異端の夏4️⃣

異端の夏 4️⃣


 この世には己に似ている者が3人はいる、という。真実だろうか。これは、その伝承を踏まえた綺談である。


-真夢子-

 そして、何とここはその『ハニーランド』の一室なのである。夢幻のように立ち去ったあの湖の男女がそこにいた。

 「真夢子?」「ん?」と、肉厚な性器に酷似した濡れて紅い唇を離した女が、膣を巧みに収斂させるから、「どうしてそんなことが出来るんだ?」「ん?」「亀頭だけに絡めてるんだろ?」「何を?」「この奥の、ほら?」「これ?」「性器と性器がほら、こんなに饒舌じゃないか?」「あなた?」「そんなところの構造は私自身だって知らないのよ?」「私の深層の真実を熟知してしまったのはあなただけなんでしょ?」と、首筋に唇を這わせる男の背に爪を立てながら、「あなた?」「思いのままにひっ掻いてもいい?」「気にかけるなよ」「消えない程の傷がついても後悔しないかしら?」「好きにすればいいんだ」「これ、湖のあそこで射精したかったんでしょ?」と、男の感応を見極めながらジワジワと爪を走らせて、絶え絶えに耳朶に囁く女に、「お前だって、だろ?」と、陰茎を反応させると、「こんなに性器と性器が饒舌なんだもの。いつもより、ずっと卑猥だわ」と、女の内壁が密やかに淫らに波うって勃起にまとわりつくの
である。
 「あれって気が遠くなるばかりに愉快だったけど。とんだ闖入者達のせいで残念だったわね?」「良かったか?」「だって、久々だったでしょ?あの緊迫したはらはらは身体中の動悸に電気が走って。例えようもない刺激なんだもの」「俺達の倒錯の極限かも知れないな?」「あなただっていつもより硬直していたでしょ?」「中枢に鋼が打ち込まれたみたいだった」「あの人達もさぞかし驚いたでしょうね?」「存外楽しんでいたんじゃないか?」「俺達だってそうだったろ?」「一〇年前のあの時ね?」「そう」「堪らなかったわ」
 「そういえば湖のあの豊満な女。お前に似てたんじゃないか?」「そうでしょ?私も驚いたわ。若い頃の私に出会ったかと思ったくらいなんだもの」

 身体を入れ換えて男に股がった女が、「奥さんとはとりたてて別れなくていいのよ」「あなたたち夫婦のいかような葛藤も、私とは一切無関係なんだし。そんな愛憎の果ての因縁業苦の諍いには全然興味はないんだもの」「どうせあの人とではこんな風には勃起もしないんでしょ?」「してないって言ったろ?」「可愛そうな人」「それが割りとそうでもないんだ」「そうよね。どう見たって間男されるような様相じゃないのに」「みるも無惨に裏切られてしまったんだもの、ね?」「友人と抱き合っている妻をたまたま目撃するなんて、小説に書いても受ける話じゃないでしょ?」「もうあなた達は破綻してしまったんだもの」「私とだけこうして秘密の遊戯をしてくれるなら、他には何も望まないわ」

 女は真儚子といいある小売の管理職。男はある労働組合の専従役員だ。二人とも四〇過ぎで、女は一〇数年前に離婚をしていて男の婚姻は崩壊寸前だ。互いに子供はいない。
 ある機会に知り合って一〇年になる。最初は一月の情交の果てに別れたが、再会して一年になっていた。

 「一〇年ぶりに俺達は再会したんだ。古い火の燃え残りから発火した業の炎火に焼かれているんだ。お前に溺れてるんだよ」「まあ。相も変わらず口ばかりはお上手なのね。だったら私の何に溺れてるの?」「この豊満な俺好みの身体に決まってるじゃないか?」「少しばかり肥りすぎじゃない?」「これがいいんじゃないか?」「あの頃よりは崩れてない?」「その爛熟した肉なんだよ」「肉?」「この身体は肉そのものなんだ」「この尻、乳房、盛りあがったこれだって…」「あまりに直載な表現は厭だわ。少しは修辞もなさいな」「修辞?それでもいいけど。詰まるところはみんな肉の権化じゃないか?」「乙女とは言わないけど。私だって健気な女なのよ」「身体は酷く熟れてしまったろ?」
 「だったら奥さんはどうなの?」「あら。私ったら。夫婦のねやを無遠慮に覗こうなんて。醜悪な趣味に溺れるところだったわね」「私、自立した世界に生きているんだもの。誰彼に嫉妬する謂れもないし。私、その人には何の関心もないんだもの」
 すると、性器で繋がっていながら性愛などはいかにも脆弱な絆に過ぎないのか、女の連続した傲慢な物言いが、たちどころに男の琴線を屈折させて自尊心を昂らせたから、女の唇を奪って乳房を蹂躙しながら尻の割れ目に分けいると、「あなた?」「そんなところにまで指を入れたら…」「痛いのか?」「だったら厭じゃないんだろ?」「これは?」「だから思い出してしまうでしょ?」「何を?」「もう甘美な過去を引き寄せたんだろ?」「どうして?」「締め付けてるじゃないか?」「知らないわ」
 「痛くないわ」と、女が切なげに呻く。「俺だけなんだろ?」「何が?」「ここを知ってるの?」「そうよ」「そうかな?」「当たり前でしょ?」「…絶対にしてないわよ」「こんなに危うい快感なんだもの」
 「私って変わったでしょ?」「時間は残酷だな?」「とりわけて最盛期に魅惑を振り撒いた女にとっては、時は老化の無慈悲な執行人じゃないか?」私のことなの?」「熟成の最期には悲哀だって漂うだろ?」「…私がそんなになってしまったって言うの?」「自分で言ってたろ?」「何て??」「陰毛に白髪が混じってる、って」「そうだったかしら?」「だから俺が確かめたんじゃないか?」「あったの?」「抜いてやったろ?」「…そうだったかしら」
 「でも、一〇年の年月ばかりが爛熟の理由じゃないだろ?」「あいつに散々弄ばれたからじゃないのか?」と、乳首を撫でられながらさりげなく吐露すると、「あなたって厭な言いぶりをあからさまにするのね?」と、女が驚きとも抗いともつかずに呻いた。「事実じゃないか?」「だって、そんな過去には触れない約束でしょ?」「それに三年も前に別れてるのよ」「それからは律儀な独り身だったんだもの」「それって煩悩が鎮まるには充分な時間だったとは思えないのかしら?」と、尻を揺らして、「それとも私の告白の悉くを信じていないの?」
 「そればかりかそんな大昔の過去に嫉妬してるの?」「当たり前だろ?」と、乳房を鷲掴みにして、「あんな不条理な別れ方をしたんだ」と、揉みしだきながら、「拘泥するなと言う方が無理強いじゃないか?」
 「だったら一月前の俺の誘いにどうして応じたんだ?」「どうしてかしら?」「これが忘れられなかったのか?」と、子宮をつつくと、女が、「喉が乾いたわ」と、呻きながら、また膣を獣の本能のように痙攣せた。

 「あなた?」「あれは何なの?」「天狗の面だろ?」「それはそうだけど…」「変わった塑像だと思わない?」北側の一面の壁に巨大な天狗の面が造られていて、勿論、あの突飛な鼻も一メートル程も異様に突き出ているのである。「あの脇に何か書いてあるんじゃないか?」
 すると、身体を起こして見に行った女が、男の脇に再び滑り込んで、「あの鼻に股がるんだって…」「天狗の鼻は男性器の象徴だから懐妊のご利益があるっていうのよ」「それに…」「性感が豊かになるんだって…」「大昔にこの辺で栄えていたバンダイ族の伝誦にあるらしいわ。山の神と交わった村娘の話よ。その娘は醜女だったんだけど情交のご利益で子沢山の幸を恵まれたんだって。本当かしら?だったら試してみようかしら?」「子供が欲しいのか?」「あなたの?」「俺の?」「冗談だわ。そうじゃないの。股がったまま半身を倒して腹這いになると、眼の辺りに穴が開いているのよ。誰かに覗かれているんじゃないかしら?」

(続く)

異端の夏4️⃣

異端の夏4️⃣

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-13

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted