時を超えて

ロードガイア龍太郎

  1. 記憶
  2. 走馬灯
  3. ラスト 時を超えて

記憶

時を超えて

まだ見ぬ世界へ

 平成29年3月
田中由美21歳。熊本大学付属看護大学3年生。由美は市街地から少し離れた実家に弟、妹、両親とお婆ちゃんと住んでいる。
「由美。ビール」
「あっそうか。門限21時だったね」
「今日は、OK」
由美と三日後に熊本県の南部に位置する精神病院での実習を控えた三人での飲み会で、熊本市の繁華街にある居酒屋権吉に集まる事に。由美達3人は作業療法士を目指している。精神疾患については、さわり程度の知識しかなかった。由美はミカン農家の娘である。門限21時はやがて60になる婆さんのしつけである。由美は文句を言う事はなかった。由美の家系は、お婆ちゃんを始め。お母さんも二十歳で結婚して子供を授かっていた。由美の両親は健在だが、同居しているお婆ちゃんは結婚してすぐお爺ちゃんは他界していると聞いていた。何でも、ガンで亡くなったそうである。
 熊本の街もだいぶ熊本地震から復興が進んでいる。幸いにも由美の実家はあまり被害はなかった。精神病院って怖いイメージがある。隣接する熊大病院の精神科外来は、建物の隅っこにあると聞いた。敷地内を歩くとなんか精神科病連に近付くにつれヒンヤリとして寒くなって来る。
 しかし居酒屋での話題は。イケメンでシンガーソングライターやってる川口先輩のあーだコーダ。川口先輩は看護生ではない。熊大の法学部の4年生であり。彼は盲目のピアニストである。

   盲目のピアニスト

 熊大法学部4年生。川口学。彼は少し知的な障害があった。幼い頃から母の教えでピアノを習ったが。高校3年の時に。福岡での長渕剛のライブを見て感動した。自分の思いを歌で表現する彼に魅力を感じ。彼はフォークギターでの演奏も得意である。
 由美は、隣に隣接する熊大にいる川口先輩に少しばかり恋をしていた。飲み会が終わり実家にタクシーで帰り着いたのはもう深夜を過ぎている。今日も川口先輩の夢を見ながら就寝するのであった。
 二日目の朝を迎えた。いよいよ今日は実習先の精神科病院での実習が待っている。由美は午前6時に起床した。まだいつもより1時間早い。実習先までは父親の車での送迎。由美は車の運転免許は習得したばかりで、交通事故を心配した父は会社の出勤前に送っていく事に。実家はミカン農家であるが、祖母たちがまだ元気でやっている。
 1時間早く着いた。病院は最近立て直ししたらしく。近代的な作りの外観にびっくりした。「えっ」これが精神病院かと。
 どこからか奇声が聞こえてくる。精神病院には身体拘束する隔離室と言う所がある。現在でもインドネシアに行くと。まるで檻の中の動物園の様な部屋が実在すると言う。出勤の時間になり女性3人の実習生が揃った。3人は事務所に寄り手続きをすると、デイケア室と言う部屋での2週間の研修計画を渡され部屋に向かった。すると患者さんたちが集まって来て色々と質問をして来る。9時になると精神科医がやって来ての軽い診察が始まる。
 相馬龍太郎は順番を待ち椅子に座っている。その横に田中由美がやって来た。龍太郎はその顔立ちを拝見して。若い頃に結婚の約束をした康子に似ている。思わず思い出して、ひとり笑みをこぼした。すると由美がニコッと笑みを返した。龍太郎は軽く挨拶をしたが、それ以上の言葉を発する事はなかった。
 相馬龍太郎はやがて還暦を迎える。40年に渡る長期精神病院内の敷地で生活していた。しかし、そんな風貌を感じさせない雰囲気に満ちた身体をしている。由美の目にはそう感じたのである。
 由美達は午前中のプログラム。書道に参加した。みんな筆が達者なのには驚いた様子である。そこへひとりの利用者さんが駆け寄ってきた。
 「今日は午後から体育館でシンガーソングライターのミニライブがあるよ」とチラシを見せてくれた。それを見た由美は思わず「えっ」と叫んでしまった。
 「川口学のミニコンサートであった」由美の身体が震えた。今までに味わった事のないような衝撃である。「実習生さんどうかしました」声を掛けたのは相馬龍太郎である。龍太郎は書道には参加せずに周りにあるソファに横になっている。由美は「すみません」と言って隣に座り横になった。龍太郎は重たい口を開いた。
「実習生さん名前は」
「田中由美です。大学3年生です」
「私はもう40年間。この病院にお世話になっています」
「あなたの顔に見覚えがあるんです」
龍太郎の脳裏には淡い過去の想い出が浮かんでくる。
「奥さんですか」
「結婚するはずだった」由美は思わず。川口先輩の事を浮かべて、年甲斐のない妄想にかられ。思わず「私も、どこか町で逢った気がしました」二人はお互い瞳を見つめて苦笑いをした。
「書道やらないんですか」
「字を書くのが苦手で。音楽を聴くのは好きです」
「何を聴くんですか」
「最近は、三代目なんて聴いてます」すると由美が「私も好きです。結構。ノリノリじゃないですか」龍太郎は照れたように苦笑いをして見せるのである。龍太郎は珍しく言葉がポンポンと弾んでくる。すると由美が「誰が好きですか」龍太郎は「今市の看板野郎が好きだ」と答えた。時計を見るとお昼近くになっている。由美は午後のプログラム。川口学のミニライブに同行出来るらしい。

     ミニライブ

 「一緒に行きませんか」声を龍太郎に掛けてきたのは由美であった。由美は質問した。「相馬さんはどんな人なんですか」龍太郎はボソボソと語りだした。「初めて精神病院と出逢ったのは18歳の頃だった。九州から東京へ上京してきて病気になって入院になり。両親も兄弟もなく親戚にも見放されて。とうとう退院することが出来なくなった。退院してグループホームでの生活になり2年目かな。全く人との会話は拒んだ。ひとりで毎日。読書にあけくれたよ」龍太郎は口が精神薬の副作用で乾くとちょっとろれつが回らくなるがなんとか言葉を続けた。
「由美ちゃんはどんな感じの女性」
「私。古風なんですよ」
 川口学のミニライブ会場は病院の隅っこに位置している体育館である。龍太郎と由美は次第に打ち解けていった。
「やあ」声を掛けてきたのは入院歴50年の森山さんである。毎日将棋ばかりやっている。手には駒を打つ手に大きな豆の跡が付いていて固くなっている。
「森山さん。退院しないのか」
「もう死ぬまでここでご臨終だよ」と笑顔で答える二人に安堵感を覚えた由美である。
森山さんが「ところで、学生さん。彼氏は」
「いませんよ」
「そうか」
由美は顔を赤らめて「私。川口学のミニライブと聞いてビックリしました。私、ファンのひとりなんです」その会話を聞いた。入院歴5年の今田君25歳が「今から、楽屋に連れて行くよ」今田君は幻聴がひどくたまに大きな声で幻聴さんとお話をする病院内では有名人である。彼は今日は、ミニライブの前座でカラオケを披露する。そこで、川口学と打ち合わせが待っていた。由美はこれも勉強だと遠慮せずに楽屋に連れて行ってもらった。
 楽屋には数人の職員がいた。奥の方からやって来たのは川口学であった。福山雅治似のイケメンである。由美は「おはようございます」と声を掛けた。学はかすかに顔が見えるらしい。由美の顔を見て「おはよう」と返した。隣には母親らしき人がいる。
「学。よく、ライブに来てくれてるお嬢さんよ」
母親は、由美の顔を知っている。由美は感動に酔いしれた。これが。由美が川口学と初めて交わした言葉である。
 ライブは始まり。今田君のカラオケ。年齢に似合わずに披露した歌はアリスの冬の稲妻である。彼は熱唱した。入院中に鍛えた喉を歌い終え。観客の中に消えていった。
 ライブが終わり。椅子から腰を起こそうとした時に由美の側に学のお母さんがやって来た。「これ、次のライブのチケットです」と前売り券を渡した。その光景を見ていた龍太郎は。そっと声を掛けた。
「よかったね」
 
       記憶

 精神病院のデイケアは普通は午前の部と午後の部があり通院の人達が通う。そして家に帰っても夕ご飯が食べれないとかグループホームに住んでる人達には、ナイトケアなるものが存在する。ナイトケアの今日のプログラムは買い物訓練である。病院から送迎バスに乗り込み近くのスーパーで買い物するのだ。
「買い物行かないのですか」由美は一人でいる龍太郎に声を掛けた。
「昨日、グループホームで買い物したから」デイケア室には数人の買い物に行かない人達がソファでくつろいでいる。由美達は、利用者さんと仲良くなるチャンスと職員に教えられ部屋を伺っている。由美は誰に話しかけたらいいものか迷っているとそこへ前座でカラオケを披露した今田君がやって来た。
「トランプやろうよ」数人が集まって来た。トランプをやりながら殆どの利用者さんはあまり喋ろうとはしない。でも一般の社会とさほどの違和感は感じない由美である。そこへ初老の男性がやって来て由美達3人の間に入り語りだした。
 「みんな居場所がないんだよ。働きたくても雇ってくれる仕事はない。家に帰れば誰も話し相手がいずにひとりぼっち。寂しくて。デイケアでは笑っていてもねえ」すると初老の女性が「そんなこと。話なすな」と叱った。その光景を見ていた相馬龍太郎は冴えない表情をいっそう冴えない顔になり。頭に社会的入院の4文字が浮かんだ。
 由美は朝から気になる男女がいた。この日いつも一緒にいるみたいなのだ。自分から近付いて行った。
「こんにちは」するとすぐ返事が返ってきた。
「夫婦ですか」
「嫌、友達。もう15年間一緒にいる。不思議な関係」
どうみたって、カップルみたいに見える由美であった。今日は一日何事もなく終わろうとしている。ただひとつ気になる川口先輩。実習生達は17時になり病院を後にする。夕食の時間は18時からである。それまで自由時間。そこへ職員のひとりが龍太郎の所へやって来た。
「相馬さん。あしたから実習生。田中由美さんに研修が終わるまで色々。自分の人生経験等を彼女に語って下さい。お願いします」龍太郎は一つ返事で引き受けた。
 毎日。デイケアに通ってボーっと過ごし。ご飯を食べホームに帰る。病院に入院してる時と変わらない。ただ一つ変わってる日常は就寝前にこっそり飲む一杯のビールであった。グループホームの職員も見て見ぬふりしてくれる。社会的入院40年の重みである。
 朝からグループホームのロビーが慌ただしい。朝早く起きてきた連中はテレビにかじりついていた。今朝のニュースである。精神疾患のある息子を25年間も檻の中に監禁してたらしい。龍太郎の胸の内は檻の中も精神科も変わりゃしない。発病した時は、自分の意志で退院する事は不可能であった。長い間。3畳程の部屋に便器が1つあるだけの部屋。隔離室に身体拘束されていた。檻の中から出てくるのは。朝、昼、夕、就寝前の煙草を吸う、4度だけである。隔離室から閉鎖病棟に移ったときは。この時代はお茶も自由に飲めないし。ましてや大好物だった珈琲は厳禁であった。身寄りのない龍太郎は差し入れもない。おやつの時間にはじっと周りのみんなが美味しそうに食べてる姿を見てるだけ。外出も外泊も出来ない状態。やっと病院の外へ外出できたのは24歳の入院して3年目の出来事だった。龍太郎の唯一の楽しみは読書だった。院内図書館にある本は全て読破した。作家を夢見ていたが入院してから執筆に触れる事は1度もなかった。精神病院にいた40年間は龍太郎にとって全てが空しく、無意味で、苦々しい時間である。失われた40年間は戻ってこない。過去の妄想に酔いしれていると職員の後藤真美ケースワーカーがやって来た。
「来週。アパート探しに行きましょうね」
 田中由美の家で一番最初に目を覚まして起きてくるのは同居しているお婆ちゃんと言ってもまだ60になる年齢である。しかしこの日はお婆ちゃんよりも早く起きてきた由美であった。
「研修はいかがなものかい」由美は昨日の一日をお婆ちゃんに話して聞かせた。
「社会的入院50年の人がいるのかい」お婆ちゃんはびっくりしていたが。お婆ちゃんの脳裏に40年前の出来事が浮かんで来た。あの日。一夜を共にした男の間に出来たのが由美のお母さんであった。あの人は翌日から消息不明になり。あらゆる場所を探したが手掛かりを得る事はなく40年が過ぎた。
 「婆ちゃんどうしたの涙ながして」
「嫌、ごめんよ」
「爺ちゃんの事を考えていた」
「爺ちゃんはガンで亡くなったんだよね」お婆ちゃんは
「そうだねと」と返した。その後爺ちゃんの話題に触れる事はなかった。

走馬灯

走馬灯

 二日目、三日目とカレンダーはめくれるが精神科のデイケアに来てみた3人はお互い。精神病院ってこんなのって感じを浮かべていた。龍太郎は3日間風邪をこじらせてデイケアを休んでいる。1週間が過ぎ龍太郎はこの日久しぶりにデイケアにやって来た。今日は三井グリーンランドへの日帰り旅行である。むろん田中由美も同行する事になる。由美に色々人生経験を語ってくれと頼まれた龍太郎はどう由美と接したらいいか、何を喋ればいいか苦悩している。職員の配慮で行きと帰りの車中に龍太郎の助手席に由美を座らせる。
 龍太郎はデイケアにやって来るといつも冴えない表情でボーっとして一日を過ごしている。由美は龍太郎に話しかけてきた。
「今日はいつもと服装が違いますね」その時、由美の手が龍太郎の手に触れた。その時。龍太郎の身体は震えた。得体の知れない衝動に満ちた感覚である。額からは汗が「ドドッと流れ落ちてくる。由美は龍太郎にハンカチで流れ出る汗を拭いた。そのハンカチは女性らしい可愛い模様のハンカチである。龍太郎はそのハンカチのぬくもりが、一日中身体に余韻が残っている状態であった。
 三井グリーンランドに着くと、由美は龍太郎の手を握りジェットコースターへと向かった。還暦が近い龍太郎を捕まえて。由美は突然単独行動をやったのである。あまりに冴えない表情になんとかしないとという由美の思惑である。由美は行動力があり活発な性格である。龍太郎は。「それはいいよ」と抵抗したが、由美は切符を買い。ジェットコースターに二人で飛び乗った。反逆行動である。龍太郎は座席に着くと。昭和の第2次世界大戦の日本の特効隊に似た心境に陥った。その時。昔。片桐康子と一緒に行った。富士山の麓にある富士急ハイランドでの記憶が浮かんできた。この日が2度目のジェットコースターである。片桐康子は抵抗する龍太郎の手を握り強引にジェットコースターに飛び乗った。そして降りた瞬間に言いようのない、衝動感に身体全体。足からつま先までまるで神経がマヒしたような感覚に全身が覆われた。そして、コースターが頂上に向かって動き出した。龍太郎は目を力いっぱいにつむった。そして、上下左右に身体が動かされ、今にも座席から飛んでいきそうな感覚。コースターはあの頃とは全然恐怖感が違う。さらに威力が増している。そしてジェットコースターを降りた瞬間に龍太郎は恋に堕ちた。身体が「カッカと燃えてくる。そして心臓に血管が揺れてくる。やがて還暦を迎える龍太郎であった。
 帰りのバスはみんな疲れたのかぐっすり眠っている。このバスには主任の中林看護師と由美は同じ席である。
「田中さん、30分程何処へ行ってたの」
「相馬さんが具合が悪いと言ったので、ちょっと休ませていました」中林看護師はそれ以上問い詰めようとはしなかった。由美が龍太郎を見ると大きないびきをかいて熟睡している。由美もだんだん深い眠りに入っていった。龍太郎の夢の中には、愛した片桐康子が登場していた。
 昭和53年。九州から早稲田大学文学部への進学で東京へ上京してきた。上京する3か月前に両親は交通事故で他界した。大学への進学をあきらめようとしたが、当時新聞配達をしていた龍太郎は奨学金のある新聞奨学生があると聞き住み込みで働く決意をあらわにして決めた。
 毎朝新聞販売店は東京都板橋区滝野川にあった。夜行列車で東京駅に着いたのはお昼の12時である。龍太郎はお腹が減った。腹の虫がグーグーと泣いている。山手線に乗り池袋駅に着き。ホームへ降り立つと。西武デパートと東武デパートがホームを挟んで位置している。龍太郎は迷わず何故か西武デパートに足が向いた。7階に上がり腹の虫が泣くのを我慢できない。真っ先に入ったのは、とんかつ屋であった。昼時という事もあり店内は満杯である。外で様子を伺っていると店員さんが寄って来た。
「学生さん。相席でいいですか」
「ええ」
店員が差した席には若い女性が座っていた。龍太郎の鼓動がゴクゴクと唸る振動が頭に響いてくる。
すると女性は軽く挨拶を交わした。龍太郎はドギマギ。何か喋らないといけないと。頭では考えるものの口に出てこない。すると、
「タバコ吸うの」
「いや」女性は言葉を続けた。
「イギリスに行って来た帰りなの。これ、イギリスのタバコ。受け取ってプレゼントするわ」龍太郎は震える手で受け取った。龍太郎はポケットから太宰府のキーホルダーを出して。女性に渡した。
「これ、受け取って下さい」
龍太郎は早稲田大学の受験に受かるように福岡県の太宰府に家族と言って買ってきたものであった。龍太郎は両親の形見として大事にしていた。
「俺。相馬龍太郎」
「私は片桐康子」二人は赤い糸で結ばれていたのかもしれない出逢いであった。
「これから、富士急ハイランドに行きません」
「ハイ」龍太郎はお昼の15時に販売店到着と毎朝新聞の店長にハガキを出したのを忘れていた。二人は片桐康子の運転する車で翌日静岡県にある富士急ハイランドに到着した。そして。ジェットコースターに乗り込んだのである。帰りは夜の横浜にある山下公園に立ち寄った。そしてホテルで一夜を共にした。朝、片桐康子が目を覚ますと相馬龍太郎はいなかった。
 龍太郎は夜の東京をさまよい続けた。龍太郎は感情のコントロールが頂点に達して、精神に異常をきたしたのだ。そして、山手線の品川駅でホームから電車に飛び込んだ。大勢の鉄道警察官がやって来て、かろうじて龍太郎の身体に接触する手前で電車は急ブレーキをかけて停止したために命に別状はなかった。しかし、龍太郎は身分を証明するものは何一つなかった。精神病院に担ぎ込まれて医療保護入院となる。それから、40年間。シャバで生活する事はなかった。

ラスト 時を超えて


    鼻血ブー

 とうとう田中由美の研修も終了となる。この日は朝から龍太郎の姿はなかった。龍太郎は部屋で小説を書いていた。その小説のストーリーは見出し「走馬灯で完結した」
 小説を書き終えた。時間を忘れていた龍太郎は時計を覗くとお昼を回っている。急いで、洒落た服に着替え。デイケア室に向かった。まだ由美達は最後の実習で研修生の企画したプログラムを披露していた・龍太郎は最後の実習に間に合った。龍太郎の顔を見た由美は安堵した。
 由美達が企画したのは。ちぎり絵を貼った灯篭作りである。龍太郎も参加した。ぎこちない手で完成させる。プログラムが終了すると。龍太郎は由美達を見送った。そして龍太郎は記念に。徹夜で書いた小説を由美に渡した。由美は、辛い時にあった時の励みにしますと受け取った。
 夕食を済ませた龍太郎は喫煙室のあるベンチシートに座り煙草をプカプカ吸っていると、その視界に由美の姿が。
「どうしたんだい」
「お父さんを待ってるんです」
「じゃ。まだ時間があるね」自販機から珈琲を買って一緒に飲んだ。
「相馬さん。お爺ちゃんみたい」
「私は、お爺ちゃんを知らないんです」
「私は、二度も成人式を迎えてるからね」
「よかったら今度。川口学のライブを見に行きませんか」龍太郎は、「こんなお爺ちゃんでいいのかい」
「いいですよ」
「それじゃ、元気で。今度逢えるのを楽しみにしてるよ」
「おーい誰か」同行した今田君が職員を呼んだ。
「相馬さんが鼻血を出して倒れています。そこへ駆けつけたのは若いワーカー小池さんである。カーテンを開け。アダルトコーナーの扉を開けた。小池さんにとっても初めての世界であった。小池さんの鼻も痛くなり。鼻血を出そうかと寸前になったが。看護師の取手君が応急処置をして小池さんはコーナーから抜け出る事が出来た。
 龍太郎は自慰と言うものはあまり興味がなかった。精神薬のおかげである。性欲が衰退する作用があった。精神薬を服用すると。副作用が両極端に出現するらしいと患者の間では広まっていた。送迎者で横たわっていると小池さんがやって来た。龍太郎は照れ臭そうに笑みをこぼしたのでった。
 そんな出来事があった。退院支援プログラムを終え。ホームに戻った。龍太郎はやがて還暦を迎えるというのに。身体がカッカと燃えてくる。下半身がムズムズしてくる。頭の中には実習生の由美のピチピチした肉体が頭の中で踊り狂う。龍太郎はまだ夕日が沈まないが布団を敷き。潜り込んだ。
「龍太郎は。夢の中で由美を抱いた」

   時を超えて

龍太郎が布団から目を覚ますと下半身が濡れている。夢精があるのは3年に一度あるかないのに龍太郎はひとり笑みをこぼした。今日は実習生でやって来た由美との川口学のライブの日である。龍太郎はカジュアルな服装と思ったがスーツにネクタイをしめた。。スーツを着るのは40年振りの出来事である。グループホームの前でワーカーの小池さんに写真を撮ってもらった。
 「由美。今日はデートかい」
「そう。川口学のライブ」
「帰りはお父さん。迎えに来て」由美は帰りは遅くなるので、父に心配はかけまいと配慮した。そこへ母がやって来た。
「どこにあったのかい」母は大きな温度計を持って来た。一週間前に床の間に置いていた。大きな温度計が行方不明になったのだ。どこを探しても見つからなかったのだ。
「お母さん。どこにあったの」
「動かした家具と壁の間に奇麗に挟まってた」
「そこは何べんも見たのにね」
「今日は、いい事あるよ」
「まかしといて」と言って由美はガッツポーズをして見せた。そこへ婆ちゃんがやって来た。婆ちゃんと言ってもまだ60と若い。婆ちゃんは一緒に行く。精神科病院でお世話になった人物に。不安になった。いくら、年配と言っても男である。
 「相馬さん。ライブ終わったら。迎えに来ますからね」ワーカーの小池さんは、ライブが終わるのはまだ明るいし。久しぶりの龍太郎の外出にOKを出したのである。とは言っても、内心は心配でありライブ会場の近くの喫茶店で待つ事にした。
 「相馬さんまだ時間あるわね」
「ええ」
「相馬さん。田中由美さんに恋したの」
「まさか」龍太郎はワーカーの小池さんにポツポツと語りだした。
「40年前の出来事は鮮明に覚えているんだ。今でも、愛したと言っても付き合ったのは二日間。一夜を共にして気がついたら、精神病院の隔離室にぶち込まれていた」
「相馬さん。全然覚えてないの」
「夢と現実が混ざっていて、今となってはかすかな想い出さ」
龍太郎たちはライブ会場の入り口に一足先に着いた。しばらくすると遠くの方から由美が視界に入った。
「待った。まだ時間あるわね」
「由美ちゃん。川口学に首ったけ」
「どうかな・・・・・」
「相馬さん。私。そんなに愛した人に似ているの」
「もう、40年も昔の出来事だ。曖昧な記憶の中に、でも、あの女性の面影は忘れない」
「そんなものかなあですね」
「私の祖母も相馬さんと同い年です」
「そうか、他界したって言ってたね」
「昨日、婆ちゃんに聞いたの。爺ちゃんの事」
「40年前といや私と同じ頃だ。亡くなったのは」
「お婆ちゃんね。その爺ちゃんとは。運命の赤い糸を感じたんだって。それが。爺ちゃんとは、付き合ったのは。ほんのわずかな時だったんだって。それから先は婆ちゃんは涙が止まらなかった」相馬龍太郎は。自分と同じ世代の由美の祖母に会ってみたくなった。
「お婆ちゃん。ライブが終わったら、迎えに来るよ」龍太郎はまだ見ぬ由美の祖母にトキメキを感じた。やがて川口学のライブが始まった。龍太郎は演奏を聴きながら、昔の出来事を思い浮かべていた。ライブ会場の入り口には。由美の祖母康子が迎えに来ていた。康子は60とは見えない顔立ちである。見る人にとっては40代半ばに見える。康子はパパと呼ぶはずだった。龍太郎。その名を心の中で叫んだ。
「相馬龍太郎」
「由美の婆さんの旧姓は片桐康子」
まだ。婚姻届け等出せる状況ではなかった。なにせ、二日間のお付き合いである。その一夜を共にした夜に。由美のお母さんを授かったのである。
 相馬龍太郎59歳は。由美の婆さん田中康子の顔を見た瞬間に。40年の記憶が猛スピードで加速した。瞬間に。婆さんの口から。
「龍太郎さん。相馬」龍太郎もすぐ反応した。二人は40年の時を超えて再会した。二人は秒速で二十歳の面影に衝突する。
「えっ」それ以上に驚いたのは由美でもある。3人は同時に叫んだ」
「孫」
「もう時間がない。会場に入るよ」婆ちゃんの声が飛んだ。前奏曲が流れてきた。それは、尾崎豊の「I LOVE YOU」から流れてきた。由美は咄嗟のはからいで、二人を最後尾の席に座らせた。周りには誰も座席に座ってる人達はいない。龍太郎が由美の顔を伺うと由美は龍太郎に向けて、ウインクをした。天使のウインク。龍太郎は慣れない手つきで康子の身体を引き寄せた。龍太郎の震える手が康子の鼓動に伝わった。「龍太郎と康子の唇が重なり。曲が終わるまで余韻に酔いしれた。
 

時を超えて

時を超えて

  • 小説
  • 短編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-08-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted