妖精の旅
手芸部である里子は、課題の人形制作の参考となるサイトを探していた。
そこで偶然見つけた動画『妖精の旅・その7』は、どこかの町並を背景に、栗毛のかわいらしい人形が身振り手振りで話すものだった。
「あの建物が、うちが通っていた学校です」
人形は遠くの校舎を指し示す。声は関西なまりのある少女のものだ。ボディの下から手を入れて、首や腕を動かすタイプのものらしい。
「この町とももうお別れです。遠足には行けると思ったんやけどダメでした、ガッカリ」
人形の首がガクッとうなだれる。本当に悲しそうだ。
ツボにハマった里子は課題をそっちのけ、一連の動画を探し始めた。同シリーズが『その25』までアップされていた。少女は人形を妖精に見立て、その日の出来事や思い出などを、妖精の物語として語っている。話から察するに、少女は引越しの多い環境にあるらしかった。
(え、これあたしんとこの地元……てか妖精来てんじゃん!?)
『その23』以降の見慣れた風景に驚く。
そして人形の白く小さな手を見た里子は、あることを思いついたのだった。
ひと月が過ぎ、十月に入ったある日の下校時。
冷たい風に背中を丸めた里子の前を、女の子が横切る。ふと目に入った手提げ袋の中に、あの人形が見えた。
「あぁ、あのっ!」
小さな体がビクッと止まる。
「あたし、ほ、ほら、あなたの動画……」
振り向いた顔は、髪の短い瞳の大きな女の子だった。明らかにおびえている。
「その、渡したいものが……」
里子は通学カバンから紙袋を出し、女の子に手渡す。女の子は何か言いかけたが、
「いきなり呼び止めてごめん、それじゃっ」
里子はあわててその場を立ち去ってしまった。
(わ、われながら情けないっ……)
まさかこんなに緊張するとは思わなかったのだ。
数日後、アップされた新しい動画をおそるおそる開く。本当にあの子が妖精の子だったのだろうか……あの日以来里子は悶々とした思いを抱えていた。
画面にいつもの人形が現れる。しかしその手には新しいピンクの手袋、首には同じ色のマフラーが巻かれていた。
妖精はピンクの手を動かし、
「これはこの前、妖精のお姉さんからもらったものです。お姉さんの手紙には『これから寒くなるからあげます』って書いてありました。うちは本当に本当にうれしかったです。どぉもありがとう」
そう言ってペコンとおじぎする。
ディスプレイの前、里子は感激に身をよじらせるのだった。
妖精の旅
自分にしては珍しいタイプの作品と思います。