夏の城
鱗粉を纏う。パパのこと、好きだと思ったことは一度だけ、ある。
でも、あれはきっと、水族館の、暗い館内に浮かび上がる、青い水槽のせいで、幻想と呼ぶには大袈裟だけれど、足元の間接照明と、水槽の青が織り成す、刹那の非日常が、そういう気持ちを生んだのかもしれない。夏のおわりに、ぼくは、パパというひとにすべてをあけわたした。そこに愛はあったのかと聞かれれば、ぼくはノーと答えるかもしれない。けれど、限りなくイエスに近いものが水面下で漂っていたからこそ、ぼくはパパだけのひとになり、パパはぼくの世界となった。閉ざされた空間は宇宙に似ている気がする。宇宙は、きっと、広大で、無限でありながら、想像のなかではおどろくほど狭く、閉塞的だ。
魚になりたいような、夜もあった。
次第に、言語というものが失われても、ぼくからひとつひとつ、日々、なにかが欠けてゆこうとも、パパはぼくだけのパパで、ぼくはパパだけのぼくである。好意はやさしさで愛は暴力で、学校の教室は放り出されて漂流して、海が見える家はぼくとパパの城だった。
夏の城