茸喰らい

草片文庫(くさびらぶんこ)

茸喰らい

茸絵師の物語です。縦書きでお読みください。


 近頃江戸の街で「茸食らいて候」と書かれた板を持って歩いている侍姿の男が噂になっている。うまい茸の佃煮を売っているが、それだけではない、板に書かれているように、茸を食べてくれるのだ。
 「おじさん、茸食らいの侍、寺町の方にでたっていう話よ」
 茸絵師、茸酔の家に奉公している木野が夕ご飯の支度をしながら、炊事場に水をとりにきた茸酔に言った。木野は茸酔の姪である。
 その侍は町人が採ってきた茸を毒かそうじゃないか分けてもくれるが、たのめば実際に食べて、どうなるか自分で試すという。そのかわり、食事をださなければならない。
 「誰か頼む人がいるのかい」
 「かなり繁盛しているようね」
 茸酔は頼む者などいるわけはないと思ったが、そうでもないるらしい。木野の話ではまず武家屋敷。そこの殿様が茸を好きだとなおさらで、仕入れた珍しい茸を実際に食べてもらうのは、お毒味役にとっても助かることである。商人の家では毒味役などいなないわけで、まずその侍に食べてもらうと安心できる。特に大商人の家から声がかかるらしい。時として茸じゃなくて、魚や野草なども食べてほしいと依頼するところがあるそうだが、野草は引き受けるが、魚は断られるそうだ。
 「じゃあ、その侍さんどこからきたのかな」
 「知らない」
 「茸を食べるだけでよくやっていけるものだ」
 「茸の佃煮も売っているんだって、それがおいしいという話し、樽に入れて小さな大八車で押してくるんだって」
 「その侍が、近くに来たら呼んでくれ」
 「うん」
 茸酔はその侍からおもしろい茸の話を聞けるのではないかと期待したのだ。最近茸酔は茸の絵だけではなく、話を書くようになっていた。おもしろい茸の話に絵をつけて本にするのである。
 江戸の中堅どころの版元が売れる本を作りたいとその話をもちかけてきた。茸酔はせっせと茸を探しに行き、きれいな絵図にしていたが、文を書くことになれていなかった。話を書く人に書いてもらってそれに絵をつけたいと言ったのだが、版元はいや、素人の文章でいい、その方が身近に感じてよい、と言って、版元が間違いを直すことを条件に引き受けたのだ。それがやってみると以外と面白い。変な茸の話を江戸の人から聞くことができる。だれそれがどこの山で採った茸を食ったら、ひょっとこのような顔になって踊り出したとか、ばあさんが長屋の板塀に生えていた茶色い茸を醤油で煮て食ったら、急に色づいて、化粧を始めたとか、面白い話しがあった。
 一方、茸酔は茸採りの名人に会ってその極意を教えてもらったり、茸をおいしく料理する者に話を聞いたりして、茸に関する本も書こうとしていた。ともかく茸に関わる面白そうな事柄を拾い出して話しにまとめる作業は茸酔にとって今までになかったもので、毎日が充実している。
 紙屋の旦那が顔を出した。紙を頼んでおいたのをもってきたのだ。
 「茸酔さん、昨日ね、茸くらいの侍さんから茸の佃煮を買いましたよ、そりゃあ、うまいものでしたよ、白い飯に茸の佃煮あいますよ、食べると何というか、幸せ感にひたりますな」
 「それは何の茸でしたか」
 「聞いたら紅茸半分に紅天狗半分といっていましたがね、そんな毒茸食えるわけがない、本当のところは教えてくれないってことざんしょ」
 「そうだね、紅天狗は食べると気持ちがよくなって、お頭がどうかなっちまうからね」
 茸酔は紅天狗茸を食べて、知らない間に裸になって踊ったことがあった。
 「茸食らいのお侍にはどこに行ったら会えるでしょうか」
 「気ままに歩いているようだから、どこにいるのかわからないですね、だけど、一度いったところには現れないようだから、このあたりはまだなら、いつか来ますよ」
 待っていることしかできないようだ。
 「それから、今日の朝早く、釣りに行ってきましてな、平目がたくさんかかりました、木野さんにわたしときましたよ」
 「それはごちそうになります」
 「それじゃ、あたしはこれで、今度越後の紙が入りますからもってきますね」
 「おねがいします」
 越後紙は茸酔のお気に入りの紙である。

 次の日の夕方のことである。木野が「茸食らいて候」と旗をたてて車を押しているお侍が雑貨屋の前を歩いていると言いにきた。
 「どうしよう、おじさん」
 「呼んできておくれ」
 ほどなく、木野に案内されて髭面の侍が茸酔の玄関の前にやってきた。
 「おじさん。茸食らいの人つれてきた」
 茸酔が玄関に迎えにでると、でっぷり太った恵比寿さんのような男がにこにこと笑顔で立っていた。
 「お役に立てることがありますかな」
 丁寧な言葉遣いである。
 「あ、これは、よく来ていただきました、私は茸酔と申す絵師でございます。茸のお話をしていただければと思い、この娘に声をかけさせていただいたわけでございます」
 「あ、こりゃ失礼、わしゃ、信州の浪人者、田辺草衛門と申す者で、茸のことを教えたり、茸の佃煮や、茸の薬なども作っております、
 一度江戸の地を踏んでみたいと思いまして、今年こうやって出てきた次第、茸の話とはどういうことでございましょうな」
 「失礼しました、どうぞお上がりください、そこでお話をさせていただければと思います、木野、案内しておくれ」
 「それでは、失礼して」
 小さな大八車を玄関のわきにおくと、草衛門は上に上がってきた。座敷に上がった草衛門は、棚に積んである本をちらっと見ると、「ずいぶんたくさんの茸の本がございますな」と見たそうなそぶりである。
 「ごらんになりますか、どうぞ」
 「よろしいですかな」と本を手に取ると開いた。
 「これはすばらしい、特に佐渡の本は圧巻でございますな、これはみな茸酔どのが描かれたものですか」
 「はい、茸の薬を作る医師の元に手伝いに佐渡まで行って参りました、茸ばかりでなく、草木、魚、石からいろいろな薬を作る先生が、その方法を書き残したいとのことで、私は絵を描かせていただきました」
 「わしも薬を作るが、この本はどこに行けば求めることができるのですかな」
 「この出版元は今でも私の茸の本を出してくれています、越後の本屋ですが、私のところで取り次いでおります」
 「高いのであろうな」
 「はい、かなりのお値段がついております」
 「いずれ、買いたい」
 「そのときには、おとり計らいいたします」
 「信州にはこられたことはあるかな」
 「一度ありますが、まだ若い頃でした」
 「奇妙な茸がたくさんありますぞ」
 「また行きたいと思ってはおります、どうぞおすわりになってください」
 茸酔は草衛門に座布団を勧めた。そこに木野がお茶をもってきた。
 「この娘は私の姪でして、木野ともうします、茸採りなども手伝ってもらっております」
 「元気な娘子さんだ、大きな声で、茸食らいさんと呼ばれましてな、びっくりしましたわ」
 「はは、それは失礼をしました」
 「いや、いや、元気が一番、茶をいただきます」
 草衛門は茶に手を伸ばした。
 「それで、草衛門さま、今、茸のおもしろい話を集めております、それに茸の絵をつけ、本にしたいと本屋から頼まれております、茸のことはよくご存知のことと思います、茸について面白い経験などございましたら聞かせていただきたく、お呼びした次第です」
 「あまりないが、少しはありますぞ」
 「話がつきるまでこの家にいていていただければ幸いでございます、ここから茸の佃煮や薬を売りに行かれるのもよいかと思いますが」
 「おお、それはありがたい」
 「草衛門さまは、お酒に強そうでございますな、すぐ用意させます」
 「あ、それは結構、結構というのは、いらないと言うことでござる、わしゃ、下戸でな、飯はたくさん食うが、酒は一滴も飲めませんのじゃ」
 「魚は食べないと言うことを聞きましたが」
 「そんなことはありませんぞ、魚の毒のことは知らぬので、魚の毒味はできないとは申しておりますが、食える魚は大好きでござる」
 「それはよかった、昨日、平目をもらいまして、煮てあります。一日たって、じっくり味がしみこんだ平目も旨いものです」
 「それはいい、味が濃くなって、飯が何杯も食える、あ、いや、わしの茸の佃煮も食ってくだされ」
 草衛門が小包にしてあった茸の佃煮を懐から出した。
 草衛門とは気楽に話ができそうだ。
 「それでは、湯でもお使いください。その間に夕飯の用意をします、食べた後にでもゆっくりとお話を聞かせてください」
 「おお、それはありがたい、内湯とは贅沢なものですな、三日も湯に入っておりませんでな」
 「この屋敷は、我が師の虎酔のものでしたが、亡くなったあと、私がいただいたものです、虎酔師匠は加賀のとある偉い方のお子さまだったことから贅沢な作りになっております」
 「ほう、加賀の方の屋敷であったか」
 「木野、草衛門さまに部屋に案内して、湯殿におつれしてくれ」 
 その後、草衛門は平目の煮付けで三杯も飯を食ったが、至っておとなしいもので、茸酔が思っていたほど豪放な御仁ではなく、かなり繊細な人間であることが知れた。
 夕餉の後、茸酔は草衛門と自分の画室で話をした。
 「草衛門さまはどうして、茸が好きになられたのでしょう」
 「そうだのう、父も母もいたって平凡な人で、これといってすぐれた趣味があったわけではないが、食事は細やかで、手を抜くことをしなかったな。それも父の舌が肥えておったからだと思っている。決して贅沢をしたわけではないが、食材そのものの味を損ねることのないような料理を母は工夫していたな。兄が二人に似て、やることが細やかで、今は江戸の城で勘定方の一人として使えておる、わしも父の跡をついで、松本の城で働き始めたのだが、見ての通り、城をやめ、茸の佃煮作りなどをやって暮らしておる」
 「お城をおやめになって、ご両親様はなんとおっしゃいましたか」
 「はは、あきらめておる、実は両親は江戸の兄の家に居候をしておるわ」
 「それで兄上様やご両親様に会いに江戸にいらっしたのですか」
 「いやいや、兄のところには顔をださん、迷惑だろうからな、秋も深まったら、また信州に帰るつもりじゃ」
 「そうでございますか、さて、茸の話をお聞かせいただけますでしょうか」
 「いや、面白いかどうかはわからんのですがな、わしには師匠と呼べる人がおってな、その人に生きることを教わったんじゃ、そのことを話すと、なにかでてくるかもしれんですな、そんなんでよろしいでしょうかな」
 「もちろんでございます、ゆるりとお話をお聞かせください」

 それから草衛門は半月ほど茸酔の家に滞在した。草衛門が少しずつ話したことをここにまとめてみよう。
 わしは城をやめ、家でぶらぶらしておりました。川で釣りをしたり、山で茸や木の実を採ったり、野菜を作ったりしておった。少しは飯の足しになると思ったからな。
 町のはずれの山を登ったときじゃ、おかしなばあさんに出会った。林のなかでだ。旨そうな茸が生えていたから採ろうとしたら、そりゃ毒だよお侍さんと声がした、見ると籠をしょった白髪のばあさまがのぞき込んでおった。
 そりゃ月夜茸じゃ、と教えてくれた、わしが礼を言うと、ばあさんは後ろを向いて林の奥にすたすた行っちまった。あとでそのばあさんが綿毛ばあさんと呼ばれている茸の神様のような人だと知ったんだ。
 綿毛ばあさんは、畑も耕さない、よその田の手伝いもしない、それなのに元気に暮らしていましてな、ばあさんは野原や山に生えているものを食っていて、それにめっぽう料理がうまかった。子供はとうの昔に離れた村に嫁にいったきり顔は出さない、亭主は十年前になくなり、一人暮らしをしておった。
 ばあさんは田菜を好んで食べた。田菜の葉はだれもが食べておったが、あのふわふわした綿毛を甘くおいしい菓子にしてしまうのだ。それで綿毛ばあさんと呼ばれていた。田菜とは蒲公英のことである。
 魚だって捕まえて食べる。鯰を捕るのが上手だった。男の子たちが綿毛ばあさんを誘って、田圃の脇の水路にいく。最初に鯰を捕まえるのはいつも綿毛ばあさんだ。男の子たちはばあさんの鯰の捕まえ方を見て覚えようとする。
 「こうやって、そうっと水に入ってな」とばあさんは水の中で腰を落として、両手を音を立てないように岸辺の草の覆ったところに差し入れ、おらよ、と大きな鯰を捕まえてしまう。鯰のいそうなところと動きをよく知っているのだ。子供たちもまねをしてだんだんと上手になっていく。
 女の子はばあさんについて野道を歩く。これはイタドリ、アララギ(ノビル)だ、食べられる草を教わり、さらに親も知らない草の料理も教わる。
 「こりゃあ、スベリヒユっていってな、食えるんじゃ」と指さす。
 「どうやって食べるの」子どもが聞くと、ばあさんは
 「生でもいいけどな、茹でると粘って旨いんだ」
 「田菜はどうするの」
 子供は田菜が好きだ。黄色い菊のような花がきれいに咲いていると、ついつまみたくなる。咲き終わった後の綿毛もふっとふくと宙に舞う。
 「これだってうまいんだよ、ごまにあえたってええ、ぺんぺん草やハコベラだって食える」
 秋になると綿毛ばあさんの得意な茸狩りがはじまる。何しろ、毒茸を簡単に見分けることができる。茸の季節には、大人も子供もばあさんと一緒に山にはいる。茸だけではなく、木の実もいろいろ採れる。
 綿毛ばあさんのところには、町の人たちが採ってきた茸を見せに来る。そこで毒茸と食べられる茸をわけてやる。もってきた人は毒茸をばあさんのところにおいて帰る。
 ばあさんがほかってくれると言うからである。
 当然、毒茸がたくさんばあさんのところに集まる。秋になると毎日のように毒茸が持ち込まれるので山となって残ってしまう。
 ここからが不思議なのである。ばあさんが人のもってきた毒茸を捨てるのをだれ一人として見た者がいなかった。
 ばあさんは毒茸を、少しだけならそのまま食べられるもの、ゆでれば食べられるもの、塩漬けにすると食べられるもの、すり潰すと薬になるものに分けて、処理をする。
 薬になる毒の茸は、乾燥させ粉にして蓄えておく。それを知っている者が買いにくる。多くは町の薬師からの使いだった。
 ある毒茸は粉にして服用すると、怖い者知らずになり、戦で力を発揮する。それは武士が買いもとめた。ばあさんは今の世にそんなものいらんのに、と思いながらも売っている。ということで、綿毛ばあさんは食べるに困らないのだ。
 春のある日、ばあさんが子供たちをつれて土手を歩き、周りに生えている草を教えていたときのことじゃ、草衛門は川で釣りを終えて家に帰るために土手に上った。
 ばあさんが子供に草を指さしてなにやら言っている。「こりゃ、編笠じゃ、変なかたちだろ」と言っている。こどもたちは「気持ちわりい」とうなずいている。「じゃけんど食えるんじゃ、うまいんだぞ、炒めてみろ、生じゃだめだがな」とかがんで採った。子供たちもまねをして採った。
 草衛門は聞いたことがある声だと思って子供たちがしゃがんでいるところを見た。でこぼこの色の悪い茸がたくさん生えていた。
 ばあさんが振り返って草衛門を見た。
 草衛門は「あ、あのときの、ばあさま」と林の中で月夜茸を教えてくれたばあさんであることを思いだした。
 「いや、助かりました、危なく毒茸を採るところでした」
 草衛門が礼を言うと、ばあさんも覚えていたようで「おお、あのときのお侍さんかね、今日はなにかね」としわくちゃの顔をほころばせた。
 「釣りじゃ、こんなに釣れたわい」
 草衛門は魚籠の中を見せた。ウグイがたくさんはいっている。
 「豊漁じゃな、この茸もうまいよ」
 ばあさんは編笠茸を指差した。条件がよかったのか、あちこちにたくさん生えている。
 「お侍さん、採っていくといいよ」
 ばあさんがそういうので、草衛門も茸を採った。
 「本当に食えるんかい」
 「そりゃあ、うまいよ、これから家に帰って、この子たちに茸炒めを作ってやろうと思うじゃ、お侍さんもくるかい」
 面倒見のいいばあさんである。
 「ばあちゃんの作るの旨いんだ」
 一人の男の子が草衛門に言った。周りの子供もうなずいている。
 「この子ら、父ちゃん母ちゃんがでかけてるんで、ちょっとあずかってるんじゃ」
 それではと、草衛門も「この魚も一緒に料理してもらえんかな、みなに食わしてくれ」とついていった。
 ばあさんの家は草衛門の家とは方向が違う。町のはずれだが、なかなかいい作りの家であった。あとできくと、亭主がやり手の行商人だったそうだ。それで家を造るまでに出世したそうである。亭主をなくしたばあさんは独りで住んでいた。
 大きな土間があって、大きな竈があった。そこで小魚や茸の佃煮を作って、亭主が行商していたということだった。
 ばあさんは、魚を甘く煮てウグイの甘露煮をつくり、編笠茸を炒めた。
 子供たちは喜んで食べた。草衛門もその美味さに驚いた。最後にばあさんは壷から水飴のようなものを子供たちに食べさせた。
 水飴の中に白いものが浮いている。甘い水飴だがその白いものがとてもきれいだ。
 「こりゃなんでござる」
 「タンポポの綿毛じゃよ、子供はこれが目当てじゃ」
 そこで、このばあさんが綿毛ばあさんと呼ばれていることを知ったのである。
食事を終えると、一人の子供に粉を飲ませた。
 「なにかな」草衛門が尋ねると、「この子は咳の病でな、夜苦しくなるんじゃ、あたしが作った薬を飲ませておる」
 今で言う喘息である。そのことで草衛門は綿毛ばあさんが薬の知識を持っていることも知った。
 「おばば、どうでござろう、佃煮の作り方を教えてくださらんか、それに茸の薬の作り方も知りたいのだが、いかがだろう」
 「お侍さん、それでどうするね」
 「わしゃ、はずれ者で、勤めもなく、なにか手に職をつけなければと思っておってなあ」
 「そんな殊勝なことを、むずかしかないね、教えてやるから、売ったらどうだい、この竈を使っていいよ、それに薬も教えてやるから」
 「ありがたいことで、売れるようなものが作れるようになったあかつきには、売れた半分はおもちする」
 「いらないよ 今のままで十分だよ、もう先もないしね、佃煮の作り方を覚えてもらえりゃあええ、爺さまの作り出した方法じゃ、誰か知っててくれれば爺さま浮かばれるで」
 「それなれば力仕事など何なりと申し付けてくだされ」
 そういうことがあり、草衛門は綿毛ばあさんから茸の佃煮や、薬の作り方を教えてもらったそうである。
 それだけではない、草衛門がばあさんの家にかよい、いろいろ教わっていると、秋になって、周りの人たちが知らないことを知ることになった。ばあさんが茸毒にめっぽう強いのである。町の人たちがもってきた茸から食べられる茸をより分けて返すと、残していった毒茸をゆでたり塩付けにしたりしながら毒を抜いて食べてしまう。しかも、たまに猛毒の茸を、生のままで口に入れ、食べていることもあった。
 草衛門はばあさんに聞いたという。
 「おばばはどうしてそんな毒茸を食っても平気なんだ」
 ばあさんは答えたという。
 「だんだんとだなあ、そうなったんだ」
 綿毛ばあさんは、若いころ貧しい家で育ち、まともな物を口にすることはあまりなかったそうだ。山のものを採って飢えをしのいだそうだ、茸は毒なことは知っていたが、少しならいいだろうと思って、草と一緒に食ったそうだ。生のままだ。体質もあったのだろうが、そのうち毒茸を丸ごと一本食っても大丈夫になったという。
 大きくなり、毒茸と食茸と区別ができるようになった頃は、どの毒茸を食っても大丈夫な体になっていた。ただやはり何本もいっぺんに食べるとおかしくなる。そこのところは自分の体の調子なども考えながら食べたそうである。
 年頃になったときには、毒そのものの味がわかるようになり、さらに毒の種類によって味が違うことに気がついた。
 要するに知らない間に毒を判別することができるようになっていたわけである。その特技があったおかげで、商売上手の男の嫁になることができたという。それからは、亭主の売り歩く佃煮づくりや、薬づくりを手伝うようになったということである。
 年をとって一人になってからは、先に話したように、綿毛ばあさんと呼ばれ、周りから頼られるようになったわけだ。
 草衛門は半年ほどばあさんのところで、毎日佃煮を作ったり薬を作ったりした。毒茸と食茸の違いはわかるようになったが、毒茸の毒の違いまではわからなかった。それでも毒茸を少しばかり食べても大丈夫になり、ばあさんの佃煮や薬も一人で作ることができるようになった。
 それからは山の奥の方に自分の掘っ立て小屋をつくり、竈をつくった。一人で佃煮などを作ることができるようになったそうである。 
 「それで、その綿毛ばあさんは今どうしているんですか」
 茸酔は聞いた。
 「その話が確信の部分なんだ、綿毛ばあさんは珍しい茸をずいぶんみつけて、自分で名前を付けて、食べられるものかどうか調べたんだ、そう、ばあさんが、還暦になろうとするときに、山の中で舞茸をみつけた、舞茸は白い奴と黒い奴があることは茸酔殿も知っておられるだろう」
 茸酔はうなずいた。
 「その舞茸は青色をしていたのだ、しかも毒だ。そのころわしは、ばあさんのところにあまり顔を出すことはなかった、自分で茸の薬や保存の仕方を考えられるようになったからだ。それに、茸を採りやすいように作ったわしの家は、歩くと町から一日かかる。佃煮を作って売りにでるときにたまにばあさんの家によった。そのときばあさんが青い舞茸を見つけたことを話してくれたが、そのものはなかった。生えるところを知っているので、秋になったらまた採るんだと言っていた。毒だが旨いそうだ。まだまだばあさんは元気だった。
 わしもちょっといい薬を作ることができた。腰掛けの仲間から胃の腑がすっきりする薬をみつけた。これは腹の具合が何となく悪いと思うときに飲むとすぐよくなる。熊の胃は痛みを止めるものだが、これは食欲が増す薬なのだ、わしが自分で試してみたところ、茸の毒に対してもわずかだが効くようだ。毒消しまでにはならんが、症状を和らげることができそうだった。それにかかりっきりになって、ばあさんには半年も会わなかった。
 胃の薬ができたときばあさんが気になった、もういい年だ、何か手伝ってやることはないかと、久しぶりにその薬を持って綿毛ばあさんのところへ行った。すると、ばあさんは元気だったが、顔色が悪い。青味がかっていたんだ。
 「おばば、なんだか顔の色が違うがどうかしたのかね」
 だが、ばあさんはいつものようにしわしわの笑い顔になった。
 「青色になったと思ったんじゃろ」
 彼はうなずいた。
 「元気じゃよ、だが体が青色になりおった、ほら」
 ばあさんが袖をめくると、腕がみな青っぽかった。
 「どうしたんだ」
 「これを食った、話ししたろうじゃ、青い毒の舞茸だ、たくさんみつけての」
 「ばあさんは乾燥させた大きな舞茸を小屋からもってきて見せてくれた。舞茸を乾燥させ、いつでも食えるようにする方法もあみ出していたんだ。
 乾燥していても青色だった。大きさはそうだな、大きな釜ほどもあったかな、それで、さぞ大きなぶなの木の下にでも生えていたのだろうと思ってそう訪ねた、すると、
 いや、細いぶなの木だった。根本に大きく開いておったということだった」
 「若い木に宿る茸だったのですね」
 「いや、違うんだ、綿毛ばあさんが言うにはな、その林の古いぶな、おそらく何百年もたった奴だろう、その根本にもまだ小さな青色の舞茸が生えていたそうだ。それで、もっと大きくなってから採ろうと、幾日か後にいったそうだ。すると、大きな青色の舞茸に育っていた。ところが、変なことに気がついた。その古く太いぶなの木がないんだ。青い舞茸の脇には細いぶなが生えているだけだった。古いぶなの木が倒れた様子もなく、どこかに消えていた」
 「どういうことだかわかりませんが」
 「そうなんじゃ、それで、今年は青い舞茸は生えてないか問うたんじゃ」
 「これから行くつもりじゃ、明日いくが、一緒に行くかい、行くなら朝はやいから、うちにとまれや」
 おばばに言われて、草衛門はそのまま家に泊まった。おばばは夕飯に乾燥した青色の舞茸をもどして、味噌をつけて飯をくった。草衛門にちょっと食ってみるかと、ほんの一かけらをくれたので味噌をつけて食ってみたら大変なことがおこった。まず苦くて、しかも口の中はひりひりする。ばあさんは平気な様子で食べている。そのうち、頭の中がくらくらしてきて、目の前に星がちらついてきた。すると、おばばが言ったのだ。
 「星が出てきたら、今度は月がでてくるぞ、空を泳いだ気持ちになって、終りじゃ」
 草衛門はその通りになって元に戻った。
 「おばば、なぜ、こんな毒茸を食らってもだいじょうぶなのだ」
 「なぜかのう、はじめはおまえさんが食ったようになったが、何度目からは甘く感じるようになっての、味噌をつけるとうまくて飯がすすんだんじゃ、ただ、体が青色になりおった」
 「長寿の薬になるかもしれん」
 「そうかもしれんな」
 「わしが作った、腹がさっぱりする薬をもってきた、それを飲んだらどうなるだろう、毒消しになるかもしれん」
 「どうじゃろ、もう一回青の舞茸を食ってみるか、それで、その薬を飲んでみたらよかろう、わしゃ、もう毒に強くなっているから、その薬がきくかどうかわからんよ、あんたさんならいいんじゃないね」
 そう言われた草衛門は自分でもってきた薬を飲んで、青の舞茸を食ってみた。すると、苦くてひりひりするのは変わりがなかったが、星が見えたり月がでたりはしなかった。少しは効果がありそうである。その話をおばばにした。
 「そりゃあ、他の毒の茸にはもっと効くかもしれんな、やってみるといい」
 おばばは青い舞茸をうまそうに食べながら言ったそうだ。
 明くる朝、おばばにつれられて、山にはいった草衛門は大きなブナの木の根元に生えた青い舞茸をいくつかみつけた。しかし、まだ小さかったので採るのはやめたが、ばあさんが、一つもっていきなと、持たせてくれた。それは干して自分の家にしまってあるということである。
 ばあさんは至極元気で古希どころか傘寿までもいきる勢いだった。それで草衛門は安心して家にもどったということであった。
 次にたずねたのは一年後の秋、茸の季節だった。青い舞茸をもう一度探してみたいと思ったからだ。
 「おばばの家に行って戸を開けるとな、土間のところに青色のおばばがふーっと立っていて、足下に青い舞茸が生えていた。おばばの目は宙をみておったな、何も言わぬしな。
 戸を開けたんで、日の光がおばばに当たった、するとみる間に青い舞茸はぐんぐんと大きくなり、おばばが縮んでいく。舞茸が釜の大きさほどになると、おばばは小さく小さくなっていくんだ、わしゃぞーっとして、家を飛び出した。
 その足で草衛門はもう一度、おばばと行った青い舞茸の生えている林に入ったそうだ。
 「するとな、大きなぶなの木の下にやっぱり青い舞茸が生えていたな、わしゃ、しばらく見ていたんだ、ちょうど日の光が少しばかりだがそのぶなの根本に当たったんだ。するとな、青い舞茸がぐんぐんと大きくなって、ぶなの木が細くなっていったんだ。とうとうぶなの木は細い若木になってしまったんだ、青い舞茸はブナの生を吸い取って細くしてしまう、そうして自分が成長したんだ。見ていたが全部吸い取ることはなかった。若木を残して、年をとったらまた青い茸の餌になるわけだ、そこでわしゃ気がついた」
 草衛門はあわててまたばあさんの家に戻ったそうだ。
 家にはいると、戸口のところに、青い赤子がころんところがっていたそうだ。もう事切れていた。
 「わしゃ、途方に暮れた、おばばを見殺しにしたんだ、最後までみておれば生きていただろう、だが、もう一つ気がついたことがあった。もし、この赤子が大きくなったらどうなっただろうと、な、青い色の人間など、誰も生かしておいてくれないだろう、見せ物小屋行きだ。これでよかったんだと、わしゃ自分にいいきかせたな」
 草衛門はそれから、死んだ青い赤子を林の中に埋め、木の墓標をたてたそうだ。そして一年後、その木の墓標は青い色に変わり、脇から青い舞茸が生え、墓標が消えてしまったということである。舞茸はやがてしおれ、茸虫が食ってしまったようだが、周りにたくさんの茸虫が青くなって死んでいたのだそうだ。恐ろしい茸である。 
 この話を聞いて、茸酔は青い舞茸の絵を書いた。その当時の青は空の青はもちろんであるが、葉の緑も含まれる。草衛門の話では草の青に近いということであった。青の舞茸の下に丸まった青い赤子も書いた。不思議な話であった。

 草衛門は夕食のあとにその話を茸酔にして、昼間は茸の佃煮を車にのせて町の中を歩いた。
 綿毛ばあさんの話が終わった次の日だった。夕刻になり、侍が二人茸酔のところにやってきた。木野が玄関にでると、主人に会いたいとのことだったので、茸粋をよんだ。
 「何かご用でしょうか」
 二人ともさっぱりとした身なりをした二本差しの侍である。
 「城に勤めておるものでござる、こちらに茸食らいの御仁が寄宿しておると聞きまして、お会いいたしたく参りました」
 「私は、ここの主人、茸酔にございます、たしかに茸食らいのお侍さまがおりますが、なにようでございましょうか」
 「茸食らいの御仁は侍なのか、それは知らぬことであった、わしは篠田三郎助と申す殿のおそばに使えるもの、実はあの茸の佃煮を城のみなみなが旨いと申して、城に入れてもらおうと思い参った次第」
 「そういうことでございますか、おられます、お取り次ぎいたしますのでしばらくお待ちいただきたく存じます」
 おいそれと、家に上げて、草衛門様に迷惑がかかるといけないと思った茸酔は、すぐには侍を上にあげなかった。
 草衛門に来客のことを伝えるた。
 「あいわかった、先だって、城の下働きのものが茸の佃煮を買っていった、気に入ってもらえたなら嬉しいこと、お会いしたい」
 草衛門葉玄関に戻り、丁重に二人を客室に通し、木野に茶の用意をさせた。
 おそば侍が茸酔に
 「茸絵師の茸酔殿でござるよな、わしは毒味役をしておって、茸酔殿の茸の図譜は大変役に立っておりますぞ」
 「ありがとうございます」
 篠田は茸酔のことを知っていた。
 「こちらは勘定方の田辺長衛門殿でござる」
 「わしも茸は好きでござってな、篠田殿についてまいった」
 そこに木野が草衛門をつれてきた。
 すると、いきなり、長衛門が大きな声を上げた。
 「なんということだ、草衛門じゃないか」
 茸酔もびっくりしたが、草衛門ももっとびっくりした。篠田三郎助も木野も何が起こったかわからず、長衛門を見た。
 「兄上ではないか」
 草衛門が言った。それで茸酔も理解した。
 「茸食らいは長衛門どの弟御でございましたか」
 篠田がびっくりしていると、長衛門が説明をした。
 「これは失礼いたしました、こいつは信州で好きかってに生きている弟、草衛門にございます、茸の薬など作っておりましたが、まさか江戸にきて茸食らいと言って佃煮を売り歩いているとは思いませんでした、申し訳ないことで」
 「いや、田辺殿がそのように申されることはない、美味いものは美味い、しかも弟ごなら安心できる、茸の佃煮、用件の話しをすすめてよろしゅうございますな」
 篠田が田辺を押さえるように言った。
 「兄じゃ、申し訳ない、訪ねると迷惑かと行かなかった、父や母は元気でござりますか」
 「ああ、元気じゃ、後でよりなさい」
 「はあ」
 「それでは、私の方から、草衛門どのにお願いでござる、あの茸の佃煮を城に入れてくれませんかな、一年中茸が食べられると、殿もよろこんでおられるのでな」
 草衛門は「いや、ありがたいお話でございます、味などは保証いたしますが、一度にたくさん作ることができません、小さな樽一つほどしかできません」
 「どうでしょう、勘定方の田辺殿、草衛門どのに人をつけて、城用に作ってもらってよろいいでしょうか」
 「その程度の費用は出せるが、身内のものに出すのはいかがかと思いますな」
 「田辺殿、弟御と考えずによろしいのではないでしょうか」
 聞いていた草衛門が口を開いた。
 「いかがでございましょうや、私はもう城勤めもやめたただの百姓、茸採りの人間にすぎません。信州で佃煮や薬を作っていたいと思っております、そこで、作ったものをどこかに卸し、それを買い求めるのなら、そちらの自由でございます、量を作るとなると、人を雇わねばなりません、値が高くなります」
 「値が上がるのはかまいませんぞ、城の人をやるより安上がりでござる、それでどこかに知っている店はあるのか」
 「いえ、江戸ははじめてでございます」
 それを聞いていた、茸酔が言った。
 「どうでございましょう、作った茸の佃煮は私のところが仕入れて、お城に卸すのはいかがでしょう、手間賃も何もいりません、草衛門様からは茸のおもしろいお話を聞かせていただきました。そのお礼でございます」
 「そのような迷惑はおかけできませんな」
 草衛門はそう言ったが、二人はうなずいている。
 「そうしていただければ問題ないが、手間賃なしというのはまずい」と篠田三郎は首を横に振った。
 「では、木野に運ばせさせますので、木野に手間賃を出していただくというのはどうでしょうか」
 「それでよければ、わし等も助かります」
 こうして、茸食らいの作る佃煮は茸酔のところを通して城に売ることになった。
 「茸の薬なども必要なものがあったら作ります」
 草衛門はそう言った。
 「城の薬師に伝えてみよう、いい話ではないですか、田辺殿は立派な弟御をおもちだ」 
 篠田にほめられて、草衛門は少しばかりいい顔になった。
 「篠田どの、ありがとうございました、茸酔殿にはやっかいをかけますがよろしく願います、それに草衛門がお世話になり、礼を申します」
 「いえ、草衛門さまにはこちらの方が教えていただいたことが多く、感謝しておる次第です、これからもよろしくお願いいたします」
 そんなことがあり、草衛門はまもなく、茸酔のところから、兄者の長衛門の家に移った。
 「木野、茸の佃煮のことは頼んだよ」
 「うん、草衛門さんはおもしろいおじさんだったね」
 「ああ、いつか、信州の草衛門さんのところを訪ねてみよう」
 茸酔は草衛門の話してくれた綿毛ばあさんの話を一つの本にしてみようと思った。その後、信州に帰った草衛門から綿毛ばあさんの家を買い取り、人を雇って茸の佃煮や薬を作り始めたという手紙をもらった。
 

茸喰らい

茸喰らい

江戸の町を「茸を暗いてそうろう」と旗を立て、茸の佃煮を売り歩く男がいた。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 時代・歴史
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2020-07-24

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