きみといっしょに観たい映画

 なかむらさんが、みているのは、映画のポスターで、たしか、ぼくも、テレビのコマーシャルで、みたきがする。恋愛の映画。今世紀最大の感動作、なんて、なんだか大仰で、過大評価なのでは、とぼやいていたのは、いっしょにコマーシャルをみていた姉だった。映画館の、これから上映される映画のポスターがずらりと掲示されているなかでも、なかむらさんは、その映画のポスターを、じっとみつめているので、みたいんですか、と、ぼくはたずねた。なかむらさんは、ぼくよりも、あたまふたつぶん、背が高いので、ぼくはいつも、見上げるかたちになるのだけれど。はんたいに、ぼくを見下ろすばかりのなかむらさんは、しばらく考えこむようになにもしゃべらず、けれど、さりげなく、ぼくのみぎてをとってから、わからん、と言った。てきとうではなく、どんな質問にもまじめにこたえるなかむらさんの、きっと、じぶんでも、みたいかどうかわからないの、わからん、だと思った。ぼくの、みぎてのゆびに、なかむらさんのゆびが、くすぐるみたいに、ふれてくる。映画のポスターは、ゆうめいな俳優さんと、女優さんが、みつめあっていて、なんだか、きらきらしていて、まぶしい。映画館の照明は、そんなに明るくないというのに。そとは、夏で、夜も、暑くて、映画館のなかは、ちょっと寒いくらいだけれど、なかむらさんにさわられるところは、いつも、夏、という感じ。
 スーツを着ているのに、涼やかな顔の、なかむらさん。視線は、まだ、ポスターに向いているのに、ゆびは、かくじつに、ぼくをとらえている。ぼくのゆびを、なでて、ときどき、にぎる。これからみる予定の映画がはじまるまで、あと十五分あって、ぼくは、でも、ポップコーンと、チュロスを買いたい。もしかして、その女優さん、好きなんですか。きくと、なかむらさんは静かに首を横にふった。
「よくわからないけれど、きみとみたいと思った」
 そう呟いた、なかむらさんの横顔は、ポスターにうつった俳優さんよりも、あたりまえだけれど、かっこよかった。

きみといっしょに観たい映画

きみといっしょに観たい映画

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-03

CC BY-NC-ND
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