異端の夏1️⃣

異端の夏 1️⃣


-萬子-

 この世には己に似ている者が三人はいるという。真実だろうか。これはその伝承を踏まえた綺談である。
 島国の某国は世界に稀有な御門制で、単一民族の統一国家であると自称しているが、実質は、西半分は北方系の渡来民、東半分は南方系のカムイなどの民族に分裂した混沌の地である。とりわけてこの頃、世界を敵にまわした無謀無益な戦争に大敗して一〇年。この国を蝕む幾多の矛盾が奇っ怪なある形で現れようとしていた。


-ピリカ-

 男が機器のスイッチを入れると、『……皆さん。ご機嫌いかが。こちらは、『カムイ放送局』です。北の国の独立のために闘う地下放送局です。あの忌まわしい御門制は金輪際、絶対的に廃絶しなければなりません。その為には、あらゆる禁忌を否定して打破するんです。とりわけて、性の解放は大事でしょ?を掲げて、主張ばかりではありません、具体的な行動を果敢に進める、あなたの放送局です。 かくいう私は、自称、『おんな解放の象徴、北国の聖女、闘うマリアこと、異端のピリカ』です。森羅万象大好き、好奇心旺盛、一期一会を求めて神出鬼没。人騒がせな恋多き女だけど、永遠の処女性、秘密の聖女よ。よろしく、ね」「…さて、皆さん。皇太子妃になられる満子マンコ様が市井で密かに話題になっているのは、ご存じでしょうか?あの方の性向がこれ程露アラワに人々の口の端に上るのか。何故なんでしょう?皆さん。明らかな確証を幾つか、私達の調査部門は把握しておりますので、後程、お伝えします、ね。特に、被害を被っていられるのは同名の方々だと聞いております。萬子さん、まん子さん、マン子さ
ん、卍子さん、もっと、いらっしゃるかしら。本当にお気の毒。心からご同情申し上げます」「…さて、今のあなた?きっとお二人?あなた方かしら、ね?どんな状況なんでしょう?今、この瞬間に、情愛の発露、契りの最中かしら?さぞかし、性愛の虜、情交の瞬間。エロスのただ中。そして、肝心な倒錯の真髄を堪能して。悦楽、愉楽、法楽の刹那に身を委ねていらっしゃるのね?。先ずは陳腐な道徳でがんじがらめに呪縛されて、強ばってしまった、あなたのその肉体をすっかり解放してやって下さいね。いたわって下さい、ね。そして、受胎のための交接など、きっぱりとうっちゃって、ね。情交の醍醐味、深奥、テクニックだけをだけを味わいましょう、ね。種の継承などから解き放たれて、個の快楽、男女の絆の確認だけに没頭してください、ね。でも、ご注意下さい。中途は逆療法になりますから、ね。納得がいくまで、よ」「…さて、そんなあなた方のお役にたてるかしら。今回のテーマは、「昼下がりの秘め事」、よ。最初の投稿は、「あの日、迷った寡婦」さん、からです。…『四〇半
ばの寡婦です。盛夏のある日。異様に蒸し暑い昼下がり。そう、そう。確かにあの日でした。皇族の嵯峨宮妃が狂乱して。皇居で全裸になった事件があったでしょ?
 ある街の商店街で買い物をしておりましたら。突然に尿意を催しまして。運良く御不浄の張り紙が目に留まり横丁に入りました。済まして、仕舞た屋に『大皇教本部道場』という、墨痕鮮やかな大看板が目に止まって。すると、金切り声が。仕舞た屋の奥からか、いかにも妖しい声が漏れた気がして。引かれるままに裏手に回ると、焼き杉の板塀があって。節穴から覗くと、三坪ばかりの中庭に大たらい。すると、白装束の女が現れて。脱ぎ払ったと思ったら行水を始めたではありませんか。年の頃は四〇辺り。豊満で、あの有名な南仏の裸体画の裸婦に似た姿態。すると、そこに男が現れたのでございます。ここまで報告しておきながらとお叱りを受けるでしょうが。そしられようと罵られても、さしたる性の体験などもない私如きには語る言葉も見つかりません。暫く後に正気に立ち返った後には身体が壊れてしまったのかと思われるほどに。…。いいえ。…甦生したんだわ。あらあら、あの人の気配。では、続きはまたの機会にて。あらあらかしこ」

 皆さん。この『大皇教本部道場』。早速、私達が調査しました。主催者は鷺ノ宮高磨呂と称する人物。第三八代皇神帝の正統と称して、この宗教法人の主催者、教祖に収まっておりますが、経歴は全くの不明瞭。女は巫女の蓬姫と思われます。代々、御門宮に仕える誉れ高き家門と称しておりますが、今の段階では前歴は不明です。さらに、独自綿密な調査を続けて参ります』

 「あの国にはこんな器械もあるのね?」「だから、戦争に負けるのも当たり前だったんだ」「こんな猥雑テープをどうしたの?」「この前、会議で首都に行った折りに売り付けられたんだ」「…どこで?」「帰りの列車に待ち時間があったからある映画館に入ったら…」「…それで?」「暫くして隣に座って来た女に声をかけられて…」「どんな人だったの?」「…それが…茫茫として…」「…?」「眼鏡をかけてはいたんだが…」「…」「…青かった」「青?」「そんなワンピースだったんじゃないかな」「…?」「…二の腕が爛漫の桃色で」「…」「…肉の臭いがした」「肉?」「そう」「その時に、ふと気づいたら、スクリーンからも同じ香りが漂っていたんだ」「…?」「性交のシーンだった」「どんな映画だったの?」「『繭子の儚』だ」「あの映画?」「見たのか?」女が首を振って、「若い社員が謎めいたことを言ってたの」「…?」「私が見たら卒倒する場面の連続だって。いかにも含みありげに言うのよ?」「…」「どういう意味なの?」「助演の蕪木卍子カブラキマンコというのが絶妙なんだが…」「その女優がどうかしたの?」「お前にそっくりなんだ」「私に?」「驚いたよ」「…?」「何もかもだ」「…?」「絶頂を迎える場面…」「まあ」「それに、このテープの声からもその肉の香りが立ち上ってくるような気がしてならないんだ」「声から?」「不思議だろ?」……、「あなた?」「…?」「ひょっとすると…」「…この女?…ピリカ?」「そうだったのかもしれない」

 「…北の国の独立を目指すこの組織は確かにあるんじゃないかな?」「御門制を打倒するの?」「そう」「そんなことが、現実に出来るのかしら?」「そうだな。…今日日キョウビに到っては労働運動だってまんざらに進まないのに。あてどもない空論だよな」「そうなんでしょ?」

 この女は萬子といい北の国の都S市の、ある小売の管理職。男は隣県の中小労働組合全国組織のこの地域の専従役員だ。二人とも四〇過ぎで、女は一〇数年前に男は数年前に離婚をしている。子供はいない。ある機会に知り合って三年ばかりになるが、二人が会えるのは、月に一、ニ度だ。


-皇太子妃-

 「私も仰向けになるの?」と、萬子の視線が突き刺す先に陰茎がそそり立たっているのである。つい、今しがたまで膣に挿入されていたから、尋常ではない真夏の昼下がりの陽光に、原始の獣の抜き身を濡らして、無防備に晒しているのだ。剛直な陰毛が鬱蒼とまとわりついて存在を誇示している。同じ様に、萬子も桃色の脂性の肌をうっすらと湿らせて、濃密な漆黒の股間を恥じらおうともしない。四〇を過ぎた女の生理学な弛緩なのか、慣れすぎてしまった情交の果ての無様なのか、或いは、新しい情欲の前戯なのか。二人は様々に情交してきたが、この女との間に精神の交差はあったのだろうかなどと自問しながら、男は異質な情欲を眺めている。そして、女にとっても男の存在は確信のあるものではなかったに違いない。畢竟、二人は性愛ばかりでしか結ばれていなかったのである。だから、こうして互いの快楽を貪る営みは相克を重層化する悲喜劇だったのである。

 「あなたの上に…」と、女の息が掠れて、「私も仰向けに乗るの?」と、気だるく漏らした。そして、テレビに映し出された男の陰部に視線を移しながら、「それをビデオで撮るの?」と、囁いて、「アガペーな仕事のわりには野卑なのね」と、言った。男が膨らんだ睾丸を揺らして、「俺の仕事は国家反逆罪だ。ぴったりだろ?」「労働組合ってそんなに野卑な組織なの?」「無理解な経営陣との抗争が商売なんだ」「ヤクザみたいだわ」「そんなのが介入してくることだってあるんだ。大して変わらないよ」

異端の夏1️⃣

異端の夏1️⃣

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-11

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