上海城の娘

らっきょ太郎

 髪の毛が白い女の子がヤイバを見せて言いました。
「こんにちは、おはようございます、さようなら。また、後で」
 僕は困惑した。夏の日差しは暑いし、喉は乾いたし、脚は痛いし、飛蚊症は酷い。国を出てかれこれ2000キロ以上の旅をしてこの城にやってきたのだ。二日前、宿から出発してからというもの歩きっぱなしで凄く疲れていた。それで漸く目的地に到着したと思いきや白いドレスを着けた少女が威圧感を放つ黒い門の前に立っていた。門番とは思えない風貌なので城に住む何かしらの子どもだと思った。それで声をかけて少女に要件を言ったが。どうも伝わらない。
「城の主に呼ばれて僕は来たんだ。通してくれないか?」
 少女は溶けたキャンデーの様な甘い眼差しを僕の足元に落として、ゆっくりと僕の胴体、顔へと視線を上げた。それからイチジクを握りつぶした老婆の苦々しい声を半分と生まれて初めてキウイとヨーグルトをシェイクしたジュースを味見した幼い子の声を半分を混ぜた声で「噓つきね」と言った。
「嘘じゃない」僕は両手を上げジェスチャーをして反論した。
「今日は誰も来ないよ。猿も山羊も鯉も」
「それらは人間じゃない」
「似たものよ」
「違うね」
 僕は頬をポリポリと掻いて「とりあえず通してほしい。君のことはよく知らないが、ここの主にようがあるんだ。そう。薬を持ってきたんだ。偉い薬でさ。貧乏人や猿や山羊や鯉には手に入らない高価な薬だ」と言った。
「偉い薬を貴方みたいな貧相な若者を私の主様が遣わす事はないわ」
「わざとこのような貧相な風貌をしているのだ。そうすれば盗人や盗賊が僕を襲うわけがないだろう」
 少女はジッと僕の顔を見た。僕の顔からは分厚い汗がダラダラと垂れているのに、この少女からは汗が一滴も垂れていない。まるで蠟人形のようで薄気味悪く感じた。
「ならその薬を私に御見せなさい」
「それはダメだ」
「何故?」
「僕はお前を信用していない」
「ふうん。それはどういう事かしら?」
「宿から出る前にこのような噂を聞いた『最近、城の周辺で怪しい女が出ては住民や旅人や商人をダマし貴重品やもしくはそれらの肉を食う。夜は肉付きの良い白い肌の美人で昼は幼い無垢な少女。朝は姿を見せない。』それで、これ等に共通しているのは『この陸、この大陸、この海岸、この山では聞いたことがない、最果てから来た二つの混じった声で喋る者、と」
 僕は息を吐いて述べた後に「そこを退いてくれないか?」と言った。
「その噂の女が私だと?」
 少女は眉一つ動かさずに言った。
「さあ? それは確たる証拠がないから断定はしない。でも僕はその門をくぐって城の中に入り主に品を渡さないといけない義務があるのだ。君が噂の者であろうと、ではないとしても僕にはあまり関係のないことだ。月が沈む時間と風が吹く時間をcreatorがどう定めても僕には何もするすべがないように」
「貴方の発言を個人的に解釈したけど諦めが悪いのか、良いのか良くわかないわね」
「ベストを尽くしたいだけさ」
 大きな門の前にいる。来客は幾らでも訪ねてきそうな時刻であるに蜘蛛一匹姿を現わさない。たまに生ぬるい風が土埃を舞いあげて僕の背後を通過した。道々を見渡しても馬車も人の気配も一切ない。この様子はあまり気持ちの良いものではなかった。門の奥にある城からも人のいる感覚はなかった。城そのものが主であった。
「主は確かに薬を必要としているとは、思います。最近、主は姿を見せません。従者の者にも権威の或る方にもです。しかし、このように小耳にハサミました。酒を注ぐ娘が主の寝室のガラス越しから何者かの影を見たと……。昼は肉付きの良い女の影、夜は幼い女の影。昼はまだ見たことがなく、それから謡っていた。昼は幼い女の声で、とても悲しく、夜は老婆の声で、とても喜んで。もしかすると、その事が関係しているのかもしれませんね」
「そうか、それは、ともて大事な病に伏せている可能性があるのだな。けれども僕が持ってきているこの薬は、ただの咳止めなのだ」
「咳止め?」少女は此処で初めて目を大きくして聞き返した。
「あまり薬の内容を公言したくはないのだがな、君のような『顔の知らない』者にはあえて伝えた方がいいと思えた。この薬を飲むと咳が止むんだ。止むといっても永遠にだ。主の考えは僕には知らない事だが、この薬が依頼された時に、このように思った。咳は何時から始まったのか。おそらく初めはなかったのだ。人が苦しいときに咳は出る。嬉しさに溢れている時には咳は出ない。咳は人の苦しみから始まったのだと。その始まりは何があったのかは僕には分からないだろう。河の石が大岩から海の砂になるまでの年月が途方もなく遠いように。主はこの城から咳をする者をなくそうとしていたんだ」
「ふうん」
 少女は呆れた声で言った。
「トラウマっていう奴かしら? 主様は何時もお優しいヒトですが。咳をする者がいたらなば即座にクビをハネていましたわ。ああ。まさか、そんなどうでもいいものを遥々遠い場所に便を出してお造りさせていたとは……」
「理解しただろ? さあ、さあ、僕を城の中に入れさせていただきたい」

 鐘がなった。重たい金槌で叩いていた。共に波を割る強い風と黒い雨が泣くようにして降りだした。雷が四つ足で黒くなっていく空を昇華した。僕は立てなくなって地に伏せた。泥と砂が乾いた口の中に入った。薄っすらと瞼を開けて少女の姿を探した。でも目の前には、先ほどまでいた場所にはいなかった。すると僕の耳元でブツブツと喋る声が聞こえた。喉の奥を爪で掻きむしっている声だった。僕はそれに答えず「……城に、城に入れてくれ。主に会いたいんだ」
 それから目を繰りぬかれたように真っ暗になった。

上海城の娘

上海城の娘

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-08-27

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