浸透、夏。
真夏の、月が、水面にうつる。まるく、淡い橙の、二十三時の月が、学校のプールの上で、波立つと、ふるえる。足の先が、届きそうで届かないところに、月は浮いている。かすかにきこえるのは、夏の、熱にうなされた、あらゆるものの、こえ。むし。はな。とたんやね。シャワーのじゃぐちの、閉め方があまいのか、ぽちゃん、ぽちゃんと、一定の間隔でひびくのは、水の音。きみは夏の、海の青に、とけた。
心臓が焼き切れるほどの恋を、したことがある。
人形みたいなきみが、棲んでいたあの森が燃えたとき、うしなったものは指折り数えるほどしかないと云っていた。その、指折り数えるほどしかないものは、きみがたいせつにしていたもので、つまりは、唯一無二の、こころから愛していたものであって、それだけしかないことを、きみはまるで恥じるように、苦笑いをはりつけていて、ぼくは、でも、同調するみたいに笑うことはできなかった。いきているものたちは、やさしく、ときに残酷であることを、いまさら、ぼくたちはあらためるひつようもないのだけれど、やっぱり、やさしくて残酷だなぁと思う瞬間は、ふいに、あった。学校のプールが、きみのいる海につながっているかはわからないけれど、もしつながっているのならば、月が、うつくしくまるいまま流れてゆき、きみにそっと、寄り添えばいいのに。かわいたプールサイドは、むなしくただそこにあって、ぼくというにんげんのりんかくも、いずれは夜になじむ。
こわくない。なにも。
浸透、夏。