穴の向こう

ついにこの時が来た。
 待ちに待った、お小遣い。小学校3年生になったら僕は、両親と約束していたんだ。毎週日曜日五十円をもらうと。
 お母さんは、小銭入れからキラッと光る穴の開いた五十円玉を僕の手の平に乗せて、いた。
「たけし、むだづかいしちゃだめよ」
 どけど、今の僕は無敵なのさ。そんな言葉、耳に入ってこない。もらった五十円玉を握りしめ、意気揚々と外に飛び出した。
 五十円玉の穴をのぞいていたら、だがし屋さんが見えてきた。そして、店先に並んだお菓子の中で、キラキラ光る色とりどりの飴玉が、ひときは僕を挑発してくる。この五十円玉一枚で五個も買えるなんて、本当に素敵だ。
 僕は、視線を上へ向けた。するとおねだりしてもなかなか買ってもらえない、かっこいいゴム鉄砲が僕を狙っている。
 ムムム。何週間か待って、こいつを手に入れるのも捨てがたい。少し考える時間が必要なようだ。考える時間をかぜぐために僕は、まるでおえらい教授にでもなったような難しい顔をして商店街へ向かった。商店街を歩いていると良い匂いがあちらこちらからただよってくる。
 穴をのぞくと、唐揚げやコロッケそれに、焼きたておせんべいまで。僕は、穴を目に近づけて、ゴクリとつばを飲み込んだ。さっきまで、少し遠くにあった穴が、今は僕の目と一体化しちゃうんじゃないかと思うくらいの距離になってしまっていた。
 僕は、一度五十円を目から離し、手のひらの上に乗せて、五十円と見つめあった。
「なぁ五十円、お前は何を買うために使われて欲しい。甘い甘い飴か。それとも友だちと戦いごっこができる、ゴム鉄砲か。それとも今、この商店街にただっよっている、おいしい匂いの持ち主か」
 僕は、すごくすごく考えた。学校の授業やテストをする時よりも考えた。
 でも、なかなか答えが出ない。五十円玉を握りしめ、髪の毛をグシャグシャにした。
 今日と言う日を、ずっと心待ちにしていたのに、いざ手にするとどうしていいのかわからなくなるんだなと、僕は思った。
 考えている内に、周りは晩ご飯の材料を買うお母さんたちであふれていた。中には同級生のお母さんが買い物に来ていて、
「あらけんちゃん、おつかい。えらいわね」
なんて、せわしなく声をかけて去っていった。
 僕は、小学校三年生にもなって、『けんちゃん』と言われるのが、少し嫌だった。だけど、今はそんなことより、この五十円をどうするかだった。僕は、もう一度、手のひらを広げ、五十円をつまむと、目元にもっていった。
「さて、さて、さて。僕のこの大事な大事な五十円どうしようかな」
 僕は、お小遣いをもらって嬉しかったのは、お金をもらえただけじゃなくて、お兄さんになった気分になったからだ。クラスでも、お小遣いをもらっているのは、ほんの数人だった。だから、自慢したい気持ちもあった。
 僕は、少し見せびらかすように、目元に五十円玉を持って行った。
 五十円玉の穴を通してみる世界は、違って見える。強くなったそんな気持ちにさせてくれる。
「そうだ、明日学校に持っていって、見せびらかそうか。いや待て、それは禁止されているし、もしかしたら、羨ましがっている人が、ぬすむかもしれない。僕の大事な大事な五十円玉を。学校に持っていくのはよそう」
 僕は、五十円玉ごしから見える、きれいな夕陽をていたら、自分の色々な気持ちが、汚くてなさけなく感じた。
「人にじまんする僕は、まだまだ子供だ。僕は、大人になったんだ。じまんすることは、やめよう」
 僕は、また一つ大人に近づいた気分になった。
「さてさて、仕切り直しだ」
 僕は、また穴から世界をのぞいた。今度は、もっとぎゅっと、目に近づけた。僕は、そのまま駅前まで行った。
 すると、駅前で四角い箱が映し出された。そして、大声でその箱を持った人たちが言っていた。
「あなたの気持ちが命をすくいます」
 僕は、くりかえしさけばれているその言葉のする方へ、穴をのぞきながら行った。
 僕は、箱を上から見た。すると、箱の上に穴が開いている。僕は、考えた。
『これは命をすくう穴なんだ』
 僕は、五十円玉を目からはなして、手のひらにのせて見つめた。それから、ぼくは四角い箱の穴に、穴の開いた五十円玉を入れた。
 僕の目のまわりには、円いきれいなあとが付いていた。

穴の向こう

穴の向こう

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-04

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