夏の有明

 あいに、ことばはひつようなかった。ありあけくんは、指で存分に、わたしをあいするひとだったし、きまぐれに、夏の星座をうごかすひとでもあったし、でも、世界はなにひとつとして変化することなく、夜は明けて、太陽はのぼった。夕方になれば、太陽はしずんで、月がうかんだ。さみしさにふるえる季節もなく、ありあけくんのあいは、つねにまんべんなく、平たく、等しかった。わたしとありあけくんは、よく本屋さんでまちあわせをして、逢わなかったあいだにおたがいが読んだ本を紹介しあったりした。ありあけくんはきまって恋愛小説で、わたしはほとんどがミステリー小説で、恋愛とミステリーのりょうほうの要素があるものは、その比重をかくにんしあった。ありあけくんの指にあいされる、わたしも、星も、本も、みんながしあわせで、だれかがふこうになるということは、きっと、ないのだと思った。庭の朝顔が萎れて、もうそろそろ、夏のおわりが近づいてきているという頃に、ありあけくんにあいされていた星がひとつ燃えた。海にかえったはずのいきものたちが、そろそろと街に現れるようになって、残暑とはいえ、昼間の熱を吸ったアスファルトは、海からきた彼らには容赦なく、おもしろいくらいかき氷が売れた。わたしは左耳だけに、ピアスをあけた。とくに意味はなかったけれど、なんとなく。

夏の有明

夏の有明

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-27

CC BY-NC-ND
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