架桜 宇深

スピカ。

たしかにきれいな星の名前。

満月に霞んで見える
ような気もしてたけど、

ほんとはどうだろう。

幸せの形は
ひとつじゃないのと
同じこと。

「ほら。夏の大三角形。」

太一の指差す先には漆黒の闇に散りばめられたダイヤモンドみたいなキラキラ光る星たち。

「んー?アレ?」

この町は星が綺麗だ。

「あっちが北斗七星。」

「ん。」

夏の、夜風が気持ちいい。
繋いだ右手も見えないような漆黒の夜
空の星と月の灯りだけがあたしたちを照らしてる。

「こっちは星が綺麗だね。」

太一が柔らかく笑う。

東京とは違う、穏やかな空気。
流れてる時間さえもゆっくりで。

山の匂い
とか、
空気の澄み
とか、

そのすべてが穏やかで。

みじかにある、大切なものがよく
見える気がする。

「そうだねー。ほんと、太一は星、好きだね。」

あたしも笑う。

星の綺麗な、ただそれだけな、なんにもないこの町に越してきて数ヶ月。

あたしの笑顔は柔らかくなっただろうか?
太一みたいに。

「ゆずは?好きじゃないの?星。」

太一に顔を覗きこまれて空を仰ぐ。

「あたしは…。」

漆黒の闇を吹き飛ばさんかぎりなまん丸な月光。


あぁ、今日は満月だ…

「満月だね。」

あたしに釣られて空を仰いだ太一が呟く。

「うん。キレイ…

あたしは、…月が、スキなの。」

どんな星より辺りを照らす月。


…まるで正反対なヒトだった。

星みたいに小さく謙虚に光を放つ太一。
月が好きだと言った、周りごと照らしてしまうあなた。


「そういえば、東京に居たときよく言ってたよね。」

太一とは一緒に暮らしてもう二年の月日が流れた。

喧嘩もしたし、
わかりあえないことも沢山ある。

正直、別れを考えた日もあった。

それでも、二人、こうして隣を歩いてる。

不思議だけれど
一緒に居ることも
同じベッドで寝ることも
安定したもので。

落ち着く。

「うん、食べよっ。」

さっき買ったアイスに袋を開ける。夏はアイスだ。


…月がスキになったのはあの人の影響。
初めて好きになった人が、満月が好きで。

「明日、ゆずのお母さん達くるんだよね…。」

大丈夫かなぁ…
と、あたしより頭一つ分大きい太一の情けない顔。

「なんで?」

そう。
結婚しよう。とこの町に引っ越してきた。
自然の豊かなゆったりとした此処に。

明日はそんなあたしたちの暮らしぶりをうちの親が見に来るらしい。

「こんな男やめなさいっ!…とかさ。」

実際問題、現実味がない。
太一と暮らす日々は、柔らかくて、たおやかで。
ふわっとした幸せをこの人となら見つけていけるっていうのは分かってる。
…だけど。


「だいじょ~ぶだよっ。楽しみにしてたし。」

冷たいアイスは口に運ぶとすっと溶けてく。



…こないだ、あの人に会った。偶然。
もう、ほんとに久しぶりで、
だけど、なんも変わらないまま。

「そう?あ~、緊張する~。」

笑顔も仕草も。六年前と何一つ変わらない。

…変わったのはイチバンが居なくなったこと。

「それより、あたしのが心配っ!!来週~!!」


まだ、気持ちがそこにあると、あたしの好きな顔で笑うこと。

「それは大丈夫だよー。なんか、めちゃめちゃゆずのこと、気に入ってるから。母さん。」


あたしは?
あの人の好きな満月を想うあたしは?

あの人と過ごした日々は。
泣いて泣いて
傷つけあって。

好きで
好きで
堪らなく愛してた。


…逢いたくなかった。
逢いたかった…。

あんなに激しく人を求めたことも
あんなに酷く傷ついたのも
あれが最初で最後だから。

逢ったら、絶対…


そりゃ、人並みに恋もしてきた。

忘れかたも新しい恋の始め方も
わからない年頃じゃない。

だけど。

だけど。

あの人だけは…あたしの中から消えることがなくて。

時折
そう、
こんな満月の日は思い出す。

あんなに辛い恋だったのに、忘れたりなんてしなかった。


…太一との普通に飽きてるのかもしれない。

「ゆず?」

急に黙りこくったあたしの顔を心配そうに覗き込む。

その顔は優しげで。

「ねぇ、太一。」

「んー?」

優しい声。

「すき?」

いつでも側にある幸せ。

「なに、突然?
好きだよ?」

絡み合う指先に力を入れる。
返されるぬくもり。

星が瞬く。

いっそ、星に隠されてしまえば…いいのに。

「あたしも。」

この幸せが続けばいいと思う。


涙で月も星も見えなくなるような日々はいらない。


「ねぇ、太一。スピカって星、どれかな?
あたし、その星が好きなの。」


この幸せに包まれていたい。

「どれかわかんないんだけどさ。」

この手をずっと繋いでいたい。

「なに、それ。へんなゆず~。」

隣に居る太一。

月のような輝きはなくても
優しいあたしだけの光。

「名前がね、好きなの。ある?」

不思議そうに、それでいて柔らかく愛おしそうに笑う太一に笑いかけては空を写す。

満天の星。

こんなに輝く月の中でも
こんなに光を放ってる。


幸せって、
こういうことかな。

だとしたら、この手を
放せない。


「んー、どっかの星座の一部だと思うけど…。家で調べてみよっか。」

ちょうど最後の一口が口の中で溶けていった。

もうすぐ家が見える。

「うん。」

あたしは月よりも
星を選ぶ。


繋いだ手を大きく振って走り出す。

「わっ!ゆず?」

よろけかけた太一に笑いかけて

暖かい光の灯る

愛猫の待つ二人の家に

あたしは帰る。

「はやくーっ」



これからも星を眺めて。

ふたり、笑い合いながら…。

架桜 宇深

昔みた幸せと
今掴んだ幸せは
違うけど。


それでいいって思えるの。

架桜 宇深

短編です。 結婚を控えたあたしと優しい彼氏。 でも、忘れられないヒトがいる。 誰しも一度は体験するような幸せ探し。 作者、架桜のセンチな思い出コミコミです(笑) さくっと自由な読み込みしてくださったら嬉しいです。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-14

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