二十五時のアップルパイ

 たあいのないはなしを、していた、おんなのこたちが、みんな、アップルパイをたべているので、ふと、ぼくも、アップルパイをたべたい、と思ったので、せんせいに、買ってきていいですか、と言ったら、せんせいは、では、ぼくが買ってきましょう、と微笑んで、そんな、いいですよ、というぼくに、すわっていてください、と制止しながら立ち上がって、せんせいは、レジに向かいました。いまは、真夜中で、たあいのないはなしをしている、おんなのこたちは、夜にだけあらわれる、白い服の乙女と呼ばれているものたちで、白い服の乙女たちは、真夜中に、可憐な歌声を響かせながら街を歩く、というのが仕事で、でも、それがおわると、夜が明けるまでは自由時間、という話を、きいたことがありました。ぼくと、せんせいは、さきほどまで映画を観ていて、映画は、コンピューターにすべてを支配された、近未来の街で、少年少女が悪意にみちたおとなたちとたたかう、というものでした。やさしさと、にくしみと、エゴと、おかねと、あいとが、ごちゃごちゃにいりまじって、じつに複雑で、難解でした。悪意にみちたおとなたちが、完全悪、というわけではなく、正義感をふりかざす少年少女たちにも、いわゆる、落ち度、というものは存在し、なにが正しくて、なにが間違っているのか、観るひとによって、さまざまな意見がうまれそうなアニメだと思いましたと、せんせいは感想を述べたのでした。二十五時の、ファーストフードの、心地よいざわめきは眠気をさそいます。ぼくが、無意識に、うとうとしていると、せんせいはアップルパイを持って、かえってきました。
「ねむいですか」
「だいじょうぶです。ありがとうございます。いくらでしかた」
「気にしないでください。ぼくもたべたいと思ったので。どうぞ」
「すみません」
「これをたべたら、かえりましょうか」
 せんせいは、言って、ぼくは、内心、いやだ、と思いましたが、ことばにするのは、ためらわれました。買ってきてもらったアップルパイの包装を、ぺりぺりと開けました。バターをぬってあるのか、つやつやのパイの表面を、ぼくはしばし、じっとみつめていました。甘い香りがします。せんせいが、はじめてたべますがおいしいですね、と、いつものおだやかな笑みをたたえます。ぼくも、はじめてたべます、とうなずいて、包装を開けた部分に、かじりつきました。
 ぱりっ。
 さく。
 じゅっ、と、りんごの味が、くちいっぱいにひろがります。
「ほんとうだ。おいしいですね」
「ええ、予想以上でした」
「はい、ほんとうに」
 ぼくと、せんせいは、みつめあいながら、アップルパイをたべました。
 白い服の乙女たちは、声高に、だれを好きか、という恋の話題でもりあがり、ときどき、エアコンが、おおきな音をたてて急に、つめたい風をおくりこんできました。

二十五時のアップルパイ

二十五時のアップルパイ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2020-07-27

CC BY-NC-ND
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