黒皮
茸長屋の滑稽小咄です。縦書きでお読みください。
茸取長屋に住まいしております、平助一家のお話でございます。
平助は居酒屋に雇われている料理人で、なかなか魚を捌くのがうまい。土地柄、海の魚が手に入ることはなかなかありませんが、川魚は豊富。鯉、山女、鮎、岩魚、泥鰌に鯰、それに、このあたりでは、蛙も食べます。平助の手にかかると、なかなかの味になる。庶民がいけないような料理屋に出してもおかしくないような品を作ります。それに、季節のもの、山菜、茸の料理もたいしたものです。主人の茂蔵自身も料理人として名を知られておりまして、鍋物など、ここでしか食べることのできないものを作ります。茂蔵の連れ合いのまつはこまごまと、店を切り盛りいたします。そのようなことで、平助はなかなかの給金をもらっております。
居酒屋の名前は瓢箪、小料理屋のような旨いものを安く食えるということで、大変繁盛しております。平助の料理で一杯という常連客もかなりおりました。暮れ六つの一刻前から店を開けまして、一刻後に閉めるという、かなり規則正しい営みを行なっておりました。茂蔵夫婦の生真面目さでございましょう。
平助のかみさんのみつは縫い物が上手く、袋物から着物まで何でも頼まれた物は作ってしまうという、しっかりした女性でございます。それに、六歳になる長男、実助はからだが丈夫で、親に面倒をかけるということはない、珍しい子どもでございます。もう何も望むこともないといえるほど平和な一家です。
この平助一家の楽しみは茸採りです。平助の仕事は昼からということで、秋になりますと、明け六つから家族三人して、茸山に茸採りに参ります。
「おい、おっかあ、明日は天気が良さそうだ、天神山にいかねえか」
「いいよ、明日は縫い仕事は休むよ」
と言った具合に、季節になりますと、朝は茸採りでございます。それは自分たちで食べるだけではなく、朝市に出して、副収入といたします。
平助たちの茸山である天神山は、茸取長屋を東に四半時ほど歩いたところから登ることができます。そこからやはり四半時ほどいくと、松が生えている林にいたります。
「ちゃん、今日は何が採れるんだ」
「うん、そうだな、滑子はかならず採れる」
「おいら、くろんぼとりたい」
「ひえ、お前、そんなもの知ってるのか」
みつがそれを聞いて、目をむきます。なにせ、くろんぼと言う茸は、黒皮といいまして、苦味があり、どちらかと言うと、通の男がちびちびやりながら喰うもの、実助のような子どもが好むものではありません。
「だってよう、お父(とう)が好きだろ、おらは苦くてやだけどな」
平助は笑って頷きます。なかなか親思いの子どもでございます。
「まあ、ええは、きっと旨い茸にであえるさ」
三人は天神山入口と書いた標(しめ)の道を登っていきます。
しばらくいきますと、林の中に倒れた木が見えます。
「ありゃあ、小(こ)楢(なら)だ、きっと、滑子がある」
平助が下草を踏んで林に入ります。倒れた木のところに行きますと、平助の言うとおり、大きく育った滑子が木の表面にびっしりとついております。
「ほら、みろ、すごいだろ」
みつと実助が、懸命に籠に採ります。採れた茸は瓢箪でも買い取ってくれます。
「滑子だけでいっぺえになっちまうな、もっと上に上がると、松の林がある、今日あたり、松茸が採れる」
「そいじゃ、いこう、松茸がいい」
みつは高く売れるもののほうに興味があるようです。
道なりに歩いていきますと、南に面した林の中に平助が入っていきます。
「こっちだ」
下草をかき分けてまいりますと、赤松が何本も生えているところに出ました。そのあたりは松の葉が落ちて、ふかふかの床を作っております。黄色っぽい茸の頭がでています。
「ちゃん、この黄色い茸食えるか」
「そりゃ、喰えねえな、腹下す」
実助が黄色い茸を踏み潰します。
「お前さんほら、松茸あるよ」
みつが一本の太い赤松の根元を指差します。かなりの大きさに育った松茸が出ています。
「回りを探してみろ、まだあるぞ」
平助の声で、実助も駆け寄って回りを見ます。確かに松茸が、輪を描くように並んで生えています。松茸は輪になって生えるものでございます。
「五本採れたで」
みつが嬉しそうに腰を上げました。平助はちょっと離れた赤松の根元で腰をかがめています。腰を上げると、「実助、ほれちょっと見てみろ」と実助を呼びます。
そこには、一寸ほどの可愛い松茸が八本、輪になってお行儀よく並んでいます。
「ちいちゃな、まったけだ、もう少しおいとくと、大きくなるな」
かけよった実助は「採りたい」と駄々をこねます。
「もったいねえ、やめとけ」
平助にそういわれたのにもかかわらず、実助は一本引っこ抜いてしまいました。
「しょうがねえな、ほかのは採るな、今日はこのぐれえだ、松茸も滑子もいっぺえとったから、もういいだろう、けえろう」
平助は帰り支度をします。
「ちゃん、小便してくる」
実助は小さな松茸を握ったまま、林の際に走っていくと、途中で「父ちゃん、これ、くろんぼじゃねえか」と立ち止まった。
「うーん」と言いながら平助がよると、確かにくろんぼがまとまって生えている。
「そうじゃ、こりゃ立派だ、よく見つけた」
実助をほめて、くろんぼを採ります。焼いても、煮てもなかなかおつな酒の肴になります。平助がくろんぼを籠の滑子の上に載せたところで、小便をしている実助が
「てえへんだ」と振り向いて叫んだのです。
「おい、どうしたい」
平助が近づくと、「父ちゃん、これ」と実助が自分の前を指差します。
見ると、実助のちんちんが、小便が出ると一緒に、どんどん短くなっていきます。
「なんだ、これ」
「父ちゃん、どうしよう」
おしっこが止まったときには、おちんちんはからだの中にめり込んでしまいました。
「つまんで伸ばしてみろ」
実助がやってみますが、からだの中に入り込んでしまい、伸びることはありません。
みつがやってきて、実助のものをみると、「あれえ、女みてえだ」といったものですから、さすがの実助が泣き出した。
あわてて、平助が「しょんべん出過ぎたんだ、元に戻るからでえじょうぶだ」
と言いうと、実助も泣き止み、山を降りることができたのでございます。
長屋に戻り、家に入ってから、「父ちゃん、まだ元にもどんねえ」、実助が心配そうに平助に訴えます。といって医者に連れて行くのもどうしたもんかと、平助は考えました。
「父ちゃんはこれから、仕事だ、おい、みつ、実助を八茸爺さんのところにつれてって、話しを聞いてみろ、きっとどうしたらいいか教えてくれだろうよ」
「ああ、それじゃ、すぐいってみるか、実助、八茸爺さんのとこいくよ」
「爺さんのとこに、滑子と松茸もっていけ」
平助が茸を紙に包みます。
それをもって、みつと実助は八茸爺さんの家にまいります。
「みつさん、どうしましたかな、おや、実助も一緒か、珍しいのう」
犬の梅と猫の梅が実助の足元に駆け寄ります。実助は動物が大好きです。梅たちも実助が好きなようで、行くと必ずよってきます。
「八茸爺さま、相談したいことがありますね」
「なにかね、お前さんのとこは、亭主の稼ぎもいいし、家賃も前払い、実助もいい子だし、なんも心配いらんと思っておったがね」
「いや、今日、天神山に茸採りに行ってきましたがね」
「ああ、今が一番の季節だな、いいものは採れたかね」
「ええ、これ、ほんの少しだけんど」
茸取長屋の住人は、茸を採りにいくと必ず、八茸爺さんにおすそわけします。
「おお、ありがたい、こりゃ、立派なまったけじゃな、それに滑子もよく育っておる、それで、なんじゃね、相談事というのは」
みつが実助を八茸爺さんの前に立たせると、「見せてごらん」と促した。実助は恥ずかしそうに、着物の前をはだけました。
「おんや、女子(おなご)のようになっちまったんか、実助どうしたらそうなった」
「林の中で小便したら、だんだん短くなって、なくなっちまった」
「いや、なくなったのではないから大丈夫だ、実助、しょんべんする前に何をした」
「くろんぼ、見つけた、それでそれを父ちゃんが採った」
「それだけか」
「その前に、ちいちゃな、松茸を採っちまった、父ちゃんは採るなって言ったんだけど欲しかったんだ」
「おお、きっとそれじゃな、松茸が怒ったんじゃ、茸は美味しく食べてやらなければ怒るんじゃ、まだ、子供の茸を採ったから怒ったんじゃ」
「どうすればいいのでしょう」
「うーん、許してもらわねばな、まず、その採った子どもの松茸を実助が大事に美味しく食うこと」
実助が頷いた。
「それに、茸地蔵にお参りをして、松茸林にもう一度行って、謝ることだ」
また頷いた。
「そうしますだ」
みつも頷いて、お礼を言うと、八茸の家を後にしました。
その日、みつが小さな松茸を汁にして実助に食べさせました。
「うまいな」
「そうだろう、だけど、その松茸が大人になると、もっともっと太くなって、いい香りがするようになるんだよ」
松茸の汁を飲みながら、滑子と大根おろしをあえたもので飯を食った。
その後、実助は、すぐに床に入りました。
布団にはいって、自分のあそこに手を持っていきました。まだ元に戻っていません。穴のままです。ちょっと心配になったのですが、そこは子ども、すぐに寝ついてしまいました。
父ちゃんが帰ってくるころは、実助はもう夢の中です。
朝になって、平助がみつに聞きました。
「実助のあそこはあのまんまか」
「ああ、女のままじゃ、昨日、しゃがんでしょんべんしておった」
と、みつが笑った。
「笑ったらだめだぞ、実助しょんぼりしちまう」
その点はやっぱり男同士のほうが気持ちがわかるようでございます。
「そうじゃなあ、男の子の気持ちにならなきゃなあ」
みつは平助に、八茸爺さんに言われたことを伝えました。
「昨日、実助に、あのちいちゃな松茸食わしたよ」
「うん、それじゃ、実助が起きたら、天神山にいくか」
ということで、三人は天神山にまいります。
長屋の入口で実助が立ち止まりました。
「もう小さい子ども茸は採りません」と、茸地蔵にあやまって、「茸は必ず美味しく食べます」とおがんだ。
天神山は朝日に輝いて、とても奇麗だ。
松の生えているところに来ると、残った四つの松茸は少し大きくなっています。その四つの松茸に向かって、実助は「ごめんなさい、みんなが大きくなったら、美味しく食べます」と頭を下げました。
すると、実助はしょんべんがしたくなった。
急いで、端っこに行くと、着物の裾を広げ股を開いた。実助が、はっと思ったときには、おちんちんがちゃんと伸びていて、おしっこがぴゅーっとでた。
気持ちいい、と実助は身震いしました。
だけど、「あれえ」と大きな声で叫んだ。
平助とみつがあわてて実助のところに飛んでいくと、実助が困った顔をしています。
「棒みたいに硬くなりよった」
平助はみつと顔を見合わせて笑った。少し大人になったのだ。
「大丈夫だ、すぐ縮む」
平助が言うとその通りになりました。
「父ちゃん、何でも知ってるんだね」
実助が尊敬の眼差しで父親を見たのでございます。
そして、ある日、仕事を終えて、家に帰ってきた平助が茸で酒を飲んでいると、「また大きくなっちまった」と実助が起きてまいります。
「大丈夫だ、どうだ、この茸喰ってみるか」
平助がみつの料理したくろぼうを指差します。
「くろぼうか、うん」
実助はつまんで口に入れた。
「にがくねえ、うめえ」
平助は「そうだろう、黒棒は、大人の男の茸だからな」と笑った。
そのうち酒も一緒に飲むようになるだろう。
実助はあそこがおさまったとみえて、また寝床にもどったのでございます。
黒皮