異人の儚4️⃣

異人の儚4️⃣


-撮影-


 盛夏のある日の昼。
 三人は巨岩やそこに生えた樹々と花花、細い滝、海原や渚を背景に一連の撮影を済ませた。最初はセーラー服や看護婦の衣装や仮面を纏っていた女達は、やがて、手作りのアイマスクを付けただけの裸体になっていたが、少しばかり焼けてきたからと言ってつば広の帽子を被った。
 松の大木の木陰に石を組み上げたにわかづくりの炉には、金串を渡して肉や魚が焼けている。二人とも健啖で酒が強い。食欲と性欲は通じているに違いないと、男は思う。
 大振りのアブが飛んできて嘉子の食べかけの豚肉に止まった。それを夏朱子がぼんやりと見ている。下半身も砂まみれになってしまったからか、改めて下着は着けていない。二人とも股間は濃密だが、夏朱子のは未だ生え揃ったばかりで、染色してしまった土色の地肌が露になって臍まで続いている。嘉子の剛毛には白砂がびっしりと貼り付いていた。気付いた嘉子に追い払われた虻は、夏朱子の股間の近くで羽音を軋ませていたが、平手で叩き落とされるとウィスキーのグラスに落ちて溺れ死んでしまった。
 そのアブを取り出したウィスキーを飲みながら、「どれくらい撮ったの?」と夏朱子が聞く。「五〇カット」と、伊達が答える。「あと五〇ね」と、視線を飛ばして、「「あの小島がいいわね」と、言う。嘉子も伊達も頷く。「それぞれを一〇〇枚ずつ現像すると、利益はざっと一〇万を越えるのよ。普通の勤め人の年収の二人分だわ。これが今日の稼ぎなの。驚いた?」「事実よ。でも、私たちだけでは及びもつかないことなのよ。全ては組織の為す業なの。組織のことは、追い追い、話してあげるわね?」嘉子が頷く。「それを三等分するのよ」
 計算しながら、嘉子は夏朱子の言葉に驚嘆している。快楽を享受した上に秘密も確保して大金が入るのだ。性交の微細まで曝しはするが、個人の特定は決してされないのだ。何の疑念もないと、嬉子は改めて思う。こんな世界があるとは夢想だにしなかった。若い学生との初めての戯れから僅か二週間ばかりでそうした世界に辿り着いたのだ。
 ただ、難題は若い男を共有できるかという事だったが、女同士の初めての交わりで言い知れぬ悦楽に溺れた嬉子は、簡単に答えを出してしまった。二人の女は陰惨な戦争に翻弄された共通する半生を語るにつれて、共助の確信を強めたのである。


-アイマスク-

 こうして、ウィスキーを飲み交わしながら存分に休むと、汗にまみれて白砂をまぶした二人が、再び、アイマスクを付けると波に向かって歩き出した。豊潤な二つの尻が淫靡に揺れる。二人ともふくよかな菩薩顔で、豊満な似たような身体つきだが、嬉子は大柄で濃い桜色だ。真っ白な夏朱子のは少し下で激しく震えている。
 渚を歩きながら、二人は叫声を憚らずにはしゃいで、泡立つ潮をすくってかけあう。三一と二七の女が無邪気に戯れているが、女達の身体は撮影の最中に交接を済ませたばかりで、発酵しているのである。まだ火照る肉を潮が冷やすのだ。滑らかな肌や豊艶な乳房を濡らした潮が陰毛から滴る。夏朱子が伊達を呼んだ。
 大きな青い帽子と青いアイマスクだけを着けた嘉子、長い髪、陰毛も自然のままだ。幅広の赤い帽子と紫のアイマスクに銀のネックレスを着けた夏朱子、生え揃ったばかりの陰毛が頼りないがへそを頂点に濃密に黒づんでいる。異様で独特の懶惰な空気を発散する女達に向けて、男は矢継ぎ早にシャッターを切った。
 やがて、女達は浅瀬の先に突き出た岩に向かって、淫行を重ねた尻を揺らせて歩み始めた。中途まで来ると、男の指示で二人は浅瀬に座り、静かな太平洋の波を受けながら、抱き合って口を吸い合う。紅い舌を露骨に伸ばして絡め合う。カメラはその淫らな有り様を接写する。
 唇を離した嬉子が、「姉さん。まだ本気にならないで」と、言うと、「よっちゃんこそ」と、唾で光る唇を舐めて、招き寄せた男の水着の股間を掴む。
 小さな岩の先は海原で陸からは完璧な死角である。水深は腰程だ。女達はアイマスクを外して泳ぎ始めた。夏朱子は浜育ちで、嬉子はそうではないが夏の海が好きだ。暑くなってきたが、勇んで出掛けてきたから、未だ一〇時を過ぎたばかりだ。

 伊達が写した写真を見ながら、伊達と嬉子の話を聞き、生徒が夏休みで閑古鳥の夏朱子が、次の嬉子の休みに撮影に行こうと言ったのだった。

 泳ぎを満喫した三人は岩場で、女達がたわいない談笑をしながら、暫く休む。やがて夏朱子が声をかけて再びアイマスクを着ける。女達が様々な痴態で戯れ、抱き合い、口を吸う。とうに水着を脱いだ男が時おりポーズを指示しシャッターをきる。やがて、嬉子が陰茎にまとわりついた。夏朱子がカメラを構える。

 まだ射精を受けていない嬉子が絶叫して果てた。その横で、嬉子の淫液でまだ濡れている勃起したままの男根に夏朱子が股がった。息の収まった嬉子が二人の交合を撮り始めた。やがて男が男根を抜き、暫く嬉子子の口に預けて顔に射精をした。夏朱子がその光景をしっかり撮った。

 間もなく、嬉子は借家を引き払って夏朱子の家に移った。入り浸っている伊達も二学期から下宿した。三人の共同生活が始まったのだ。


-受験-

 こうして半年が過ぎた。伊達が三年に進級する春のある日、「国を動かす程の人になって欲しい」と、二人の女が口を揃えて言うのであった。
 この時には、三人はそれぞれが必要とする金を手にしていた。敗戦直後の退廃した世相に便乗して、いわゆるエロ写真で文字通り身体で稼ぎ出した金だ。元締めの極左組織は、三人の様な多数の者達から掠めた豊富な資金で不穏な運動を拡大した。しかし、新しい刺激的な性具や痴態も枯渇し、競合も激化して、三人の禁断の撮影はめっきり減ったのである。組織も合法政党の評価を得るために躍起になっていた。
 女達はそれぞれの夢の実現の機会を窺いながら、蓄えた資金を株や信託の投機に回して結構な利益を得ている。伊達も大学四年間の学費と生活を賄うに余る預金口座を持っている。そして身体を知り尽くした女達との性交にも飽きていた。
 伊達は女達の助言を受け入れた。半年に及ぶ共同生活を解消して、閑静な下宿に写った。母親の元に戻ろうとは寸毫も考えなかった。無意味な喧嘩にもとうに飽きていた男は、真剣に勉学に打ち込み始めた。そもそも成績は上位だったが、三年の夏休み前には常にトップを争うまでになった。
 伊達が通う高校は戦前から進学の歴史がある。担任の教師が難関大の合格を確約した。久しぶりにあった女達は歓声をあげた。


(続く)

異人の儚4️⃣

異人の儚4️⃣

  • 小説
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  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-26

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