原発の女 1️⃣
原発の女 1️⃣
2017年の梅雨から夏。少し停滞していた執筆に刺激を与えるつもりでハードポルノに挑戦していたが、いつの間にか『儚シリーズ』の一片に変化している。それはそれで幸甚ではないか。暑い日々に官能を書き継ぐのも一興だ。私が創り出した繭子という女の陰毛を数えるような、とびきりの描写に挑戦だ。反天皇や反原発、男と女の官能を巡る虚々実々の狂演だ。
原発の女 1️⃣
-訪問者-
196×年。××原発の立地自治体、××町。
盛夏の昼下がり。夜来からの雨が上がった後は太陽の灼熱が容赦なく照りつける。海風も途絶えて鬱陶しいほどの湿潤な午後である。太平洋に面した零細な部落の外れに電力会社の役員の社宅があった。
背が高くて頑健な、鋭い眼差しの男がその玄関口で声を発した。応答はないが男は在宅を知っている。おもむろに煙草に火を点けて、頃合いを図って再び声をあげると、少し遅れて微かに返事がする。ややあって、足音と共にガラス戸に人影が映り、慌ただしく鍵を外して戸が引かれて、その女がようよう姿を現した。
「どなた様かしら?」女の厚くて紅い濡れた唇が、妖艶だが怪訝気な声を発しながらけだるく動く。未だ髪が乾ききっていない。半袖の青いワンピースに包まれた身体は豊穣の熟れた肉だ。それは男の趣向と情念を完璧に満足させているのである。
「ご主人の下で働いている社外工です」と、男が慇懃に名を告げると、「お世話になっております。いつもご苦労様です」と、女は微塵の疑念も抱かずに、初めて頬を緩めて恭しく頭を沈めた。その瞬間に、ワンピースの胸元から豊かな白い乳房が僅かに覗いた。濃い湿気で澱んだ空気を揺らして、洗い髪の香りが微かに男に向けて泳ぐ。女が湯浴みする豊潤な裸体の有り様が男の脳裏をよぎり去った。
女は上がり框に端座している。「どのようなご用件でしょうか?」
その時に、蝉が飛び込んできた。女の膝が崩れて太股が開いた。
この小一時間ほど前には、男が先ほどの玄関をやり過ごして、足音を忍ばせながら裏手に回っていたのである。電気のメーターを確認する。その回転速度で人がいるのは明らかだ。男は更に忍び入る。居間とおぼしき、正に、今、居るこの部屋にレースと分厚いカーテンが引かれて、テレビの音声が漏れていたのだ。僅かな風が起こっていて硝子戸が開いている。カーテンの隙間に目を当てた男が仰天した。あれほどに妄想した真裸の女が、長椅子に座って扇風機の風を浴びているのである。これであの物語が完遂するのではないか。何という行幸なのだ。この女とは縁があるに違いないとすら思える。
湯上がりなのだろう、濡れた髪をバスタオルで拭いている。真っ白い乳房が放埒に揺れる。その乳房にある幾つかの斑紋に気付いた。紫だ。男はその裸体の異様さに、さらに目を見開く。暫く凝視しているうちに、身体中にちりばめられた虎斑は性交の痕跡に違いないと納得した。夫が出掛けたつい先頃まで営みに耽っていたのか。嫉妬深い夫が留守中の妻の不業跡を案じて付けたのか。その時に、四八と聞いているこの女の芳醇な肉体はどのようにして身悶えしたのか。などと妄念を逞しくする。
視線の終着では、女が、やはり斑紋が刻まれた豊かな太股をふしだらに開いている。濃密な陰毛が扇風機の風に揺れ蠢いている。長い縮れ毛。漆黒だ。脂肪が蓄積して膨れた下腹を覆っている。三角の密林の頂上は縦長の臍にまで届いている。
そこに女の指が伸びた。赤紫の陰唇。その門戸がふしだらに弛んでいる。やはり、性交の痕跡なのか。女は暫く湿った陰毛をまさぐっていたかと思うと、やおら寝そべった。豊満な乳房を揉み始めた。乳首を愛撫する。手が陰唇に転じた。長い愛撫。陰核を弄ぶ。
男の勃起が始まった。ついには女の指が膣に潜り込んだ。女の下肢が痙攣し始める。
女が声をあげた。黒猫が現れた。驚愕した。その猫が女の女陰を舐め始めたのだ。
そして、蝉は飛び出していき、再び、静寂が二人を包んだ。女は些かも動じた風を見せずに男の応答を催促する。
「恋をしてしまったんです。あなたを好きになったんです。思い焦がれています。話を聞いて欲しいんです」「突然に何を言い出すのかしら。あなたには思い当たる節が、一欠片もないんですけど?今、初めてお目にかかるんでしょ?」
「赴任の挨拶で工場に来ましたよね?」「…1カ月前の、あの時のことかしら?」「そうです。あの時にすべてを目撃していたんです」女の視線が揺れた。「目撃?何を見ていたと言うのかしら?」「察しが付いたようですね?」「皆目、わからないわ。何の事かしら?」「あなた方夫婦の性交ですよ」「ベント室、原子炉の地下ですよ。緊急対策の部屋だから普段は誰も行かない。隔離された密閉空間だから安心だと思ったんでしょ?」「ちょっと待ってちょうだい。私、そんなところには行ってないわ」「せいぜい否定しなさい。いずれにしても、壁に耳あり。原発に迷路あり、なんだ」「確かに中央制御室には入ったわ。でも、その他にはどこにも行ってないのよ。嘘などじゃないわ。あなた。本当にそんなのを見たの?」「はい」「どこで見たの?」「だから、ベント調整室です」 「あなたはどこにいたのかしら?」「天井です。私の仕事は原発の電気保守です。あの建物は壁の裏に保守用の通路が網の目に張り巡らされているんですよ。女の嬌声で気付いて。天井の通気孔から覗いていたんです」「ベント室ってどこにあるのかしら?」「地下2階です。中央制御室からエレベーターで降りて、南にニ〇メートル位です」「そんなところには行ってないわ。……そうそう。思い出したわ。あの日は確か一八組もの夫婦が来ていたのよ」「一八組?」「そうよ。あなた?その内の誰かと私を見間違えたんじゃないの?」「そんなことはない」「顔を見たの?」「はっきりと見ました」「確かに私だったの?」「間違いない」「嘘だわ。他の奥さんの誰かと勘違いしてるんだわよ」「本当に一八組ですか?」「私の記憶ではそうだわ」「嘘をついてますね?違いますよ」「どうして?」「調べてあります」「何組なのかしら?」「僅か四組です」「間違いないの?」「どんな人物だったかも総務で確認してあります」「私の記憶違いかしら。でも、あなたが見たと言うその二人は絶対に私たちじゃないわ」
「あなたはそう言わざるを得ないんでしょうね。役員夫婦の原発施設内の性交なんて。何せ、原発始まって以来の最大のスキャンダルですからね。そうでしょ?発覚したら大問題になるのは不可避ですよ。ご主人の左遷はおろか、懲戒も免れない。あなたのこれからだって、破滅するかもしれない」
「奥さん。安心してください。そんな大事件にするつもりは露ほどもないんです。私は、いわば、あなたの味方のつもりなんです」
果たして、男の主張は虚偽のいいかがりがなのか。女の抗弁が真相なのか。そもそも、男が女を訪ねた目的の真相は何なのか。
女の太股がじわじわと開いている。「…もしかして。あなた?…原発反対派の方じゃないのかしら?」「どううしてそう思うんですか?」「ふっとそんな気がしたの。あなたの面持ちが精悍で。無頼な空気なんだから。昔にそんな人と縁があって。似てるんだもの。ここは反対運動が激しいでしょ?特に今度の選挙は対立が激しいんでしょ?」「そうですね」「社内にもそういう勢力があるって、主人から聞いていたもの」
「あなた?反対派の労働組合じゃないのかしら?」「そうですよ」「まあ。怖いことをさらりと言うのね」「ここまで来てあなたに隠しても仕方ないですから。それに…」「それに?」「政府のまやかしに騙されて、あの被爆者団体まで賛成しているが、原発ほど危険な代物はないんだ。この国の天変地異、地震と津波だ。そして、複雑で、考えられないほどの脆弱な構造。それに、ずさん極まる会社の管理体制。モラルが低下した従業員。格差と差別の労務構造。これらが複合したら、あの原子炉はいつ爆発してもおかしくない。若しそうなったら、この地域は、再び三度、中央権力に凌辱されるんだ。そんなことを許す訳にはいかない」「大演説だこと。さしずめ幹部なんでしょうね」「それほどでもありません」
この女、F原発総務部長夫人がその会合に出席していたのは間違いないのである。男自身が出席者名簿を確認したし、関係者の証言もある。会議の後に、参加者が連れだって原発施設内の処処を見学したのも事実だ。記録も目撃証言もある。最も肝心なベント室での性交があったのも、確固たる真実である。目撃者がいるのだ。ただし、目撃者はこの男ではない。 電気技師のFという男だ。そして、目撃者はこのFただ一人で、男の組合の秘密組合員なのだ。しかも、彼は作業中だったから天井裏にいて、性交が行われたベント室はその眼下にあり、もちろん、声は明瞭に聞こえたのだが、ベント室は全くの闇だったのだ。これでは性交に及んだ不心得者達の容姿などを判明できるわけがないではないか。
ベント室はなぜ闇だったのか。F自身が作業のために電源を遮断していたのである。
だから、公の証拠になるものは、何一つも存在しないのである。
男はFが聞いたという声の体験談から推論して、映像を組み立てたのだ。その上に、都合よく脚色を加えて、あたかも目撃した如くに女を恐喝しているのである。改めて、その内容は、原発総務部長とその妻が、業務中にベント室の煌煌たる照明の下で裸体をさらして性交し、それを天井裏にいた男が目撃したというものだ。
女の状況はやや錯綜している。夫に誘われてその会合に出席したのは間違いない。ベント室での性交も事前に約束していた。緩慢な夫婦生活には飽いていた二人は、夫がF原発赴任が決まった時から、施設内での性交を計画していたのだ。それまでも、様々な場所で性交してきたこの夫婦の、とりわけ、人の数倍も淫乱な妻の性癖にとって、原発はたぐいまれな場所だったのである。
では、この夫婦が、当日に、目論み通りにあのベント室で確かに性交したのだろうか。そして、その相手は夫だったのか。
女は何に戸惑い苦慮しているのか。男が告発しているという、その事実そのものだ。真実の解明はその後の課題であり、極端に言えばどうでもいいことなのだ。労務一筋に歩んできた夫を見てきた女は、労働組合をめぐる状況の深刻な複雑さを知っている。
盛夏の昼下がりに、堂々と、革命的な労働組合の幹部が総務部長宅を訪ねている事自体が問題なのだ。男の組合はそれほどに厄介な存在なのである。
しかも、この男は恋愛感情を表盾にして肉体関係を迫っている。男の立場上は不整合にも見えるが、とりたたてて咎められることなのか。仮に、女が反撃して事態が白日の下に曝されたとしても、「組合活動のために敢えて火中の栗を拾いに行った」と、男が主張すれば、組合員に彼を批判する理由は何もない。
そして、その根元は原発施設内での役員夫人の性交なのだ。前代未聞のスキャンダルなのである。性交したのがこの女夫婦であろうが、女と他の誰かであろうが、あるいは別な一組であろうが、取り立てて大差はないのだ。ベント室での性交を男の組合に目撃されたことが致命傷なのである。
女としてはこの事態を決して表沙汰にはできないのだ。男との二人だけの折衝で、夫が帰るまでには決着をさせなければならないのである。
そして、ベント室の真実は女の記憶からさえ消去されなければならないのだ。
男が、「掛けてもいいですか」「どうぞ。あなたがそれほどに言い張るなら詳しい話を聞きたいわ」「詳しく?」「そうよ」「そうですね。神は細部に宿るって言いますからね」「そうよ。その部屋でその夫婦がどんなことをしていたのか、つまびらかに言ってみてちょうだい」
男が話し始めた。「入るなり抱き合って。キスをして。長かったな。舌を絡めて。互いの唾を飲み合って。異様なほどに……。どこにもないあの密閉された環境だ。きっと、…興奮したんだ。そうでしょ?」「キスをしながら…。ご主人があなたの乳房を揉んで…。あなたはご主人の股間を探って…。あなたがシャツのボタンを外したんだ」「自分で?」「そう」「そしたら?」「ご主人がシャツを脱がせた。ブラジャーも外して。豊かな乳房が揺れながら現れたんだ。あなたのその乳房だ。驚いた」「何が?」「乳房が痣だらけなんだ。よくよく考えたらキスマークだった。そうでしょ?」女は蒼白だ。 「今もキスマークだらけなのかな?」女が胸を押さえる。「図星みたいですね?」「違うわよ。余りに厭らしい話だから…」「まあ、いいでしょ。その乳首を舐めて…。キスをして…。乳首を吸って。乳首は…。舌で転がして…。あなたが跪いてご主人のズボンを脱がせたんです」
「ちょっと待ってちょうだい。さっきから、その決めつけた言い方は止めてちょうだい。私は否定してるんですからね」「失礼しました」「あなたが見たのは確かに私と主人だったの?」「間違いありません」女に安
堵の笑みが浮かんだ。「それから?」「パンツも脱がせて。口にくわえて?」「何を?」「陰茎」「陰茎?
」「男根ですよ」「どんな?」「貧相な」「貧相?」「なかなか勃起しないんですよ。そうでしょ?」
「その部屋は明るかったのかしら?」「今みたいに真っ昼間のようでした」 この男は嘘をついている、女は確信した。「声は聞こえたのかしら?」「残念ながらよくは聞き取れなかった」さらに安堵する女に、「でも、肝心なことは聞いていますよ」「…それからどうなったの?」「小さいから根本までくわえて。陰嚢も舐めてましたね?」「違うったら」「それでも勃起はしないんだ。驚きましたよ女がバックからある物を取り出して。男のに塗ったんだ」
女の顔色が変わった。男はあることを確信する。「あなたじゃないんですよね?」「違うわ」「じゃあ、何だったと思う?」「私が知るわけがないでしょ?」「チョコレートだったんですよ。チューブに入った。あんなのがあるんですね?」「知らないったら…」「その男のにたっぷりと塗ったんだ。それを舐め回して。旨そうに。音をたてて。その音がベント室に反響していた。違いますか?」「またそんなこことを。私はそんな所には行ってないのよ」「まあ、いいでしょう」
「だったら」と、言いかけた女が、「待って。もういいわ。何だか目眩がしてきたわ」「暑さのせいですよ」「そうね」「大丈夫ですか?」「決して私たちじゃないわ」「あなたがそこまで言うなら、詳しく検証する必要がありそうですね?」「勿論だわ。あなたの言いがかりを放置したら、計り知れない被害を被るのは私なんだもの。徹底的に真相を解明したいわ」「まあ。あなたの裸を確かめれば、一瞬で明らかになることなんですがね」「どうして?」「あなたが、否、失礼。その女と言っときましょう。全裸になりましたからね」「…それを見たっていうの?」「はい。だから、あなたの裸を見せてもらえば、真実はたちどころに解明するって言ってるんです」「馬鹿を言わないでちょうだい。そんなことに応じるわけがないでしょ」
「それにしても、ここは暑いな」「だって、まったく風が通らないもの」「それに、こんな話をしていると目眩がしそうだ」「そうね。気が変になりそうだわ」
原発の女 1️⃣