崩御の朝2️⃣

崩御の朝2️⃣



-崩御の朝-

 険しい情況が暫く続いた五月の朝である。
 二階の寝室には、開け放った窓から庭の青葉を愛撫した生まれたての南風が入っている。微かで清浄だから裸の肌にも優しい。
 この地所を男が相続してからは庭は自然に任せているから、野鳥が運んだケヤキなども混在して、いつの間にか小さな森になっているのである。
 クローゼットの開いたドアの向こうに、緩慢に動く濃い紫のパンティが見え隠れする。完熟した桃の様な尻が艶めかしく息ずいている。五〇目前の裸体だから豊潤だが端麗というものではない。均衡ではない。むしろ崩れている。放埒なのである。 確かに、月齢を経て堆積し熟成し尽くした果ての、淫奔な肉なのである。獲得と喪失を繰り返しながら、ない交ぜの変化を続けて出来上がった雌の重量の発露なのだ。だから、妖しげに爛熟して発酵を続けているのだ。男が子宮に迷い込んだ原初の風景を思わせるのである。
 この女の身体と性癖は男の嗜好を満足させている。女の肉が男を眩惑しているのだ。

 この歳になって性愛に耽溺するなどとは夢想だにしていなかった。むしろ、男は淡白だったのではないか。あの凄惨な日々に女と出逢ってから何かが変わってしまったのか。
 これでも二人は幾度も諍い、別離を宣告してきたのである。だから、こうした現実にたち至ったのは、ただ情況に流されたからだけなのか。或いは、情況が輻輳した挙げ句の自堕落な結末なのか。いずれにしても、この女とは曲折の果てにここまで辿り着いてしまったのだ。その執着の一つがこの女の身体なのだろうか。
 剥き出しの豊満な乳房が初夏の兆しを満喫する様で無政府に揺れている。これから出勤しようという女が着替えをし始めたのだ。
 女が出掛けた後に、今日一日は差し迫った懸案も思いつきもない。男は、終日、ウィスキーの傍らで無為に過ごすだろう。左様に、とてつもなく安逸な朝なのである。
 女とは遠距離の期間が長かった。同棲して、こんな瞬間を迎えようとは思ってだにいなかった。連続した戦いの狭間で季節の移ろいに身を委ねる兵士の面持ちで、男はベットに横たわっているのである。

 それにしても、この女に対する性愛は尋常ではないと、男は嘆息する。
 四八の男は労働組合の専従役員で、一つ歳上の女は、この地方では中規模の小売店の役員だ。経営が混乱した一時期は社長だった事もある。
 二人の来し方の違いが価値と倫理の明らかな相違を形成していた。男の思想の根幹は類で、女のそれは個だった。しばしばの確執の根源はそこにあり、とうてい交わる事はないのではないかとさえ、男は思う時がある。
 しかし、その対極で、男は女に対する性愛に妄執しているのである。だから女との情交は男にとっては戦だった。終極には女を屈服させてこの闘いに勝利し、同じ戦場に立つ同士として女と歩む事が、男の切望なのである。

 女はいつの間にか、腰に黒いガーターを着けている。凄艶なながめだ。男は軽い目眩を覚えた。知識にはあったが、こんな装いをする実際を見たことはなかった。色情の原形を描き出した様な怪しい風景ではないか。男は妄想の隘路にわけいっていく。 
 ふと視界に入った女のこの痴態が、ある迷妄を惹起させたのである。なぜ、こんなことに今まで気づかなかったのか。男に言い知れぬ情欲が芽生えた。今朝のこの瞬間こそが、女を懐柔して征服する絶好の機会だと思った。

 数時間前にこの国の御門が崩御したのであった。つけっぱなしのラジオの臨時ニュースがけたたましく伝えた。二人は払暁の淡色の中で交わっている最中で、女の膣が収縮し始めた矢庭だった。男の青眼に尻を見せて結合する初めての体位で享楽を漂いながら、女にはこのニュースが聞こえたのか、どんな感慨を持ったのか、男は知らない。 象徴と名付けられた九〇に近い御門は、世界に反逆したあの戦争の開戦を裁断し、頓狂な声音で敗戦を宣告したのであった。戦後は蜃気楼のような存在だったろう。少なくとも、男には無価値であったばかりか、ある時は諸悪の根元だったのである。
 この半年は死期をさ迷っていたが、二人が取り立てて話題にすることはなかった。男は御門制を嫌悪しているが、果たして、女はどうなのか。
 ラジオは、歌舞音曲や営業自粛の詳細、異母帝の乱の残党の策動を懸念する与党の動き、御門制に反対する極左派の動向、とりわけ半島に由来する革命集団の主張などを矢継ぎ早に伝え続けていた。

 そして、たった今、鳥の甲高い鳴き声が天空を切り裂いて降りてきた。ピリカヒバリだ。雄と雌が盛んに呼びかっているのだ。あのピリカヒバリに違いないと、何故だか、男は確信した。
 数日前の散歩の途中で、二人はおぞましい光景を目撃したのである。
 畔道を歩いていると、黄金色の麦畑をけたたましい鳴き声がつんざいた。目を凝らすと、七、八羽の小鳥が赤い大蛇を襲っているのである。近くには巣があって、巣立ち間際の雛が数羽いて嘴を立てている。ピリカヒバリの一族がこぞって強敵に抗っているのだ。壮絶な戦いの後に、節々を食いちぎられた蛇は、忽ちのうちに息耐えてしまったのだ。
 それは幼い頃に曾祖母から聞いた寓話に酷似した風景だったのである。
 曾祖母が言った。「この地には、そもそも、タムラアカツチなどという毒蛇はいなかったんだ。アカツチはタムラマロがいわば武器として持ち込んだものなのさ。あの猛毒で幾多の勇者が命を落としたことか。この北の国は何をせずとも自然の調和が保たれていたものを。いらぬ悪さをするものはみんな御門の奴らが持ち込んだんだ」曾祖母の口癖だった。
 その奇妙な情景に釘付けだった女が、「去年の夏には真っ赤な大蛇が鼠を飲み込むのを見たわね」と、妖しい程に高揚した。「これも何かの兆なのかしら」と、男の手を引いて、欅の大木の陰であられもなく陰茎を含んだのである。

 天空の叫声が止んだ。暫くすると、季節の転移に句読点を付けるように蝉が鳴き始めた。一年ぶりに聞く初音だ。
 男と女が繰り広げている現実も、誰かが書こうとしている情痴を巡る一編の寓話なのではないかと、男は思った。


-クローゼット-

 四畳ばかりのクローゼットに窓はないから一〇〇ワットの電球が一つで全てを照らし出している。熟した桃の香りが漂う。女の体臭が籠っているのだ。

 全身をくまなく映し出す鏡の中に男が現れて女の背後についた。「どうしたの?」と、鏡の中の女が赤い唇から真っ白な歯を溢す。肉付きのいい濡れたあの性器に瓜二つではないかと、男は相変わらずに思う。
 片手の指にブラジャーを挟みながら、片手で乳房を覆った指の間からは乳首が覗いた。或いは覗かせたのかも知れない。存分に脂肪を纏った女盛りのあけすけな姿態だ。 シャワーを浴びて間もないのにうっすらと油を引いている。案の定、深奥から濃密な桃の香りを解き放っている。

 この空間にこの朝の清涼な空気は微塵もない。むせ返る肉感ばかりだ。ここは未だに知り尽くせない女が支配する異界ではないか。場数ばかりはすっかり馴染んだ身体な筈なのに、女は別人の有様なのだ。男は女との情交を企図する時のしばしばで、こうした怪しい戸惑いに狼狽えるのである。男が一つ息をついた。
 「熟した桃の香りがする」「いい香りなの?」「俺などは哀れな羽虫の心境だよ」「無花果かも知れない」「…妖しい蜜の虜になってしまったんだ」「或いは、濃密な肉の香りだよ」「女の秘密の香りだ」
 鏡の中で赤紫の乳首が膨れている。その近辺には、日毎の遊戯がこしらえた男の唇の痕跡が無造作に点在しているのである。


-朝の闇-

 この女の深奥では、ある情炎が常にくすぶり続けているに違いないのだ。すっかり発火してしまったそれを必死に圧し殺しているのだ。そうとしか思えない、情念を行きつ戻りつする陰火の様な痴態なのである。意図せずとも熟れた肉の本性が発露してしまうのだ。
 この女の肉体に執着するこの男にとっては、痩せぎすな女の身体などは見る術もない、一片の価値も感じない。だが、肥りすぎは興ざめだ。豊満というのではない。程の良さがある。豊潤でなければならないのだ。肉体が醸し出す肉感や色香は頃合いが微妙なのだが、この女は男の趣向に適切だった。
 肌合いがいいのである。女の身体は男の性向に申し分なく適合している。閨淫の合性がいいのである。取り立てて床上手と言うことではない。男の言いなりに柔順なのだ。
 それは、日中の佇まいとは真反対なのであった。昼は加虐、夜は被虐なのだ。その落差が男には堪らない。

 突き動かされたのか、男の劣情が、再び、背後から女に挑むのである。
 「新しい秘密を創りたくないか?」「秘密?」「二人きりでいっぱい創ったろ?」「そうね」「この身体に記憶させたいんだ」「もう存分に覚えてしまったわ」
 男の指に乳首を無造作に委ねながら、「新しいって?」「極めつきに淫奔な…」「どんな?」と、パンティに滑り込もうとする男の手は押さえて、「駄目」と、にべもない。
 「どうして?」「だって…」「もう、仕事の覚悟になってしまったのよ」女の口ぶりは確定的だ。「すっかり臨戦態勢に入ってしまったんだもの」
 だが、女の拘泥はあざとい虚飾なのか、拒絶は仕草ばかりなのか、男の指は易々と辿り着いてしまうのである。
 妖しい繁茂、密生。そこに潜んでいるのは豊かな肉の燎原だ。湿潤に息吹いて鬱勃と火照っているではないか。この異界は女の都合や意思にはいっさい無頓着なのである。女が微かに呻いた。
 「そこの戸を閉めたら真っ暗になるだろ?」女の芯に閃光が走る。「思いついたんだ」「酷く猟奇的じゃないか?」鏡の中の重い乳房が乱脈に揺れる。「猟奇?」女が朱い舌を上唇に這わせた。
 「ここを闇にして、するんだ」「ここで?」と、一瞬、唾を飲んだ女が、「ここで?」と、妖しく繰り返すのである。「いったい、どうしたの?」女の尻が男の隆起を問いただす。「ここではしたことがなかったろ?」女が頷く。「真新しい季節の、清浄な、こんなに明るい朝の、しかも、慌ただしい出勤前に…」「ある筈がない、あってはならないことをするんだ。実に猟奇じゃないか?」
 鏡の中で、実像とも虚像とも覚束ない二人の視線が猥雑に交差して、けたたましく粘着するのである。
 「そんな際どい趣向が好きなんだろ?」男がパンティを下ろし始める。
 「駄目」と言いながら女が身体をよじって反転した。男の胸に乳房が納まる。その乳房を捕らえようとする手を、「駄目よ」と、女がやんわりと押し退けながら、「ようやく鎮まったばかりなんだもの」

 「シャワーを浴びていたら…」「あなたのが溢れたの」「いつもより多かったわ」「だって、あんなことをしたんだもの…」「随分と痺れていて…。朦朧としていたんだもの」「だから、駄目なの」と言いながら、男にしがみついた。
 「わかるでしょ?」「わからないの?」「厭なの?」女が股間を探って、「あら」と、わざとらしく声を弾けさせて、「随分と聞き分けがないのね?」と、男を見つめる。その瞳の中で、「これの性根はとっくにわかってるだろ?」「そうだったわ。仕方がないわね。だったら、私がしてあげるわ」と、女は隆起を撫で始めた。
 こうして、女は、しばしば、男の情欲を逆手に翻弄するのである。すると、気付かぬ間に女の臭いが変わっている。とうとう、熟しきった果実が自らの煩悶で弾けてしまったのだろうか。

 「時間はあるのか?」「未だ大丈夫よ」と、確かめもせずに隆起の輪郭を丹精になぞりながら、「このクローゼットを真っ暗闇にするの?」と、息を尖らせる。「そしたら、私達はどうなるのかしら?」「何一つも見えないだろ?」「暗黒に閉じ込められてしまうの?」「俺達そのものも闇になるんだ」「欲望だけが棲息するんだわ…」


-ガーター-

 「…いつだったか、あなたが話してくれたんだわ」「この北の国の国産みの話よ」「カムイとピリカの…」
 「二人が昼日中の草原で国産みの儀式をしたら、怪異や異端が産まれたから、山に放ったり川や海に流したって…」「そう」「それが動物達の始祖だって」「そうだ」「次に、国産みの館を建立して、全ての光を遮って儀式をしたら、正統な神々が産まれたって…」「そうよね?」
 果して、女がこの伝説を真から信じているのかどうか。女の姓は御門の氏神本社の敷地の中を流れる川の名なのである。私の家の発祥は西の国かもしれないと、何度か女は口にした。この時にも、この女とは交わりあえないかも知れないと思ったものだった。
 その女の目が、今、濡れている。この瞬間だけは違うのだと、男は思う。欲情が交錯するこの時だけは二人は何かを共有するのだ。だから、特異な激しい体験を重ねるほど、その密度は濃くなるに違いない、男は確信してしまうのである。女も、果して、そんな風に感じているのか。
 「闇って神聖なものなのかしら?」「子宮の中も闇だろ?」「そうだわね?」「全ての原初なんだ」「そう思うわ」「だから、目隠しが好きなんだろ?」女は時折、呪縛や目隠しをせがむのであった。 「…どうなのかしら?」「いつも異様なほどに感応するじゃないか?」「そうなの?」と、続けて、「ここが真っ暗になったら、あなたはどうするの?」声が錆びる。
 「挿入するんだ」「どんな風に?」「ただ挿入するんだ」「…何もなしに?」「挿入だけを味わうんだ」「だったら、野卑で粗野な暴漢みたいに侵入するの?」「そんなのがいいんだろ?」「…どうかしら?」「そんなことをせがむだろ?」「そんな時のことなんか忘れてしまうわよ」
 「意地悪ね」「お前ほどじゃない」「…濡れてるかしら?」女のパンティはずり落ちようとしている。「いつも鬱鬱と…」「濡れてるだろ?」「そうなの?」「違うのか?」「…いきなり後から入れるの?」「好きだろ?」「何が?」「後背位だろ?」「どうしてわかるの?」「原始の体位だ」「そうなの?」「尻の振り方が違う」「どんな風に?」「吸い込もうとする」「これを?」「そう」「随分したわね?」「一番良かったのは?」「…あの時の犬みたいに?」一月ほど前に二人は犬の後尾に出会っていた。

 「ここを暗闇にして私を犯すのね?」「厭か?」「諧謔な趣向だけど…」「そうだろ?」「…女だったら普通は抗うんだわ」「どうして?」「単純だわ」

 女が、再び、離れた。脱いだシャツをハンガーに掛けながら、「だって、仕事に遅れてしまうもの」と、重い乳房を揺らす。「そうでしょ?」「そうだな」「それに…」唇を濡らした女が、「こんなに清純な朝なんだもの。汚したくはないでしょ」と、女の瞳が煌めく。
 「もしも、あなたのそんな淫欲に安易に応えたら、私の色情も過ぎてしまうでしょ?」「あなたに理性が戻ったら、やがては軽蔑されるんだわ」
 「というより、あなたの理性はいつでも目覚めていて、狂う私を冷たく観察しているんじゃないかしらら?」」「そうでしょ?」「そんな視線が愉楽なのかもしれないけど…」乳房を揺らしながら、「慣れ親しんだ同衾にも自制は必要なんだわ」「それでも猥褻な私を求めるの?」
 女は混乱している。この女には分裂的な性向があるのだ。「私はあなたが求める以上に、酷く変わってしまうかもしれないわよ?」「厭なのか?」鏡の中の女が、「どうなのかしら?」

 女の語尾が合図のように、背後から男が女を引き寄せた。
 男の胸板に、そこが居場所の風に収まった女の指が、再び、男の股間を探って、「私を変わらせたいの?」「どうしてそんに思うんだ?」「随分とこんなことがあったもの」
 「口淫だって…」「元来はあまり好きじゃなかったのに…」「…今では…」「わかるでしょ?」男が頷く。「あなたが変えたのよ」「男ってそうなんだわ」「そんな風に自在に女を操りたいんだわ」「そうなんでしょ?」「違うな」」「それは違う」

 「どうしてこんなに勇ましいの?」と、隆起を弄ぶ女。「お前のせいだ」男が耳朶に囁く。 「お前の存在自体が刺激なんだ。それに自然に反応してしまうんだ」「私の身体がどうしたの?」「好きなんだ」「もう崩れてるわよ」「それがいいんだ」

 「駄目よ」「厭なのか?」「そうじゃないけど…」「時間は?」「…もう、一〇分位しかないわ」「どうにかならいのか?」「どれくらい?」「…二〇分」「無理よ」
 男は女の秘密の森を撹乱し続ける。じき下は葡萄色の密やかな扉だ。「もう、時間だわ」「ここで止めるのか?」「仕方ないでしょ?」「だったら、後で行こうか?」「どこに?」「会社」「私の?」男が頷いて、「昼休みは?」「どうして?」「…」「するの?」「そう」「どこで?」「…トイレは?」「デパートの?」「そう」「障害者用のがあるのよ」「出来るのか?」「多分…」

 女がパイプ椅子に座って薄茶のストッキングを穿き始める。履き終えて、「どうかしら?」と、男を覗いた「黒と、迷ってるんだけど」「黒がいい」「そうでしょ?」瞳が湿っている。「あなたが言うんなら取り替えようかしら?」「ねえ?」「その方がいい」「わかった。そうするわ」

 「だったら、脱がせて?」と、片足を伸ばす。跪いた男が留め具を外しながら、「ガーターなんて見るの、初めてだ」「そうだったかしら?」案の定、パンティの付け根から数本の陰毛がはみ出ていた。「エロスだな」「何?」「それ?」「そうかしら?」黒いストッキングを差し出して、「穿かせて?」と、紅い唇はすっかり濡れているのである。
 男は片足の中途まで穿かせると、堪らずに、股間に手を這わせた。盛り上がった秘密の丘だ。「淫靡な肉だ」「どうしても無理強いしたいのね?」「だったら?」「…あなた?ストッキングが黒なら、パンティも変えた方がいいかしら?」「やっぱり、黒かしら?」「ねえ?」男が頷くと、「だったら脱がせて?」女の熱い吐息が届く。
 「…でも…」と、男の手を制しながら、「こんなに清冽な朝なんだもの」「すっかり晴れ上がって…」「暫く不安定で陰気な陽気が続いたでしょ?」「そうだな」「だから、誰かに見られているみたいで…」「何かの罰が当たりそうだわ」「違う?」「そうだな」

 女が言った。「だったら、あなたが言うように、やっぱり、暗い方がいいのかしら?」

 男がクローゼットの電気を消してドアを閉めた。窓のない部屋だ。瞬時に漆黒になった。手探りで辿り着いた先に椅子に座った女の豊かな四肢があった。
 「真っ暗だわ?」「そうだな」「閉じ込められてしまったのね?」「どんな気持ちだ?」「…堪らなく淫靡だわ」「どうして?」「原始の感覚なんでしょ?」「そうだ」「精子が泳ぎ着くのを待っている卵子みたいな気分なんだもの」「存在それ自体、存在の全てが生殖してるんだ」「そうよ。二つの存在が融合しているんだわ」
 「今、何時なの?」男が時間を告げながら、ストッキングとパンティを引き下ろすと、女が太股を開いた。暗闇の中に女の陰部が姿を現したのだ。全ての指先の触感で愛撫するのである。
 鬱蒼とした陰毛の森の裾野に広がる葡萄色の熟した肉そのものが、豊かに厚く盛り上がって、すでに鬱勃と火照っているのであった。


   -終り-

崩御の朝2️⃣

崩御の朝2️⃣

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-27

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