落下から始まる物語7

それっぽいだけの会話。
改めて、私の頭の中の物語は、基本的に会話劇なのだと発見しました。

00210903ー3
 オシリスとジョエル(大統領府)


 ジョエル達、大統領補佐官は、大統領府の一角に各一室を与えられている。それほど広くもないその部屋には、長大なデスクが一台置かれ、普段、この部屋に十五分も居続けたことがないジョエルが、今日は珍しくそこに行儀良く座っていた。
 ここでしか打ち合わせが出来ない相手が一緒だったからだ。
 彼のデスクの前には高さ1メートル位の円筒があり、その上に、戯画化されたネズミが後足二本で立っていた。
「まさか、エリンの端末にもその姿で出ているんじゃないだろうな」ジョエルは呆れ顔でそのネズミに向かって言った。
「一度だけ、な。彼女は、思った以上に、そう、理性的だったよ。」ネズミは少し眼を細めて続けた「しっかりと、こっちを睨んで言ったんだ『オシリス、二度とその姿で現れないで』って。悲鳴ぐらい上げて欲しかったんだけどねえ。」
 不思議なことに、ネズミの表情から、オシリスが本気でがっかりしているのが伝わってくる。
 ジョエルは、不本意ながら、口元が弛むのを押さえられなかった。
「猫にすればよかったんだよ。」
「猫?」
「ああ、ただし俺から聞いたなんて事は口外無用で頼むよ。」
「ふーむ。猫ねえ。」
「おいおい、今日は我らがボスの女らしさがテーマなのか。」
「それと同じくらいには興味深い話だよ」オシリスはまじめな調子で答えたが、姿はネズミのままだった。ジョエルは少し考えて、結局何も言わないことにした。多分、オシリスはこのジョークを気に入っているのだろう。
「ひとつ、見てもらいたい物があるんだ」ネズミ姿のオシリスの傍らに、新たなウィンドウが投影され、一見して軍事用と分かる大型のロボットが、岩だらけの荒れた海辺を進む映像が再生され始めた。
「昨日、イオウジマで実施された共和国軍の演習だな」再生が始まった映像を一瞥して、面白くもなさそうにジョエルが言った。「概略は私のところにも報告が来ているが。」
「うん。それで、これについて、何か知っているか」オシリスの言葉と共に、映像が一時停止され、その一部分が拡大される。ガンカメラの荒い映像だったが、多脚型の大型ロボットの一部が判別できた。
「ああ。コードネームはリトルボーイ。五年くらい前から海軍の方で研究開発が進められていた第六世代型ウォーマシンの評価用機体だ。群知能による自律作戦行動のオペレートをさらに前進させたものって言う触れ込みだったが。」
「この演習の時は、海軍のウォーマシン、TDMM14ジェリーフィッシュの三群体を単機で制圧している。まあ、ウォーマシンの常で、世代交代の際に旧世代が圧倒されること自体は珍しくもないけどね。」
「この機体について、君が知らなくて、私が知っていることがあるとも思えないんだが」いつまでも話が焦点を結ばないことに、ジョエルはそろそろ苛立ち始めていた。
「ああ。それはその通りだが、そう、ジョエルは田中ラボに知り合いが居たように記憶しているが。」
「何を今更。前の仕事の関係もあって、私と丈太郎は友人と言っても良い間柄だった。今の所長とだって、付き合いがあるとも。」
「まあ、そう怒るなよ。それで、ジョエルの情報力学の理解はどれ位なのかな。」
「ん、せいぜいハイスクールレベルかな」思わぬ質問に、ジョエルは戸惑いを隠せなかった。「あの分野は、どうも苦手でね。元々複雑系は、得意じゃないんだ」思わず照れ笑いが顔に出てしまう。
「安心してくれ、今回の話に数学的な知識は必要ないよ。と言うことは、我々情報生命が、実体として記述されたプログラムを持たないことや、存在するために、ある程度の強度をもった情報力学上の場が必要なことは理解しているね。」
「有名な『情報生命は記述されていない』、と言うテーゼだな。君たちに必要なのは膨大な量の情報が十分高速にやりとりされるネットワークそのもので、そこでやりとりされる情報の内容とは無関係だと言うんだろう。」
「うん。良く使われたのは『情報生命は中華料理のレシピの上でも生きてゆける』と言う奴だ。」
 その良く知られたフレーズは、情報生命が、自分たちとは異質な、非人類知性体であることを、改めてジョエルに思い出させた。とは言え、たった今、目の前にしているネズミの立体映像に対して、哲学的な感想を抱くことも難しかったが。
「我々を情報力学的なソリトンとして解析可能かも知れない、と言う、いわゆるグッドン=サイラス仮説だね」オシリスは、何事もない様子で続けた「まだ検証が終わっていないけれど。」
「情報の内容が、全く無関係ではないかも知れない、と言うタナカ=リューモデルによる反証が、やはり検証待ちだからな。」
 このジョエルの言葉に、ネズミは顔をしかめる仕草をして見せた。
「人が悪いな、なかなか詳しいじゃないか」オシリスの声音には、少し悔しそうな響きが混じっていた。
「仕事柄、全くの無関心でもいられないのでね。数学が苦手なのは本当だよ」ジョエルの顔は、謙遜の言葉とは裏腹に、自信に満ちた笑顔だった。
「ふむ。では、話を簡潔にしよう。さっきのリトルボーイのスペックと、去年発表されたカーペンター教授の論文を一緒に考えてみてくれないか。それで、何か思い当たることがあれば知らせて欲しいんだ。」
「何だって」ジョエルは慌てて聞き返そうとしたが、すでに投影装置からはリトルボーイの映像は消え、入れ替わりにどこへ通じるとも知れない小さな「穴」が映し出されていた。
「カーペンター教授の論文だ。確か去年三月の学会誌に載っていたと思う。では失礼」ネズミの姿は、その「穴」へ駆け込み、程なく穴そのものも消えた。
「まったく」ジョエルは半ば呆れ顔になって呟いた。「この話が、何と同じくらい興味深いんだって。」

落下から始まる物語7

本業多忙につき短め。
それでも、今度こそ、這い進む様な歩みでも結末へ・・・

落下から始まる物語7

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-11-13

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