女の姿態3️⃣

女の姿態3️⃣


-企み-

 女の休日明けの五月のかぐわしい清浄な朝。広いクローゼットだ。紫のパンティだけで、慌ただしく着替えをする女の豊潤な乳房が無政府に揺れている。
 隣の寝室には、開け放った窓から、男が相続した後には自然に任せ、野鳥が運んだ樹々も混在して、小さな森になった庭の青葉を優しく愛撫した、生まれたての南風が入っている。
 ふと視界に入った女の痴態が、咄嗟にある情交を男に思いつかせた。
 それにしても、この女に対する性愛は尋常ではないと、男は嘆息する。
 四九歳の男は労働組合の専従役員で、同い年の女は地方の中規模のチェーン小売店の役員だ。経営が混乱した一時期は社長だった事もある。
 二人の来し方の違いが二人の価値観と倫理観の相違を形成していた。男の思想の根幹は類で女のそれは個だった。しばしばの確執の根源はそこにあり、とうてい交わる事はないのではないかとさえ、男は思う時がある。しかし、その片やで、少なくとも男は女に対する性愛は確信している。
 だから、二人の性愛は男にとっては戦争だったのだ。この闘いに勝利し、同じ戦場に立つ同士として女と歩む事が男の切望だった。そして、今朝のこの瞬間が絶好の機会だと動物的に思った。


-扉-

 あの時、女の両の白いしなやかな指が自らの湿った外陰唇を引き、ありありと広げ様とする。鬱蒼とした陰毛の森の裾野に広がる、葡萄色の熟した肉の本質を誇る両開きの秘密の扉だ。豊かに厚く盛り上がりすでに鬱勃と火照っている。
 男の指示に真実ためらいながらも、堅固な拒絶を偽装し曖昧な問答を巧みに操作して、終には隷属する奴婢をしたたかに装いながら、放埒な太股をおずおずと開き、女はある獲物を眈眈と手に入れ様としている。
 外陰唇がむくれ上がり内陰唇も暴露するばかりか、深奥の深紅の肉を全て曝して、扉が開き切った。
 男がポラロイドカメラのシャッターを切るとけたたましく器械音が喘ぐ。
 人差し指を入れた。熱い淫液がまといつく。さらに指示されるままに中指を参入させる。閉じようとする外陰唇が絡み付く。指を性器と対話させる様に緩慢に出し入れする。潤沢に湧き出る淫液を陰毛に擦りつける。
 そして、いつの間にか男の視線はとうに忘れ、もはや、女の意識は単純で淫靡な自らの行為にのみ隔絶されている。
 スタンドの白熱灯に、絶対に隠蔽すべき陰湿で醜悪な自慰の痴態をまざまざと露見させ、その妖しい解放がもたらす被虐の言い知れぬ痙攣する快感が、鬱勃と、まるで発情した肉食獣の襲撃の様に、次第に毛細神経まで陶酔させ麻痺させるのである。
 貴方のよと、女が虚空をさまよいながら唇を舐め、晩秋のブルースの一節の様な掠れた声音であてどもなく答える。そして、いつかも誰かが同じ愚かな答えを求めたと、女の意識が朧に反芻している。或いは、男たち全てだったかも知れない。そんな愚劣な男だけとしか交わらなかったのか、それとも男総体がそもそも愚鈍なのか。
 私の身体の一掴みの肉塊など私自身のものに決まっているのではないか。性器には排尿器官も同居している。それも貴方のものだと言うのか。
 そもそもヒトのDNEと殆ど違わないチンパンジーは、短い発情期に群れの全ての雄と交わる。性器は単なる生殖器であり、受胎を確実にする為の群れの共有物ではないのか。ヒトに進化する過程でその特性が失われたと、誰が証明したのか。誰もいないから、ユダヤもキリストもイスラムも女の性を秘匿し男の所有物にしたのだ。藤原貴族の通い婚などはチンパンジーの性交に立脚しているではないか。
 ヒトの雌は一年中排卵して、いつでも性交する。雄も始終、射精する。そして、性交を遊戯にしてしまった。そんな猥褻な動物に倫理を求めるのはいかほど虚しい事だろう。女はそれほど自由な生き物なのだ。男との確認などすべからく意味のないものなのである。
 うつつにあっても、女は男の期待と全く正反対な解を固持している。
 女の性交に臨んでいる脳とその自身を凝視する脳は猥雑に同居しているのだ。だから、行為の瞬間瞬間で、女の知性は謀殺され、暴かれた痴呆な肉欲が無防備に何もかもをさらけ出している様にも見える。
 愚かな男は、女の明瞭な答えを真実に違いないと鵜呑みにし、その証左が自分の指示に従順に従う、毒婦の様なあられもない痴態なのだと、満足しているのである。そして、女が望む二〇〇万をさっそく用立ててやろうと決めた。


-犬-

 あの時、横臥した背後から挿入され尻まで濡らしてさんざん悶える女の姿態は、女の真実を現していたのか。
 この世界は幻想で構築されているが、女の今この瞬間の愉悦は確かに事実なのだろう。だが、それが女の真実なのかは全く別の概念だ。女の真実は性交を含む根幹的な欲望の幾つかや、それを規制する倫理の幾つかで構成されている。
 そして、男の求めに応じて女の性交の技能や性癖が変わったのも紛れもない事実だ。回を重ねる度に肌が馴染み、終には膣すら男の陰茎にあわせて内部の形状を変化させた。
 それとも、それらは元来女自身が備えていたもので、男の呆けた勘違いなのか。或いは、男による変化だったとしても、女がいかほど自覚していたことか。仮に自覚したとしても、その事にいかほどの意味を与えるのか。
 ある時、二人の性交の回数を数える戯れ言から、お互いどれ程の相手といかほどの性交をしたのか、という話題に及び、女はそれには答えず、過去など微々たるもの、そんな回数など、とうに越えたと男根を握りしめる所作を作ったものである。
 格段に感応しやすくなった身体は、喘ぎながら吐く表現もさまざまに習得し、恥ずかしげもなくあからさまに吐露する。この時にも卑猥な嬌声を囀ずり続けたが、射精を待たずに痙攣し絶頂を極めながら、暫くして落ち着くと、「犬になって射精されたい」と、女が男根を弄びながらおずおずと媚びた。
 男が意地悪く問い質すと、自分は盛りのついた雌犬なのだと喘ぐのである。やりたくて仕方ない、フィロモンを発散し続けて、性器を膨らませて、濡らして、半開きにして等と、終いには息を荒し、手慣れた肉体派女優の演技と見間違うほどに、眉間に深くシワを刻み、情念を淫らにほとばしらせて切れ切れに喘ぐのである。

 前戯の詰問からようやく解放された女が、待望の四つん這いに、男の前では初めてなる。こんな性戯をどの様にして習得したのかと、男は思う。
 男がたち膝で挿入する。原始のヒトの雄はこうして雌を征服し受胎させたのだろう。女も雌と化し、満月の月明かりの豊潤な尻をゆらゆらとくゆらして、熾烈に反応する。しかし、女は決して受胎しないだろう身体だ。ただ快楽に耽溺しているのだ。ぶってと、女が声を潜めてせがむ。女は再び深奥の特異な秘密を暴露したのだ。そうした性癖を持たない男が尻を叩くと、自白の解放感なのか、喜悦の悲鳴なのか、狂ったように悶絶する。そして叩き方の強弱を指示するのだった。


-闇-

 クローゼットを覗きこむ男の俊敏な視線に気づいた女の瞳がほころび、選びとった青が基調のスカートを手にしながら、顎をあげて目で質し微かに吐く息で問う。二人の思惑が前戯を引き寄せる様に絡み合う。
 今日は家にいる自由業の男がドアを閉めながら、慌ただしい出勤前の遊戯を強い、電気を消そうとする。
息の破れた男が、むき出しで描写する獰猛な誘惑が、女を一気に突き動かした。
 二日間も惚けて交わり続け、今朝の起きがけにも法悦を得たばかりの、爛れた膣の深奥に潜んで未だくすぶる女の淫獣をけたたましく揺り動かす。
 瞬時の計算が破顔した女に一五分ならと答えさせる。そして、女はその時間を惜しむのか、すぐさま紅い舌が、まざまざと性器に変容した唇を舐め、張りつめた乳房をいとも容易く揉みしだき、女陰の豊かな盛り上がりを撫で回す。
確証を示す一連の仕草で同意に積極性の証拠を男に与える。
 男が豊満な女をすばやく抱き寄せ柔らかく口を吸い、不埒な同化の儀式にたちまち信憑性を刻印した。女は余りの陶然に男の舌を艶めかしく探る。

その瞬間にクローゼットが完全な闇の密室になった。初めての秘密が女を密閉した。裸体に冷気の薄衣がまとう。途端に樟脳の香りが鼻を射る。嗅覚と聴覚が瞬間に鋭敏になる。
 男の言う通り、初めての異常な設定だ。初夏の朝の清涼な空気が汚濁の桃源に一変した。秘戯の舞台と化した淫靡が沈澱した空間だ。
 女はこの闇の真実がいかほど自分の隠れた性癖に合一しているかを覚醒し、この闇に同化して、闇そのものになって倒錯する淫欲を貪ろうとした。

 互いに離婚を経て出会った二人は、たぐいまれに調和する性愛に溺れた。五年間の遠距離の身悶える会瀬の果てに、男の住まう地に女は転勤し、女の休日の事実婚に二人は辿り着いたのである。

 女がポールを支えに背を向ける。もはや、女の身体を散散に知り尽くした男が、その貪欲な破調の品性を見越して女の、もはや痙攣せんがばかりの淫逸な尻を叩く。
 男が探り当てた通り、女のおぞましい紊乱な性癖がふしだらにいっそう崩壊する。虜囚の辱しめに歓喜し、女は更に強い刺激を、嬌声とうめきの谷間で絶え絶えに請求しながら、一時間ぐらいなら遅刻できると、小さな店舗の男勝りの責任者の女の脳裏は、細々な雑務をふるい落として、マゾの被虐の愉悦と耽溺の計算をする。
 叩かれる度に、弱い電気を帯びた不可思議な愉悦だけが、むき出しの女の神経のすみずみまで駆け巡る。鳥肌がたつ。乳首が膨らみ開きかけの蕾の様にその瞬間だけを謳歌しようとはだける。瞬く間に艶かしい女陰だけの生き物に変幻しようとしているのか、或いは、とうに原始の雌の発情に急激にたち戻ってしまったのか、女にさえ今さら朦朧としてわからない。
 初めての淫靡な契りに向かって男は次にどう誘うのか、女のもはや真裸の淫乱な期待が唾を飲んだ。その唾が熱い。

 そして、男が考え抜いたこの上なく猥褻な囁きと冷たい手で導く。熱く隆起した海綿体が、血を駆け巡らして赤裸々に脈打ち、世界の根幹だと存在を誇示する。狂ったこの国のいまこの時は、自我だけに執着する互いの肉の契りだけが、たとえ幻想であろうと、砂を噛む様な茫漠の束の間であろうと、二人には求めざるを得ない確信だと咆哮する。
被虐の悦楽ですっかり変化した女は、憑依した巫女の様に従順に同意して隷属の息を尖らす。奴婢の熟れたイチゴの香りのその息が男の耳に絡み付き、新しい思いつきの短い穢れた性愛の言葉を吐息で創る。
促され、女はその慣れていとおしい、もはや女の膣の形状をまで形作ってしまった肉塊を、計り知れない世紀末の狂った自身の肉欲に挿入しながら、解放された魂の様を装って股がった。女はこの体位は早々に切り上げ、出勤時間を伸ばした事を告げてベットに戻り犬の痴態で悶絶しようと考えていた。

性愛が深まれば深まる程、精神の孤独が孤立していくのだ。それは摂理だ。二人は茫洋とだがとうに気付いている。だが昇華する術を未だ知らない。


  -終-

女の姿態3️⃣

女の姿態3️⃣

  • 小説
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  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-28

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