依頼
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ー交尾ー
一九四九年の盛夏。北国の侘しい街の暮色である。
由緒ある神社に繋がる広い公園の一隅の死角で、二人は其々の飼い犬の、そのおぞましい一塊の長い交尾に釘打ちされているのであった。
休みなく激しく腰を振るオス。飼い主に注視されながらの淫行に、戸惑う視線を四方に泳がせるメス。獣の本性に立ち返ってしまった二匹は、性器と性器の連結を隠そうともしない。それは露悪に擬人化された風情を醸し出していて、自然の画布に描き出された生々しい春画の様なのだ。
射精を急くのか、メスに悦楽を与えようとしているのか。オスの動きはいかにも人間的に過ぎる。犯されているメスにしても、恥辱と法悦の表情を混在させて、ヒトの女そのものではないか。そもそも、この営為は生殖のための原理的な発露なのか。あるいは、未だ暑さが退かない夕間暮れの、その瞬間だけの、獣の劣情が赴くままの交接なのか。
メスの主人の青いワンピースの女が、両手で股を押さえ眸をこらしてしゃがみ込んでいる。いかにも上気した女は熱い吐息を飲み込み、自身の膣の滑りを感触しながら忘我を漂う。傍らに佇む、オスの主人の、迫り来る薄墨の様な男は貪婪ドンランに勃起している。沈痛な沈黙が二人のたぎってしまった情念を陰湿に包み込んでいた。二人の手から離れた獣達の淫行は息が詰まるほどに長いのである。
つい先程、朽ち始めたベンチに座る男の前を、三十半ばの尻が睥睨し、果実の香りを残して闊歩して行った。気弱な視線などは狼狽する犯罪的な肉感だ。
矢庭に身を起こした男の引く犬が、甘く唸り女の歩む方に四肢を無性にばたつかせる。女が引く小柄な犬も、顔を向けたまま後ろ足で立ち前足でもがく。女が強く綱を引く。引きずられながら犬が拒否する。女はあまりの抵抗に辟易したのか、やがて、男の眼前からやや離れて立ち止まった。莫大にずっしりとした肉の塊が薄いワンピースを突き破って、男の視線を撫で回し始める。犬の動きと自らの感情に合わせて屈んだりしゃがんだりするのだ。犬に何かを説得しているらしい。
尻が独自の生き物の様に振幅し躍動し鼓動する。完璧に熟している。尻自身が確かな意思で淫靡を表現しているとしか、男には思えない。割れ目の稜線すら明らかなのだ。その奥に秘匿するものをあられもなく誇らしげに語っている。端正に丸くてむっちりと肉が締まっている。色は桃色に違いない。
女陰の肉が締まり膣が収縮しているに相違ない。男は幻影に狼狽し目眩を覚える。男はもはや性交の妄想の渦中だ。
大陸の盛夏の深夜のあの時。
男は初めての戦闘に臨む若い兵士だった。
上層部が抗日ゲリラに加担しているに違いないと目算をつけた、ある小さな部落を掃討する作戦だったが、その実は、新米兵士の実践訓練だ。
満月に照射されながら、上官の指示で自分の生家に似た貧しい住居に押し入ると、月明かりの中で半裸の初老の男が銃を構えた。男が咄嗟に引き金を引くと、いとも簡単に倒れ死んでいた。
奥の夜具に妻だろう三十半ばの女が裸でいた。上官の古年兵が男の射撃の腕を誉め、全てが実戦だ、集合時間に遅れるなと言って立ち去る。男はその頑健で豊潤な満州族の農婦を犯した。
一度目の性交の始まりは紛れもなく強姦だった。しかし、若い異民族のけたたましい射精を受けながら、女は足を絡め男の舌を吸った。女が粗末な飯を用意した。二度目の接合は男が経験した事がない比類ない甘美だった。二つの性器は確信して繋がった。異民族でありながら、忌まわしい同質者同士が驚愕の世界を、渺渺たる荒野の盛夏に構成したのだ。戦時下の不可思議な瞬間だ。
女が男に芳醇な尻を向けて自ら挿入を導きながら股がり、男の足首を掴んで身体を倒す。朝ぼらけの光に女が全てを晒す。 「殺してくれてありがとう。やっと自由になれる」と、異人の言葉で女が言う。男にその言語は解らない。しかし、女の姿態でその意味を尽く理解した。 女の裸には痛ましい痣が点在している。二人はまるで長い愛人達の様に交わった。そして泣きながら絶叫する女に男は再び射精した。この無惨な戦場での初めての殺人が男に錯覚をもたらした。
男は八年間の従軍で、大陸の随所で女を犯した。その内の数人は殺しもした。その数奇で残虐な行為が産み落とす快楽が忘れられないのだ。
それが理由なのか、敗戦から四年を経た三ニの今も独り身だ。男は警察官である。眼前の女はあの初めての女に瓜二つなのである。
その時、男の手から綱が離れた。男の飼い犬が一目散に駆け寄り女の飼い犬に飛び掛かった。しゃがんでいた女が驚いて尻をつき綱を離した。二匹は猛烈な勢いで駆け去る。二人は互いに無言で後を追った。そしてバラ園の裏の茂みの死角の陰で交尾を目撃したのである。
結合を眺めながら、女の脳裡は幻覚を見ていたのだ。
万華鏡の煌めきに包まれて、満開の蓮華の花畑で若い男と激しく性交している。それを自身の肉体から抜け出た瞳だけの自分が見ているのだ。
犬の様に四つん這いになり、深々と男根を飲み込んだ下半身だけの女だ。何処からか自分の囁きが木霊してくる。
「あの男を殺して」「誰だ?」「夫よ。戦場から生きて帰った忌々しい男」「解った。つまらないほど簡単な事だ。それにお前の膣の構造は充分にその価値がある。類い希な名器だ」
万華鏡の光の中で、女の両の太股が、やはり下半身だけの男の腰を挟んで絡む。二人の性器の結合が大写しになる。陰茎が射精する。すると女は精液の海で泳いでいる。ただ一個の卵子なのだ。泳ぎ回る無数の精子の群れの中から、巨大な一匹が飛び付きたちどころに卵子を被う。女は余りの歓喜で悶絶した。
そして、情景が変わる。今度は全く別な、やはり若い男と自分が逆さになって互いの性器を吸い合い、女が尻を向けて男に股がる。女が猛る陰茎をつまみ濡れた陰道に導く。
「あぁ。届いた。一番奥」尻がずっしりと陰茎を撫で回す。でっかくて丸くて肉が締まってむっちりと色は桃色だ。「想像していた通りだ」と、男の声がする。
「あの男を殺して」尻が淫らに振幅する。女陰の肉が締まる。「あの男を殺して」膣が収縮する。繋がってる。決して抜けない。足首を掴んで身体を倒す。穴が丸見えだ。「あの男を殺して」それに応える声が次第に近づいてくる。
「あの戦争では三〇〇万も死んだのに、なぜ夫は生きて帰ったのか。二度と会いたくなかった。死を願った。なのに帰ってきた。理不尽だ」不条理だ、と女は煩悶している。
女は元華族の系譜に繋がる。妾腹の子だ。戦争中に没落して、義兄の策略で一七歳で政略結婚させられたが、半年で離縁された。既に父母は亡く義兄からは絶縁された女は女給に墜ちた。そして夫と巡り会った。酒造会社の次男だが余りの不行状で絶縁された男だ。酔った女を男が犯し自堕落に所帯をもった。
出征中に女は身を隠して縁もない北の街に居酒屋を借りた。誰にも知られる筈はないと確信していた。時がたつにつれ、夫は死んだものと思い込んだ。
納得ずくの結婚などでは到底なかった。夫の出征後も女には何人かの男がいた。今もいる。その亡霊の様な夫が女の行方を捜し当てたのだ。
片足を失って戻ってきた夫は人が変わった様に様々な趣向を用意して毎晩求める。舐め回す。自慰をさせる。排尿させる。縛る。嫌悪しながら女の身身体が反応する。陰核を吸われると液が溢れた。男はそれを女の体に塗りたくる。痙攣してののた打つ。我に返ると屈辱ばかりがが女を苛立たせるのであった。
-万華鏡-
中庭に紛れ込んで、ふと、窓を覗くと、寝乱れている女ではないか。凝らした目がやがて馴れると、確かに、横たわった女の姿態だ。青いワンピースの豊満な肉の山脈だ。丸太の様な太股が剥き出しで男に向いていた。
すると、女の足先が動いた。やにわに、股間の深奥の闇に潜んでいる陰湿な森の気配が漂ってきた。その淫靡が男の劣情をぼうぼうと煽り立ててしまうのであった。
わざとらしく声を掛けながら玄関の戸を引くと、施錠されてはいなかった。男が邪念の覚悟を定めて再び声を掛けると、闇の奥の肉塊が幽かにざわめいた。やがて寄る辺なく半身を起こした女が、ようやく光を背負って佇む男を捉えて認識の嘆息を漏らした。
男が名乗って来意を告げると、座り直した女はまじまじと男を見つめた。そして、いとも安直に男を招き入れたのである。
女は不可思議な夢を見ていたのだ。万華鏡の煌めきに包まれて、満開の蓮華の花畑で若い男と激しく性交しているのであった。その情景をを、自身の肉体から抜け出た瞳だけの自分が見ているのだ。深々と男根を飲み込んだ下半身だけの女の両の太股が、やはり半身だけの男の腰を挟んで絡めている。
何処からか自分の囁きが木霊してくる。「あの男を殺して」「誰のことだ?」「夫よ。忌々しい男…」「解った。そんなことは、つまらないほどに簡単な事なんだ。それに、お前のこの膣の構造は充分にその価値がある。類い希な名器だからな」すると、万華鏡の光の中で二人の性器の結合が大写しになって、亀頭が射精した。果てるとも知れない大量の精液。
すると、女はその精液の海で泳ぎ始めた。女は悦楽の世界でただ一個の卵子なのである。泳ぎ回る無数の精子の群れの中から、巨大な一匹が飛びついてきて、たちどころに卵子を被う。女は余りの歓喜で悶絶してしまった。
そして、情景が変わる。今度は全く別な、やはり若い男と逆さになって互いの性器を吸い合い、女が尻を向けて男に股がっている。女が猛る陰茎をつまんで濡れた陰道に導きながら、「あの男を殺して」尻がずっしりと陰茎を撫で回す。尻が淫らに振幅する。女陰の肉が締まる。「あの男を殺して」膣が収縮する。繋がっている。決して抜けない。足首を掴んで身体を倒す。「あの男を殺して」それに応える声が次第に近づいてくる。女は覚醒したのであった。
座卓に麦茶が乗った。女が向かい合って座る。豊かな尻の全て畳に付けて、折った両膝をふしだらに真反対に投げ出した。この女の外陰唇は施錠されてはいないのではないか。男は妄夢に迷う。
小さな扇風機が音をたてて生暖かい風を吐き出していた。三十半ばだろう。気だるい女の首に幾筋ものほつれ毛が淫らに粘り付いている。男がカタログを示して商品の説明をし始めると、芳醇な女が深く吐息を漏らした。女の半開きの唇はぽってりと紅く、こぼれる歯は真っ白だ。結われた烏髪からのぞく耳朶も豊かだ。富士額、三日月眉、まつ毛は濡れ、大きな目も朦朧とし、小鼻が張った鼻が精気を示し、しっとり湿りが浮く。膨らんだ頬。決して美人ではないが菩薩顔だ。しっかりした首すじ。うなじにうっすらと汗。
中背。肉つきがいい。二の腕から溢れる肌は白く油をひいた様に艶めいている。豊満な尻。太ももは両が触れ合う。ぶざまに股を拡げる。
突然に短い叫声を女が発した。右手で左の豊満な乳房をまさぐる。虫が入ったみたいだと、男を凝視しながら言うのだ。指の動きに呼応して乳房が波打つ。ブラジャーを着けていないのだ。
腹が躍動する。足を擦り這わせる。女の息づかいが荒くなり唇を舐めた。紅い舌が覗いた。唾を飲み込み、そしてまた足を這わせる。ワンピースの裾がふしだらに乱調している。女はもはや自慰の風情だ。
男の股間が盛り上がっているのを女の視線が見逃さない。その女陰の奥が既に痙攣している。
やがて、虫を潰したと、上気した女が、「お茶を入れ直すわ」と、熱く掠れた声で台所に立とうとした。その瞬間を男が押し倒した。
意外だ。女が抵抗するのだ。つい今しがたまでの情景は何だったのか。あからさまに誘っていたのではないのか。
演技する様に抗う女の深意を男は知らなかった。互いの意思はどうあれ肉と肉が激しく摩擦する。まるで前戯の攻防だ。二人とも声は発しない。
男が唇を求めると顔を背けた女は拒んで身体をずりあげる。次第に男は乳房に標的を変える。男の口がワンピースの上から乳首を捕捉した。
暫くすると、今度は女が男の頭を両の手で押し下げる。いつの間にか、ワンピースが腹まで捲れ上がっている。男の唇はようやく女の生肉の豊かな腹を這った。女が更に男の頭を押し下げると男の焦燥は新天地に辿り着いた。
ようやく捕らえた股間に擦り付けた顔を、男は決して離さない。
再び蝉の声がした。いつの間にか女の動きが止まっていた。静寂が二人の汗を包む。柱時計が二つ、不意を打つ。
気色ばんで盛り上がった陰丘の艶かしい温もり。繁茂する恥毛のざわつく気配。生温かい大陰唇の微動。男は留まった時と共に息を沈める。
どれくらいの静穏か。やがて、芳醇な桃の香りが立ち上る。
女が初めて目覚めた様に少なめに呻いた。
それを契機に、男は青紫のバンティの上から、おもむろに唇を這わせ始める。呼応して女の太ももがかすかに痙攣している。
パンティの裏に潜む小さな突起に、唾液を立て続けに堆積させると、たちどころに起立した塊の肉の形が滲み出る。その女の意思の化身をいったん丸ごと含み、暫く味わい尽くし、やがて舌で転がし、遂には吸引する。突起が男の口の中で次第に膨張し、やがて臨界まで張りつめる。独立した生き物の様に男の口内で泳ぎ出す。乱舞する。秘密に慟哭する。 それは劣情だけで構成された肉の塊だ。そこにはまるでその女そのものが棲んでいる。
股を大きく広げ男の髪を両の指で梳きながら、交換条件があると、女が冷たく囁いた。夫を殺してくれと、沸騰した黙契を切り裂くのである。
男が承諾した。前任者から引き継いだ顧客名簿では、戸主は音楽鑑賞が趣味の定年間近の公務員の筈だった。この女の心性が狂っているのか、あるいは思いも至らない狂乱の世界に身を置いているのか、何れにしてもこの瞬間を貪る限りに貪って、獰猛に滾ってしまった情欲を放出したら、二度と会わなければいいのだ。男の刹那の計算は無邪気なほどに短見だ。いざとなればあの時と同じくすれば良いだけの事なのではないか。詳しい話は交接しながらしよう、と元警察官の男が言うと、女が同意した。
女が呻き女陰が顔をだした。
二人は全く異なる近未来を思い描きながら、性交するのだった。
一九五一年の盛夏の出来事である。
ー終ー
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