夢喰い

野崎くるす

 海岸線に辿り着いた一艘の舟。
 そこには一人の青年・Tが乗っていた。
 Tは手にしたオールを放り投げ、乗っていた舟から駆け降りる。
「あった……、ほんとにあったんだ」
 眼前に広がる密林、遠くにそびえる山々に、聞いたことのない鳥の鳴き声。
 Tは汚れたズボンのポケットから地図を広げ、それと眼前の景色とを見比べる。
 この×印のところに、あの大海賊のお宝が眠っている。
 Tは裸足のままに、密林目指して歩きだした。

 島に上陸してから三日目の朝。
 Tは干し肉をかじりながら、地図を広げた。
 今いるのは、大体このあたりだろう。×印のある山までは、密林を抜け、大河を渡り、渓谷を越えねばならない。
 Tは地図をポケットにしまうと、この島や財宝に関する文献に目を通す。
『これは私の妄想だと人々はいう。けれど私はあの島に自らの足で立ち、未知の生物たちをこの目で見た。
 必ずどこかにあの大海賊の宝の在処を示す地図も存在する。その宝の地図を手にした者の幸福と栄光を願い、私は今日も綴るのである』
 とある名もなき冒険家の日記、それはこのような文言で終わっていた。
 それはTが幼い頃より何度も何度も読んだために擦り切れて、色あせていた。
 骨董市でゴミ同然に売られていた古びた地図。そこに描かれていたのは、あの冒険家の日記にあった通りの地形。
「これはあの大海賊の財宝の在処を示した地図なんだ」
 その言葉を、人々は嘲笑った。
「なら、その島はどこにあるんだい?」
「そういうなら、自分でいってみたらいいじゃないか」
「お宝ってやつが見つかったら、今度、俺に見せてくれよ」
 そう人々は口にした。
 木を削り、組み合わせて作った舟で旅立った。
 何度も嵐に巻き込まれ、辿り着いた島はどれも違った。
 そんな島は聞いたこともない。そこでも人々に笑われた。
 妄想、狂想。そんな評価なんて、お宝を見つけてしまえばすぐにひっくり返るだろう。大衆なんてそんなもんさ。
 今日中には密林を抜けたいところだ。Tは火を消し、荷物をまとめた。

 延々と続くサバンナに、ポツンと一つテントがある。
 そのなかでTは目を覚ました。
「いけない、火が消えてる」
 テントの前にある木々の燃えカスを見て、しまった、とTは周囲を見回す。
 するとなにかの気配がした。
 Tは木の棒を手に、気配のする方へと視線を送った。
 そこには背の低い草木があり、その背後でなにかが確かに動いている。
 目を凝らすと、その背後からひょっこり顔を出したのは、山羊に似た獣だった。
「なんだ、あれは……」
 山羊に似た獣は、脚にバネでも仕込まれているかのようにピョンピョンと跳ねながら移動する。
 まるで敵意を感じない。その山羊に似た獣は、人懐っこくTに向かいやってくる。
 Tは指笛を三度吹く。
 その山羊に似た獣はその音などは気にも留めず、Tに駆け寄るとそのスネに額をすりつけた。
「おお、よしよし」
 この島にきて、Tは初めて心の安らぎを得た。
 Tは山羊に似た獣にαと名付け、宝の在処を目指すことにした。

 その日も、Tはαに顔を舐められて目を覚ます。
「よしよし」
 この島に上陸してから、もう何日経ったのかもわからない。
 昨夜は大河の前にテントを張り、今日はいよいよ大河を越える。
 Tは目をこすりながら、干し肉をかじり腹を満たした。
 そこでTはある違和感に気がついた。
 Tはそれを確認するためにズボンのポケットを手をつっこみ、「あっ!」という短い悲鳴を上げた。
 いつもそこにいれていたはずの宝の地図が、どうしたわけかそこにない。
「ど、どこだ、どこにいった!」
 Tは地面に這いつくばり、周囲を手当たり次第に探し出す。けれどどこにも見つからない。
 そんな途方に暮れるTの目に映るのは、草花をむしゃむしゃと咀嚼するαの姿。
「おい、α! お前が食べたんじゃないだろうな!」
 Tはαに駆け寄ると、無理やりその口を開けなかを見た。
 もちろんそんなことでどうにかなるわけでもない。
「くそっ!」
 Tは地団駄を踏み、暴れ回る。
 αは怯えながら、それでも心配したようにTのスネに額を何度もするつける。
 Tに蹴られても、口汚く罵られても、αは決してそれをやめることはなかった。
 何度Tが振り払っても、αはけなげにTの後ろをついてきて、大河を越えて、夜がきた。

 翌朝、Tはαに顔を舐められて目を覚ます。
 いつもと同じように湯を沸かし、干し肉をかじる。
「よしよし」
 Tは穏やかな顔でαを撫でると、草をちぎり、それをαの口に持ってゆく。
 αは嬉しそうに尻尾を振りながら、それをむしゃむしゃと咀嚼する。
 そしてとある冒険家の日記帳を開き、それを暇つぶしにと読んでゆく。
「とんだ夢物語だな。そんな島、いったいどこにあるんだろう。なあ、α」
 地図にはのっていない島。そこには大海賊のお宝が眠っている。
 そして地図にはのっていない島の地図。それにはそのお宝の在処が示されているという。
「きっとこの冒険家は、とんだ妄想狂なんだろうな」
 この世界は丸いのだ、ずっとまっすぐに進めば、また元の場所に戻ってくる。
 そして空が動ているのではなく、この大地が動いているのだとこの冒険家はいっている。
「α、今日は山のふもとを目指そうか」
 その言葉に、αはピョンピョンと飛び跳ねる。
 その腹には見慣れぬ痣のようなもの、あの宝の地図にそっくりの痣ができていた。
「α、こんな痣あったっけ?」
 けれどTはそれを見てもなんとも思わない。
 Tはその痣をしげしげと観察しながら、そういえば、どうして自分はこの島にいるのだろう、と考えた。

夢喰い

夢喰い

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-08-23

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