破片の様な、女の無作法な呟きの一言が不意に男を切りつけ、男の神経に反作用して逆上させた。そして、その瞬間にただならぬ性欲が反応した。男根が逆鱗する。男自身が驚いたが触ると激しい勃起を確認出来たのだ。ほくそ笑んだ。男にとっては極めて希有な事だ。狂暴な援軍だ。
今すぐにこの女を辱しめて甚だしい記憶を刻印しようと決意した。女という性を犯そうと初めて思った。
防風林につながる海岸に人気は全くない。潮騒の晩秋の午後だけだ。
男は無言で長いコートで背後から女を包み、乳房を両手で押し潰し、男根を押し付ける。スカートをたくしあげる。
女は咄嗟に追憶から立ち返り、「ここで?」と、問いはしたが直ぐに自ら下着を下ろす。無言で挿入しながら男は女の言葉を反芻している。
「この海岸は嫁いだ四国の小さな町の風景に似ている。寂しい町だった」
この女は無造作なのか自然なのか、そもそも二人の間には性愛しか存在しないのか、或いは能天気な甘えなのか。
男が許せないと怒る根拠が別にもあった。ある場所でここが初めてキスした所だと言った。ある場所では、あのホテルに来たことがあると指差して遠くを見た。
女が濡れると男は復讐の勝利感に満足しながら、女の圧し殺したうめきを踏みにじり、膣の奥深くに思いっきり射精した。
戻って車を走らせてもしばらく二人は無言だった。男はこの女とは別れてもいいと思った。女もそうだっろうと思う。
-小水-
あの時、「小水をかけたい」と男が言うと、女は全身を泡立てながら、股間を洗っている手を止めて振り向いて、「して見せて。かけて」と、さほど驚きもせず、むしろ二人には初めての痴呆の様な遊戯を出迎える、津津とした笑顔で、「いっぱいでるの?」と応じた。
「石鹸を洗い流してやる」と続けると、破顔し、「かけて」と、淫靡とは程遠い声をたてて笑う。乳房だと指示すると、男に向き直り対座した。男が乳房をめがけて放出すると、女は一瞬嬌声を発し、低い呻き声をあげながら、両手で受け止め、乳房や二段に割れた下腹に塗りたくる。目は男根から逸らさない。
「私もしたくなった」と、男の正面で股を開き、女陰を曝して小水をした。
男は何気なく思い付いただけで、そんな事は初めてだった。女の経験を問うことはしなかった。実際にしてみるとさしたる快感もない。ただの排尿だ。おそらく女の趣味でもなかったのだろう。それ以来していない。
-マゾ-
あの時、晩夏の女の休日の昼。花の好きな女が言い出し、季節の苗を買って戻った二人は、男の家の庭で、何事もなく長く連れ添った中年の清浄な夫婦の風情で、植え付けをしている。自然に任せて小さな森に繁った庭が呼び寄せる風に晒され、白樫の小陰で作業の手を休めた男はウィスキーを含んだ。楚楚と手を動かす女のジーンズの、男が執着する爛熟した尻を、蜂の鳴動と重ねて眺めていた男が、情火の思い付きを告白した。
うなじに健勝な汗を浮かせた女は、些かの屈託もなく嬉々として瞳を煌めかせて破顔した。そして、まるでこのままピクニックにでも行く様に同意して、乱れ咲くバラのアーチの下で舌を絡めた。
二人は、夕べ一〇日ぶりに会い、夜半まで互いの蓄積した貪欲な肉を餓鬼の様に飽くなく貪った。女が休日の今朝から昼までも、はち切れんばかりに充足したその実存を互いに捕縛している。
情欲の陰部を鬱蒼と盛り上げた青いパンティだけの裸で、芳醇に熟成した乳房を露にむき出しの柱を背にすると、女の性情の一切は男に隷従する。変化した女にはもう笑みはない、どころか朦朧と眉間にシワを刻み、神経を震わせて享楽の襲来を劣情の姿態で待つのである。
普段は女はむしろ攻撃的だ。少なくとも防御に徹している。出勤の服に着替えて、職場は戦場、女の戦闘服よと、精気をほとばらして言うのが口癖だ。
しかし、情交の時は打って変わって密やかに無警戒になる。隷従する奴婢の有態に激変する。無造作に、と言う以上にふしだらに紊乱に変容した身体を開くのである。貢ぎ物にでもなったかの様に、性器そのものと化した裸体を惜し気もなく放り出す。どんな露悪な欲求にも、自身もそれを渇望している様で応える。それは男が対象で、男によって変容したからなのか、元よりの女の性状でそうした遍歴を辿って来たのか、男は皆目認識できずにいる。
そして、ふとしたある契機で、男が迷路の果ての女の秘奥の扉を開けると、そこには被虐を好んで貪欲に食み、快楽の源泉にたちどころに変換する淫慾な獣が棲みついていた。女は正真正銘のマゾヒストだと、男は自らの疑念に解を与えた。
男の性は被虐でも加虐でもなかった。精神を融合する解放を求めていた。異常な遊戯は極めて稀にしかしない。確かに億劫なのだ。だから、女の被虐を引き出そうとする時は、男の精神も軽い倒錯に陥っているに違いない。しかし、その行為そのもので愉悦を得る事は全くない。
この日、女の性癖のまたひとつを探り当てた男は、厳正な調書を作る卑猥な官吏の様に尋問する。
本当に縛られたいのか、何故か、どの様に縛られたいのか、軟らかくかきつくか。
女が息を乱して自供すると、女の生理はみるみるうちに革命されパンティに染みが浮く。その懺悔そのものが女の快楽なのだ。
やがて、縛られると憚らずに痴情の声で漂流する。我慢できないと情念を絞り出す。自ら望んでハンカチを噛む。自我を忘失して色情の終末の様にあらん限りに悶え続ける。
男は性以外にも、この女の極端な二面性にしばしば遭遇した。守銭奴の危険な臭いも嗅いだが、未だ言い出せない。時おりのいさかいの原因はそこにあるのではないか。その根元は自己中心主義ではないか、男はほぼその解を確信している。
男は女の資質の半ばには満足していたが、自己中心が垣間見える性向が耐えられなかった。だから、性愛から倫理への昇華を目指したいと切に思った。利自愛の原罪を女に自覚させるのは無謀な希求かもしれない。そして、男は性愛の俘虜でもある。その為に、理知の弾丸を発射する機会を窺いながら、無為に身体を重ねるのであった。
-電話-
あの時、遠距離の毎朝の電話で、女が時間が空いたからゆっくり出勤すると言った。
とりとめのない会話に続けて、ためらいながらも、夕べ男の夢をみて想像を絶する様な性交をしたと言うのだ。暫く夢の話をしているうちに、男が書いた性愛小説を聞きたいと声を掠れさせた。男がパソコンを開けて読み始めて暫くすると、女の息が乱れてきた。 質すと自慰をしていると、事も無げに自白した。女は矢継ぎ早な男の問いに答える。
素裸になり、ベットに仰向けで指を入れている。股は大きく開き膣は驚くほど濡れている、と言う。ソーセージはあるかと聞くと、暫くしてサラミを入れていると答えた。
すぐに、女は電話の彼方で男を呼びながら完熟して落ちた。
性愛というのは厄介なものだ。こんな錯乱した行為ですら、強靭な絆の発露だと誤算してしまう時があるのだ。
-エプロン-
あの時、失われた一〇年だと意味のない陳腐な意味付けがされた怠惰な状況のただ中の僅かな一時、男は性愛小説を書こうと、ふと考えた。秘本の一品の「家畜人ヤフー」が下敷きにある。性愛から見る倫理がテーマだ。新たにその種の本を買い求め描写の傾向を研究した。
盛夏のある日、半月ぶりの女にある懇請をした。
男のある種の特異な肉感を堪能させる身体を持った女の、四十半ばの熟柿の様な裸体に、ブラジャーとパンティの上に形ばかりの淡紅色のエプロンをまとわせた。女はウィスキーの氷を揺らす男の眼前に立ち、こわばった笑みで披露した。
男は、「本当に書くのか」と戸惑う女を説き伏せて下着を剥がさせた。
性向に合わないのか、気分が乗らなかったのか、さして肉欲の刺激の渦中にあるとも見えない女をキッチンに立たせる。女は遊戯に馴染めないのか、あるいは男の脚色に信憑性を付与するのか、シンクに残った食器を洗い始めた。
後背から独特の昂揚神経が集中する乳首を探り当て、男の指が柔らかく蹂躙する。
間をあけずに卑猥な饗宴の病に伝染し、嬌声の主となった女はシンクの縁に手をかけ、剥き出しの、もはや放埒な猛禽に変貌した尻を突きだして、男根の横暴を求めた。
-企み-
女の休日明けの五月のかぐわしい清浄な朝。広いクローゼットだ。紫のパンティだけで、慌ただしく着替えをする女の豊潤な乳房が無政府に揺れている。
隣の寝室には、開け放った窓から、男が相続した後には自然に任せ、野鳥が運んだ樹々も混在して、小さな森になった庭の青葉を優しく愛撫した、生まれたての南風が入っている。
ふと視界に入った女の痴態が、咄嗟にある情交を男に思いつかせた。
それにしても、この女に対する性愛は尋常ではないと、男は嘆息する。
四九歳の男は労働組合の専従役員で、同い年の女は地方の中規模のチェーン小売店の役員だ。経営が混乱した一時期は社長だった事もある。
二人の来し方の違いが二人の価値観と倫理観の相違を形成していた。男の思想の根幹は類で女のそれは個だった。しばしばの確執の根源はそこにあり、とうてい交わる事はないのではないかとさえ、男は思う時がある。しかし、その片やで、少なくとも男は女に対する性愛は確信している。
だから、二人の性愛は男にとっては戦争だったのだ。この闘いに勝利し、同じ戦場に立つ同士として女と歩む事が男の切望だった。そして、今朝のこの瞬間が絶好の機会だと動物的に思った。
-扉-
あの時、女の両の白いしなやかな指が自らの湿った外陰唇を引き、ありありと広げ様とする。鬱蒼とした陰毛の森の裾野に広がる、葡萄色の熟した肉の本質を誇る両開きの秘密の扉だ。豊かに厚く盛り上がりすでに鬱勃と火照っている。
男の指示に真実ためらいながらも、堅固な拒絶を偽装し曖昧な問答を巧みに操作して、終には隷属する奴婢をしたたかに装いながら、放埒な太股をおずおずと開き、女はある獲物を眈眈と手に入れ様としている。
外陰唇がむくれ上がり内陰唇も暴露するばかりか、深奥の深紅の肉を全て曝して、扉が開き切った。
男がポラロイドカメラのシャッターを切るとけたたましく器械音が喘ぐ。
人差し指を入れた。熱い淫液がまといつく。さらに指示されるままに中指を参入させる。閉じようとする外陰唇が絡み付く。指を性器と対話させる様に緩慢に出し入れする。潤沢に湧き出る淫液を陰毛に擦りつける。
そして、いつの間にか男の視線はとうに忘れ、もはや、女の意識は単純で淫靡な自らの行為にのみ隔絶されている。
スタンドの白熱灯に、絶対に隠蔽すべき陰湿で醜悪な自慰の痴態をまざまざと露見させ、その妖しい解放がもたらす被虐の言い知れぬ痙攣する快感が、鬱勃と、まるで発情した肉食獣の襲撃の様に、次第に毛細神経まで陶酔させ麻痺させるのである。
貴方のよと、女が虚空をさまよいながら唇を舐め、晩秋のブルースの一節の様な掠れた声音であてどもなく答える。そして、いつかも誰かが同じ愚かな答えを求めたと、女の意識が朧に反芻している。或いは、男たち全てだったかも知れない。そんな愚劣な男だけとしか交わらなかったのか、それとも男総体がそもそも愚鈍なのか。
私の身体の一掴みの肉塊など私自身のものに決まっているのではないか。性器には排尿器官も同居している。それも貴方のものだと言うのか。
そもそもヒトのDNEと殆ど違わないチンパンジーは、短い発情期に群れの全ての雄と交わる。性器は単なる生殖器であり、受胎を確実にする為の群れの共有物ではないのか。ヒトに進化する過程でその特性が失われたと、誰が証明したのか。誰もいないから、ユダヤもキリストもイスラムも女の性を秘匿し男の所有物にしたのだ。藤原貴族の通い婚などはチンパンジーの性交に立脚しているではないか。
ヒトの雌は一年中排卵して、いつでも性交する。雄も始終、射精する。そして、性交を遊戯にしてしまった。そんな猥褻な動物に倫理を求めるのはいかほど虚しい事だろう。女はそれほど自由な生き物なのだ。男との確認などすべからく意味のないものなのである。
うつつにあっても、女は男の期待と全く正反対な解を固持している。
女の性交に臨んでいる脳とその自身を凝視する脳は猥雑に同居しているのだ。だから、行為の瞬間瞬間で、女の知性は謀殺され、暴かれた痴呆な肉欲が無防備に何もかもをさらけ出している様にも見える。
愚かな男は、女の明瞭な答えを真実に違いないと鵜呑みにし、その証左が自分の指示に従順に従う、毒婦の様なあられもない痴態なのだと、満足しているのである。そして、女が望む二〇〇万をさっそく用立ててやろうと決めた。
-犬-
あの時、横臥した背後から挿入され尻まで濡らしてさんざん悶える女の姿態は、女の真実を現していたのか。
この世界は幻想で構築されているが、女の今この瞬間の愉悦は確かに事実なのだろう。だが、それが女の真実なのかは全く別の概念だ。女の真実は性交を含む根幹的な欲望の幾つかや、それを規制する倫理の幾つかで構成されている。
そして、男の求めに応じて女の性交の技能や性癖が変わったのも紛れもない事実だ。回を重ねる度に肌が馴染み、終には膣すら男の陰茎にあわせて内部の形状を変化させた。
それとも、それらは元来女自身が備えていたもので、男の呆けた勘違いなのか。或いは、男による変化だったとしても、女がいかほど自覚していたことか。仮に自覚したとしても、その事にいかほどの意味を与えるのか。
ある時、二人の性交の回数を数える戯れ言から、お互いどれ程の相手といかほどの性交をしたのか、という話題に及び、女はそれには答えず、過去など微々たるもの、そんな回数など、とうに越えたと男根を握りしめる所作を作ったものである。
格段に感応しやすくなった身体は、喘ぎながら吐く表現もさまざまに習得し、恥ずかしげもなくあからさまに吐露する。この時にも卑猥な嬌声を囀ずり続けたが、射精を待たずに痙攣し絶頂を極めながら、暫くして落ち着くと、「犬になって射精されたい」と、女が男根を弄びながらおずおずと媚びた。
男が意地悪く問い質すと、自分は盛りのついた雌犬なのだと喘ぐのである。やりたくて仕方ない、フィロモンを発散し続けて、性器を膨らませて、濡らして、半開きにして等と、終いには息を荒し、手慣れた肉体派女優の演技と見間違うほどに、眉間に深くシワを刻み、情念を淫らにほとばしらせて切れ切れに喘ぐのである。
前戯の詰問からようやく解放された女が、待望の四つん這いに、男の前では初めてなる。こんな性戯をどの様にして習得したのかと、男は思う。
男がたち膝で挿入する。原始のヒトの雄はこうして雌を征服し受胎させたのだろう。女も雌と化し、満月の月明かりの豊潤な尻をゆらゆらとくゆらして、熾烈に反応する。しかし、女は決して受胎しないだろう身体だ。ただ快楽に耽溺しているのだ。ぶってと、女が声を潜めてせがむ。女は再び深奥の特異な秘密を暴露したのだ。そうした性癖を持たない男が尻を叩くと、自白の解放感なのか、喜悦の悲鳴なのか、狂ったように悶絶する。そして叩き方の強弱を指示するのだった。
-闇-
クローゼットを覗きこむ男の俊敏な視線に気づいた女の瞳がほころび、選びとった青が基調のスカートを手にしながら、顎をあげて目で質し微かに吐く息で問う。二人の思惑が前戯を引き寄せる様に絡み合う。
今日は家にいる自由業の男がドアを閉めながら、慌ただしい出勤前の遊戯を強い、電気を消そうとする。
息の破れた男が、むき出しで描写する獰猛な誘惑が、女を一気に突き動かした。
二日間も惚けて交わり続け、今朝の起きがけにも法悦を得たばかりの、爛れた膣の深奥に潜んで未だくすぶる女の淫獣をけたたましく揺り動かす。
瞬時の計算が破顔した女に一五分ならと答えさせる。そして、女はその時間を惜しむのか、すぐさま紅い舌が、まざまざと性器に変容した唇を舐め、張りつめた乳房をいとも容易く揉みしだき、女陰の豊かな盛り上がりを撫で回す。
確証を示す一連の仕草で同意に積極性の証拠を男に与える。
男が豊満な女をすばやく抱き寄せ柔らかく口を吸い、不埒な同化の儀式にたちまち信憑性を刻印した。女は余りの陶然に男の舌を艶めかしく探る。
その瞬間にクローゼットが完全な闇の密室になった。初めての秘密が女を密閉した。裸体に冷気の薄衣がまとう。途端に樟脳の香りが鼻を射る。嗅覚と聴覚が瞬間に鋭敏になる。
男の言う通り、初めての異常な設定だ。初夏の朝の清涼な空気が汚濁の桃源に一変した。秘戯の舞台と化した淫靡が沈澱した空間だ。
女はこの闇の真実がいかほど自分の隠れた性癖に合一しているかを覚醒し、この闇に同化して、闇そのものになって倒錯する淫欲を貪ろうとした。
互いに離婚を経て出会った二人は、たぐいまれに調和する性愛に溺れた。五年間の遠距離の身悶える会瀬の果てに、男の住まう地に女は転勤し、女の休日の事実婚に二人は辿り着いたのである。
女がポールを支えに背を向ける。もはや、女の身体を散散に知り尽くした男が、その貪欲な破調の品性を見越して女の、もはや痙攣せんがばかりの淫逸な尻を叩く。
男が探り当てた通り、女のおぞましい紊乱な性癖がふしだらにいっそう崩壊する。虜囚の辱しめに歓喜し、女は更に強い刺激を、嬌声とうめきの谷間で絶え絶えに請求しながら、一時間ぐらいなら遅刻できると、小さな店舗の男勝りの責任者の女の脳裏は、細々な雑務をふるい落として、マゾの被虐の愉悦と耽溺の計算をする。
叩かれる度に、弱い電気を帯びた不可思議な愉悦だけが、むき出しの女の神経のすみずみまで駆け巡る。鳥肌がたつ。乳首が膨らみ開きかけの蕾の様にその瞬間だけを謳歌しようとはだける。瞬く間に艶かしい女陰だけの生き物に変幻しようとしているのか、或いは、とうに原始の雌の発情に急激にたち戻ってしまったのか、女にさえ今さら朦朧としてわからない。
初めての淫靡な契りに向かって男は次にどう誘うのか、女のもはや真裸の淫乱な期待が唾を飲んだ。その唾が熱い。
そして、男が考え抜いたこの上なく猥褻な囁きと冷たい手で導く。熱く隆起した海綿体が、血を駆け巡らして赤裸々に脈打ち、世界の根幹だと存在を誇示する。狂ったこの国のいまこの時は、自我だけに執着する互いの肉の契りだけが、たとえ幻想であろうと、砂を噛む様な茫漠の束の間であろうと、二人には求めざるを得ない確信だと咆哮する。
被虐の悦楽ですっかり変化した女は、憑依した巫女の様に従順に同意して隷属の息を尖らす。奴婢の熟れたイチゴの香りのその息が男の耳に絡み付き、新しい思いつきの短い穢れた性愛の言葉を吐息で創る。
促され、女はその慣れていとおしい、もはや女の膣の形状をまで形作ってしまった肉塊を、計り知れない世紀末の狂った自身の肉欲に挿入しながら、解放された魂の様を装って股がった。女はこの体位は早々に切り上げ、出勤時間を伸ばした事を告げてベットに戻り犬の痴態で悶絶しようと考えていた。
性愛が深まれば深まる程、精神の孤独が孤立していくのだ。それは摂理だ。二人は茫洋とだがとうに気付いている。だが昇華する術を未だ知らない。
-夢遊-
金銭感覚を指摘すると、長い遠距離の交合の後の短い同居を事も無げに解消して、女は家を出た。女の関心は既に新しい利益を求めて、全く異質な世界を漂っていたのだった。
しかし、その後も二人の曖昧な関係は断片的に続いた。そして、2年後に男は頸椎の手術をし不能になった。性愛の饗宴は終演を迎えようとしていたのである。
あの時、最後の局面で女が性具を持ってきた。陰茎に装着するものだ。友達から買ったと言う。
悲痛な体調と二人の離反が確定的な時期だったから、性具の意味が男には皆目理解できない。男の性愛を刺激した女の裸体も、既に崩落した肉の塊でしかない。まして、小さなブティックを経営する、やはり四〇を幾分越えたその女は年下にも関わらず女をリードしている雰囲気だ。
その女は離婚を相談した仲人と不倫したという、嘔吐を催す様な行状の持ち主だから、女に絶交を示唆した経緯があった。しかし、女と別れてから知ったのだが、ねずみ講や詐欺商法に、二人を含む女達のグループは、金銭欲に目を眩ませて亡者の様に群れていたのだ。
男は女の秘された金銭欲と背景の全容を知らなかった。知る術もなかった。
あの時、男は呼び寄せられる様に女と白蛇を見たあの山寺にいた。
長椅子に夢に遊ぶ様に安逸に居眠りをする老爺がいる。目覚めて暫く話すと男を自宅に誘う。一晩話した。 老爺は仏陀の普遍を求めてある宗派から離脱した信念の僧だった。男は越し方のありのままを全て開示した。
翌日の朝、異形の僧は男の得度を許した。
三ヶ月後に、突然だったが安らかな最期だったと、老爺の夫人からひっそりと知らせがあった。まるで夢幻に似た出来事だった。
あの時、大正の盛夏に、五四で大病を患い縁者が失せた、貧乏物書きの宗教研究家にして社会主義者の男の午睡を、前触れもなく訪ねる二人の女があった。
茫茫として迎え入れると、五〇半ばの江戸小紋で涼やかに壱子と笑み、五〇がらみの竜胆色のワンピースで闊達に丹子と破顔して名乗った。
男の廃仏毀釈に関する些か危うい一文を地方紙で読み肝銘したと感謝し、詳しく教えを乞いたいとも言う。
装いも面もちも違うが、二人ともあからさまに爛熟した肢体だ。
壱子は柿、丹子は桃の、極みまで熟した風合いで、歯をたてれば薄皮の隠微な汁がたちどころにもしたたる淫蕩な風情だ。異父の姉妹だと言う。
釈迦の普遍性を求めた異形の僧の父が宗教団体を創り興隆させたが、突発の変死で関係者の軋轢が激しく、教団が存亡の難局だと嘆息する。
その再建の助力を男に、こもごもあるべきもない艶な媚態で懇願するのだった。
男はいささか困惑した。学識上も眼前の流麗な当事者達にも食指は動く。しかし、現下のはかばかしくない健康の躊躇が無念に否定する。
男の病状を慈愛の眼差しで聞き届けると、二人は快癒させよう、診察しようと各々が急き込む。丹子は看護婦だとも笑む。
男の意思を待たずに姉妹がにわかに立ち上がる。
姉妹は足踏みの微塵もみせず、微風にそよぐ陽炎の様に衣服をなよやかに払い落とした。巨匠の描きたての油絵から抜け出た芳醇な裸体が艶やかに光る。寂寞たる侘び住まいに万華の大輪が開いた。
壱子の滑らかなマッサージを受けながら、丹子の問診に答える。
いつとは知れず、横たわる男の、姉が口を吸い、妹がやはり濃厚な唇で下半身を懇ろに独占する。
勃起などあれほど諦念していたのに、身体そのものが逸物に変化して脈動の雄叫びが再生した。その衝撃を壱子に挿入した。かつて記憶にない絶妙な法悦だ。次は丹子だと思い、目を向けると女の破顔が崩れ光に溶解した。
もしや、この異変は夢ではないかと、もうひとつの意識を取り戻した男は疑念した。そして、愉楽のただ中で、この夢よ頑なに覚めるなと願ったのである。
あの時、夢をみた。
突然に現れたそれは存在しているというよりも、存在感があると述懐するのが正確だ。
それは光そのものだった。しかし、確かに何物かが構造されている。そして同質の光に包まれている。光の中に光で作られた物質があるのだ。光なのに即物的な確かな量感があるのだ。
そして、視線の様に、明晰なある感覚を放射している。その放射そのものが例えようもない未知の快楽なのだ。
そして、その漠然とした光の構造は、乳房も膣もなく女体である筈もないのに、しかし、紛れもなく女だと、訳もなく男は直感した。女神だと思い、菩薩か如来かと反問した。
光は無機物なのだから情愛があるはずもない。だから、光で構造されているその女に情欲があるとは思えない。しかし、その光は情愛とも情欲とも名状しがたい熱量を放射している。
女が揺らぎ笑む。その笑みが夢の全体に広がり男を包みこむ。
男の懇願に女の笑みがふくよかに同意した。
男は挿入した。膣とおぼしき空間の窪みが迎え絡み付く。神秘の官能に男の総身が包み込まれる。
女は光が踊る様に様々な姿態を繰り広げる。だが微塵も淫靡ではない。だが、愉楽と悦楽は例えようもないのである。
それは性なのか精神なのか。精神そのものが性交しているのではないか。
男は生身のあの女との時間を思った。
女との色情のみに終始した快楽には精神がなかった。思えば、肉への執着などは無意味で全く無価値なものだったのである。
男は、この光の夢の記憶を携えてさえいれば生きていけるのだと、安堵したのだった。
あの時、そして、原発が爆発した。男は発狂するかと思うほど怒った。
精神のバランスを保つ為に、男は異民の論理を構築して異民になった。そして、あの国から分離独立した共和国を創設したのであった。
振り向かない女、置き去りにする女、夢見る夢子、欲しがる女、食う女、二股の女、金をせびり出さない女。 騙す女、嘘をつく女、何ももしない女、出来ない女、眠りすぎる女、甲高い声の女、鮫肌の女、笑わない、笑いすぎる女、虫歯を放置する女、悪酔いする女、尻軽女、汚い女陰、本を読まない女、投票しない女、育児放棄、虐待、浮気、サラ金、パチンコ、麻薬の女、失踪する女。そして、同質の総量のあの国の男達。
男が関与した、あるいは伝えられるあの国の国民という形態の本質は自己愛だ。利自愛だ。自己中心主義に相違ない。
その淫らに狂ったあの国と決別できたのは、男にとっては原発爆発の唯一の恩恵だ。
-終末-
男の性愛は昇華する事なく、女の利自愛と金銭欲に見事に敗戦したのだった。
例えば、女の性癖に恒常的に応え、女の欲情を余すことなく充足させていたら、女を必ず俘虜に出来ただろうか。そして、説諭して情愛への昇華が確認出来ただろうか。
毎日丹念に女を洗い、足の指や陰核をしゃぶり犬の姿態で情交したら、女は男の意思を受容する僕に変身しただろうか。そして、強欲な利自愛を放棄しただろうか。これこそ陳腐な幻想だ。
女は快楽に耽溺し、さらに刺激的的な未知の享楽の性戯を求めたに違いない。業とはそれほど罪深いものだ。
因業に根差した異常な金銭欲は重篤な精神の病だ。治癒するには人生観を変える程の劇薬がいる。
釈迦は、我が子を育てる滋養の為に他人の赤子を奪って食う鬼子母神を改心させる為に、彼女の赤子をさらい殺害を示唆して懺悔を迫った、という法話がある。ましてや、法悦などは陶酔をもたらす麻薬の様なもので、劇薬とは対極の概念なのだ。しかし、麻薬はじわじわとその存在すら蝕む。自戒できない女もその命運に従い、破滅の奈落への道を辿らざるを得ないのか。
永別の最後に、女は男の最初で最後の指摘に答え自らを守銭奴であると認めた。これはある意味では救いだろう。男と別れても、覚醒する日が、もしかしたらあるかも知れない。
しかし、暫く後に、男が全く想像だにしなかった女の行状がほぼ明らかになった。それは紛れもなく男をも詐欺の対象とした犯罪だった。女の業は男の世界とは決して交わらないただならぬ地平に放浪していたのだ。
だからこのエピソードは、あの国に蔓延する自己中心主義者、すなわち強欲な犯罪者の心理分析でもある。
しかし、一人の女の一部分の構造を分解したところで、あの国の女一般に通じるものかは、男には未だにわからない。
だが、自己愛や利自主義が深刻に罪深いのは、古代から普遍的に断定的に確かだ。
まるで実在する人物をスケッチした様なこんな私小説は書くべきではなかった。極めて後味が悪い。消去したいぐらいだ。
私小説のスタイルか、登場人物か、実在したモデルの人格か、テーマのない致命的欠陥か。
何れにしても不快なのである。
これは、原発の爆発で放射能攻撃を受けてあの国から分離独立し、縄文の魂を国是として、利自愛を亡国の危険な思想として禁じ、もちろん歴史的に何らの関わりを持たず加虐の象徴の天皇制を採らない、この新生共和国の市民の筆者の偽らざる心象だ。
物語の最後に、登場した二人が別れて一〇年になると、男の友人である筆者は設定した。
私達は、あの原発のあの爆発以来、被爆地のある精神病院の一室で、狂人を装い未だに同居している。
あの国からあまりに無惨な洗礼を受けた私達は、話し合って次第に融合し、今では、私が彼なのか、彼が私なのか、瞭然としない程だ。
そして、私達が構築する思想は、あの国の加虐に反撃し壊滅する総量を持つから、服薬などしなくとも、私達は正気を保てるのだ。
その男に託された遺言を書き置こう。
未だにかの国にあって、もはや異国の民となり、今や老後のとば口で終末の原野の未知に佇む、習作の憐れむべき主人公の女に類の幸あれ。
-終-
女の姿態 総集編