(BL)三田、三好、好田。

えりな

  1. 10

高校入学と同時に出会った三人。
その関係か少しずつ変わっていき…。

※性描写はありませんが作者の他の読み物がそういうくくりのため区分を成人向けにしています。



いつもの殺風景な街並が淡い桜色に染まる四月。


真新しい制服に袖を通した僕はこれから三年間お世話になる高校の校舎を見上げて一度頷き手にしてる新しい上履きを片手に正面入り口からその中へと入った。
クラスの発表は事前にされていたし入学説明の時に校内の案内図ももらってる。
だから迷わず廊下を進み僕の教室の前まできて。


「ここ、だ。」


“一年一組”
教室のドアの上の札、みたいなのを再確認してからゆっくりと引き戸を開いた。



カラカラカラ…



静かに開いて中に一歩足を踏み入れる。
すると。



ふわ……



突然外から吹き込んできた風が窓際にかけられている薄手のカーテンを舞い上げる。
ふわふわと…まるで生き物みたいに舞っていたそれは散々踊るとそれに飽きたかのようにゆっくりと戻っていき、やがて何事もなかったみたいに元の通りに落ち着いた。


そして…カーテンにばかり気を取られていた僕はそこにいた人達に気付いてなくて。


「スゲェ風だったな。」
「ああ…。」


あまりにも自然なそんな声で気付いてそっちに顔を向けると、そこには背の高い黒髪の人とその人より少し低いくらいの背のブラウンの髪の人が立っていた。


「あ…」
「あ、おはよう。」
「オハヨー。」


二人は僕をみて静かに笑うとカーテンをキッチリと開けて窓を閉めてからまた僕の方をみて。


「初めまして。良かったらこっちおいでよ。」
「そこ寒くねぇ?」


そう言って隣同士で並んでいた間を一人分空けてくれた。


「え…でも…」


気持ちは嬉しいんだけど…初対面の人に言われると戸惑うし緊張する。
返事も行動も起こせずモジモジしていると。


「べつに取って食おうってんじゃねぇんだから警戒すんなよ。」
「好田、その言い方がまずいんじゃないの?」


…と、二人が軽く言い合いみたいのを始める。
僕はそんなやり取りをみながら緊張の糸とちょっと強張ってた頬を緩め二人に向かってゆっくりと歩きだした。



◇◆◇◆◇◆◇



二人との出会いはそんな感じだった。

僕とは背もだいぶ違い字の如く“見ている世界”が違う人達。
そんな二人に偶然以外ではなれないだろう的なキッカケで出会わせてくれた神様に僕は人知れず感謝したりしてるのだ。



ブラウンの髪の人は三田悠希。
黒髪の人は好田章仁という。
二人は幼なじみだそうで端から見てても分かるくらいにツーカーで本当に仲がいい。
タイプ的には柔と剛で真逆同士なんだけどそのバランスがまたとても素晴らしい。


「三田、数学の課題忘れた。」
「ホレ。」


差し出した好田の右手の甲が僕の頭の上に乗せられる。
すると三田の出したノートがその上に乗せられて。


「いくらちっちゃいからって僕の頭越しにするのはやめてもらえないかな。」
「アハー。」
「ハハッ。」


悪びれなく笑う二人をその真ん中で見ながら僕はその空気をとても心地よく感じだしていた。



「しかし好田、お前ちゃんと課題やっとけよな。」


前の席に座ってる三田が呆れた顔で僕の後ろの人をみる。


「んあ?あー…だって昨日はバスケの助っ人だったしな。」
「バスケの助っ人?」


びっくりして振り返ると三田のノートを写してた好田がニヤッてしながら僕をみた。


「好田は無駄に運動神経が発達してるから。」
「ムダは余計だ。」
「え?どういうこと?」


意味が分からず聞き返すと好田は口の端を上げて笑って。


「読んで字の如く。勝ちたい試合があるからって言われて出たんだよ。」


そう言ってドヤ顔をしてから視線をノートに戻した。


「え!そんなの誰に言われんのさ!」
「そこかよ!」
「三好ってさあ、何か切り口斬新だよね?」


ククッと笑いながら三田が僕の頭の上に掌を乗せる。


「マジそこじゃねぇだろーよ。普通はそこは試合のこと聞くんじゃねぇのか?」
「え、だってさ…」
「だからそこが斬新だっていうの。」


呆れた顔してる好田をみて、益々笑う三田をみながら僕はこの独特なまったりとした空気に幸福感を覚えた。



◇◆◇◆◇◆◇



桜色だった街並は気付けば新緑の季節を迎えていた。

肌寒かった空気も次第に緩み仄かな暖かさを感じ始めた頃、僕の周りに小さな異変が起き始めた。



『また…?』



本当に小さな異変。

朝、教室に入ると…僕の机が少し斜めになっていた。
いつも床の升目に合わせて帰っているはずなのに。


気のせいといえばそれまで。
だけど…それが一週間続くとさすがにそうとは思えなくなっていく。
そして八日目の今日は…。


『足…跡…?』


机の上と椅子の座部、背もたれにもうっすらと土のような砂のような汚れが付いていた。
これは…。


「おっす。」


席を見下ろしていた背後からの声にビクリとしながら振り返ると。


「あ、おはよ、好田。」


生あくびをしながら肩を回す好田がいた。
彼は大きく伸びをしてから僕の顔をみて、僕の席を見下ろして。


「…どーした?」


そう言って眉間にシワを寄せた。


「え!あ…ううん、なんでもないよ。」


ドギマギしながらその汚れた椅子に腰かけ……



グッ。



…ようとした瞬間、腕を掴まれた。


「よし…」
「汚れんだろうが。」


言うより早く自分の鞄を開けた好田は中からタオルを取り出し僕の椅子や机を拭き始めた。


「好田!いいよ、タオル汚れちゃう…」
「いいんだよ。」


僕の制止を聞かず汚れを拭き上げてくれてから好田はちょっと怒ったような顔を教室に向けて。


「チンケなことやってんなよな!」


誰にともなくそう言った。



しん…。



静まりかえった教室の中、一人一人に鋭い視線を向けてから…好田は僕を見下ろしニッと笑って。


「エスカレートするようならちゃんと犯人探ししてやるからな。」


そう言って僕の頭をポンポンと叩いた。
すると、ガラリと後ろの引き戸が開いて三田が現れて。


「おはよ…ってか何、この張り詰めた空気。」


そう言って数回瞬きをしてから僕の前の席についた。


「ああ。なんか三好、イジメられてるっぽくてな。」
「はあ!?」
「ちょっと好田…」


慌てる僕の頭上で好田と三田とのディスカッションが始まる。
そしてその日以来、僕の机への被害はピタリと止んだ。

黒板に書かれた文字を目で追いながら僕は溜め息をついた。


「…ってなわけで、参加種目は各自ノルマ二種な!」


担任の声に教室内がザワつく。
…それもそのはず。
今月末に行われる体育祭の参加種目のノルマが一人二個だとたった今断言されたからだ。


「取りあえず参加希望を聞いていくから挙手して。」


担任から議事進行を引き継いだ学級委員長の三田はそう言って教室内をグルリと見渡した。


正直…
どれもイヤ。


イヤってより、無理。
僕は……自慢じゃないけど運動は苦手というかなんというか。
ズラリと書かれた種目をみながら内心溜め息をつく。


「なあ三好。」


ツンと背中をつかれて顔を少し後ろに向ける。


「騎馬戦、出ねぇ?」
「はっ!?」


突拍子のない種目に思わず声が裏返る。


「ちょっと好田、本気で言ってんの!?」
「もちろんお前は上で馬の先頭は俺。」
「そりゃそうだろうけど…」


どう考えても僕が馬の一番前とかはないけど…じゃなくて。


「僕にハチマキの争奪戦を任せる気なの?」
「ああ。」


恐る恐る聞いたことに好田はサラリと頷くなり挙手をして。


「騎馬戦、好田と三好な!」
「はっ!?」


途端ザワザワとしていた室内が別の意味でざわめき始める。
どこかからは馬鹿にしたような笑いなんかも聞こえてきて…僕は黙って俯き唇をキュッと噛み締めた。


「嫌なら断れよ。」


背後からの声にチラと視線だけを向ける。
すると好田はニヤリと笑いながら僕に悪戯っ子のような視線を向けて。


「まあ断っても逃がしてはやんねぇけど。」


そう言ってからパチンとウィンクをしてよこした。
僕は黙ったまま体を前に戻してから、残りの一種目の厳選に入った。
………そして。
結局、体育祭での僕の出場種目は短距離の徒競走と好田おすすめの騎馬戦になった。

『嫌なら断ればいい』

そう言いながらも好田は『でも逃がさない』とか矛盾したことを真顔で言う。
そんなんなら僕に選択権なんてないじゃなかー…って、やっぱりちょっと不満だったりするんだ。

正直、好田の意図する先は分からない。
あの日から本人に何度聞いたところで笑ってごまかされるだけ。

だけど…好田がただの閃きなんかで無茶振りしないのは分かるから。


「…しょうがないよね。」


そう腹をくくって……人知れず僕は溜め息をついた。



◇◆◇◆◇



そして迎えた体育祭当日。


空は快晴。
テンションはぼちぼちな感じで僕はジャージの袖にダラダラと腕を通す。
するとすぐ横に気配を感じて顔を上げると。


「騎馬戦、ラストだからな。昼飯食ったら体力温存で昼寝でもしとけよ?」
「あのねぇ…。」


ニッと笑う好田に苦笑いを向けてジャージのファスナーを上げる。


「僕の徒競走は昼一なの。だから昼寝なんてする暇はありません。」
「あー俺の長距離はそのあとなんだよなー。」


僕に背を向け大きく伸びをしてから好田は顔だけをこっちに向けて。


「お互いケガしねぇようにしようや。」


そう言ってまたニッと笑った。



ドキン。



…………ん?



なんか今、胸がドキン、とか……?
何の気なしに胸に掌を当ててみる。


…なんとも、ない。


おかしいなと思いつつ好田を見上げるけど…これといった変化は、ない、よね?

首を捻りながら窓の外に視線を向けて溜め息をひとつ。
そして隣でやる気満々な様子の好田をみながら僕はまた溜め息をついた。



気持ちが足取りにでるらしく進む歩幅は広がらない。
着替えを終えてグラウンドに出ると外はなかなかの賑わいになっていた。


昨日まではなかったトラックのラインや障害物の数々。
そして男子校ならではのグラウンドを埋め尽くす男子の集団をみながら僕は苦笑いをした。



「好田、三好。」


かけられた声の方に向くと三田が小走りでこっちに向かってくるところで。


「おう。」
「おはよ、三田。忙しそうだね?」
「おはよう。実行委員とか次回は勘弁してもらいたいもんだよ。」


苦笑いを向けた三田を見ながら僕は…『でも体育祭の出場必須競技が一種目ってのは羨ましい』…なんていい加減女々しい発想をする自分に軽く自己嫌悪したり。

するとそんな僕の考えが通じたのか三田は少し笑って僕のおでこを人差し指でピンと弾いた。


「さて、んじゃ…昼までのんびりさしてもらいますかね?」


大きく伸びをする好田をみながら一度頷く。


「今日の主役はお前だからな。無様な負け方したくなかったら気合い入れろよ?」


そう……言われて。


「分かってるよ。好田が僕を勝たせてくれるんでしょ?」


と返すと好田はとてもとても嬉しそうな顔をしてから『任せとけ。』と、言った。



◇◆◇◆◇◆◇



お昼が近くなってきた頃。

好田に呼ばれてグラウンドから少し離れた体育館横に行きそこに座ると…おもむろにうちの馬リーダーがフォーメーションの説明を始めた。

それを聞きながら僕は…頭の中がこう……こんがらがってきて。


「あのさ…」
「なんだ?」
「フォーメーションとか……」
「ああ。」


ポンッと一度手を打った好田はニヤッと笑いながらパタパタと手を扇いで。


「三好は聞かなくていい。余計なこと頭に入れるとパンクしちまうだろ?」


ハハッと笑ったヤツにつられて両隣にいる二人も笑う。
この二人は今回のためにわざわざ馬に名乗りを上げてくれた久保くんと坂下くん。
なんでもバスケ部の人達らしく、前回好田が試合の助っ人に入ってくれたお礼だといって参加してくれたんだ。


「まあ取りあえずさ、結構よこやり入ると思うんだけどケガだけはしないようにな。足は俺が出すから…」
「ちょっと待った!」


説明を流して聞いてた僕は聞き慣れない言葉に思わずストップをかける。


「なんだよ。」
「今なんか、足を出すとか言わなかった!?」
「言ったけど?」


さらりと返されて僕は思わず口をパクパクとだけ動かす。
それは…。


「そ、それはスポーツマンとしてどうなのさ!」
「何言ってんだよ。騎馬戦ってのはある意味無礼講な競技だぜ?ハチマキなんてオマケみてぇなモンだって。ようは最後まで立っててハチマキつけてりゃいいんだからよ。」


あんぐり。


開いた口が塞がらないとはこういう時を示す言葉なんだと改めて今、知りました。


「俺達は最後まで立ってるから三好、お前は自分のハチマキ守ってろ。んで余裕があったら誰かのハチマキむしり取れ。」
「……………。」


どう、返事をすればいいのかなこの場合。


返事ができない僕を気にせず三人はまた話を再開する。
僕は…やっぱり参加をメ一杯、精一杯拒否するべきだったんじゃないかと今更ながらに思った。


そうこうしている内に体育祭の午前の部が終わり昼食になった。


今の今まで騎馬戦チームでのフォーメーションやらなんやらをみてたもんだから…参加してないのに僕の頭の中はグシャグシャ。


「はあぁ…」


おにぎり片手に溜め息をつくと三田が僕の顔を覗き込んできて。


「疲れてるね。」
「あはっ…」
「疲れてる場合かよ。」


苦笑いをする僕の隣でコンビニのおにぎりを片手に持った好田が呆れた声をだした。


「三好、根性なさ過ぎ。」
「だ、だってさ…」


根性もなにもあったもんじゃない。

ウチの馬達、本気で動きが機敏なもんだから僕は上でバランスを取るのが絶対難しいって。
そう言いたいけど…ようするに僕が運動音痴なだけなんだよね、って結論に達した今では反論するのもおこがましいような感じで。


「…ご、ごめんなさい…」
「あれ。素直だ?」


ショボンとした僕の頭に掌を乗せて三田が苦笑いをした。


「好田ぁ…あんま三好をいじめんなよ。」
「いじめてるわけじゃねぇよ。」


憮然とした声に益々しょげる…けど、いつまでもしょげてる場合じゃないよねと思い直して顔を上げる。


「大丈夫。うん、大丈夫!」


そう言って拳を握る僕をみながら好田は静かに笑った。

午後一番で始まった僕の短距離走は……騎馬戦へプレッシャーもあってか今だかつてないくらいにボロボロだった。


「あー…もう、消えたい。」
「転ばなかっただけでヨシとしよう?」


メゲまくりな僕を心配してか体育祭の実行委員をしてるはずの三田がフォローをしにきてるしまつ。
もう…本気で消えてしまいたい。


ズドンと落ちてる僕の肩を叩いて三田があやしてくれるけど…それがまたかえって申し訳なくて。
…すると。


ワッ!!


空気を揺るがすようなざわめきに驚いて顔を上げる。
…と?


「好田!?」


長距離走に出場している好田がトラック上で四つん這いになってて…?


「えっ、好田どうしたの?」
「進路妨害…つか、足かけられたみたいだ。」
「ええっ!?」


驚きのあまり声が裏返る。
足かけられた……って、何で…?

わなわなと震える唇を噛み締めながら好田をみると彼はスクッとその場で立ち上がりゆっくりと走り始めた。


「よかった…大丈夫だったみたいだね…」
「足、痛めたな。」
「えっ!?」


ホッとしたのもつかの間。
三田の言葉にまた驚いて好田をみるけど…そんな様子なんて……。


「アイツ無理する天才だから。」


ボソリとそう言って三田が立ち上がる。


「どこ行くの?」
「あと十周だろ。その間にアイシングの用意してくる。」


そう言い残して三田はすぐにいなくなってしまった。

残された僕はどうすることもできずただ目の前を走り続ける好田をみてるしかできなかった。

周回が増すごとに好田の顔に苦痛の色が出始める。
それがどんどん深くなっていくのに僕はなにもできなくて。
……できない、から。


「よ、好田!あと一周だよ、頑張れ!」


震える声を振り絞ってそう叫んだ。
すると好田は走りながら僕に向かって親指を立ててみせてから…驚くほどのスピードでラストスパートをかけた。


中盤を走っていた彼は一人、二人と抜いていき残り数名のところでまた苦悶の表情を浮かべる。
そしてまた力強く走り出して……二着でゴールしたんだ。


「好田、好田っ!!」


トラックから戻ってくる好田を出迎えようと駆け出したけどすぐに姿を見失ってしまい慌てて周りを見渡す。
すると三田に腕を引かれて体育館の横手に移動するところだったらしく。
そっちに向かって駆け出し、角を曲がって二人の前にたどりつく…と。


「…って…」
「我慢しろ。」


真っ赤に腫れ上がってる好田の膝を三田がアイシングしているところで。


「よし、好田っ、足…」
「ああ。コケちまった。かっこワリィ。」


苦笑いを浮かべる好田をみながら僕は言葉を繋げなかった。


だって…
全然かっこ悪くなんて、なかった。


「三好?」


名前を呼ばれハッと我にかえる。
すると好田は少し笑って僕をみて。


「応援サンキューな。おかげで気合い入った。」


そう言った。
僕は……なぜだか胸がギュウと締め付けられるみたいに苦しくなって…短く息を吐きながら。


「二位、おめでとう。全然…かっこ悪くなんて、なかったよ。」


なんとか言い終わって、長距離走での僕のヒーローをみた。


「次はいよいよメインイベントだな。」


アイシングを続ける好田の膝をみれば…ひどく腫れてホントに痛そうだ。


「気合い入れてこうぜ。」


でも、好田がそう言うから。
だから…僕も。


「うん。頑張ろう!」


そう言って彼に握った拳を向けた。
 
アイシングを終えた好田の膝を三田が手早く応急処置してくれた直後に騎馬戦の召集アナウンスが流れた。

少し足を引きずりながら好田は三田に笑ってみせてから僕を振り返ってまた笑って。
そして迎えにきてくれた久保くんと坂下くんにも笑ってみせてから四人揃って集合場所に向かった。


白線で仕切られた枠に入り屈んだ三人の組んだ手の上に足を乗せる。
『人の手の上に足を乗せるなんて…』と戸惑っていた最初の時とは状況も感情も違う。

今の僕は…一分でも一秒でも早く騎馬戦を終らせることだけを考えていた。
少しでも早く、好田を休ませてあげたいと思ったからだ。


「取りあえず…弱そうな奴ら狙うか。」


そんな僕の思いも知らずに好田はまた笑って馬二人に声をかける。
すると右の久保くんがアゴをクッと左に向けて。


「じゃああっちとかは?」
「いいねぇ…んじゃ決まり。」


…って作戦会議でもなんでもなくさっくりとルートが決まった。


「俺らが下の馬潰すから、三好…」
「分かってるよ。ハチマキ、取ればいいんだよね。」


きっぱりと言うと…下の馬トリオは急に黙ってしまう。


え…
あれ??


「…僕、変なこと言った?」


不安になって恐る恐るトリオに聞く。
すると三人は声を揃えて。


『いや、三好があまりにもハッキリ言うからびっくりしただけ。』


…と、言って同時にニヤッと笑った。


「な、なんだよそれ…」



パァン!



文句を口にしたのと同時に競技開始の合図が鳴る。
すると我がチームの馬達はその名の通り軽やかに、跳ねるように滑らかに駆け出した。


僕は先頭の好田の肩をグッと掴む。
振り落とされないように、そして自分に喝を入れる為。


ワーワーと戦場さながらな合間をぬって駆け、三人が狙いを定めていた“騎馬”目掛けて突っ込んでいく。



ガクッ!



すると突然、好田の体が傾き後ろの二人が同時に右に避けた。
バランスを崩しそうになったのを左の坂下くんがかろうじて押さえてくれて助かった……けど。


「よし…っ…」
「…テメェ。」


僕の声に苛立った様子の声がかぶる。
好田の頭越しに前をみると…そこには同じクラスの“騎馬”が立っていた。

目の前に立つ同じクラスの“騎馬”。
上にいるのが僕と同じ中学出身の浅井くんで馬の中心にいるのが確か…。


「垣田。」


そう、垣田くん。
ちょっと怖い感じの人で…そういえばさっき好田が出てた長距離の参加者だったっけ。
…でも、なんで?


「なんだよ。」


好田の声が不機嫌てより怒ってる風に変わる。
…すると。


「三好!」


いきなり名前を呼ばれてその相手をみる。


「は、はい…」
「お前マジ、ムカつくんだよ!」


そう言ったのは…浅井くん。


「お前、中学ン時あんなに目立たなかったくせに高校入るなり態度デカくなりやがって!」
「え……?」
「生意気なんだよ!」


そう…言われた瞬間、鈍い僕でも気付いてしまう。
前にやられてた机や椅子への嫌がらせは…きっと。


「そんなつまんねぇ理由であんなつまんねぇ嫌がらせしてたんか。」
「なんだと!?」


好田の呆れたような声に浅井くんの激昂した怒号がかぶる。
呆然とする僕をよそに溜め息をひとつついてから好田は今度は垣田くんの方をみて。


「んで…お前も面白がって俺に仕掛けてきやがったのかよ。」
「それもあるが別件もある。」


そう言った垣田くんが…いきなり。



ガッ!



好田の痛めた膝に蹴りを入れた。
瞬間、馬が前に崩れそうになり僕は慌てて好田の肩にしがみついた。


「三好!」


名前を呼ばれてハッとして顔を上げる。
前方から伸びてきた手が僕のハチマキを掠め髪を強く引っ張り…。


「痛…っ…!」


引き抜かれた髪が数本空に舞った。


「ムカつくんだよ、お前!」
「な、なんで…僕はなにも…」
「そんなウジウジしてる奴がさ、ちょっと目立つ奴らとつるんでるからって偉そうにしてんなってんだよ!」



パァン!



乾いた音と共に左の頬が熱くなる。


「三好!」
「…っ…」


平手で打たれた頬がジンジンした。
痛いのもだけどそれよりなんだか……めちゃくちゃ悔しかった。

中学の時は確かに目立ってなかったけど別に今だって僕はなにも変わったつもりはない。
新しい友達ができてその人達がやたらと目立つだけで…………ってか、そんなことより。


「…バカじゃないの?」


自分でも信じられないくらい低い声が、でた。

はらわたが煮えくりかえる……っていうのはこういうことをいうのかな?
体がカッと熱くなって頭の中まで沸騰したみたいになにも考えられなくなって。


「新しい友達ができたらみんな変わるだろ!そんなことも分かんないなんて、バッカじゃないの?」
「なにぃ!?」



バンッ!



再度とんできた平手をまた頬で受けて。


「そんなつまらないことで僕の友達を傷付けるな!」


怒りに震える唇を噛み締めながら僕は右手を振り上げた。


バッ



チィ!!!



物凄い音と衝撃に思わず目をつぶる。
ジンジンと痺れる右手を左手で押さえて縮こまる…と。


「ぷはっ…」


好田の吹き出す声が聞こえた。


「三好ぃ……やればできんじゃん。」
「すげぇ。」


そして今度は坂下くんと久保くんの声がして…?
何事かと顔を上げると…目の前にいたはずの浅井くんの“騎馬”が僕らの足元に崩れ落ちていた。



◇◆◇◆◇



「しかし…凄かったな。」


含み笑いでそう言う好田を軽く睨みながら陽の暮れかけた道をゆっくりと歩く。


「…もう言わないでよ。」


思い出すだけでも恥ずかしい。
…っていうか生まれて初めて“人を叩いた”ってことに少なからず僕はショックを起こしてたりもするんだ。


あの後すぐに競技は終わり僕が叩き墜とした“騎馬”の浅井くんは逃げるようにその場を立ち去り垣田くんは…今の好田みたくやっぱり笑いながら僕をみていた。


「この前助っ人ででたバスケの試合な、ホントは垣田の兄貴がでるハズだったんだと。なのに俺がでちまったもんだから…」
「ああ、それで…。」


だから垣田くんは好田に怒ってたんだ?
でもそれってさ…。


「それは逆恨み…」
「アイツ謝ってきたよ。」
「あ、そう…。」


即座に返されるけど…やっぱりまだなんとなく納得できない……けど、引き下がる。


「それに三好の意外な一面がみれて良かったし。」
「…だからそれ忘れてよ。」


ククッて笑う好田をみながら僕はなんでかちょっと幸せな気分になってしまった。


「好田はよく笑うね?」


みなれた笑顔をみつめながらそう言うと好田は僕をみてからまた少し笑って。


「そうか?」


と言った。
好田の笑顔は正直、子供みたいで可愛いと思う。
たまにシニカルだったり意地悪だけど。


「そうだよ。」


短く返して夕空を見上げる。
色々あったけど…楽しい体育祭だったなって心から思って、一緒にいてくれた好田にちょっぴり感謝をした。

新緑ごしの空はやがて曇りがちの様相へと代わりジメジメとした季節がやってきた。

その頃には好田の痛めた膝も癒え、学校内は中間試験という別の意味での一大イベント一色へと様変わりをしていた。


「はぅ……」


ずらずらと数字の並ぶページを眺めては深い、深ぁー…い溜め息をつく。
すると僕の正面に座っている人は。


「数式に負けるなよ。」


そう言って楽しそうに笑った。


「そりゃあ負けもするよ。こいつらは絶対に僕に屈服しないと思うもん。」
「屈服させなくても普通に攻略すればいいんだよ。」


そう言って三田は赤いサインペンを取り出してその憎い数式にピピッとラインを引いていく。


「難しく考えるからだよ。数式ってのは結構単純なもんなんだ。」


キュキュッと引いたラインに更に矢印をつけてゆっくり、丁寧に解説をつけてくれる。
それを…それ通りに解いていくと…。


「ほらできたじゃん。」
「う、…うーん…」


教えてもらってる時は理解できても一人でそれをやろうとすると…頭が考えることを拒否するんです。


「基本ができてないんだな。」


ズバリと言われた台詞に苦笑いを浮かべて僕はその声の主を見上げる。


「しょうがないだろ、数学苦手なんだもん!」
「解んねぇくせにエバんなってーの。」


ククッと笑いながら好田が僕の髪をグシャグシャにかき乱す。


「わっ…ちょっと好田っ!」


慌てる僕に構わず好田はこれでもかってくらいにいじくってから。


「んじゃ帰るか?」


そう言ってカバンを肩にかけた。



◇◆◇◆◇



学校からの帰り道は真ん中に僕を置いて左隣が三田、右が好田という並びがすっかり定番になっている。

いつものように帰りながら…今日のネタは残念なことにお勉強の話。


「好田はそんなに頭悪くないんでしょ?」
「あ?」


そう聞くと好田は露骨に嫌な顔をしてみせてから僕の頬を指先でキュッと摘んだ。
すると三田がフフッと笑いながら僕をみて。


「そうだね…好田の頭は中の中くらいだよ、多分。」


そう補足してくれた。
中の中か…ってことは僕と同じか少し上ってとこかな?

そう聞こうと好田を見上げると…。


「なあ三田。今夜いっていいか?」


いきなりの台詞に思わず目が点になる。


「いいよ。くれば?」
「ああ。んじゃ着替え貸して。」


……って、二人の自然なやり取りに思わず話に乗り損ねる。
すると三田はそんな僕に気付いてか頭をツンと突いてきて。


「ん?どうした三好?」


そして僕の顔をマジマジとみつめた。


「ああ、今の話?あれはね、好田が俺んちに泊まりで勉強しにくるってこと。」
「え、泊まりで?」


さすがは三田。
僕の顔色ひとつで考えを見抜いてしまった。
…じゃなくて。


「ごめんね、あまりにも会話がナチュラルで聞きそびれちゃった。」
「気にすんな。ある意味毎度のことだ。」
「そうそう。」


慌てて言い訳をする僕に二人がフォローを入れて説明をしてくれる。
簡単にいうと試験前に好田の一夜漬け的なお勉強会を三田の家でやるのが毎度のお約束らしく、今のはその予定の確認だったらしい。
…っていうかそんな素敵なお勉強会があるなら是非とも僕も参加させてもらいたいもんなんだけどな……なんて図々しくも思ってしまったりもする。
するとまたまたそんな表情に気付いてしまったのか三田は少し笑って僕をみてから。


「三好も、くる?」


と、誘ってくれた。



◇◆◇◆◇◆◇



「うん…今日は友達の家に泊まらせてもらうんだ。え?大丈夫だよ…うん。…分かった。」


歩きながら電話をかけて今夜は三田の家にお泊りで勉強会だと告げる。
すると母さんは大丈夫?だとか迷惑かけないようにだとかって色々と言ってきて…。


「大丈夫だよ、もう子供じゃないんだから!」


あまりに子供扱いするもんだからそう言って膨れながら電話を切った。
すると隣を歩いてる三田が楽しそうに笑いながら僕の頬を指先でツンと突いて。


「膨れてるくせに子供じゃないとかウケるし。」
「だってさ、母さんってば…」
「三好みたいの相手なら心配にもなるって。」


そう言ってまた笑った。


「三田、笑い過ぎだから。」
「あはは、ごめんごめん。…三好ってさ、育ちがいいんだろうなとは思ってたけどやっぱりそうなんだね。」


言われた意味が分からなくて首を傾げる。
“育ちがいい”…ってそれって。


「僕んちの父さんは普通のサラリーマンだよ?育ちがいいのはきっと三田の方だと思う。」


そう言うと三田は少し笑って僕から視線を外して。


「その“育ち”じゃなくてね…そうだな、環境がいいって言えば分かりやすいかな?」
「“環境”?」


なんとなく分かるような分からないような言葉に首を捻ると三田はまた少し笑って。


「羨ましいよ。」


そう小さく呟くと真っ直ぐ前を向いた。
見上げた三田の横顔は…少し沈んでいるみたいに見える。
なんとなく声がかけれないまま僕らは黙って帰り道を歩き続けた。

歩き続ける先が僕の知らない土地へと向かう。
いつもは降りない駅で下車して余程の用事がない限りは歩かない道を歩いた。


「もうすぐだから。」


僕を振り返る三田に頷いてみせると彼は歩くペースを少し緩めて歩調を僕に合わせてくれて。
ゴメンと言って僕は速度を上げて彼の隣に並んだ。
…すると。


「お。」


右手の角から、先に帰っていた好田が現れて。


「やっと合流。」
「好田!」
「早かったな。」


そして僕らは再び三人で並んで歩き始めた。
やっぱり…この“三人”っていうのが一番心地好いな。
そんなことを思いながら僕は一人静かに笑った。

たわいないことをしゃべりながら歩いていくと周りの景色が段々と高級な物に変わり始める。
街灯やガードレール、アスファルトの色さえもなんだか違うみたいで。
不意に歩みが止まり三田が左側へと手を伸ばすと…その先にあったのは。


「うわ…」


上品なレンガ造りの高い塀と大きく高い門扉。
その向こうにみえるのは…青々とした芝生の広い庭と、そして。


「デカッ!」


テレビなんかでよく見る“高級住宅”。
多分…敷地的に僕の家が四個は入りそう。
口をあんぐりと開けたままそれを見上げていると三田は静かに門扉を押し開け中に進んだ。


「す…凄い、きれい…」


家もだけど庭もきれいにされてて…やっぱり間違いなく三田の方が僕よりも断然育ちがいいじゃない!
そう思いながら“お坊ちゃん”の背中をみつめた。
すると三田はカバンから鍵を取り出し…玄関のドアを開けて僕らを促す。


「お邪魔します…」


けど…声をかけた中は暗く人の気配はない。
あれっ?と思いながら立ち尽くしていると。


「誰もいないから適当に上がって。」


靴を脱いだ三田が僕の横を通り過ぎて暗い家の中へと入っていった。
暗い家の中は電気が点けられてもどことなく暗く感じる。
掃除の行き届いた部屋の中も窓の外から差し込む光りもキラキラしてるのに?
そんなことを思いながら通されたリビングのフカフカのソファに文字通り沈み込みながら頭上のシャンデリアを見上げた。


「よっしゃ米研ぐぜ。」


すると好田が腕まくりをしながらリビングを出て隣に向かう。
そのあとを追うように三田も出ていきながら。


「多分何かしらは冷蔵庫に入ってる。」


そう、言った。
家の中に通されてからずっと思ってたんだけど…なんか三田の雰囲気がちょっと違う。
ここに足を踏み入れるまでは間違いなく僕の知ってるいつもの三田だったんだけど。
なのに今はどことなく、いつもと違う。
何が違う?

そう……
きっと、目が違うんだ。

いつもの穏やかなそれではなくて冷たく無機質。
口数だっていつもよりも少なくて…話す声も少し低い。
なんだろ?
どうしたのかな?
そう思っていると。


「三好、お前なんか家事できるか?」


隣の部屋から戻ってきた好田が腕まくりを下ろしながらそう言って僕の隣にドカリと腰をおろした。
僕は黙って首を横に振ってから好田をジッとみて。


「…三田は?」
「風呂いれに行った。っつーかお前もなんかしろよな。」


呆れた顔をしてる好田をみあげて僕は苦笑いをした。


「なんだよ微妙な顔して。」
「え、うん…」


頭の中をぐるぐる回るのは…ここに来るまでに三田に言われた言葉。


『環境がいいっていえばわかりやすいかな?』


それは…もしかしたらこのことなのかな?
そう思ったら…なんだか。


「あの、さ…三田の家、ご家族は…」
「どこかにはいるよ。」


言い途中の声が固まる。
リビングと隣の部屋との境には…いつの間にか三田が立っていて。


「多分どっかで…誰かと過ごしてんじゃないの。」


僕をみつめそう言って静かに笑った。




◇◆◇◆◇



それから僕らは三田の部屋に上がって少し勉強をして、好田の研いだご飯が炊き上がるのを合図に晩御飯に入った。
三田が言ってたように冷蔵庫にはおかずがたんまりと入ってた。
高そうなお皿に盛り付けられた美味しそうな海老フライやらポタージュスープなんかが…ラップに包まれ冷蔵庫の中で芯まで冷えていた。

それをレンジアップしながら思う。

こんなに美味しそうなのに…こんなに冷たくて、それをレンジでチンして一人で食べたら美味しくないよきっと。
それを毎日してたら…僕だったらきっと淋しくてどうにかなっちゃうよ。
そんなことを思いながら三田をみあげて…僕はなんだかとても悲しくなった。
それでもわいわいとしながらの夕飯はとても楽しくて。
みつめた先の三田はいつもと変わらない彼だった。

晩ご飯が終わり片付けは僕がかって出てその間に好田がお風呂に向かった。

そして片付けが終わると『お客様だから』と三田に言われて二番風呂をいただき、上がった僕は三田の部屋に戻って勉強の続きを始めた。
…けど。


「三田センセーイ!解りませーん!」


一緒に勉強をし始めた好田がそう叫ぶなりゴロンとベッドに横になって……そのまま動かなくなってしまって。


「ちょっと好田…!?」


慌てて僕もベッドに上がると…好田はスースーと寝息をたてながら爆睡してしまっていた。


「今日って…好田のための一夜漬けお勉強会なんじゃないの?」


そう呟いてから寝入ってる好田の寝顔をみつめる。
バランスの良い顔は男らしくていわゆる“美形”の部類。
鼻筋もスッと通っていて…かっこいい。


「…まつげ、長いんだ…?」


マジマジと観察しながら体をずらして好田の足元で体育座りをする。
そしてベッドを下りて自分の席に座ると。



カチャ。



ドアが開いて三田がお風呂から戻ってきた。


「お帰り。」
「ただい…って……」


髪をタオルドライしながら三田が好田に近付き頭をペシッと叩く。
『うーん…』なんて唸りながら好田が頭を撫でて。


「んだよ悠希…」


そう言って…ごろりと寝返りをうった。

『悠希』…って三田の名前だよね?

そう思ったらなんか胸がドキンとした。


「コイツ寝ちゃったから三好、勉強明日でいい?」
「えっ、うん、いいよ!」


急に振られて僕は慌てて勉強道具をカバンにしまう。


パチ。


電気を消された部屋の中は大きな窓の外からの月明かりで少し明るめ。
布団がないからとキングサイズの三田のベッドに三人で“川の字”になって眠ることになった。
静かな部屋に規則正しい好田の寝息が聞こえる。
それにつられるように…ゆっくりと眠りに落ちそうに…なった時、不意に。



『……は、……渡さない…』



そんなような低い声が聞こえて……。


……誰だろ?


僕はそのまま眠りにおちた。

怒涛の中間試験が終わり僕と好田は三田センセイのおかげでなんとか追試を免れることができた。

そして見上げていた空の色が少し濃い青に変わり始めた頃。
季節は梅雨を過ぎて初夏の走りを迎えていた。

その頃になると僕らはなんとなくつるむ相手が変わっていた。

好田は気付けば男子に囲まれるようになり…ってまあここは男子校だからそれは当然なんだけど。
…とにかく色んな人とよく一緒にいるようになり、そして僕はそんな好田を三田とぼんやりとみていることが多くなった。


「ねぇ三田、あの取り巻きはどこの人達?」
「あれは確か卓球部じゃないかな?」
「卓球!」


スポーツ万能の好田はホントに万能ならしく。
出会った頃から数えたら…ウチにある運動部のすでに半分以上の助っ人をこなし終えていた。


「好田って昔からあんなカンジ?」


机に座ってニカッと笑う好田を指差しながら三田をみる。
すると彼はふっと優しい顔付きになって…どこか遠くをみるようにして。


「昔からそうだったよ。」


そう言って好田をみつめた。


「アイツちっさい時からガキ大将みたいな感じでさ。あちこちで喧嘩したりしてたんだけど、気が付いたらその相手がいつの間にか遊びにきてたりしてた。」
「へぇ…」


言ってる側から好田とはちょっといわくのある垣田くんが近付いてきて…やっぱり仲良さそうに話してる。


「好田はさ、魅力的なんだよきっと。なんていうか…キラキラしてるっていうの?」


そう言って三田は眩しそうに目を細めた。
三田の言うことは…なんとなく分かる気がする。
口は悪いし態度もそんなにいいとは思えない。
だけど…多くを語らなくても気付いてくれたり説明しなくても読んでくれたりする。

そんな好田をみながら僕は…自慢したいような、隠していたいようなそんな気持ちになった。


いつもと変わらぬ帰り道。
好田が大きく伸びをしながら肩と首を回して。


「あーあ…もうすぐ夏休みだなぁ!」


と言うと三田はそんな好田をみながら静かに笑って。


「その前に、期末な。」


そう言って空を見上げた。


「せいぜい頑張るこったな。」
「なんだよ三田センセー!今回も一夜漬け付き合ってくれんだろ?」


そっけない態度に食ってかかる好田の頭に三田がチョップを落として。


「せっかく教えてやろうって言ってんのに寝るとかないから。今回はお仕置きだ。」
「げ、マジでか!てかスゲェお仕置きだな。」


チョップされた頭を撫でながら好田は渋い顔をした。


「それは半分冗談。だけど中間は点数がイマイチだったからさ…ちょっと気を引き締めようと思ってな。」


苦笑いをした三田をみあげて僕は気付く。


「そうか…僕らと違って三田ってば進学組なんだっけね。」


ウチの学校は二年生から進学、普通、就職とクラスが分かれる。
僕はまだ決めていないけど三田は進学で確か好田は就職だから。


「こうしていられるのも…あと少しなんだね。」


そう思ったら急に切なくなった。
しょげる僕の頭にポンと掌が添えられ顔を上げるとその手の主は好田で。


「まだ二学期も先の話じゃんか。それまでグチャグチャに遊んでやるから覚悟しとけよ?」
「え…ちょっ、わっ!?」


言うなり好田は僕の髪を高速でわしゃわしゃとかき乱し始める。
それに負けじと抵抗を続ける僕をみながら三田は楽しげに笑った。



◇◆◇◆◇



着ている長袖のワイシャツの袖を折るようになり、半袖を着始めた頃。
学期最後のイベント期末試験が行われた。

僕と好田はといえば…予想通りというかなんというか。
…二人仲良く追試の判定を受けた。


「……なにやってんの。」


低い低い三田の声に僕と好田はエヘッと笑ってみせて。


「『エヘッ』じゃない!お前ら揃ってなにやってんだって言ってんの!」



バシバシッ!



持っていたテキストで僕らの頭を叩くと三田はやっと落ち着いたらしく…ふう、と息を吐き出すと。


「追試まで勉強みてやりたいけど…俺、これから進学塾通いになるんだ。」


と、少し低めの声でそう言った。


「大丈夫だよ三田。」
「そうそう。これから追試までしばらくはセンセイ達が勉強みてくれるっていうからさ。」


そう言うと三田は少し安心したみたいにホッと息をはいてから僕らをみて。


「まあ…追試でコケないようにちゃんと頑張れよな。」


そう言ってまた溜め息をついた。


珍しく怒った三田に僕は少なからず影響されて追試を頑張ろうと心に決めた。

その日から始まった追試生対象のお勉強会は一番前の席で受けて、そんな僕に触発されたのか好田も真面目に授業を受けていた。



そして追試当日。



…というかこの日は同時に一学期の終業式でもあるんだけど。

ホームルームを終えた僕と好田は三田に送り出されて追試会場である“生徒指導室”へと足を踏み込んだ。


『主要五課目・プリント十枚。』


それを終わった順から帰っていいとか…結構鬼畜。
だけど僕らはそれを目の前にしても臆せず、終了順位も結果の順位も申し分ないラストで締めくくり…見事、三田からのお褒めの言葉をいただいた。


「よしよし、二人共よく頑張った!やればできるじゃん!」


得点が良かったとかそんなんじゃなく、少なくとも僕は三田に褒められたことがなによりも嬉しくなによりのご褒美だった。

夏休み初日は追試クリアのお祝いということで好田と一緒に遊ぶことにした。

本来ならこの流れで課題に着手とかすればいいのかもだけど……何せ僕らは勉強があまり好きじゃない。
だからまあ…こんな時くらいはね、ということで朝早くから駅で待ち合わせなんかしてすでに遊ぶ気は満々だ。


「ね、どこ行くの?」


白のポロシャツ姿の好田をみあげながらPASMO片手に改札を抜ける。


「んー…まだ考えてねぇや。」
「えー?」


改札を抜けたというのに僕らはホームに下りずに壁に貼られたポスターをみて回る。


「花火…ってこれ来月だしね?」
「避暑地の小旅行プランなんてなぁ?」


貼ってあるのはそんなのばかり。
たった今、遊びに行きたい僕らにはてんで関係ない。


「これじゃ…決まらないよね…」


そうぼやいて溜め息をついた。


「おい、三好。」


名前を呼ばれてトトッと駆け寄る。


「なに?」
「これこれ。ココ行こうぜ?」


好田の指差した先は水族館。
真っ青な海中の写真の真ん中には大きな白い…イルカ?がドアップで載っていて。


「ココなら電車で一本だしさ。」
「いいね!僕、水族館は初めてだよ!」


一気にテンションがあがる。

好田をみあげてその初めて具合を伝えようと口を開きかけた瞬間、構内アナウンスが目的地行きの電車の到着を告げた。
…すると。



ギュッ。



突然好田の手が、僕の手を…握った。


「ヤベッ!三好、走るぞ!」
「え、あっ、はい!」


握られた手が強く引かれ駆け出す好田に引きずられるように走りだす。
急な階段を下りながらみれば電車がタイミングよくホームに入ってきたところで。


「お、セーフ!」
「ラッキーだね!」


人影もまばらなホームからエアコンのきいた車内に入ると僕らは一番前の席に並んで座りそしてなぜか……繋いでいる手を現地に着くまで解かなかった。



◇◆◇◆◇◆◇



電車を下りてすぐに目に入るのは水族館に向かう矢印。
それを探しながら…そしてコンビニに寄り道しながら僕らは並んで歩いた。


「駅から十五分とかってあったけど…」
「それはアテにならんよ。つーか俺一人なら多分十分だけどな。」


ククッと笑いながら僕をみる好田を軽く睨む。
そして持っているチョコの箱に伸ばされてきた手をサッと避けて。


「そーゆー意地悪を言う人にはあげません!」


と言ってベッと舌をだした。
一瞬ポカンとした好田は次の瞬間にはプハッと笑いだして僕の頭をパシパシと叩いてから。


「三好みてるとウチのチビ助を思い出すよ。」


謎の言葉を発して大きく伸びをした。


「チビ助…って?犬?」
「お前に似てるって言ってんのに犬かよ。人じゃねぇの?」


そしてまた更に笑いだした好田は僕をみて…優しく笑んで。


「亮太っていうんだ。俺の弟。」
「弟さん?……好田って弟、いるんだ?」


初めて聞く話に…というか初めて“好田”のことを知ったってことに軽く自分でショックを受ける。
好田とは一学期の間ずっと仲良くしてたはずなのに…なのに僕は好田のこと、何にも知らないんだなぁ…って。


「教えて…くれればいいのに…」


もれてしまった自分の声に驚き僕は慌てて口を両掌で押さえる。
でもそれは好田の耳に届いてしまっていて…彼は静かに笑ってから視線を空に向けふう、と息をはいた。


「俺んちさ、親離婚しててさ。弟と妹がいるんだけど二人共母親の方について行ったんだよ。」
「え……っ…」


前を歩く好田は僕を振り返ることなく足を進める。


「俺の父親さ、酒癖悪くてさ…。まあそんなんだから母親が家出ちまったんだけどな。」
「……」


ハッと短く笑った好田は頭の後ろで手を組むと、くるりと振り返って僕をみつめて笑ってみせた。
僕は…その表情をみながら酷く胸が痛んだ。


「あんま面白い話じゃねぇから言わなかったんだ。別に内緒にしてたわけじゃねぇよ?」


……恥ずかしい。



なんで僕は…いつも自分の気持ちばかりなんだろう。



人には言いたいことも言いたくないこともあるのに……なのに。



「ご、ごめんね!好田、言いたくなかったんだよね、なのに…僕…っ…ホントに、ごめん!」



好田はいつも笑ってる。



いつも楽しそうに。



なのに…
今、僕の目の前にある好田の笑みは……



「いいよ、マジでもう気にしてねぇことだからさ。俺こそ教えてやんなくてごめんな。」


僕が悪いのに…好田はそういって謝ってからまた笑った。


「好田、ごめんね、あのね……」


二歩前に進んで好田のポロシャツの袖をキュッと掴む。


「あのね、好田…無理に笑わなくても、いいんだよ?」


どう言っていいかわからず思ったままを口にする。
けど…これが場に相応しい言葉かどうかは…僕にはわからないんだけど。
すると好田は一瞬驚いたように目を丸くしてからゆっくりと表情を緩め…頬をほんのり赤くしながらゆっくりと僕に顔を近付けてきた。


「よ、しだ…?」


極々近くにキリリとした好田の顔がある。
僕の心臓はバクバクと弾み大きく音をたてた。
…そして。


「お前ってさ…」


好田のカタチの良い唇が…スローモーションみたくゆっくりと動いて。


「マジ、可愛いよ…」
「かわ……っ…」


ホンの一瞬、僕の唇に柔らかな感触が触れた。



一体、
なんだったんだろう?



震える指先で唇にそっと触れてみる。

ほんの一瞬だけ、重なった唇。
柔らかな感触に僕はびくりと身体を震わせた。
そして恐る恐る目を開けると好田はそこには居ずに少し先を歩いていて。


「よ、好田…?」
「行くぞー。」


戸惑う僕に背を向けたまま彼は真っ直ぐ歩き続けた。


あれは…キス、だったんだろうか?


だったら、何で?


僕は男で好田も男で…それに何がきっかけでいきなりキスされたのかも分からない。
理解不能なできごとに僕の頭はパニックになる。


「三好ー。」


だけど、好田に名前を呼ばれれば僕はパブロフの犬になってしまう。
まだ思考がグチャグチャだっていうのに駆け出し彼の一歩後ろで止まる。
チラと僕をみた好田に手を差し出され戸惑っていると…その手が僕の手をキュッと握り。


「行くぞ。」


少し低めのよく響く声にそう言われて。


「う、うん。」


僕はその手をキュッと握り返した。



◇◆◇◆◇



空をみあげれば真っ青な空間がどこまでも広がっている。
雲一つない文字通りの晴天に僕はひとつ溜め息をついた。


「三好、ほらあれ。」


理由はこれ。
僕がさっきのことで一人悶々としているのに当の本人ときたらいつもと変わらない感じで。
その様子があまりにもいつも通り過ぎて…なんだか狐につままれたような気分だった。


「ほらほら、三好あーゆーの好きだろ?」
「あ、うん。」


連れてこられた先の魚群をみて頷く。
目の前を高速で泳いでいくアジをみながら…その流れで好田をチラ見。
すると…パチリと目が合ってしまって。



ニコ。



いつものとは少し違う好田の笑みに僕の心臓はドクンと大きく跳ねた。



このドキドキは…一体なんなんだろう?



いまだ高鳴り続ける胸にそっと掌を添えてみる。



これは……
もしかしたら、やっぱり…なのかな?



スッと伸ばされた好田の指先をみればそこには駅のポスターに載っていた可愛い白いイルカの姿。
だけど僕は…
好田の笑顔から目を離すことができなかった。

次の日。


朝の十時を過ぎても僕は布団から起き上がることができなかった。

昨日から頭をぐるぐると巡っている好田との…キス。
あの正体が、真意が分からなくて僕はそればかりを考えてしまっていて夜が明ける頃まで眠ることができなかったんだ。

ゴロゴロと転がり天井を見上げて溜め息をつく。
すると…ベッド頭上のスタンドに立ててある携帯がブルブルと震えだし僕はゆっくりと手を伸ばした。


「あ…」


着信中の画面をみて…その名前に少し驚きながら携帯を開く。


「もしもし?」
『三好?久し振り。元気だった?』


耳元に寄せた受話口から聞こえる三田の声になぜだか安堵感を覚える。
たわいない会話もとても久し振りで。
嬉しくなって僕はベッドの中ってのも忘れて話に夢中になっていた。


『塾が今日明日って休講なんだ。』
「そうなんだ?」
『だから明日、好田その他とプール行かないか?』


“好田”って名前に心臓が大きく高鳴る。
今の今までなんともなかったのに…突然ドキドキとかしだすから困って。


「プ、プール…」
『そう、プール。知ってる?』


クスクスと笑う声に笑って返しながらも僕の胸のドキドキは止まるどころか強く早くなっていく。

好田が…くるんだ?

昨日のあの“キス”のことがあるからなんとなく…まだ、気まずいかも。
返事ができずにしばらく間が空いてしまう。
…すると。


『なんか用事でもある?プールは嫌い?』


少しトーンを落とした三田の声が耳に入り僕はまた反射的に。


「ううん、そんなんじゃない、よ。」


そうこたえても…やっぱり行くとは言えなかった。
僕の沈黙をどうとったのか三田は少し残念そうな感じで。


『無理強いはしないよ。好田はガッカリするだろうけどね。』


その台詞に僕のアンテナはピピッと反応を示す。


「よ、好田は…ガッカリなんてしないでしょ?」


問う声が震える。
なんで…ってのはないけど、なんとなくそんなことはないんじゃないか…って思うから。


『なんで?三好を呼べって言ったのは好田だよ?』


なのに三田の口からでたのはそんな言葉で。
それを聞いた僕はベッドからガバッと起き上がって携帯をグッと握り締めて。


「い、行く!プール、大好き!」


自分でも驚くくらい必死にそう言っていた。



◇◆◇◆◇◆◇




ジリジリと肌を焦がす日差しに焼かれながら僕は大きな浮輪の真ん中に入り漂流者のようにプールの波を漂っている。

市営のわりにここは結構大規模で、なんと流れるプールまであるという超穴場。
そこで僕らは思い思いの遊び方で遊んでいるんだけど…。

ワーワーという特有のざわめきを聞きながらもさっきからずっと僕の視線は一点だけに釘付けになっている。
その先にいるのは…少し焼けた肌に引き締まった体つきの好田。
学校の体育の授業でプールに入った時は気にもしてなかったのに今は…なんだかおかしいくらい僕は彼の体にドキドキしていた。


「みーよーしっ!」


ガクン!


体を預けていた浮輪が大きく傾き焦って掴まり直す。
なにごとかとその“重り”に目をやると…それは三田で。


「なにぼんやりしてるの?」


そう聞いてくれた三田に首を振ってこたえてから僕は視線を元に戻した。


青空に弾む偽スイカのビーチボール。


キラキラと跳ねる水しぶき。



その下で子供のように無邪気に遊ぶ好田の姿は眩しくて…僕は思わず瞳を閉じた。


「…なんかあった?」


突然の三田の問いに僕はギクリとして…思わず黙る。
“なんか”は……あったけど、それを三田にいうのは…どうなんだろう?
そう思って僕は口をつぐんだ。
…すると。


「“好田と”、なんかあった?」


『好田と』を強調した三田の台詞に一瞬体がカッと熱くなる。
明らかになにかを確信したような彼らしからぬ強い口調に僕は顔をあげれず浮輪の紐をグッと握った。


「な…なにも、ないよ?」
「三好。」


少し低めの声に呼ばれて顔が引き攣る。


“なんか”…って……そんなこと言えるわけ、ないじゃない。


好田に…キスされた、なんて。


言葉に詰まり三田の顔をまともにみれない僕は引き攣ったままの顔を少しだけ背けて違う話題を探す、けど。


「三好…。」


更に低い声でそう呼ばれて僕は……どうしたいいのかわからず肩に力を込めてギュッと目をつぶった。


「…三好。俺、帰るから好田に言っといて。」
「えっ!?」


少し早口になった三田の声に目を開くとすぐ横にいたはずの彼はすでに僕の側から離れて遠くへといってしまっていて。


「み、三田っ!」


焦る僕の声に反応もせず三田はプールサイドにあがるとすぐにいなくなってしまった。


「なんだ、どうした!?」


異変に気付いてなのか遠くで遊んでいた好田が急いで近付いてきてくれて……僕は彼を振り向き深い溜め息をはいた。

いつもは物静かな三田があんなあからさまに態度を変えるなり僕の前からいなくなってしまった。
僕が…悪いんだろうけど、僕の態度が気に入らなかったんだろうけど……どうしてあんなに怒られたんだか僕には皆目見当が付かなかった。

すぐにプールからあがって僕は三田のあとを追った。
だけど…もうどこにも彼の姿はなくて。


「なんだよ、どうしたんだよ三好。」


構内を駆け回り更衣室にたどりついた僕のすぐ後ろからの声に振り返りその主をみあげる。


「三田が、怒っちゃった…んだ…」
「え?なんでだよ…。」
「そんなのっ、僕が知りたい…よ。」


“どうしよう”“どうしよう”って心の中はそれで一杯で。
どうしたらいいのかわからず僕は唇を噛み締めて俯いた。


「なにがあった?どんな話してアイツが怒ったんだ?」
「どんな…って…」


そう聞かれて…三田に聞かれたこととその時に僕が曖昧な態度をしてしまったことを好田に説明した。


「なにか…って、三田に、言えば良かったの?」
「三好…」
「ぼ、僕は…自分でだってよく分からない、っ…のに…」


しゃべりながら段々と息があがってくる。


「なんで好田、あんなことを僕にしたのさ…!」


自分でも驚くほどの声がでてしまってハッと我に返る。
恐る恐る顔をあげると…好田は目を丸くして僕をみていて。


「あんな…って…」
「キス、あれは…キスじゃなかったの…?」


言いながら震える唇を掌で押さえて好田をみれば彼は表情を曇らせ…それでも真っ直ぐに僕をみていて。


胸が…苦しくなった。


「自分でも…分からない。なんであの時、ああしたのか。」
「なに、それ…」



『ただの勢いとか弾みだったとか、そういうことなの?』



そう言いたくても僕の開いた唇からは…一音もでなかった。

少なからず僕は、あのキスが嫌じゃなかったんだと思う。
むしろ多分、おそらく…僕はとても嬉しかったんだろうな…ってたった今、それに気付いてしまったからだ。


なのに…弾みだとかだったら、つらすぎる。


いくら待っても好田からの言葉の続きはでてこなかった。
数分が経ち固まったままの僕らの横をプールの利用客がチラチラとみながら通り過ぎていっても…ずっと。
そして…。


「おーい!」
「こんなとこにいたのか!探したぞー!」


背後から久保くんと坂下くんの声が聞こえた瞬間。


グッ。


僕の手が彼の大きな手に包まれて。


「こたえ、だすから…少し時間をくれ。」


そう言って好田は苦笑いを僕に向けた。

“少し”って…一体どのくらい?


あの日から日は過ぎ月が変わって八月になってしまった。
だけど…好田からの連絡は一切、ない。


あのキスは…一体なんだったんだろう?
僕の気のせい?

好田は自分でも分からないっていってた。
だけどその自覚があるってことは…やっぱりあれは“キス”だったんだ。

いまだ感触の残る唇に指先を添えて窓の外に視線を移す。
溜め息をつきながら寄り掛かっていた柱をズルズルと滑り落ちて畳のうえに転がる。

僕は…やっぱり間違いなく好田が好きだったんだな…って、あの日の自分の落胆具合で自覚してしまった。
なのに…それに気付いた瞬間こんなだなんて。


「もう…なんなの…」


深い溜め息をついて目を閉じた。

それに…
あれから何度メールをしても三田と連絡がとれない。

三田はなんであんなに怒ったんだろう?
僕はそんなに悪いことをしたんだろうか?


思い返したところでこたえはでず、ただ“?”が頭の中をグルグルと巡るだけ。
でも…いつまでもこんなじゃ何も変わらない、よね?
そう思ってガバッと起き上がると僕は玄関に向かって走り出した。



◇◆◇◆◇



家を飛び出した僕はひたすらに走り三田の家を目指した。

もしかしたら夏期講習に行ってていないかもしれない。
だけど僕は…三田の家に行かずにはいられなかった。

三田はいい人だ。

いつも穏やかで物静かだけど面白くて面倒見がいい。
ホントに…いい人だ。
あんな人になりたいと思わせる理想。
それだけじゃないけど…僕は三田とこんな風になるのは嫌だった。
だから…会わずにはいられなかった。


見覚えのある住宅街をひた走りあの…一度だけお邪魔した家の前に立つと、僕は深く深く息を吸って一気に吐き出した。
そして。


ピンポーン…


チャイムを押した。
門扉越しにみる三田の家は…前と何も変わらない。
人の気配がするわけでもなんでもなくて。

もう一度チャイムを押して玄関のドアをガン見する…と。


「…三好。」


家からではなく路上から声がして。


「み、三田!?」


振り向くとそこには制服姿の三田が立っていた。
振り向いた先の三田はしばらくみないうちに前よりも凛々しい顔付きになっていた。
見惚れている僕をみても彼はあまり表情を変えずにただ黙ってみていて。
僕は…なんとなく近寄りがたい雰囲気に躊躇しながら彼の真っ正面に立った。


「み、三田…」
「久し振り。」


いつも変わらぬ声のトーンに少し安心する。
だけど三田の表情は最初とそう変わらないから…逆にちょっと、怖い。


「あ、うん久し振り。三田…今日も塾だったの?」
「いや。今日は少しでてた。」
「そうなんだ…?」


しん…


会話が途切れその静かな空間にうるさいくらい蝉の声が響く。
じわりと浮かぶ汗は…暑いからなのかこの微妙な沈黙ででてる物なのか。
それさえ分からず僕は黙って彼をみつめていた。


「…何か用だった?」


ゆっくりと動く三田の唇をみながら瞬きをする。
…そして。


「この前のこと…謝ろうと思って…。」
「謝る?」


軽く首を傾げた彼をみあげて…ごくりとつばを飲み込む。


「この前…三田、聞いたでしょ?好田となにかあったのかって。」


三田の眉がピクリと動く。


「…あったんだ…好田と、ちょっと…」


ホントは思い出したくない。
いい話じゃないから。
ただ心を乱されて…ハッキリしない日々を悶々と過ごすだけの毎日。
それに…どんな意味があるっていうんだろう?


「あった…って、何が?」
「あの…その……」


様子の変わらぬ三田をみながら…でもあの話をどんな風にどこまで話せばいいのかが分からない。
もし僕の話す態度が悪かったというのなら…そう詳しく話さなくてもいいんだと思う。
…けど…。

“話す”と言いつつまだ迷っている僕。
そんな僕を見下ろしたまま黙っている三田。
その間をなんとも言えぬ微妙な空気が流れていき…。


「話、ないなら帰るわ。」


先に口を開いたのは三田の方だった。


「話、はなし、ある…」
「俺さ、朝帰りなんだよ。だから悪いけど…大事な用件じゃないならまた今度にしてくれないか?」


食い下がる僕をするりと避ける三田。
だけど僕はこの出口の見えない気持ちをいつまでも抱えていたくないからと、まだしつこく食い下がって…。


「朝帰り、とか三田、忙しいん…」
「夕べは一晩中、章仁と一緒だったから。」


“章仁”。


その名に…話しかけていた口が止まる。
だって…その名前は、さ?


「“章仁”…」
「ああ。好田の名前。」


愕然とする僕とは逆に三田は少し笑って門扉に手をかけて。


「夕べは一睡もせずに…だったからさ。三好ごめんな、また今度。」


そう言って…僕の気持ちをその場に残したまま、三田の背中は家の中へと消えていった。

三田と仲直りがしたくて会いにいったはずなのに…なんだか返り討ちにあったようなそんな気分だ。
かと言って三田に酷いことを言われたわけでもなく、むしろ『帰ってくれないか』と丁寧に扱われたくらいで。

だから…
何が、って…


三田が、一晩を好田と一緒に過ごしたと言った。


元々の幼なじみなんだし誰の目からみても二人は仲が良い。
一夜漬けお勉強会とかも二人でしてるんだから…“夜を明かす”ことなんてきっと日常茶飯事だろう。

だから…つまりなんで僕がこんななのかと言えば…。

三田が、僕が知っている限り初めて好田を名前で呼んだ。
いつも優しい人が…言葉を選んでしゃべる三田が敢えて僕に“選んだ言葉”で話したから。


『夕べは一晩中、章仁と一緒だったから。』


『夕べは一睡もせずに…だったからさ。』


牽制だと鈍い僕にもわかるように言ったんだ。


……なんで?
どうして…?


さっきこの部屋をでる時よりも更に悶々とする。

三田に会いに行かなきゃ良かった。
大人しく…好田の電話を待ってれば良かった。

信頼していた三田と、だから余計にダメージが大きかったんだ。
いつまでも鳴らない携帯をジッとみながら僕は深い溜め息をついた。



◇◆◇◆◇



ブブブ…



低い振動音に驚き目を開けると握っていた手から落ちてた携帯が畳の上で震えていて。
ガバッと飛び起きた僕は背面もみずにパカリと携帯を開いて…その名前にまた驚きながらゴクリとつばを飲み込んだ。


「…もしもし…」
『遅くにごめんな…俺。』


耳の中に響くのは…心地の好い好田の声。
心なしか疲れているように感じるのは…気のせい?
携帯を掌で包み込んで目を閉じる。


「好田…あの……」
『今お前んちの前にいるんだけど…ちょっと出てこれないか?』
「えっ!?」


叫ぶより先に立ち上がって玄関へと走る。
サンダルに足を入れ終わらないうちにドアを勢いよく開けると…。


『よう。』


そこには…制服姿の好田が立っていた。


「好田…」


外灯の下にいた好田は僕にかけていた電話を切ってからゆっくりと近付いてきて。


「悪いな、遅くに。」
「う、ううん。」


そんなに遅い時間なのかと手の中の携帯に目をやると…時間は夜の十時を回っていた。


「遅くなって悪かったな、色々と立て込んじまっててさ。」
「ううん…ってか…」


『三田と一緒だったの?』


そう言おうとして言葉を飲み込む。
だからそうじゃなくて…せっかく好田が会いにきてくれたんだから、と思い直し僕は黙って彼をみつめた。


「あのさ…」


躊躇いがちの声に思考がマイナスへと傾く。
僕はなんでこんなにネガティブなんだろう…と思いながら手をグッと握り締める。
すると…好田の下げられていた視線が上がり真っ直ぐ僕に向けられて。


「俺…お前が好き、だ。」


……と、顔を真っ赤にしながら静かに言ってくれた。



ドクン。



大きく跳ね上がった心臓が速度を上げて脈打ちだす。
身体も顔も一瞬のうちにカッと熱くなって…。


「ぼく…」
「でも、ごめん…」


『僕もだよ』と言いかけた声に低い好田の声が被せられた。

恋が成就した瞬間、それはなんのカタチにもならないうちに終わりを告げた。
一瞬のできごとに僕は驚きそして…落胆した。

好田はなにも語らず、僕はなにも言えずに時間ばかりが流れる。


「あのな…」


口火を切ったのは…好田だった。


「あの…プールの日にな、家に帰ったら…親父の職場から家電にメッセージ入っててさ。親父が、死んだ…って。」
「えっ!?」


予想にもしてなかった台詞に驚き僕は門扉を開けて外にでた。


「建築現場で働いてたんだけどさ…足、滑らせて落ちたんだって。」
「おち…っ…」


震える手を伸ばして好田の手をギュッと握る。
すると好田は僕の手をやんわりと包んでくれながらフッと短く息をはいた。


「今朝、やっと一息ついてさ。お前に会いにくるのだいぶ遅くなっちまって…」
「な、なに言ってんの!僕のとこなんて…」


ふわ…


言葉を最後まで言い終わらないうちに僕は好田に抱き締められていて。
ほのかにお線香の匂いのする胸に顔を埋めて僕は彼を強く抱き締めた。

僕が一人で悶々としている最中、好田はずっと辛い思いをしていたんだ。
そう思ったら…僕は自分の馬鹿さ加減に本気で愛想が尽きた。


「でな…俺、母さんのところに行くことになったんだ。」
「えっ…」
「父さんが居なくなっちまったからさ、俺一人で暮らすのも考えたんだけど…母さんの稼ぎと俺のバイト代だけじゃ学費とか生活費なんか出せねぇしさ。下にまだ弟と妹いるしな。」


苦い顔をする好田をみあげて…僕はどんな顔をしたらいいのか分からず…。


「いつ…いくの…?」


たくさん言いたいことも聞きたいこともあったのに…僕の口からはそんな言葉しか出なかった。


「もう荷物まとめたから明日の朝には出る。」
「えっ!?そんな急な…っ…!」


驚きのあまり声が裏返る。
すると好田は静かに笑って。


「こんな状況で告るとかただの嫌がらせみたいだけどさ…ちゃんとお前に言っておきたかったんだ。」
「よし…」
「お前が好きだ…って。」


ポロッ…


零れた雫に驚いて目元を拭う。
放心している僕の意思とは関係なくその雫はポロポロと零れ落ち続けた。


「三好…ごめんな…」
「よ、よし……っ…」



待ち続けていた言葉をやっと好田の口から聞けたのに。
なのに…僕は自分の想いを伝えようにもまともにしゃべることもできなくて。
好田がどんな気持ちで話をしてくれたんだろう、とか…どんな思いで…どれだけ泣いたんだろうとか思ったら悲しくて。
そして…好田が僕の手の届かないところに行ってしまうのが悲しくて。

僕は…いつまでも涙を止めることができなかった。

夕べは…一睡もできなかった。
そればかりか…泣き過ぎて僕の目も鼻も真っ赤でまぶたは腫れて酷い顔になっていた。


「最後にそんな顔かよ。」


そう言う好田だって真っ赤な目をしてる。
お父さんが亡くなってたくさん泣いたろうに…夕べは僕につられて泣いてしまっていたから。
その姿を思い出して…胸がギュッと締め付けられた。
…すると。


「…三田。」


好田の低い声に顔をあげると僕の数歩後ろにはいつの間にか三田が立っていて…でも。


「来てくれたのか…」
「お前に一言文句を言おうと思ってな。」


地を這うような低い声に僕は耳を疑う。
しかもお別れの見送りにきているはずなのにこんな怒って…。

つかつかと歩み寄るなり三田は好田の襟口を掴んでグッと締め上げる。
いきなりのことに驚きながら僕は慌てて手を伸ばした。


「ちょっ、三田…っ…」
「ふざけんなよ、章仁!」


と、怒鳴るなり…
三田が……
好田の唇にキスをした。

何事かとざわついた周りもその光景に目の行き場をなくし…散っていく。
僕は…極間近でのそれに言葉を無くし、ただ三田のシャツの袖を掴んでいることしかできなかった。


「悪い…」


唇が離れると…好田は低い声でそう言って彼のシャツを掴んでいる三田の手を外させる。
三田は俯いたまま一歩下がると好田を睨み付けてから、僕に視線を移して。


「お前なんかよりずっと…もっと前から俺は章仁が好きだった。」
「え…」


険しい表情の三田をみあげて僕は…言葉が継げなかった。


「章仁、お前は俺の気持ちを知ってるくせに…よくあんなことが書けたな!」


そう怒鳴ると三田は足元に置かれている好田のカバンに蹴りを入れた。
僕は…ただ黙って二人をみるのが精一杯で。


「お前の顔なんてみたくない。もう……友達でもなんでもねぇから。」


僕らの顔をみながら低く言い放った三田はくるりと背を向けると振り返ることなくその場から去っていってしまった。


「三田…」


僕は…好田をみあげることも三田を追うこともできずに立ちすくむ。
その頭上に好田の乗る電車の到着アナウンスが響き渡った。



◇◆◇◆◇◆◇




二学期が始まると…僕の後ろの席は空席になっていた。
好田がいなくなってしまったから。

そして……前の席にいるはずの三田も進学校に転校してしまったということでいなくなってしまい、僕は独りになった。
でも…多分、三田がいたとしてももう一緒にいることはできなかったと思う。

好田が最後に教えてくれた。

三田は…一度好田に告白をしていたんだ、と。
だけど好田は三田を幼なじみとしか、友達としてしかみれなかったから断ったんだと。
だから“好田と何かあった”辺りから三田の僕への態度が変わったんだと初めて知った。

そんな人相手に…仲直りしたいから、と好田とキスをしたことを言いに行った自分はもう救えない……そう思いへこんだ僕に好田は。


『俺が悪いんだよ』


そう言って髪を撫でてくれた。
…知らないって怖い。
平気で人を傷付けられるから。

そう思いながら僕は……中間試験前の一夜漬けお勉強会の夜のことを思い出していた。

寝る前に電気が消されてうとうとしかかった時、囁くような声が聞こえた。



“……は、…渡さない…”



確かにそう聞こえた声は…今ならわかる。
あれはきっと…



『章仁は、お前なんかに渡さない』



そう、三田が僕に言った言葉なんだと。
あれがちゃんと僕に聞こえていたら…今もまだ三田と一緒にいれたのかな?
もう壊れてしまった関係をズルズルと引きずりながら……僕の高校一年生は終わりを告げた。



◇◆◇◆◇



いなくなってしまった二人から連絡は全くないまま二年生になった。
それなりに友達もできてそれなりな毎日を送っていたけど……僕はいつも隣に“好田“を探し、”三田”を探していた。



そしてそれもあっという間に過ぎてしまい、三年生になるとすぐに進路のことで頭が一杯になった。

進学、就職。

どれだけ悩んでも考えても……それでも僕の頭から二人のことが離れることはなかった。


そんなに思うなら…もう一度三田に会えばいいのに。
好田に会いに行けばいいのに。


そう思っていても……僕には二人に会う勇気はなかった。

だって……

二人の仲を壊してしまったのは…僕だから。



その罪悪感もまた足を重くしていたんだ。




そして季節は流れて花咲く三月。



僕はこの…思い出深い高校を無事に卒業することができた。
卒業式が終わり誰もいなくなった一年の教室に足を踏み入れて……入学式のあの日の、二人との出会いを思い出して…独り、泣いた。


“あの日”にあんなカタチで出会わなければ僕が二人と一緒にいることはなかったと思う。
だけど…そのおかげで僕は仲間の大切さと“恋”を知った。


悲しいことばかりだし…自分が嫌いになったりもしたけど、ここで過ごした日々はとても大切な僕の宝物だった。
だから…。


「好田…三田……ありがとう。」


そう言って頭を下げて…僕の高校生活は終わった。

10


高校を卒業した僕は近所のファーストフード店で働きだした。


就職と決めたものの…高校在籍中にどうしてもそこから先を決めきれずにフリーター生活を選んだからだ。



「いらっしゃいませ。」


ウィンドウが開く度に愛想を振り撒きハンバーガーとスマイルを売る。
そんなこと…高校時代ではできなかったけど、できるようになった今は逆に時の流れを感じるほどで。


「いらっしゃいませ。」


今日も変わらずウィンドウの開く音に反応し声かけをしてお客様を迎える。
いつもの通り、ペコリと頭を下げて上げる………と。


「久し振り。」


そこには……。


「み、」


……三田、が立っていた。


あの頃よりも大人びた顔付きになり表情は柔らかくなっていて…髪も少し伸びてて。
一段高いところで仕事をしてるからわからないけど…多分、背も伸びてる。


あまりに久し振り過ぎて僕はしゃべることができずに黙って三田をみつめた。
すると彼はクスリと笑ってお持ち帰りのチーズバーガーセットを二人分頼んでから。


「支払いは、これで。」


そう言ってハガキを一枚出してきた。


「え…あの……」
「大馬鹿野郎が最後に置いてったハガキ。」


なんだと思いながら裏をめくってみると……そこには。


「好……田の…」


差出人の箇所に好田の名前と他県の住所が書いてあった。


「アイツに会ったら言っといて。俺は新しい恋してるから心配すんなって。」


カウンターに置いたご注文の品の入った紙袋を取ると三田はニコリと笑って僕をみてからウィンクをしてよこして。


「俺、彼氏と一緒に住んでるからもうあの家にはいないけど…アイツが帰ってきたら声かけて。連絡先はそのハガキに書いといたから。」


そう言って僕に背を向けた。


「あの…っ…三田…」


焦って声をあげた僕にチラと顔だけ向けると三田は聞こえるか聞こえないかなくらいの小さな声で。


「三好…意地悪言ってごめんな。」


そう言って店からでて行ってしまった。
彼は外に出ると背の高い男の人の元に走っていき…その“彼”の容姿は遠目なら分からないくらい好田によく似ていた。


「三田…」


僕は…久々に会った懐かしい友達になにも言えなかった自分に自己嫌悪した。
そして三田がくれたハガキをポケットにしまうと仕事の終わる時間をただひたすらに待った。



◇◆◇◆◇



薄暗くなった道を歩きながら目印の建物を探す。


「確か…銭湯があるって…」


ブツブツと言いながら歩き続けると…開けた視界の先に高い煙突が姿を現し僕はそっちに向かって駆け出した。


電車を降りた時に駅前の交番で好田のハガキをみせてそこまでの道順を聞いた。
それ通りに歩いてきてるから…目的地まではもうすぐ、なはず。


ドキドキと胸が高鳴る。


こんな気持ちは…どのくらい振りだろう?
そう思いながら銭湯の角を曲がる、と。


「……あった!」


目の前には小さな平屋の並ぶ住宅地があった。

一軒一軒を確認しながら奥に進む。

好田のお母さんは離婚した時に姓を戻さなかったっていうから…。


「あ…」


一番奥の家の表札をみて息が止まる。
そこには僕が探していた…僕の愛しい名字が記されていて。


「よしだ…」


不覚にも僕は潤んでしまい慌てて目元を手の甲でグッと押さえた。


ガシャン!


背後で何かの倒れる音がして驚いて振り向く。


「あ……」


するとそこには…忘れるはずのない大切な人が立っていた。


「よし…っ…」


名前を呼ぼうとして声が詰まる。
僕の知っている好田よりも凛々しくなった好田は…僕をみて何度も瞬きをしてから。


「三好…」


愛おし気に僕を呼んで腕を伸ばしてきた。
僕は迷わずその手を取って握り…好田の足元に倒れている自転車を跨いで渡り彼の胸に顔を埋めた。


「三好…会いたかった…」


耳元で囁かれた声に涙腺が崩壊しかける。
でも…まだ僕は言わなきゃいけない言葉を好田に伝えてないから。


「好田…僕も会いたかったよ。…好田、好き…」


何年もかかってやっと今、言えた。
これを言いたくて…伝えたくてずっといたから僕は今、それが叶ってとても嬉しい。


「…三田から聞いたのか?」


小さな呟きに一度頷く。
三田が僕に手渡してくれたのは…好田が彼に託した“願い”。


『悪いのは俺だ。ごめん。三好のこと、頼む。』


たったそれだけの…僕を案じての短い言葉。

なのにそれを…自分を好きだという相手に渡した好田は凄いと思う。
そしてそれを許した三田も。

だからこれを渡してくれながら三田は好田を“大馬鹿野郎”と呼んだんだと思って苦笑いがでた。


「好田がきたら呼んでって言ってた。」
「そうか…」


低く響く声に安らぎを感じる。

やっと掴んだ好田の手を離さないように握り直して…僕は彼にもう一度“ちゃんとしたキス”をねだった。




‐end‐

(BL)三田、三好、好田。

あとがきです。


このお話は自身初の三角関係?でした。
プロットを立てた当初、似たような名字を目にした時がありましてその頃から温めていたお話です。

温めていた当初はみんなもっとシャキッとしていたような…(苦笑)
なんかグダグダで申し訳ないです。


ここまで読んでいただいてありがとうございました☆



by.えりな/2013.1.20
 再掲載 /2015.9.18
再々掲載 /2016.12.18

このお話はとあるBL小説のコンクール的な物に出品し、落選した物です(泣)
もう少し長かったのですが文字数制限があったためだいぶ削ってしまったのですね………今にしてみたら消してしまった原本が自分でも気になります。(苦笑)


2020.2.14.
2020.8.21.

(BL)三田、三好、好田。

高校入学と同時に出会った三人。 その関係が少しずつ変わっていき…。 ※性描写はありませんが作者の他の読み物がそういうくくりのため区分を成人向けにしています。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日 2020-08-21

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted