統合失調症

ロードガイア龍太郎

  1. 発病
  2. 精神病
  3. 苦悩
  4. 悲劇
  5. 人格崩壊
  6. 運命の悪戯
  7. 運命のいたずら
  8. 神秘の森
  9. ラスト  必死の帰路

発病

隔離室

「ここはどこだ」
木村克浩は辺りを見回した。
3畳程の板張りの部屋になんと便器がひとつある。
その横に出入り口だろうか、半径20センチ位の鉄の棒が3本立っていてその向こうは廊下になっている。
小窓がひとつ、覗くとまだ暗い今は深夜のようである。
克浩は23年間生きてきたがこんな部屋を見るのは記憶にない。
どこなんだ、克浩は叫んだ
「まさか」
そうここは、名古屋の大森精神病院の隔離室であった。
目の前にドアらしき隙間のある扉がある。
「誰かいるか」
克浩は大声で叫ぶが外からの反応はない。
ドアを叩き蹴飛ばすがやはり反応はない。
1時間程全身の力を振り絞り喚きドアに蹴りを入れるが克浩は力ついてやがて深い眠りについた。
克浩はここまでたどり着いてきた道を走馬灯の様に夢を見ていた。
昭和58年5月
克浩は東京は銀座のど真ん中の医薬品問屋が並ぶ地域で営業見習いとして角田商店に勤務している。
仕事は主に商品を覚えることであった。
今日は土曜日、まだ週休二日などなかった時代である。
会社では銀座にビルを数戸管理していて従業員が交代で宿直してビルの管理をしていた。
「はい」
同僚の神田洋子。
克浩にパンの差し入れを持ってきた。
5月4日
宿直の3日前。
今日は神田洋子の19回目の誕生日である。
「はい、これ」
「何」
「誕生日プレゼント」
「ありがとう」
克浩は会社の終了時間5分前に洋子のいる事務所へやってきて彼女へプレゼントを手渡した。
克浩は胸の中でガッツポーズをした。
「木村さん」
洋子から貰ったパンを食べていると総務課の30歳になるお姉さんに事務所に呼ばれた。
「事務所にネズミが出てしょうがないのよ」
克浩はまさかこんな東京のど真ん中にネズミが出るわけねえよと思ったが、言葉を返したりはしなかった。
「寝てるときは気をつけてね」
「はい」
克浩は素直に受け止めた。
午後八時、ビルの戸締りを確認して寝床についた克浩であった。
「ボーン」
深夜0時の時計の鐘が鳴った。
克浩は突然目が覚めた。
と同時に寝床の横のタンスの上から妙な音が聞こえる。
「ゴソゴソ」
ネズミにしちゃおかしいな。
まさか、
とっさに克浩の脳裏に幽霊という言葉が頭をよぎった。
しかし、急に眠くなりそのまま深い眠りについたのであった。
朝早く目が覚めた克浩はみんなの出勤してくるのを、まだかまだかと待ち遠しかった。
午前七時半になり、一番の仲のよい60歳になる爺さんが出勤してきた。
「倉吉さん」
克浩は倉吉さんの顔が見えた瞬間声をかけた。
「とっさに克浩は意味不明の言葉を口走っていた。
「この会社は幽霊が出るよ」
倉吉は突然の幽霊と言う言葉に喉を詰まらせた。
午前8時
会社のみんながやってきた。
稲垣部長が克浩に声をかけようとした瞬間、克浩の脳裏には部長の表情が変わったことに気付き口をふさいだ。
「どうしたんだ木村君」
克浩は黙っている。
克浩の頭の中では加速的に物事が進んでいた。
被害妄想である。
その日は昼で早退した。
克浩は目黒にある静かな住宅街で一人暮らしをしている。
異常な頭の考えに従うだけ克浩には制御する知能は皆無に近い。
突然スピーカーから流れる音楽のボリュームを最大限にした。
しばらくして1階に住む大家さんがやってきた。
ドアをノックする音と同時に音楽のボリュームを下げ克浩は窓の外を眺めた。
誰かに監視されているといった妄想である。
被害妄想はますます度を強くして激しくなっていく。
そして外は薄暗くなろうとしている最中克浩は外へと飛び出したのであった。
すると今度は神田洋子の声が聞こえてきた。
「次は右よ」
「うんわかった」
「次は、交差点を左に」
克浩は得たいの知れない幻聴に誘導され明け方まで目黒から品川をさ迷っていた。
歩くのに力尽き、一軒家のポストに入っている新聞を読み出した。
30分程たっただろうか、不審に思った住民が警察に知らせ警官が克浩のそばに寄ってきた。
警官は克浩に尋ねた。
「どうしたんだね」
克浩は極度の被害妄想に取りつかれていた。
目の前に教会がありとっさに、
「ここの住民です」
克浩は警官の腕に取り押さえられようとするが必死に抵抗し、やがて両手に
手錠がかけられ警察署へと連行される。
警察署についた克浩は顔写真、指紋ともう悪いことはできないな。
しばらくして稲垣部長が身元引取りにやってきて開放された。
アパートまで送ってもらったがまだ克浩の異常心理には誰も気付いてなかった。
すぐさま眠りについた克浩であったが熟睡できないでいた。
そしてまた外へと出掛けたのであった。
目黒の山手線に乗り上野駅で乗り換えて大宮駅へと向かった。
大宮駅についた克浩はボーっとした表情で壁に描かれていた壁画を眺めている。
そしてまた幻聴に誘導され上野駅方面へと向かう。
幻聴は次第にエスカレートしていった。
上野駅からまた山手線に乗り換え目黒へと向かう。
品川駅に近付こうとした瞬間。
「おまえは不死身だ、スーパーマンだ」
もう克浩の頭には理性はなかった。
電車が品川駅のホームに入ったと同時に、最後部に乗っていた克浩は先頭車両へもう奪取で走りぬけ、ドアが開くと同時に大きな幻聴が聞こえてきた。
「おまえは電車に跳ねられても無事だ」
その瞬間克浩はホームから線路に飛び込んだ。
「キーン」
電車が急ブレーキをかけた。
克浩の1メートル手前で止まった。
すぐさま克浩はホームへ駆け上る。
鉄道警官に取り押さえられ事務所へと連れて行かれる。
「そんなに死にたいか」
警察官が大きな声で怒鳴った。
克浩は小さな声で、
「なに言ってるんだ。死にたいわけないだろ」
と独り言をいった。
やがて稲垣部長が身柄引き取りにやってくる。
克浩は部長からの命令で1週間程自宅療養することになった。
アパートへ帰った克浩はこれまでの疲れを癒すかのように眠り続けた。
そして被害妄想からも逃れた。
頭に想い浮かぶのは幼なじみ浩美である。
しかし、病は次なる手で襲ってきた。


   幼なじみ

「かっちゃん、初恋って誰、わたし」
「そうかもしれないな家は近くだけども、浩美を意識したのは中学生の時かな」
克浩と浩美は中学一年の時に同じクラスメートになった。
浩美は頭もよく学級委員だった。
「かっちゃんって中学の時はおとなしくて、無口よく、あの背の高いのと悪がきにいじめられてたね」
中学校の3年間、ずっと同じクラス。
そして、あの背の高い野郎とも。
運動会のフォークダンスの時は、浩美が近付いてくると克浩は、ドキドキと心臓がなっていた。
「浩美がバレー部だったから、俺もバレー部に入部したんだぜ」
「うそ」
克浩は最初は柔道部に入部したのであった。
「柔道部だったら、いじめに合わなかったかもね」
しかし一日でやめた。
浩美はレギュラーで、克浩は2年間在籍したが2年の時は籍だけ置いていた。
「かっちゃんは今でもサーブは下からじゃないと打てないのよね。私、かっちゃんの事好きだったのよ」
「いじめられてた俺をか、嘘だよ」
「本当よ」
「俺は浩美は手の届かない感じだったな、でも、中学2年の時に浩美と同じ高校に行きたくて勉強したんだぜ、しかし、英語だけがどうにもならなかった」
克浩は中学から高校まで英語だけはどうしようもなかった。
どうにか高校受験、国語と社会でなんとか切り抜けた。
「かっちゃんって掃除時間によくいじめられてても、ケロッとしてた。私そこが好きだったのかな。この人はこれから、どんな試練にも耐えていける人だと思ったよ。一度、バレンタインデーの時に、悪がきに、私にお願いしろと言われたのにかっちゃん、好きじゃないと言ったでしょ」
「あまり、あんなのは意識してなかったな、自分から催促するもんじゃなか。しかし、昔から初恋は結ばれないしな」
中学時代は親しくもなかったのだが、克浩は高校へ入学してから、浩美に手紙というかラブレターなるものを書いたのである。
それは、
「親愛なる浩美様、中学3年のクラスメートの住所録を紛失してしまいました。学級委員でもあった浩美様、教えて貰えないでしょうか」
そしたら、浩美が克浩の家まで走ってきたのであった。
それから高校3年間の付き合いとなる。

    神田洋子

アパートで休養をして一週間が過ぎようとしていた。
克浩宛に警察から一通の手紙が届いた。
明後日大学病院で精神病の疑いがあるので検査しますと言う事だった。
精神病、克浩はまさか俺がと思った。
今はどうもないのである。
あの出来事を振り返ってみたがよく理解できない。
ただ、精神病だとしたら運転免許が剥奪されるらしい。
大学病院での検査は心理テストに、先生の質問に答えるものであった。
結果は一週間後である。
それまで会社は休む事にした。
5日程して結果がきた。
異常はなく、免許取り消しにはならないらしい。
翌日会社へ行った。
克浩は社長に呼ばれた。
「君は営業には向いてないから首だ」
克浩は以外にもひとつ返事で納得した。
事務所へ戻ると周りの視線が気になったが、また改めて伺いますと、今日はこれで帰宅することにした。
克浩は就職活動に励んだ。
神田洋子。
克浩は社会人になり東京へ出てきて初めて恋をした。
半年前、同じ中途入社で洋子と同期入社である。
あまり気にはしてなかったが、ある日克浩は好きでたまらなくなっていった。
会社で飲み方があると決まって洋子は、克浩のことを「君、君」と文句ばかり言ってくる。
本当にうるさい女性だなあとしか思っていなかった。
冬のスポーツと言えば、スキーです。
同僚の今田君。
彼は東京大学を目指しているアルバイトの学生と一緒にスキーツアーに参加して行くことになって。
そしたら当日に、神田洋子も一緒に参加することになりました。
バスの中では、相席に行きと帰りに交代で学生の今田君と隣同士の座席に。
この洋子ちゃん、うとうとと居眠りして寄りかかってくる。
克浩は最高の気分であった。
スキーから帰宅して翌日に克浩はどうしようもなく彼女を好きになってしまいました。
その彼女とも永遠にお別れか、克浩はヤケ酒を渋谷で朝方まで呑んで酔い潰れた。

精神病

忍び寄る精神の病

克浩は、郊外にある東村山市135番地にある会社を探していた。
求人案内に載っていた。
電子関係の会社である。
面接を済ませアパートへと帰る。
ポストを見ると手紙が一通来ていた。
銀行からの手紙だ。
中にはカードが入っていた。
覗いてみると、カード番号は「000135番である」
浩美は福祉関係の大学で勉強していて大手商社に内定したらしい。
克浩は、浩美に電話しようかとも思ったが、その手をやめた。
布団の中に入り、浩美の顔が浮かんだが克浩は浩美じゃなく東京を選んだんだ。
もう、電話はしないと心の中に決めた。
「採否決定まで一週間か、それまで暇だなあ」
克浩は、暇つぶしにパチンコ店へと足を運んだ。
ふと、頭の中に浮かんだ。
「最近、135番と言う数字によく遭遇するな」
克浩は、135番に座ることにした。
気のせいか、克浩は一万円やられて帰る事にした。
克浩は、明日、博が秋田に帰ると言うので、待ち合わせて一杯やることにした。
タクシーを呼び止めた。
ふと、ナンバーを見ると、1350である。
おやっと思いながら、その日はいい気分で部屋へと帰った。
翌朝、やや二日酔いで目を覚ました。
背広のポケットから昨日のスナックの名刺が入っていた。
よく見ると、
「浩美」
と書いてある。
克浩は偶然もあるもんだなあと感じた。
今日は、月末でもあるしアパートの大家さんに家賃でも払いにいくか。
「トントン、大家さん」
いつもは、仕事のせいで夜中に家賃を払うが今日は奥さんがいないみたいで、ばあちゃんが出て来た。
克浩は、こないだの件を謝った。
ばあちゃんが娘を呼んだ。
「浩美」
克浩は、ドキッとして背筋に寒さを感じた。
いくら偶然とは言っても、最近変な偶然が多いなあ。
俺、なんか、おかしいかなあと、一人でつぶやいた。
そろそろ結果がくるかもな。
今日は、東京での最後の思い出にと博と野球を見ることにした。
克浩はチケットを買いに窓口へと向かった。
「何番の席になさいますか」
「内野席の、135番」
克浩は思わず口走っていた。
戻ってきた克浩の顔を見た博は、
「大丈夫か、顔が真っ青だよ」
「最近、疲れているのかなあ」
克浩は博に、
「最近変な偶然があってね。俺、疲れているのかなあ」
博は、
「首や転職やらで疲れているんだよ」
「そうかなあ」
と克浩は納得したのであった。
「木村さん、速達だよ」
「はい」
会社からの手紙であった。
克浩は採用になったようである。
中身を読むと採用と書かれていた。
入社までは、あと五日後の月曜日からである。
その間に克浩は東村山市に引越しをした。
手紙の住所を見たら、あたりまえだけども、東村山市135番地と書かれている。
まさか、人事の人の名は、正一と書かれていた。
克浩は気晴らしに音楽でも聴こうとレンタル屋に行った。
「会員証の有効期限が切れています。再度手続きをしますので住所と名前を書いて下さい」
「おやっ」
克浩は、住所の番地を、135番地、名前を浩美と書いていた。
「すいません、間違えました」
疲れているのかなあ、なんか、悪魔でも憑依されてるみたいだ。
今日は、初出勤である。
少し余裕をもって会社へと足を運んだ。
「おはようございます」
「じゃ、木村さん、ロッカー、135番を使って」
「えっ」

    頭の中の錯乱

克浩は頭の中が錯乱した。
同時に会社を飛び出して行った。
バス停で、克浩は乱れた動揺を落ち着かせようとした。
バスが、運よくすぐやってきたので飛び乗った。
座席中央に乗った。
しばらくして、座席前方に座っている女性の客に目をやると、浩美に似ている。
しかし、克浩は、ボーっとしていて、ボーっとしている目の錯覚にも見えた。
意識はもうろうとしている。
まるで酒に酔っている感じである。
駆け足でアパートに戻り鍵を閉めた。
しばらくして、会社から大家さんに電話があって、扉を叩く音がした。
しかし、じっとしている状態であった。
克浩は神にもすがる思いで、去年亡くなったおばあちゃんの手紙を、テーブルに立てかけて、お茶を一杯汲み飾った。
そして布団にもぐる事にした。
しかし、なかなか寝付けない。
克浩は音楽でも聴こうと、ステレオのスイッチを入れた。
克浩が我に戻ることはなかった.
なかなか寝付けない。
その内に深い眠りに入った。
目を覚ますと深夜一時である。
ステレオの音はそのままはいっている状態で深夜番組が流れていた。
ラジオに耳を傾けていると、DJが妙な不自然な言葉を走らせた。
「あの世から、なーんてね」
ぼーとしていた克浩の頭に動揺が走った。
克浩は、スーツを着て作業着をその上に着込み、不自然な格好で部屋を出て行った。
気のおもむくままに、電車に乗った。どこへ行くのだろうか。何かに誘導されるように山の手線に乗り宇都宮方面に向かった。
財布を覗くと金が一銭もはいっていない。昨日から何も食べていないが空腹は感じないでいる。いつの間にか京浜東北線に乗っていた。
知らない駅で克浩は降りた。切符を持っていない克浩。ホームの端に行き駆け足で金網を駆け上り住宅街へと進んで行った。
財布の中身は一銭もない。克浩は、自分に異常がある事を認識する余裕はなかった。まるで何者かに操られるように足を進めた。すると交番にたどり着いた。
克浩は、お金を落としたが、千円貸してくれませんかと警察官に尋ねた。ちゃんと、明日にでも返すんだよと、一筆書かされて千円札を受け取った。
その金で、アパートに帰ろうと、ふたたび電車に乗り込んだ。
それから、意識のないなかで妄想がはじまった。とにかく、早く部屋に戻りたい。上野駅に着いたのは、夜の八時を過ぎていた。駅のロビーに居た克浩は、大きな絵を眺めていた。どこかに浩美ちゃんがいる早く帰らなければ。克浩の妄想は止まらない。
ふたたび、山の手線に乗り込む事にした。
電車に飛び乗った。目黒駅に近づいた時に克浩の頭が爆発した。
電車のドアが開くと同時に、反対ホームに飛び降り、電車が急ブレーキをかけた。
電車は運よく、克浩の手前20メートルの地点で急停車した。
鉄道警官が駆けつけ、
「そんなに、死にたいかと交番に連れていかれた。
しかし、克浩の妄想は、さらに強くなっていった。

「事故」

「ガチャン」克浩は、駅の交番に連れられていくその直後、大型トラックめがけて、勢いよく飛び込んだ。救急車がかけつけた。
意識不明の重体である。
連絡を受け、明日帰省する予定だった博に会社の人が駆けつけた。
田舎の両親も、連絡が行き明日かけつけるそうである。浩美には入社早々と言う事もあり、両親は連絡しなかった。
「いったいどうしたんですか」
集まった両親も博も、みんなで、警察官に尋ねた。
「ちょっと待って下さい、現在調査中です」
警察官による事情説明があった。
「昨日は、入社初日目だったんです。会社には遅刻せず出勤されたそうです。ロッカーで着替え中に会社を、突然飛び出したそうです。その後の行動は、本人の口から聞かないとわかりません。わかっているのは、午後9時、目黒駅で電車に飛び込み、駅前の交番に連れて行く途中に大型トラックめがけて。自殺としか考えられない勢いでぶつかったと言う事です。克浩は以前意識不明の重体である。
博の口から「最近、疲れているようだったよ、でも、自殺するなんて考えられないなあ」
博は、変な偶然があってねと言っていた言葉を口に出そうとしたが、胸の中にしまっておいた。

三日が過ぎた、以前意識不明である。博は、つきっきりで看病している。
克浩は、意識不明の中夢を見ていた。浩美との思い出の夢である。その時、夢の中に大型トラックが自分めがけて突進してきた。
「うっ」
克浩の、うなり声。
「看護婦さん、今、意識が」
克浩は、目を開けた。
「どうしたんだ、俺、こんなになって」
「トラックに飛び込んだんだよ」
克浩は、記憶が戻らない。命に別状はなかったようである。
博が、克浩にくわしい状況を説明している。
克浩は、なんか変な偶然にとりつかれていたことを思い出していた。しかし、口にする事はやめた。
父は博に呼ばれた。
「誰にも、話してはいないけども。最近、克浩の口から、変な偶然があってねと、という相談を受けたんだ」
「そうか、で、どんな」
「変な偶然が、やたら多いとか」
「それと、今回の事故、なんか関係があるのか」
「心配だな」
「俺もそうなんだ、このままほっといて、秋田に帰る心境にはなれないし」


克浩は、会社を飛び出したのは、記憶がよみがえっている。ぼんやり外を眺めながら、考え込んでいる。父は、克浩が生まれた時から知っている。黙り込んでいる克浩を見るのは、はじめてである。そこへ、博がやって来た。父に、会社を飛び出してからは、誰とも接してないみたいなんだ。
と伝えた。父は、なぜ、克浩が、自殺なんて考えられない。自殺と言っても、博の口からは、そんなの、絶対ありえないよと。
克浩の、お母さんが、もう、とうげは越えたから、、あとは、私がやると。博へ言った。。克浩は、入院して一週間になるが、依然として、口数が少なく、
「もう心配しないでいいよ」と言った。
博は、明日帰る事にした。克浩は、一言
「もう、大丈夫だから」と言って、博を見送った。
まだ、足が自由に動かない。しかし、車椅子で院内を動く事は出来た。一週間が過ぎ、看病にずっと、付き添っている母親に
病院の外に出てみたいなあと言った」
「先生に許可をもらい、母親と外に出た。
「あっちの庭に行きたいな」
庭までは、少し下り坂になって、道を超えなければいけない。と、その時。母親が、手を離した瞬間。克浩の目に、ゴミがはいった。
その時。車椅子が勢いよく、坂を下っていき、それを見た母親が
「あっ危ない」
克浩の車椅子が、走ってきた、車と正面衝突した。
「ガチャン」凄い音が響き渡った。
さいわい克浩の身体は、車椅子から落ちて、車椅子がトラックに衝突した。

苦悩

「精神科との出会い」

二度も、あやうく死にそうになった克浩であった。リハビリも3ヶ月になり来週には退院できそうである。克浩の頭から、異常とも考える行動がなかなか頭から消えないでいた。しかし、気を取り直して、再出発を準備していた。両親は北九州市を後に、親父の実家のある熊本市に家を建てる予定でいた。浩美は、もう半年も克浩から連絡がない、やっぱり、初恋は実らないのかなあと、会社の窓を、ぼんやり眺めていた。克浩は浩美より東京を選んだんだと、部屋の窓をぼんやり眺めていた。求人雑誌をパラパラとめくり、ある、ページで目が止まった。医薬品の問屋である。営業見習いとある。早速会社のある。神田区に電話をして面接をお願いした。やがて、23歳になろうとしていた。まだまだ、何度でもやり直しができる。季節は、紅葉の綺麗な秋もやがて終わりを告げ、寒い冬を迎えようとしていた。克浩は気分転換に部屋も会社のある銀座には遠いが、住み慣れた目黒区に引っ越す事にした。博から電話があり、週末にやってくるらしい。しばらくぶりに、会うことにした。快気祝と言うことで、場所は博が決めていた。上野駅の近くの、すき焼き屋である。ふたりは、まず、ビールで乾杯した。
克浩は博に、トラックに飛び込んだ経緯を話した。博は「頭に何か変化があったんだな」しばらく、仕事は控えた方がいいのではと意見した。克浩もそう思った。無理をして、また、あんな出来事があったら、たいへんだなあと感じた。頭の切り替えの早い克浩は、会社に電話をして入社を取りやめた。克浩は、あれは異常な感覚であったのは鮮明に覚えていた。パラノイアの妄想という、本を手にしていた。本屋さんに寄ったら、目に飛び込んできた。覚醒剤の事を書いてあった。自分の体に、虫が住み着いて、身体の肉をムシリトルていうものであった。しかし、覚醒剤というものの後遺症である。克浩は薬物をやっていた訳ではない。頭の異常は、やはり精神科になるのだろうか。精神病院なんて、考え た事もなかった。そういえば、高校に自転車で通学していた時に、鉄格子の窓のある病院の前を毎朝見ていた。とにかく、克浩は精神病院という、想像も出来ない病院に、とりあえず、行ってみようと思った。しかし、もしかしたら、入院となったら、ゾッとする身震いがする。電話帳で調べてみると、意外にたくさんの病院があるのに驚いた。脳裏に浩美の顔が浮かんできた、精神病なんてなったら、どう思うだろうか。
大森精神病院の玄関に克浩は立っていた。入ろうか、今一つ決断が出来ないでいたが、勇気を振り絞って窓口へと向かった。「どうしましたか」 「ちょつと先生に相談が」診察に、30代だろうか、先生がやってきた。克浩は、これまでの、いきさつを話した。 「それじゃ、お薬出しときますから、又、お薬が切れたら、来て下さい。克浩は、あまりにも、簡単な診察に、あ然としてしまった。よく、精神患者って、薬づけにしてしまうと言う話を、雑誌で読んだ事がある。その後、克浩は病院へ行く事はなかったし、薬も服用しないでいた。3ヶ月程、貯金をはたいて、のんびりと生活していた。別に変わった事もなかった。花見も終わり、暑い夏を迎えようとしていた。そろそろ、仕事をしなければ、貯金も底を付いてしまう。克浩は、数ヶ月前に採用になった、医薬品の問屋さんに、ちょっと、交通事故にあい、しばらく療養しようと、断りましてと事情を説明し、また採用される事になった。精神的な出来事は、すっかり忘れていた。事故の後遺症もなく、身体 はすこぶる元気であった。克浩は浩美の夢を見た。無性に会いたくなった田舎に帰るかと思った。いい思い出のない東京に魅力を失っていた。再出発するか

「浩美の苦悩」

克浩の両親達は、熊本への新居への引っ越しでいそがしかった。
浩美は福岡市で働いていたが、克浩の両親達が長年住んだ北九州市の土地を離れることは、両親から聞いていた。
もう、やがて克浩の声を聞かなくなって、二年が経とうとしていた。
浩美の耳には、克浩が交通事故に会った事は聞いていない。
やがて、20代も半ばである。
「どうしたの、浩美ぼんやりして」同僚が話かけていた。浩美はかっちゃん、今頃どうしてるかな、もう二年も実家には帰っていない。初恋の相手とは結ばれないという、ことわざが、浮かんできた、克浩の両親に会っても、元気でやってるよとしか、言ってくれない。なんか私に対して、よそよそしい態度に、浩美もその先の言葉を言えないでいた。「浩美、最近元気ないね、克浩さんの事はもう忘れなさい、東京に行ったのは、あの人の人生だから、それに両親もあまり語らないし、引っ越して行くんだから」浩美は、いい人とでも、みつかったのかな、かっちゃんの事だし。でも、浩美にとっては淡い青春の思い出がいっぱい、詰まっているんだ。浩美はそんな気持ちをいだきながら、一年後に海外に留 学する夢をいだいていた。かっちゃんの嫌いな語学を学ぶ為であった。浩美は同時通訳者になろうと思っていた。でも、渡米する前にもう一度克浩に会いたかった。半年後に木村家は熊本へ引っ越そうとしている。それまでに、帰って来るかな、浩美は胸の中に飛び込みたかった。克浩は、九州に帰ろうとしていた。博がやってきた
「まとまった金がほしいから、克浩、名古屋に行かないかい、克浩はどうせ田舎に帰るつもりだったから、お金を貯めて帰るかと、ひとつ返事で承諾した。そして、同僚とふたりで名古屋へ上京する事になりました。浩美は一年後に渡米の予定、克浩の両親も熊本へ、引っ越しが待っている。浩美と克浩は出会う事ができるのか、浩美は心配でしょうがない状態であった。

「名古屋へ~そして」

克浩と博は、はじめてみる名古屋へやってきていた。
博がこんな本を探してきた、自動車残酷工場ある季節工の日記。
克浩が、なんかこの本読んだら、みじめだなあと感じた。
ようするに、ロボットの代わりをやる、人間の手である。今の時代は旗をかかげて、出稼ぎ者を待っている風景は、さすがになかった。2人は新幹線を降りて、地方へと普通電車に乗り込んだ。ふたりは、同じ名古屋だが、博は大手の企業での仕事。克浩は下請けのまた下請けの会社を選んだ。克浩は中古の軽自動車を買った。2人は途中で別れた。案内されたアパートは、凄い所であった。
便所は、前の住人の、ウンコが残ったまんまで、部屋中に匂いが立ち込めていた。
汲み取り式である。
お風呂場は、コンクリートの隙間から草が伸びて入ってきている。
2人一部屋で、同居人は、10歳位上の人。
いい人柄の人であった。
会社までの通勤は愛車で、その道が又凄いコースである。
狭くて、毎日数台は横の下水道の溝に、すれ違いに失敗して、溝の中にタイヤが転落していた。
克浩は職場で、同じ名字の夫婦でやってきていた人と親しくなり、たまに、食事をご馳走になったりしていた。さすが、名古屋だなあと、風俗嬢の写真入り雑誌があったり、東京では目にふれなかったな。あまり、読書はやってなかったからかな。克浩は近所に買い物に行くのに、隣人のバイクを駆り出して、道を走らせた。帰り道、克浩は家の近くの坂で、バイクを転倒させてしまい軽い怪我をしてしまった。なんか嫌な予感がした。夕食時の話題で、自動車関係の単純労働者は、毎日、ボルトを締めるだけの仕事をやっていると頭がおかしくなる人が多いって、克浩の脳裏に嫌な影がよぎった。工場はがんばる人は、24時間働いて稼いでいる人達もいた。克浩は一ラインの工程を担当する事になった。毎日が、のんびり仕事していた。立ち上がりなのだが、トラブルばかりの機械なんである。博から電話があった。
「今度、会社の行事で祭りがあって有名アイドルがやってくるんだ見に来いよ」お目当ては当時人気絶好調のアイドル。
「本当に観れるのか、チケットがありそうだし、前列からチェックしてるぞ」だんだん時間が近づいてくる、それが、どうした事か私達の前の列でチェックをやめてしまいました。無事にゲートを通過して、克浩達は前列で観る事が出来ました。しかし、この偶然に頭の中に、あの出来事がよみがえってきた。バイクの転倒事故といい、なんか嫌な予感が湧いてきた克浩であった。仕事もやがて、2ヶ月が経とうとしていた。そろそろ年末を迎える。克浩は最後の北九州市での正月だから、帰省する予定だし浩美との再会を楽しみにしていた。相変わらず、トラブル続きの機械であった。しかし、今日は、この機械が順調に動き出した。克浩の頭が突然、異世界へ爆発してしまった。
常識では考えられない妄想がはじまりました。
俺の頭の妄想でラインが止まったり動いてるのだと、コンピューターになってるのは克浩の頭の中。
義務教育受けて、高校も卒業してるのに、なんで。
この時は頭の中の妄想で、思わず職場で倒れてしまいました。
「ここは、どこだ」 克浩は、あたりを見回した。便器がひとつある。そして、鉄格子の中だということが、ぼんやりと視界にはいってきた。長い間眠っていたらしく、その間映画でも観るように夢を見ていた。どうして、ここに居るのだろうか、克浩は、ぼんやりと記憶がよみがえってきた。
「また、やってしまったのか」 「ギィ、パタン、ガチャガチャ」 「おはよう」 と、この病院の先生が保護室の扉を鍵であけて中へと入ってきた。 「気分はどうだね」 克浩に先生は尋ねた。君は、会社で倒れてから家へ帰り、会社へ出向き精神病院に入れろと、わめいて救急車で運ばれて来たんだよ。会社は両親に電話をして、急いで、両親がかけつけ、病院へとやってきたんだよ。 「今度は、どうしたんだね」克浩は、ぼちぼちと話はじめました。


なんだか、よくわからないんです。
仕事で急に機械が順調に動き出して、一瞬、機械の画面を眺めていたら、頭が爆発したんです。
なんというか、機械の数字に、なんとも言えない感覚。
俺の頭が機械の動きを制御しているという被害妄想。克浩は東京での、出来事も先生に話をした。先生は診断に統合失調症と判断を下した。 「克浩どうしたんだ」親父が会社から連絡を受け、夜行で母親と一緒にやってきた。浩美は、そろそろ引っ越していく、克浩の実家にやってきていた。
「お父さん達は」妹に尋ねた。 「名古屋に行ったよ。お兄ちゃんが倒れたんだ」浩美は、克浩が東京で交通事故に会った話をはじめて、妹の口から聞いた。でも、名古屋のどこへ克浩がいるのか、まさか、精神病院とは、想像さえ出来ないでいた。浩美は、心配だがどうする事も出来ないでいた。浩美は会社へ行くが、仕事が手につかないでいた。
一週間が過ぎ克浩は、しばらく入院する事になった。
症状も落ち着いたので、両親も帰る事にした。
それから、数日後浩美の両親が木村家にやってきていた。
浩美の縁談に克浩さんを、克浩の親父、龍太郎は縁談を断った。
どうしても精神病院に入院してるとは言えなかったし、仕事もやってない、会社は首になっている。
浩美さんを幸せにする事は出来ない。浩美は苦悩していた。なぜ、木村家は、私を嫌ってるのか、わからないでいたし。まだ、20代、仕事なんてすぐ見つかる。浩美は克浩に会って、その目で克浩の容態を確かめたかったが、何も教えてはくれなかった。病気なのか事故なのか。このまま、もう、会うことはないのだろうか。今年の正月も克浩は実家には帰ってこなかった。
浩美は渡米への時期を早めようと思っていた。
克浩は、病院に運ばれてから、すぐ症状はおさまり、毎日、たいくつな日々を送っていた。
浩美が渡米を考えているとは、克浩の耳には届かないでいた。博とは連絡が途絶えていた。最近、電話もしない克浩が心配になって、会社に出向いたが、会社は田舎に帰りました。だった。博は北九州市のどこなのか、住所も電話番号も知らない。克浩は早く田舎に帰りたい気持ちで、両親に手紙を書いた。来週には新居になる熊本県に引っ越しの予定である。浩美は渡米すれば、五年は帰ってこない、もしかしたら永住するかもしれない。しかし克浩と過ごした青春時代が脳裏から消え去らない。退院する日が決まった。
あと2週間後である。
もう親父達も新居へ引っ越ししている。
浩美の渡米も2週間後である。
それぞれが、あわただしい中で暮らしていた。
退院の日、看護婦さん達に、もう病気にならないように、がんばるのよ。
それと、薬と通院は必ず守るのよ。
そうやって病院を跡にする克浩であった。
約3ヶ月の入院であった。博の事を思い出した。電話をして会おうかと思ったが、住所録をどこかで、なくしたみたいである。最後に会っていたかったが、しかし、この日に新幹線に乗って帰省したのが、克浩と浩美の、運命の赤い糸が、現れてきているとは、克浩にも浩美にも知るはずがなかった。明日は渡米する浩美であった。

悲劇

「悲劇」

浩美は、荷物を整理していた。
そして、二度と会わないかもしれない克浩当てに、届かない手紙を書いた。
窓の外を見ると黒い雲に覆われている、雷が鳴り大粒の涙、いや雨が降ってきた。
かっちゃん、この手紙読んでもらえるか、わからないけども、浩美の心の中ではいつも、かっちゃんが笑って、冗談を言ってるよ。
もう、最後に逢った日から数年が経っているね。
浩美は明日渡米します。
淡い青春の思い出は、いつまでも、私の心の中で生きていると思います。
いつまでも、覚えているよ、ファーストキスの感触、さよなら、かっちゃん。
克浩は名古屋を去ろうとしていた。東京といい名古屋といい散々な目に会ってしまった。親友の博とこんな形で別れるとは、克浩の目から涙がこぼれ落ちた。新幹線は北九州市へと入っていった。窓の外に浩美の姿が写る。浩美に会って行こうかと思ったが、自分が惨めになるだけだな。列車は小倉駅を通過した。克浩の妹に手紙が届いた、里美はお兄さんに連絡したかった。電話があるかもと受話器の前にずっと座っていた。克浩は博多駅に着いていた。土産物でも買おうかと、地下街を歩いていた。浩美は空港へと、博多駅にいた。地下鉄に乗ろうと階段を降りている浩美。
階段を昇ろうとしている克浩。
お互い、3メートルの感覚ですれ違ったが、髪型も、雰囲気も大人になっている2人である。
お互い気付かずに、すれ違った。
気付くわけがなかった。克浩は改札口を入ろうとしたが、実家に電話してみようと思い。公衆電話に向かった。 「お兄ちゃん」里美が、ずっと待っていた受話器である。 「浩美姉さんが、今日渡米するの、まだ、飛び立つまで時間がある、お兄ちゃん、空港へ」克浩はあわてた。
「六時の羽田行きよ」 「よし。わかった」 克浩は、空港へと地下鉄に飛び乗った」浩美は、克浩が空港へ向かっているとは、知らず、六時発の羽田便に乗り込もうとしていた。克浩は必死で走った。しかし、浩美の乗った、ボーイング747型機は、大空へと飛び立っていった。克浩の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。克浩はまるで、気の抜けたように肩を落とし、博多駅から熊本まで普通列車に乗り込み実家へと向かった
「お兄ちゃん、たいへん」
「どうしたんだ」 「浩美姉さんの乗った飛行機よ」里美が気が動転して叫んだ。 「長野上空で、飛行機が」
「飛行機がどうしたんだ」
「墜落したって」 「えっ」克浩は、真っ青にになり、その場に倒れこみ、気を失った。

「浩美の苦悩」

克浩の両親達は、熊本への新居への引っ越しでいそがしかった。
浩美は福岡市で働いていたが、克浩の両親達が長年住んだ北九州市の土地を離れることは、両親から聞いていた。
もう、やがて克浩の声を聞かなくなって、二年が経とうとしていた。
浩美の耳には、克浩が交通事故に会った事は聞いていない。
やがて、20代も半ばである。
「どうしたの、浩美ぼんやりして」同僚が話かけていた。浩美はかっちゃん、今頃どうしてるかな、もう二年も実家には帰っていない。初恋の相手とは結ばれないという、ことわざが、浮かんできた、克浩の両親に会っても、元気でやってるよとしか、言ってくれない。なんか私に対して、よそよそしい態度に、浩美もその先の言葉を言えないでいた。「浩美、最近元気ないね、克浩さんの事はもう忘れなさい、東京に行ったのは、あの人の人生だから、それに両親もあまり語らないし、引っ越して行くんだから」浩美は、いい人とでも、みつかったのかな、かっちゃんの事だし。でも、浩美にとっては淡い青春の思い出がいっぱい、詰まっているんだ。浩美はそんな気持ちをいだきながら、一年後に海外に留 学する夢をいだいていた。かっちゃんの嫌いな語学を学ぶ為であった。浩美は同時通訳者になろうと思っていた。でも、渡米する前にもう一度克浩に会いたかった。半年後に木村家は熊本へ引っ越そうとしている。それまでに、帰って来るかな、浩美は胸の中に飛び込みたかった。克浩は、九州に帰ろうとしていた。博がやってきた
「まとまった金がほしいから、克浩、名古屋に行かないかい、克浩はどうせ田舎に帰るつもりだったから、お金を貯めて帰るかと、ひとつ返事で承諾した。そして、同僚とふたりで名古屋へ上京する事になりました。浩美は一年後に渡米の予定、克浩の両親も熊本へ、引っ越しが待っている。浩美と克浩は出会う事ができるのか、浩美は心配でしょうがない状態であった。

「名古屋へ~そして」

克浩と博は、はじめてみる名古屋へやってきていた。
博がこんな本を探してきた、自動車残酷工場ある季節工の日記。
克浩が、なんかこの本読んだら、みじめだなあと感じた。
ようするに、ロボットの代わりをやる、人間の手である。今の時代は旗をかかげて、出稼ぎ者を待っている風景は、さすがになかった。2人は新幹線を降りて、地方へと普通電車に乗り込んだ。ふたりは、同じ名古屋だが、博は大手の企業での仕事。克浩は下請けのまた下請けの会社を選んだ。克浩は中古の軽自動車を買った。2人は途中で別れた。案内されたアパートは、凄い所であった。
便所は、前の住人の、ウンコが残ったまんまで、部屋中に匂いが立ち込めていた。
汲み取り式である。
お風呂場は、コンクリートの隙間から草が伸びて入ってきている。
2人一部屋で、同居人は、10歳位上の人。
いい人柄の人であった。
会社までの通勤は愛車で、その道が又凄いコースである。
狭くて、毎日数台は横の下水道の溝に、すれ違いに失敗して、溝の中にタイヤが転落していた。
克浩は職場で、同じ名字の夫婦でやってきていた人と親しくなり、たまに、食事をご馳走になったりしていた。さすが、名古屋だなあと、風俗嬢の写真入り雑誌があったり、東京では目にふれなかったな。あまり、読書はやってなかったからかな。克浩は近所に買い物に行くのに、隣人のバイクを駆り出して、道を走らせた。帰り道、克浩は家の近くの坂で、バイクを転倒させてしまい軽い怪我をしてしまった。なんか嫌な予感がした。夕食時の話題で、自動車関係の単純労働者は、毎日、ボルトを締めるだけの仕事をやっていると頭がおかしくなる人が多いって、克浩の脳裏に嫌な影がよぎった。工場はがんばる人は、24時間働いて稼いでいる人達もいた。克浩は一ラインの工程を担当する事になった。毎日が、のんびり仕事していた。立ち上がりなのだが、トラブルばかりの機械なんである。博から電話があった。
「今度、会社の行事で祭りがあって有名アイドルがやってくるんだ見に来いよ」お目当ては当時人気絶好調のアイドル。
「本当に観れるのか、チケットがありそうだし、前列からチェックしてるぞ」だんだん時間が近づいてくる、それが、どうした事か私達の前の列でチェックをやめてしまいました。無事にゲートを通過して、克浩達は前列で観る事が出来ました。しかし、この偶然に頭の中に、あの出来事がよみがえってきた。バイクの転倒事故といい、なんか嫌な予感が湧いてきた克浩であった。仕事もやがて、2ヶ月が経とうとしていた。そろそろ年末を迎える。克浩は最後の北九州市での正月だから、帰省する予定だし浩美との再会を楽しみにしていた。相変わらず、トラブル続きの機械であった。しかし、今日は、この機械が順調に動き出した。克浩の頭が突然、異世界へ爆発してしまった。
常識では考えられない妄想がはじまりました。
俺の頭の妄想でラインが止まったり動いてるのだと、コンピューターになってるのは克浩の頭の中。
義務教育受けて、高校も卒業してるのに、なんで。
この時は頭の中の妄想で、思わず職場で倒れてしまいました。
「ここは、どこだ」 克浩は、あたりを見回した。便器がひとつある。そして、鉄格子の中だということが、ぼんやりと視界にはいってきた。長い間眠っていたらしく、その間映画でも観るように夢を見ていた。どうして、ここに居るのだろうか、克浩は、ぼんやりと記憶がよみがえってきた。
「また、やってしまったのか」 「ギィ、パタン、ガチャガチャ」 「おはよう」 と、この病院の先生が保護室の扉を鍵であけて中へと入ってきた。 「気分はどうだね」 克浩に先生は尋ねた。君は、会社で倒れてから家へ帰り、会社へ出向き精神病院に入れろと、わめいて救急車で運ばれて来たんだよ。会社は両親に電話をして、急いで、両親がかけつけ、病院へとやってきたんだよ。 「今度は、どうしたんだね」克浩は、ぼちぼちと話はじめました。


なんだか、よくわからないんです。
仕事で急に機械が順調に動き出して、一瞬、機械の画面を眺めていたら、頭が爆発したんです。
なんというか、機械の数字に、なんとも言えない感覚。
俺の頭が機械の動きを制御しているという被害妄想。克浩は東京での、出来事も先生に話をした。先生は診断に統合失調症と判断を下した。 「克浩どうしたんだ」親父が会社から連絡を受け、夜行で母親と一緒にやってきた。浩美は、そろそろ引っ越していく、克浩の実家にやってきていた。
「お父さん達は」妹に尋ねた。 「名古屋に行ったよ。お兄ちゃんが倒れたんだ」浩美は、克浩が東京で交通事故に会った話をはじめて、妹の口から聞いた。でも、名古屋のどこへ克浩がいるのか、まさか、精神病院とは、想像さえ出来ないでいた。浩美は、心配だがどうする事も出来ないでいた。浩美は会社へ行くが、仕事が手につかないでいた。
一週間が過ぎ克浩は、しばらく入院する事になった。
症状も落ち着いたので、両親も帰る事にした。
それから、数日後浩美の両親が木村家にやってきていた。
浩美の縁談に克浩さんを、克浩の親父、龍太郎は縁談を断った。
どうしても精神病院に入院してるとは言えなかったし、仕事もやってない、会社は首になっている。
浩美さんを幸せにする事は出来ない。浩美は苦悩していた。なぜ、木村家は、私を嫌ってるのか、わからないでいたし。まだ、20代、仕事なんてすぐ見つかる。浩美は克浩に会って、その目で克浩の容態を確かめたかったが、何も教えてはくれなかった。病気なのか事故なのか。このまま、もう、会うことはないのだろうか。今年の正月も克浩は実家には帰ってこなかった。
浩美は渡米への時期を早めようと思っていた。
克浩は、病院に運ばれてから、すぐ症状はおさまり、毎日、たいくつな日々を送っていた。
浩美が渡米を考えているとは、克浩の耳には届かないでいた。博とは連絡が途絶えていた。最近、電話もしない克浩が心配になって、会社に出向いたが、会社は田舎に帰りました。だった。博は北九州市のどこなのか、住所も電話番号も知らない。克浩は早く田舎に帰りたい気持ちで、両親に手紙を書いた。来週には新居になる熊本県に引っ越しの予定である。浩美は渡米すれば、五年は帰ってこない、もしかしたら永住するかもしれない。しかし克浩と過ごした青春時代が脳裏から消え去らない。退院する日が決まった。
あと2週間後である。
もう親父達も新居へ引っ越ししている。
浩美の渡米も2週間後である。
それぞれが、あわただしい中で暮らしていた。
退院の日、看護婦さん達に、もう病気にならないように、がんばるのよ。
それと、薬と通院は必ず守るのよ。
そうやって病院を跡にする克浩であった。
約3ヶ月の入院であった。博の事を思い出した。電話をして会おうかと思ったが、住所録をどこかで、なくしたみたいである。最後に会っていたかったが、しかし、この日に新幹線に乗って帰省したのが、克浩と浩美の、運命の赤い糸が、現れてきているとは、克浩にも浩美にも知るはずがなかった。明日は渡米する浩美であった。


「まさか」克浩は、浩美の実家に電話した。北九州市の実家も、あわてふためいていた。
「たしかに、6時の羽田行きに乗ると行って、家を出て行った。克浩は空港へ電話した墜落したかどうかは、まだ未確認であり、レーダーから消えたらしい。克浩は実家に帰った、その足で北九州市へと向かった。テレビでは、まだ搭乗者名簿の発表はされてない。克浩は浩美の実家に来ていた。テレビでは飛行機の速報をやっている。ボーイング747は墜落したのではなく、軌道を外れレーダーから消えたらしい、60分遅れで羽田に到着したらしい。少し遅れてしまった浩美は、実家に電話しようと思ったが急いでいたので、成田に行くことはわかっていたので、そのまま成田へと向かった。まだ、携帯電話のない時代であった、もし電話していれば、浩美と克浩の運命も変わっていたかもしれなかった。克浩は、浩美の両親から見合いの話があった事を告げた。克浩は涙がこぼれてきた。病の事は両親には語れなかった。浩美は、五年は帰らないかもと言って渡米したらしい。浩美は、60分の遅れで当日の飛行機に乗り遅れてしまった。一晩泊まって明日渡米しようと思った。ホテルに着き、テレビのニュースを付けると、浩美の乗った飛行機が報道されている事を、はじめて知った。浩美は、実家に電話しようと思った 。「プープー」つながらない、話中である。克浩は、浩美の実家を「今日は泊まっていきなさい」という言葉に「いや帰ります」と玄関を開けようとしていた。「ちょっと電話貸して下さい」妹に連絡しようと思った。その時、受話器のベルがなった。「その声は。浩美かい」
「かっちゃん、かっちゃんなのね」

人格崩壊

「病の影」

ふたりは受話器の前で倒れ込んだ。そしてお互い大粒の涙が流れ出してきた。
「かっちゃん、やっと声が聞こえたね、どうして、プッツンしてたの」克浩は、言葉を失った。
「私、渡米しないから、いいでしょう。かっちゃん」
「うん」翌日、浩美は小倉駅のホームに降りようとした時に、克浩の顔が見えた。ようやく、再会した、ふたりであった。
「ごめん、事故があってから浩美に心配させたくなかったんだ」しかし、病の事を語る事は出来なかった。浩美の実家に帰ったふたり。克浩の口からは、
「浩美さんを私に下さい」
「うん、うん」浩美の両親は
「縁談の話は、なくなったが、これでよか、これでよか、女、ひとりで渡米したら、男になっちまう。女の幸せは、結婚たい。まだ若いから、仕事もすぐ見つかる」ふたりは、翌日熊本へと向かった。話を聞いた、克浩の父、龍太郎は困惑したが、幸せになれば克浩の病もなくなるだろうと、結婚を承諾した。しかし、仕事を見つけてから結婚だ。3日程休んでから、浩美は実家へ戻った。
「もう、病は大丈夫なんだろう。これからは浩美さんの為にしっかりするんだぞ」それから数日後、克浩は正社員としての会社に採用された。これで、来週には婚約するつもりである。克浩は、気がかりな事はこのまま、病の事を語らないでいいものだろうか、困惑してしまう。明日は初日だ寝よう。克浩は早めに会社に到着した。電子関係ということもあり大半が女性達である。研修期間後は夜勤専門のふくろう部隊に配属される。午前中は同僚達ともスムーズに打ち解ける事が出来た。少し神経が高ぶっていた。昼休みも終わり、あと、4時間である。
「バタン」と廊下で大きな音が鳴り響いた。その時。克浩の耳に
「浩美」と聞こえてきた。周りが異様な感覚に襲われてしまった。なんか雲がかかったようである。ちょうど、その時。終了のチャイムが流れた。
「お疲れ様」会社を後にした。もうすぐ家に到着という所で、車になにか盗聴されてると、克浩の頭が妄想しはじめた。家に帰ると、親父に、なんか頭が変だ明日病院に連れて行ってくれと相談した。克浩は一晩眠りにつくことが出来ず、テレビにかじりついていた。
「もう、寝ないか」心の中では、というか、頭の中では浩美が画面に出て来るはずだ。少し眠った。翌日になっても被害妄想から抜け出す事はできないでいた。病院へ行き。そく、入院となった。

「浩美の決断」

木村家では、大変な事になってしまった。今すぐにでも婚約するという時に克浩はまたしても再発したのである。浩美の実家になんて言ったらいいか。
「リーン、浩美です。克浩さんはいますか」
「それが、倒れて」電話に出たのは父であった。しまった、倒れたと言ったのは浩美さんに心配をかけてしまった。浩美は受話器を乗せ、急いで着替えてカバンに必要品をいれて
「お母さん、ちよっと熊本まで行ってくる、克浩さんが」妹の里美も動揺していた。弟の雅也も心配して、会社を早退してきた。
「克浩さん。どうかなさったのですか」龍太郎は返答に困った。
「話は、後ほど」無愛想な態度に浩美の両親も困惑してしまった。今日は克浩は病院だ、ひとまず今晩は、みんな休むか。
「ピンポーン」龍太郎が誰かと玄関へ、そこには浩美が立っていた。浩美は龍太郎の口から克浩の病の事を知った。
「すまなかったが、婚約の話は破棄してくれ」
「いや、私は克浩さんと婚約します」とにかく、今晩は泊まって明日病院に行くことになった。浩美は、かっちゃんが、精神科にお世話になってるのは理解した。しかし、どうしたのか、容態については理解できないでいた。浩美の脳裏には、元気な克浩の姿しか浮かんで来ない。とにかく休む事にした。翌日、浩美は涙で目が赤くなっていた。とにかく、浩美をいれ家族全員で病院へと向かった。待合室は、混雑していたがシーンと静かだった。浩美にははじめてみる精神科の内部であった。
「とにかく、克浩さんに合わせて下さい。浩美は看護士さんに連れられて、克浩のいる保護室という部屋に連れていかれた。出入り口には、ひとつ、ひとつ鍵がかかっていた。だんだん、冷や汗が出てきた。ここです。鉄格子でできた個室に克浩がいた。
「かっちゃん」呼んでも返事が返ってこない。うつろな目で、浩美を振り返った克浩は正気のない目で微笑んだ。頭の中は混乱していた、ボーっとした目つきで微笑むだけであった。浩美は、その場で泣き崩れた。
「しばらくは、あの部屋で様子をみます。妄想がなくなれば、自然に回復すると思います。心配しないで下さい」「しばらく、ここへ泊めて下さい」浩美は、元気に昔のかっちゃんに戻ると信じていた。
「両親には、盲腸と言って安心させた。
「すまん、浩美さん」
「いいんです。私、心の中では、もう結婚しているんです」毎日、保護室にいる克浩の顔を見に浩美は出掛けた。それから、一週間が経とうとしていた。このまま、もう正常な状態には戻らないのであろうか。浩美は、本屋に行って専門誌を買って読みふけていた。回復してからの、暖かい家族の態度が一番であると書かれていた。浩美は親には内緒で仕事を退職していた。克浩の脳裏には、誰だろう、毎日やってくる女性の人の存在の記憶がよみがえらないでいた。食事も喉を通らないらしく、だんだん痩せてきていた。先生も、一向に回復の兆しをみせない患者に、これは、長期入院になるかもしれないし、このまま正常に戻らないかもしれませんと告げた。
「浩美さん、あなたの気持ちは、もう充分過ぎる程わかった。婚約の話はなかった事にしてください」
「いいんです、顔を見てるだけでも、私、飛行機が墜落してたかもしれないし、たぶん、赤い糸は克浩さんと繋がっていると思うんです。私の記憶には、かっちゃんしかいないんです。私の人生そのものなんです。だって、生まれた時から一緒に遊んでいたんですよ、私には、他の男の存在はないんです、だって、初恋の人だし幼なじみ。もし、回復して、誰もいなかったらかっちゃんの人生はそれまで、長い人生の中には苦もありますよ」そんな浩美の心配もよそに、記憶が回復しないでいた。克浩は
「パンが食べたい」鉄格子の外にいる浩美にはじめて会話をした。
「うん、今、持って来るからね。私、誰」それには、答えない克浩であった。もう、何リットルの涙が浩美の目から流れたであろうか。このまま、正常な意識が戻らないのであろうか。

「人格崩壊」

やがて、入院から1ヶ月が経とうとしていた。浩美の両親にも事情を説明した克浩の父、龍太郎であった。浩美も毎日の看病ではない、鉄の扉から顔を見るだけである。どうする事も出来ない。
「浩美、克浩さんの事は忘れなさい。向こうの両親も、それが一番の方法」浩美は、実家に帰る事にした。龍太郎は先生に呼ばれた。
「息子さんの頭がどうなってるか、正直言って私達にもわからないんです。今は、人格崩壊という言葉が適切です。発病した当時と同じく、表面には、おかしいという事を本人から聞いた言葉しかないんです。暴れるわけではないので、治療法は、現段階では薬物投与しかありません。このまま、人格が一生変わらないかもしれません」
「ただ。本人に、両親やらの存在の意識が、あるのか、どうか、何も、口を開いてくれないし、私らにもわかりません。浩美は、疲れからか、寝込んでしまった。毎晩のように元気なかっちゃんとの思い出が夢に出てくる。両親も、浩美も精神的に病にならないか心配である。母が近寄ってきた。
「克浩さんの事はあきらめなさい。辛いかもしれないけど。それより、もう一度渡米してみたら。今は、心を癒やすのが一番だよ」
「今は、仕事やらも、たぶん手につかないし。ちょっと、のんびりしてみる」入院から、3ヶ月が経とうとしていた。新しい重症の患者が救急車で運ばれてきた。保護室は満杯である。院長は、暴れたりしない、克浩を閉鎖病棟のベッドへ移動させようとした。克浩は、保護室から移されるさいに、抵抗した、注射を打ち意識を失わせて、病室へと運びこんだ。克浩は極端な恐怖に怯えて意識がなくなり運ばれていった。翌朝、目を覚ました克浩は意識がかすかに戻った。ベッドに寝ている、しばらく、ここがどこなのかわからないでいた。隣の人が、
「よっ宜しく」と挨拶した。ぼんやり記憶がよみがえってきた。保護室にはいった瞬間の記憶は、定かではないが、自分の事。ぼんやりした記憶の中に浩美の姿が写った。また、やっちまったのか、心の中でつぶやいた。先生がやってきた、
「意識が戻ったか、このまま廃人になるかと心配したぞ」克浩は、保護室での出来事は鮮明に覚えていた。しかし頭の中は妄想状態で、仲間が助けに来るから、それまで、じっと、しゃべらずにいろと被害妄想だった事を打ち明けた。両親にも、意識が戻ったと連絡があった。父、龍太郎は、浩美の家に電話した。
「本当に浩美さんには、申し訳のない事をした。もう、息子は廃人になった。婚約の話はなかった事に」父は、意識が回復した事は伝えないでいた。浩美は、これで何度、涙を流したことだろうか。それでも、いつか回復すると、想うのであった。
「もう、入院するんじゃないよ」
克浩は退院の日を向かえた。
外は、小雪が降っている。

運命の悪戯

「幸恵との出逢い」


もう20代半ばである。
これと言って長く働いた経験もない、襲ってくるのは病ばかり、どうして。
退院してから3ヶ月が経とうとしていた。
浩美は、また福岡で仕事を見つけて働いていた。
もう、かっちゃんの事は忘れようと仕事に集中していた。
2度ある事は3度あるというが、克浩との結婚を夢見ていた浩美であった。
克浩もまた、同じような気持ちをいだいていた。克浩は、福岡へ働きに行こうと思った。
浩美もまた福岡で働いているとは、知る余地もなかった。
自動車関係の仕事、モンダ自動車での経験がかわれて採用された。
一方の浩美はまた、渡米を考えていた。なにもかも、忘れたかった。運良く社内での海外勤務を募集していてそれに応募した。
今日は克浩は歓迎会である。自己紹介となり
「この会社でがんばります」
幸恵という女性も同期入社である。
「私も骨をうずめようと思います」
もう、ひとり女性社員、静香も
「短大を卒業したばかりで、右も左もわかりませんが、宜しくお願いします」
自己紹介も終わり、みんなが、ワイワイ騒いでいる。克浩の前には、ふたりの女性が座っている。
克浩は、ふたりの顔を眺めながら思わず一言
「幸恵さんも、彼女と同じ短大から、入社して来られたのですか」
この時、29歳になる彼女思わず顔を赤く染めて、
「えっあたし」一瞬見つめ合うふたり。
この時、ふたりの間には、壮大な物語がはじまろうとは、知る余地もありませんでした。
克浩はやがて、26歳。
これまでの人生は悲劇ばっかり、女性と言えば興味はあるが浩美以外と知り合った経験はなかった。
一方浩美は、ニューヨーク支社行きに選ばれ、来週には渡米である。仕事のいそがしさが、克浩の存在を消していた。
大宰府にある自動車工場で部品を作っている会社。克浩は組み立てをやっていた。不器用である克浩は悪戦苦闘しながら、上司にガミガミ言われ仕事をやっている。
「なにをやってるんだ、違うだろ」
「怒鳴ったからって、わかる訳ないだろ」
開き直る克浩であった。
すっかり、病の事は忘れている毎月一回は休みの日に通院はかかさずに通っていた。
毎日、こんな調子で仕事をやっていた。
時々、克浩のそばを小走りに通っていく幸恵。
「お騒がせいたしました」
浩美は、渡米して行く。克浩は、こんな状況で彼女の顔を見ると、なぜだか自分でもわからないが、ほっとしてしまう。
一ヶ月程経った克浩の仕事場。不器用を克服しようと、上司の怒鳴り声を適当にあしらいがんばっている。
「なにやってんだ、おまえ」
こいつ、下の奴にしか怒らず、強面の人間には、ペコペコ、堪忍袋の尾が切れた。
「俺、帰るから、あと宜しく」
ちょうど、昼休みのベルが鳴りロッカーへと向かう。
この時、克浩の心は決まっていた。
翌日、事務所へと足を運び、
「どうしたんだ木村」
「会社やめます」
課長へ辞表を渡した。
「どっか、あてでもあるのか」
「ありません」
「だったら、もう一度がんばってみないか」
衝動的に辞表を書いた克浩は、少し考え込んでから
「又、今日からがんばります」
職場へと戻りみんなに一言いった。
いろんな胸の内を思い出しながら滑走路を飛び立った浩美である。
この会社も不景気の影響を受けて、克浩はこれまでの組み立ての仕事から雑用の仕事が多くなり、厚いジャンバーを着込み寒さをしのぎながら作業にたずさわっていた。
現場で働いている克浩にとって、事務所内で働いている女性達は手の届かない存在だ。
会社のシャッターの外で毎日寒さを耐えて仕事をしていると、女性達が食堂の掃除を終えて、克浩の前を通り気軽に声をかけてくるようになった。
ある日、雪が降り注ぐ寒い最中、幸恵がめずらしく一人で克浩の横を通り過ぎる。
「かわいそう」
なにも言えない克浩。かわいそう等と言われたら、妙に気分が落ち込んでしまう。
しっかりと唇を噛み締め、必死に涙が出そうになるのを抑えながら、彼女の顔を見つめる。
克浩は嫌な思い出が頭に浮かんできて、さらに大粒の涙となった。
休憩所で一服していると、先輩が
「克浩、彼女はいないのか」
「別にいないですよ」
「幸恵さんは、どうだよ」
「あ~、ポッチャリしててかわいいですね」
突然、先輩に言われて、びっくりする克浩であった。

    「会話のはじまり」


「おい、佐竹さん、課長のプロポーズ断ったんだってよ」
「そうですか、いろいろみんな、小さな会社なのに、やってるんですね」
だんだん佐竹幸恵さんに、克浩の心が奪われていくとは、今の克浩には思ってもみませんでした。
数日後の社員食堂。
会社のまずい弁当を、顔をヒキツラセながら、渋々食べるのに飽きてきた克浩であった。
最近は毎日、チョコレートパンと牛乳を口に運んでいました。
毎朝、食堂に昼休みの時間まで、パンと牛乳をテーブルの上に置いている克浩である。
食堂内を、毎朝掃除する女性達。幸恵が
「木村さんって、毎日チョコレートパンと牛乳ばかり食べてるよ」すると女性達が口を合わせて
「飽きないのかしらね」
「でもたしかに、毎日のお弁当、まずいわよね」
「木村さん、言ってたわよ、俺は味にうるさいし、舌が肥えているんだそうよ」
幸恵は、なかなか、やかましい人なのねと意外に思った。
この頃から、ふたりの身体から出ている、赤い糸が繋がりはじめたのでしょうか。
事務所には、克浩と幸恵しか部屋にはいない。幸恵は、机に向かって書類を整理している。
克浩はコピーをしにやってきた。
幸恵は、克浩に気付き、なにげない声で
「かっちゃん、チョコレートパンばかり食べてると太るよ」
かっちゃんという言葉に浩美かと思ってしまった。
これまで彼女とはあまり話をした事はないのに、彼女はかっちゃんと親しげに呼んでくるのが、不思議な感じに思えました。
「とは、言ってもお弁当は、まずくて食べれないや」
「そうよね、まずいもんね」
「だけど毎日はいけないかな」
「甘いものばかり、毎日はちょっとね」
「克浩さん、結婚はしないの」
「彼女もいないし、貯金もないしな」
そろそろ終了と言う時に、彼女がやってきて克浩の背中をポンと叩いてきた。
「がんばれ」
克浩も「お疲れ様、また明日」
数日後、克浩が事務所にコピーを取りに部屋に入ると、幸恵がひとりで仕事をやっている。
「幸恵さん野球は好き」
「昔、勤めていた会社の招待でよく、ドームに行ったよ」
「俺、ダイエーの大ファン、生まれが北九州なんだよ」
「えっ、かっちゃん北九州なの」
「ん」
「今年はダイエー優勝するかもね」
「幸恵さんお願いが」
「なに」
「昼休みに、チケットの購入方法、聞いてくれない、電話これだから」
「いいよ」
あと一時間で仕事終了か。
向こうの方から、彼女が小走りにやってくる。
「木村さん」
「ん」
幸恵は、メモ用紙にびっしりと先程の件を、メモっている紙を渡した。
「あたし、木村さんの為に、はい」
こんなに、書いていたら、たぶん彼女は、昼休みを潰してまで。
「ありがとう」
しかし、もう一枚コピーがあるのは、この時は、何気なく思ったが、のちのち苦しむ事になるとは、この時は想像もつきませんでした。

    「恋の予感」


今日は、長崎への社員旅行。
会社の前にバスが停車中、みんな乗り込んでしまったようです。バスガイドさんも
「それでは、発車します」その時、工場長が
「ちょっと待って、まだ幸恵嬢がきてないよ」
克浩は窓の外を見ると、彼女の愛車ダイハツの軽が、急ブレーキをかけながら
「キーン」
という音を立てながら、門の中へと進入してきた。
「あっ、幸恵嬢が来ました」
克浩は心の中で、工場長、女でもいるのかね、うしろに嬢なんか付けて。
この時、妙に彼女のナンバープレート
「6983略して、ゆきえさん」が脳裏に焼き付いてしまった。
のちのち幾度も遭遇する事になるとは、不思議なプレートナンバーである。
「それでは、出発しまーす」
バスは長崎へと走り出しました。
旅館へ一行が到着。時間は16時宴会は19時。それまでは、各自おのおのの部屋で過ごし、宴会を終え克浩達は、2次会へ向かう前にパチンコをする事に。
同僚の亀田さんが大勝ちして、克浩も一万の儲けである。
亀田さんが、
「寿司でも食べるか」
という発言にみんなが、
「そういえば、トロって奴いただいた事ないぞ」
「よし、じゃ、みんなでトロをいただくか」
寿司屋に入りみんなで、トロをはじめフグ刺し等をたくさんいただきました。
胃袋の中は腹いっぱい。
寿司屋を後にしてファミレスへと向かう。
レストランに入り座席に着くと、向こうの方から幸恵さんと女性達がやってくる。
幸恵が、
「2次会どこへ行ったの」
「みんなでパチンコ大勝ちして、憧れのトロをいただいてきました」
すると幸恵が
「まだ、お金残っているでしょう」
「私達も連れて行ってよ」
すると亀田さんが、
「おい、克浩、おまえまだあるか」
「もういいよ、帰って寝るよ」
すると幸恵がまた、
「カラオケ行こうよ」と、言いながら、克浩の横へと座る幸恵であった。
この時、克浩の体中から、汗がしたたり落ちてくる。
「克浩、暑いのか」
「ん」
得体のしれない、汗が克浩の身体を襲ってくるのでした。
この時、克浩の頭の中では、彼女を意識したのでしょうか。
その頃、ロサンゼルスでの仕事に追われている浩美であった。
ファッション関係での英語力の足りなさに、家に帰っても語学の勉強。
遊んでる暇はなかった。
ボーッとしてると、意識のない鉄格子の中の克浩を思い出してしまう。もう、この世にいないんだからと、言い聞かせていた。

運命のいたずら

    「海水浴の思い出」


なんとなく3歳年上の幸恵が気にはなる、しかし克浩には会社で顔を見るだけで幸せであった。
社員旅行も終わり1週間が経とうとしていた。
浩美も今日は休日である。
日本の反対側で生活している。ふたりは、のんびりと海水浴に行った出来事を思いだしていた。克浩の愛車で鹿児島は阿久根市まで車を走らせていた。
勉学に励む浩美。浩美は超が付くほどの水着を着けてきた。
思わずびっくりした。なかなか胸が大きいんだな。浩美が、
「青春の思い出を作ろう」
「ん」
「かっちゃん身体に、オイル付けて」
はじめて浩美の身体に触れたのであった。
でも、こんな思い出も忘れないといけないなあと思う克浩。
浩美は、この時
「大人になって、いつか、ふたたび、ここへ来てみたいね」
と言っていた記憶がよみがえった。やがて、克浩に転機がやってきた。
次第に仕事が認められて、工場では重要な部門である品質関係の仕事をやる事に。
この部署ではs、役職ではないが幅を利かせている。
丸山寅さん。通称、寅でみんなから呼ばれている。
「今日から、品質課だからな、がんばってくれよ」
「はい、わかりました。寅さん」
「おまえ、返事ばかりいいと評判だぞ」
「はい、そうであります。宜しくお願いします」
寅さんは、彼の力量を試してみようと
「克浩、協力メーカーに、電話して品質をチェックしろ」
「はい、あの寅さん、なんて言って電話すればいいですか」
「おまえ、そんなのもわからないか、ちょっと聞いてろ」
「はい」
「もしもし、おはようございます。丸山ですが、当社の製品に問題はありませんか」
と、その時、品質課へと幸恵がやってきた。
さりげない声で、
「かっちゃんがんばれ」
幸恵は克浩に一声かけてから事務所へと戻って行く。
自分のデスクに腰掛けてから、
「かっちゃん又、寅さんに怒られてたよ」
すると課長が、
「あのふたりは、名コンビだぞ」
数日後、事務所内に克浩が入って行くと、幸恵がひとり仕事をやっている。
「幸恵さん、日本シリーズ、ダイエー対巨人、見に行かない」
「いいよ、チケット取れるの」
「有休取って買って来るよ」
「じゃ、2枚買ってきて」
「うん」
克浩は、心の中で
「誰と行くのかなあ。まあ、いいか」
数日後、事務所の外で克浩は幸恵を捕まえて、
「明日、チケット取れたら、一緒に行くね」
「えっ、どうしよう、どうしよう。かっちゃん返事あとでいい」
翌日、公園の公衆電話。
幸恵さんとふたりっきりで、行かなければと思い6時間電話を掛けるが、空しく終了。
その後、幸恵からの返事がなく、行かないのかと誤解する克浩。
克浩は日本シリーズ観戦の夢は、もろくも崩れ去りました。

    「運命のいたずら」


克浩が、ひとり品質課で仕事をやっていると、幸恵がやってきた、思わず克浩は幸恵に、携帯番号を聞いた。
幸恵は、なんのためらいもなく
「変な電話しないでよ」
と言って気軽に教えてくれた。
克浩は何度か電話するが留守電ばかりである。
ショートメールで、日々の出来事を打っていた。
幸恵が2日間風邪で休んでいたら、心配ですぐ部屋の電話に
「早くよくなって下さい」
「うん」
一ヶ月程、一日に一度メールを送っていた。
ある日の事。あまり薬だけ貰っていてもいけないので、今日は先生に会うことにした。
克浩は精神の病にかかっているが、病気については、あまり把握していなかった。
「先生、俺の病気はなんです」
「君は統合失調症」
昔は精神分裂病と呼ばれている。
克浩は椅子から、こけそうになった。その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ白になってしまった。
これまで病気になって、普通ならわかるはずなのに、克浩の性格がおかしかったのか。
翌日、会社に行くが仕事が出来ない。
早退して、病を上司に打ち明けた、しばらく休暇をとった。
幸恵につい、メールで、病の事を語ってしまい、
「好きです」
と打ち明けてしまった。
すると返事が来た。
克浩はメールで、しつこく病を語った。
「もう、メールしないで下さい」
「会社の同僚としか思っていません」
その後、幸恵とは3ヶ月会話をしていない。
克浩は携帯に電話をする勇気も失ってしまった。
秋。
克浩は大宰府の公園のベンチにひとりポツンと座っている。
周りは、若いカップルでいっぱいである。
克浩は彼女へ宛てた一通のラブレターを思い出して、ひとりつぶやいた。
「親愛なる佐竹幸恵様、デートのお誘いをいたします。
11月10日土曜日、午後2時、大宰府公園」
やっぱり来ないか、時計を見ると午後5時。
遠い木陰から、様子を伺う幸恵。
ひとりつぶやき
「気付いてくれないかしら」
幸恵と克浩、3時間もずっとこの姿勢で時間も忘れる位に、ふたり心臓をドキドキさせながら、きっと。3時間が数分にしか思えなかったのでしょう。
幸恵は、克浩からのお誘いのラブレターを受け取り、さりげなく大宰府公園にやって来ていたのでした。
それに、気付かない克浩は顔をパチンと叩き一呼吸して
「そう、うまくいくはずないよな」
ベンチから立ち上がり駅へと向かいます。
その遠い後ろから幸恵も克浩の後ろを追って行く。
大宰府の駅へと着いて、お互い帰る方角が逆である。
斜め向かいのホームへと立つ幸恵。
「どうか、気付いて下さい」
と、小さな手を胸に当て心の中で叫ぶがやがて電車がやって来て、それぞれ別方向に乗車。
二人は離れていってしまいました。
もう、幸恵と克浩は2度と会話することはないのであろうか。

   「転勤」


克浩の勤める山本自動車工業製造課内。
克浩は病を打ち明けて2週間後に不景気のあおりも関係するのか、がんばっていた部署を外され、又現場へと配置転換されていた。
上司からの説明はなにもなかった。
10日程休んで、3日後の出来事だった。
亀田さんが、飲みに行こうかと誘われた、落ち込んでいる、克浩を心配しての配慮だった。
「幸恵さん、結納済ませたらしいぞ、なんでも、社内の連中らしいが、まだ内密な話らしい」
克浩の胸の内を知らない亀田さん達であった。
克浩は、野球のチケット頼んだ時に、もう一枚コピーを持っていたのを、思い出した。
克浩は、気分が悪いと、店を出て行った。
会社に行っても現場になって事務所に出入りする事も出来なかった。
あれこれ、2ヶ月が経とうとしていた。
亀田さんらの話は、ただの噂だったらしい。
会社では、数名の本社への転勤話が進んでいた。
「長くても5年の転勤だ。あっという間だからな。せいいっぱいがんばるんだぞ、自分から志願したんだからな」
という、課長の言葉だった。心の中でつぶやく克浩。
「俺ってバカだよなあ、仕事なんかどうだっていいんだよ。ただ彼女の事、好きになりすぎてしまっただけなんだよ。もう、彼女の存在に耐えられなくなって、転勤を希望してしまって、幸恵の馬鹿やろう」
「ちょっと克浩、事務所へ書類持って行ってくれ」
克浩は、渋々書類を受取る。
もう、彼女の顔を見るのは耐えられない。
まずいなあ、彼女と顔を合わせてしまう。どうしよう、克浩は彼女の斜め向かいに立ち彼女に
「書類持ってきました」
克浩は、彼女の顔を5秒見つめる。
幸恵と目と目が合って、お互い見つめるが、幸恵の方から視線を外し幸恵は、パソコンの画面へと顔を向ける。
彼女の口をつぐんだまま、目だけがなにか訴えてるように、見つめるあの視線。
これまでにも、何度となく目にしている。だけども、克浩は声に出して一言を言うことが出来ない。
克浩の心の奥にある傷。これが、すべてを拒否してしまう。
克浩は、自分の心の傷を癒してくれる女性を無意識の内に捜しているのかもしれない。
自動販売機でコーヒーを買っている、幸恵を見て、克浩は
「幸恵さん」
幸恵は一瞬立ち止まったが、克浩は後の言葉を失った。
幸恵は待っていた。
克浩からの直接の言葉を、幸恵は女性である。
やはり、リードするのは男である。
一度、誘いを断るのは女の常識である。
克浩は女心がわからないでいた。
克浩は、彼女こそは俺にとってかけがえのない女性の様な気がしたのだが。
このあと、もっともっと、彼女への想いが大きくなろうとは、この時、思いもすることはなかったのでありました。
翌日、空港から朝7時の飛行機で東京へと赴任して行った。
空港に着いた克浩。
数名の同僚に送り迎えられ、いろいろな想いを胸に閉まって。
飛行機に乗り込み旅立って行く克浩。
もう、永遠に彼女と会うことはないのであろうか。
ガラス越しに、外を眺め涙があふれてくる克浩であった。

神秘の森

 「克浩の苦悩」
「すいません」
羽田に降りた克浩は、女性とぶつかった。
「もしかして、木村克浩さん」
克浩のぶつかった女性は浩美であった。
浩美は、日本へ帰って行く所だった。
大きな独り言、克浩は機内で夢を見ていた、親父から、おまえは廃人になったと浩美に告げた事を聞いていた。
それから、幸恵という女性に恋をした。
浩美は、もう、忘れているよな。
廃人か。
克浩は、過ぎ去った過去を思い出していた。
そして、幸恵という女性の存在も忘れられない存在である。
病が、ふたりの女性との関係を闇にほうむられてしまった。
過ぎ去った恋に悩んでもしょうがない。
枕元に浮かんでくる女性は幸恵であった。
駅を降りた克浩は、タクシーを待った。
幸恵にそっくりな女性が赤い車に乗ってるのに出会った。
ふと、プレートナンバーを見ると、6983である。
幸恵の愛車ナンバーが目に飛び込んだと同時に、過去の、135番が脳裏に浮かんできた。
会社へ着くと、やっぱり、6983という、ナンバーの車が止まっている。
克浩は、パニックになりそうに感じた。
翌日、会社を休んだ。
克浩は精神的にくたびれていた。
もう、30歳も近づこうとしている。
会社には、体調不良で、少し休みますと連絡をした。
仕事は、新機種の立ち上げで、しばらくは、雑用の仕事であった。
克浩は赴任してきてまだ、働いてもいないのに、そろそろ正月休みでもあり、仕事をドタキャンした。


神秘の森


静岡ICまでやってきた克浩であった。時計を見ると翌日の深夜3時である。
「かなり寝ていたんだな」と独り言を言った。車は高速に進入した10分程して標識を見ると行き先は東京となっている。
どうやら九州とは逆の方向を走っているようだ。少し眠気が襲ってきた。
日本坂トンネル。昔大事故があった所である。小説にあったよな「トンネルを抜けたら雪景色だった」「東京まで行ってから帰るか」
と、トンネル内に車は入っていった。
長いトンネルとは思っていたが、いつまでたってもなかなか出口に辿り着けない。
少し身体がブルブルと震え、寒くなってきた。
周りを見渡すと対向車もなく後続の車も見当たらない。なんか変だなあと思い始めた。
そうこう考えてる内に出口が見えてきた。トンネルを抜けた、しかし、そこは雪がたくさん積もっている。
「ここはどこだ」
何も車の光も見えない。対向車もいない。克浩は気味が悪くなってきた。
とにかく、高速を降りてみようと思った。ぶすっとした血の気のないようなオジサンに通行料を渡した。まったく人影がない克浩は早くこの場を去りたい気持ちでいっぱいだった。標識があった。左へ行けば「神秘の森」と書いてある。右は何も表示されていない。克浩は神秘の森へと車を左折し走らせた。忘れていた、車のナビを見ると
道ではない道を走っているようだ。とにかく、ナビに走行が写る道まで運転しようと思った。
「俺、頭がおかしくなったのかなあ」と独り言を言った。

1時間程走った所で家の明かりがひとつ見えてきた。
「あの家に今晩は泊めてもらうか」と車は大きな屋敷の前に停車した。
「トントントン」
「ガチャ」
やさしそうな感じの50歳位の女の人が出てきた。
「あなたも、トンネルを抜けて薄気味悪い道を通ってきたの」
「ハイ」
「なんか悩みがあるの」
「私の家にはそういう人達がやってくるのよね」
「そうなんですか」
「今日は、泊まっていきなさいよ」
「ありがとうございます」
目玉焼きの匂いがする。克浩は頭の疲れを癒しかなり熟睡」していたようだ。
「おはよう、よく寝れましたか」
「あの、ここはどこなんですか」
「住所は秘密にしときましょう」ここから10キロ程車を走らせると、トンネルを抜けて高速のインターがあるから、あなたの心の傷が癒されたら帰るといいでしょう。
それまでは、ゆっくり家で過ごしていなさい。私も一人暮らしで淋しいから。私、過去に精神病院で心理の先生やってたのよ。ここへ来たのは5年位前から、先生やってたのに自分が心の病気になってね。かなりの貯金があったから、この場所へ家を建てたのよ。
食事は自給自足がモットーなの。
「ところで、あなた今度はどうしたの」
「よかったら話して聞かせて、スッキリするわ」
克浩は、ぼそぼそと話しはじめた。
突然、大粒の涙が夕立のように流れ落ちてくる。
「散歩でもしない」
「周りはなにもないでしょう」
「ずっと日本を旅して、ここに家を建てようと思ったのよ」
「世に中には不思議なことが、まだまだいっぱいあるのよね」
「あなたが何年後かにこの場所を捜しにきたらなにもなかったりして」
「でも、ここは現実の世界よ」
「なんか神秘めいて私の家に誘導されてきたのも、あなたの病と似ているかもね」
「続きの話をして」
やっと、あの部屋から抜け出す事が出来ました。いっぱい、遊び道具を車に積んで愛する福岡に向けて出発です。
「もう、お昼よ」
「私、ここで自由に生きてるの」「あなたは、まだ馬力があるから、又やり直せると思う」
「そうかなあ」でも、今の会社に戻るのは不可能だよ。と内心思うのでした。
「あなたの病気は、たぶん」
「自生思考、幻聴でもあるのよ」
いろいろな考えが自然にどんどん浮かんできて、コントロールできない体験ね。
自生思考は、統合失調症の初期状態の一症状である。
可能性があるらしいとの事。でも、発病から、4度目の入退院を繰り返した当時は、強迫症状「強迫観念」言葉が「声」になっていなく、あくまで、「考え」なのである。これには、次のような症状がある。
自分の意思に反して、たいして意味のない考えが繰り返し浮かんでくる体験。
「そうなんです」
「今度は、じっくり病を治しなさいよ」「はい」
克浩は、だいぶん情緒が安定してきた。テレビを観るとあさってから又寒くなりそうである。
「明日の明け方に帰ります」
「もう、大丈夫、無理はしないでね」克浩は早く田舎に帰りたかった。
今日は、晴天である。車にエンジンを掛け出発。
「どうも、お世話になりました」
克浩は、この2日の出来事は自分の胸に閉まって置く事にした。

ラスト  必死の帰路

必死の帰路

妹に、一方的にメールをしている。返事は何も返って来ない。でも文章を打つだけで克浩の心は落ち着くのでありました。
高速道路、早く西日本の都会、関西を抜け出したかったとにかく車の量が多いから。広島まではノンストップで走るつもりである。ラジオにスイッチを入れると、夜半から又寒くなりそうであった。タイヤはスタッドレスに変えてあるから、多少の雪道には対応出来る。車で音楽。流しながらずっと音楽が気力を引っ張っている。広島は宮島パーキングエリアに近づいた。ここで少し休む事にした。
克浩の頭に又、幻聴が襲ってきた。
中森明菜の難破船が聞こえてきた。
「たかが恋なんて忘れればいい泣きたいだけ泣いたら、目の前に違う愛が見えてくるかもしれない、そんな強がりを見せるのも、あなたを忘れる為」
克浩の目には、大粒の涙がポタリと落ちてきた。
パーキングエリアで食事をして、出発です。山口県にはいった所から少々の雪が舞ってきました。積もってはいないのだが、パラパラと車のガラスに雪がぶつかっていきます。
あと、50キロ位進むと九州に進入する。
「運転がんばれ」
ここで、事故ってたまるか。新聞には心神喪失で車の操縦を誤ったと書かれて見ろ。
死んでも浮かばれないぞ。
又、克浩の脳裏に過去がよみがえってきた。
雪がドンドンひどくなってきます。もう、視界が2メートルといった感じです。トラックの運転手は慣れている。100キロ位でどんどん追い越されて行きます。

    幻聴

関門海峡の入り口が視界に入ってきた。
その時
「浩美」
なんだ、この声は
慌てた克浩は左カーブに差し掛かる手前で大きくハンドルを左に切った。
タイヤのキシム音がそして
「ズトーン」
車が高速の壁に追突した。
車はボンネットがぐしゃりと凹んでいる光景が追突の凄さを表していた。
意識不明で病院へ運び込まれていた。
一報は、会社へ至急連絡が入った。
克浩は危篤状態であった。
翌日の朝刊には一面に事故の報道が伝えられた。
克浩に縁のあった人達は事故の報道を見てみな病院へかけつけた。
浩美がいた。
克浩は、意識が、いや目を開けたような気がしたが、ニッコリと笑みをこぼした瞬間に息を引き取った。
はかなくも短い克浩の人生であった。
ここまで読んでくれてありがとうございました。

統合失調症

統合失調症

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-08-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

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