春色の絵の具入れ

新しい季節が来て、たかし君は3年生になった。通学路には、今年もスミレや菜の花や桜が咲き乱れている。
クラスにみんなが少しなじみ始めたころ、先生が
「みんなに、絵の具を買ってもらいます」
と言い、一枚の紙を配った。たかし君はその紙に載っている写真に心がうばわれた。
そこには、桜色の布の周りをスミレ色の糸でしっかりぬい、側面に菜の花色のボタンをつけた小さなポケットのある、春色の絵の具いれが載っていた。
「この紙を親に見せて、好きなセットを選んで来てくださいね」
と、先生が笑顔で言った。
「はーい」
クラスがうれしそうに返事をした。
(決めた!ぼくは、この春色の絵の具入れにする)
たかし君は、ドキドキしながら紙をランドセルの中へ、大切にしまった。
家へ帰ってたかし君は、さっそくお母さんに紙を渡した。
「おかぁさん、おかぁさん。先生がね、絵の具買ってくださいってっ! 」
「あらっ。たかし専用の絵の具セットを買うのね。うーん、この緑色の絵の具入れよね? 」
お母さんはニコニコしながら、丸をつけようとしたので、たかし君はあわてて止めた。
「ちがうよっ。春色の方だよ。ぼく、これがいいんだ。とってもきれいでしょ」
「あら、でも男の子だし、こっちの夏色の方じゃないの? 」
「でも、先生が好きなのって言ってたよ」
たしかに、もう一つの絵の具入れもきれいだった。若葉色の布の周りを空色の糸でぬい、側面の小さなポケットに真っ白の雲色のボタンがついた、夏を思い出す絵の具入れ。でもたかし君は、春色の絵の具入れの方が好きだった。
「本当に、これでいいのね? 」
お母さんは、少し心配した顔をしながら聞いた。
「いいのっ! 」
たかし君は、力強く答えた。お母さんは、ほほえんで、春色の絵の具入れに丸をつけた。
「好きなの選んだ方が良いわよね。気にいるといいね」
「うん、ありがとう! 」
先生が大きなダンボールを持って教室に来たのは、それから一週間後の帰りの会だった。
クラスが期待でざわついた。
たかし君は、ついに本物が見れるんだと、胸が高なった。
「たかし君」
先生がたかし君の名前を呼び、取りにくるように言った。
「はひぃ」
たかし君はきんちょうして、声が裏返ってしまった。少し恥ずかしくなって、顔を赤らめながら、先生のところまで行った。
先生は絵の具セットをたかし君に渡しながら、小声で聞いた。
「色、間違えちゃった? 」
「いいえ」
たかし君は力強く答えて、席に戻った。席に戻り、ずっと楽しみにしていた春色の絵の具入れを、白い袋から取り出した。
「きれい」
たかし君は、思わず声を出した。春色の絵の具入れは、写真で見るよりずっときれいで、大好きな春をれんそうさせた。
たかし君が見とれていると、からかう声が後ろの席からしてきて、たかし君は我に返った。
「たかし、お前女子の頼んだのかよ」
からかう声にクラスが反応して、たかし君を見た。
「本当だ。たかしは女だ」
クラスが笑った。たかし君は恥ずかしくなって、うそをついてしまった。
「妹も使うから、妹の好きな色にしたんだ」
たかし君は(しまった)と、思ったけど、もう後には引けなかった。クラスが「優しい」とか「なるほど」などと言っていた。
たかし君は帰り道、葉桜になりかけた桜の木を見ながら涙を流した。
今までで1番悲しい春を感じた。
たかし君は家に帰って、泣きながらお母さんに全てを話した。お母さんは、頭をなでながら聞いた。
「春色の絵の具入れはどうだった? 」
「と、とっても、きれいだったで、気に入ったよ。ぐすんっ」
お母さんがにっこり笑って言った。
「そぉ、好きなもの選んでよかったね。バカにされても、たかしは本当に好きなものが手に入ったんだもんね。大切なのは自分の気持ちよ」
たかし君は涙をふいた。
「ぼく、もうバカにされても泣かないよ。ぼく自分の気持ちを大切にするよ」
そう言ってたかし君は、春色の絵の具入れをぎゅっと抱きしめて、何を描こうか考えていた。

春色の絵の具入れ

春色の絵の具入れ

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-04

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