じぶんを愛すること

 わたしの、心臓。
 やわらかなナイフでしか、触れられないものとなれ。

 だれかにいわれたことば、なにげないひとことにきずついた、夏を、どうか、きみが、すべてまるごと、葬ってくれ。いつだってこわいのは、しぬことで、かなしみにまみれたものはなんでも、儚くて綺麗。都会の喧噪に、かなしみが蔓延して狂ったとき、歪んだとしても、星が、まっさらなきみだけは、そのままでいてと願う夜の、浅はかな眠りに、インターネットのなかのひとびとだけが、等しく呼吸をしている。愛しいものを、壊したい衝動の果てには、絶望しかないのよと囁くのは、失った恋をかぞえるばかりのひと。わたしの眼にうつる月が一瞬、滲んで膨らんだとき、あしたのことを想うようになった。
 朝も夜も変わらずそこにいる、赤いポスト。
 いろんな感情を受け流すように存在する、コンビニエンスストア。
 かたちのない愛のうつわである、海。
 森に沈んだ遊園地で、無邪気に笑っていた頃の記憶が、ときどき、うっとうしいのだけど、いちばん、やさしくもある。わたしのからだのなかでそっと、横たわっている。添い寝するぬいぐるみのように。

じぶんを愛すること

じぶんを愛すること

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-26

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND