悪気

字が汚いとずっと両親から言われていて、たしかそれで下見というか体験版というかそういう感じで習字教室に行かされたのが、そこへ通うようになったきっかけだったと思う。
習字教室は日曜日に行かなければいけなかった。日曜日には面白いテレビがあって、ごはんも何となく日曜日のごはんで、母の妹の大好きなおばさんが遊びに来る日でもあった。
お昼を食べ終わると、ちょっと大人のドラマが始まる。そのドラマが始まる頃に習字教室に行かなければいけなかった。
習字教室はつまらなくて、課題みたいのがあって、それを書く。紙が墨で真っ黒くなるまで書く。なにがなんだかわからないけど書く。書いていると先生が廻ってきて朱色の墨で、ん?朱色の墨?っていうのも変だけど朱色ので、はねだのとめだのかたちだのを書き示す。もう黒だか朱色だかわからなくなってて、それでもうんうんと頷き、先生が隣の生徒へと移動すると新しい紙に書く。
冬場の教室にはダルマストーブがあって、その上にヤカンが乗せられ湯気を出していた。生徒達は帰る前になるとその日の一番のものを先生に見せに行かなくてはいけない。そして先生がそれにたいして許諾しないと帰れない。
生徒達は皆早く帰りたいものだから先を争って書く。書けた者から先生のところへ行く。少しの時間の差で先生へ見せる順番が左右される。
わたしが書き終えた時にはもう既に十五人程が並んでいた。わたしは半ば諦め気味で半紙の墨を乾かすつもりでダルマストーブの前に立った。先生に見せる文字は学年や級によって違ってて、わたしみたいな入ったばかりの下手っぴは、簡単な文字だった。
課題の文字は、はなまつり。ダルマストーブの上に乗せてあるヤカンからの湯気は上昇気流を生んでいて、わたしは半紙の上端を左右の親指と人差し指で挟み、ヤカンの上の方でハタハタさせていた。
なんかの弾みで指が半紙から離れると、半紙は上昇気流にヒラヒラとのって天井付近まで舞い上がった。
「あっ」
と思った時には半紙は空飛ぶ絨毯みたいに先生の机めがけて飛んでいき、誰かがラジコンで操作しているみたいに先生の手元へ舞い降りた。
先生は暫くわたしの半紙を眺めて、それから溜め息をつきわたしを呼んだ。並んでいる生徒の不満が聞こえてくる。
先生のところまで行くと、半紙を目の前に突き付けられた。そして静かな声で
「もう来なくていい」
そう言われた。なんの事かわからないでいると、わたしの半紙を見た生徒の一人が笑い始めた。それから次々とわたしの半紙を見た生徒が笑い始めた。
わたしは自分が書いた文字を眺めて見るとそこには、はなつまり
と、書いてあった。鼻詰まりって事?わたしは自分に問いかけ、いや違うんです。わざとじゃないし悪気もないのです。と反論したかったけど、来週から日曜日が戻ってくると思うと心が弾んだ。

終り

悪気

悪気

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-04

Copyrighted
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