義兄妹の儚2️⃣

義兄妹の儚 2️⃣


-典子-

 「この詩の作者は『淫女』という歌人なのよ」卍子の視線が草一郎の深層を探りながら、「知ってるでしょ?」と、質す。「知らない」と、否定する草一郎が動揺を隠す一瞬を、卍子の猜疑は見逃さない。「驚かないみたいね?」「なぜ驚く必要があるんだ?」卍子が矛先を変えて、「淫女の実相は全くわからないのよ」「でも、これって、酷く過激な内容でしょ?」「それで話題になったんだもの」「だから?」「戦争が終わって、いくら文学表現が自由になったといっても、こんな過激な著作は他にはないんだもの。でも、あの映画の中でも御門制を激烈に批判してたでしょ?。それに、あの映画の原作は『無頼達の儚』じゃないかって噂があるのよ。読んだ?」草一郎が頷いた。「あの儚シリーズの最新版だわ。内容も似ているけど、どちらも作者が覆面で話題になったのよね?」「何を言いたいんだ?」「だから、『無頼達の儚』の作者が淫女で、あの映画にも関わっていて…」「だから?」「だから、淫女は典子先生じゃないかって」
 乾いた息を吐いた草一郎が、「言ってることが良くわからないな」と、卍子の推論を拒んだ。「何が?」「そんなのは、みんな蜃気楼を手掴みするような妄論じゃないか?」「何か確証のある話なのか?」「確証?」「紛れもない証拠だよ。どうなんだ」「そういえばそうだわ」「ないんだろ?」「ないわ」と、卍子がいとも無造作に言い捨てる「それみろ」「だって、噂なんだもの。噂話なんて、そんなものでしょ?」「誰から聞いたんだ?」「瑛子よ。寧子も言ってたわ」「いずれにしても、興味ばかりが先走った憶測だろ?」卍子の頬が強張った。
 「噂なんてものは何の真相もないものなんだ。そればかりか…」「何?」「悪意を背景にしている場合が往往だろ?」「そんな不埒は嫌いだな」
 すると、卍子が唇を舐めながら、「だったら、聞いていい?」と、気色ばんで、「あなたも書いているって話を聞いたんだけど?」と、言う。「何を書いてるって?」「この詩みたいな?」「はっきり言えよ」「でも…」「過激だって言うんだろ?」卍子が頷くと、「書いてるよ。どんなことを書いているのか、知りたいか?」女が目を見開いた。
 「例えば、御門の后が姦通するとか…。驚かないみたいだな?」「『カムイの儚』にも書かれてたでしょ?」「あれは俺のバイブルだ」「酷く過激だわ」「お前だって好きなんだろ?」「そうよ。だから読んでるんだもの」
 「御門の権威なんて何の意味もないんだ」「あの戦争がそうだったろ?」「権威は秘密だ。秘密に包まれているほど民衆はかしずく」「だから、その御門の秘密を暴いてやるんだよ」「それがどうして性なの?」「性も禁忌だろ?」「御門制と同じように秘密のベールに包まれているじゃないか?」「違うか?」卍子が頷いた。
 「ねえ?」「…?」「…性って、経験がなくても書けるの?…あるの?」「『カムイの儚』や地下文学を読んでいればわけはない」
 「地下文学も読んでるんだな?」「暎子よ」「お前は?」「この前、借りた」「だったら、お前だって書けるさ。大事なのは反権力、反骨だ」「この詩は?」「いい詩じゃないか?」


-落書き-

 「典子先生が男子校にいた時には文学部の顧問だったんでしょ?」「知らない」「だって、寧子が…。あなたが文学部の影の部長だって」「そんな事を言ってたのか?」頷く卍子に、「だいたい、俺は文学部じゃないよ」「そうなの?」「群れるのは好きじゃない」「そうだったわね」と、表情を和らげて、「あなたは、そうね」「初めに会った時からそんな感じだったわ」「どんな?」「…狼」「月の草原を疾駆する青い狼だと思ったの」
 草一郎が、「依頼されたから書いただけだ」と、言い捨てた。「そうだったのね」「俺が関わった時には、その人はいなかった」「典子先生は振り返るほど豊潤なのよ」卍子は諦めない。「見たことはあるでしょ?」「ない」「京萬恥子に似ているわ」「そうね。母親にも…」「だったら?」「私?」「違うのか?」「どうなのかしら?」
 「どんな落書きなんだ?」「酷いのよ。でも、そんなの、しょっちゅうだわ」「男子校にもあるでしょ?」男が頷く。
 「どんななの?」「大概は性交の画だ」「どんな?」「女性器に男性器が填まってる」頷きながら卍子が、「同じだわ」と、唇を濡らす。
 「俺のはどんな落書きなんだ?」「あなたのが先生のに填まってるのよ」「暎子が、こんな傑作は見たことがないって言ってたわ」「あの人は『地下文学』を盲目の信者みたいに信奉しているの」「最近、地下文学で高校の落書き特集があったばかりなんだわ」「読んだ」「私も読んだわ」「そしたら、暎子が胸が熱くなったって、訴えるのよ」「おっぱいを揉み始めたわ」「二人で見てたのか?」「だって…」「暎子が血相を変えて呼びに来たんだもの。一人では怖かったし…」「そしたら、乳首を吸ってって言うのよ」「どうしたんだ?」「仕方ないでしょ?」「吸ったのか?」「女子高では珍しくはないわ」「お前は?」「吸われたわ」「驚いた?」
 「こんな話を聞くのは初めてだから」「そればかりじゃないわ」「互いに指も入れたのよ」草一郎は絶句した。
 「あなたのが填まってるのは半分だけよ」「大きくてこれ以上は入らないって、書いてあったわ」「典子は太いのが好きなんだっても、書いてあった」「填ってるところから汁が溢れてるのよ?」「先生があなたのを舐めてるのもあったわ」「大きすぎて亀頭しか入らないって書いてあった」「暎子が、これって草一郎のかって。一緒に暮らしてるんだから見たことあるだろって」「あるのか?」「あったとしても、映子になんか言うわけないでしょ?」
 「毛は?」「描いてるわ」「どんな?」「色々よ。後から別な人も書きたすんだもの」「…その、先生のは?」「いっぱい描いてあったわ」「100本位…」「本当のは剛毛で長いんだって…」
 「あなたのもよ」と、卍子が百科事典に指を落として、「陰嚢にも生えていたわ」
 「他の男子校生の名前も何人か書いてあったけど。やっぱり、あなたが本命じゃないかって。もっぱらの噂なのよ」「どうしたの?」「みんな出鱈目だ」「信じたいけど…」「暎子が、あなたに間違いないって。目撃者もいるって。言うんだもの」「だから、あんな所に行ったのか?」


-姉様女工-

 卍子が話し始めた。「…暫く待っていたら、二人連れが来たの」「何だか深刻な雰囲気をまとわりつかせていたから、気になったわ」「あの男根碑の後ろに回ったら、男が引き寄せたんだけど女が嫌がる風で…」「手を払ったり、顔を背けたりしていたわ」「そしたら、女が男をぶって。泣き出してしまったの」「暫く話していたら、男が出したの」「それを見ていた女が男に抱きついたんだわ」「激しくキスをして…」「舌を絡めたり。…腰をすり付けたり…」
 「駅の反対側に紡績工場があるでしょ?」「あそこの人達だったの」「四〇位の小太りの監督とニ〇半ばの姉様アネサマ女工よ」「どんな女なんだ?」「豊満で…。母親に似ていたわ。妹みたいに…」「だったら、お前にも似ていたんだな?」「どうかしら」「一月ばかり前に、監督が半ば無理強いして関係したみたいなの」「監督は所帯持ちなのに、、他にも女工に手を出していて…」「丁度、姉様に縁談があって、最後の逢瀬らしかったわ」「監督が姉様のおっぱいを揉むのよ」「姉様は監督の股間を揉んでたわ」「そしたら、股間が膨らんできて…」「姉様が、あれをしたくなったって…」「監督が、ここじゃまずいって…」「歩き始めたのよ」「後をつけたのか」「そう。裏手に小さな社があったの」「知ってる?」男が頷く。「そこの縁で、また、抱き合って。キスをして」「監督が乳房を揉んで。姉様は隆起を撫で回しているのよ」
「監督が姉様のを舐め始めて…」
 「監督が耳元で何かを囁いたと思ったら、姉様がシャツのボタンを外して。そしたら、桃色の乳房が揺れて溢れ出たわ」「姉様がチャックを下ろして…。監督のを引き出して…」「舐め始めたのよ」「美味しいって。これが大好き、って言いながら…」「随分と舐めてるんだもの…」「監督が、あれをやってくれって…」「そしたら、姉様がシャツを脱いでしまって。おっきいおっぱいに、監督のを挟んだの」「柔らかいおっぱいで擦るのよ」「監督が好きなのね。随分やってたわ」
 「遠くから、学校のチャイムが聞こえたわ」「そしたら、姉様が立ち上がって。後ろを向いて…」「監督がスカートを巻くって…。パンティを脱がせて…」「姉様のお尻が丸出しになって…」「どんな?」「でっかくてまん丸。桃色よ」
 「お尻が好きなの?」「一番、本能的だろ?」「本能?」「その二人はしたんだろ」「すぐにしたわ」「後ろから犬みたいに…」「そうだろ?それが本能なんだ」「してる時に襲われる
かもしれないだろ?だから、しながら見張っているんだ」「正常位なんて家ができてから発明したんだ」「だから、尻は女の身体では、一番、動物的じゃないか」草一郎は煙草に火を点けて、「それから?」「呻いてたわ。男が女の口を手で押さえてるの。ぴちゃぴちゃって音が、木立の中で聞こえるんだもの」「監督は姉様の口を押さえて。丸だしの乳房を揉みながら。入れたり出したり。姉さまは剥き出しの尻を突きだして、ゆすって。泣いてたわ」「監督が、結婚しても俺とやりたいかって言ったら、秘密を絶対に守るならやらせるって」「出そうだって監督が。駄目よ、未だ早いって。お尻に入れて、って」
 「監督が抜いたの。濡れて光ってた。姉様が避妊具をくわえて。あそこに口で填めたのよ」「そして、また、嵌めたの」

 「あちこちに覗きがいたのよ」「男女の連れもいたわ」
 「暎子が、火照ってきたって。股間を触って。気持ちいいって。揉んでたわ」「お前は?」「目眩がして…。立ってられない位…」「こんな事しゃべってると、あの時みたいにおかしくなりそう…」「大丈夫か?」
 「監督が出すぞって言ったら、未だ駄目って。口にしてって」「みんな飲みたい、って」  「とうとう、射精したのよ。そしたら、姉様が…」「避妊具に少し溜まった精液を、乳房やあそこに塗りつけたのよ」「そんなの見たことないから。たまげて…」「暎子は指を入れてたわ」


-変態男-

 「気がついたら、レインコートを着た男が立ってたの」「暎子が、有名な変態男だって…」「目があったら。見たいんだろって言ったわ。でも、お前達には見せないって…」「なんでって、暎子が聞いたら…」「見たくて来たんだろ。そんな奴には気が起きないんだって」「…そしたら、暎子が見せたの」「何を?」「…スカートの奥…」「パンティも脱いだのよ」「お前は?」「やってないわよ」「暎子は露出狂なんだわ」
 「そしたら、男が扱き初めて…」「それで?」「…射精したわ」「そこまで見たのか?」「だって、仕方なかったんだもの…」
 「始めて見たのはいつなんだ?」「7歳の時よ」「父親じゃないわ」「もう、戦死していたもの」「誰だったんだ?」「わからないの」「きっと、夜だけ来ていたのね」 「おしっこで目が覚めたの。満月の夜だった」「済ませて戻ろうとしたら、廊下の奥で声が響いたの」「母親の寝室よ」

 草一郎が新しい氷を持ってきてオンザロックを作ると、「飲みたかったの」」と、卍子は少しばかりを口にした。「蝉時雨が凄かったのね?」「時々止むんだ」「どうして?」「虫の世界でも異変が起きてるんだろ?」「どんな?」「交尾とか殺しあいとか。犯されたとか…」「私も異変だと思ったの?」「南半球に語り部がいるんだ。女だ。阿片を吸いながら延々と語って。終いには、陶酔の余り気絶してしまうんだ」「…心配してくれたの?」「聞く方だって…」「少し休まないか?」「酒は弱いのよ」「好きなんだろ?」「酔ったら困るわ」「二人きりだものな?」「だったら、どうするの?」「どうしたいんだ?」「異変は億劫じゃないのよ」「俺もだ」

 「あの人達は、今日は帰らないのよ」「どうして?」「県境の親戚の通夜なんだって」「どうしたの?」「異変だな?」「そうかしら?」「嫌いじゃないんだろ?」「あの人の娘だし…」「猥褻な人だ」「そうなの?」「淫靡だし…」「妖艶だ」「そうかしら?」「そして、愚かな女だ」「あんな男と結婚したからだよ」「そうね」「俺はあの愚劣な血を引いているんだ」「血って性格と関係あるの?」「血液型か?」「そう」「ないよ」「そうでしょ?」「あれを書いてるのは詐欺師だ」「一つの事を見方を変えて言ってるだけだよ。賢くなれよ」「ありがとう」「酔ったのか?」「そうなの?」
 「俺達は青春なのか?」「そうでしょ?」「残酷だな」「どうして?」「真実のようなものに魅せられてしまう」「血液型や占いもそうだ」「戦争中は、あの陳腐な御門が現人神だったんだ」「真実って何だ?」「たった今、お前が言ったろ?」「何て?」「監督が結婚しても俺とやりたいかって言ったら、姉様が秘密を絶対に守るならやらせるって。言ったんだろ?」「そうよ」「お前が創ったんじゃないだろ?」「違うわ。本当にそう言ったのよ」「事実だろ?」「そうよ」「だったら、これは真実なのか?」「ただの不義だろ?」「…そうね」「昔は姦通罪があって犯罪だったんだ」「知ってるわ」「今でも、ばれたら大騒ぎになるだろ?」「でも、本人達は真実の愛情だと思ってる…」「しかし、姉様が見合いの結婚をして、相手と気も身体も合ったら、監督とするだろうか?」「二人の約束はその場限りの、性交の快楽で口走ったんじゃないのか?」「ただの睦言だよ」「でも、そうじゃないかもしれない。本当に監督を愛してるかも知れないだろ?」 「あんな顔をして、淫乱女かも知れないわよ」「そう。それだよ」「そんなのが一番多いんじゃないか?」「文学や映画の素材だよ」「さて、不義を知ってしまった夫はどうするか?」「離婚でしょ?」「しない夫婦も、いっぱい、いるだろ?」「…そうね」「あの夫婦は毎晩してるだろ?」「そうかも知れないわ」「どっちも貞淑には見えないだろ?」「性器を連想してしまうんだもの」「俺もだ」「きっと、二人とも不義をしているわ」「そう思うだろ?」「欲情だけで繋がってるだけの夫婦なんだわ」「だから、真実って何なんだ?って事になるんだ」「真実なんてものがあるんだろうか?」「どう思う?」
 「お前が姉様だったらどうする?」「…相手は?」「…俺…」「わからないわ。私は姉様じゃないし…」「あなたともしてないもの」「そうでしょ?」「名答だな」「愚問なんじゃないの?」「そうだった」
 男が新しいグラスを作った。「そんなに見たかったのか?」「俺とそその先生の…」「見たかった訳じゃないわ」「確かめたかっただけよ」「何を?」「二人でいるのを、だわ」
 「俺と先生が嵌めてる落書きを書いたんだろ?」「監督と姉様のを見て自慰をしたんだろ?」「だから、俺のを見たいんだろ?」
 「…あの人達は、今夜は泊まりなのよ」「だから?」「それだけだわ」二人に妙な沈黙が訪れた。暫くして、男が、「本当は見たいんだろ?」と、男が言い、さらに、遅れて、「…この前、映画を見たの」と、女が言った。「何ていう映画?」「『団地の白日夢』よ」「見た」「見たの?」「お前こそ、良くあんなのを見たな?」「暎子に誘われたんだもの。寧子も一緒よ」「それで?」「団地の人妻が脅かされるシーンがあったでしょ?」「あれだな?」「そう。あんな風にされたら…」「何でも言うことを聞いてしまうわ」
 「あんなのはありきたりだな?」「どういうこと?」「映画の、いや、物語の創り方だよ」「どういう
こと?」「男優の男根には疣があったろ?」「そうね」「あれと同じなんだ」「何が?」「俺のだよ」「どうしたんだ?」「嘘よ」「本当だ」「…だって…」「何?」「100万人に一人って…」「映画で、そう言ってた」「そうよ」「見たくないか?」「嘘じゃない証拠だろ?」「…あなたがモデルなの?」「どう思う?」「…あの女優みたいに、私は虜になってしまうの?」「わかったろ?」「脅迫や暴力より、性は魅惑的で官能だろ?」「そうね」「平和的なんだよ」
 「でも、脅迫もされてみたいわ」「マゾなのか?」「母親は間違いなくそうよ」「…だったら、お前の秘密だな」「…何よ?」「自慰をしてるだろ?」「嘘をついたら?」「このゲームは終わりだ」「それだけ?」「そうだけど。そんな嘘って、つまらないだろ?」「…してるわ」「俺の事を考えて?」「どんな?」「性交」「…してるわ」「わかったわ」「見せたいんでしょ?」「見たいんだろ?」「まだまだ、時間はあるでしょ?怪異な物語が残っているんだもの…」「私が書いた小説があるの」

義兄妹の儚2️⃣

義兄妹の儚2️⃣

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-08-03

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