蛇の嫁入り

蛇の嫁入り

茸の絵師の物語です。縦書きでお読みください


 木野が信州の草衛門から送られてきた佃煮の樽を城に届けてきた。
草衛門は一年ほど前、茸の佃煮を信州から運んできて、江戸の町で売り歩いていた浪人者であった。草衛門に茸の佃煮の作り方を教えたという老婆は奇妙な茸を見つけ、最後はその茸に食われてしまった。草衛門からその話をきいた茸酔は物語にして茸草子の一つとし売り出し、人気を博した。草衛門の兄が江戸の城に勤めており、彼の作る佃煮を、茸酔を通して城に納めることになった。その役割を木野がやっているわけである。城から受け取った代金は、信州から茸酔の実家の宿屋『井草』に毎年来る、茸採りの熊蔵に託して草衛門に渡すことにしている。
 「おじさん、こんなにたくさん駄賃もらったよ」
 城の台所に行くと、係りの女中さんが木野に佃煮の代金と運び賃を払ってくれる。
 「そりゃあ、よかった、だいじに使えよ」
 木野は茸酔の姉の娘で、茸酔の師匠である虎酔の世話のために住み込むようになり、師匠が亡くなっったあとも茸酔を手助けしている。
 「お城の台所で働いているおばあさんが面白いことを言ってたよ」
 「なんだい」
 「おいしい茸を見つけるのに蛇を使う人がいたんだって」
 「どこにだい」
 「上州だって」
 「あのあたりも茸が多いからな、面白そうな話だな、そのおばあさんからその話を聞きたいな」
 「聞いてみるね、そのおばあさん、米さんていうんだ、深川の長屋に住んでいるって言ってたから遠くないよ」
 数日後、木野が米ばあさんを茸酔の屋敷に連れてきた。仕事の休みの日だそうだ。
 「よく来てくださった、どうぞ入ってください」
 「ありゃ、木野ちゃんはいい家に住んでいるだね」
 「おじさんの家、私はここに奉公しているの」
 「木野ちゃんのおじさんかね、どうも米です、米を炊くしかでけねえんですけどね、蛇の話はできると思うよ」
 米さんは、こんな立派な家に上がったことがにゃい、などと言いながら、どっこらしょと玄関から上にあがった。
 「おじさん、茸の絵を描いているの」
 「そうかね、あたしゃ、茸は食べるのがいいね、木野ちゃんの持ってくる茸の佃煮うまくて誰も残さないのでね、なかなかあたしたちの口に入らんよ、だれか残せばもらえるんだけどね」
 「木野、うちにはあるんだろ」
 「うん、あるよ、米さん、帰りに持ってってよ」
 「そりゃ嬉しいね」
 米さんは座敷に通された。
 「あんりゃま、きれいな部屋だこと、だけど庭がごちゃごちゃだね、うちの長屋に庭いじりのじいさんがいるよ」
 茸酔は庭の手入れなどは苦手である。
 「それじゃ、いつかたのみますよ」
 「ああ、伝えとくよ、もう隠居のじいさんだから、仕事がもらえると喜ぶよ」
 米さんは座布団の上に座ると、「あ、あそこに茸がはえとる」と庭の椿の木の下を指差した。
 茸酔が見ると、小さな桃色の茸が生えている。針金のような細い幹の上で透き通るような傘がかわいく揺れている。絵になる。茸酔は灯台下暗しだと頭をかいた。
 「米さん、目がいいねえ」
 お茶とお菓子を持ってきた木野が驚いている。
 「そりゃあね、あたしゃ、榛名の山で育ったんだ、山歩きばかりしていたので、遠くのものはよく見えるんじゃ」
 「榛名は私も佐渡に行くときに泊まりました」
 「ほうそうですかい、いいところじゃろ」
 「はい、榛名山にもいって、茸の絵をたくさん描きました、湯も良かった」
 「そうですじゃろ、若い頃は湯の宿で働いておりまして、そこに泊まった江戸の男に惚れられましてな、まあ腕のいい大工で、江戸のお城の養生などをたのまれていたようで、稼ぎは悪くなかったので、親の方がもらってくれと、勝手なことを言って、くっつけられましてな、ほほほ」
 話し好きなばあさんだ。
 「それで、江戸に出てきたら、それでもそのころは新しい深川の長屋に住むことになりましてな、こりゃあいいと思いましたよ、八人の子供を産んで、男の子はみな手に職をつけ、娘は嫁にいって、じいさんと二人になって、あのころ、じいさんはまだ城の直しの時には呼ばれるが、あたしゃ、なにもすることがない、じいさんが城に行ったときに飯炊き女を捜していると言って、五年も前だろうかね、働くようになってね、亭主はそれからすぐに死んじまったけどね、飯炊き女をしていることで、お飯が食える、亭主ににゃ感謝しておるんですよ」
 「米さん、お茶がさめるよ、この羊羹おいしいから食べて」
 米さんはお茶を飲むのも忘れて自分のことをしゃべっていた。
 「おじさんが、蛇のこと聞きたいって」
 米さんは「旨い羊羹だこと」とお茶を飲んで、それから、
「そうでした、蛇と茸だな」と笑った。
 茸酔は書き留める紙を手に取った。
 「榛名山に旨い茸を採ってくる男がおってな、その男は長助さんといって、鶏を飼ったり畑をやって暮らしている独り者だった。あたしが働いていた宿でも長助さんから卵や野菜、それに山から取ってきた茸や山菜を買っていましてね、滑子、椎茸、舞茸だってほかの茸採りがもってくるのとは違うんだ。肉厚で味がいいものだったな。帖助の茸は殿様や大商人が泊まるような大きな宿で高く買うので、周りのの宿にはもっていっていなかった。
どうしてあたしが働いている宿に、長助さんが茸をいれてくれたかというとな、長助さんは宿の女将さんの甥っ子だったんだよ。女将さんの妹の三番目の息子でな、女将さんのおっかさんが若くして亡くなったんで、妹は女将さんが育てたようなものだったそうでね。妹の息子たちはみなしっかりした男たちで長男は越後に、次男は越中で、それぞれ商売を始めて嫁をとった。三男の長助が残って母親の面倒をみたわけですよ。
そんなわけで長助は採ってきた茸をうちの宿に安くいれてくれていたわけなんよ」
 一緒に聞いていた木野が「長助さんどうして茸のことよく知ってたの」と聞いた。
 「それがねえ、茸のこと何にも知らんのよ、長助は子供の頃から茸が嫌いでな、食べなかったそうだよ、茸は栄養があるし、母親は採ってきて料理したんだけど、いやがって逃げ回ったんだよ、野菜はよく食べたそうだけどね、だから長助は茸採りに行ったことなどなかったんだよ」
 「それでどうして美味しい茸を採ってくるの」
 木野が不思議そうな顔をしている。
 「大きくなってから長助は鶏を飼うようになり、世話がとても巧くてな、鶏がよく増えるし、卵もたくさん産む、それを宿屋などにおろしていてな、またその卵が美味くてな、黄身が大きくてしまっていて、高く売れておったよ」
 「鶏と茸がどう関係あるの」
 「木野ちゃん、以外とせっかちだねえ」
 米さんが笑った。
 「ところがな、鶏の卵をねらってな、鼬は来る、狐は来る、猿までが来よってな、それで長助は竹を切り出して囲いを作って、屋根までつけた。鶏小屋をこさえたのさ。夜は鶏を小屋に入れて、朝、卵もそこで産ますようにしておったんよ。鶏は朝日が当たってしばらくすると卵を産むもんじゃから、卵を産んだら小屋から出して庭に放ったんだ。
 囲いができたんで、狐や猿はそれであきらめたようだけんど、卵が減っていることがあった。一日にとれる卵の数はいつも大体同じなもんだ、どうも鼬のようなんだな。鼬はいつの間にか隙間から入っちまう。それで竹の隙間を少なくした、ところが、やっぱりいつの間にか卵がいくつか盗まれる、盗んだ奴はどこかに持って行ってしまう、そこで食べれば殻が残っているのに、何もなかったんだ、柵のところに穴を掘って入ったのかと調べたがその様子もない」
 「近所の誰か盗みにきたんだね」
 「人間じゃないやね、長助は人がいいから、貧乏な家にゃ、ただで分けてやっていたりしたからね、周りの者はそんなことはしないさね」
 「鶏が自分で食っちゃったんじゃない」
 「木野ちゃんは面白いね、だけど違うんだよ、もしそうでも殻のかけらくらい落ちているものだからね、それで長助は鶏小屋の中の地面をくまなく調べたんだ、そうしたら、土のめだたないところに、わずかだが小さな穴があるのを見つけたんだ、それでこれだと思った長助は、鶏を外に出したあとに、小屋の陰からのぞいていたら、穴から顔を出した奴がいた」
 「もぐらだ」
 「木野ちゃん、モグラが鳥の卵食べるかい」
 「じゃあ、ネズミ」
 「ネズミだとかじり散らかすだろう」
 「なんだろう」
 木野は思いつかない。
 「それがな、なんとな、卵を持って行ったのは蛇だったんだよ。赤っぽい蛇で、にょろにょろ穴から出てくると、鶏の卵を大きな口をあけて二つも飲み込みながら、いそいで穴の中に入っちまった。あっという間の出来事だったんで、長助は捕まえることができなかった。それで次の日の朝、長助は鶏を外に出してから、小屋の中で蛇がでてくるのを待ったんだ。やっぱり出てきて卵のところにやってきたのでな、赤い蛇の首根っこを捕まえて鶏小屋から引っ張りだした。
 真っ赤な蛇で見たことがない奴だ、ヤマカガシとは違うようだが、あごが張っていないから毒蛇じゃないだろう、食っちまおうかと、長助は台所に持っていった。
 長助が蛇を見ると、蛇も長助を見た。すると蛇のつぶらな黒い目から涙がぽとりと落ちた。長助は生きもの好きで、なんだかかわいそうになってきたんだ。そう思ってしまうと、もう食うことなんかできないやね。
 それで、蛇を持ったまま、裏山に行って、こう言った。
 卵を一つだけ残しておいてやるから、ほかの蛇がこないように鶏小屋を護れよ。
 それから蛇を放してやったんだ。
 その時から鶏の卵は減ることはなくなったが、鶏を外に放し、鶏小屋から卵を拾うとき、一つだけ穴のそばに残してやったそうだ。いつのまにかその卵はなくなっていた。それは毎日続いたそうだ」
 「長助さんて本当に優しいんだね」
 木野が感心している。
「そうなんよ、それから卵が減ることもなく、たくさんとれた。ともかく長助の鶏の卵はおいしいと評判でよく売れた。それから数年たち、父親と母親が相次いで他界したあとも、長助の卵は高く売れて生活できておったんだよ」

ここからは米さんが話したことを茸酔がまとめたことである。
 ある日、長助が、鶏小屋をのぞくと、赤い蛇がとぐろを巻いて卵の中におった。
 一つ食っていいぞ、と長助は蛇に言ったそうだが、蛇は卵を食べずに長助の方にはいずってきた。鶏小屋を開けてやると外にでてきてな、長助が蛇についていくと、台所の土間にやってきた。そこで蛇は大きな口をあけて、これまた大きな茶色い茸を吐き出した。
 長助は茸はあまり好きではない、もちろんその茸の名前などわからない。毒なのか食べられるのか。長助がその茸に近寄らないことを見てとった赤い蛇は、吐き出した茸を咥えると、突っ立っている長助の足下に持ってきた。
 長助にも蛇がその茸を何かしろと言っているのがわかった。ともかく長助はその茸を拾い上げた。すると長助の好きな苺の香りが立ち上った。あのあたりでは苺は採れない。寒いところで苺はうまく育たない。
まだ長助が子供の頃、駿河からの旅人が榛名山に上る道で遊んでいた長助に行く方向を尋ねた。長助が教えると、青い苺を一つくれたことがあった。その旅人が言うには、駿河では、苺は真っ赤になってから食べるのだがすぐだめになる、だから青いまま持ってきたということだった。いつも腹が減っていた長助はすぐに口に入れた。酸っぱいがいい香りがして、とても旨いものだと思った。その記憶は大人になっても消えなかった。いつか赤い苺を食べたいものだと思っていた。
 そんなときに、赤い蛇が持ってきた茸の香りが苺にそっくりだったのだ。旅人がくれたときと同じように、長助はその茸を水で洗うと齧った。
 うまい、と長助は思わず言った。茸なのに甘酸っぱ香りが口の中に広がった。旅人がくれた青い苺を思い出した。
 それを見ていた赤い蛇は、腹の中からいくつもの同じ茸を吐き出した。
 母親が茸をゆでたり、ほかのものと一緒に煮たり炒めたりして食べていたことを思い出した。
 長助は蛇の吐き出した茸を水で洗って笊にあげた。蛇を見ると、満足そうに土間から外に出るところだった。
 「ありがとよ」と声をかけると、赤い蛇がちょっと振り返った。目が喜んでいるように見えた。
 長助はその茸をゆでると塩につけて食べた。苺の匂いがして、畑の野菜より旨かった。茸がこのように旨いものだとは思っていなかった長助は、山にいくらでも生えている茸を採ってきて食べてみた。
 子供の頃あんなに嫌いな茸だったが、とても旨く感じられた。
 それ以来、山にはいると木の実だけではなく、茸も採るようになった。
ただ、困ったことがある。長助は毒茸と食べられる茸を見分けることが苦手だった。採ってきた茸を、茸採りを生業としている権じいさんに選んでもらわなければならなかった。権じいさんに茸採りに連れて行ってもらうことにした。毒茸を教えてもらうためである。権じいさんは親切に教えてくれて、舞茸の採れるところもいつか教えてくれると言った。
 ところが、権じいさんが急に死んでしまった。もういい年であったのだが、医者はぽっくりだと言っていた。
今でいう脳溢血か心筋梗塞なのであろう。
 こまったのは長助だ、茸のことをやっと少し覚えたところだ。まだまだ知らないことの方が多い。だが、他にも茸のことをよく知っている人がいないことはない、一人で山に行き、採ってきたわからない茸はそういう人に聞いたりしていた。
 ある日の朝早く、舞茸を探してみようと一人で山に行ったときのこと。
 権じいさんと一緒にいった林の中を歩き、権じいさんが、あっちの山に舞茸の生えるところがあるんだと言っていた場所に来た。権じいさんがそのときどっちの方角を見ていたのか思い出すことができない。
 舞茸はブナに生えると言うことは長助も知っている。ブナの木の多いところを探そうかと、まごまごしていたときだった、足元の積もった枯葉の中から赤い蛇が顔を出した。赤い蛇は下草の上に這いだすと、長助を見てこちらだというように尾っぽを振った。長助はあとをついた。
 蛇がにょろにょろと進んだ跡が、細い道になっていく。蛇の道だ。長助がその道をおいかけて行った。蛇の道は隣の山にはいっていった。やがてブナがたくさん生えているところにでた。赤い蛇は一本の古いブナの木のところでとぐろを巻いて長助をまっていた。赤い蛇の顔が木の裏に向いている。長助はブナの木の後ろにまわった。あった。大きな舞茸がどーんと天に向かってそびえていた。
 長助は舞茸を採ったことがなかった。初めて出会った舞茸がこんなに大きい。どうやって採ろうかとまどっていると、蛇が舞茸の根本をぐるりと体で巻いた。ぎゅぎゅぎゅっと蛇が体に力を入れると、舞茸が根本の少し上からスポッととれ、とぐろを巻いた蛇の上にのっかった。そして蛇が長助を見たのである。
 おとりなさい、と言っているようだった。
 見とれていた長助は両手で舞茸を持ち上げた。
 ずっしりと重い。長助がやっと笑った。なんだこれは、この舞茸は苺の匂いがする。
 蛇はそれを見ると、するするとすべるように帰って行ってしまった。
 長助は礼を言うのを忘れた。明日鶏小屋で言うことにしよう思い、舞茸を背負い籠に入れた。
 それを持って、叔母さんの宿屋に持って行った。台所で料理をしていた旦那にわたした。
 「長さん、すごい舞茸だね、こんな立派のを見たことがないよ」
 旦那は手伝いに、あいつを呼んでくれないか、と声をかけた。
 すぐに女将さんが、なんだい、おまえさん、と台所に顔を出した。
 「長さんがすごいの採ってきたぞ」
 おかみさんも舞茸に目をやると、こりゃあお城もんだねえ、と舞茸を手にとった。
 「重いねえ、茸嫌いのおまえさんがなぜ見つけたのだい」
 「偶然だよ」
 と長助はとぼけた。
 「高く買うからおいてってね」
 「いいよ、やるよ」思わない長助は手を振ったが、旦那が、長さん、それだから嫁さんこないんだよ、と笑った。
 「それじゃ、ふつうの舞茸として代金を払うよ、うちはそれで大助かりさ、おまえさんのところの卵もいい卵だよ、これからもおいしそうな茸をみつけたら採っといでよ、買うからさ」
 そう言うと、叔母さんは女将さんの顔に戻って、客を迎える準備に行った。
 こうして、かなりのお足を懐にした長助は家に戻り、鶏の世話と畑の仕事に精を出した。
 次の日、鶏小屋に卵を食べに来た赤い蛇に、昨日は、世話になったな、好きなだけ卵を食べろや、と言った。蛇は目をしばたかせてうなずいたようだ。
 長介はまた朝早く山にはいった。茸も採っていけば叔母さんの宿で助かることがわかった。ただ長助は毒の茸を見分けるのにまだ自信がい。本当に自信があるのは舞茸のようにはっきりわかる茸である。滑子や占地もなんとかわかる。それらの茸なら採れるだろうと山に入った。
 舞茸を採ったところに、もう一度いこうと周りを見ながら歩いていくと、また赤い蛇が枯れ草の中から顔を出し、長助の前をにょろにょろと這っていく。途中で木のわきに生えていた黒っぽい大きな茸のところで止まるととぐろを巻いた。長助はその茸を採れと言うことだと思い、とって籠に入れた。同じものがいくつかあった。
赤い蛇はさらに奥に入っていくと、昨日舞茸を見つけたところについた。いくつか舞茸があった。それを採ったら。蛇はもっと上の方に這っていった。大きな倒木に上ると、こっちに来いといった目で長助を見た。長助が追いつくと、倒れた木の裏にびっしりと大きな滑子が生えていた。
 赤い蛇は長助が嬉しそうに滑子を籠に入れているのを見ていた。叔母さんの宿に持って行けばまた喜んでもらえる。長助は人が喜ぶことをするのが好きだ。
 そこで半時ほど茸採りをすると、赤い蛇は戻り始めた。山を降りていくと、赤い蛇は途中から穴にもぐっていなくなった。
 その茸を宿に持って行くと、これまた旦那がびっくりした。
 「こりゃあ、香茸だな、まだ堅くなっていない、飯に混ぜるといい香りでいい味の飯ができる。いい茸をみつけたものだな、滑子もすごいな、塩漬けにしてとっとけばいつまでもつかえるからな、長さん、茸のいい場所をみつけたようだな、人に言うなよ、うちでみんな買ってやるから」
 そういって旦那が、帳場にいってお足をもってきた。
「うちの奴、今客にかかっているから来れないけど、喜ぶよ、昨日の舞茸の煮たのをもっていけよ。茸を食って見ろよ、茸はうまいよ、特に長さんが採ってきたのは一品だよ」
 長助はすでに茸がうまいものだということが分かっていた。長助は茸の煮しめをもらい、今日も懐が暖かくなって家に戻った。鶏小屋をのぞくと穴に戻る蛇の尾っぽが見えた。卵を食べて戻っていくところだ。
「ありがとよ」
長助が声をかけると尾をふって穴に入った。
 こうして毎日のように赤い蛇と一緒に茸を採りにいった。ともかく見つける茸は立派なものばかりだった。そのおかげで、おばさんの宿屋は茸宿として知られるようになった。
 あるとき、長助が山で足をくじいたことがあった。坂を上ることができない。それが困ったことに、すぐには治らないほどひどいものであった。
 鶏の世話は足を引きずりながらなんとかできた。卵は必要なところに届けて歩いてた。その時、宿屋の叔母さんが驚いたことがあった。不思議なことに足の悪い長助が茸も持ってきたのだ。それもいつものように立派な茸ばかりだった。
 「長さん、そんな足でよく茸採りにいけるねえ、だけどおかげで、この宿も美味い茸料理の宿だって客がきてくれるよ、大繁盛だよ」
 おばさんは茸と卵の代金を払いながら長助に礼を言った。
 「いや、おらの方が、いい湯を使わせてもらって、おかげで足もだいぶよくなった」
 毎日のように、宿の湯を使わせてもらっている。足の治療のためにも湯にはいるのはとてもよかった。宿の湯は裏山の際にあった。屋根がかかっている野天湯である。長助は宿泊客が使わない夜中や真昼に浸かっていた。
 ある日の夜中、宿の旦那がその日の仕事が終わり、湯に入ろうと野天湯にいった。いつも湯に浸かってから、吊るして置いた提灯を宿に持ち帰るのである。すると野天湯に長助の後ろ姿があった。小声で誰かと話しているようだ。
 宿のおやじが、「長さんか」と声をかけると、赤いものがちょろりと裏山に消えていくのが見えた。
 長助が振り返った。「あ、おじさん、湯を借りてるで」
 「ああ、好きにしてくれ、わしも入る、どうだい足の方は」
 「痛みがなくなったけんど、折れてたようで、前のようには歩けんわ」
 「それじゃ、茸採り大変だな」
 「大丈夫だよ、これからもいい茸採るからよ」
 「たのむなあ、この宿は長さんの茸でもってるんだ」
 「それじゃ、よく暖まったから、帰るよ」
そういって長助は籠の中に入れておいた着物を着ると、自分の家もどっていった。宿の主人は長助がぶつぶつと言っていたのが気になったが、湯につかっているとそれも忘れた。
 それからも、長助は夜中に湯に入りにきていた。あいかわらず秋は茸、春は山菜を宿にもってきた。それもとてもいい茸、時には見たこともないような珍しい旨い茸ももってきた。山菜もすばらしく良く育ったものだった。
しばらくして、おかしな噂が村に流れた。一人暮らしのはずの長助の家に誰かいるという。女のようだという話しもあった。赤いべべきてたからのう、とおしゃべりなばあさん連中が言っていた。
 山に入っていく長助を見かけることは少なくなった。しかし茸は採ってくる。きっと誰かが採りに行っているのだろうと周りは思うようになっていた。ひっそりと嫁さんをもらったんだろうという話が伝わっていた。それならと、長助の家を訪ねていった連中は家の中に他の人がいるような雰囲気を感じなかった。 
 たまに庭に赤い蛇がいた。土間の中にはいるのを見たという人もいた。
 人々の話しは増幅されていくものだ。赤い蛇が嫁に化けて長助と夜伽をしているのだろう、蛇が茸を採ってくるのだろう、そういう話になっていった。
 宿の主人は長助が足が悪くなった頃からずいぶん明るくなったと思った。長助がよくしゃべるのである。本当に嫁がきたのかと思うくらいである。しかし足を引きずり、歩くのは大儀そうである。
 「長さん、村の人が嫁さんもらったんじゃないかと言ってるが、本当かい」と尋ねると、
 「いんや、そんなものいねえ」と答えた。
 「その足でよくいい茸採ってくるな、山奥にいかなきゃあんなに美味い茸は生えていねえだろ」
 「採る場所はないしょじゃ」
 と長助は明るかった。

 そういった話の後、米さんは次はいついつ来ますと言った。その日はちょうど木野が実家に帰る日である。木野はたまに実家に一晩泊まりにいく。木野がいなくてもてなしができないと言ったのだが、茶は自分で入れるからと言って帰っていった。
その日、米さんは来た。
ここからの語は、米さんが木野のいないときに茸酔に話したことである。
 夏のある日、宿の番頭が主人に
「夜中に長さんの家からあえぎ声が聞こえた、ありゃ、女がいるのは本当じゃないかね」と言った。
 長助のところに変な女でも入り込んで、だまされていたりすると大変だ。宿の主人は夜中にそうっと長助の家をのぞきに行った。暑いので家は開けはなしにして、香取をたいている。
 長助は部屋の床の上であぐらをかいていた。火を灯もしていないが月明かりが部屋に差し込んで明るい。
 宿の主人はあっと声を出しそうになった。
 長助の前で真っ赤な蛇がとぐろを巻いて長助をみつめている。
 「あれを採ってきてくれ」
 蛇はそれを聞くと動き出して、にょろにょろと家をでて裏の山に入っていった。
 宿の主人は山の中まで追いかけてみた。下草の茂っている夏の林の中で、赤い蛇はみつからない。月明かりがあるといってもかなり暗い、少しばかり歩いたが、無駄かと思い、つと立ち止まった時、赤い蛇が大きな木の幹にとりついているのが見えた。古い樫の木のようだ。蛇は幹に生えている猿の腰掛けを大きな口を開けて飲み込んだ。腰掛の類は夏でも木についている。
 蛇はすとんと下に落ちると、すすすすと下草の中を長助の家に向かっておりていく。
 宿の主人はまた長助の家に戻った。
 家をのぞくと、ちょうど蛇も戻ったところだった。
 「採ってきたか」
 そう言った長助の前に猿の腰掛けを蛇がはきだした。
 「これだ、これだ、ありがとよ」
 長助は赤っぽい猿の腰掛けを拾い上げると、土間に降りて、竈の上の湯の煮立っている薬缶に茸を丸ごと放り込んだ。そうしておいて土間においてあった鶏の卵を一つ取ると土間から上がった。
 赤い蛇は床の上でとぐろを巻いている。
 卵をその前におくと赤い蛇は旨そうに卵を飲み込んだ。
 「今日はもう一つやろう」
 長助はまた台所から卵を持ってきて赤い蛇にやった。
 蛇はまたもや旨そうに卵を飲み込んだ。蛇の胴が膨らんでいる。蛇が体を持ち上げて床にうちつけた。二つの膨らみがつぶれた。赤い蛇は口を開けて卵の殻をほきだした。長助は殻を拾い集めると庭に放った。明日の朝、鶏がつつくのだ。
 宿の主人はそれを見て、長助が山に行かなくても茸をもってくるわけがわかった。蛇を飼い慣らしたのだ。蛇に茸や山菜を採る手伝いをさせていたのだ。蛇の方が茸を見分ける力があるのかもしれない。
 「もういいだろう」
 そう言いながら、長助は土間にいくと沸いている湯を茶碗にそそいだ。蛇のいるところに持ってきた。湯飲み茶碗を床の上に置いた。
 「ちょいと冷ましてから飲むぞ」
 しばらく蛇も長助ものんびりと床の上から庭を見ていた。
やがて、長助は猿の腰掛けを煎じた湯をゆっくりと飲んだ。飲み終わると長助は床の上に大の字に寝た。
 長助のふんどしが持ち上がってきた。
 赤い蛇が股の間ににょろにょろと入っていく。
 蛇の口が大きく開けられるとふんどしからはみ出した玉を一つ咥えた。蛇が口を動かすと長助の尻がもぞもぞと動いた。蛇は反対側の玉も咥えた。また長助が身をよじった。ふんどしの脇から男のものがそそりたった。
 赤い蛇はその先を咥えた。頭を上下させると長助の息がはーはーと荒くなった。しばらくすると、蛇の口の脇から白い泡が吹き出し、長助が女のような「あー」と声をもらした。
 蛇も長助もしばらくそのままだった。
 宿の主人は長助が嫁をもらわないわけを知ったのである。
 次の日、長助が宿に卵を持って行くと、主人が小声で言った。
 「なあ、あの猿の腰掛け売ってくれよ」
 長助はあっと思った。
 「見ちまったすか」
 「ああ、誰にも言わないから、あの煎じた茸を売ってくれよ」
 長助は笑いながらうなずいて、
「明日にでも採ってこさせます」と言った。
 「よく仕込んだものだな」
 「嫁さんよりかわいいんで」
 主人はうなずいた。
 米さんの話はこれで終わった。
 この話を聞いた茸酔はこれを描くとあぶな絵になっちまうと思った。
 「これでみな話したなあ」
 米さんは笑いながら言った。
 「これからも、茶でも呑みに来てください、木野に色々教えてくださいな、木野もそろそろ嫁にいってもいい年ですから」
 「木野ちゃんより、茸酔さんのほうじゃろに」
 米さんはまた笑った。よくわかっているばあさんである。
 
 木野に実家に行っている間に米さんが来たことを言った。
 「あの続きを話してくれたんだね、聞きたかったな、長助さんと蛇どうなったの」
 「それがな、大したもんなんだ、長助が蛇を飼い慣らして、茸や山菜を採ってこさせていたんだよ」
 「そんなことができるのかな」
 「長助の鶏の卵がいい卵で蛇にとって旨くて旨くて仕方がなかったんだろう、卵をやって、働かせたっていうことなんだ」
 「蛙や井守じゃできないのかな」
「蛇みたいに大きな口を開けることができないからできないな、蛇は顎の骨をはずすから大きなものでも飲み込める。だから大きな茸でも持ってこれるんだよ」
 「でもすごいね、私もやってみよう」
 「なにを飼うんだ」
 「猫」
 「猫は一番だめだよ、言うことなど聞くわけはない」
 木野もうなずいて、二人で大笑いした。
 茸酔は思った。一つはあぶな絵を入れた本にしよう、もう一つは子供でも読める「蛇の嫁入り」の絵本にしよう。
 版元に相談すると、是非そうして出したいということであり、密やかにあぶな絵入りの「蛇の嫁入り」と絵本の「蛇の嫁入り」を作った。あぶな絵入りの本は高いにも関わらずたくさん売れ、もらった金を半分米さんに届けた。
 「あの話が本になったですか、あたしゃ字は読めんで絵だけだがの、木野ちゃんは読めると言っていた、こんな絵みせんでしたでしょうな」
 米さんはよく気のつく人だ。わかっていて木野のいないときに来て話していったのだ。
 「子供が読めるのも作ったのでもってきました、そちらを読ませました」
 そう言って、絵本も渡した。
 「そりゃあよかったです、こんなにたくさんもらっちまって、ありがとうございます、これで死ぬ前に、もう一度田舎に帰ることができます、三十何年も帰っておらんでねえ、長助さんの墓もまだあると思うから手を合わせ、あの宿があれば泊まって湯につかってきますだ」
 茸酔は初めてあぶな絵を描いた。これも一つの修行と自分に言い聞かせた。

蛇の嫁入り

蛇の嫁入り

茸の絵師茸酔は、木野がお城で知り合ったおばあさんから、蛇を嫁のようにかわいがる男の話をきいた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 青年向け
更新日
登録日
2020-07-31

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