絹枝の魔性6️⃣
絹枝の魔性 6️⃣
-情交死-
衣絵は貪婪な法悦に登りつめながら、互いに首を絞め合うのが無上の悦びだった。とりわけ、息が詰まるほどに絞められるのが堪らない。意識が遠のきながらも射精を懇願して淫情の極界に達するのだ。それは樽川との初めての交接の惨劇で身についた陰惨な性癖だった。
衣絵はその日、その時の何度目かの忘我を漂いながら、樽川のに似た、しかし、明らかに樽川のではない巨根を挿入したまま突然に息耐えたのである。
貴重な金主には違いないがそれ以上に面倒な女に対して、源開に殺意がなかったと言えるのか。たとえ老舗の不動産が絹枝の名義でも、そして、女との関係を脅されたとはいえ、あの老練な会長に会社の実権を譲らせるなどは不可能だと判断したのか。だから、絹枝はもはや不要な女だったのか。あるいは、瞬間の憤怒か。咄嗟の誤りか。或いは、自ら死を望んだ女が度を越えた戯れ言で男を挑発したのか。男自身にも女の死の意味が分からないのである。
いずれにしても、源開は躊躇なく最も古い墓を掘り起こして、硬直した衣絵の死体を無造作に放り込んだのだった。それから絹枝の借家に入り込み、秘匿してあった驚く程の大金と宝飾品をすべて奪った。絹枝の父親の地主は、源開に言われるままに失踪として処理したのだった。源開は、既に、絹枝の実家の屋台骨が揺らぐほどの金を恐喝して、高利貸しを始めていた。絹枝が樽川と企んだ思惑をその通りに実行したのは源開だったのである。
そして、絹枝が喝破した通りに源開の新しい女は既にいた。空襲で焼かれた紡績工場から戻って来た村の若い娘だ。源開が垂涎する豊かな尻の持ち主だ。しばしば墓参する亡父の墓石の前で強引に犯してからは、絹枝の目を盗んで交わっていた。驚くなかれ。この女こそ、あの貴子なのであった。では、源開は?勿論、草也に殺されたあの悪徳僧なのである。
源開にとっては都合の良い結末の発端となったあの事件について、嘘ハッ百を並べ立てたのは樽川なのか、絹枝だったのか、源開には知る由もない。だからこそ、唯一、真相を知りながら行き方知れずの、今となっては恩人の樽川が決して捕まらないことだけを、この破戒の僧は願った。
-二人目の女-
あの温泉宿での陰惨な性交の果てに、樽川は絹枝の殺意に合意した。そして、綿密な殺害計画の密議に満足した絹枝が帰った後も、樽川は宿に留まった。犯行の決行まで三日ある。一人で凶行の幻影に怯えて鬱々と過ごすには長すぎるのだ。
だから、樽川は再び紀子を誘った。絹枝の存在を知っても女は動じない。何も責めない。それどころか、射精したばかりの陰茎をいとおしく舐め廻しながら、この甘美な遊戯に後の二人も交えようと言うのだった。さんざん放蕩を重ねた男にも経験のない淫蕩の申し出だ。修羅の犯行を目前にした暗鬱な男は、いっとき、その爛れた陶酔に溺れた。
二人目は稀に見る淫乱な女だった。紀子が段取って、男が待つ真夜中の浴場に、後の二人を誘った。
四人で雑談を始めて間もなく、もはや発情した牝の風情のその女が男にすりより、あげくに隙をみて巧みに股間を握るのであった。 やがて、他の二人が身体を洗い始めて、男とこの女は湯船で二人きりになった。白濁した湯の中で、女が股間に手を伸ばして完璧に握り締めて、今度は離さない。
「あの女を抱いたんでしょ?誰からも聞いていないけど。聞かなくてもわかるわよ。真夜中に二人きりで裸で揉み療治してて、ない方がおかしいじゃない?だったら、私ともして頂戴な。揉み療治なんて体裁つけなくていいから」「何なら今でもいいのよ。湯気の向こうに隠れたら桃源郷でしょ?」男が合意すると、見せつけるように抱きついた女が熱い息で口を吸い、「見られたっていいじゃない。あの二人は女同士の方が性に合ってるのよ」と、股間をしごきながら濡れた舌を絡める。やがて、欲情ではち切れんばかりの桃色の尻を揺らし、陰毛から湯の粒を滴らせながら洗い場に行き、すぐに淫奔な乳房を震動させながら、漆黒の陰毛を白濁した湯面に泳がせて、赤黒く膨れ上がった秘境も隠さずに戻ると、「奥で揉み療治してもらうからって言ってきたわ。二人はそろそろ出るって」と、言った。
奥に向かい湯気に包まれた途端に女が抱きついた。未だ洗い場の声が近い。「聞こえてもいいのよ。見えたって構わないわ。その方がかえって興奮するもの。あの二人も私たちがやるのはわかってるわよ。裸で隠れてする揉み療治なんてあるわけないでしょ?したくなくたって出来ちゃうわよ」と、湯面に突き出た肉塊にしゃぶりつき離さない。
やがて木の床に上がり、仰臥した男に股がり淫靡に尻を回す女に男が言う。「独白法というのがある。最も忌まわしい交合の記憶の全てを話して精神を安楽にさせる。療治でも最高の妙技だ。全身のリンパが活性化する」頷いた女が話し始めた。
「私が一ニの時よ。八月の暑い午後だったわ。夏休みで友達の家に遊びに行ったんだけど、具合が悪くて帰ったら。母と祖父がしているのを見たの。父が亡くなってから母は身体が疼いて仕方がなかったのよ。だって、毎日してたんだもの。二人の秘密を何度も見たんだもの」「 廊下の奥から声が聞こえたの。納戸からよ。そっと戸を引いたわ」「隙間の暗闇から、やだあぁ、やめてって。母の声よ。祖父の裸の背中が見えたわ」「駄目ぇ、許してぇって。喘ぎ声もするの」「母?その時、三三よ」「祖父は五五だわ」
「母が昼寝してたら父の夢をみて。堪らなくなったのね。浴衣をはだけて乳を揉んだのよ。祖父がそれを覗いていたのね。祖母は死んでいたし、未だ六十前よ。そうよ。見ながら自分でしてたんだけど。我慢できなくなって。母にのしかかったんだわ。年寄りでも職人だから力が強いの。すっかり押さえ込んで」「実際に見たのはそこら辺からよ」「祖父が母の浴衣をひき剥がして。ううん、下履きは脱がせてないの。のしかかって。立ったのを押しつけたの。母のに。それをを擦って」「祖父の?大きくて真っ黒」「乳を揉んで。乳首をくわえて」「母は、ひどく火照ってきて。濡れてきて。汁がパンツに染みて。気付いた祖父が、お前もやりたいんだろって言ったの。母はやりたくないって。やめてって。でも、祖父が下履きの中にむりやり手を入れて。指入れて。濡れてるからすぐ入って。ゆっくり、かきまわされて。母は声を出してしまったのよ」「それから、下履きを脱がされて。真っ昼間よ。いつの間にか足広げて。尻揺らして。祖父の頭を抱きしめて。足をからめて。締めつけて。尻浮かせて。回すの」「そうよ。今の私みたいによ」「そしてしたのよ。祖父と母がよ。はっきり見えたわ」「私も熱くなって。スカートも下履きも脱いで指を入れたわ」「そうして、また覗いたら」「今度は、汗だらけの母が仰向けになって。膝を立てて大きく両足を開いてたわ」「下に裸の祖父がいるの。勃起と足しか見えない。仰向けの祖父に仰向けの淫熟した母が乗っているの。下から差し込まれているの。祖父のが母の汁でヌルヌル光っていたわ。盛り上がった母のが、祖父のをくわえこんでいたわ。母の手がそれを妖しく撫でている。祖父の手が母のおっぱいをわしずかみにして」「何度も父と母がするのを盗み見てたけどこんなに厭らしいのは初めて」「母は臍まで延びた濃い毛の中に大きな淫乱黒子があるの。今の私とそっくり」「下から激しく突き上げられるたびに、母の三段腹の脂肪が揺れて。痙攣してるの」「間もなくして離れて、母が祖父に股がり口を吸ったわ」「尻を割って勃起を握って、濡れた膣に押し入れたの。尻を回してよ」「前後に振って。性器同士が叩きあう音が聞こえた」「母は声を押し殺してすけべな事を言い続けていたわ」「最後は口に精液を出した。いっぱい。母が旨そうに呑んでた。顔にはねたのも手で拭って舐めた。それから祖父のを吸って。」
「私は疎ましい性戯を盗み見ながら、座り込んで股間に手を入れて膨れた乳を揉んでいたのよ」
「母は国民学校の音楽教師だったの。戦争を礼賛して、実権を持つ教頭や派遣将校とも性交を武器に談合したのよ」
「私がニ一の頃よ。高名な美容師の先生に頼み込んで弟子入りしたの。先生は四八」「一年ぐらいしたら先生のご主人が帰ってきたの。ニ年ぶりに。半島から。軍人よ。朝廷守護隊の幹部だったんだけど、半日ゲリラに銃撃されて。重傷をおって除隊したの」「五ニよ」
-三人目の女、記子-
三人目の女は日中に二人の女とそれぞれに交わった男を、深夜の浴場で待っていた。
女は、紀子からは揉み療治の上手い好青年だとしか聞いていない。男は女が紀子の姉弟子で記子という名前だと聞いていた。
長い年月の立ち仕事で足腰が痛いのだと言う女に揉み療治をしてやろうと、男が筋書き通りに応えた。
立ち上る湯気の中で手拭い一枚の裸の男と女が欺瞞を承知の療治を始めた。合間に、女が身の上を問わず語りに明かすのである。「同じ師匠についたあの女の姉弟子なの。もう四〇を越えたわ。独り身だけど北の国に産みっぱなしの娘がいるの」と言い声を震わせた。「旅の男に犯されて一七で女児を産んで。両親に預けて家を出て。やがて、何れかに養女に出したと聞いた。実家には帰れる訳もなし。娘の所在はおろか姿すら知らない。苦労して店を持ったが虚ろだわ。男運が悪くて騙されてばかり」混浴だからこの男の裸は男根まで盗み見ていたが、初めて話す若い男に全てをさらけ出すのは、女の心の行方がすでに定まっているからなのかと、男は推量した。男は最初の出会いから、紀子共共この女の容姿も気に入っていた。絹枝などは及ぶものではないのだ。
話し始めると、何よりも、女に同じ血の匂いを感じた。母親や姉やあの半島の異国の女と同じ、同族の匂いだと樽川は思った。
だから、男は真剣に丹念に女を揉んだ。しかし、療治に名を仮りた男の指は女の身体の隅々までを犯してしまう。女もその指によって鎮めていた情念が蘇生されて胎動する。
一通りの療治を終えて、その効果を見たいと男が言う。それに応えて、女が股間に手拭いを頼りなく当てたばかりで、真っ白な豊穣な尻と乳房を悪戯に揺らしながら、しばらく歩き回った。戻ると、「お陰さまでだいぶ良くなったけど。腰の痛みは少し残っているの」と、まなじりを淫らに緩めて催促するのである。男が合理的な方法があると、ある姿態を提案した。湯槽に下半身を浸して温め揉んだ効果を高めて、上半身は木の床にうつ伏せにして、後ろから男が腰の揉み療治をすると言うのだ。
同意した女が言われるなりにあられもなく芳醇な四肢を崩した。剥き出しの無防備な尻に、男が手を伸ばした。その尻に意味ありげな形のアザがある。
やがて、気が遠くなるほどの時間を揉まれている筈だと、女は戻り始めた意識で茫洋と思っている。揉まれ始めてから暫くして、隆起した陰茎が陰唇に触れていたのまでは覚えている。亀頭の先端が入っていたのかも知れないとすら思うが、痺れている女陰ではそれすらも判然としない。膣が淫液で溢れて陰唇が溶けているのだ。やがて、意識が遠退いた。余りの悦楽で悶絶してしまったのだろうか。それとも、長い湯でのぼせたのか。そして、身体には妖しげな感覚が残っている。膣には何かが挿入されたような後味もある。肛門にも妖しげな質感が残っているのだ。男が挿入したのか。単なる思い込みなのか。法悦の残滓を漂いながら女は惑うのであった。
「長いこと揉んで疲れたでしょ?」「まだ一〇分もしてない」嘘だと、女は思いながら、男が嘘をつく必要もないのだと遮った。短い昼寝を長く感じるように、熟睡してしまったのか。では、身体に残っている感覚は何なのか。夢の残り香なのか。夢を見た覚えもないのだが、目覚めた瞬間に消失してしまったのか。
この若い男もその男根もことごとく夢なのか。これから起こることも夢の続きなのか。女は未知の愉楽の境地を浮遊しているのであった。
男は尻を揉み続けながら、「上のリンパも揉もうか」と、囁く。男の誘いに女が陽炎のように頷き、湯船の縁に座り直して足を浸した。男がその背後に座り込み、両の太股で豊かな尻を包み込んだ。そうして男の指が耳をなぶり、繁茂した毛が濡れる脇の付け根を、丹念に蹂躙する。男根が女の尻に密着している。
女が、「おしっこがしたい」と言うと、「体内の変化を知るのには小水の色や臭い、泡の状態、勢いも大切だ。ちゃんと見るように。これは医学の基礎だ」と、呪文の様に男が宣託した。女は思わず、「一緒に見て」と、呟いた。「丁度いい。互いに診断しよう」と、男が何気ない風に続ける。「男の小水が女のリンパにはこの上ない妙薬だ。その上で真の治療すれば、下半身のリンパは完璧に回復する」女はもはや情欲の極致で朦朧と承諾した。二人は洗い場に上がり、女の長い放尿の中途の尿を男が洗い桶に受け止めて、臭いを嗅ぎ舐めた。
その後に、女は男の激しい放尿を陰核で受け止めながら、手のひらですくって舐めた。
男がウィスキーを飲む。女も飲んだ。「どうだった?」「そんなに悪い兆候はないようだ」「良かったわ。あなたのは、もう夢中で覚えがないの。ご免なさい」
男はこの女が、あの貴子の実母である事を知る筈もない。
一人の男と三人の女はそれぞれが一対で交合した後に、遂に四人で交わった。女達は何れも虚しい半生を生きていた。若い男との一時の痴戯に思いのままに耽溺したのである。
-空襲-
犯行後に、樽川は北の故郷のある場所に、絹枝から渡された大金と宝飾品を隠した。そして、あの湯治宿を引き払った三人の女達が待つ北の国の温泉宿に向かったのである。その車中で、僧侶に変幻したある男と邂逅した。刑務所で長く同房だった男だ。連絡先を渡された。
その湯治宿に樽川は一人の女の弟を名乗って投宿した。同じ部屋でなに憚ることなく、三人の女と淫情の赴くままの営みに耽る樽川は、あの事件や疎ましい絹枝の面影などはたちまちに薄れていく。人生で初めてする新しい設計に思いを馳せながら、計画を練った。そして、女達が東京に帰るその朝まで交合し続けたのである。
ある日には、地元の住民もあまり立ち入らないという秘湯に向かった。宿から五キロほど山合いを辿ると滝があり、ほとりに野天の温泉が湧き出ている。 晩夏の汗ばむ真昼である。湯浴みして、真裸のままの四人は手に入れてきた鶏、菓子、ウィスキー、煙草などを贅沢に広げた。鶏を焼いて饗宴をゆったりと満喫する。
もはや勃起もしないし膣が濡れることもなかった。あの淫乱な女だけが男根を求めて、不全を確かめると、「飲みすぎだわ」と言い残して、湯に浸かって背中を見せている。二人の女が、「こんなことが続いたら極楽ね」などと話すのを樽川はぼんやりと聞いている。自然に溶け込んで柔らかな息をする女の裸体に驚歎するなどは初めてだった。
こうしたものに寄り添えば全てが赦されるのではないか。この女達となら煉獄を抜け出せるかも知れないと思った。地獄に棲み続ける宿命を自ら定め、男を引きずり込んだ絹枝を樽川が待つ理由は、もはや何一つなかったのである。
次の日に、樽川は汽車で出会った男を訪ねて、驚嘆する話を持ちかけた。
その男は源開という四〇半ばの根っからの無頼の徒である。極貧の小作の三男で若い頃から無宿渡世に身を投じて前科を重ねた。最後の刑務所で樽川やあの草也と同房だった。
出所後はどう細工したのか、北国のある寺のれっきとした僧に収まった。しかし、所詮は寺男に毛が生えた程度の下働きに過ぎない。樽川からもたらされた大金持ちの地主の放埒な、しかも残虐な殺人事件の主犯の娘が求める住職の話は、渡りに船だった。
樽川は、「すべて絹枝が計画し仕組んだ。三人とも絶対ばれないという植物の毒で女が殺した。俺は偽装の後始末を手伝っただけだ。金は未だ貰っていない。女が大金を隠している。俺はあんな女はもううんざりだ。坊主になんかになる気はさらさらない。新しい金主の女と巡りあったんだ。俺になりかわって、蔑まれ続けた地主を丸裸にしたいとは思わないか?性技が抜群の女を思いのままにしたいとは思わないか?後はお前の判断だ」と、そそのかしたのである。もちろん、これからの潜伏先は一切明かさない。
絹枝の魔性6️⃣