配信

静深

配信

 がさごそとの紙の擦れ合う音が聞こえる。
 薬剤師から手渡された白色のビニール袋。この中にはたくさんの処方薬たちが、ぱんぱんに入っていた。
 サイレースにデパスにハルシオン。かつてはベゲタミンAやリタリンなどが人気だった。時代は移り変わった。精神状態が変化してゆくかのように。
 ビニール袋を隻手に提げながら、隻腕にはスマートフォンを握り締めて私はその中身を撮影した。
 辛かった。
 だから、私はSNSを始めてその辛さを他者と共有して、また、弛緩しようと思った。慣れてゆくにつれて変移した当初の目的。
 処方薬を多量に飲んで自慢した。弱いデッキでは意味が無い。
 強くて、巷で人気のあるデッキでなければ、効果を感じるという事も羨望されるという事も無い。
 診察時間なんて処方薬のためにあるようなものだ。
 彼は私の話を聞いてくれているのか、彼は私に寄り添う気があるのか。彼に処方薬への不服と要望とを告げて処方薬のデッキを育ててゆく。
 治す気持ちよりも認められる気持ちに快楽を覚えた私は、他者から徐々に承認されてゆくうちに己を殺し始めた。
 現代は死ねば死ぬほどに生きられる時代であるのだから。承認されたければ、殺せ殺せ殺せ、殺し続けろ。自分を殺してもう1人の自分を強くしろ。
 ある日、SNSを開いたらとあるユーザーが死んだ事を知った。数え切れない程にこうした光景を見てきたが、慣れるものではない。
 呟きを遡れば、輓近のある呟きに対して多量のコメントが寄せられている。
 曰く女性ユーザー。最近流行りの自殺配信を昨夜に行ったばかりなのだそうだ。それについては賛否両論はあるが、私はその中で考えていた。
 死ねばこの辛さが真性のものだと分かってもらえるに違いない。
 私が切り続けても飲み続けても、揚げ句の果てに承認されても何処かで満たされない理由はここにあった。
 辛苦を発信して周りを同類で包囲する。傷付けば周りはすかさず慰めてくれる。
 でも、違う違う違う。どれも違う。私が慰めてほしい相手は同類のみに留まらない。
 繋がりは今や4桁となった。見られて、見る。
 他者は私の辛さを本日も緩和するし、私も他者の辛さを本日も緩和する。
 埋まらない隙間を無理やり塞ぎ開けたら、歪んだ救済の形に辿り着いた。
 私が求めていた承認欲求の答え。それは欲しい薬を手に入れる事でも他者からそれで羨望される事でもなかった。
 この辛苦が本物である事を知ってもらう。私は死ぬ死ぬ詐欺の詐欺師なんかでは無い事を体を張って証明する事だった。
 ユーザーのアカウントをブックマークして、私は彼女を自身のお守りの代わりとした。彼女の行為が私に答えを教えた。
 本物を見せ付ける事は、何という最高の承認の形であるのだろう。
 とにかく清々しいし、一時の痛みを耐えた先にあるものがその立証ならば、そんなものを恐れる必要性が何処にあると言えようか。
 私を、否、私の心を殺し続けてから暫しの期間が経った。今度は肉体を殺す。本物の私はとっくに死んだ。一度死んだ私は、もう一度死ぬのである。
 その日、空はこの上がなく清々しく、青青としていた。
 私は動画配信サービスのアカウントにログインし、動画配信のボタンをさっそく始動して、スマートフォンを定置した。
 それから、電車がホームに近付いて来たタイミングで飛び込み台からまるで飛び込むみたいに線路にぴょんと勢いも良く飛び込んだ。
 聞こえる。悲鳴が。
 でも、私の体はもうとっくに悲鳴を上げていた。
 私は分断された四肢を己の亡骸の真上からぼうっと眺めていた。
 何て呆気ない最期なのだろう。生きている時はあんなにも一所懸命だったのに、死ぬ時はこんなにもあっさりと終わってしまうのだから。
 落涙する人に騒ぐ人。
 私の身元は現在、特定されているに違いない。
 私はこの騒動によって証明したのだ。
 また、ここで初めて心から満たされたような気がしたのである。慰められる事が承認ではなく、認められる事こそが承認であると気が付いたから。
 誰かが私のスマートフォンの存在に気が付いたらしく、忙しない手付きでそれを操作している。
 これはインターネット上にもうすぐで流出するだろう。
 私を殺し続けた私という殺人者の存在は全世界に知れ渡るだろう。
 さようなら。
 偽物の私は本物の私を殺し続けてこの日、本物を証明した。

配信

配信

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日 2020-07-16

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted