風船男
風船男という男がいた。
いつもポケットに膨らませる前の風船を詰め込み微笑んでいる彼を、周囲の人々は気味悪がった。
そんな男を怪訝に思った少年がある日聞いた。
「なぜ風船を集めているの?」
「空を飛びたいんだ」と、彼は言った。
話によると男の人生は散々なものだったらしい。
幼少期のいじめ、浪人、リストラ、妻の浮気、離婚、借金。
男はそんな苦しい人生で一度は楽しい思いをしたいと、
幼い頃の夢であった、『空を飛ぶ』ということを実現したいと語っていた。
「あとひとつ、風船があればいけるんだ」と、男は言った。
「そうすればわたしは空を飛べるんだ」震える声で言った。
少年は目をぱちくりさせて、上を見た。
少年はそのとき、真っ赤な色の風船をその手に握っていた。
「あげるよ」と少年は言い、その手を男に差しのべた。
「これであなたの夢が叶うのならば」
翌日の早朝のことだった。
街がにわかに騒がしく少年は起きた。
窓の外を見つめた少年は大きく目を見開いた。
そして、男の夢が叶ったことを理解した。
男は空を飛んでいた。
何千という色とりどりの風船に吊られ、
ふわりふわりとその体を空に浮かび上がらせていた。
少年は思わず叫ぶ。
「どうして!」
たくさんの風船の紐は男の首に括り付けられていた。
たくさんの風船がふわりふわりと男の体を吊り上げていた。
『空を飛びたい』男の夢は叶ったのだ。
男の夢は叶ったのだ。
その風船の一番上で、少年には見覚えのある赤い風船がふわりと揺れていた。
風船男