シュノーケルマン

やない ふじ

 私たちも現象の一つです。
 そう語る男の人を、画面越しにもうずっと眺めてきた。
 海の底にも、きっと宇宙の果てにも優劣はないんです、私たちが順位をつけているだけで。こんなに素晴らしいものにあふれている、緑の惑星の現象、人間なんて、たったそれだけのものです。
 手にはごつごつした水陸両用のカメラ、何の特徴もないウェットスーツに身を包んだ彼は、普段まとっている輝きをすっかり収めることに成功していた。自分も現象のうちだ、と全身で語っていた。
 シュノーケルと、独特なデザインのゴーグルを付けた有名俳優は、その映像の中で笑ってこう言うのだ。

「私はこう思います。海の中にこそ星があり、空こそがまた海なのだと」

 そらんじられるくらい、飽きるくらい聞いたせりふだ。いや、これはノンフィクション映画だから、彼の本心だったのかも。お芝居じゃなく。
 だけど、と僕は思う。液晶の中の「祖父」に、言いたいと思う。
 海も空も、もう真っ当に見られないよ。どうすればいい? これも現象なのかな、と。


 外出の際は必ず防疫マスクとゴーグルを身に付けること。
 この地域に住んでる人間なら、赤ちゃんからお年寄りまで知っていることだ。マスクは、未だ各地で発症例が見つかる感染症や、数メートル先の景色さえ霞ませる汚れた空気から身を守るため。ゴーグルは、強すぎる紫外線や目の粘膜から入ってくる微粒子をシャットアウトするため。「きまり」にはなっていないけれど、特殊プロテクト加工されたジャケットの着用も推奨されている。
 少なくとも、僕が物心ついたときにはもう、世の中は「こう」だった。
 とにかく、手に負えなくなってしまった環境からどうにかこうにか、やられないようにしなくちゃならない。そのための、たたかうための手段だ。
 母さんたちが若いときはこうじゃなかったらしい。「今はマスクもゴーグルも、色んなデザインがあってお洒落で格好いいよ」「私の頃なんて、白か灰か黒のださいのしかなかったよ」と言う。煙草で、肺を余計に汚しながら。
 僕たちは、この格好で出かけることをシュノーケリングと呼ぶ。
 この呼び名が広まったのは―あの、祖父の映画がきっかけだった。
 祖父は映画俳優だった。舞台か映画にしか出ない俳優なんて、あの時代でも相当変わり者扱いされたと思う。でもとにかく、祖父は凄かった。と、親戚は皆口を揃える。演じ分けというか。「何にでもなる」魅力があったんだって。
 祖父は芝居を自然の中から学んだ、と、何かのバラエティ番組の特集をしていたのを見たことがある。祖父は、海のすぐ近くで育った。だから捉えどころのない、水のような演技が似合うと。
 あの映画―『シュノーケルマン』を見ていると、海が大好きだと全身で語られているように思えてくる。というか、機材の調達から構成、撮影まで、ほとんど一人でやっているのだ。好きでなかったらできない。
 それで、そうやって海に愛情を向ける姿が、没後何年と経った今。「暴走する自然環境」が取り沙汰される今、再び注目されるようになった。

「この映画に込められた想いが再評価、再注目されています。彼のこの姿は、まるで我々のようだと思いませんか? 大変な状況を、海を自由に泳ぐシュノーケリングのように、楽しみつつ乗り越えていきましょう!」

「うるさいな! 二度と寄越すな!」

「……びっくりした」

 母さんが受話器に向かって盛大に怒鳴る音で、僕はソファから身を起こす。野良猫がたくさん集まる島の特番を見ていたらいつの間にか眠っていたみたいだ。今は、しぶとい汚れも一瞬で落とすと言うクリーナーの通信販売をしている。寝起きの耳にセールスの声はうるさくて、すぐに電源を切った。

「またなの? 多いね、最近」

「ああいう奴らは毎年夏になると動きだすんだよ、馬鹿の一つ覚えみたいに。父さんとのエピソードなんて、これ以上何があるっていうんだろうね」

「……先週、汚染濃度の基準値が変更されたから、ていうのも、ある?」

「でしょうね、そんなことも言ってたよ。にしたって、私が言えるのはこまめな手洗いうがいくらいだってば」

 母さんはため息をつきつつ洗面所に引っこんだ。今日これから仕事だっけ。昼間は太陽の光が強すぎて出勤するだけで一苦労だから、夜勤を希望する人が多いんだって言ってた。レジ打ちのパートも、シフトの争奪戦は熾烈をきわめるらしい。

「……シュノーケルマンの家族、ね」
 
 母さんは娘、僕は孫。でもそれは、それだけのことだ。
 僕にいたっては、赤ん坊の頃におわかれした人のことなんてこれっぽっちも分からない。テレビ局とか出版社の方がよく知ってるだろう。なのにいろいろなメディアから「家族」というだけで取材の依頼が来るんだから、何がしたいのか、ほんと、さっぱりだ。
 僕がまだプライマリに通っていた頃のことだ、自宅まで押しかけて来た記者に、母さんがホースの水とありとあらゆる罵倒を浴びせて帰らせたときのことは、はっきりと覚えている。……母さんの態度も当たり前だと思う僕も、いる。「今の社会の状況をどう思いますか」なんて、僕たちじゃなくて、研究者とか、偉くて賢い人に解説してもらえばいいのに。

「じゃあごめんね、後は任せちゃうけど。変な電話とかインターホン、出ないでね」

「分かってるよ。気を付けて行ってきて」

 母さんを見送って、テーブルに並べられた夕飯を見る。また僕が好きなものばかりだ。子供じゃないって言ってるのに。子供だけど。
 変な時間に昼寝をしたから、夕方のこの時間は持て余す感じがしてしまう。ご飯には早いし、かといって学校の課題も全部終わっているし。明後日の小テストは直前に見直しすれば間に合う。……自分の部屋で、寝直そうかな。
 念のため、もう一度玄関の鍵がかかっているか確かめて、やけに細かい階段を上がる。この家にも祖父はほんの数回、遊びに来たことがあるそうだ。出張ばかりの父に代わって、力仕事をしたり買い出しに付き添ったりと、「俳優なのを抜きにしてもすごくカッコよかった」って母さんが言っていた。あんなに、にこにこ話をするっていうのに、他人から話を振られると嫌がるのは、どうしてなんだろう。
 僕にとって祖父は、祖父というより「シュノーケルマン」なのだ。映像の中の、画面の中の人物。だから、家族だった母さんと僕とで、気持ちが違っているのは当然かもしれない。

 僕の部屋は、東向きの大きな窓がある部屋だ。好きなバンドのポスターや参考書がぎゅう詰めになった本棚がある……わけでもない、普通の部屋。ただ一つ、カーテンだけは普通の、今っぽいものじゃない。貝殻や海の生物―それも、ペンギンやシャチ、イルカやラッコがたくさん―の柄がちりばめられているものだ。子供部屋用にと気が急いた祖父が買ったものらしく、少しくたびれて色あせてはいるけれど、何となく、買い替える気も起きないでいる。
 今日はずっと窓を閉め切っていたからか、こもった空気がじっとりと重い。換気をしよう、これは仮眠も寝苦しそうだ。
 何とはなしに窓を開けて、僕は―思わず、そのまま固まってしまった。
 いつも、この時間は何をしていただろう。少なくとも外の景色を見る、なんてことはしていないはず。
 通り雨が降ったのだろうか、汚染微粒子が少ない空気は珍しく澄んでいて、雲もまばらに青い空が見えている。けれど、やや傾いた西日の光を反射してか、雲が黄色やオレンジ色に光っているのだ。白いところ、光っているところ、別の雲の影になって暗くなっているところ。雲がこんなにたくさんの色を持っているなんて、知らなかった。

「お兄さん、いいの? マスクもなしに」

 高くも低くもない声がどこからかした。お兄さんって、僕のこと? 
 きょろきょろ辺りを見渡すと、僕が立っているすぐ隣―窓が少し出っ張っているところに、危なっかしげに座っている子供がいた。真っ白なワンピースみたいな服を着て、空気のせいだけにはできない、きらきらつやつやする髪の毛、光の加減によって虹色に輝く肌……なんて、一昔前のアバターみたいないでたちだ。

「お兄さんは誰? せっかくイブキやリリに会いに来たのにいないし、会えたのは外の空気を吸うのにマスクをしない不良のお兄さんだし」

「ち、違うってば」

 窓を開けるだけのつもりで、空気清浄機もフル稼働してある。それに僕は不良じゃない。
 というか、

「なんでじいちゃんと母さんの名前、知ってるの」

 尋ねると、その子供はにっかり笑った。犬とか、馬とか、そういう動物っぽく。

「知ってるのは当たり前! ずっとずっと、何年も待ってたんだから」



 僕は寝るのをすっかり諦めて、子供の相手をすることにした。子供扱いをしたら怒られたけれど、だって子供じゃないか。でも、シュノーケルマンの映画を見せると、あれ、僕が間違ってたんじゃないかな、と思えてきてしまった。

「ここはあの西海岸だね。今はすっかり観光地になっているけれど、まだこの頃は野原みたいな海辺でさ。イブキの靴が流されて、帰りは付き添いの人のサンダルを借りたんだ」

 いや。
 なんで分かるんだ。
 まるで見てきたように撮影秘話を語るさまは、おかしいを通り越してもう「怖い」だった。でも普通に家に上げてしまった僕は間抜けなんだろうか(帰らせようにも、映画を見るのだと頑として譲らなかった)。
 それに、ことばはどれも嘘でたらめには聞こえなくて、祖父のことなんて他人の「思い出」でしか知らない僕でさえも、そうだ、じいちゃんはそういうところがあったからな、と納得してしまう雰囲気があったのだ。
 にかっと笑って、子供は次の場面に移った液晶を指差す。

「そう! ここ、ぼくがイブキから助けてもらったところだ。これが見たかったんだー!」

 僕は子供と液晶を交互に見比べた。変だけどいちおう人間のかたちをしいている子供と、祖父のごつごつした手にすくわれている、ぴちぴちしているちいさな魚。

「ええと……ごめん、さっきから思ってたんだけど、何? 何の話これは? どういうこと?」

「そのまんまさ」

 子供は液晶から目を離さずに続ける。

「約束を守りに来た。魚のままより、このかたちのほうが動きやすかった。それだけ」

 まあ座りなよ、とまた微笑まれる。僕はキッチンからコップ二つと麦茶のピッチャーを持ってきて、体半分の空間を空けて、子供の隣に座った。

「イブキ、よくぼくんとこの海にプライベートで遊びに来てたんだ。それでさ、ぼく達とも話せたんだよ。面白いやつだったなー。ぼく達の棲みかが減ってるって知ったんだろうね、どっかで、それで、助けたいから映画に出て欲しいって言われてさぁ」

 銀幕デビュー。子供はまた、にっかり、歯を見せる。

「カメラが回ってないときもいっぱい遊んだな。自分の娘が本っ当に大好きみたいで、口を開けば殆どリリの話だったけど。……映画を撮り終わって、完成したら見せてくれるって、リリとも会わせてくれるって言ってたのに」

 あいつ、もういないのな。
 子供の声は、やけに大きく聞こえた。

「こちとら、このかたちになるまで途方もない時間と努力をかけてきたんだ。なのに先にいっちゃうなんて、無責任だと思わない? 孫」

「……僕も、じいちゃんのことはよく知らない。映画の中のしか」

「―そっか。じゃ、話ができるとすればリリか」

 子供は自分でリモコンをいじってメディア再生を停止させる。ぱっと通常の番組に変わったチャンネルの先は、「シュノーケリングの今後の課題」という題名の討論番組だ。

「でも、まぁ、リリも可哀想だよね」

 子供は、笑いを押し殺すように肩を震わせて番組を見ている。街のようす、仕事場、学校。さまざまな場で、シュノーケリングをしている場面が映っている。

「あーんなに格好よかったイブキが、訳分からんこんな状況の象徴みたいにされちゃあさ」

「……それで、なんでお母さんがかわいそうになるんだよ」

「だってそうだろ。自分の大好きな人が、こんな形で大勢の人には知られてるけれど、もっともっと格好いいところは知られていないし、知ろうともされてないんだ」

 すとん。
 僕の中で、何かが落ち着く音がした。
 番組では、最新型のゴーグルについて、商品説明めいた会話がされている。

「自分の大好きな人は、一番格好いい姿で皆に見て欲しいって思うものだよ」

「そんなの……母さんの、子供じみた一人占めだ」

「ふっ……っく、孫、苦労してそうだなぁ」

 リリは我が強いそうだからね。柔軟そうに見えてめちゃくちゃ頑固な母さんの性格をそう言うから、僕はやっと、あぁこれは映画のあの魚で、祖父とも会っていたんだな、と思えた。

「でも大丈夫だよ。心配するな。もうじき、シュノーケルマンはいなくなるから」

「え?」

「じきに良くなるから。ぼくは知ってるんだ。孫、喜ぶといいよ。マスクもゴーグルもサングラスも要らなくなる」

「ど、どういうこと」

「そういうこと! 信じてみなって」

 はねるように子供―魚は立ち上がって、ゴーグルを額に上げるような仕草をした。

「ぼくが海から陸地に上がって孫と会えて映画を見られたんだから。そんな日も、来るよ」

 本当だろうか。何をどうやって信じるのかは分からないけれど、その笑顔がすごく、さっきの空みたいに晴れやかで、きれいだったので。
 そうだなあ、と、僕はとりあえず、思うことにした。

シュノーケルマン

シュノーケルマン

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-08-20

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