夏の参道
一日いちにち、一つで好い
たったひとつで構わないから
なにか美しいものを目に焼き付けておきたくて
草木が弧状に、青々と生い茂る参道を
脱獄した囚人のように、無我夢中になって走っていた
生活、生活、生活、見渡す限りの生活と
みえざる場所にも、確かに鼓動している生活
己の知らない生活の片鱗が至るところに存在していて
おれは何時も、その数の夥しさに気圧されてしまう
花も草木も、虫も小鳥も、おれもお前も
いつ死んでも塵ひとつの悔いも無いように
美しいものだけ憶えていてくれ
美しくなければ、穢くもなりきれなかったおれは
殖えつづける内傷に愈々耐え切れなくなって
綺麗なものだけを蒐集しては、凡てを上書きするように詰め込んでいる
参道の涯、木陰に咲く名もない花に一日を救われていた
夏の参道