紫萬と磐城の儚5️⃣

紫萬と磐城の儚5️⃣


-ブルース-

 「どうしました?」「あの人が出ていったわ」「誰ですか?」「主人よ。猿沢夫人と一緒だわ」「猿沢?」思わず陸奥は動揺を隠せない。「どうかしたの?」「二人で何処に行くんですか?」「あなた?私達にもう邪魔はないんだもの。もっと耳許で囁いて欲しいわ」と、司喜子が両の腕を陸奥の首に回した。「あの二人の行き先は?」「さあ。たぶん、御門神宮辺りのホテルかしら?」「ホテル?」「判らないの?」「密会?」「そうよ。あの二人は前からそういう間柄なの」「いつから?」「かれこれ二年になるかしら」「四年前にご主人が戦死されて。伊勢は上官だったの。遠くて近きはの例え通りなんだもの。下下の下世話には呆れ果てて腹の立つのも忘れてしまうのよ」「あなたが気づいているのをご主人は知らないんですか?」「どうかしら。私は何も言ってないから」「どうして?」「こうした事柄は切り出す時期が肝心なの。もう私達ばかりの修羅ではないんだもの。家の問題なんだわ。だから、未だその節じゃないのよ」「それよりも。あの二人はこれから四時間は一緒よ。もう、ここには戻らないわ」
 「随分と長いな。どんな風にしてるんだろ?」「何を?」「裏切りの行為てすよ」「あの女は夫が戦死してからは身体の芯から飢餓なんだわ」「それに二人とも爛れるほどに交接が好きなんだもの。どんな風にしてるか、後で詳しく教えてあげるわ」「詳しく?」「そうよ?聞きたいんでしょ?」
 「やっぱり、あの女に興味がありそうなんだもの」「そんな事はない」「だったらいいけど。でも、あなた?私達にもそれだけの時間があるという事なのよ。どう?」「そうですね。かえって僥倖だ」「あなたって本当に豪胆なのね。それが若さなのかしら。おいくつだったかしら?」「二九」

 「司喜子にすっかり囚われてしまったんだ」「まあ。初めて名前を呼んでくれたのね。目眩がするほど嬉しいわ。あなた?いい考えが宿ったの。あそこに狭いコーナーがあるでしょ?」「豊満な裸婦の絵が掛かって小さな椅子が置いてあるでしょ?」「わかった?あそこに行ってみない?踊りながらゆっくりと移動するのよ」

 「ここなら誰も来ないわ。もし来てもこちらからは見えるから。離れればいいわ」「こんな絶好の死角があったんだ」「ここなら二人きりよ。絶対に大丈夫だわ。おあつらいむきにスローなブルースが流れてきた。さあ。あなた?最後のダンスを楽しみましょ?もっと身体を寄せて」「こうですね」「そうよ。遠慮しないでいいのよ。チークなんだもの」「こうですか?」「そうよ。あなた?お上手だわ」
 「司喜子の命を感じる」「命?」「動悸が伝わってくるんだ」「耳元の囁きが堪らないの。あなたの言葉が誘惑の詐術をまぶして吹きかかるんだもの」「あなた?耳朶をしゃぶったわ?」「嫌ですか?」「刺激が強すぎるんだもの。話ができなくなるわ。もっと、あなたと話したいんだもの。急がないで」
 「司喜子?」「何?」「どう?」「身体の芯が痺れてるみたい。陶酔してるのよ」
 「これがダンスと言えるのかな?」「どうして?」「もしも裸でこうして抱き合っていたら不道徳の極みですよね?」「それはそうだわ」「人間の文化は僅かの衣服一枚で倫理を超越できるんだ」「そうかもしれないけど。これも文化の知恵だわ」「あなたのような方を迷うこともなく抱く事が出来るんだからね。欲望は倫理の隙間をついているんだ」「僅かばかりの非日常の潤滑油なのかもかもしれないわ」
 「軍部強硬派の主張が通って敵性音楽禁止が施行されているから、こうしたダンスも取り締まりの対象なんだ」「仕方がないかもしれないけど。ますます息苦しくなるのね。でも、今日の限りは二人きりの秘密だもの。これも未だ立派にダンスだわ。仮にそうじゃなくとも、こんなに堕落させてしまう。あなたは女のリードが巧みなんだわ」「光栄です」「戦時の束の間をせいぜい満喫したいわ。些細な愉悦なんだもの。そうでしょ?」


-義姉弟-

 「あなた?実際に裸で踊ったらどうなるのかしら?」「ワルツなどは陳腐でしょうね?」「どうして?」「陰茎が揺れて。滑稽でしょ?」「陰嚢もだわね?」「そうだ。まるでポンチ絵だ。官能などとはとうてい無縁だな」「女だってそうだわ。乳房が揺れるもの。踊るどころじゃないわ」「裸族の女たちの舞踏を映画で見た覚えがある。殆ど全裸で跳び跳ねていたけど性的な趣などは一切覚えなかった」「だったら、裸体は欲望を呼び寄せる一様な手段じゃないのね?」「そうかも知れない」「だったら、しっかりとまとった日本舞踊はどうかしら?」「これは違うな。覆い包まれた裸体を妄想して、かえってストリップの趣があるかもしれない」


-聖愛天皇-

 「あなたの姓は、やはり北の方なのかしら?」「そのものの陸奥です」「行ったこともない遠い異国だわ」「あなたは皇室の一族に繋がる家系だと聞きました。高貴では血の繋がりは大事なんでしょう?」「そうよ。古から最も守るべきものは血族なのよ」「血縁を維持するために姉弟婚があったと聞きましたが?」「そうよ。皇室にも私達にもそういう史実があったわ。最も古代には母子や夫娘婚もあったと聞いたわ」
 「姉弟で同衾したんですね」「そうよ。最も有名なのは聖愛天皇だわ。正統直系男子が途切れて即位したんだけど、妾腹の弟を愛してしまったの。反対を押しきって結婚したんだけど…」「どうしたんです?」「二人が性に溺れて政務が乱れたの」「二人は幾つだったんです?」「女帝は二十歳。弟王は一八」「盛りですね」 「そうね。でも、そればかりじゃないのよ」「弟王は巨根だったの」「それに溺れたんですか?」「そうよ」「どれくらいだったのかな?」「通常の三倍はあったと言うわ。それに亀頭が特殊だったの」「女はそんなのがいいのかな?」「どうなのかしら。でも、民衆には巨根信仰もあるでしょ?」「あなたはどうなんですか?」「そんな事は知らないわ。それに…」「陰嚢が三つあったのよ」「本当ですか?」「そうよ。それを膣に挿入したの。考えられないでしょ?」「聞いた事がない」「何れにしても、女帝はその異様な性器の虜になったんだわ。それに…」「女帝のもたぐいまれな珍器だったというの」「膣の構造よ」「どんな?」「膣の内壁に粒々が一杯あって」「収縮が凄かったらしいわ」
 「そんな、いわば突然変異の性器の持ち主の二人が出会ったんだもの。歓喜したろうし。溺れもしようし。離れるわけがないでしょ?」「そうだな。弟王の巨根だって普通の膣には挿入できないだろうし。無理にしようとしたら凶器にすらなってしまう」「そうなんだわ。弟王が何人もの女官の膣を壊したという話も伝わっているわ」「凄いな。それで二人はどうなったんですか?」「二人が享楽に耽溺したのは僅か一年ばかりだったんだけど。余りに治世が乱れたので、二人は暗殺されてしまったの。交合の最中を襲われて串刺しにされたのよ」「挿入している時に?」「そうよ。射精の瞬間を狙われたの」「凄惨な末路だな」「二人の遺体を離そうとしたけど、どうやっても結合が解けなくて。弟王の陰茎を切り落としたんですって」「二人の血族もことごとく粛清されたの。歴史から永劫に抹殺されたんだわ」
 「二人に子供はいなかったんですか?」「僅かな出来事だもの。なかったわ。でも、辛うじて縁者の数人が生き延びて。ある時代に、再び、貴族に返り咲いて。極秘のうちに今日まで言い伝えたえて来たんだわ」「もしかして?」「そうよ。その女帝が私の古代の先祖なの」「あなたの身体にも女帝の血が遺伝しているんですね?」

(続く)

紫萬と磐城の儚5️⃣

紫萬と磐城の儚5️⃣

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更新日
登録日
2020-08-25

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