深愛

静深

 私に初めて出来た彼氏。ダイヤモンドのようにぴかぴかとした光輝を放つ彼は、私を硬直させた。
 身動きが取れない。固まったまま彼を見詰めた。
 時がまるで止まったよう。他に映る光景が視界から排他をされたかのように感じられた。
 壊れ物を扱うみたく彼に近付く。名前を知り、年齢を知った。
 清明な笑顔は日射を反射する海のようにきらきらとしていた。暖かな声は木漏れ日の温かさを連想させる。そんな彼に私は惹かれた。
 眉目秀麗という言葉は彼のためにある。この四字熟語を体現した彼。柔らかな髪に透き通る膚。明朗さの中に憂いを秘めていた。
 掴もうとしては遠のく。儚さが怖かった。すうっと消えてしまいそうなミステリアスな魅力。
 私たちは暇さえあれば病棟内をぐるりと一周し、互いの素性についてを語らう日々を過ごす。
 薬物依存症。そうした隘路が私達を例え阻んだとしても私達ならば、それを乗り越えられる。根拠もなくそう信じ込んだ。
 好きだったから、現実なんて怖くなかった。将来よりも目先の幸福を求めた。愛だけでは未来を到底やり抜けやしないのに。
 私の脳内に付き纏う彼の生霊。逃げても逃げてもゴールのない恐怖。昔日の思い出が刃を向けては私の心をずたずたに切り刻む。
 過去を割り切れていない。どんなネックがあろうとも彼を受け止めると決めていた。それは愛。
 私に苦しさを残して立ち去った彼。余韻は私の中でずっと続いたまま。彼が知ったら何を思うのだろう。
 そんなある日、彼は閉鎖病棟から開放病棟に移動した。
 私は彼を啼泣をして見送ってから売店のプリンを認めた。プリンのカラメルが妙に苦かった事だけを覚えている。
 後日、彼が双方の病棟を行き来しての生活が始まった。私は喜んだ。昼食を食べて下世話な話で盛り上がって。それが幸福なのだと知る。
 彼の退院後に私は彼に告白した。彼は明朗な音吐でそれを承諾した。何時だって柔和で怒る事の決して無かった優しい人。私は貴方で愛を知りました。
 一緒に行ったカラオケボックスに初めて体を重ねたホテルに昼食を共にした飲食店。私ばかりが往時にいつまでも囚われたままなんだ。ねえ、狡いよ。
 しかし、楽しさだけでは乗り切れない事もある。
 快楽はすぐ忘れるのに、苦痛はどうして何時までも覚えているのだろう。彼からの乞食を受けて、私の中にある彼への気持ちは光輝を喪失した。
 彼を初めて拝見したあの日の衝撃は消え失せて、私の中には失望の味がじわりじわりと広がって行った。それは五臓六腑にまで拡大した。
 それは現在の彼氏にも通ずると言える。
 彼への愛はすっかり欠落して、私は彼をいつしか冷めた目で観察するまでとなった。冷たくて、ひんやりとした感覚。それが四六時中もあった。
 そんな私達に打撃を与えた場所。それが西成区であり、彼と覚醒剤との邂逅はそこで知り合った男性をきっかけとしている。
 交番の出入り口に座り込み、警察官に抗議の意を示す男性から案内される形で闇市に向かう。
 彼はそこで男性と話し込み、覚醒剤に異常なまでの執着心を見せた。私の言葉はすっかり聞こえず、聾唖のような彼を止める事は不可能だった。
 西中島南方で彼が手に入れた覚醒剤。
 彼はパチンコ店のトイレでそれを炙る。疑心暗鬼に陥ってからまるで逃亡するかのようにして、現地から地元にまで1人で立ち戻った。
 彼が現在、何をしているのかは分からない。私への恩もとっくに忘れている事だろう。
 ただ、忘却とは幸せとなるためにある。彼が忘れる事で幸福となれたなら、私はそれを喜ばしく思う。

深愛

深愛

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-07-31

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted