異人の儚3️⃣

草也

異人の儚3️⃣



-写真館-


 伊達が通う高校の近くに、揚げパンが名物の駄菓子屋があった。働き者の女が一人で切り盛りしている。元は夫と共に営み繁盛した写真館だった。小さな町の政争に巻き込まれた夫は、社会主義に傾倒した事を疑われて、謀略で徴兵された挙げ句にいとも容易く戦死してしまったのである。
 女は夫の死は陰謀の延長でないかと疑いもした。だから、御門と軍と国家を心底から憎んでいる。日和見をさらけ出した革新政党や労働組合もさらさら信用していない。女は、鵺の様な権力と身体一つで闘いながら、戦中、戦後を生き抜いてきたのだ。
 豊満な女は夏朱子という。三一歳だ。子供はいない。妖艶な容姿に似合わず男嫌いで通り、身持ちがいいとの評判だ。

 入学間もなくの花万華の頃、ふとした契機で、伊達は夏朱子の巧みな誘いのままに性交した。
 そして互いの身体が馴染んだ潮時に、伊達は夏朱子のある懇願に同意した。
 豊潤な夏朱子の性器や裸体を伊達が写真に撮るのだ。それまではある女がやっていたが、事故死したと夏朱子は言うのだった。フィルムは夫の旧友の極左派幹部の闇のルートに回すのだ。極左派に協力する事で権力への復讐を果たし、自分の裸体で理不尽な男共を愚弄するという、倒錯した快感に夏朱子は酔っている。そして一人きりの女には結構な収入源だった。


-決意-

 元写真館に女主人はいず、卓袱台に短い走り書きがあった。いつになく身体の張っていた嘉子は拍子抜けしてしまう。
 「どうしたのかしら?」「何か考えがあるんだろ」「考えって?」「思いやりの深い人だから」
 未だ見ぬ女の思いやりとはなんなのか。男は多くを語らないし、嘉子には知る由もない。何れにしても、数時間後にはこの男と性交し、それをその女が写真に撮るのだ。数日前に男が提示して女自身が同意した事だ。後悔はしていない。それどころか、未知の快楽への期待で胸が騒いですらいる。しかし、写真を撮る女と男の実際はどういう関係なのか。元写真館の妻で単に商売で撮るのだと、男は言うが、疑う余地はないのか。疑念を持つ方が正常ではないのか。もし、男がその女とも関係があったら自分はどうすべきなのか。この数日、反芻してきたが一向に答えがない。しかし、いかなる事態になったとしても、この男と別れられるのかという自問には明確な答えがあった。つい今しがたまでも、味わった事のない解放された充足を満喫していたではないか。男の身体が自分の身体の一部ではないかとすら思ってもしまうのである。そして、男との交わりは肉体が喜悦する以上に心が潤沢していたではないか。戦後の混沌と暗鬱の日々から、生きていく指標が漸く見え始めたのだ。これ以
上に何を望む事があろうか。
 そもそも、あの初めての日、この若い男に、進路の邪魔はしないし、あなたが求める限りでいいと、十も歳上の負い目もあったのか、女の決意を明かしたではないか、あれから、未だ一週間ばかりなのだと女は思った。答えを出すのは未だ先で良い筈だと、男の端整な横顔を見つめるのである。
 
 磨き上げられた広い階段を軋ませて上がると、二階の廊下の行き止まりは六畳ばかりの和室だ。大輪の花模様の布団が敷かれている。極彩色だ。枕元には水差しと灰皿、それに避妊具が置かれていた。北側の窓が開け放たれていて、網戸の向こうに隣家はなく果樹園が広がっている。その果てには北の山脈が青々と連なっている。風はない。
 窓際に小さなテーブルを挟んで布張りの椅子が二脚、テーブルには灰皿とウィスキー、グラスが載っていた。大掛かりな照明と重ねて立て掛けられた三枚の大きな鏡が目を引いた。
 ウィスキーを飲み始めた伊達を嘉子が手招いた。ガラス戸にレースを張った一枚板の書棚に、多量の猥褻な雑誌とおびただしい性交の生写真などが詰まっているのだ。尋ねる女に、業務用だと、男がさりげなく応じて、押し入れの戸を引いた。そこには様々な衣装や性具、紐などが隠されていた。


-女学生-

 嬉子が伊達の傍らに立った。セーラー服に着替えている。「どうしたんだ?」上気した加減の女が、「もう後戻りは出来ないんでしょ?」「決心したんだろ?」「でも…」「厭なのか?」「あなたの望みなんでしょ?」「あなたとは離れることなんか出来ないもの」「気持ちを固めたかったの」「だから、着たのか?」
 「どう?」「いい」「でも。やっぱり、きついわ」男が見届ける。「不自然でしょ?」「それがいいんだ」「どんな風なの?」「清純な制服を欄熟した肉体が汚している…」「厭だわ」と、紅い舌を覗かせた。「圧倒的な肉の魅力だよ。本物の女子高生には決してないんだ」「やっぱりきついわ」セーラー服は夏朱子の身体に合わせたものだ。「脱いじゃ駄目だよ」「気に入ったの?」「刺激が強くないと飽きたらなくなってしまったんだ」「私もそうなるのかしら?」「もう、なってるだろ?」「そうなの?」「二人でやってきたことが悉くそうだろ?」
 女が椅子に掛けて向き合った。「何だか、やっぱり胸が苦しいわ」と、足を組みながら、「押し入れに白衣があったわ」と、言う。「聴診器も…」「ここには医者もいるのかしら?」「だって、こんなに胸が苦しいんだもの」

 暫くすると、白衣の伊達が現れた。聴診器をかけている。「胸を開けて」女が豊満な乳房を開いた。すると、その乳房は痣だらけなのである。「これはどうしたんだ?」女は格好な台詞が見つからない。男が聴診器を当てた。「どう?」「どんな具合なんだ?」「黙っていてはわからない」「胸が苦しいの」「歳は?」「17…」「…それって、戦時下の頃だろ?」「…そうね」「こんな格好をしていていいのか?」「…憧れだったんだもの」「本当は何を着ていたんだ?」「何もかもが禁制で。下は真っ黒いズボンだったわ」 「…それで、どうしてこの診療所に来たんだたんだ?」「それが何もわからないの。私ったら、どうしたのかしら?」「あなたは知ってるんでしょ?」「…運び込まれたんだ」「どこに?」「診療所にだよ」「ここがその診療所なのね」「そう」
 「どうして?」「…気を失って」「どこで?」「…バス…」「…バス?」「…バスの中で倒れたんだ」「思い出したか?」「正直に話さないと診察できないよ」「先生は幾つなの?」「35」「そんな風に思えてくるから不思議だわ。…込んでいるバスの中で。最後尾に押しやられてしまったのよ。あの時みたいに」「あの時?」「あなたと初めてのあの時だわ」「それで?」「男がいたの」「誰?」「わからない」「…鉱山の脱走者だったのかも…」「半島の徴用工か?」「…多分」「どうしてそう思うんだ?」「あの頃に脱走騒ぎはしょっちゅうだったんだもの」「喋ったのか?」「ううん」「顔は見たのか?」「どうだったかしら…」
 「匂ったの」「どんな?」「野草の濃厚な香りよ」「野草を磨り潰したみたいな…」「汗と血の臭いだったのかもしれない」「それで?」「…ますます密着して…」「抱きすくめられたんだな?」「そうよ」「それで?」「あなたみたいになっていたわ」「硬直していたでしょ?」
 「脱がされたのか?」「そうよ」「俺だけじゃなかったんだな?」「隠していたんだな?」「そうじゃないわ」「だって、あなたは何も聞かなかったでしょ?」「他には?」「女の過去を詮索するなんて野暮なのよ」「男なんて同じだもの…」
 「その男はどうなったんだ?」「知らない」「先生?」「診察は?」「…処女なんだね?」「どうなの?」「はい」「診察すればすぐにわかるんだよ」「本当です」

 「でも、正直、不安だわ」「どうして?」「これから何が起きるのか…」「大丈夫だよ」「でも…」「あなたには天性があるんだ」「天性?」「この一週間に色んな事があったろ?」「そうだったわね」「驚きの連続だった」「あなたが?」「そう」「何に驚いたの?」「あなたの天性の資質だよ」「多分、あの戦争で封じられていたのがあからさまになったんだ」「そうなのかしら?」「こういうのが好きなんだろ?」「あなただからよ」「それでなくては困る」「あなた以外では出来ないことばかりだわ」「相性がいいんだ」「もう、みんな試してみたの?」「だったら、捲ってごらん」女がスカートを捲ると、ガーターを着けている。パンティは紫だ。「良くこんなのを見つけたな?」「だって、一揃いになっていたんだもの」
 「やっばり、胸が苦しいわ。休ませて」
 伊達は布団の前に三枚の大鏡を二人の全貌を映す位置に企んんで並べると、嘉子を横たわらせた。
 布団に腹這いになった伊達がウィスキーを飲ながら煙草を燻らす。セーラー服の嘉子が横に添った。
 やがて、ポーズをとる幾人もの全裸の嬉子が鏡の中に現れた。
 仰向けの伊達に背中と尻を見せて嬉子が股がり、伊達を導き入れた。女の正面の大鏡に結合の全てが映されている。他の二枚の鏡にも、怪しく加工された裸体の猥褻な交わりが、余すところなく映し出されているのだ。「全部見えるわ」と女が答える。嬉子は鏡を見ながら、自分達の交接を淫らな言葉で口にして、詳細を描写した。暫くすると、伊達が嘉子を引き倒して、すっかり仰臥させると、手を絡めて両の乳房を塞いだ。足も絡めるから女は身動きができない。

 そこに、赤い長襦袢姿の夏朱子が現れた。ウィスキーのグラスを手にしている。椅子に座って、妖艶に笑みながら二人の痴戯を見下ろしていたが、傍らに座り込むと、挿入されて露な嘉子の陰核を舐め始めた。嘉子は驚いたが、初めての感覚に引き込まれていく。五分も続けられると痙攣も始まって、言い知れぬ快楽の激流にさらわれてしまうのである。覚悟はしていたとはいえ、夏朱子が仕掛けた不可思議な官能の世界に、いとも容易く堕ちていくのであった。そうして、嬉子の様子が甚だしく変化していくのを見極めると、伊達と嬉子の交接に、ごく自然に夏朱子が加わってしまうのである。
 やがて、法悦の残滓を漂いながらかすかに痙攣する嬉子に、隣で夏朱子に挿入したままの伊達が、「撮るか」と、囁いた。嬉子は喜悦しながら濡れた唇を舐めて頷く。
 夏朱子は二人に手慣れた指示をしながらシャッターを切り始めた。嬉子の濡れた性器や性具や紐、衣装を使った様々な痴態が、絶妙に顔を隠して矢継ぎ早に撮られていくるのであった。


(続く)

異人の儚3️⃣

異人の儚3️⃣

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更新日
登録日 2020-08-26

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