哀しい微笑

静深

 「愛し方なんて知らないわ」
 そう哀しくほほ笑む君を僕は愛していた。
 僕だって解らないよ、愛なんてさ。
 それでも、解らないままに僕たちは恋人関係となった。君のかんばせの造形にほれ込んだ。僕はいつしか君しか見えなくなっていた。
 「愛って何なのだろう?」どろどろに溶けたアイスクリームを口に運びながら、君は僕に問うた。
 「ブラックコーヒーのごとき苦みがある。そこにシュガーを溶かしたかのような甘みがある」君は昔から甘党だ。
 恋はあまくて、愛は苦い。
 理想だけで突っ切った。それが恋から愛に切り替わってから、見えない素顔が表出していった。刃物で肉をえぐるみたく素肌の君は生々しい。
 受容の能力に欠けた僕は、愛する能力に欠けた人間で、理想像を押しつけては君を苦しめていたね。
 「僕こそ知らないよ」
 うそを吐いて吐き続けた。
 愛情とは、君がどんな人間であっても受け入れて抱擁する事。
 そんなうそ吐きな僕を見て、君はその度にいつでも哀しく笑うから。
 「私も解らないの」
 その言葉に隠された君の辛苦と、僕にうそをつく君の優しさ。君は自分で抱え込んでばかりで、僕に理想を押しつけはしなかった。
 甘える事をしない君、抱え込む君、愚痴をこぼさない君。
 僕の方が愛情を知らなくて、僕が知らず知らずのうちに君は傷ついていった。
 ある日、僕は初めて自殺未遂に及んだ君を見て、君を呵責した。僕をどうして頼ってくれなかったんだって。君はまた哀しく微笑した。
 「だって、頼ると不安を与えるじゃない」
 何倍も大人びた君は常に僕の先を生きていた。僕は君に我慢をさせては理想を押し付けては負荷を強いた。
 ねえ、愛って一体何なのだろう?
 疑問の雨が降り続き、僕はそこで雨ざらしとなって静謐にたたずんだ。
 君が僕に以前ほど甘えられなくなったのは、僕の真意を君が見抜いていたから。君の哀しい微笑の意図を見抜けずにいた僕を赦して。
 「ごめんね。こんなにも追い詰めて」
 赦される罰なら、赦さずにいっそ責めてほしい。
 でも、君は僕を怒る事も赦す事もしない。
 「私の方こそあなたを追い詰めてしまって、ごめんなさい」
 哀しみは蒼穹のように青青としていた。ボタンのかけ違いは、修復が不可能なラインにまで到達して、君は現世から飛翔した。
 普通であってほしい、かわいいままでいてほしい。
 積もり積もった僕の押しつけが君を殺めたんだ。
 君の死後、机上に残されていた走り書きのメモを見た。
 「弱い私をどうか認めて」
 僕の理想は君の素顔を拒んだ。
 君を受容できずに、認められずにいた弱い僕。愛を本当に知らずにいたのは僕の方だった。
 君の言葉を借りるならば、本物の君を受け入れられずにいた「弱い僕をどうか認めて」ほしい。

哀しい微笑

哀しい微笑

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-08-02

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