(BL)Flowerなきみ

えりな

  1. 【ランタナ】

自分の進路に悩む高校生の前に現れた謎の男。
人生の分かれ道にもうひとつ道が現れ、また
悩みがひとつ増えてしまいました。

【ランタナ】


しんしんと冷えるこんな日は水がメチャクチャ冷たい。
冷たいなんてもんじゃねぇな、凍るよマジ。

ぶつくさと呟きながら手にした水受けから薔薇の花の束を抜き出して中の水を排水溝に勢いよく流す。
上がってくる水蒸気までが冷たくて…ぶるり、と震えながら水受けに新しい冷水を注ぎ込んでひとつ溜め息を吐いた。
…すると。



ガラリ。



背後にある入り口のドアが開く音がして俺は薔薇の束を抱えたまま振り返って。


「いらっしゃいませ。」


そう言って営業スマイルでお客さまを出迎えた。

やたらと背の高いその人は夜の闇に混じってしまいそうないで立ち。
髪は真っ黒の短髪で瞳もそう。
膝下辺りまである黒のロングコートの下はやっぱ黒のスラックスに黒い靴。
どれも高そうに見えんのはこの人が金持ちっぽい雰囲気をかもしだしてるからだろうな…と貧乏人のヒガミも少々。


「薔薇を。」


薄い唇が開いたかと思うと静かに短くそう告げて。
俺はシャキンと背筋を伸ばし抱き締めてたままの薔薇の束を慌てて水受けに戻した。


「あ、ハイ、薔薇ですね。どの色のにしますか?」
「今ので。」
「今の?あ、これですか。」


なぜにこんなに挙動不審なんだ、俺!
そうだきっと…この人の金持ちオーラにやられてんだな!
…と、勝手に理由をこじつけて彼を振り返り。


「花束ですか?ブーケ?あ、何本くらい…」
「それ1本とかすみ草1本だけでいい。」


……………は?


返答に思わず黙る。

だってさ?
普通金持ちっていったら真っ赤な薔薇の花二桁以上にかすみ草ゴッチャリな花束を買うでしょうよ?
あ、分かった。
この人きっと恰好は金持ち風でも実は違うんだ!
なんて勝手に妄想をしてると。


「早くやっていただきたいんだが。」


と、不機嫌度MAXな声がして俺は慌ててその薔薇とかすみ草を1本ずつ水受けから抜き出した。

しんと静まりかえる店の中で俺は黙々と薔薇の…プチ花束的なものをこさえ始める。

防水シートの上に淡いピンクの不織布を敷きその上にかすみ草を一本。
そこから少し上側にバランスよくさっきの…アイボリーの花弁のヒダの部分だけがオレンジ色になっている薔薇を一本置いて手際よく巻き付けてから端をセロテで止めた。


「リボンはどうされますか?」


それを片手に問うと彼は俺をジッと見て。


「任せる。」


と、こたえてからまた同じ体勢に戻った。


任せる………って。


薔薇とかすみ草を“ただ巻いただけの束”を握りしめて俺は彼に視線を向け。


「…差し上げる方はどんな方ですか?」


そう聞いた。
すると彼は。


「答える必要はあるのか。」


………と、表情を読み切れない程の静かな調子で返してきて。
俺は……。


「一応、イメージとかあればリボンが必要だとか要るなら色とか……」
「君なら要るか?」


……………はい?

あまりにも唐突なほぼムチャ振りに、営業スマイルが固まる。
…すると。



「君が要ると思うならば付ければいい。」


………って。
なんか…久々に違う星の人に出会った感じ?
てか俺の言った言葉は彼の耳には届いてないのか?

ゴチャゴチャと考えて…面倒になって。


「自分なら付けた方がいいと思います。何せボリュームが…」
「では頼む。」


人に聞いといてその態度かよ。
ワケ分かんねぇ!

ブチ切れそうになるのをなんとか押し止め、固まったままの営業スマイルを目の前の黒ずくめの宇宙人に向けて一度頷いてから背を向ける。
そして作業台から真っ赤なリボンをシュルリと引き出すとチャチな花束のおおよそ倍はあろうかって程のデカいリボンをこさえてやって…。


「お待たせしました。」


クルリと振り返りそれを宇宙人に差し出した。
するとヤツは……俺の目の前にピッと万札を出して。


「釣りは要らん。」


そう言って………って!


「ちょっ、お客さん!これ、これ…」


俺の手からこのプチ花束を受け取ることなく店を出て行ってしまった。



ガラッ!



ヤツを追って外に駆け出すと店の前にはやたらとデカい黒塗りの車が停めてあって……って。

え?
なに、もしかしてこの人ヤクザ屋さんなの?

営業スマイルから苦笑いへと変わった俺をその車に乗り込む寸前のヤツが振り返って。


「リボンはもっと小さい方が君には似合うな。」


……………はい?

と、これまたワケの分からんことを言ってヤツは…ホンの少しだけ笑ってみせた。



バタン。



ドアが閉まる音で我に返り次の瞬間にはヤツの乗った車は遥か彼方に消えてしまっていた。

まさに“未知との遭遇”を終えた俺は…店の二階から降りてきた母さんに呼ばれるまで、こじんまりとした花束を握ったままずっとそこに立ち尽くしていた。

「はぁ……」


もう何度目かになる溜め息。
その回数に嫌気がさしてんのに俺はそれを止めることが出来ない。



ピラッ。



手元のコピー用紙を眺めて……遥か前にある黒板の『進路』って文字を見てまたひとつ溜め息を吐いた。


「溜め息多いなぁ。」


かけられた声に顔を上げ突っ伏している机の横に目を向ける。


「しゃーねーだろ。」
「つーか贅沢な悩みだよなぁ。」


溜め息交じりにそう言い隣の席に座ってる村川は机に頬杖をつきながら俺を見て。


「行けるくせに大学“なんぞ”に行きたくねぇとかって。」


呆れた顔付きでそう言った。


「行きたくねーもんしょーがねーじゃん。」
「そうじゃなくてよ。」


しつこく溜め息をついてみせるヤツを見ながら俺は机から起きて大きく伸びをする。


「世の中には大学に行きたくても行く頭がないヤツはゴッソリいるんだぜ?」
「それはそれだろ。だって俺、別に大学に行きたいワケじゃねーし。」


村川の言いたいコトは分かる。
結構上の大学に行けるだけの頭を持ってる俺が進学しないってのは勿体ないんだと。

それは分かるけど。


「分かってるよ。学年のトップ10内にいるお前のくせにフラワーアレンジメントの専門に行くってんだろ?マジもったいねぇ。」


むくれ顔でそう言うヤツは……実のところ行きたい大学にちょっとばかり偏差値が追い付いてない。
だもんでブルーだったりなんだったりって心境なんだ。
それは分かってるけど実際。


「ウゼー。」


吐き捨てるように言ってヤツを睨みそのまま視線を左隣に向ける。


「なあ。お前は進路決まってんだよな?」


そう振るとソイツ…我がクラスの1位、つまり“学年で一番頭のイイ”クラス委員長様は少し笑って頷き。


「警察官になるんだ。」


そう言って口の端を上げた。


「警察官?じゃあ大学……」
「俺がなりたいのは交番勤務だからそのまま試験を受けるだけだ。」
「はあっ!?」


素っ頓狂な声を上げる村川を横目に見ながら内心溜め息。
頭がイイヤツがみんな大学に行ってみんなしてエリート街道を進むわけじゃねぇっつの。

だって見てみろ。

学年トップのヤツが交番の“しがないおまわりさん”になりたいってこんなに目を輝かせてんだぜ?


いやにキラキラな笑顔を向けるクラス委員長を見ながら俺は……その輝きに目を細めながら立ち上がり、逃げるようにその場をあとにした。

教室を出て広い廊下を早足でずんずんと進んでいく。
どこに、というのはないが何となくいたたまれない思いがわき上がり少しばかり気持ちに波がたっているのが自分でもわかる。
きっと…あの夢一杯の“キラキラ”にあてられたからだな。

夢に溢れ前しか見ていない真っ直ぐな瞳。
俺にだって負けないくらいの夢はある…のに…。


「日野、日野幸也!」


いきなりデカい声で呼ばれて立ち止まり溜め息をついて振り返る。
少し後ろから人の名を大声で呼びながら足早に近付いてくるのは…。


「……キモ。」


一年の時の担任で…もう担任じゃねーってのに未だしつこく絡んでくる。


「太田………………センセイ。」
「日野!」


マジキモ。
嬉しそうな顔してる意味とか分かんねーし。

ウンザリした顔を露骨に向けてもコイツは動じない。
それどころか。


「そう嫌な顔をするなよ。」


言うなり俺の肩にポンと手を置いてきやがる。
だから………。



パシッ。



肩に置かれた手を払ってメ一杯嫌な顔をしてやり。


「センセイ、なんでいつも触んの。」


これでもかってくらいに嫌だって風な声で言ってんのに、ヤツは変わらぬキモ系な笑顔を俺に向けて。


「まあそう言うなって。どうだ勉強ははかどっているのか?」


そしてまたニヤニヤ。


「勉強は普通。」
「分からないことがあれば何でも聞きにきなさい。日野の質問になら何でも答えてあげるからね。」



ぞわぞわ…



なんだその猫撫で声は!
そんで流し目!!
マジキメェんですけど!


五歩後ずさり更にもう一歩下がると太田は一歩前に出て五歩小走りで近付いてきて。


「日野は自慢の生徒なんだ。だから一番上の大学を狙って欲しいんだよね!」


そう言って俺の両手をギュッと握った。



プツン。



久々に自分の切れる音を聞いた……瞬間。


「アンタさぁ。もう担任でもねーくせに俺を一番上の大学にとかって進路にやたらと口挟んでくるけどさ、それってホントは佐古や柊への当て付けじゃねぇのかよ?」
「はっ、な、なに…」


溜まりに溜まっていた日頃の鬱憤を一気に吐き出す俺に太田は一瞬怯む。
その隙に握られてる手を解いてヤツから離れてメ一杯の嫌悪を込めて思いっ切り睨み付けて。


「アンタが気に入らない生徒とか相手に、つまんねー裏工作やってねーでちょっとは人としてのスキルアップをした方がいいんじゃねーの、“先生”?」


言葉の後半は自分でも驚くくらいにキツく言い放って俺はそこから走り去った。




◇◆◇◆◇◆◇




なんなんだよ、一体……


学校からの帰宅路。
いつもより大股でいつもよりも苛々しながら歩きながらさっきのことを思い出す。


数学の太田は激しくキモい。
俺にベタベタと触れてくるわ絡んでくるわ…変な期待を寄せてくるわその他色々。
けど……この苛々の原因になる程の比重は皆無。
正直鼻で笑えるしアゴで扱える程度のヤツだしね?
そう。
だからつまり……この苛々はヤツによって発生したわけじゃなくて……。


「“塵積も”…だよな、きっと。」


“塵も積もれば山となる”

小さなストレスが積もり積もっての…この状態ってわけか。
そうだと気付きそんなのさえ発散できない自分自身に苦笑いが出た。


進路ナニガシって話が出てきた頃からだよな、こんな感じ。
高一の秋くらい。
担任がチラッとそんな話を始めた辺りで……父さんが倒れたんだ。


仕事中に倒れたと学校に電話が入り、丁度体育の授業中だった俺はジャージ姿のまま担当の三越センセーに金を借りてタクシーで病院に向かった。


その道すがら…ずっと不安だったしずっと色々なことを考えていた。
父さんが、もしもなら…
どうしよう、学校なんて行ってる余裕ねぇよな?
なんてピンキリまでマジに色々。

そしてやっと病院に到着した時。
薄暗い手術室の前には…背を丸め小さくなって泣いている母さんがいた。
俺はその姿を見た時、父さんのあとを継いで花屋になることを決めたんだ。


「…それのどこに問題があんだよ。」


子供が親の心配をして何が悪い。
なんでその気持ちを無視して進学、進学っていうんだ。

…センセーだけならまだしも何で両親まで?

そんなストレスは二年に上がり成績のおかげで振り分けられた進学クラスになってからも変わらずに増え続ける一方だった。


「やっぱ俺…前よかキレ易くなってるよな。」


一人呟き空を見上げる。
深い溜め息を吐き出して…ゆっくりと顔を戻していく…………と?


「あ!?」


目の前にはハザードランプを点滅させ路上に停まってるあの…夕べの黒塗りベンツがの姿があって。
考えるよりも先に俺はその見るからにヤバそうなベンツに向かって走り出していた。



バンッ!



車の前に回った俺は自分でも驚く程の勢いでベンツのボンネットに両手をつく。
…っつーか、叩く。
すると中では夕べのあの、わけわからん宇宙人がゆっくりと顔を上げて俺をジッと見ながら胸の前で腕を組んだ。



…なんだよ。



なんでなんもリアクションしてこねぇの?


故に俺は、高級外車の進行を妨げている迷惑なガキな感じでその姿を晒すことになっている。



リアクションを、して来いよ。



こっちがこんだけ睨み付けてんのに…中のアイツは変わらぬ涼しい顔で俺を見続ける。
その内、周りからクスクスと笑う声やヒソヒソ声が聞こえてきて………。

何なんだよチクショウ!

内心そう叫びながら俺はボンネットから両手を外してその場から逃げ出した。



走って、走って走って。



これでもかってくらいの全力疾走で道を駆け抜け自宅への最後の角を曲がった。


「げっ!」


すると…至極当然ながら、自宅兼自営業を営む我が花屋の前にさっきのあのヤクザばりな黒塗りベンツが先回りして止まっていた。



カチャ。



運転席のドアが開いたと思ったら…例のあの、宇宙人がゆっくりと降りてきて。



ジリ…



近付いてくるヤツを見ながら一歩後ろに下がる。
ジリジリとその差が詰められ…駆け出そうとした、瞬間。



ガシッ!



俺の右手はヤツの左手に捕われてしまった。


「は、離…っ!」
「無理なのは承知しているだろう?」


静かに響く低い声にグッと言葉を詰まらせながらも俺は捕まれている手をガムシャラに振って逃げ出そうとする。
するとヤツは短く息を吐いてから。


「ボンネットのへこみの請求、お前のご両親にしてもいいんだぞ。」


そう…言い……。


「なん…」
「そうされたくなければ黙って来い。」


まるで脅迫のような言葉に俺は…何も言い返すことが出来なかった。
捕まれていた手が引かれ重い足取りで歩きだしながら店頭から見えないように鞄で顔を隠して…。



カチャ。



開かれた助手席のドアから中に入って唇を噛み締めた。


…クソ…。
なんで俺、あんなことしちまったんだ…。


“後悔先に立たず”


その言葉を噛み締めながら俺は俯いたまま黙って膝の上に置いた手を強く握った。


運転席側に車が軽く傾ぎドアが閉められる。
俺はそのままの体勢から顔だけをヤツに向けて。


「弁償…しますから…」


そう言って頭を下げた。


しかし……


いくら待ってもヤツからは何の言葉もリアクションもなくて…。
俺は首を少し捻って視線だけをヤツに向ける……と。


「………。」


ヤツは俺のそんな様子を黙ってジッと見ていた。


「あの…?」
「………。」


問うたところでやっぱり返事もリアクションもない。

…もしかして…
目ぇ開けたまま寝てんじゃねーの?

そんなことを思いながらこっそりとドア側に手を伸ばした。


「“日野幸也”。」


突然名前を呼ばれて伸ばし途中の手が止まる。


「なんで俺の名…」



ブォン!



言葉の続きはベンツが発したエンジン音にかき消されてしまった。

窓の外を流れていく景色が良く知る物から馴染みのないものへと変わっていく。
どこか昔っぽいものから新興住宅地になって緑が一杯な大きな公園に。
そしてそれが切れた途端にやたらと高いビル群が現れて…ってかここらって市内じゃ一、二を争うほどの値の高い土地じゃないのか?
…いやいやそれより…
俺はこのままどこに連れていかれるんだ?

さっきまでの苛立ちは今はゼロ。

それよりなにより…その苛立ちのお陰で俺は今…人生最大の危機に陥っているわけで。
本当に…もしできるならさっきの俺にあんなバカなことすんなよと忠告をしてやりたいよ。
嘆いたところでもうどうしようもない。
さっきに戻れるわけでもこの車から飛び降りることもできやしない。

いや…
飛び降りれるかもしんないけど。
この車の持ち主の宇宙人のスーツの胸ポケットには俺の学校の生徒手帳が入ってる。
それがある限り俺は逃れることはできない。
いやいやそれ以前にうちの店を知られてるんだからもうどこにも逃げ場はない。


黙ったまま車は進み大きな交差点の先にあるこれまたデカい建物の中に入った。
ここは…マンションの駐車場?
コンクリート壁に囲まれただだっ広いスペースの一角に車が止まるとすぐに警備員っぽい制服のオッサンが近付いてきて。


「宇津木様おかえりなさいませ。」


そう言ってロックの外れたドアをゆっくりと外に開いた。
返事をしないそいつ…宇津木という宇宙人は手にしたコートに袖を通しながら助手席に座ったままの俺に視線を向けた。


カチャ。


同時に警備のオッサンがドアを開けてくれちゃったもんだから…出ないわけにもいかず俺は渋々車を降りた。
すると宇津木は俺を前にいかせてその後ろに添うように歩き始めた。


「逃げる気だったか?」


鼻で笑うような言い草にカチンとくる。

「まさか。」
「ほう。」

少し上がった声のトーンが鼻に付く。
……チクショウ…絶対に逃げねぇからな。

挑発的な宇津木の言葉に俺は…腹をくくった。




◇◆◇◆◇




乗せられたエレベーターが最上階に止まり開いたドアから階に下される。
ベージュのカーペットが敷き詰められたホールから広めの廊下を右側に進んだ先のドアに近付いた宇津木は手にしたカードみたいな物をかざしてスキャンして…


カチャ…


ロックの外れた音と共に開かれたドアを大きく開いて俺に顎で“入れ”と示した。

………犬猫じゃねぇんだよ!

そう思いつつ…今の俺の立場はきっとそう違わないんだろうと思って内心溜め息。
しかし俺は一体どうなるんだろう。
生きて…ここから出れるのか?

物騒な世の中だからと覚悟を決めても…やっぱり…。


「…すいませんでした。」


そう言って頭を下げるしか俺にはできない。


「さっきまでの威勢はどうした?」


結んでいたネクタイを解く宇津木にもう一度深々と頭を下げる。
ソファの横に正座をした俺を見下ろしながら奴はワイシャツの袖を折った。


「金は…なんとかします。だから…」
「言っておくが俺の車はそう安いものではないぞ。」


そんなん見りゃわかる!
ベンツだろ!
百万やそこらで買えるもんじゃないことくらい……


「あれ一台でお前の家が一軒買えるほどだ。」
「はっ!?」


俺んちが安いのかこいつの車が高いのかはわからないが……


「…少し…考えさせてもらえませんか…」


深い溜め息と同時にそう言い俺はカーペットに額をつけた。

つ、と頬を伝うのは冷たい雫。
所謂、冷や汗という奴だ。

ぶっちゃけていえば心のどこかに甘えた気持ちはあった。

“たかが車の修理費”
“俺はまだ高校生だし”

心のウエイトを占めていたのは“温情”みたいなもの。
だから……



「…どうする?」



静かに響く男の声に現実に引き戻される。


「ご両親に言って…」
「それはできない。」


できるわけ、ない。
家はお世辞にも裕福とはいえないし営んでる花屋だって儲かっているわけじゃない。
だから……そんなこと…。


「なんとか…します…」
「あてでもあるのか?」


間髪入れずの返事に口ごもる。


「千円や二千円の金ではないのだぞ?」
「わかってます。」


俺の家と同じなんて言われてそんな千円程度のはした金とか…挑発してんのかよ。
内心ムッとしながら見上げると…どうやら俺を見ていたらしい視線と目が合う。


「なん…」
「ではこうしよう。」
「え?」


ギッ…


座っていたソファから立ち上がった宇津木氏がゆっくりとこっちに近付いてきて。


「君は、なにができる。」


そう言ってズイ、と顔を極側に寄せた。


「なに…って」
「君が、俺に、代価を支払うという選択肢をやろう。」
「代価…」


言われてこの言い回しに…よからぬ想像をしてしまう。


まさか…
それって????


引き攣った顔でグイ、とのけぞる。
すると奴はフッと笑って。


「言葉の通りのことだ。勘違いをするな。」
「は、ははっ…そうですよね!」


とかいいながらも…そんなもんで済むならそれもアリか?とか思っちまう辺り、恐るべしだな我がホモ高校での生活。


「それなりの額に見合う働きをするというなら考えてやる。」
「……それなり?」


だからその家一軒分の代価はいくらなんだよって話だ。
いやいや。
たかがボンネットの修理代…なんて甘く考えるとまた絶句させられちまうからな。
ここはひとつ冷静に…。


「君は飯は作れるのか?」
「は?飯…??」
「掃除はできるのか?」
「え…まあ…」
「洗濯はできるのか?」
「……。」


途中から返事をするのがイヤになってくる。
それって…つまり。


「家事を…すればいいの…?」
「そうだな。」


…今までの緊張感が一気になくなる。

なんだよそれ…
てっきりヤバいところに連れていかれたり変な運び屋とかそういう諸々な仕事を想像してたからさ…。

身体中から力が抜ける。


「かと言って一度や二度ではないぞ。せめて一年は働いてもらおう。」
「え!一年!?」
「少ないか?」


軽い刑だからそういうオチになるか。
深い溜め息を腹の底から吐き出し終え…宇津木氏を見て。


「ここで勉強とかしても平気ですか?」


そう、言った。




◇◆◇◆◇◆◇




拉致…とういうか連行?されて小一時間程経ちやっとのことで解放された俺は重い足取りのまま自室に入り窓際にあるベッドに体を預けた。


…疲れた。


さっきまでのことを思い起こして…またどっと疲れが襲ってくる。


「くそ…」


なんであの時、ボンネットを叩いちまったんだろ。
いつもなら…こんなこと、しないのに。
いや。
いつもならこんなトラブルになんて巻き込まれるハズはない。
それを察知してずっと手前から回避できるだけのスキルは持ち合わせてるし。

…そんな風に思ったところで既に今、おそらく人生最大のトラブルに巻き込まれちまってるんだからな。


「くそ……」


ゴロンとうつ伏せから仰向けになって瞼を手の甲で覆う。


「……くそ。」


さっきから同じセリフしかでねーし。
思いながら手を外して天井を見上げて…。


「…父さん達に言わなきゃな。」


明日からあの宇津木氏の元での軟禁…
もとい。
家政婦バイトが始まるからウチの仕事はできない、と。
でもそれをそのまま言うわけにいかねーよな…。

少し考えて…それらしい口実を作ってベッドから起き上がって部屋のドアを開ける。
帰ってきた時より更に重い足取りで一階に降りて…丁度揃っている両親に…ちょっと苦しい嘘を…。


「幸也。」
「明日から塾に通うんだって?」
「…………は?」


ニコニコ顔の両親の口からでた言葉に疑問符を返す。
すると両親は更にニコニコ度を上げて俺を見て。


「さっき塾の先生がおみえになってな。」
「明日から幸也くんをお預かりしますってわざわざ手土産なんて下さってね。」


…そう、言った。
それは…つまり…


「…まさか宇津木が…?」
「なんだ幸也!先生を呼び捨てにするとは!」
「まあまあお父さん。幸也がやっと真剣に勉強をする気になったんだから…」
「いやいや母さん!俺はいつだって真剣に勉強してっから!」


俺の反論になんて耳を貸さず勝手に話を進める二人。
何より驚いたのはあの宇津木氏の手際の良さだ。
つかヤツはさっき俺をこの家に送り届けてからそのままそんな話を両親にして帰ったってのか。
マジで俺を囲い込むつもりなんだな。
そう思ったら…なんかすげーヤバいヤツに目を付けられた気がする。


「小さな個人経営の塾なんですが、なんて謙虚な方でな。感じもいいし良さそうな先生でよかったな幸也!」
「ウチのことは心配しないでいいからみっちり扱いてもらいなさい。」


俺の危機感とは真逆の両親の笑みに苦笑いを向ける。
明日からの…先が読めない生活のことを考えながら俺は心の中で深い深い溜め息をついた。

なんだかんだで朝が来て…学校に行って授業して放課後になって…。


「…ちょっと待てよ。」


ざわざわと人だかりの出来ている正門まできて…俺は一人頭を抱えた。
正門の前にピタリと停められているのは黒塗りのベンツ。
しかも…ボンネットが微妙に陥没している…つまり。


「勘弁してくれよ…」


これはそう。
忌まわしいあの…。


カチャ。


足早に近付いたのに間に合わず運転席のドアが開いて中から宇津木氏が出てきてしまう。
ヤクザまがいの黒塗りベンツから出てきた黒のロングコートに黒い皮手袋、黒いスラックスに黒い靴を履いたデカい男。
極めつけに濃い黒色のサングラスとか…マジホンモノ的。

瞬時に、ざわざわだった空気が静かなヒソヒソへと変わった。

そんな中を俯きながら進みヤツの隣を通り越し助手席のドアを開けて車内に身を顰める。
ギシ、と傾いだ車のドアが閉じるのと同時に黒塗りベンツは発進してくれたけど…しばらくの間俺は縮こまってたシートから体を起こすことができなかった。


「いつまでそうしているつもりだ。」


かけられた声に返事をせず体を起こす。
前に向けた視界の先はもう既にこの男の住まうマンションで。
昨日連れてこられたばかりだけどすっかりトラウマになってしまってるそこで下ろされデジャヴの如く部屋まで連行された。


「入れ。」


開かれたドアの中に入って溜め息を一つ。
くるり、と後ろにいる宇津木氏に向き直ってその高い場所にある端正な顔を見上げた。


「なんで迎えになんて…」
「逃がさないためだ。」
「逃げるわけないだろ!」
「その証拠はどこにある。」
「あるだろ!アンタが持ってる俺の学生証…」
「そんなものはお前の鞄に戻してある。」
「は!?」


驚いてその場でカバンを開けて中をあさる。
すると…。


「あった…」


ヤツの言う通り、学校指定カバンの一番下に俺の人質ならぬモノジチ・学生証があった。
先に入って行った宇津木氏を見やり後に続いて部屋に足を踏み入れる。
リビングのソファに座ったヤツをみながら俺は肩にかけてた学指カバンをソファの上に置きその場で改めて部屋の中をぐるりと見渡した。

だだっ広いそこには家具と呼べる程の物は置いてない。
大きなガラスのテーブルを囲うように配置されているソファと窓際にある家電らしき物が乗ってる小さな戸棚的な物があるだけ。
なんていうか…殺風景だ。


「なにか珍しい物でもあるのか。」


そんな俺の観察してる様子を見てかヤツが声を掛けてくる。
そっちを向くと…


バサッ!


いきなり顔になにやら布が投げつけられた。


「なにすっ……」
「まずは部屋の掃除からだな。」


取り去って広げてみるとその布は白い…?


「…エプロン…」
「制服が汚れてしまうだろう?」


なんだろう…なんか、色々と…。


「…ねー宇津木さん。もしかしてコレ、俺に使わせるためにわざわざ買ってきたの?」
「当たり前だろう。」
「へー…」


こんな“絶対悪いことしてる人”みたいなナリの男が乙女チックな白いエプロンを自分で買うとか…それを想像しただけで…。


「…ぷっ…」


なんだかおかしくなってくる。
ソファに座り新聞を開いたヤツはチラと俺を見てから視線を元に戻して何事もなかったように読み始める。
それを見ながら俺は指示された部屋の掃除をするべく、真新しい白いエプロンを身にまとった。




◇◆◇◆◇◆◇




そんな始まりから気が付けば二週間が過ぎた。
正直、どうなるんだろうと心配していたけど…なんていうかそんなのは必要なかったみたいにかえって穏やかな時間が流れていたりした。

初日の“ヤバそうな人に連れて行かれた図”はいつの間にか当たり前のお迎え風景になりクラスの奴らに普通にバイバイとか手なんて振られちまう様で。
勉強もする時間なんてないじゃんとか思ってたけど…これも家事の合間に普通にできていたりと最初は嫌だったこの生活も今ではすっかり“日常”に成りつつあった。


「宇津木さん。」


珍しく自室にこもってる彼の部屋をノックして声を掛けると少しの間をおいて中のロックが外れてドアが開く。


「買い物に行ってくるけど夜はご飯、何にする?」


…って言いながらこの主婦っぽいセリフに自分で気付き苦笑いがでた。
すると彼はちょっと考えてから俺を見て。


「今夜の飯はいい。着替えろ。送っていく。」


言うなり部屋のドアが目の前で閉じられた。
何の前振れもないそんな言い草にカチンときたけど…でもまだ日が高いうちに家に帰してもらえるならこんなありがたいことはないじゃん!

そう考え直してドアに背を向けた。

廊下を進んでリビングに戻り、いつの間にか俺用に買ってくれていた小振りのクローゼットのドアを開ける。
掛けていた学指コートを引き出しカバンを取り出すと少し強めにそのドアを閉じた。
リビングを抜けて真っ直ぐ玄関に進むとそこでは珍しくジーンズなんて履いてる彼が丁度靴を履いているところで。


「…ジーパンなんて履くんだね。」


声を掛けるとこれまた珍しく少し目を大きく開いてから彼は更にまた珍しく口の端を少しだけ上げた。
…今のって…?
くるりと背を向けた彼は黙ったままドアを開けて先に出てしまい慌てて俺もその後に続く。
前を歩く背中を見ながらさっきのあの…珍しい表情を思い起こした。

あれって…笑ったんだよな?

初日から丸二週間が経って初めてあんな顔を見た気がする。
初めて会ったあの…寒い日の夜に一度だけ見たような記憶があるけど…それ以来、だよな?
俺が見たことがあるあの人の“笑い顔”は人を馬鹿にしたような冷たい感じばっかだったからなんか新鮮だ。

駐車場に下りて車の助手席に乗りシートベルトをかける。
運転席で同じようにしていた彼がいつものように黙ったまま車を走らせまだ明るい道を走りながら…小さく息をはいた。

…なんだ?

なんか…なんかが引っ掛かる。
いつもと変わらない彼の様子にいつもと違う感じを受ける。
それを探ってるうちに車は俺の家に着いてしまい、なんとなくスッキリしない気持ちのまま遠ざかる車のテールランプを見送った。


「幸也。今日は早かったんだな!」


店に入ると父さんが切り花を冷ケースに移し替えてるところで。
カバンを店の片隅に置いた俺は着ているコートを脱いで父さんからそれを受け取り作業の続きを引き継いだ。


「早く帰ってきた時くらいゆっくりすればいいのに。」
「早く帰ってきた時くらい手伝うよ。」


ニコリと笑った父さんは俺の背中をポンと掌で叩いて。


「宇津木先生のところでお世話になるようになってからお前は楽しそうだな。」


と…解読不能な謎の言葉を残して家の中に入っていった。

次の日の朝。
家を出て学校に向かってる途中で宇津木さんからメールが入った。



【今日はいい。】



…たったそれだけ。
その短い言葉に対して俺の中でなにが一番最初にきたかといえば。
『なに言っちゃってんの!?』っていうムカつき、だった。


「いやいやそこは“ヤッター!ラッキー!”じゃねぇのかよ…」


自分の感情にダメ出しをする。
消し去ったムカつきは時間が経つにつれモヤモヤへと姿を変え、その感情は昼を過ぎる頃には少し前まで俺が胸に積もらせていたあの…イライラという自分では解消することの出来ない厄介なものへと姿を変えていた。


自分から俺を縛ったくせに?
…だからこんな勝手をするのか。

確かに俺が悪かったよ、人様の車に傷付けたんだしさ?
そのペナルティで雇われてんだもんこんな勝手されてもしょうがないよな。

今日は久々に時間を気にせず家で花を弄れるじゃんか!
そんな嬉しいことはないじゃないか!

そう…思ってるのに。


「…今日はいいって…なんだよ。」


来るなって言う言葉の意味が知りたい。
断るなら断るで理由を言うのが普通じゃないのか?
悶々としながら俺の足は…気付けば宇津木さんのマンションの前でピタリと止まっていた。


「……なにしてんだよ…俺…」


小さく唸って掌をグッと握る。
なんで学校を抜けてまでこんなとこにきてんの、俺?
しかもここ…俺の学校から結構遠い駅だし最寄り駅からだって徒歩十五分以上はかかるんだぜ?
全く…マジなにしてんだよ…。

考えたからって答えが出るわけじゃない。
俺が求める答えはこのマンションの中にあるんだが…。


「ここはセキュリティ万全だから普通に飛び込みで入れるところじゃないんだよな…。」


いつもなら宇津木さんちのカードキーがあるから普通に入れるけど俺自身は合鍵はもらってない。
つまり彼の部屋には本人の了承なしには入れないんだ。
だから。
壁に設置されているインターホンで部屋番を押し“コール”を押す。
短い呼び出し音が鳴って少しして…それでも向こうからの反応はなかった。


「…なんだよ。」


諦めの悪い俺はもう一度部屋番を押して“コール”を押した。
呼び出し音が鳴ってそれでも出なくてイライラばかりが募っていく。

なんで…いないんだよ!

インターホンを睨みつけてしばらく待っても繋がる気配はない。
もう一度…
そう思って指先を数字に向けた、瞬間。


『…はい』


低く掠れた声が機械越しに聞こえてきた。


「…日野です。」


通話口に顔を寄せてゆっくりと名乗る。
耳を当てた機械の向こうでちょっと戸惑うようなそんな気配がして。


『何をしている…学校はどうした。』
「…開けてよ。」
『……サボってきたのか。』
「…早退だよ失礼だな。」
『戻れ。』
「嫌だ。」
『学業を疎かにする奴と話す気はない。』
「開けてくれるまでここから動かないからな!」


ヒートアップした耳にゲホゲホと咳込む声がする。
慌てた俺は通話口にへばり付いて彼の名を連呼して…


ガーッ…


同時にエントランスへの自動ドアが開いた。
駆け込んだ俺はエレベーターに飛び乗り最上階のボタンを押して上がって行く数字を見上げ掌を強く握る。
耳に残る渇いた咳が気になって気になって…そして。


「まさか…あの人昨日から調子悪かったのか?」


今更ながらに思う。
飯が要らないって…もしかして食えなかったのか?
考えてみたらいつもより結構厚着してたよな…?
顔色は…そんなに悪くはなかったと…


チン!



軽い到着音と共にエレベーターのドアが開き俺はまだ開き途中のそこから駆け出して彼の部屋のチャイムを鳴らした。
一度鳴らしてそのまま連打。
すると!


カチャ。


ゆっくりとドアが開いて…。


「全く…うるさい奴だな。」


開いたドアの向こうで宇津木さんが苦笑いをしていた。
薄暗い室内に入ると彼はもたれていた壁から体を起こして俺を真っ直ぐに見て。


「満足しただろう。早く学校に戻れ。」


嗄れ切った声でそう言って俺の背後にあるドアに顎を向けた。
ここからだってわかる。
顔色が…だいぶ悪い。


「風邪、こじらせてんだろ。熱はあんの?」
「お前には関係のないことだ。」
「関係ないだって?」
「ああ…」


短く言って彼はそのまま壁に身を預けた。
…全く…
とんだ意地っ張りだな。
眉を寄せて靴を脱ぎ目を閉じてる彼にズイッと詰め寄って腕を掴む。
何事かと驚いた風な彼を下から睨み上げて掴んだ腕を引っ張りリビングへと踏み込んだ。


「離せ。早く学校へ…」
「アンタが大人しくベッドに入ったら戻るよ。」
「いいから…」
「俺が勉強に集中できないんだよ!俺のためを思うなら大人しく寝てくれって!」


有無を言わさず腕を引き大男を寝室へと誘導する。
抵抗を続ける宇津木さんはベッドのすぐ側まで来ると自から進んでその中に身を滑り込ませた。


「熱はどのくらいあんの?」
「…大丈夫だ。」
「なわけないだろ!なんだよその嗄れた声はさ!」


積もり積もったイライラを込めて怒鳴りつける。

もう!
なんだっていうんだよ!

見下ろした彼は荒れた俺とは対照的に静かに俺をみつめてて。
…なんか…


「ごめん…怒鳴って、悪かったよ…」


そう言って頭を下げて俺はベッドサイドに膝を着いた。


「…感染ったら…どうするんだ。」
「宇津木さんの風邪なんか感染らないよ。」
「全く…」


目を閉じた彼は額に手の甲を当てて深い溜め息をはいて。


「お前に感染さないように…昨日は早く返したんだぞ。」
「昨日のうちに知ってたら今日はもう治ってたはずだよ。」
「なにを根拠に…」
「俺がちゃんと看病しただろうからね。そんで俺はきっと今頃学校にいるだろうし。」


そう言ってやると宇津木さんはそのままの体勢で口元だけを少し緩めた。
みつめる先のこの人は…なんだかんだ言っても俺のことを一番に考えてくれてて。
なんていうか…“優しい”っていうのとはまた違った感情を俺にくれてるような気がしてしまう。
もしかして勘違いなのかもしれないけど…
でも、満更でもないような気がして。


「宇津木さんさ…もしかしてだけど…」


俺の声にみつめていた彼の指先がピクリと震える。


「もしかして…宇津木さん、俺のこと好きなの?」


静かに問い掛けるけど彼は…黙ったままその体制を崩すことはなかった。
返事はなくても気配でわかる。
そしてまあ…初めて会った時のあの、花をくれた時のあれは…。


「あの薔薇は俺にくれるためのだったんだよね?」


俺の手に残していった小さな薔薇の花束。
父さんはあの色は俺っぽいと言ってたな…って思ったら答えは既に出ていたようなもんだ。


「ねぇ…宇津木さん?」


いまだ動かない彼をみつめて問うてみる。
すると…観念したのか彼はやっと手を外してこっちを見てくれた。


「勘違いだったら恥ずかしいからさ…答えてくれると嬉しいんだけど。」


自分で言っておいて顔が熱くて仕方ない。
それは間違ってたらってことを考えてるわけじゃなくてむしろ…。


「初めてお前を見たのは秋の頃だった。」


みつめてくれてる瞳がいつもより少し柔らかいような気がする。



「店頭で花の世話をしていた。」
「ああ…うん。普通にね。」
「店の前を通る度に見ていた。いつも色んな表情をしていて…ランタナだと思った。」
「え…」


“ランタナ”
いきなり出てきた花の名前に驚く。
どっちかっていうと、まさかこの人が花の名前を知ってるなんて!…って意味で。


「唯一知っている花だ。段々と色が変わってくる不思議な花だ。」
「よく知ってるね。すごいよ。」
「好きだ。」


ランタナを思い浮かべてた脳裏に“好きだ”と言葉が入る。
どっちが?
そう思った目の前に…いつの間にか起き上がっていた彼の顔が近付いてきて。


「俺の…ランタナ…」


いつもとは違う優しい声に心臓が大きく跳ねる。
目を閉じると…それを待っていたかのように唇に柔らかな感触がそっと触れた。


「ねぇ宇津木さん?今のって…俺が好きなのかランタナが好きなのか…わかんないんだけど?」


唇が解け目を開くと彼の柔らかな眼差しが真っ直ぐに俺をみつめていて。
照れ隠しで聞いた言葉に彼は少し笑って。


「…風邪が治ったら改めて言う。」


とだけ言って起こしていた体をベッドに沈めた。
同時に静かな寝息が聞こえてきて彼は体力的にもう限界だったんだと気付いて。


「ごめん宇津木さん…なんか色々ごめん。」


静かに言って今唇を重ねたばかりの相手をみつめた。

いきなりの展開に正直まだ戸惑うけど…宇津木さんの風邪が治ったら俺達はちゃんとしたカタチになるんだと思う。
だから…早く治ってね。

熱い彼の頬に掌を添えて唇を重ねる。
看病を始めるべく立ち上がった俺は寝室を出て…振り返って彼を見てからゆっくりとドアを閉めた。




END/2017.3.16.

(BL)Flowerなきみ

(BL)Flowerなきみ

♂×♂(BL+ML) 進学・就職、それに…メイド? 自分の進路に迷いに迷う高校生のお話です。 ※強い性的表現はありませんが年齢制限を設けておりますのでこの要素となります。

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