写真家

ACT0

「ここはもういいかな」                  

無限に広がる青空の下で、俺は一人呟いた                 

全てのことを掌握したようなこの青空を見ると              
すべての悩みがどうでもよく思えてくる

昨日、遥か彼方の国にいる編集長に怒られたことも

写真を撮るだけの仕事も楽ではないとしみじみ思う
故郷を離れた時は、使命感にも似た感情を持ち合わせていた             
それが今やこのザマである

(考えても仕方ないか、次行こ)
               

こんな浅い考え方でよく生きてこられたなと思う
            

この町ではあまり収穫も得られなかった
こういった活気のあって、人もそれなりに多い町は、カメラを向けても
平凡な日常しか写らない
                                
平和ボケした世界にはあまりにも当たり前で、正直売れない

そろそろ新しい町に移動しなければ、また編集長の怒鳴り声を聞くことになる


そこで、俺は大きなバックパックからここ一帯の地図を取り出す
                                    

(さて次は、っと...)
              

いままで寄った街や村にはバツの印を打っていた              

この国で印がないのはあと一つ                      
  
                               
(できれば行きたくなかったな)                        
                                 
もう昼だ                               
今からこの町を出て、次の町につく頃には夜になっているだろう

町の外れに停めてあったバイクのカギを外す
せっかく金を貯めて買ったバイクだ、盗られてたまるか、と何重にも掛けたカギがなかなか開かない
                                       
通行人の目線を気にしながら、ようやくカギを開けてバイクにまたがる
                                      
エンジンを掛けて一瞬エンジンが大きく唸り、やがて安定したのをみて、ヘルメットを被った
                                     
兄貴のヘルメットだから少し大きい
                                      
(元気にしてるかなアイツ)
                                      
そんなことを思いながらバイクを発進させた
                                       
兄貴と言っても双子で、アイツも俺と同じくカメラマンをしている
                                      
同じ事務所に所属しているのだが、今は別行動だ
                                      
あの編集長に頼み込んで、どうしても行きたかった国に行ったらしい
俺も付いて行くと言ったのに、なぜか頑なに断られた
編集長も口を告ぐんで教えてくれず、俺をこんなところまで飛ばしやがった

でもまぁ、アイツのことだ元気にやってるだろう

さっきの町をでて、そろそろ一時間くらいか・・・            
(......ずっと一本道だな)
                                   
バイクの単調なエンジン音
そして、ただ前を見つめるだけという動作                                                    
なんだか妙な気分だった
                                    
さっきまでいた町は活気があって、俺の気分も自然と明るかったが
一歩町を出ると地平線まで広がる荒野

その殺風景な場所に虚しく敷かれた、永遠と続きそうな一本のまっすぐな道                                      
時折目を引く建物といえば
客が数年入ってなさそうな古びたガソリンスタンドくらいだ             

なんだか頭がおかしくなりそうで、睡魔もゆっくりと襲ってくる
                                   
(ヤバいな、どこかで休憩するか)
                                   
とはいえ、こんな殺風景な道に休憩できるような所があるだろうか?
俺としては気軽に休めそうな喫茶店が理想的だが              
                                   
(贅沢は言えないよな)

そんな時だった

永遠と続きそうだった一本道の路肩にぼんやりと建物が見えてくる       
                                    
近づくにつれて大きくなっていくその建物は、これまでの古びたガソリンスタンドではないようだ                                
                                      
そして、ついにその建物に到着する                      
                                       
木材で造られた外観は俺の望んだホテルそのもので、この辺には場違いというか、合っていない                                
                                     
だが、そんなことどうでもいい                       
                                      
とりあえず、休める場所があった、と俺は安心した              
                                
客が入っていないのか、はたまた客は皆、徒歩で来ているのか
駐車スペースがなければ車もなかった
              
仕方なくバイクはホテルの横に沿うように停めてヘルメットを外す
それをバイクと共にまたも厳重にロックした

                                
バイクから降りて、積んであった大きなバックパックを背負い、いよいよホテルに入る

ACT1

ホテルと思わしき館のトビラは古く歴史を感じさせるが
意外と立派で、そして重い
                                
グッと力を入れて開けると、まず壁の一辺に一つのドアが見える      
                                  
入る前は二階建てのようだったが、一階しかないようだ

見渡してもドアは一つしかない
                                    
                                 
「ようやく来たか。予定より遅かったな」      
                                  
不意に声が聞こえて、俺の体がビクリ、と反応した
                            
俺がキョロキョロと辺りを見渡していると             
                                                          
「随分と失礼なやつだな、貴様は。ここだ。ここ」         
                                
またも声が聞こえて分かる                    
                             
声の持ち主は俺の斜め下にたのだ                 
                            
「全く、せっかくこの私があれこれしてやろうと思っていたのに。貴様というやつは」
                             
白いワンピースを着た幼い声の幼い少女は不機嫌そうに、長く垂らした茶色い髪
をいじっている                         
                                
(子供? 変な話し方だな)
                                  
「何か言ったか?」                       
                                  
俺の心を読んだかのように、幼い少女が大きな目を細めて言った
         
「お嬢ちゃん。一人かい?」

ここは大人の対応をしなければな

「お嬢ちゃん? 言葉に気をつけろ」

俺の片方の眉毛が無意識にピクッと動いた
黙っていれば天使にすら見えるが、小生意気な子供だ
                             
「まぁいい。一応確認するが、アレックス・クローチェだな?」

幼い少女の口から、紛れもない俺の名前が発せられた
                                
一瞬時間が止まったように思えて、その間にさまざまなことが頭を駆け巡った
                                   
ここはホテルなのか? この少女は誰で、なぜ俺の名前を知っている?
                             
すべてがあまりにも突然で、まともな反応ができない
                           
「ハハハ、言葉も出ないか。まぁ、確かに見ず知らずの人間に名前を言い当てられたら、驚くのも無理はない」
                              
「一体どういう・・・」
                                
ようやく俺の口から言葉がでかかるが

「とりあえず付いて来こい。話はそれからだ。あとそのデカイ荷物はそこらに置
いとけ」
                                  
幼い少女の言葉で断ちきられる
                                  
少女は俺に背を向けてスタスタと一つしかないドアの前に立ち、俺を見る
                                    
「なにをしている。早く来い」
                                 
まだ頭の整理が付かない俺は、小生意気な幼い少女に従うしかなかった

「一つ訊いていいか?」

ドアの前に立つころには、俺の頭も落ち着きを取り戻したようで、状況を分析しつつあった
                                
「一つだけだぞ」
                               
「ここはホテルじゃないんだな?」
                              
言いながら見下ろす形で幼い少女を見る
                               
「もう分かってるだう?」
                             
上目遣いに少女が俺をみる
                                   
この幼い少女がただの子供ではないことはわかるが、この姿を見ると本当にただの子供にしかみえない
                                 
少女と大きな瞳と目が合って、俺はなにくわぬ顔で目を逸らした
                                   
「何にせよ開けてみろ、そうすれば貴様の知りたいことが分かる」
                                    
少女の理解不能な言葉を深く考えなかった
考えても何の解決にもならない、そう思ったからだ
                                  
少女の言う通りにドアノブを握る

「痛っ」

ドアノブを握った瞬間だった
手に痺れるような痛みが走り、即座にドアノブから手を離す
                                      
幼い少女は俺が痛がっている様子を見て、意地の悪い老婆のように笑う
                                    
「分かってたのか」                       
                                
「さぁて、どうかな? 安心しろ、二度はない」
                                
俺は短くため息を吐き、半信半疑で再びドアノブを握ったが
この小生意気な少女の言うとおり、二度はなかった

少しホッとする
                               
「二度はないと言ったろう?」
                                    
(要らぬ一言を......)
                                     
俺は出掛けた文句を呑み込み、ついにドアを開ける
ドアは軋み、何かに引っかかるような抵抗を手に感じる
まるで、開けられるのを拒むように

完全に扉を開けて、俺はその光景に絶句する
                                    
そして、何かが始まった、と同時に思う
                                   
                                  
「ようこそ、記憶の部屋へ」

驚く俺に、幼い少女が静かに言った

ACT2

「こ、この部屋は……」

ドアを開けて俺は固まった

左右の壁に無造作に飾られた何かの写真
部屋の中心に寂しく置かれた小さなイス
奥の壁に背を向けて置かれた大きな机と、大きなイス

何よりも圧倒的だったのは机の左右に立つ銅像
どちらも人の形をしているが、何の銅像なのか全く分からない

開いた口が塞がらないとは、まさにこのことだ

「ぼさっと立ってないで、とっとと入れ」
いつの間にか入っていた幼い少女
少女はこの部屋を見て、何やらニヤケている

「あ、ああ」
俺はというと、目の当たりにした異様な光景をまだ処理しきれていなかった

ようやく一歩を踏み出し、部屋に入る

「そこのイスに座れ」
辺りをキョロキョロとしながら、中心に置かれた小さいイスに座る

「どうだこの部屋は? 気に入ったか?」

「気に入るもなにも――」
否定的なこと言いかけたとき、無造作に飾られた写真フレームの一枚が目に止まった

「この写真・・・俺じゃないか!?」
そのフレームに収まっていた写真には、俺と兄貴が写っていた


「この写真は兄貴と国を出る前に撮った写真だ! 世界に二枚しかない!」

「よっこらせっと」

写真に指を指し、もはや我を失っていた俺に対して、少女はゆっくり、と大きなイスに座る

「そう怒鳴るな。大人気ない。少し落ち着いたらどうだ」

「落ち着いていられるか! よく見たら全部俺が撮った写真じゃないか! ふざけやがって、俺は休憩しにきただけ――」
「運命に従え、小僧!」
俺の言葉をスッパリと少女が遮った

普通の少女がこんな可愛らしい声で、こんな台詞を大声で怒鳴っても何とも思わないだろう

だがこの少女は違う
俺を睨む目は少女の目ではない
まるで蛇のような鋭い目だった

「いいか! 貴様がここに来たのは必然という名の運命だ! その写真がそこにあるのも必然。貴様がそのイスに座って我の話しを聞くのも必然だ」

少女の余りにも凄い迫力に圧されっぱなしだった

「今一度言う。座れ」
少女の眼光は鋭く、鳥肌が立つ

俺は力が抜けたようにイスに座る

「人間ってのは感情的な生き物だな。今我が何か言っても右から左だろう? 少し時間をやる」
少女は言って、体格に合わない大きなイスに偉そうにもたれた

「・・・」

俺は頭の整理で精一杯で、ただ床を見ていることしか出来ないでいた

数分(俺にはそう思えた)の時間を経て、頭も冴えてきた俺はようやく口を開く

「お前は何なんだ」

今までの突発的で理解不能な流れの中でも、俺が確実に言える事だった

顔を挙げた俺に少女はさげすむようにニヤリと笑う

「我は天の使い。イリアだ」

また訳の分からんことを

「天の使い? そんな馬鹿げた言葉で今までの説明をつけるのか?」
サラリと言う少女に鋭く聞き返す

「我が言っていることは本当だ、と我は言う。だが、それを本当だと証明できる物もない」
微笑をうかべた少女の妙にハッキリとした答えに口篭る

(何なんだよ一体・・・)
もはやそれしか思えない

「まぁ、今は信じる必要はない。落ち着いた様だし、改めて我の名はイリアだ。貴様を担当することになった。これから――」
「担当?」
「黙れ」

俺に質問は許されないようだ

「――これから一度だけ貴様がここにいる理由を説明する」
俺の疑問をよそにイリアは話始める

腕を組んで偉そうにする姿は可愛らしく思えるが
蓋を開ければ性格の捻くれた老婆だ

「貴様は、我が言う運命を素直に聞き入れるだけでいい」
「運命?」
「黙れ。二度言わせるな」

・・・

「この部屋では我が全てを掌握し、貴様を導く。ここに入る前に部屋が貴様の記憶を読み取った」

(ドアノブのことか)

「この部屋はその記憶で飾られている。貴様にとって一番身近な写真が影響しているようだな」
普通の思考だったら納得できないが、イリアが天の使いだとしたら、きっと何でもありだ

「そんなとこだな。なにか質問があれば言ってみろ」

俺は頭にある山積みの疑問の中から一つ選ぶ

「これから起こる運命ってのは?」
「それは教えることはできない。ただ、その運命は貴様にとって、人生を大きく変えるということは確かだ」

肝心なことは教えてくれないか

「他は?」
「山ほどあるが、どうせ教えてくれないんだろう?」

俺の言葉を聞いて、意地悪に微笑むイリア

「ご明察」

俺は深く溜め息を吐く
(天使ってのはみんなこうなのか……?)

「そんなに深く溜め息を吐くと幸せが逃げるぞ?」

「ん? 天の使いは溜め息が嫌いなのか?」
一瞬イリアは目を丸くして固まり、その後子供のように(みたままだが)笑った

「貴様ら人間がどう思ってるかは知らないが、我らは人間の幸せをどうこうすることは出来んよ。できるのは死の使いだけだ」

「死の使い? 死神までいるのか!?」
「天の使いがいるのだから、不思議じゃないだろう?」
さらっと答えるイリア

彼女が天使というのも半信半疑だというのに、今度は死神まで存在すると言う

「信じがたいな……」

ただ一言呟く

「さて、死の使いは今はどうでもいい」

言ってイリアは、机の上にどこからともなく紙を出す
「信じるも信じないのも貴様次第。だが我は事実だと言っておこう」

今度はメガネを取り出して掛ける
「ところで、この銅像はなんだ? 貴様の記憶で現れたんだ、知ってるだろう?」

銅像を下から上に見るイリア

「どこかで見た覚えがあるんだけどな。思い出せない」

「ふーん。まぁ、ここにあるってことは貴様に深く関わってる、ということだからな。いずれ思い出す」

「さて・・・」

イリアは紙を眺めて、何やら頷いている

「なにを見ているんだ?」

俺が言うと、イリアは意地悪に微笑む
「さ〜て、何だろうな?」

(俺が優しい人でよかったな)

つくづくそう思う

「知りたいか? ん?」

「・・・教えてくれるのか?」
俺は息を吐くように言う

「ふふふ・・・本当は出来ないがな。特別だ」

(特別ね。こりゃ、どうも)
喉まで出かけた嫌味を呑み込んだ

「この紙には貴様の今日までの人生が簡潔に書かれている。貴様が忘れていることも全てな」

俺はイリアが言ったことをすんなりと、聞き入れることができた
ここに来てから不可思議なことばかりで、感覚が鈍くなっているのかもしれない

「プライバシーなんてものはないんだな」
俺は鼻で笑う

「我の前にいる時点でな」
また意味深な事を言ってくれる

「俺の考えが分かるとでも?」

それを聞いてイリアは意地悪に笑う

「さて、雑談はここまでだ」

イリアは、手元の数枚束ねられた紙に目を通したようで、それを机に放った

「この資料を見ると、貴様はなかなか悲しい人生を送っているようだな」
イリアは黒縁の眼鏡を外して机に置く

(全部書いてあるんだな……)

「そんなに険しい顔をするな」
俺はイリアに心を読まれている気がして目をそらす

「……俺の過去は……人に話せるような物じゃない」

「だが、その『時』までまだ時間がたっぷりとあるからな。話せ」
「……余興で話せ、と?」

俺は精一杯の悪意を込めて、イリアを鋭く睨んだ

写真家

写真家

写真は現実を切り取る 俺はその現実を世界に広めたい

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-04-04

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著作権法内での利用のみを許可します。

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  2. ACT1
  3. ACT2