ファッション!!!

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  1. 小学校の思い出
  2. 時は経つ
  3. ペレペルソナ
  4. 彩乃ちゃん

小学校の思い出

 5秒前。ま夏の太陽は運動場の砂からぜんぶの水分を吸収しようと企んでいてまるでサファリパークをつくりたいみたいな校舎の、静寂の中聞こえるのはペンのカリカリいう音だけで教師は赤ペンを握りしめ書類を丁寧にファイリングしている。砂漠で生き抜く方法を伝授しよう。砂漠では、まず砂を掘って一つコップを置く。その上に水をろ過できそうな薄い紙一枚を固定して一晩か二晩まつ。すると夜の湿気が地面に染み込みコップに溜まって飲み水が確保できる。土からサボテンだって少しの水分を吸収しているんだ。土には水がある。な?
 4秒。かたり、とペンを置く音とともにため息があちこちで漏れる。薫は時計の針に目をやって今回は簡単なテストだったから結構手ごたえあるなと感じていた。
 遥はまだ眉間に皺を寄せたまま文字の羅列を読み返して翔はもう諦めたのかずっと居眠りしていてしずかちゃんは薫の方ににっこりと合図を送るくらい余裕があって、そんなそれぞれの過ごし方を教師は一瞥で読み取ってなんとなくため息をつく。3秒、2、1、チャイム!
 終わったーとあちこちで歓声がきかれた。はい、後ろの人から集めてー!教師は叫び、やすみだーと翔はドッジボールを確保しに走り、薫は学級委員の鏡よろしく30人分のテストを担任に手渡しにいった。20分休憩の過ごし方は様々で大きな校庭の楠が陰と木漏れ日をおとす涼しい窓際に女子達が集まり、翔はドッジボールするぞーとクラスほとんどの男子を引き連れて行ってしまい担任に今回は難しかったとか文句を垂れる連中は先生の机の周りに集まった。
 薫は遥に、一緒にドッジボールやらないかと声をかけるが遥は頑なに首をふり、本を一冊持って自分の机にひとりぼっちではりついていた。彼は自分自身の殻にこもっているようで見えないバリアを張っている。
 うって変わって喧騒。ガヤガヤとなる教室。そんな場所でひとりぼっちで本を読むのがどんなに寂しくて苦しいか薫にはわかる。だから誘うのに遥ときたら誰にも心を開こうとしない。彼は相当な変わり者だからだ。遥のランドセルは赤やピンクでもなく黒や青でもなく黄緑。彼の愛読書は手塚治虫の火の鳥と江戸川乱歩の怪人二十面相。毎日学校が楽しくなさそうな表情で登校し授業は真面目に聞くがどこか上の空で成績は良くないし、休み時間は誰とも関わらずひたすら本と対話し、下校は真っ先にひとりぼっちでそそくさと退散する。そんな遥が気の毒でないはずがない。彼の上靴には涙がしっかり染み込んでいることを薫は知っている。だから、ちょっと声をかけるのだが。
「なあ、今日お前んち行っていい?遊ぼうぜ。」
「ごめん、今日はピアノがあるんだ。」
「そっか。」
「なあ、今日お前んち行っていい?」
「今日はスイミングスクール行かなくちゃ。」
「わかった。」
「今日は何もないだろ?お前んち行っていい?」
「今日はそろばんがあるんだ。」
「仕方ないな。」
 こんな調子だ。しかし薫はふと思い当たって、もしかして家を知られるのが嫌なのか、それなら、と試しに聞いてみた。
「今日俺んちこない?」
 遥は、長いこと考えた。カップラーメンが伸びてしまいそうなくらいの時間が経った。そして返事をした。
「今日は習字の先生が来るんだけど、休みにしてもらう。啓太君ち行くよ。」
 薫は内心ガッツポーズだった。そこから遥のバリアはゆっくり剥がれていった。 
 小学生が大人になるのは早い。しずかちゃんは勝手に綺麗になっていき、相変わらず薫に優しい眼差しを送ってきた。翔は竹を割ったような性格だったから遥の黄緑のランドセルに対して興味をもたずドッジボールの仲間にすんなりと彼を受け入れた。遥は運動が下手くそだけどそれなりに楽しんでいるようでオドオドしながらも話すようになった。学校は楽しい場所だ。少なくとも勉強についていけなくなるまでは。
 「薫君、私あなたのことが好きみたい。」
 しずかちゃんの告白は当然の成り行きだった。今までさんざん好意を隠そうともせず好き好きオーラを放ちまくっていたしずかちゃんだが、意を決したのは彼女の転校のためでもあった。
「私ね、翔君に告白されてるの。でも私は薫君が好き。転校しちゃうけど遠距離だけどつきあってもらえませんか?」
 小学生の付き合いなんてのはいっしょに遊ぶ、手をつなぐ、ぐらいが関の山でチューをするなんてのは難易度が高すぎる。転校といっても町は隣。電車で三駅もすればつくくらいの距離なのだ。だが小学生にとっちゃはるかかなたではある。
 薫はずいぶん迷った。翔は彼の親友だ。それに自分はどっちかといえばしずかちゃんが好きではない。もっと我が強く、ボーイッシュで面白い女の子がタイプだったのだ。しずかちゃんは女らしくておしとやか。綺麗ではあったが面白みに欠けていた。薫はしずかちゃんに言った。
「ごめんね。」
 その一言で十分だった。しずかちゃんは赤い顔をゆがめて笑った。
「わかった。こっちこそごめん。」
 翔としずかちゃんが無事くっついたということは親友本人の口からきいた。舞い上がってうれしそうな翔を見て、薫は自分はいいことをしたと納得していた。薫の部屋に来ていた遥も、よかったねと言ってくれた。遥は本当に気分がよさそうで、その話をしたときにおやつを三回もお替りしていった。部屋は二回の南向き、日当たりが良好な場所にあり、夏まっさかりのこの時期にはうだるように暑くなる。オレンジジュースがおいしい。BGMでかかっているのはショパンのノクターンをジャズアレンジしたテンポのいい曲だった。薫はクラシックを好まないが遥がリクエストした。心が洗われる、というのが彼の言い分だった。
「しずかちゃんのどこが駄目だったん?」
 遥が聞いた。
「なんていうか、刺激がないんだよ。遊んでいてもおとなしいだろ?俺は翔みたいなリーダーシップをとれる奴がいいんだ。言うこともユーモアがきいているしな。」
「薫君は贅沢だね。しずかちゃん、あんなに綺麗なのに。じゃあ、翔君のことが好きなの?」
「翔は親友だよ。女の子で俺のタイプの子は例えば山本さんみたいな子だ。」
「山本さんが好きなんだ?」
「例えばの話だよ、山本さん、ヒップホップダンスやってるんだぜ。」
「僕もやってみようかな?」
「ん?なんで?」
「薫君のタイプになりたい。」
「笑える冗談よせよ、遥は男だろ。」
「そうだけど。」
 このころから、遥はゲイとしての片りんを見せていた。遥が好きなのは薫だった。その気持ちは本気であり、生半可ではなかった。しかし性的思考というよりも友情のほうが強くあった。遥は自分を友達にしてくれた薫の度量の広さにあこがれていた。
「遥はいいやつだよ、変わってるけどな相当。」
「僕は薫君の親友になりたい。」
「まあね。いいんじゃない?」
 どんなつらいことがあっても遥は薫を助けようと思っていた。

時は経つ

時は立つ。時間の流れはとても速い。まるで流しそうめんが上から下へと流されていくように人間たちも流し流されそれぞれの生業を営み、新しい命さえ誕生させる。 
 彩乃ちゃんは、繊細な子どもだった。静かさを好む両親に箱入り娘として大切に大切に育てられ、3歳で読み書きが出来たしアルファベットを覚えたのは5歳という天才ぶりだった。絵本をまるごと暗記したこともあり親のことを驚かせた。ただ、繊細すぎたのだ。小学校に通い始めて彩乃ちゃんは壁にぶちあたった。なんでこんな騒がしい場所?男子も女子もキャーキャー騒いで走り回っている。担任教師は大学を出たばかりの新人新米。彩乃ちゃんは不安でたまらなかった。見ず知らずのこんな場所にぽんと一人きり放り出され今までそばにいたはずのお母さんもいない。辛かった。そしてすぐに不登校になった。最初の一週間は行っていたのだが、保健室の女の先生から離れられなくなり、それもだんだん辛くなってきた。4月15日。彩乃ちゃんは早退した。担任の山本はイカツイ男で、他のヤンチャな生徒に気を取られ、彩乃ちゃんがお腹が痛いから早退しますという言葉を真に受けた。次の日は無断欠席した。だが。両親に学校へ行っていないと知られるのは彩乃ちゃんにとって何よりプライドが許さないことで、彩乃ちゃんはランドセルを背負って近くの繁華街をうろうろした。時間潰しだ。両親は共働きで、彩乃ちゃんの様子には気づかない。彩乃ちゃんが繁華街でみつけたのが、薫の店、ペレペルソナだった。オレンジのショールを巻いたマネキンが、薄い黄色のシャツとグレーのスカートをまとってポージングしている。彩乃ちゃんは可愛いと一目で気に入った。中に入った。中には薫ともう一人男性店員がいて、遥だが、彼は薄紫の髪の毛をした中性的な人だった。男なのに薄化粧していたが白いシャツとジーンズがなぜかとても似合っていた。スーツの薫。革靴が高くてピカピカ輝いていたが、物腰が柔らかく、親しみやすい雰囲気を心がけていた。彩乃ちゃんはおずおずと、店内を物色していたが、小学生がこんな時間にである、すぐ遥たちに声をかけられる羽目になった。
「いらっしゃい。」
 紫色の人がいった。
「あれ?学校は?」
 彩乃ちゃんは黙って立ち去ろうとした。
「ちょっと待って。お茶でものんでいかない?お菓子もあるよ。」
 紫色の人がいった。

 しずかちゃんと翔は無事結婚し、同窓会のよしみで薫は結婚式のスピーチに駆り出された。そこで観客を泣かせる感動的なスピーチを語り、大いに株を上げたのだ。翔も涙ぐんでいた。感慨深かった。翔と薫は同じ会社に就職し、地元の名士として名をはせた。営業部、毎日すべきことが山のようにあった。日々が充実していた。少なくとも、翔はそう思っていた。夫婦生活も良好で何の問題もなかった。あの日までは。

 

ペレペルソナ

遥は、紫色の髪にパーマを当て似合うように薄めのファンデをぬり、唇にも白のリップをひいている。腕時計にはこだわりがあり、カルティエで、女性ものに近いデザインだ。ジーンズに合わせているのはadidasの赤のスニーカー。ハニーズで買った女用のシャツで決めている。しかしスカートは頑として履かなかった。紫に似合う薄い色を好んできていた。遥は毎日違うファッションを楽しんでいたが、薫は違った。スーツはニューヨーカー。髪型はツーブロック。時計はエドックスだ。薫はこのスタイルを貫いていた。二人からはあったかい家族の雰囲気がした。いや。家族の温かさを語るには今日の天気は暑すぎた。春なのにエジプトの砂漠の砂が舞うようにひらり、落ちるのは楠木の木の葉で、木漏れ日がさんさんと照りつける太陽を緩和してくれるから鳥たちは枝に集まってきて涼を取る。

彩乃ちゃん

 時刻は12時すぎ。ちょうどお腹の虫が喚くころだ。甘いアールグレイをのみプリンを食べる彩乃ちゃんをじっと観察していた遥はあることに気づいた。彩乃ちゃんは小学校1年にして化粧をしている。ファンデを塗り、眉墨をひき、アイラインが似合っていない。彩乃ちゃんは彩乃ちゃんで、居心地の良さの正体はなんだろうと訝しんでいたのだが、遥の一言に少し懸念を感じた。
「ねえ、化粧は大人がするものだよ。今からファンデ塗ってたんじゃ肌荒れしてシミになるよ。一回顔、洗ってきなさい。」
 学校へいかないのをとがめられたかと思ったら違った。彩乃ちゃんは渋々奥の洗面台に向かった。ファンデは、母親のを勝手に使ったのだった。
「店の洗顔料使っていいから。おすすめはちふれ。無添加だし安いの。」
 彩乃ちゃんは言う通りした。
「よく泡立てるんだよ、そして肌に染み込むようにしっかり洗う。スキンケアを教えてあげよう。」
 そうこうしてる間薫は黙っていた。ただ、彩乃ちゃんにおかわりの紅茶をいれてくれた。
「この紅茶、おいしい!」
 彩乃ちゃんが言った。
「特性のスパイスと、それに酒を少しばかり入れている。」
 遥が言った。嘘をつけ、と薫が言った。もちろん、うそだった。
「ちょっと待ってて。」
 遥は化粧水と乳液、美容液を携えてきた。
「幼い頃は、スキンケアだけで充分。むだな化粧はやめなさい。まず化粧水で整えて、乳液を染み込ませる。乾いたら、美容液で肌をツルツルにするんだよ。」
 彩乃ちゃんは言われた通りやってみた。肌は綺麗に、艶がでた。
「いいかも。」
「でしょう?」
 楠の葉が舞い落ちる。彩乃ちゃんの肌は一皮むけて、若葉のようにみずみずしくなった。それかまるでモンシロチョウのようだった。
「ランドセル、目立つから奥に置いてきな。それから制服も着替えようね。」
 遥は店の子どもコーナーからディズニーのキャラクターの上着とピンクのスカートを持ってきた。
「キャラクターものは嫌。子どもっぽすぎる。」
 彩乃ちゃんが文句を垂れると
「可愛くないガキ。」
と、今度は赤のワンピースを持ってきた。
「私、コーディネートが一番好きなんだ。」
 遥は彩乃ちゃんの髪をくしでとかし、器用に二つ分けの三つ編みの編み込みを作った。彩乃ちゃんはされるがままだ。
「さてと、本題だけどね、どうして学校いってないの?」
 きた、と彩乃ちゃんは思った。
 道端に咲くタンポポと温室で育てられたバラには大きな隔たりがある。薔薇はその土から気温から水から何から何まで管理され、繊細に気遣われ、適正な育て方をされて初めて大輪の花を咲かせ高級花店で一本500円で売られるのだ。愛する人へのプロポーズに使われたりピアノやバレエのお祝いとして発表会で花束にされて渡されたりステキな贈り物として喜ばれ愛される。対してタンポポはどうだろう。道のコンクリートの隙間に綿毛をとばし、日本中どこでも咲いているしちょっとくらいの風や雨にはビクともせず誰の助けも管理もうけないで勝手に咲いている。仲間はアリやてんとう虫くらいのものだ。人間には見向きもされず時に犬のおしっこなんかを浴びたりしてそれでもめげない。タンポポと薔薇とどちらが有り難がられるかといえば、薔薇だ。だけどどちらが強いかと言えばタンポポ。勝負の方向性によって勝ち負けが変わってくる。彩乃ちゃんは薔薇で、遥はタンポポだった。彩乃ちゃんは温かい家庭で育てられ順風満帆な人生を送ってきた。愛情ゆたかな人に囲まれていたし何一つ不自由はなかった。だが、それら手厚い保護の手が全て取り去られた時、彩乃ちゃんは弱かった。遥は元々何も持っていなかった。毎日の食事を用意しない母親、外に女がいて帰ってこない父親、性的マイノリティーである自分自身への否定感。マイナスしかないところで彼は育てられた。だから、弱者への理解とか何もなくなったときの辛さと一緒に生きてきた人だったので分かる気持ちというのがあった。彩乃ちゃんは学校が嫌な理由を盛大にわがままいっぱいに語った。遥には通じるものがあったのか、それとも自分とは真逆だと感じていたのかわからないが言った。
「僕の親は教育ハリケーンだったよ。たくさん習い事をさせられた。だけど親に甘えた記憶は一切ない。彩乃ちゃん、君はちょっとあまえているんじゃない?」
「でもほんとに、学校にはなじめないの。友達100人できるかな?できるわけないってーの。」
「はいはい、事情はわかった。だけど学校に連絡しないのはまずいんじゃない?」
 彩乃ちゃんが2杯目の紅茶を飲み終えたのを確認して遥は言った。
「学校に行きたくないと。でも親にバレたくないと。それならこれからペレペルソナにこればいい。学校の電話番号わかる?」
 彩乃ちゃんは素直に、ランドセルから入学式でもらったしおりをだした。遥は何やらスマホを取り出して番号をプッシュさせた。
「お世話になっております。1年3組吉田彩乃の父親です。担任の中村先生はいらっしゃいますか?え?授業中。はい、はい、あの実はですね娘が腹痛を訴えまして、嘔吐や下痢があり、病院へ行きましたところ盲腸の疑いがあるそうなんです。はい、はい、それで詳しく検査して、手術が必要かもしれないと、ええ、そうです。はい、南病院です。はい、当分の間欠席いたします。はい、もちろん自宅学習で学科にはついていけるよう努力いたします。はい、恐れ入ります。では失礼いたします。」 
「僕らは虚構の中に生きているんだよ。」
 遥は語りだした。たとえ嘘だったとしても身を守るためなら本当にしてしまえばいい。お腹が痛い、それは学校が嫌だから。盲腸になった、それは長く休みたいから。彩乃ちゃんが悪人にならないよう遥が替わりに嘘を吐く。失うものなんてないから平気なのだ。でも、と、遥は続けた。
「勉強はしておいて損はない。彩乃ちゃんだって学びたいんだよね?アルファベットがいえる、素晴らしいじゃないか。じゃあこれからはペレペルソナでドリルをするんだね。お小遣いをもらってきなさい。小学生用の通信教育を申し込んであげるから。」
 勉強は、大人になって役立つ情報だ。みんなが平等でいられるわけじゃないが勉強ができればそこそこ有利に働く。いつか、学校に復帰することを踏まえて遥は、彩乃ちゃんを気遣っていた。

 昔、薫と翔は職場で毎日顔を合わせているにも飽き足らず頻繁にお互いの家を往復した。時には泊まっていくこともあった。しずかちゃんは複雑な気持ちで薫を出迎えもてなし見送った。昔好きだった人。幼馴染。結婚はしているが翔は薫の親友であることは変わりなく、そこには女が入り込めないような固いきずながあり、しずかちゃんはそれを少しうっとおしく思った。男同士の友情。悪くはないけれどそれがあったって腹は膨れない。翔は、しずかちゃんが薫に告白したことを知らない。知っていたらこうはしないだろう。しずかちゃんにとっては拷問のようだった。

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更新日
登録日 2020-08-01

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