黙の汀

渡逢 遥

目まぐるしさに侵された日々の終端で
たった
たった一つの哀しい歌が
(さざなみ)のように聴こえてくるのを
ずっと
待ちつづけていた


変遷
しているはずの景色が
静止画になっている
それに気づいたときには既に
僕のバイオグラフィは
実線を維持できなくなっていた


(............)


はっきりと思いだせない
(はっきりと思いだしたい?)
思いださせてくれるひとが見つからない
見つけてくれるひとがいたかも思いだせない
何を捜しているのかもわからないまま
いつも何かを捜し歩いている
気がする


変わったね
なんて言うなんて
きみも変わったね
なんてね


僕はここにいる
とは
言えなかった
ところで
僕はここにいる
とは
どういう意味なんだろう
どういう意味だったかな
それもどうしてだか
よく覚えていない


僕のまえに映しだされている
この既視感のある静止画
だれかにとっては凡庸な落書きだとか
自販機みたいな日常風景
かもしれないけれど
(かげ)りや(まばゆ)
僕がはじめて見た時の鮮烈さも
褪せたり
(くす)んだりして
次第に揺らめいてしまう
かもしれないけれど
今をふくめていつの瞬間も
僕にとってはわすれがたい
わすれたくない欠片(かけら)だから
欠片が(ちり)になってしまう前に
同じ場所に行こうと思う
そこできみが口ずさんでいた歌を
重ねるように口ずさみたい


僕は閉じ込められていた絵画から
飛びだしたような気分で
絵画は色とかたちと輪郭を取り戻して
またゆっくりと動きだしたようだ
あの日と同じ曇天の下
あの日と同じ(しじま)(みぎわ)
寄せる漣の音を聴いている
隣できみが歌っていたのは
哀しい歌なんかじゃなくて
もっと明るい歌だったね


(............)


どこかで
どこかできみが微笑んでいる
気がする
気がするだけでは消えてしまうから
呼応することが祈りなのだろう


行き先を決められるくらいなら
この(なぎ)に溶けてしまった方がずっといい


あのとき否定できなかったけれど
きみが最期までそのままだったように
僕も最期までこのままでいようと思うよ


なんてね

黙の汀

黙の汀

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-07-28

Copyrighted
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